スポーツ伝説

5月10日~14日の放送内容

【柔道 永瀬貴規選手】

 6歳で柔道を始めた永瀬選手は、高校に入学するや1年生にして高校日本一を経験。その後も順調に成長を続け、筑波大学4年生の2015年、世界選手権の男子81キロ級で優勝してついに世界王者に輝きます。実はこの階級は、過去の世界選手権で日本人選手の世界チャンピオンがいなかった、いわば鬼門の階級でした。日本柔道界の悲願を果たしたことで注目を浴びた永瀬選手。当然、翌年のリオ・オリンピックでは金メダルの期待がかかりましたが、準々決勝でまさかの敗北。敗者復活で勝ち上がって銅メダルを獲得するも、悔しさが残る結果となりました。
 その翌年、17年の世界選手権では右ヒザを負傷し、手術も経験。実戦復帰まで1年もかかり、日本代表争いの序列も一時は3番手まで落ちてしまいます。それでも永瀬選手はくじけませんでした。地道に少しずつ試合勘を取り戻すと、19年の全日本選抜体重別選手権で復活優勝。その後も国際大会で連勝を重ね、再び日本代表1番手に返り咲いたのです。一歩ずつ着実にステップアップを目指す永瀬選手だからこその復活劇でした。



【柔道 原沢久喜選手】

 日本柔道重量級のエース・原沢選手がその名を高めたのは、リオ・オリンピックを1年後に控えた2015年のことでした。この年、全日本選手権100キロ超級で初優勝を果たすと、国際大会の柔道グランドスラムでも連戦連勝。リオ代表の座を掴みとります。ただし、100キロ超級で世界一になるには、避けて通れない“絶対王者”がいました。フランスの怪物テディ・リネール選手です。リネール選手は世界選手権で当時史上初の7連覇を達成し、ロンドンオリンピックでも金メダルを獲得。圧倒的な身体能力を武器に、柔道界の頂点に君臨していました。そんな怪物とリオの決勝で激突した原沢選手は、悔しい銀メダルに終わりました。とはいえ日本がこの階級でメダルを獲得したのは、北京オリンピック以来の快挙。当時まだ24歳だった若武者・原沢選手には、さらに大きな期待が寄せられました。
 周囲の期待とは裏腹に、リオ・オリンピックの翌年から原沢選手は絶不調に陥ります。全日本選手権では、試合中に相手の送襟絞で失神してしまうという人生初の屈辱を経験。その後の世界選手権でも初戦敗退と、力が出しきれない日々が続きました。そんな不振から抜け出すため、18年、会社員を辞めてプロ選手として再スタート。するとこの退路を断った決断直後の全日本選手権で、実に3年ぶりの優勝。19年の世界選手権では、前年の覇者と準決勝で激突し、豪快な投げ技で見事に一本。決勝戦は惜しくも敗れて世界一には届きませんでしたが、原沢復活を世界にアピールしました。


  
【柔道 渡名喜風南選手】

 かつてオリンピックのたびに大会メダル第1号を獲得し、その後の日本選手団の活躍に勢いをもたらしていた谷亮子選手。今、その女子48キロ級でエースとして注目を浴びているのが、谷選手に憧れて柔道を始めた渡名喜選手です。高校時代は全国大会でも準優勝どまり。大学でも勝てない日々が続き、自信が揺らいだこともありました。しかし大学2年になった2015年には、世界ジュニア柔道選手権をオール一本勝ちで優勝。シニアの大会でも結果を出し、17年に世界選手権の日本代表に選ばれたのです。初めて挑んだ世界選手権で、渡名喜選手は大会直前に胃腸炎にかかりコンディション調整に苦しみますが、初出場ながら快進撃を見せ、決勝ではリオ・オリンピックの金メダリストを破って世界一に輝きました。
 そんな渡名喜選手にとって最大のライバルといえるのが、ウクライナの新生ダリア・ビロディド選手です。身長148㎝の渡名喜選手に対して、ビロディド選手は172㎝の長身。24㎝の身長差で力負けしてしまい、連覇を狙った18年の世界選手権では決勝戦で一本負け。さらに翌年の世界選手権でも、決勝で再びビロディド選手に優勢負けで、2年連続の銀メダルに終わりました。それでも前向きな気持ちで練習に励んだ結果、今年1月の国際大会では、5戦目にしてついにビロディド選手に初勝利。困難や強敵を前にしても、常に前向きな心で柔道に取り組む渡名喜選手。ライバルに勝ったことをきっかけに、さらなる高みを目指します。



【柔道 田代未来選手】
 
 2016年のリオ・オリンピックは、当時22歳だった田代選手にとって初めてのオリンピック出場でした。金メダルを目指しますが、女子63キロ級準決勝で、この階級では“絶対女王”と呼ばれるフランスのクラリス・アグベニュー選手に判定負け。銅メダルをかけた3位決定戦にも敗れ、5位に終わってしまいます。メダルを逃した田代選手とは裏腹に、日本の柔道勢はリオで好調が続き、史上最多12個のメダルを獲得。田代選手は悔しさをにじませました。
 帰国後、田代選手はリオの前から状態が悪かった左手首を手術し、リハビリを経て17年6月に実戦復帰。すると国際大会で連続優勝。さらにこの年の暮れ、世界ランク上位者によるマスターズ大会準決勝で、リオで敗れたアグベニュー選手に勝利。この試合を含めオール一本勝ちで優勝したのです。その後も、世界選手権では18年・19年と2年連続、決勝でアグベニュー選手と激突。どちらも延長戦にもつれる熱戦で、田代選手があと一歩及ばず。2大会連続の銀メダルに終わります。しかし今年3月には、1年ぶりの国際大会となったグランドスラムで、田代選手がオール一本勝ちで優勝。目指すは、強いライバルを破っての初の世界一です。



【柔道 濱田尚里選手】 

 24歳まで全国大会で優勝した経験がなかった濱田選手が全国区の選手になったきっかけは、寝技とロシアの格闘技・サンボです。今では“寝技のハマちゃん”の異名を持つ濱田選手。大学卒業後もサンボを続け、自衛隊体育学校時代の2013年には、サンボの国際大会で優勝するまでの実力者となります。自信を深めた濱田選手は、14年の全日本実業柔道で全国大会初優勝。さらに15年には、ビッグタイトルの全日本選抜体重別と講道館杯で連続優勝。国際大会でも優勝するなど、一躍日本のトップ選手となったのです。
 濱田選手が世界の舞台でも活躍し始めたのは17年から。この年、アジア選手権やグランドスラム東京など、国際大会で4度優勝という快進撃を見せます。さらに18年には、世界選手権に初出場。得意の寝技を駆使して4試合連続の一本勝ちで決勝へ。世界ランキング1位の強敵相手に延長戦を含め、9分以上の激闘を制し、見事初出場初優勝を成し遂げました。その後も濱田選手は国際大会で安定した成績を収め、29歳で初のオリンピック代表に内定。先月のグランドスラムでもオール一本勝ちで優勝するなど、その勢いは健在です。

  

来週のスポーツ伝説は……

5/17(月) プロ野球 牧秀悟選手
5/18(火) プロ野球 宮城大弥投手
5/19(水) プロ野球 栗林良吏投手
5/20(木) ソフトボール 後藤希友投手
5/21(金) ソフトボール 峰幸代選手
                       
お楽しみに!!
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