• 2019年04月22日

    令和に持ち越す就職氷河期世代問題

     平成から令和へと変わる直前、まるでアリバイ作りのように経済財政諮問会議で就職氷河期世代が議題に上りました。

    <政府は10日、経済財政諮問会議を開き、バブル崩壊後の就職難で正社員になれなかった「就職氷河期世代」の就労支援を本格化させる方針を示した。今後3年間の集中支援計画を作り、フリーターなどを半減させる方針。就職氷河期の初期世代が50代になる前に本格的な対策を打ち、雇用の安定化を狙う。>

     就職氷河期世代については、今担当している「OK!Cozy Up」、かつて担当していた夕方の番組「ザ・ボイス そこまで言うか」で再三取り上げ、拙ブログでも話題にしてきましたが、ようやく政府の審議会で取り上げられるようになりました。中身云々はいろいろありますが、まずはこの政策課題を取り上げたというだけでも一歩前進と評価したいと思います。
     何と言っても、今まで就職氷河期世代の課題については他の政策課題の陰に隠れて埋もれたまま捨て置かれてきました。社会に出るタイミングでデフレの真っただ中。当時は団塊の世代がまだ引退する前で、企業も労組も声も大きく数も多いこの世代の正社員を守ることを最優先。結果、上の世代を切れなければ下の世代の流入を抑えるということで、新卒採用を大きく絞り、学部卒の就職率は低迷の一途をたどりました。
     その後、2000年代の半ばから日本経済は一時的に回復しましたが、そのタイミングで団塊世代の引退も加速。人数を補うべく、企業が中途採用を活性化させていればよかったのですが、企業は今まで通りまずは新卒の門戸を大きく開放。それでも足らなければ氷河期世代も採用していたのでしょうが、日本経済もそこまで力強い回復を遂げてはおらず、ここでも氷河期世代はチャンスを逃します。その後、リーマンショックを受け、非正規雇用の多い就職氷河期世代は最も影響を受けます。
     第2次安倍政権発足後、特に雇用市場は引き締まりを見せ、大卒正社員就職率が統計を取り始めて初めて1を超えるほど雇用環境は改善したのですが、その時氷河期世代はすでに30代後半から40代に差し掛かっていました。若手と呼ぶにはトウが立ち過ぎた我々の世代は、このチャンスにも相手にされず今日を迎えているわけです。今回の経済財政諮問会議で民間議員から出された資料には、この動きがグラフで如実に表れています。


     この資料では、就職氷河期世代の定義として「バブル崩壊後の新規学卒採用が特に厳しかった1993年~2004年頃に学校卒業期を迎えた世代」としています。具体的な年齢としては、「(浪人留年がない場合、2019年4月現在、大卒で37~48歳、高卒で33~44歳」。私は大卒で現在37歳。まさに氷河期世代の終わりに位置しています。そして、この世代の人口規模ですが、2018年時点で1,689万人、15~64歳人口に占める割合は22.4%。この氷河期世代は大部分が団塊ジュニア世代と重複していますから、これだけ大きなボリュームを占めるわけです。生産年齢人口の4分の1弱ですから、決して無視できない大きな存在です。

     そして、この氷河期に未就職卒業者がぐんと増え、減ったといえど高止まりしました。ピークの2000年3月卒で高校・大学等卒業者に占める未就職者の割合が12%。
    その前後の年も10%前後という高い比率を示しています。そして、このグラフの山はこのデフレ期の他の経済指標でも同じように表れる動きを見せています。たとえば、完全失業率。こちらはピークが少し後ろにズレますが、90年に2.1%だったものが徐々に上がっていき、2002年のピークには5.4%にまで悪化しています。


     また、「経済・生活問題」を原因とする自殺者数もこの完全失業率の推移とかなりシンクロすることが分かっています。国全体のマクロ経済が悪くなると、当然失業率が上がり、それらを起因とする自殺者数も上がり、また新卒採用に目を向ければ採用そのものが全体の失業率以上に非常に悪くなるということが分かります。これは肌感覚通りの結果であって、何も目新しいことを言っているわけではありません。

     ただ、こういうことを主張すると、それは個人個人の自己責任であろうという反論が返ってきます。それは、上の世代のみならず、同世代で話をしても、この厳しい競争の中で勝ち抜いてきた(と本人は信じている)新卒で大手企業に採用されたような人ほど「自己責任」を主張します。
     が、これが自己責任で片付けられないのが、かつての不景気時のようにその後好景気がやってきて企業が採用活動を活発にするようになり、結果として再チャレンジすることが出来たかどうかがかつてとは大きく異なるからです。チャンスが豊富にある中でチャンスをつかみきれなければ、それはある程度自己責任と言われても仕方がないかもしれません(もちろん、個々の事情を勘案せずに十把一絡げにすることはできませんが)。ただ、前述の過去の経緯を見てきた通り、この世代には再チャレンジのチャンスはほとんど巡ってこなかったといっても過言ではありません。2000年代半ばに日本経済が一息ついたときにチャンスがあったのかもしれませんが、この時に巡ってきたチャンスはかつての景気拡大期(オイルショック後の景気回復局面や円高不況後のバブル景気など)と比べても大きく劣ることは肌感覚からしてもわかるというものです。今回諮問会議に出されたペーパーにも、そのことが分かるデータがありました。

     就職氷河期世代がそのまま雇用の調整弁的な世代と化していたことが白日の下に晒されたのです。学卒未就職者のグラフの脇に、就職氷河期世代の就業状態の推移という表がありますが、見事に氷河期世代の非正規雇用者がそのまま年齢を重ねる一方で、下の世代の非正規雇用者は大幅に減っていることが分かります。つまり、我々就職氷河期世代を雇用のクッションとして、上の世代は定年まで逃げ切り、その空いた椅子に下の世代が正社員として座るという構造が固定化してしまっているのです。これは、果たして自己責任なのでしょうか?マクロ経済運営に失敗した時の政府の責任は?業績が回復しても一向にこの世代を顧みなかった企業の責任は?企業は今になって現在40代前後の中間管理職世代の不足を嘆いているようですが、今まで採用せずに育てもしなかったそのツケが回ってきているとしか言いようがありません。

     経済財政諮問会議のペーパーの序文には、こう書かれています。
    <新卒時にバブル崩壊や不良債権問題が生じていた、いわゆる就職氷河期世代は、学卒未就職が多く出現した世代(人口規模で約 1700 万人)である。本来であれば、この世代も、景気回復後には、適切な就職機会が得られてしかるべきである。しかし、当時の労働市場環境の下ではそれは難しく、その後も、無業状況や短時間労働など不安定就労状態を続けている人々が多く存在し、現在、30 代半ばから 40 代半ばに至っている。>

     この文章に冷たさを感じるのは、まるで氷河期世代が生まれたのが天然自然現象で致し方なかったというのがにじみ出ているからです。そうではなく、政治の不作為、政府の不作為、そして企業が社会の一員であることを忘れ、コストカットにひたすらに走ったあのデフレの時代のツケをこの世代が一身に背負っているということを認め、社会全体としてどうサポートしていくか、底上げしていくかを考えなくてはいけません。企業は今、分厚い資本の鎧をまとっています。先日金融の専門家と話をしましたが、これから先世界経済の減速や日本の消費増税で景気は間違いなく落ち込むが、しかしかつてのような恐慌的に大手企業が倒産するようなことにはならないと言っていました。それは取りも直さず、企業が分厚い、分厚過ぎる資本をまとっているから。現預金、有価証券、不動産などなど、いざとなったら向こう何年かを支えるだけのものを持っているからだと。
     これらを一部だけでもいいから、氷河期世代のサポートに使えないものか...。自前でOJTをするのはリスクが高すぎるというのなら、基金のような形にしてスキルアップを目指したり、あるいはインターンのような形で採用するなりやり方はあるはずです。50代60代の雇用を保証するためには、若い世代を採りづらいという声はいまだに聞こえてきますが、ウラを返せば50代60代の流動性が全くないから、そのツケを氷河期世代非正規雇用者に押し付けているような構造なわけです。働き方改革をもう一歩進めて、この上の世代の流動性を増すことで、氷河期世代によりチャンスが回るようにするというのも政策的に取れる手かもしれません。それで、非正規雇用者も正社員も給料が下がってしまっては元も子もないので、そこは慎重な目配せが必要でしょうが...。
     いずれにせよ、今でももう手遅れだという声もありますが、だからといってそのまま何もしなければもっと悪くなるのは目にみえています。

     ちなみに、今回指摘されていた氷河期世代が将来社会問題を引き起こすという警鐘は、10年も前にすでに鳴らされていました。


     ちょっと長文なのですが、今読んでも全く色あせない内容。ということは、当時から問題が放置されてきたことを示しています。そして、この報告書の当時20代後半~30代前半だった氷河期世代は、そのまま10年が経過し、30代後半~40代前半。このまま行くと、報告書にもある通り、20兆円規模での生活保護費がこの世代のために必要になることでしょう。その時にも、自己責任論をこの国は振りかざすのか...?今ならまだ間に合うと信じて施策を打つことがこの国の政府・企業の責任ではないでしょうか?
  • 2019年04月19日

    日程面から見る衆参ダブル選挙の可能性

     自民党の萩生田光一幹事長代行の発言が波紋を広げています。

    <自民党の萩生田(はぎうだ)光一幹事長代行は18日のインターネット番組で、10月に予定する消費税率10%への引き上げに関し日銀の6月の企業短期経済観測調査(短観)で景況感が悪ければ3度目の延期もあり得るとの考えを示唆し、増税先送りの場合は「国民に信を問うことになる」と述べた。>

     第2次安倍政権が発足後、総裁特別補佐や官房副長官を歴任し、現在は幹事長代行に就いている萩生田氏。総理側近と言われる人物の発言、さらに「国民に信を問うことになる」と総理でもないのに解散・総選挙にも言及しているだけに、ご自身の考えだけでなく官邸の意向が濃厚にあるのではないか!?という憶測を呼び、何となく浮足立つ雰囲気になっているわけです。一方で、菅官房長官は一連の萩生田発言を即座に否定しています。

    <菅義偉官房長官は18日の記者会見で、10月に予定する消費税増税について「リーマン・ショック級の出来事が起こらない限り、予定通り引き上げる」と述べた。自民党の萩生田光一幹事長代行は同日、6月の日銀の全国企業短期経済観測調査(短観)次第で増税延期もあり得るとの考えを示しており、菅氏の発言はこれを否定したものだ。>

     ただし、この否定も解散風を完全に吹き飛ばすものではなく、官房長官と役割分担で観測気球を上げているのではないか?という疑念がぬぐえずにあります。今年の通常国会が開会する1月の時点でも衆・参ダブル選挙について話題になっていましたが、萩生田氏は今回、「20カ国・地域(G20)首脳会議もあるので、なかなか日程的には難しい」とダブル選を否定したと見られています。G20が6月の28、29日。一方、確定はしていませんが、参議院選挙の投票日と目されているのが7月21日。たしかに、ここでダブル選挙に打って出るのはちょっと日程的に窮屈です。
     ただし、それは「7月21日が投票日なら」という話。ここで日程面から頭の体操をしてみたいと思います。

     まず、今回改選となる参議院議員の任期について。参議院のホームページによれば、今年7月28日とのこと。


    公職選挙法第32条には、参議院議員通常選挙について、
    <参議院議員の通常選挙は、議員の任期が終る日の前三十日以内に行う。>
    と規定しています。7月28日から数えて30日前だと、6月29日。6月29日から7月28日までの間に選挙を行わなくてはならないわけですね。
     ところが、国会の会期と選挙の投票日があまりに近いと選挙に向けてのパフォーマンスが与野党ともに激しくなったり、また与党側が火事場泥棒さながらに選挙に有利な立法をしてしまうのではないかなどの懸念から、この32条の規定には2項に留保が付いています。

    <前項の規定により通常選挙を行うべき期間が参議院開会中又は参議院閉会の日から二十三日以内にかかる場合においては、通常選挙は、参議院閉会の日から二十四日以後三十日以内に行う。>

     今国会の会期は延長がなければ6月26日まで。選挙を行うべき期間のスタート日、6月29日とは3日しかありませんからこの2項の規定が適用となり、選挙投票日は7月20日~7月26日までの間となります。投票日は日曜日にすることが慣例となっていますから、結果として投票日は7月21日に固定されるわけです。延長がなければ7月21日参院選と報道されているのはこうした理由からなのですね。

     ところで、通常国会は1度だけ延長することができます。集団的自衛権の一部容認を柱とする平和安全法制を審議した2015年の通常国会は史上最長の95日間延長を行ったこともあります。ですから、6月26日会期末といくら言っても、それは仮置きされたものに過ぎないとも言えます。ただし、参議院議員の半数は任期満了が迫っていますから、そう長い期間延長することはできません。
     先ほども挙げた公職選挙法32条の規定を踏まえれば、任期満了よりも前に選挙をして新たに参議院議員を選出するのが望ましいのですが、一方で2項の規定を援用すると任期ギリギリまで国会を開会していれば、そこから起算しておよそ1か月後の選挙も法的には問題がないということになります。では、任期ギリギリまで伸ばしてみると、会期末は7月28日。公選法の「○○の日から」というのは初日を算入しないと解されているため、7月29日から数えて24日以後30日以内、すなわち8月21日~27日が選挙可能日となり、その中の日曜日は8月25日となります。衆議院の解散に伴う総選挙は解散から40日以内に行うという規定(公選法31条3項)については、前述の参院選投票日の規定"30日以内"で十分にクリアすることができますから、純粋に法解釈だけで考えれば、大幅延長&延長会期末解散のテクニックを使って8月25日投票日まで後ろ送りが可能です。

    ここで、萩生田発言をもう一度見てみますと、

    <夏には参院選も予定されている。萩生田氏は増税を「やめるとなれば、国民の了解を得なければならないから信を問うということになる」としたが、衆参同日選の可能性については「ダブル選挙というのはなかなか日程的に難しい。G20(20カ国・地域)サミットもある」と否定的な見方を示した。>

     日程的に難しいというのは、G20があり、その直後に選挙戦となると窮屈だと考えるのが一般的な理解でしょう。さらに、6月の日銀短観の発表が7月1日であるということを踏まえ、そこまでに何の動きもなければ6月26日に国会が閉まっていることも考えると、日銀短観発表後、わざわざ解散のために臨時国会を召集するのはいかにも無駄であり、ならばもはやダブルは難しい、解散するにしても秋か?ということになります。
     ただし、こちらもお尻は切られていて、増税延期で信を問うなら、増税予定の10月1日よりも前にやらなくては意味がありません。ダブル選をスキップして、後日臨時国会→解散・総選挙というシナリオもこちらはこちらで日程が窮屈になります。延長なく予定通りに参院選を7月21日に行うとすると、新しい参議院議員の任期のスタートは7月29日。ここから30日以内に臨時国会を召集しなければならないと国会法第2条の3の2項にあります。


     これをギリギリまで引っ張れば8月27日までに臨時国会を召集し、解散・総選挙となりますが、9月の終わりには国連総会などの外交日程や8月末には横浜でアフリカ開発会議(TICAD7)が予定されています。この日程の合間を縫うように衆院選の12日の選挙期間を引くのは至難の業。かなりピンポイントの日程となり、公示前の事前準備も考えると、こちらも日程的にタイトですね。

     そう考えると、手っ取り早くダブル選挙をすればいいという風に戻ってくるわけですが、法的には8月25日投票日までのダブル選挙が可能とは言え、参院選の選挙期間17日間を取るとお盆休みに選挙期間がかぶってしまいますし、告示直前の運動期間は丸々お盆休み中ということになります。世の中の大半が休みに入るお盆中に選挙となると受けが悪いし、何となくの不文律でお盆中は政務はお休みということになっていますから、8月25日まで引っ張るのは難しい。となればお盆前投票日を探ると、8月4日か7月28日と絞られてきます。このうち、G20や日銀短観からより遠いのは8月4日。8月4日に投票日を持ってくるためには、若干だけ国会を延長し、会期末解散をしようと思うと、最も短くて7月4日会期末で30日後の8月4日投票日が可能です。

     そして、この日程を見ると、俄然6月の日銀短観の意味が出てくるのです。今までダブル選挙を判断する材料としては、5月20日発表予定のGDP速報値が言われてきました。この数字はおそらく相当悪いものになると言われていますが、一方で、それだと実際の投票日まで間が空きすぎてしまいます。そこで、その間を埋めるように7月1日発表の6月の日銀短観の存在価値が高まってくるのです。「5月20日のGDPの数字が悪い→最終判断はしないが6月の短観を待ちたいので念のため延長→短観発表→ダブル選挙最終判断」というシナリオもあるかもしれません。

     ただし、そのためには増税の延期法案を国会で通す必要があります。複数の与党幹部は、
    「いざとなれば、数日で国会を通せる」
    とも語っていて、会期を7月半ばまで延長すれば日銀短観の発表を待って増税延期法案を審議にかけ、成立を持って衆議院解散・ダブル選挙も物理的には可能です。あとは、6月26日までの通常国会を延長するか否か...。ちょっとザワついてきました。

    日程シミュレーション.jpg
  • 2019年04月08日

    大阪ダブル選挙雑感

     取材で出張に行くとなると、東京で出来るだけの下調べをします。そこで、ある程度の相場観と言いますか、「このニュースはこういうことなんだろう」というような想定めいたものが頭の中に出来てきます。ところが、実際に現場に行ってみるとその想定が簡単に打ち砕かれることがあるんですね。この週末の大阪出張、大阪ダブル選挙の取材もまさにそんな展開でした。

     選挙取材で現場に足を運べないとなると、東京で出来ることはおのずと限られてきます。
     ①現場の人、あるいは現場に行った人の話を聴く、②現地からの報道を見る、③現地での世論調査の結果を集める...。
     大雑把にまとめると、選挙の現場から遠く離れたところから情報を収集するにはこの3つを組み合わせることになります。ただ、①の現場に行った人の話は人によって見てきたものが違うし、②の現地の報道も気を付けないと同じことを伝えるのでも切り口を変えてくる分先入観に引っ張られる場合があります。そうしたリスクを考えると、③の現地世論調査を優先してしまうのですが、ここにも落とし穴があって、今回の取材ではそれをまざまざと見せつけられました。
     事前の世論調査では、維新側と反維新といわれた自民・公明推薦候補が互角か小差で維新リードというものがほとんどでした。告示直前の自民党の調査などは、大阪市長選で反維新側の候補、柳本顕氏がリードしているとの数字が出ていました。これにはさすがに関係者も半信半疑でしたが、いずれにせよ投票日の7日の投票箱が閉まる8時の時点でこうもあっさりと各社当確を出すという事態は想定していなかったのですね。

    <第19回統一地方選の前半戦は7日、11道府県知事選などの投開票が行われた。最大の焦点だった大阪府知事選と大阪市長選のダブル選では、「大阪都構想」の実現を目指す地域政党・大阪維新の会が擁立した候補が、ともに当選を決めた。知事選で唯一の与野党対決だった北海道知事選は、与党の支援候補が勝利した。
    大阪ダブル選は、知事と市長が任期途中で辞職に打って出たために行われた。前市長の吉村洋文氏(43)は知事選に、前知事の松井一郎氏(55)は市長選に、それぞれ出馬した。両氏は「都構想で大阪を成長させる」などと訴えた。>

     ただ、言い訳めいて恥ずかしいのですが、こうなる予感のようなものはありました。投票日直前に大阪入りして何が分かる!という批判を承知で記せば、選挙戦最終日はなんば高島屋前で定点観測をしていました。そこで、まず自民・公明の推薦候補、柳本氏と知事候補の小西氏の演説を聞き、その後維新側の最後の訴えを聞いていたのですが、まず集まってきた顔ぶれに大きな違いがありました。
     自・公サイドの演説では年金受給者と思しき男女がほぼすべてで、上がる声援もお年寄りのそれだったのに対し、維新側は現役世代の30代、40代も多く、さらに道行く若者も立ち寄って聞いていっていました。普段選挙に関心などさしてないであろうこの世代が今回の選挙を自分事として捉えている、それが投票行動にもつながって、結果的に大阪のダブル選挙の投票率は前回よりもそれぞれ上昇しています。

    <大阪府知事選の投票率は49.49%、大阪市長選は52.70%で、前回2015年の「ダブル選」と比べ、知事選は4.02ポイント、市長選は2.19ポイント上がった。府議選は50.44%(前回比5・26ポイント増)、市議選は52.18%(同3.54ポイント増)でいずれも50%を超えた。>

     そして、前回2015年の住民投票の時にも各社の調査で明らかになっていましたが、今回の争点でもあった大阪都構想に対して、賛成の人の割合は年齢層が若くなればなるほど高くなることがわかっています。ということで、30代、40代の多くが選挙に行った結果、維新圧勝につながったといえるでしょう。選挙戦を総括した大阪維新の今井豊幹事長も会見で、
    「今回は新たな層を掘り起こしたと思う。若い層の投票行動がポイントだった。選挙戦を通じて、子育て世代からの反応がすごく良かった。ここは2015年の住民投票の時と大きく違う点。自分たちの時代を自分たちで作るんだという意思を感じた。」
    と話しています。特にこの子育て世代の30代40代に向け、同じ世代の吉村洋文氏が先頭に立って選挙戦を戦ったことも大きかったようで、今井幹事長は、
    「街中で吉村氏の周りに人だかりが出来てフレンドリーな対応をしていた。(橋下徹氏抜きで初の選挙だが)吉村維新の誕生だと思う。勇気もらった」
    と興奮気味に話していました。
     たしかに、なんばで吉村市長の演説を聞きましたが、これが聴衆を引き付ける。そして、どことなく橋下徹氏に似た語り口なんですね。4年前の住民投票の時も同じ場所で橋下氏の演説を聞きましたが、その時とうり二つに思えました。

     さて、このブログでは以前指摘しましたが、今後の大阪都構想を考えると次の焦点は議会に移ります。議会選の結果も、今回の大阪維新の勢いをまざまざと見せ付けました。

    <大阪府知事・市長のダブル選と合わせて7日に投開票された府議・大阪市議選では、自民党の府・市両議員団の幹事長がいずれも落選。府市議会事務局によると、府議会で15という議席数は平成11年以降では、大阪維新の会と初めて全面対決し13議席にとどまった23年の統一地方選に次いで少なく、市議会は同年の17議席に並び過去最少。ダブル選での維新圧勝の風は、府市議会にも大きな影響を及ぼした。>

     定数88の大阪府議会選では維新51議席と過半数を超えました。一方、懸案だった大阪市議会選では定数83のところ、維新は40。過半数が42ですから、あと2議席足らないという結果に終わりました。とはいえ、中選挙区制の大阪市議選で過半数にあと2議席まで肉薄したというのは他会派に大きなプレッシャーになることは間違いありません。
     隠れたポイントとしては、無所属議員4人の存在。都構想に関しては当選した首長2人は、「丁寧にやる」(松井氏)、「この民意を見て、自民・公明、特に公明党さんがどう判断するか、ボールは公明党さん側にある」(吉村氏)と、まずは他党の出方を見ての判断となりそうですが、いざとなれば保守系無所属の議員を口説き落とす、あるいは都構想隠れ賛成派の自・公の議員一本釣りなど様々な選択肢を考えることができます。

     さらに、先日の拙ブログでも記した、衆院選とのリンクをどう見るか。「常勝関西」と言われた公明党にとっては、衆院大阪小選挙区の4議席、および兵庫の2議席に関しては死守したい。公明には小選挙区の候補は比例の重複立候補をしないという不文律もありますから、小選挙区のライバルにどの党が立つのかが非常に重要なわけです。今まで、協力関係にある自民はもちろんのこと、維新も公明が立つ選挙区には候補を立ててきませんでした。というのも、大阪府議会、市議会で都構想自体は反対でも住民投票の実施までは認めるということで維新と公明は協力関係にあったからです。
     ただ、今回はガチンコで勝負した維新としては、息の根を止めにきた公明に対してどう出るのか...。日曜の会見でもその点を聞かれましたが、
    「まだ衆院選は先の話でしょ」(松井氏)
    とはぐらかしていました。いずれにせよ、今回得た任期4年の間には2度目の住民投票の実施を明言している維新。G20、万博のみならず、大阪はこの先アツいですね。
  • 2019年03月25日

    大阪春の陣

     今年は統一地方選と参院選が重なる12年に一度の「亥年選挙」。年明けどころか去年からすでに、この「亥年選挙」については様々な報道がされてきましたが、傾向としては参院選を中心にして統一地方選は露払いのような扱いでした。
     ところが、やはり政治は一寸先は闇。ここへ来て統一地方選、それも第一ラウンドの道府県知事選、政令指定市長選が注目されてきました。言わずと知れた、大阪ダブル選挙がその要因です。昨日は、ダブル選挙の一翼を担う大阪市長選挙が告示されました。

    <大阪市長選が24日告示され、無所属で自民党と公明党大阪府本部が推薦する前大阪市議の柳本顕氏(45)と、地域政党・大阪維新の会公認で前大阪府知事の松井一郎氏(55)の新人2氏による争いが確定した。維新の看板政策「大阪都構想」の是非を最大の争点に、維新と反維新の対決となる見通し。21日に告示された府知事選とともに、4月7日に投開票される。>

     すでに21日に告示された大阪府知事選には、自民党が推薦する無所属で元府副知事の新顔、小西禎一(ただかず)氏(64)と、地域政党「大阪維新の会」政調会長で元大阪市長の新顔、吉村洋文氏(43)の2人が立候補を届け出ています。維新VS反維新という形での戦いの構図が固まったことで、両陣営の選挙戦はヒートアップ。それとともに報道もヒートアップしています。

     しかしながら、さらに今後の展開を読んでいくためにはこの2つの選挙だけでは足りません。というのも、今回の統一地方選、大阪では、特に大阪市ではダブル選挙どころかトリプルも通り越して"クアドラプル"(4重の)選挙だからです。

    <21日に告示された府知事選で幕が開けた大阪の統一地方選。大阪市長選は24日、府議・市議選は29日にそれぞれ告示され、市では約半世紀ぶりに4つの選挙が4月7日に投開票される。市選挙管理委員会は「ミスがないように臨みたい」として、スタッフを増員するなどして対応する考えだ。>

     そうなんです。統一地方選第一ラウンドは道府県知事選、政令指定市長選に加え、道府県議選、政令指定市議選も入ってくるので、この大阪市や堺市といった一部政令市では任期によって4重選になるのですね。で、実はこの市議選、府議選の方が結果が後々に効いてくる可能性があるのです。

     首長選はいずれも当選者が1人。1つの椅子を巡って大勢が争うという、結果が非常に分かりやすい選挙です。
     一方、比較的地味なのが道府県議、市議選。こちらは、一つの選挙区から複数人が当選するという、いわゆる中選挙区制を取ります。
     大阪市を例にとると、北区や阿倍野区といった行政区を選挙区に、市議は各々3人~5人、府議は一部近隣行政区を合わせながら、1人もしくは2人が選出されます。大阪府全体で見ると、ベッドタウンの寝屋川、枚方といった大きな市は3人~4人の府議を選出する選挙区もあります。各選挙区から1人が選出される小選挙区制と違って、中選挙区制の場合は政党ごとの住み分けが行われ、その結果として一つの政党・会派が単独で過半数を取ることが非常に難しくなります。たとえば、3人選出の選挙区なら、維新・自民・共産で分け合う構図になるのが政治的な主張の色分けからしても非常にあり得る話ですよね。
     地方議会選は人口の少ない選挙区でいくつか1人区はあるものの大部分が複数区となると、結果として主要政党が3分の1弱ずつぐらいで並び立つ結果となり、事実そういった色分けの議会構成の上に与野党相乗りで首長が座るという構図がこの国では長く維持されてきました。各会派がマジョリティを構成するため牽制しながら合従連衡するので、結果的に非常に安定します。それはいいのですが、逆に議会が反対するといつまで経っても政策が実現しない壁にぶち当たるわけです。議会と首長が対立した場合、首長には議決の拒否権が与えられていて、再議を促すことはできますが、不信任決議をされない限り議会を解散するとはできません。また、解散して再選挙となったとしても選挙制度は変わらないので議会の構成はほとんど変わりません。民意により選ばれた首長が、もう一方の民意の壁に突き当たるというジレンマを抱え込むシステムなのです。もちろん、地方議会の決定は直接住民の生活に影響します。それだけに、激変緩和できるようにあえてドラスティックな決定がしにくいシステムにしているのだということも言えるのですが。

     さて、これを大阪の4重選に当てはめますと、仮に維新が市長・府知事を維持したとしてもすぐに住民投票に行けるのかといえば、そんなことはありません。全選挙区が複数区の大阪市議選では、維新は単独過半数を取るのは厳しいでしょう。となると、今まで通り多数派工作をしなければなりません。これまでの経緯やイデオロギーなども考えると、大阪自民や共産との協力はなかなか難しそう。結局、公明から一定の譲歩を取り付ける必要があるんですね。
     しかしながら、今回の首長ダブル選に至る経緯で公明と維新は完全にぶつかってしまいました。果たして関係を修復する糸口は存在するのか...。大阪政界を継続的に取材しているある記者は、
    「中選挙区制で存在感を見せる公明は、逆に言うと小選挙区制が弱点なのだ。」
    と解説してくれました。曰く、
    「公明は小選挙区制の衆議院選で4つの選挙区で候補を出している。ここには、自民は連立の絡みで出さないが、今までは府議会、市議会での協力を見込んで維新も候補を立てていなかったのだ。維新としては、ここをどう考えるかだ...」

     ちなみに公明党は衆議院小選挙区立候補者の比例代表との重複を今まで見送ってきました。これは党規で決まっているようなものではなく不文律のようなものですから、次回衆議院選挙で重複立候補を認める可能性だってもちろんあります。ただ、自公政権に大逆風が吹いた2009年の政権交代選挙ですら重複立候補を見送ったという故事も併せて考えると、次回選で突如節を曲げるのは考えにくいわけです。維新は府議会、市議会で協力してほしい、公明は衆院選で協力して欲しい...。政策を一旦脇に措けば、維新と公明は戦略的互恵関係にもなれるわけです。
     ただし、そこには公明党側に衆院選間近というインセンティブが働かなくてはいけません。今回の統一地方選を経ての議員、首長の任期は4年間。その間には現在の衆議院議員の任期が必ず来るわけです。あるいは、衆議院には解散がありますから、解散風が吹いてくると急転直下で手打ちの可能性だって否定できません。そして、その時にどれだけ相手から譲歩を引き出せるかは、議会の構成によるところがあります。維新が単独過半数に近ければ維新有利になりますし、遠ざかれば公明の協力の重みがより増します。その意味では、今回議会選にも次に続くドラマが隠されていることになります。もちろん、結果によっては大阪都構想が終わってしまうので、ダブル選挙の行方が第一義なのは言うまでもありませんが...。
  • 2019年03月11日

    福島ロボットテストフィールド取材報告

     東日本大震災から8年。今朝のCozy Up!では、今月2日、3日に福島県を取材した模様をお送りしました。ご存知の通り、福島県では地震や津波の被害に加えて、福島第一原発の事故という大きな災害が発生しました。現在も 福島県内では およそ4万3000人が避難を続けています。

     去年に続いての福島、浜通りの取材。かつて取材した現場に再び足を運ぶと、しっかりとした復興の歩みを感じることができました。
     たとえば、かつて旧警戒区域が再編され、域内に入れるようになったタイミングで取材を行った大熊町。私がこの大熊に入ったのは2015年のこと。当時、福島第一原発事故対応の作業員の皆さん向けの給食センターが同町大川原地区に出来たばかりでした。案内してくださった町役場OBの方々は、帰還困難区域を一通り見た後、最後にこの給食センターを紹介し、
    「これが大熊の希望なんだ」
    と力説してくれました。まだ人は住めないけれど、ここから経済活動が復活していく。人が再び集まってくる。そう、希望を語ってくれていました。(取材の様子はこちら
     あれから5年あまり。この大川原地区には、新しい役場庁舎が完成間近になっていました。さらに、50戸の災害公営住宅も整備が進み、5年前には手付かずの田畑が広がっていただけだったものが町の新たな中心としての姿が顕わになっていました。

    大熊町新役場.JPG

     さて、そんな中今回わたしが取材したのは「福島イノベーション・コースト構想」です。


     福島イノベーション・コースト構想は、2014年から経済産業省と福島県が推進している取組。東日本大震災と福島第一原発の事故により大きな被害を受けた浜通り地域などを中心に 新たな産業基盤を構築することで経済の再生を目指すプロジェクトです。浜通り地域を 廃炉、ロボット、エネルギー、農林水産など、様々な最先端技術を開発・研究する『最先端技術の開発拠点』として整備することで、これまでにない新たな産業を作り出し、地域の活性化、人材の育成、人々の交流を生み出そうというものです。

     地震や津波、そして福島第一原発の事故により、福島県の産業は大きな打撃を受けました。産業の見直しを余儀なくされました。もちろん農業や漁業など、様々な産業が復興の道を進んでいますが、復興の新たなステージとして、「新しい産業の構築」は大きな課題となっています。その大きな柱の1つが『福島イノベーション・コースト構想』です。

     すでに計画は具体的に進んでいて、浜通り地域を中心に風力発電の事業が行われていたり、沿岸部に水素エネルギーの研究を行う水素製造プラントが作られたり、福島県は新たな道を進み始めています。そして「福島イノベーション・コースト構想」におけるロボット分野の開発・研究を担う存在として、現在 建設が進められているのが、「福島ロボットテストフィールド」という施設です。


     福島ロボットテストフィールドは、物流、インフラ点検、大規模災害などに活用が期待される無人航空機(ドローン)・災害対策ロボット・水中探査ロボットなどの研究開発や実証実験をできる施設。陸海空、すべてのロボットに対応できる研究施設は世界でも類を見ないそうです。地震・津波・原発事故...甚大な被害を受けた福島県。どうしてこのような施設を作る必要があったのか。福島県商工労働部産業創出課ロボット産業推進室長の北島明文(きたしま・あきふみ)さんは、
    「震災直後、被害者の捜索と原発事故の対応にロボットを使いたい。しかしながら、すぐにロボットを投入するわけには行かなかったのです。今までロボットは研究室や付き合いのある工場などの限られた場所でしか動作試験を行っていませんでした。現場としては実績のないロボットをいきなり投入するわけには行きません。現場の作業員が容易に操作できるようなものではなかったことも投入に二の足を踏む要因になりました。技術はあるのに使えない。研究室と現場を繋ぐ、中間の役割が必要だろうということで、ロボットテストフィールドが出来たわけです」
    と話してくれました。東日本大震災クラスの災害、いつどこで起こるかわかりません。そのときのために、大きな被害を受けた福島県で実証実験されたロボットなら大丈夫だ、きっと活躍してくれる、人々を救ってくれる、そんな思いから、福島ロボットテストフィールドの建設が始まったわけです。

     今回、わたしも実際に福島ロボットテストフィールドを視察してきましたが、施設全体はとにかく大きいです!南相馬市の海沿い、およそ50ヘクタール(東京ドーム10個分以上)の広大な敷地に21の施設が整備される予定で、ドローン用の滑走路や、水中ロボット向けの大型水槽、また市街地・トンネル・橋などを再現した施設が設置され、様々なロボットの開発・実験ができるようになっています。
    ロボットテストフィールド.JPG
    ロボットテストフィールド試験用プラント屋上からドローン専用滑走路を望む

     余談ですが、この周りは農地が広がっていて、このロボットテストフィールドの敷地も元々は農地だったところを転用した土地です。ここも今まさに問題となっている土地の登記問題にぶち当たったそうなんですね。日本では土地の登記が義務付けられていなかったので、すでに故人となった方が登記簿に載っている場合も多く、その場合はすべての法定相続人が等分に権利を持っていることになります。こうした大規模に用途の転用・開発をする場合、そのすべての法定相続人に転用の承諾を得る必要があり、このロボットテストフィールドの場合は100人を優に超えていたとのこと。今回は、地元の南相馬市が地道な承諾作業を"根性で"やり切ったと北島さんは明かしてくれました。復興の取材をするとどこでも、こうした土地の集約を巡っての苦労話を聞きますが、このロボットテストフィールドも例外ではなかったようです。

     閑話休題。
     さて、このロボットテストフィールドは来年度末に完成予定なので、今はまだ建設中のところも多いんですが、すでに去年6月から一部の施設の活用は始まっています。今回わたしは「試験用プラント」という場所を視察しました。試験用プラントは、6階建ての建物で、建物の中に 災害時に遭遇する可能性のある様々なシチュエーションが再現され、そこで災害対応ロボットなどが力を発揮できるのか、あらゆるパターンで実証実験ができる場所となっています。ジャングルのようにはりめぐされた配管、バルブ、ダクト、階段、螺旋階段、はしご、タンク、煙突など様々なものを配置されていて、車や瓦礫などの障害物も配置でき、様々なシチュエーションを再現できるそうです。また、煙がふきあがる、異音、異常発熱などの環境も再現できます。何と言っても、ロボットの試験の為に操業を止めてくれる工場など世の中に一つもありません。それは当然ですよね。そうした中で、現場の環境を再現したこの試験用プラントの存在だけでも、ロボット研究者の中では非常に注目されているそうです。

    会津大ロボット.JPG

     今回、わたしが取材に伺ったときにも、地元福島県の会津大学の研究チームが災害対策用ロボットの実証実験を行っていました。会津大学復興支援センター准教授の中村啓太(なかむら・けいた)さんに伺うと、たとえば今までは階段の上り下りのテストをしようとしても大学側から許可が下りなかったそうです。たしかに、建物の階段の端にはゴム製のステップが付いているものもあります。このロボットのクローラー部分がステップを傷つける恐れがあると指摘され、テストの許可が下りなかったようなのですね。まぁ、壊しちゃったら税金で直すことになるのだから、事務方の心配もわかるのですが、ことほど左様に学内でテストを行うのはいろいろと窮屈な面も否めないです。そうしたところに、このロボットテストフィールドはまさに渡りに船というわけなのですね。

     しかしながら、南相馬市をはじめとするこの浜通りの各自治体は、もともとロボットとは縁のない土地です。地元の理解を震災以来8年で一歩一歩進めてきて、今回のロボットテストフィールドにまで昇華させてきたそうです。足掛かりとなったのは、2015年から活用が進んでいる「福島浜通りロボット実証区域」。ドローンの長距離飛行の実証実験や操縦訓練ができるエリアです。

     ドローンを飛ばすには、上空を通過する土地の持ち主に了承をとることが必要ですが、このエリアでは2015年以降、ドローンを飛ばすルートになる1つ1つの土地の持ち主に了承をとり、理解を得ていったそうです。そして すでに活用開始から180件を超える企業や研究者が、ドローン等のロボットの実験を行うまでになりました。すでに南相馬市と浪江町の郵便局の間では、国内初の目視外飛行による荷物の搬送が定期的に行われています。およそ9キロの距離を、ドローンが荷物を運びながら飛んでいるのです。

    <日本郵便は7日、福島県の南相馬市小高区と浪江町の郵便局間で小型無人機ドローンを使った飛行距離約9キロの荷物輸送に成功した。補助者を置かない目視外飛行では国内初の取り組み。両郵便局は東京電力福島第1原発事故に伴う旧避難区域にあり、帰還者増を目指す両地元の関係者は「手を携えて復興につなげたい」と歓迎した。>

     よく誤解されるのが、「住民が避難して人の居ないところだから飛べるのだろう」ということ。しかし、この河北新報の記事にある飛行経路の地図にある通り、ここは普通に住民の皆さんが生活をしているところ。特に、小高駅や浪江駅の周辺は住宅や商店の密集地でもあります。広域・目視外飛行をするにあたり、飛行経路をカバーする通信塔を整備して安全を確保。その環境を地元地権者の方々にも説明し納得いただいたからこそ、これだけのドローン試験が可能となったわけです。この通信塔があることで、長距離通信、気象観測、空域監視が可能となります。

    通信塔.jpg
    敷地内にそびえ立つ通信塔

     もちろんロボットなどの新たな産業の創出に違和感を持つ住民の方もいらっしゃると思いますが、県としては住民の方たちと協力をしながら復興の新たな方向性を示していきたい、ということなんですね。そうした努力により、すでにロボットやドローンに関連する企業や研究者の間では、福島は被災地ではなく、日本で唯一自由に実験が出来る場所という認知になってきたと言います。現在は国内の企業や研究者の活用が中心となっていますが今後は海外の研究者も呼び込みたいとしていて、2020年の夏には「ワールドロボットサミット」という世界中の技術者や研究者を集めた会合を行いロボットをつかった競技大会も行う予定となっています。最先端技術の開発拠点として建設が進む「福島ロボットテストフィールド」。単純に開発や実験を行うだけではなく、目標としているのは産業の蓄積であり、人材育成であり、人々の交流を図ることにあります。震災以降、14の企業が福島県に進出し、南相馬市では福島ロボットテストフィールドを活用するために、ホテルなどに宿泊する研究者が増加傾向にあります。

     もちろん、産業の蓄積、地元の雇用創出などはまだまだこれからの課題。まだまだ芽が出たにすぎません。しかし、このロボットテストフィールドも一つの事例に過ぎず、実は福島には、そして岩手や宮城にもこうした復興の芽というものは無数にあります。一つ一つは小さく、地味な取り組みなのかもしれませんが、ここから大樹に成長する芽がきっとあるはず。これからも、取材を続けていきたいと思います。
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

■Twitter
「飯田浩司そこまで言うか!」

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