• 2017年07月17日

    防衛費って、膨張しているの?

     先月「経済財政運営と改革の基本方針」、いわゆる骨太の方針が閣議決定され、来年度予算についての駆け引きがすでに始まっています。財政の行方を非常に心配し、できればその膨張を食い止めたいという向き(つまり財政緊縮派)が最も気にするのは社会保障費と防衛費。早くも、来年度予算の防衛費の膨張を警戒するような報道が出始めています。

    『防衛費4年連続5兆円超 来年度予算、過去最高要求へ』(7月17日 日本経済新聞)https://goo.gl/vHxwJN
    <防衛省は2018年度予算の概算要求で5兆円超を計上する方針だ。5兆円超の要求は4年連続で、17年度当初予算より増やし、過去最大の要求額となる見通しだ。核・ミサイル開発を進める北朝鮮の脅威への対応や、対中国を念頭に置く離島防衛を重点とする。中国やロシアが開発に力を入れる探知しにくい最新鋭ステルス機に対応し、次世代レーダーの開発にも着手する方向だ。>

     4年連続5兆円超と書けば、なるほど安倍政権になってからずっと防衛費が膨張し続けているのだなという印象になりますし、毎年5兆円とは何と多額!という印象になるわけですが、考えてみれば520兆のGDPを持つ我が国にとって、5兆円はわずか1%弱。昨今、アメリカのトランプ大統領がNATOなど同盟国に要請し、未達成を批判しているのはGDP比2%ですから、その半分に満たないわけです。北朝鮮情勢の緊迫化や中国の膨張などの周辺情勢を考えれば、本来は「足らんだろう!」という批判はあっても、「多すぎる!」という批判はなかなか理解できません。もちろん、「多すぎる!」とあからさまに批判しているわけではなく、いわゆる「ほのめかし」にとどめて、文字面を読むと断言はしていないわけですが...。

     その上、こうした記事は防衛予算が出るごとに出てきます。毎回判を押したように「予算が多すぎるのではないか?」とほのめかすのです。今年度予算の編成過程でもそうでした。

    『防衛費、過去最大の5.1兆円前後に 17年度予算案』(2016年12月10日 朝日新聞)https://goo.gl/riwMaO
    <政府は、2017年度予算案の防衛費を過去最大の5兆1千億円前後とする方針だ。海上保安庁の予算も、要求の2005億円を上回り過去最高とする見通し。ミサイル発射実験を繰り返す北朝鮮対策を強化するほか、中国の活動を念頭に周辺海域の警戒態勢を強めるねらいだ。
    (中略)
    政府が昨年6月に決めた財政健全化計画では、社会保障費を除く政策経費の増加を年300億円程度に抑える目安を設けている。ただ、今年度の第3次補正予算案で「ミサイル防衛システム」の整備前倒しといった防衛関連に2千億円近くを盛り込む見通しで、防衛費は「特別扱い」が続く。>

     「防衛費が財政健全化の例外、特別扱いをされている。これは軍事的な膨張ではないか!」というのを滲ませるような書きぶりです。しかしながら、この5兆円もの予算が果たしてどのように使われているのかはあまり報じられることがありません。報じられているのは、北朝鮮に対しての迎撃ミサイルの回収や新型の潜水艦の建造など。これだけを見ていると、日本の自衛隊は相当兵器に対して投資を続けているなぁと思います。報じられている通りなら、これは相当な軍事的な膨張ですが、その割には中国の公船といわれる船は領海侵犯を繰り返していますし、北朝鮮は毎週のようにミサイルを発射しています。
     実は、この5兆円を超える予算はそのほとんどが新たな兵器への投資以外に使われているのです。しかも、それは隠されているわけでもなんでもなく、防衛相の公表文書、防衛白書で毎年指摘されているのです。現時点で最新の防衛白書である、平成28年版防衛白書を見てみます。

    『2 防衛関係費の内訳』(平成28年版防衛白書)https://goo.gl/g5DJ4u
    <歳出予算で見た防衛関係費は、人件・糧食費と歳出化経費という義務的な経費が全体の8割を占めており、残り2割の一般物件費についても、装備品の修理費や基地対策経費などの維持管理的な性格の経費の割合が高い。このため、歳出予算で見た場合、単年度でその内訳を大きく変更することは難しい側面がある。>

     専門用語が多いので難しく感じるかもしれませんが、歳出化経費というのは前の年度までに契約した装備品などの繰り延べ支払額。艦艇や戦車、航空機を例にとると分かりやすいのですが、防衛装備品は単価が高いのと、納入までに時間を要します。一方で日本国の国家予算は単年で編成しますから、契約初年度は一般物件費という通常経費で支払い、その後は「歳出化経費」という別枠を作ってそこで支払っていきます。この歳出化経費はすでに契約して支払いが決まっているものですから、ここを削ることはできません。
     問題は、この企業会計なら固定費と呼べるものがどれほどかということ。人件・糧食費が44.2%、歳出化経費が35.3%。2つを合わせると、79.5%!実に8割に上ります。さらに、残り2割の一般物件費も維持管理的な経費が多いということで、果たしてこれで「軍事的膨張」といえる程の軍事的な投資が可能なのでしょうか?報道されたイメージと実際はだいぶ乖離があるように思えます。

     そして、4割強を占める人件・糧食費についても、果たしてこれで十分かという議論がほとんどなされていません。
     かつて自衛隊は、就職の難しい地方部で盛んにリクルーティングが行われてきました。公務員であり、寝食が保障され、福利厚生がしっかりしているということで隊員募集もスムーズだったそうですが、今は違います。陸上自衛隊で募集の統括をしている方に聞いたことがあるのですが、今は訓練の厳しさや集団行動などが嫌われ、なかなか難しいそうです。その上、景気が上向けば給料・待遇のいい他業種に流れてしまうのでなかなか定員に達しません。防衛省・自衛隊の充足率は全体では9割を超えますが、実際に組織を手足となって動かす「士」と呼ばれるいわゆる兵士は75%に過ぎません。

    『防衛省・自衛隊の人員構成』(防衛省HP)https://goo.gl/LszWWh

     民間企業でも同じですが、現在の条件で募集が上手くいかなければ手っ取り早いのは条件の改善。ありていにいえば、給料を増やせばいいわけですね。そうでなくても民間でも人手不足がこれだけ言われているわけですから、自衛隊としても隊員確保へ給料アップをしなくてはいけません。
     ところが、ここ5年以上、自衛隊の人件・糧食費はほとんど伸びていません。北朝鮮のミサイルに対抗するため、また中国の膨張に対処するために兵器の増強については叫ばれますが、これら兵器を扱うのは訓練された人間。いくらハイテク化されているとはいえ、最終的には一定程度の人員が必要なわけです。そして、現状は特に現場の人間が完全に足りているとは言えない状況。
     これは控えめに言っても大問題なのではないでしょうか?現状のほとんど増やす余地のない防衛費を「軍事的な膨張だ!」と批判する左派メディアも問題ですが、右派も問題がないとは言えません。どちらかといえば安全保障を重視する右派のメディアも、兵器の増強一辺倒で人件費まで言及するメディアは多くありません。
     安全保障でも「人財」を大切にしなくてはいけません。
  • 2017年07月12日

    子育ての国、フィンランドを訪れて

     先週一週間のお休みをいただき、北欧フィンランドに行ってきました。北欧諸国は福祉の国と言われ、とかくその手厚い施策が日本では好意的に取り上げられてきました。高齢者への手厚さもさることながら、特に子育てに対して非常に手厚いことが知られています。

    『フィンランドの子育て支援』(フィンランド大使館HP)https://goo.gl/PH9V8A
    <男女共同参画の先進国で女性のほとんどがフルタイムで働くフィンランド。最近ではひとり親、再婚、事実婚などが増え、家族の形が多様化しています。また、高齢化のスピードが比較的速い国でもあります。しかし、出生率が低迷する日本とは対照的に、フィンランドの合計特殊出生率は約1.8の水準を保っています。その理由は様々ですが、社会全体が子どもの誕生を歓迎し、切れ目のない、包み込むような子育て支援を行っている結果でもあります。>

     このHPにも詳しく書かれていますが、妊娠が分かった段階でネウボラという包括的子育て支援拠点を利用します。ここは産婦人科兼保健所兼カウンセリングの場でもあるという公的機関。個別に担当者が付き、出産前から就学前まで様々なアドバイスを行います。
     さらに、母親手当として現金か、出産当初に必要なベビーケアアイテムやベビー服などが詰まった育児パッケージを選べるほか、育児休業、児童手当も充実。
     また、法律ですべての子どもたちに保育施設を用意することが自治体の義務になっているので、待機児童という概念がそもそもありません。
     こうしたインフラを支えるために税金が重いことも知られていますが、一方で子育て世帯には負担が重くなり過ぎないよう様々な税額控除も設定されているようです。
     そして、こうした施策の歴史は古く、ネウボラは1920年代にその原型が生まれていますし、育児パッケージも始まったのは1930年代。
    保育園に関しても、1973年に保育園法が出来ています。すなわち、社会全体で子育て支援しようという仕組みが浸透しているというか、今やほぼ国民全員がその恩恵に浴して育っているんですね。

     今回、私は一週間旅をしただけなので、こうした各種サービスを受けたわけではありません。しかしながら、<社会全体が子どもの誕生を歓迎し>、<包み込むような>支援を行っていることは良く分かりました。2歳4か月の子どもを連れてベビーカーを押しながらヘルシンキ市内を移動したわけですが、市内の交通機関はベビーカーを押している大人も無料になります。これは、ベビーカーを押しながら財布を出そうとすると危険だろうという配慮から生まれた仕組みなんだそうですが、バス、地下鉄、路面電車に郊外電車まですべて無料です。ということで、家族3人で移動していると、大人一人分の料金で乗り降りが可能なのです。地元の人はそれを熟知していて、5,6歳か?と思うような大きな子どもがベビーカーに乗っているという光景にも出くわすわけですが...。

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    地下鉄・バス・路面電車、ベビーカーを押していると大人も無料で乗ることが出来る

     また、どこへ行っても誰かに声を掛けられます。信号待ちや路面電車待ちといった、ちょっとした隙間の時間でも子どもの相手をしてくれますし、子どもの一挙手一投足に反応してくれます。建物の入り口前でベビーカーの後ろで一人でいると、「入りたいんならベビーカーを上げるの手伝ってやるぞ」と何度も声を掛けられたり、比較的混んでいるバスや路面電車にベビーカーで乗り込もうとしても一人として嫌な顔を見せなかったり。
    街そのものはヨーロッパらしく石畳に石造りの建物が並び、ビルの入り口に段差があったりとハード面で決して素晴らしいとは言えないのですが、その分ソフト面が充実しているという気がしました。

     フィンランドは1917年にロシアから独立。大国ソ連と長大な国境を接し、自国を守るためには人口を増やさなくてはならないという死活的問題から手厚い育児支援が生まれた側面もあるのでしょうが、それが今に至るまで綿々と繋がっています。
     現在でも合計特殊出生率は1.8。
     これは、日本政府が目標とする、結婚や出産に関する国民の願いが叶った場合の希望出生率と重なります。となると、「やはり日本でも高福祉高負担でいいからこうした社会的インフラを整えれば出生率が改善する!」「そのためには増税だ!消費税増税だ!」という議論になりがちなのですが、これはナンセンスだと思います。
     というのも、現地に行ってみて思ったのは高負担でも不景気な感じがしなかった点。街中に失業した若者がいて手持無沙汰にブラブラしているといった光景は見られませんでした。子育てに関する各種控除や手当といった負担軽減策が功を奏している面もあるのでしょうが、そもそもフィンランドは順調に成長し、物価も緩やかに上昇しているんですね。

    『フィンランドのGDPの推移』(世界経済のネタ帳)https://goo.gl/AdP26L

     グラフを見ると、名目・実質ともに冷戦終結後とリーマンショックの直後以外はほぼ右肩上がりですし、GDPデフレーターに至っては一貫して上昇しています。
     以前ゲストでお呼びした東大大学院の赤川学准教授が仰っていましたが、今まで日本でやってきた少子化対策は単体ではほとんど意味をなさなかった。すでに子を持つ夫婦の2人目を期待する政策の多くが失敗に終わってきたが、むしろ出産適齢期の男女の結婚を後押しする方が出生率の改善に効果がある。そして、婚姻を後押しするには経済的要因が大きい。したがって、まずは景気を良くすることが回りまわって出生率の向上に役立つ。
     こうした論理で考えると、フィンランドの先進国としては高出生率の要因も、まずは堅調な経済にあるのではないでしょうか。堅調な経済がカップルの婚姻を後押しし、そこに手厚い福祉が合わさることで出産に向かっていく。北欧、フィンランドというとその手厚い福祉にばかり目を奪われてしまいますが、本来見習うべきは堅調な経済の方なのかもしれません。
  • 2017年06月26日

    国政選挙と地方議会選挙の違いとは

     先週金曜、東京都議会議員選挙が告示されました。259人が立候補し、7月2日の投票日まで9日間の選挙戦に突入します。

    『「豊洲」「五輪」で舌戦、夏の首都決戦幕開け』(6月23日 読売新聞)https://goo.gl/QCFCMg

     小池都知事の率いる地域政党都民ファーストの会がどれだけの議席を占めるのか?対する都議会自民党は?という、ある意味の陣取り合戦に注目が集まっていますが、今日は少し、国会議員と地方議員の違いについて考えてみたいと思います。そりゃ、国会議員は国全体を考え、地方議員はその地方のことを考えているんだから、仕事が違うんでしょと言われればその通りなんですが、考えてみれば国政と地方政治ではそもそも統治方法が違うんですね。ですから、本来は議員の役割も違うはずなのです。

     高校の公民や現代社会の授業のおさらいですが、我が国の国政は議院内閣制を取っています。我々有権者は各々の選挙区の国会議員を選び、その議員が組織する国会で多数を取った政党の代表が内閣総理大臣に選出されるというプロセスを経ます。それゆえ、特に総理の指名をする衆議院選挙は政権選択選挙となり、現在の小選挙区比例代表並立制というシステムの上では、各々の議員の個性も重要ですがそれ以上にどの党派に所属しているかが投票する際の重要なファクターになります。

     一方、地方政治は二元代表制と呼ばれる統治制度。すなわち、首長と議会議員がそれぞれ選挙で選ばれる制度です。世界で最も有名な二元代表制といえばアメリカの大統領制ですので、特に大きな都道府県の首長選挙などで「いわば大統領制」といったりします。

     アメリカの大統領制も、大統領に大きな権限があり、その代わり上下両院の議会や司法機関といった権力機構でその強力な権限を持つ大統領を監視するというシステムが組み込まれています。現在のトランプ大統領のここまでの政権運営はその好例と言えるでしょう。たとえば「イスラム教徒の入国拒否」と言われた、特定の国からの入国禁止措置は、大統領令で実行に移され、それを司法が効力停止の仮処分をして阻止しました。大統領が選挙での公約としていた減税や公共事業の拡大については、大統領側は教書という形で提案までしかできず、実際に国家予算を決定する権限は連邦議会に属しています。大統領令である程度の拠出は出来ますが、最終的には議会で予算が承認されなければ言うだけになってしまいます。
     外交・安全保障分野でも大統領にある程度の権限は委ねていても、独走は許さない仕組みになっています。記憶に新しいところでは、TPPの交渉について当時のオバマ大統領が議会から交渉権限(貿易促進権限=TPA)をなかなか与えられずに苦慮していました。もちろん、議会の多数党が共和党で大統領が民主党というねじれ国会の中での政治的な駆け引きの側面も多分にありましたが、それでも大統領が単独で外交交渉をまとめてこないように権限を縛るシステムがあらかじめ内蔵されているわけですね。

     日本の地方政治も、知事には強大な権限が付与されています。その上で、議会にその権限の行使を監視する道具立てがされているのです。知事の権限の強さは様々ありますが、まず予算を編成し、執行する権限があります。これにより、都道府県が掌握する全ての事業は(形式的であっても)知事の一存によるわけです。さらに、これを知事部局職員の人事権を掌握することで担保しています。また、議会が議決した条例であっても知事には拒否する権限があります。さらに、議会を経ずとも、一定の条件(時間的余裕がないなど)を満たせば独自の判断で条例を制定することができます。(専決処分権限)

     こうした大きな権限を持つ首長に対し、本来地方議会議員には権力を監視するという役割があります。極端に言えば、時には知事に対してオール野党のようにふるまうことが求められるのです。知事の議会の関係について、総務省のホームページに分かりやすい図がありました。

    『地方議会制度の概要④ ~議会の権限~』(総務省HP)https://goo.gl/CjKcGJ

     さらに、この図にはない実際的な知事権限を縛るシステムに選挙制度があります。地方議会議員の選挙はいわゆる中選挙区制。今回の東京都議会選挙でも、市区町村のそれぞれの選挙区に人口に応じ1人区から8人区までがあります。1人区ではある意味勝者総取りとなりますが、複数区では有力政党・会派がおのおの議席を分け合う形になりますので、余程の風が吹かない限り単一政党が過半数を獲得するということになりません。

     かつて、大阪維新の会が大旋風を巻き起こしていた時期でも、特に大阪市において維新は単独過半数を取ることができず、都構想が思うように進みませんでした。府議会議員選挙では、2011年の府議選でようやく過半数とちょっと。前回2015年は過半数を割り込んでいます。この当時は公明など他会派との駆け引きや、橋下市長の辞任・再選挙で民意を確認するなどあの手この手で都構想の住民投票にこぎつけました。

     このまどろっこしいプロセスは、改革を進めたい勢力からすると「既得権を維持するシステムだから選挙制度も改革するべきだ!」となるわけですが、なるほど首長の独走を防ぎ熟議を促すシステムといわれると非常に上手く機能した例とも言えるわけですね。あっさりと住民投票条例が通ってしまったら、都構想のメリット・デメリットがメディアを通じて全国的に議論されることもなかったでしょう。ドラスティックな改革を行えば、当然それにより不利益を被る層が出てきます。たいていの場合、それが長年の既得権益層であることが多いのですが、彼らも日本国民であり地方自治体の住民。今まで散々利益を得てきたんだから取り上げてもいいだろうと、トップダウンで有無を言わさず強制するのは民主主義の原則に反しています。議論を経て、必要に応じ激変緩和措置を取るなり、改革の度合いを和らげるなりしなくてはいけません。民主主義のシステムは、遅々として進むものなのです。

     しかしながら、たいていの首長はこうしたプロセスを嫌がります。「改革」を掲げる首長ほどその傾向が強く、自分の意のままにならない議会を「抵抗勢力」として対決姿勢を強めたり、議会をスルーして意思決定したりします。前者がさらに進めば議会内に知事与党を作ろうとし、後者はたとえばリークや記者懇談などでメディアを通じて世論を形成し、それを通じてなし崩し的に意思決定をしてしまうことが考えられます。こうして知事与党がノーチェックで議会を通し、○○劇場といったメディアが翼賛的に首長の動向を伝えるようになると、首長は完全なフリーハンドを得てノーチェックで自分のやりたいように政治が出来るようになってしまいます。二元代表制の形骸化、そして独裁へと続いていく道です。

     ですから、本来的に首長の権力行使を監視し、チェックするという地方議員は、どの党に所属しているかよりもこの人が果たしてきちんと権力監視できるのかという視点で選ばなくてはなりません。選挙の度に言われていますが、人物本位の投票が出来るかどうか?今回の都議選は、日本の民主主義の一つの形態、二元代表制の根本が問われているように思います。
  • 2017年06月21日

    加計学園問題を考える

     18日で、正式に今国会(第193国会)が閉幕しました。テロ等準備罪の新設を柱とする組織犯罪処罰法改正案や今上陛下のご譲位を規定する特別措置法などの重要法案が審議・成立しましたが、どちらかといえばスキャンダル追及国会の様相を呈していました。

     

     さて、いまだ続く加計学園問題について、果たして「本来認められるべきじゃない加計学園の獣医学部新設が、『総理の意向』によって、不当に認められたのか?」が今日のブログのテーマです。引用が多く長いです。

     

     国家戦略特区では、具体的な制度設計等の検討のためワーキンググループが設置され、ここで関係省庁や提案当事自治体のヒアリングなどが行われています。

     

    『国家戦略特区ページ』(総理官邸HP内)https://goo.gl/zY05Lz

     

     この中にある国家戦略特区ワーキンググループのヒアリング議事要旨を見てみましょう。まず獣医学部新設に関わる、「獣医師の需要」についてどのような議論が交わされたのでしょうか。2015年6月~9月の議事録を見てみます。

     

    『国家戦略特区ワーキンググループ ヒアリング(議事要旨)』(平成27年6月8日)https://goo.gl/bT55of

    <○(文科省専門教育課)牧野課長補佐 (前略)既存の獣医師養成の分野に関しては少なくとも今足りているというように我々は農水省さんから聞いておりますので、その上で関係者も納得するような、これは新しい構想だというようなものを(筆者注:今治市が)具体的な需要の数までも示した上でお示しいただければ、こちらとしても一緒に検討していきたいということでございます。

    ○原委員 挙証責任がひっくり返っている。

    ○八代委員 それは文科省にとってリスクがあるわけですね。需給の必要性ということについて全部農水省に丸投げしておいて、もし訴えられたりしたらどうなるのか。>

     

    『国家戦略特区ワーキンググループ ヒアリング(議事要旨)』(平成28年9月16日)https://goo.gl/nmt7a5

    <○(農水省地区水産安全管理課)磯貝課長 農水省のほうとしては、大学・学部を新設されたいということに対しては、特段コメントをする立場にはないと思っております。現実として産業動物、家畜の数というのは需要が伸びていた時代と違いまして需要自体も減ってきていて減少している。また、ペットのほうもある程度飽和してきて犬の数が減ってきているという実態があるという認識をしているだけでございます。>

     

    以上が獣医師の需要に関する農水省と文科省の主張。これに対して、民間議員はどういう主張をしているのか。再び議事録を見てみます。

     

    『国家戦略特区ワーキンググループ ヒアリング(議事要旨)』(平成27年6月8日)https://goo.gl/bT55of

    <○本間委員 今治市は食の安全とか、人獣共通感染症あるいは越境国際感染症、そうしたものに対する対象が必要であるということを主張されているわけで、それがこれまでの獣医学教育とはかなり違うと私どもは受け取っているわけで、なおかつ、現在の獣医学の教育体制ではカバーし切れないと認識をしている>

    <○本間委員 新興感染症だとか、バイオテロだとかという危険が非常に高まっているという意味では、(筆者注:獣医師の)量的な拡大、つまり供給の拡大が望ましいというように我々は受け取っているわけです。>

    <○八代委員 だから、国民の安全に大事だったら、そちらの観点であれば(筆者注:獣医師の)供給側は、むしろ多いほうがいいわけですね。(中略)そのほうが競争を通じて質もたかまるわけですし。>

    <○本間委員 (筆者注:国家試験に)合格して生まれた獣医師がどういう活動をして、どのような職についてどういう報酬を得るかというのは、まさに市場の問題ですから、それは前もそういう議論をしたわけですけれども、獣医師の数を規制するという理由はない。規制するというのは全く我々にはわからないということです。獣医学部の段階で規制するという理由は、全く私には理解できないところなのです。>

     

    つまりまとめると...

    <農水省>

    「既存の分野における獣医師は(全体として)足りている。学部新設の是否についてはコメントしない」

    <文科省>

    「農水省が足りていると言っている。新しい需要があるというなら、今治市が納得できるデータを示せば検討する」

    という主張と

    <民間議員>

    「今後の国際的な感染症対策を考えると既存の体制ではカバーできない。獣医師が増えた方が質も高まるはず。獣医学部の数を規制する理由がどこにあるのか」

    で対立し、議論は平行線をたどります。

     

     では、この議論に決着をつけるため「既存の獣医師でカバーできない新しい需要」があるかないか、誰が示すべきだったのか。先ほども掲載した議事録の中に、このようなやりとりがありました。

     

    『国家戦略特区ワーキンググループ ヒアリング(議事要旨)』(平成27年6月8日)https://goo.gl/bT55of

    <○(文科省専門教育課)牧野課長補佐 (筆者注:今治市が)需要の数までも示した上でお示しいただければ、こちらとしても一緒に検討していきたいということでございます。

    ○原委員 挙証責任がひっくり返っている。>

     

    さらに、その13か月後の同じ会議のやりとり。

     

    『国家戦略特区ワーキンググループ ヒアリング(議事要旨)』(平成28年9月16日)https://goo.gl/nmt7a5

    <○八田座長 2015年に、この問題を年度内に検討を行うはずだったわけですから、需要があるないということに関する結論が遅きに失しているのではないかと思うのです。今回、また特区諮問会議でもここが新たな課題として出された以上、本当にこれは早急に御検討をお願いしたいと思います。

    ○(文科省)浅野課長 (中略)既存の獣医師でない構想、獣医師養成でない構想が具体化し、かつライフサイエンスなどの獣医師が新たに対応すべき分野における具体的な需要が明らかになって、既存の大学・学部では対応困難だということであれば、そういったこともしっかり検討していくというつもりでございます。

    ○八田座長 そうであるかどうかという判定というのはもう今、進めていらっしゃるのですか。それとももう少し提案者等からのヒアリングが必要だということですか。

    ○浅野課長 恐らくこれは文科省だけでは決められないと思いますので、きちっとしかるべく多分政府全体として、需要と供給の問題も全く関係ないわけではありませんので。

    ○八田座長 それは関係ないでしょう。文科省は研究が必要かどうか、その観点からやるから文科省に権限があるので、実際の人たちの損得を斟酌するなどということはあり得ないでしょう。文科省は研究の必要性、ちゃんと需要が十分ある研究者を養成するということが必要なら、それは当然やるべきではないですか。


     需給の予測については2015年の議論から1年以上が経ち、八田座長から「需要がある・ないの結論が遅い」と言われ、文科省側は「ウチだけじゃ決められませんから」と返しています。そしてこのあと、少なくとも議事録上、「そうじゃない。需要予測は文科省がやるべきです」という民間議員の話で終わっており、文科省が「自分たちは需要予測をやりませんからね!」とか、「需給予測は内閣府がやるべきでしょ!」といった強い反論はしていないんですね。それでいながら、前川前次官は6月15日に発表したコメントで「責任を文科省に押し付けるなど言語道断、需給の検証は内閣府がやるべきことだ」と主張しています。

     

    『「内閣府も調査、説明を」前川喜平氏、文科省の再調査でコメント』(ハフィントンポスト 6月16日)https://goo.gl/epYfYd

    国家戦略特区制度の主務官庁は内閣府です。責任を文科省に押しつけるなど言語道断です。(中略)

    具体的に内閣府に説明してもらいたい疑問点は、次のような点です。

    I~Ⅱ.(略)

    III内閣府は、人材需要に責任のある農水省と厚労省を、人材需要の検討に実質的に参画させたのか、特にライフサイエンス等の新たな分野における獣医師の需給についてきちんと検証したのか、検証したのであれば、どの省庁がどのような根拠を示して説明したのか

    IVVI.(略)>

     

    文科省と農水省による「現状、獣医師は(総数として)足りている」という主張について、この場で「既得権益を守るためだ!」と批判する気はありません。考え方が異なる民間議員との議論が平行線になる中で、自分たちが需要予測をさせられる流れにあることに、文科省には「なんで俺たちがやるんだ」という不満もあったと推測されます。しかし、需要予測の作業に関して、やるのかやらないのかの意思表示を1年以上も曖昧にしながら、当時の文科次官がいまさら「内閣府が需給を検証すべきだ」と主張することはアンフェアじゃないでしょうか。

     

     また、こういう説もあります。獣医学部新設の認可は、初めから今治市の加計学園ありきで進んでいた。だから、京都産業大学も手を挙げた時、新たに「広域的に獣医学部がない地域に限る」という条件を付け、京産大が認定されないように計ったのだと。

     

     この条件が決まったのはどういう理由だったのでしょうか?特区諮問会議の民間議員は直近の諮問会議で、こう説明しています。

     

    『第30回国家戦略特別区域諮問会議(議事要旨)』(平成29年5月22日)https://goo.gl/b6hqQP

    <(八田議員)獣医学部の新設に当たっては、既得権益側が激しく抵抗し、新設するとしても2つ以上は認められないと主張するので、突破口として、まずは一地域に限定せざるを得ませんでした。そうである以上、地域的に獣医学部の必要性が極めて高く、しかも福田内閣以来、永年要求し続けた地域(筆者注:今治市)に新設を認めたのは当然であります。この選択が不透明だなどという指摘は全く的外れであります。むしろこれまでこの岩盤規制が維持されてきた政治的背景こそ、メディアは、究明すべきです。

    しかし、突破口を作ったことには、大きな意義があります。今後、続けて第二、第三の獣医学部が認められるべきです。>

     

     条件を絞り込んだのは、八田氏の言う"既得権益側"、具体的には日本獣医師会などですが、その働きかけによるものだといいます。ただ、「続けて第二、第三の獣医学部が認められるべき」だと。

     ワーキンググループの議事録をもとに、条件が絞り込まれた流れを、時系列で辿っていきます。201610月、京都産業大学と京都府が国家戦略特区ワーキンググループでプレゼンをしました。

     

    『国家戦略特区ワーキンググループ ヒアリング(議事要旨)』(平成28年10月17日)https://goo.gl/tHr6Lm

    <○(京都産業大学)大西副学長 関西の強みを我々獣医学部でさらに強くしていく。その上で、新しい産業のイノベーションを起こしていく。ここにぜひとも貢献したいという思いでおりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

    ○本間委員 御説明いただいたところは全て納得といいますか、私もライフサイエンスの学部におりますので、御主張は全面的に賛同いたすところです。なおかつ、医者と違って獣医師に関しては総量規制をすることは全く必要ないと思っていまして、特区指定のある今治のほうでの提案もあって、文科省等々、相当いろんな議論を詰めてというか、すれ違いが多いのですけれども、やっているところであります。

    <○大西副学長 文部科学省への事前協議ということでお話をさせてもらっておりますが、今、門戸は開かれていないということで、文科省としては具体的な協議を進めることはできないということで、何回かにわたってお願いをしておりますけれども、そのところではねつけられてしまっているというのが現状でございます。

    <○大西副学長 なかなか農水省を含めて、獣医師は充足しているという論法の中で、これ以上獣医学部をつくる必要はないんだというお話で終わってしまっているという状況になっているということです。>

    <○本間委員 文科省としてはニーズがあれば今の体制の中で十分やれるから、定員を増やす根拠はないと言うわけです。私たちはそうではなくて、獣医師の新しい研究には新しい研究なりの体制と人員の確保というのはどうしても必要だという主張をしていますが、ずっとすれ違ってきています。(中略)ほかの獣医学部等が新しい研究ニーズにどう対応しているのかということを聞いてみて、連携できるかどうか検討する。そうすると、どこでも大学としては定員を増やしたいという声があがるかもしれない。しかし、獣医師さん自身は決して増やしたいとは思っていないですね。獣医師会含めて。そことのすみ分けといいますか、研究ニーズと獣医師の数の問題について、もう少し詰めた議論と、特区で突破するときのある種決め手といいますか、そのあたりの戦略をお互いいろいろお話しさせていただいて練っていければと思います。>

     

     民間議員は、京都産業大学の提案に「すべて納得」「全面的に賛同」と絶賛しています。「文科省にはねつけられてしまっている」という京産大の副学長に八田座長は「戦略をお互い練っていきましょう」とまで言って、後押しする気満々です。

     その一か月後の201611月、国家戦略特区諮問会議で、「広域的に獣医師系養成大学等の存在しない地域に限り獣医学部の新設を可能とする」ことが決まりました。

      これについて、このような説があります。京都産業大学を除外し、加計学園に誘導するために「広域的に...」の条件を付け加えた。そしてそれは萩生田官房副長官が主導したことだ、と。


     民間議員は10月、今治市(加計学園)の名前も出しながら、京都産業大学の提案に「全面的に賛同」しています。少なくとも2015年段階から「獣医師の数を規制するという理由はない」「数が増えれば競争によって質が上がる」と主張してきた民間議員が、なぜ政府と一緒になって、京産大を排除する条件を加える必要があるのでしょうか?

     

     一方、実質的に獣医学部新設条件を絞ることになった201611月の「広域的に獣医師系養成大学等の存在しない地域に限り獣医学部の新設を可能とする」決定について、苛烈に反応した人達がいます。2か月後、20171月付の日本獣医師会会長のコラムです。

     

    『会長短信「春夏秋冬(42)」 「獣医学部新設の検証なき矛盾だらけの決定に怒り」』(日本獣医師会HP)https://goo.gl/oVnAo9

    <残念ながら本年最初の会長短信は、極めて不条理なお知らせから始めなければなりません。(中略)119日、国家戦略特区諮問会議が開催され、「広域的に獣医師系養成大学等の存在しない地域に限り獣医学部の新設を可能とするための関係制度の改正を、直ちに行う。」ことが決定されました。>

    <私や日本獣医師政治連盟の北村委員長を始めとした本会の役職員は、できれば獣医学部新設決定の撤回、これが不可能な場合でもせめて1校のみとするよう、山本幸三地方創生担当大臣、松野博一文部科学大臣、山本有二農林水産大臣、麻生太郎自民党獣医師問題議員連盟会長、森英介同議員連盟幹事長など多くの国会議員の先生方に、本会の考え方にご理解をいただくよう奔走いたしました。

    このような皆様方からの多数の反対意見、大臣及び国会議員の先生方への粘り強い要請活動が実り、関係大臣等のご理解を得て、何とか「1校に限り」と修正された改正告示が、本年14日付けで官報に公布・施行されました。>

     

     「広域的に...」という条件をさらに厳しく、「1校に限定」したのは日本獣医師会の「要請」によるものでした。では、201611月「広域的に...」条件による獣医学部新設の絞り込みを望んだのは、政府でしょうか?民間議員でしょうか??私は、獣医学部新設に反対する獣医師会への「配慮」によるものだった、と考える方が自然であると思います。

     そしてこれは、65日の安倍総理国会答弁「広域的に獣医師系養成大学等の存在しない地域に限る、1校に限るという要件は、獣医師会等の慎重な意見に配慮した。獣医師会から要請があったを受けた、日本獣医師会顧問の北村直人元自民党衆院議員のコメント「獣医師会として空白地域に限るというお願いをした事実はないとも矛盾しません。

     

     この流れを「総理の意向による加計学園への不公平な利益誘導」というならば、特区諮問会議の民間議員たちが加計学園へ誘導する目的で何年も議論し、京都産業大学への前向きな態度も「加計学園が決まりそうなのに邪魔しやがって」と思いながらの演技だと言うのでしょうか??確かに民間議員は安倍政権が任命していますから、国家戦略特区制度に対して前向きなのは当然ですが、「全員が加計学園ありきのグル」というようなストーリーは、さすがに陰謀論的な飛躍だと思うのです。

     

     では、文科省内の文書にあった「総理のご意向」はそもそも何を指すのか?先ほども掲載した議事録の冒頭、民間議員と文科省・農水省の担当者に対する、内閣府地方創生推進事務局の藤原審議官の発言です。

     

    『国家戦略特区ワーキンググループ ヒアリング(議事要旨)』(平成28年9月16日)https://goo.gl/nmt7a5

    <○藤原審議官 先週金曜日に国家戦略特区の諮問会議が行われまして、まさに八田議員から民間議員ペーパーを御説明いただきましたが、その中で重点的に議論していく項目の1つとしてこの課題が挙がり、総理からもそういった提案課題について検討を深めようというお話もいただいておりますので、少しそういった意味でこの議論についても深めていく必要があるということで今日はお越しいただいた次第でございます。>

     

    この藤原審議官の発言が指す、「先週金曜日の総理の話」の内容は以下の通り。

     

    『第23回国家戦略特別区域諮問会議(議事要旨)』(平成28年9月9日)https://goo.gl/yATmPW

    <○安倍議長(安倍総理) (民泊や待機児童、獣医学部新設の説明を受けて)本日提案いただいた「残された岩盤規制」や、特区での成果の「全国展開」についても、実現に向けた検討を、これまで以上に加速的・集中的にお願いしたいと思いますので、よろしくお願いします。>

    私は、これが「総理の意向」の正体だと考えています。

     

    加計学園を巡るこの問題、国会等での政府の対応のマズさが、不透明感と事態の悪化を招いたのは間違いありません。しかし、文科省内の文書に書かれた「総理の意向」が、「〝特区全体への加速″を指すものではない、もっと深い"闇"があるのだ!」という報道に、議事録を見る限り私は賛同できません。


    まずは公開されている議事録を読んでいただいて、皆さんはどう感じるでしょうか。

  • 2017年06月12日

    国民保護のあり方について

     先週、自民党の安全保障調査会が総理に対し、北朝鮮の弾道ミサイル発射に備えた国民保護の在り方についての提言を行いました。具体的な検討事例を示して提言を行っているあたり、今までとは違う危機感を感じます。

    『自民党、国民保護でシェルター新設など安倍晋三首相に提言』(産経新聞 6月8日)https://goo.gl/WOBoMj
    <提言は「住民の避難・訓練」として、シェルター新設の検討や、人口密集地での地下街への避難訓練の取り組み、化学剤などを用いた攻撃への対処訓練など、より実践的な対応を要請した。弾道ミサイル落下時の行動を多くの国民に認識してもらうため、テレビCMなど政府広報の活用や、全国瞬時警報システム(Jアラート)のさらなる周知なども求めた。>

     この提言について各紙が報道していますが、以前のように「危機を煽って世論を右傾化させようとしている!」といった批判はほとんどありません。さすがに、4週連続で様々な種類のミサイルを発射している北朝鮮を前に、危機を煽るのではなくまさに目の前に危機が迫っているのではないかという考えが浸透していることがわかります。内閣官房の国民保護ポータルサイトのアクセスが、4月以降朝鮮半島情勢の緊迫化によってかなり増えたことからも見て取れます。

    参考 『内閣官房国民保護ポータルサイト』http://www.kokuminhogo.go.jp/

     まだこれは提言に過ぎませんが、人口密集地での地下街への避難訓練などは喫緊の課題。せめて関係省庁の机上演習だけでもやっておかなくては、ぶっつけ本番ということになりかねません。

     さて、この提言には国内の国民保護に加えて、韓国にいる在留邦人についても言及がありました。

    『国民保護のあり方に関する提言』(自民党HP 6月6日)https://goo.gl/cr8afn
    <有事の際に在韓邦人の迅速な退避を実現するため、政府は、当面の間、韓国への渡航者に対し、企業・教育機関・旅行代理店・航空会社等の協力のもと、在韓日本大使館発行の「安全マニュアル」に基づき緊急時の行動要領を周知徹底するとともに、邦人輸送については民間の航空機及び船舶の活用も含めて万全を期すべく、航空・船会社との連携を強化すること。>

     このブログでも以前紹介した在韓国日本大使館発行の安全マニュアル。この4月に改訂されています。

    『安全マニュアル』(在韓国日本大使館HP)https://goo.gl/B7FNfa

     大使館と在韓邦人の連絡の取り方などがSMS(携帯文字メッセージ)を使ったものになり、その使い方などが詳しく書かれるようになりました。ただ、これはマニュアルの問題ではないのですが、大使館との連絡方法などは進化しても、退避に関する記述はさほど変化はありません。退避の根幹は早期行動。これに尽きます。マニュアルをよく読めばわかるのが、空港が閉鎖されるかどうかがキモになっているのです。空港が閉鎖されてしまえばあとは究極、各人が自宅や待避所で待機するか、後方の安全地域(例えばプサンなど)へ避難することになります。

     ということで、事態が変化し出してから空港が閉鎖されるまで十分に時間があれば、多くの人間を退避させることができますので、どれだけ時間を稼げるか。
    ここがポイントとなるわけですが、それに関して参考になる事例がおよそ30年前にありました。
     イラン・イラク戦争です。
     1980年にイラク側の奇襲から始まったこの戦争、前線でのこう着状態を経て1985年3月、イランとイラクは相互の年をミサイルで攻撃し合う局面に。初めは国境近くの都市を標的にしていましたが、徐々に首都テヘランにもミサイルが飛来するようになり、さらにイラク機がテヘラン市街を空爆するようになりました。この1985年3月、刻一刻と状況が悪化していく様子を、当時の野村駐イラン大使はこう語っています。

    『第9話 『なぜ、日本は救援機を出さなかったか?その真実を知る』』(特定NPO法人「エルトゥールルが世界を救う」HP)https://goo.gl/zJERWr
    <85年3月5日頃から両国の都市攻撃が開始し、戦火は次第に激しさを増していきました。12日未明、イラク機3機がテヘラン市街を空爆、それが日本人学校の先生宅の2軒隣に落ちて5人の死者を出したことは、日本人社会に対して大きな衝撃を与えました。攻撃の激化が予想されたため、私は16日に避難勧告を出しました。

    翌17日、フセインがイラン空域を戦争空域として宣言、民間航空機も全て撃ち落とすという歴史的にも類を見ないような声明を出し、これが邦人脱出の大きな根本原因になりました。>

     情勢悪化が始まり、攻撃の激化を見越して現地の判断で退避勧告を出しましたが、その直後にイラクは空域封鎖を宣言。海外航空会社の空席を抑えるのはほぼ絶望的な状況になりました。テヘランに残された邦人は激しくなる空襲の下、空席を探してテヘラン中を駆けずり回りましたが、各国の航空機は当然自国民優先。空席が出てくるはずもありません。そんな中、危険を冒して救援に来てくれたのは日本の航空機ではなく、トルコ航空機でした。

     このように、情勢悪化が始まってからの変化は非常に早いことがわかります。そして、このテヘランの例のように、実際に攻撃がなくても、空域封鎖のようなことをちらつかせただけでも、民間航空会社は震え上がって航空便のキャンセルとなってしまうことが考えられるわけです。特にソウルには何千という北朝鮮の大砲が狙っているといいますが、それらの砲弾は角度を変えれば航空機を狙うことだって訳ないわけですね。
     ある航空関係者に、朝鮮半島有事に航空機を出せるかどうか聞いてみたことがあります。すると、
    「完全な有事となればまず難しい。安全が保てない。安全が担保されなければ民間機が飛ぶのは難しいだろう。」
    という答えが返ってきました。また、そうした兆候があるだけでも運行はイレギュラーになると明かします。
    「乗員組合はおそらくリスクのある路線の搭乗には難色を示すだろう。となると、管理職で飛ばすしかないがどこまでできるか...」

     外務省が渡航に関する情報を出さない限り、建前上は安全ということになっています。しかし、30年余り前のテヘランの例にように、退避勧告を出した直後に航空封鎖というように情勢は一変する可能性もあるわけです。在韓邦人に関しても、せめて空港までの迅速な移動の訓練や、非常の際に持ち出す荷物をまとめておくぐらいの広報は必要なのではないでしょうか?

     言い古された言葉ではありますが、「備えあれば憂いなし」と強く思います。
プロフィール

飯田浩司

出演番組:
ザ・ボイス そこまで言うか
月~木 16:00~
辛坊治郎ズーム そこまで言うか
土 13:00~

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