• 2019年06月10日

    GDP二次速報値から今後を考える

     5月20日の拙ブログのエントリーでGDP一次速報値について書きました。GDPが予想に反して増えているが、それは数字の上の話だけで、足元の詳細は数字以上に悪いのではないかという内容でした。そして、先ほど、この2019年1月~3月期のGDPの2次速報値が出てきました。


    今回の数字は、一次速報値と比べてさらに良くなりました。各紙速報で報じています。



    <内閣府が10日発表した1~3月期の国内総生産(GDP)改定値は、物価変動を除いた実質で前期比0.6%増、年率換算では2.2%増だった。速報値(前期比0.5%増、年率2.1%増)から上方修正となった。法人企業統計など最新の統計を反映した。>

     法人企業統計の数字で設備投資が比較的良かったので、もともとややプラスになるだろうという市場の予想もあり、寄り付きで日経平均株価は2万1千円台を回復しています。たしかに設備投資は一時速報のマイナス0.3%からプラス0.3%と上方修正されていますから、とりあえず企業セクターは堅調なのかとも思わせます。
     とはいえ、内需全体で見ると民間消費の落ち込み、住宅投資や公的固定資本形成(公共投資)の小幅下方修正もあり、国内需要はプラス0.1で変わらず。むしろ、輸出の減速が一次速報値に比べてやわらぎ(寄与率でマイナス0.5からマイナス0.4)、GDP全体としては前期比プラス0.6%(季節調整済み実質)となりました。輸出入どちらもマイナスながら、輸入の減速がより大きく、その結果差し引きプラスであるというのは一次速報値と変わらず、むしろ国内需要デフレーターを見ると一次速報値のマイナス0.1%からマイナス0.2%と悪化。
    内需の冷え込みはより鮮明になっています。

     この冷え込みの中で消費増税は非常にリスキーである、止めるべきだというのは再三再四指摘してきた通りで、それは変わることはありません。が、仮に消費税増税を延期ないし凍結したとしても、足元の経済がすでに冷え込んでいることが各種指標で明らかなわけです。たとえば、4月の景気動向調査の結果が先週金曜に発表され、やはり厳しい数字でした。

    <内閣府は7日、4月の景気動向指数を発表し、経済情勢の基調判断について景気が後退している可能性が高いことを表す「悪化」に据え置いた。悪化は2カ月連続。自動車や生産用機械の生産が改善したが、基調判断を上方修正する基準には達しなかった。米中貿易摩擦など海外経済の停滞への懸念は続く。政府は今年10月の消費税増税を控える中で景気の鈍化が一時的なものかどうか難しい判断を迫られそうだ。>


     仮に消費税増税を延期・凍結されても、それは現状維持に過ぎず、景気を浮揚させるためにはさらなる施策が必要になります。企業の設備投資が良くなったといっても、年度末の駆け込みである可能性もあり、この伸びが今後も続くとは限りません。景気動向調査の先行指数を見てみると、前月に大きく減った最終需要財在庫が再び大きく増えていることがわかります。一方で新規住宅着工件数は減っている。実質機械受注はまだ4月の数字が出ていませんが、3月は大きく減らしています。
     GDPの速報値を見るまでもなく、民需が振るわないというのは一時的なものではなく、もはや慢性的と見るべきなのではないでしょうか。その上、米中貿易摩擦を発端とする世界経済の低迷はもはや常識と化し、外需に期待することはできません。となると、官需、公共需要を増やすことが重要になってきます。
     政府支出を増やそうとすると、当然予算の制約があり、追加するのであれば補正予算を組む必要があります。予算が通るまでに時間がかかる上に、予算がついて執行し、それが経済活動に反映されるまでにはタイムラグがあります。支出の内容や事業の条件によっても違いますが、ざっくりと言われているのは2か月から3か月はタイムラグがあるだろうということ。残念ながら消費税の増税が10月にあると想定すると(繰り返しますが私はやめた方がいいと思いますが)、その経済の落ち込みをカバーするような補正予算は7月には執行される必要があり、そうなるとこの6月の後半国会で早急に審議しなくてはなりません。
     そう考えると、この開店休業状態の国会には危機感を覚えます。マクロ経済の落ち込みは、思いのほか雇用や生活に影響を及ぼします。甘く見てはいけないと私は思うのですが...。
  • 2019年06月07日

    世界は緊縮を離脱しているが...

     世界経済の先行きが不透明であるというのは、ここ1ヶ月ほど様々な世界機関から発表されています。今週は、世界銀行が最新の経済見通しを発表し、先行きを下方修正しました。

    <世界銀行は4日、世界経済見通しを発表し、2019年の世界全体の実質経済成長率は2.6%と予測した。1月時点から0.3ポイントの大幅な下方修正。激しさを増す米中貿易摩擦の影響が波及するとみられ、ユーロ圏などの成長率が下振れした。日本は0.8%で0.1ポイント引き下げた。>

     米中の貿易摩擦に加え、アメリカ経済も長く景気拡大期を過ごしていてそろそろ峠を超えるのではないかという懸念、さらにイギリスのEU離脱、イラン情勢など中東の地政学リスクなど、挙げればキリがないほどの不安定要素があります。ま、そのいくつかは杞憂に終わるのかもしれませんが、それにしてもこれだけの潜在的リスク要因を抱え込んでいるわけですから、各国の中央銀行や経済官庁も先行きに警戒感を抱かざるを得ません。
     特に、イギリスのEU離脱、いわゆるブレグジットを抱えるヨーロッパは要注意地域のひとつ。そのヨーロッパの中央銀行(ECB)は従来の利上げ路線を事実上諦め、長期の利上げ延期を余儀なくされました。

    <ユーロ圏の金融政策を担う欧州中央銀行(ECB)は6日、リトアニアのビリニュスで定例理事会を開き、政策金利の据え置きを決定した。その上で、金利据え置きの期間を2020年上半期まで延長する方針を決めた。ECBは、19年中の利上げを断念する決定を3月に下したばかりだが、世界的に景気の先行き不透明感が増す中、利上げ時期のさらなる先送りを余儀なくされた。>

    ECBの無念さが伝わってくるような文章ですが、それもそのはず、実は半年前にはECBのニュースを報じながら、日本銀行批判を声高に主張していたからです。


     見出しの通りの内容なので中身までは引きませんが、要するにアメリカもヨーロッパも引き締めに転じているのに、日本はいまだに金融緩和を行っていて置き去りにされている。世界の潮流から置き去りにされているではないか!バスに乗り遅れるな!日本も金融緩和の出口戦略を!という主張です。たまたま新旧の記事が探せたので時事通信を引きましたが、実際のところどこも大差なく同じような内容でした。
     当時物価が上がり始めたヨーロッパとすでにインフレ目標に到達せんとしていたアメリカに比べ、日本は緩和を続けても目標からは1%ほど差がありました。拙ブログでも何度も指摘していますが、目標未達の段階でさらにアクセルを踏み込むか、別のアクセルを合わせて踏み込むかの選択肢はあれど、目標未達のまま撤退するのが果たして合理的なのか?しかも、2014年に消費税を上げるまでは日銀の当初の目論見通り物価が上昇しかけていたにも関わらずです。

     そして、今回のECBの利上げ見送り報道では、政府・日銀の一連の経済政策には一切触れずに、あくまでヨーロッパの出来事ですよという報道。ちょっとダブルスタンダードに見えてしまいます。アメリカも利上げを止めるどころか、シカゴでのパウエルFRB議長の講演を受け利下げを織り込む展開になっていますし、インドやニュージーランドといった各国も引き締めから緩和に転じています。まさに、バスに乗り遅れるなで日本もステルステーパリングと呼ばれる隠れた金融引き締めから緩和に転じるべきだとは言わないのでしょうか?あるいは、市中へマネーを流し込む緩和的政策を財政面から行えば、それは財政拡張政策となります。まだ国会の会期中ですから、補正予算を組んで財政面からの緩和策を行う余地もあるでしょう。補正予算の審議のために国会延長というのは、十分に延長の理由になると思うのですが・・・。
     それに、先週、拙ブログでも指摘した通り、世界の主流派経済学者も一時的な財政赤字を恐れるあまり財政出動を躊躇することに懐疑的になっています。そして取りざたされるのは、究極の引き締め政策、消費税増税の行方です。
  • 2019年05月31日

    新しい理論を否定したいがあまり...

     ここ1,2か月ほど、MMTと呼ばれる新しい金融財政理論に対しての批判が各紙経済面をにぎわせています。MMTはModern Monetary Theoryの頭文字をとった略語で、日本語では現代金融理論と訳すのが一般的なようです。アメリカ・ニューヨーク州立大学のステファニー・ケルトン教授らが提唱する理論で、ざっくりと説明すれば「自国通貨建ての国債を発行している国の債務不履行はあり得ないので、過度なインフレに陥らない限り財政赤字を心配せずに財政出動するべきだ」という理論。この理論は経験則ではたしかにそうだと思えるところが多い一方、それらが精緻に数式化されているわけではなく、主流派経済学者からは批判を浴びています。
     ただ、日本での批判はそれに加えて、このMMTは目前に迫る消費税増税への有力な反論になり得るということもあるのか徹底的に叩かれています。このブログでは何度も指摘している通り、政治のイデオロギーでは左右分かれる各紙も経済面ではほぼ同じ。このMMT批判も、朝日・毎日というどちらかというとリベラルに分類される新聞から、日経・読売といった保守的とされる新聞まで、懐疑的ないしは否定の論調では一致しています。今日も、日経新聞の経済教室でMMTを声高に否定していました。

    <ポイント
    ○現代の国際経済下では成り立たぬ主張も
    ○ハイパーインフレ誘発なら多大なコスト
    ○日本も流動性のわな脱せばインフレ懸念>

     冒頭の3つの"ポイント"を見れば、だいたい否定している人たちの主張が分かります。たしかに、インフレが始まるとあっという間に物価が上昇する可能性があります。その時にMMTを停止するだけで対応できるのか?その予兆はどこで判断するのか?過度のインフレのリスクを考えれば、目先財政出動で景気を無理やり上昇させるのは果たして正しいのか?日本を例にとっているが、日本は特殊な例であろう。このあたりが主な反論として出てきます。
     それにしても、どこからこのMMT批判が紙面をにぎわせるようになったのかなぁと調べてみると、やはり新年度に入ってから。消費税増税を織り込んだ予算が成立した後なのですね。これで増税Noの世論が止むかと思いきや、足元の経済減速を肌で感じるようになってきたのが4月ごろ。その上、このMMTという新たな理論が入ってきたらせっかくの増税の流れが止まってしまう。そんな財務省の危機感を感じる資料が、4月の半ばに開かれた財政制度等審議会に提出された資料でした。


     この57ページから先、4ページにわたってMMTについて割いているのですが、理論の説明は1ページ目の半分だけで、そこからは延々と著名経済学者や経済人によるMMT批判の紹介になっています。いやぁ、よくもこれだけ集めたものです。そして、これを狼煙と各紙MMT批判のオンパレードとなりました。




     面白いですね。各紙、MMTという単語そのものが新しく、それを説明する体をとっているのですが、必ず見出しに"異端"という単語を使っています。何か怪しい、ちょっと風変わりな理論がアメリカで流行っているようですよという紹介の仕方で、明らかに先入観を植え付けようとしています。新しい理論、概念を紹介するのですから、本文の結論部でこうした単語を使うのならまだしも、見出しから"異端"とするのはあまりに偏ってはいないでしょうか?
     新聞には公平中立原則はありませんし、内容を縛るような法律があるわけではありません。言論の自由が保障されているといえばそうなのでしょうが、しかしながら右も左も"異端"というのはあまりに不自然と思うのは私だけなのでしょうか?

     私自身は、MMTであろうとケインズ経済学であろうと、平成の世のほとんどを覆い令和にも影を伸ばしつつあるデフレから脱却できるのであればなんでも使えばいいと思っています。ノーベル賞経済学者のポール・クルーグマン氏も、MMTについては否定的で強烈な批判をする一方、「MMT支持者は財政緊縮派ほど悪い影響を及ぼさないだろう」とも語っています。それどころか、MMTを否定する主流派経済学者たちも、かつてのように緊縮財政で政府債務の削減を勧めるのではなく、むしろある程度の財政出動を容認する方向に舵を切りつつあるようです。MMTを否定したいがあまり、世界中の著名経済学者の論を集めてきた財務省のペーパーと、それに乗っかるように著名経済学者のMMT批判を紙面に載せた新聞各紙ですが、それだけ著名経済学者の学説を崇め奉るのであれば、彼らが目前の消費税増税も批判的である点も紹介しなくてはフェアではないでしょう。
     たとえば、この財務省ペーパーに出てくる元IMFチーフエコノミストのオリビエ・ブランシャール氏は最近、『日本財政の選択肢』という論文を出し、緊縮財政を伴う急激な財政健全化策をいさめています。


     数式などが出てきたり、一つ一つ丁寧に論証していますから多少読みづらいかもしれませんが、精緻な分だけ非常に腑に落ちる論文です。財政出動を主張すると、これだけ政府債務が膨大にあるのにさらに借金を重ねては市場の信認が失われ国債が暴落、金利が急騰してハイパーインフレに陥る!と言われます。これに対して、何段階も論を重ねて反論します。まず、金利が経済成長率見通しよりも低い日本の場合、金利が上昇するまでにずいぶんと時間がある。このタイムラグを使ってコントロールが可能である点。
     さらに、財政緊縮派が言うように財政出動をせずに財政が健全化したとして、それと引き換えに総需要不足が起こっている現状の不利益とどちらが社会全体としてコストが高くなるか?ブランシャール氏は、この超低金利で金融政策の余地が限られる中において、プライマリー赤字の縮小(=財政健全化)はデフレギャップを拡大し、社会全体の厚生悪化の効果が大幅に上回ると結論付けています。デフレ下の緊縮で総需要が不足し、仁義なき低価格競争、低賃金競争に晒され続けてきた就職氷河期世代から見ると、まさに腑に落ちる結論です。
     そして、仮に緊縮派が言うような市場の信認が失われる事態となり国債金利が急上昇した場合のシナリオも検討しています。まずは日銀が最後の買い手となって国債の需要不足を吸収する。それでもダメなら、その時に消費税増税を発動。歳入増を目に見える形で市場に示し、リスクの認識を抑えるべきだとしています。

     そうです。消費税増税はある意味市場に対しての切り札になりえるのだから、無駄に今カードを切るべきではない。切るならもっと先だろうとブランシャール氏は主張しているのです。ブランシャール氏はマサチューセッツ工科大学の経済学部長も務め、リーマンショック前後の大変な時期にIMFのチーフエコノミストを務めた人物。消費増税を推す論者は、増税しなければ日本はギリシャのようになる!あるいはアルゼンチンのようになる!ベネズエラのようになる!と危機感を煽りますが、それら経済的に苦境に陥った国々、破綻した国々をつぶさに観察し、再建への道筋を模索したブランシャール氏が、消費増税少なくとも今ではない!と主張しているのです。むしろ、増税すればデフレギャップが拡大し、ギリシャのように、アルゼンチンのように、ベネズエラのようになってしまうかもしれません。さて、どう反論するのでしょうか?

    ※忙しくて論文なんて読めないという方。ブランシャール氏はツイッターにこの論文のエッセンスを連投しています。それも、日本語で!ご参考まで。
  • 2019年05月20日

    GDP速報値を読む

     先ほど、2019年1月~3月期のGDP速報値が発表になりました。予想よりも良かったという受け取られ方をしています。

    <内閣府が20日発表した1~3月期の国内総生産(GDP)速報値は、物価変動の影響を除く実質で前期比0.5%増、年率換算では2.1%増だった。2四半期連続のプラス成長となった。10~12月期は年率換算で1.6%増だった。住宅投資や公共投資の増加がプラス成長に寄与した。QUICKが集計した民間予測の中央値は前期比0.1%減で、年率では0.3%減だった。>

     マイナスに落ち込むのではないかという予想もあった中で2四半期連続のプラス成長。民間予測予想よりも良い数字で、これなら消費増税も問題ないのではないか!?今日の夕刊や明日の朝刊にはそういった記事が目白押しになる気もします。ただ、やはりこうしたものは記事ではなく発表されたデータで議論したいところ。内閣府のホームページには、報道発表と同時に資料がアップされています。


     まず、今回の数字は皮肉にも外需が主導したということを押さえなくては行けません。番組でも何度も申し上げている通り、我が国はイメージとは逆で、GDP全体の6割を内需が占めているという内需大国です。にもかかわらず、今回のGDP速報値では、実質成長率+0.5%のうち、内需の寄与度+0.1に対して外需寄与度は0.4。今回のGDP速報値に関しては、外需の方が"堅調"だったということです。
     今、堅調にカッコを付けましたが、その意味は、数字のプラスに引っ張られ過ぎてはいけないという意味です。というのも、今回の外需のプラスは、輸出・輸入ともに減っているものの、輸出の減少に比べて輸入の減少が大きかったので、差し引きはプラスになっているにすぎないからです。(以下挙げる数字に関しては注記なき場合は実質、季節調整済みの値)輸出-2.4に対し、輸入が-4.6、寄与度に直すと輸出-0.5に対し、輸入が減ればGDP的にはプラスになるので、+0.9、差し引き+0.4となります。(数字は実質・季節調整済み)輸出が増えて外需の寄与度が増加するのは生産も旺盛になり好循環となりますが、今回のように輸入が減って結果的に外需の寄与度が増えるというのは、国内の購買力が落ちてきているからに他なりません。おそらくこの辺りは、「原油価格が下落したから輸入額が落ちたのだ!」という説明がなされるでしょう。が、日本の輸入全体に占める原油及び粗油の割合は、1割弱。(2017年財務省統計)いかに油価が下落したからといって、輸出全体の減速に決定的に寄与したとはとうてい思えません。

     さらに、内需の方も+0.1という数字よりも中身は厳しいと思います。+0.1の内訳も出ていますが、寄与度を見ると家計最終消費支出や民間企業設備投資などはマイナス。民間ファクターで寄与度がマイナスでなかったのは民間住宅(0.0)と、民間在庫変動(0.1)のみです。景気が落ち込む初期、企業が危機感を持ちだして生産を絞る前は、思ったほど売れずに在庫が積み上げられます。ただ、在庫は資産なので数字上はプラスとして計上されます。今後、この在庫がきちんと消費されれば経済の一時的な落ち込みだったとなるのですが、気になるのは3期連続で在庫が積み増されているということ。したがってこのプラスの数字は決して楽観視してはいけない数字なのです。
     もう一つ、内需を引っ張ったのが公的固定資本形成(+0.1)。これは、直前4四半期連続で減っていたものがようやく増えたという程度のもの。おそらく、2018年度本予算で執行された公共投資がようやく数字になってきたというものでしょう。ちなみにこの年度の補正予算は11月に成立した1本のみで、その規模は1兆円弱。2018年度本予算の積み残し+補正でも、これ以上の積み増しはしばらく期待できず、持続的な成長が見通せるものではないと思います。

     以上、数字上は前期比0.5%のプラスだった2019年1月~3月期のGDP速報値の中身は、事前に言われていたものとはだいぶかけ離れていることが分かります。直前には茂木経済再生担当大臣がこんな発言をしていました。

    <茂木経済再生相は19日のNHKの番組で、日本経済の現状について「内需全体が腰折れをする状況にはない」との認識を示した。そのうえで、10月の消費税率引き上げに伴う経済対策について「今の段階で新たな対策が必要だとは思っていない」と述べた。>

     内需は横ばいでしたが、中身を見ると堅調とは程遠い。腰折れしてはいないかもしれませんが、腰折れ直前で何とか踏みとどまっている状態のように見えます。外需に関しても、見かけ上プラスでもすでに輸出入双方とも鈍化し、さらにこのあと米中貿易戦争の逆風がやってくることが見えています。寄与度で各要素を見るだけでもこれだけ気になりますが、それ以外にも国内需要デフレーターもマイナスに落ち込み、雇用者報酬も名目ではマイナス圏に落ち込みました。四半期でデフレーターがマイナスということは、今後またデフレに落ち込むリスクが高まっています。また、雇用者報酬も実感に近い名目でマイナスということは、大半の人で額面の金額が伸びないか減っているという非常にマズイ流れにあるということ。たしかに2018年度で見れば雇用者報酬は2%以上増えていますが、これは前半で大きく貯金した分が大きかったということ。グラフを見ると下降トレンドに入ってしまったかに見えます。

     ことほど左様に、数字のプラスとは正反対の脆弱さが目立つのですが、果たして経済対策は必要ないと言い切れるのか?今回のGDP速報値の数字は増税を後押しするようないい数字ではなく、むしろ増税をスキップすることが最大の経済対策に見えるのですが...。
  • 2019年05月13日

    噴き出したマスコミ不信

     先週の水曜日に滋賀県大津市で起きた、保育園児と保育士ら16人が死傷した悲惨な事故。事故を受け、園児が通うレイモンド淡海保育園が通常保育を再開しました。

    <大津市大萱(おおがや)の県道交差点で車2台が衝突し、うち1台が保育園児らの列に突っ込んで園児2人が死亡した事故で、休園していた「レイモンド淡海(おうみ)保育園」が13日、通常保育を再開した。
     この日は午前8時半過ぎから、園児が保護者に手を引かれたり、車や自転車で送られたりして登園した。
     園によると、保護者からは「無理しないでくださいね」「一緒に頑張っていきましょう」と職員を気遣う声が聞かれたという。>

     私も4歳の子どもを抱える父親ですから、このニュースは特に他人事ではありません。通わせている保育園でも、この事故があった翌日に散歩コースや安全対策の説明のため保育士さんが遅くまで残って対応してくれていました。子どもの発育のためを思えばよく晴れた日は外に出て身体を動かす方がいいし、交通ルールなどを学ぶ場にもなります。集団行動を学ぶことで、いざ地震などの災害が起こったときに慌てずに前の人について冷静に避難することが出来るようになります。最大限安全を確保した上で、これからも可能な限りお散歩をしていきますと説明してくれました。

     さて、この事故についてはマスコミの報道の仕方に批判が集まりました。特に批判を浴びたのが事故当日、レイモンド淡海保育園の若松ひろみ園長や保育園を運営する社会福祉法人「檸檬(れもん)会」(和歌山県紀の川市)の前田効多郎理事長らが出席した記者会見での記者の質問についてでした。

    <レイモンド淡海保育園を運営する社会福祉法人「檸檬(れもん)会」(和歌山県紀の川市)の前田効多郎理事長らが8日夕、大津市内で会見した。前田理事長は「このような痛ましい事故に大変驚き、亡くなられた園児たちの未来のことを思うと本当に残念でならない」と言葉を詰まらせた。>

     この会見は事故が起こったその日の夕方に行われ、TVの夕方ニュースが各局生中継で放送し続けました。大切な園児を失った直後の会見、そこで保育園側に対して責任を問うにも見える質問が出てきたことに批判が相次ぎました。号泣する園長先生を30分にわたってカメラの前に留めるのは見てられない。私も見ていて目をそむけたくなるような気の毒な会見で、その光景だけを見ると批判は当然だと思いました。そしてもう一つ、この批判はマスコミの報道そのものへの不信感が端的に表された批判で、これを放置してはおけないとも思ったんですね。

     なぜこの会見が開かれたのか、そしてなぜ記者たちはああいった質問に終始したのか?そもそも記者会見は必要だったのか?この週末それについてずっと考えていたんですが、これを考えるにはメディア報道の根っこの部分、知る権利から考えなければいけないのではないかと思い至りました。

    <民主主義社会における国民主権の基盤として,国民が国政の動きを自由かつ十分に知るための権利。(中略)第2次世界大戦後のドイツ連邦共和国(西ドイツ)ではナチスの言論弾圧への反省として,この考えが州憲法などに明文化された。またアメリカでは 1950年代に,ジャーナリストたちによって取材の自由の保障として「知る権利」を守る運動が展開され,1966年に情報の自由化法が制定された。日本の最高裁判所も「国民の知る権利」に言及しつつ報道の自由の意義を説くにいたっている(最高裁判所判決 1969.11.26. 最高裁判所刑事判例集 23巻11号1490)。>

     「知る権利」。マスコミ関係者なら聞いたことのある言葉ですし、取材の際に渋る取材対象にこの言葉を錦の御旗のように掲げて取材するケースも多々あります。実際に記者対応に当たる各社、各官庁の広報担当者と話をすると、これを振りかざして居丈高に質問してくる記者がいるんだよねぇとこぼしていました。
     一方で、今回の事故のように被害者が取材対象となる場合、この知る権利を振りかざして取材する際にぶつかるのがプライバシー権。この相反する2つの権利の間に適切な取材の在り方があるのでしょう。この均衡点は事件・事故の性質や世論によっても左右されるものだと思いますが、まずは知る権利の方を見ていきましょう。

     上に挙げた用語解説にもある通り、この権利は全体主義国家が人権を踏みにじった反省から言われるようになった権利です。全体主義国家や一部共産主義国家では、隣人が突然姿を消すということがしばしば起こりました。体制にとって好ましからざる人物が秘密警察などの手により「消される」。その理由については報道されることもなく、また公からの発表があるわけでは当然なく、ただ噂話で反体制の集会に出たらしいとか、思想的に問題があったらしいなどが語られるだけでした。そうしたことが続けば、国民全体が萎縮し、強権がどんどんと強化される方向に向かいます。その結果、人間が持つ普遍的な権利とされる基本的人権が踏みにじられる社会が出来上がってしまうのです。このような非人道的なことを未然に防ぐため、「知る権利」というものが第二次大戦後言われるようになったわけです。
     人が、寿命や病気、避けがたい怪我などでなく不条理に命を奪われるというのは、亡くなった人にとって最大の人権侵害という側面があります。どうしてこんな事象が起こったのかを広く世の中に問い、より良い社会を築くための議論を喚起していく。報道の根源的な意味というのは、こうしたところにあるのでしょう。
     ちなみに、その趣旨に沿って行われるものの一つが実名報道です。たとえ誰それがどういう理由で消えたということが発表されていたとしても、それが匿名であったり無名であったりすれば、権力側はいかようにも誤魔化すことができます。それを許さないために、どこどこに住む誰々という人がこんな悲惨な亡くなり方をしなくてはならなかった、こんな不条理があっていいのか!?と世に問うわけです。
     ただし、そこでぶつかるのがプライバシー権。知る権利があれば、知られたくない権利というものもあるわけです。これだけのメディア環境、その上ネットが発達して一億総記者状態の世の中であれば、世に問うのも大事だが、しばらくはそっとしておいてほしいというのが被害者やその関係者の正直な心情でしょう。

     上記2つの権利のぶつかり合いをどこまで現場の記者たちが意識していたのかは分かりませんが、平成の特に後半のマスコミはこの2つの権利の均衡点を見誤り続け、その結果信頼を徐々に失ってきたのではないでしょうか。端的な例を挙げれば、東日本大震災や各地で起こった地震の報道では、"かわいそうな被災者像"を国民は見たいのだ、知りたいのだと"知る"権利を振りかざし、これからどう復興していくのかという議論を置き去りにしてしまいました。事件報道では、泣き崩れる"かわいそうな被害者像"や"憎むべき加害者像"ばかりを追い求め、感情を煽った挙句、再発防止の議論に入る前に次の話題にシフトしていきました。
     もちろん、マスコミ側にはこの方が数字(視聴率や聴取率)が取れるのだ。数字が取れればそれだけ世に問題を問うことができるし、何よりスポンサーも喜ぶ。民間放送なんだから、企業としてこうする方が理にかなっているのだ!という主張があるでしょう。ただ、そうしたことを続けてきたことがマスコミの信頼を蝕んできました。

     今回の記者会見は、そうしたマスコミの醜悪な面がもろに出てしまったものだったのではないでしょうか。報道のワイドショー化が進み、質問者が社名のみならず(そこまで主催者からは求められていないのに)番組名まで言ってから質問に入る。その方が、自分の番組がオリジナルで聞き引き出したという演出が出来るからです。1社がやれば各社がやるということで、今や同じような質問だらけの冗長な会見ばかりになってしまいました。
     マスコミは結論ありきで質問しているのではないか?よりセンセーショナルな映像や写真を残すためにわざと感情を煽るような質問をしているのではないか?視聴者たちはそうした疑念を常々抱きながらマスコミと接しています。今回も似たような質問を各社が繰り返し、結果最初は気丈に答えていた園長先生が最後は泣き崩れてしまい質問に答えられなくなってしまいました。そしてその瞬間、無数のフラッシュがたかれ、テレビカメラは一斉に突っ伏した園長先生をアップで映す...。何となく感じていたマスコミに対する違和感が、具体的な怒りの感情となって「許せん!」となるのはある種当然だったといえるでしょう。にも関わらず、マスコミ側の人間は驚くほどそうした感情に無自覚で、弁明のようなツイートをして炎上するという現役記者も相次ぎました。

     たしかに「知る権利」は大事だと私も思います。今回の批判の中には、「被害者取材を一切やめるべきだ」というものもあり、それはそれで極論過ぎて私は賛同することはできません。だからといって、今の報道の仕方が100%正しいとは言えませんし、世論からもほとんど支持されていないことが一連の批判から明らかです。この会見が必要だったかと問われると、いつかは必要だっただろうが、果たして当日に行うべきものだったのか?そして、園長先生は冒頭のみで十分で、その後は社会福祉法人の幹部が答えれば良かっただろうと思います。それが、今回の会見の均衡点だったのではないでしょうか?
     そして、私自身の反省も込めて思うのは、我々に欠けていたのは、そして今マスコミに求められているのは「報じた先」の話なのではないかということです。再発防止のためにどうすべきなのか?この社会に欠けていたものは何だったのか?それは人間の操作に頼る今の自動車の在り方が限界を迎えていることからくるのか?一人一台車を持つという地方部の交通事情がリスクを増大させているのか?ガードレールの設置が追い付かないという地方財政の問題なのか(現場は滋賀県道)?今後同様の事故を起こさないためには行政として出来ることは?保育園として出来ることは?地域社会として出来ることは?子の親として出来ることは?事故の翌朝の放送で少し問題提起をしただけで、本当に沢山の意見、提案を頂きました。「自動運転をはじめとする技術進歩を積極的に導入し、必要であれば政府が補助金を出すべきだろう」「地方財政への支援を通じて交通インフラを充実させるべき」「今回の件で萎縮して散歩をやめるようなことになってほしくない」などなど、皆さん自分事として考えてくださいました。過去の事例に学び、より良い社会の在り方も考えていく。非力ではありますが、今後も一緒に考えいければと思います。
     最後に、同じような志の特集記事をご紹介したいと思います。


     遠い過去の話ではない、本当につい最近の事例も挙げられていて、正直、子の親としては涙なしには読めません。さすが、ニュースアーカイブが豊富にある朝日新聞。この取り組みは率直に尊いなぁと思いました。願わくば、有料記事ではなく、期間限定でもいいので全文を見せてくれるといいのですが...。
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

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