スポーツ伝説

3月23日~27日の放送内容

【プロ野球 筒香嘉智外野手】

 プロ野球史上初の女性オーナー就任など、オフから話題満載の横浜DeNAベイスターズ。6年目の筒香選手は、2014年セ・リーグ5位のチームにあって、なんと年棒3000万円アップ。チーム3冠王となる、打率3割、22本塁打、77打点。加えて両リーグを通じてナンバーワンの得点圏打率4割1分6厘は、まさに4番打者としての資質を表すものでした。
 これまで眠っていた素質を覚醒させるにはどうすべきか。考え抜いた中畑監督がたどり着いた答えは、「今年は筒香ベイスターズにする」と宣言すること。主将に指名し、「全試合、4番で行くからな」と有無を言わせませんでした。それと同時に、監督は筒香選手をありとあらゆる形でバックアップ。高校の先輩で憧れだった松井秀喜さんのキャンプ視察を実現させたのもその一環でした。



【プロ野球 藤波晋太郎投手】

 阪神の藤波投手は昨年、高卒でルーキーの年から2年連続で二ケタ勝利という記録を達成。これは、松坂大輔投手が西武時代に記録して以来14年ぶり、阪神では江夏豊さん以来46年ぶりです。高卒入団の投手が一流の投手になれるかどうかのひとつの鍵は、3年目にあるといわれています。松阪・ダルビッシュ・田中将大・前田健太・江夏という球史に足跡を残す各投手に共通するのは、3年目の15勝という成績。仮に藤波投手が16勝以上をあげれば、怪物の中の怪物となるかもしれません。
 春季キャンプ前半、OBの江夏豊さんが臨時コーチとして指導をおこないました。招聘したのは藤波投手のため、というのがもっぱらの噂。江夏さんから脱力投法を学んだ藤波投手は、今シーズンの目標を「15勝・10敗未満・220投球回達成」と設定。開幕投手の最有力候補でしたが、侍ジャパンの一員に選ばれたことで、今季は開幕3戦目に登板することが濃厚となりました。



【プロ野球 柳田悠岐外野手】

 ソフトバンク・ホークスの柳田選手は、現役の日本人選手ではナンバーワンと言われる飛距離を誇る長距離砲。昨シーズンは打率3割1分7厘、15本塁打をマークし、ベストナインとゴールデングラブ賞を初受賞。パ・リーグを代表する野手に急成長しました。
 2010年のドラフト当日、王会長のツルの一声で2位指名に急浮上。同席した秋山監督は不安の表情を浮かべましたが、それも杞憂に終わりました。キャンプでの打撃練習で柵越えを連発。その時の王会長の嬉しそうな表情は忘れられないと、関係者が口を揃えます。昨年オフには、44番から9番へ背番号が変更に。背番号9は、ミスターホークスの証。実力に加え、地元新聞が去年5回にわたって行ったホークス人気投票でも毎回1位と、名実共にその資格を満たしたと認められたのです。



【プロ野球 河野旭輝選手】

 今シーズンのパ・リーグ優勝候補のひとつ、オリックス・バファローズの前身は、阪急ブレーブス。1956年にはその機動力を柱に、チーム盗塁277個を記録。その中心選手となっていたのが、河野選手です。56年には85盗塁。これは72年に阪急の福本豊選手に破られるまで、シーズン最多の日本記録。現在でも歴代4位の記録です。大胆なリードが特徴で、スライディングでもファンを魅了。その一方で、この年は盗塁死も29個あり、こちらは現在もシーズン最多のプロ野球記録となっています。
 社会人時代から、どのポジションも器用にこなすユーティリティープレーヤー。しかしプロ入り後は、名手としてのプライドもあり、外野へのコンバートを拒否。ライバルの出現もあって、トレードを直訴します。60年オフに球団がそれを了承すると、パ・リーグ全球団とセ・リーグの中日が獲得に名乗りを。結局中日へ移籍となり、2年目の62年には中日でも盗塁王に。セ・パ両リーグで盗塁王に輝いたのは、現在でも河野選手ただ一人です。



【プロ野球 箱田淳選手】

 ヤクルトの前身、国鉄スワローズなどで活躍した箱田淳選手は、球団創設2年目の1951年に入団。ルーキーイヤーからマウンドに立ちました。とはいえ、当時のチームは選手不足で、内野手として起用されることも。プロ野球の長い歴史の中で、高卒新人が投手と野手の両方で出場したのは、わずか4人だけです。
 箱田選手の1年目、ベンチを驚かせたのは打撃でした。19試合で打率3割1分8厘。野手転向プランが持ち上がりますが、本人は投手を熱望。2年目には22試合に登板し、初勝利をあげました。3年目には、念願の初完封を。しかし30試合に登板して、成績は3勝8敗。これを機に、2刀流を返上します。1954年、俊足アベレージヒッターとして再スタートした箱田選手は大活躍。3割2分3厘で、球団初の3割バッターとなりました。同時に、球団初のベストナインにも選出。チーム成績は5位と低迷していましたが、箱田選手は不動のレギュラーとして3番、時には4番を打つこともありました。

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