2016年7月

  • 2016年07月25日

    IoTか移民か?

     近年、IoTという言葉がメディアを賑わせています。訳語として『モノのインターネット』という言葉が当てられていますが、今一つ分かったようなわからないような感じです。調べてみると、今までネットにつながっていなかった様々なモノにセンサーをつけてデータを取り、それをネットで流して蓄積し分析。分析結果を基にしてつながったモノを制御したりするものとのこと。

    『「IoT」とは何か、今さら聞けない基本中の基本』(4月19日 東洋経済オンライン)

     このセンサーを工場の機器に付けてデータを取れば、より効率的な運用ができるようになるかもしれません。さらに、データを蓄積・分析したうえでモノの制御を自動でやるようになれば、ロボット産業にも新たな時代が到来します。今までは与えられたプログラムを粛々とこなすのがロボットでしたが、これからは自律的に動くようになるわけです。

     というわけで、IoTの行きつく先のロボット産業。先日、ロボット産業にまつわるシンポジウムを見に行ってきました。都内の会議室に官業報の関係者200人以上が集まり、熱気をはらんでいました。
     そこで議論されていた中で、私なりにキーワードだなと感じたのは「サービス産業」と「人手不足」。これがIoTと出会った時に、この国は爆発的なイノベーションを生み出せるのではないかと希望を感じました。

     まず現状として、バーチャルデータを使ったIoTについては、すでにアメリカなどがずいぶんと先行していて、ここからキャッチアップして巻き返すのはもう難しいのではないかということ。たとえば、キーワード検索についてはご存知の通りGoogleが圧倒的なシェアを握っていて、ここから日の丸検索サイトがシェアを伸ばすのは難しいのは自明でしょう。
     一方で、リアルデータを使ったIoTにはまだまだチャンスがあるということが議論されました。健康分野であったり、工場の機器にセンサーをつけるといった想像しやすいIoT以外にも、サービス産業も未開の荒野であると紹介されました。この点について、メーカー側のパナソニックのロボティクス推進室長本間義康氏は、高齢化、労働力不足で第一次、第三次分野で伸びしろが大きいと指摘します。今後、5倍から7倍のニーズが生まれると想定しているようです。すでにトマトを自動で収穫するロボットや、病院で注射や薬品を自動搬送するロボットが実用段階に来ているとのことです。

     さて、これから伸びるとされている第一次、第三次産業に共通するのは、労働生産性の低さと人手不足が深刻化しているということです。もちろん、労働生産性そのものは、より少ない人数でより多く稼げば向上する数字だということは押さえておかなくてはいけません。従って、人を絞って人件費を減らすブラック企業的なやり方でも数字が良くなっていくので、この数字の向上だけを目指すのは非常に危険です。一方で、人手不足の深刻化は業界によってはすでに事業が立ちいかなくなるほど。そういった業界でIoT、ロボットを使った生産性の向上は非常に有効です。

     すでに、飲食・宿泊業界は介護・医療業界を抜いて日本で一番人手不足が深刻な業界となりました。そこでメディアでよく言われるのが、移民。人手不足の分野には海外から移民を入れて賄えばいいではないかという議論です。日本人ではなくわざわざ海外から移民を呼んでくるわけですから、経済の論理で言えば日本人よりも人件費が安くなくてはいけません。そうして人手不足が解消すれば経営者としては万々歳だと思いますが、労働者側としては雇用が奪われるだけでなく、賃金全体にも下押し圧力がかかります。人手不足の内はまだいいんですが、これが不景気になると移民と日本人が雇用を奪い合い、社会不安が高まります。今まさにヨーロッパで起こっていることがこれです。

     IoT、ロボットは人手不足を移民に頼らずに解消することができる政策です。経済産業省の関係者は、海外でIoTの事例を取材するときに必ず「この政策は雇用を奪う。そこを批判されることが多いのだが、その手当はどうするんだ?」と聞かれるそうで、現状人手不足の日本は、その心配がない分アドバンテージがあります。
     ちなみに、インダストリー4.0を掲げてIoTを引っ張っていると日本ではよく報じられるドイツは、現在この雇用の問題でスタック気味とのことです。移民の受け入れが回りまわって今後のドイツを左右するインダストリー4.0の足を引っ張っているわけですね。これは皮肉です。

     話を戻すと、まさにここが日本の希望であって、人手不足を逆手に取ってIoT、ロボット産業に投資を集中させることができれば景気浮揚に一役買うことができるわけです。第二次産業だけでなく、第一次、第三次産業まで裾野も広いわけですし、移民と違って資金が海外に出ずに国内で還流しますから、内需振興になるんですね。
     ここでキーとなるのが中小企業の資金繰り問題。どんなに効率化が出来て、世界最先端のロボットであっても、1000万も2000万もするものをおいそれとは入れられない。特に、サービス産業や農業では小規模なところも多いので、多額の投資をする資金的余裕がないケースが多く見られます。そこで現場のニーズをくみ取りながらスペックダウンした廉価版を作ったり、販売ではなくリースで安価にユーザーに提供したりする工夫が求められますんですね。前述のメーカー側、パナソニックの本間氏は、数が出ればコストは下げられると語っているのですが、ユーザー側はそのまとまった数を発注するのは資金面から至難の業。まさにニワトリが先か卵が先かという話になってきます。
     潜在的なニーズはあるのですから、最初の一押しがあれば動き出すのです。ここは、金融機関が本来の仕事をして、資金を融通すべきでしょう。マイナス金利で運用先がないと嘆くより、こうした潜在的な需要を掘り起こすべきなのではないでしょうか?

     いずれにせよ、人手不足をIoT、ロボットで解決すれば社会不安のリスクなく内需が浮揚します。安易に移民をいれて社会不安を呼び起こすよりも100倍ましなのではないでしょうか?
  • 2016年07月21日

    トルコクーデター未遂報道に疑問

     日本時間先週土曜の早朝に飛び込んできた驚きのニュース、トルコでのクーデター未遂。市民を含め290人以上が死亡する大事件となりました。

    『トルコのクーデター未遂、軍・司法関係者6000人拘束 死者290人超に』(7月18日 ロイター)http://goo.gl/VMnFVW
    <トルコ当局は、軍の一部勢力による16日のクーデター未遂を受けて反乱勢力への制圧を拡大、17日夜の時点で、軍・司法関係者ら約6000人を拘束した。
     外務省によると、クーデターに関連した死者は、反乱勢力の100人超を含め、計290人以上、負傷者は1400人に上っている。>

     その後、エルドアン政権は事件に関係した政・官・軍の関係者を拘束。今日の時点でトルコ全土に非常事態宣言を発令しています。

    『トルコ大統領、非常事態を宣言 クーデター未遂受け』(7月21日 朝日新聞)http://goo.gl/Iczj7A
    <トルコのエルドアン大統領は20日(日本時間21日)、軍の一部によるクーデター未遂事件を受けて、全土に3カ月間の非常事態を宣言した。「テロ組織関係者を全て排除するため」としている。ただ、国民の生活や経済活動が制限される事態になれば、エルドアン氏が強権的な姿勢を強めているとの懸念が国内外から高まる可能性もある。>

     エルドアン大統領はこのクーデター未遂の首謀者をアメリカに亡命中のイスラム教指導者ギュレン師であると断定し、師と繋がりのある人物の一掃を狙って圧力を強めています。日本国内の報道も、このギュレン師に連なる一派が主導したというものが多いのですが、果たして本当にそうなのか?内部の情報が流れてこないので外形的な部分から類推するほかないんですが、歴史を紐解いてみると少し違った見方もできるようです。

     そもそも今のトルコ共和国が成立したのは1923年10月29日。初代大統領は、ムスタファ・ケマル・アタテュルクです。オスマン帝国軍人であったムスタファ・ケマルは、オスマン帝国が滅びた原因について「宗教の政治介入」が原因であったと考え、新たな共和国憲法を制定し、その後国を統治していくにあたって「世俗主義」を徹底しました。世俗主義とは、ざっくりといって政教分離と考えておけばいいでしょう。

     この世俗主義を徹底するにあたってムスタファ・ケマルが範としたのは、キリスト教との政教分離を徹底したフランス憲法でした。フランスでは、宗教的な服装や装飾で公の場に出ることが規制されています。最近でも、イスラム教の女性が身に着けるヴェールやスカーフを禁ずるべきかどうかで論争が巻き起こるようなお国柄です。それに範をとったトルコの世俗主義もやはり徹底したものでした。ムスタファ・ケマルの治世後期の1930年代には世俗主義にかかわる憲法条文の改正を発議することすら禁ずるような厳格なものとなりました。宗教的な服装で公の場に出ることはもちろん禁止。ということで、ヴェールやスカーフを公立の大学で着るのも禁止されました。政治に関しては特に厳格で、イスラム政党と名乗るだけで憲法違反となり、法律を厳格に適用すれば解党ということになります。エルドアン大統領が最初に所属したイスラム系政党、福祉党はまさにこの世俗規定の違反で解党の憂き目に遭っています。

     ただし、この厳格な世俗主義が一般民衆に疑いなく受け入れられていたかといえば、それは疑問が残ります。同志社大学大学院の内藤正典教授は当時のトルコ国民の思いについて、
    「たとえば、公の場でスカーフの着用が禁じられていると、女性は髪をだして歩くわけですね。イスラムの女性にとって髪をさらすというのは裸をさらすのと同じくらい恥ずかしい行為であったりする。長年の慣習なのに、これを禁じていいのか?次第に窮屈さを感じていった」
    と解説しています。
     また、経済が発展してくると貧富の差が生じます。そこで弱者への福祉政策を行おうとするわけですが、そこでも世俗主義との対立が生じていたのです。というのも、イスラム教の教えの中には「喜捨」というものがあります。ザカートとも呼ばれ、ムスリムに課された5つの義務の内の一つ、収入の一部を困窮者に施すことです。弱者への福祉政策は国による喜捨に当たるのではないか?ということが公然と議論され、世俗主義に反するということで違憲だという批判が巻き起こりました。結果、時の政府も表立って福祉政策を打つことができず、ここでも一般市民からは不満が高まっていったわけです。

     そんな一般大衆の支持を集めたのが、エルドアン氏率いる現政権与党、公正発展党(AKP)。低所得者向けの公共住宅を整備し、食い詰めて都会に出てきた人たちの住む不法占拠のバラックからの移住を推し進めました。また、低所得者が利用するバスが慢性的な渋滞でほとんど意味をなさなかったので、バス専用レーンを整備。BRTを走らせて仕事場へのアクセスを容易にしました。今までであれば喜捨だとしてタブーだった福祉政策を推進し、国民の支持を獲得していったんですね。
     ちなみに、こうした福祉政策推進では、エルドアン氏とギュレン師の間に溝はありませんでした。両者の確執が表面化するのは、その後。公共事業を巡るエルドアン政権の腐敗をギュレン師一派が暴こうとした時まで待たなくてはいけません。

     一方、そんなエルドアン氏、AKPの動きに不満を募らせていたのが軍でした。ムスタファ・ケマルがもともと軍人であったことから、軍は世俗主義、ケマル主義の擁護者であると考えられ、軍人たちも擁護者を自任するようになりました。1960年と80年に二度あった軍部によるクーデターも、その大義名分はケマル主義の堅持にありました。すなわち、軍はそのDNAの中に世俗主義というものがあって、それはイスラム主義を進めるエルドアン大統領とぶつかるだけでなく、穏健なイスラム主義を掲げるギュレン師とだって決して肌が合うわけではないんですね。
     いわば、剛腕を発揮するエルドアンよりはギュレンの方がまだ与しやすいといったところでしょうか。たしかにギュレン師はトルコ各地でエリート養成を積極的に行い、今や政・官・軍や財界にもたくさんのシンパがいるようです。ただ、それだけで100年以上にわたる世俗のDNAのある軍があれだけ組織だったクーデターに動けたのか?大いに疑問の残るところです。

     そして、我々西側はIS掃討のためにエルドアン政権と手を組み続ける必要があります。民主主義、法の支配という建前からすればクーデターを許すわけにはいきません。しかし一方で、イスラム主義を独裁に使うエルドアンは警戒しなくてはならない。特に、今回のギュレン一派を根絶やしにしようとする動きは要警戒です。まさに、テーブルの上で握手をしつつ、下では足を蹴りあう展開。この複雑怪奇な動きに我が国は...、どうも「触らぬ神に祟りなし」という諺を思い出してしまいます。
  • 2016年07月11日

    どこをどう改憲する?

     昨日投開票された第24回参議院議員選挙。私も昨夜8時半から開票特番を担当し、開票の行方を見守りながら各党幹部や候補者の話を聞きました。
     全ての票が開いてみれば、自公の与党で70議席を占め、総理が勝敗ラインとした改選過半数、61議席を大きく上回る結果となりました。さらに、自公におおさか維新の会、日本のこころを大切にする党、非改選の無所属議員を加えた「改憲勢力」で参院全体の3分の2を超えました。すでに改憲勢力で3分の2を超えている衆院に加え、参院も3分の2を超えたことで、憲法改正の前提となる国民投票の発議の要件が揃ったことになります。

    『改憲勢力、「3分の2」超す 4党に非改選の無所属含め』(7月11日 朝日新聞)http://goo.gl/34EUdk
    <第24回参議院選挙の議席が11日午前、確定した。非改選議員を含めた参院全体では、自民、公明、おおさか維新の会、日本のこころを大切にする党の4党に、憲法改正に前向きな非改選の無所属議員を加えた「改憲勢力」が3分の2を超えた。改憲を持論とする安倍晋三首相(自民党総裁)のもと、国会での議論が加速しそうだ。>

     ただ、だからといって今すぐ憲法改正の発議を行うといった拙速なことはせず、憲法審査会で与野党で議論するのが先決だと与党幹部は口をそろえます。総理も、投開票日から一日明けた月曜、会見でこう述べています。

    『憲法改正は「わが党の案をベースに3分の2を構築する。まさに政治の技術だ」』(7月11日 産経新聞)http://goo.gl/7ghBrU
    <どの条文をどう変えるべきかということについて、憲法審査会において、まずは真剣に議論をしていくべきではないのかなと思います。憲法審査会の場において、所属政党にかかわらず、まずは議論が進んでいく、成熟をしていく、深まっていく、収斂していくことが期待されると思います>

     ということで、ここからどこをどう変えようという議論が始まります。第2次安倍政権発足時から改憲については定期的に紙面をにぎわせていて、最初は憲法9条。続いて、改正要件を定めた96条。さらに現行憲法には記載のない緊急事態条項の整備など様々な案が出てきました。結党以来改憲を党是とする自民党には憲法改正推進本部があり、ここでは去年2月、緊急事態条項、環境権などの新しい人権、財政規律条項の創設を中心に議論することが確認されています。戦争の放棄を定めた9条や改正要件の96条は護憲派からの批判の強い条項。ここから改憲に動くのはさすがに難しいということで、緊急事態条項や環境権などの比較的賛成を募りやすい条項にシフトしているわけですが、ここは良く考えなければなりません。

     私が特に危惧しているのは、財政規律条項を盛り込むことです。財政規律条項とは、極端に言えば国の歳出は原則租税などをもって賄うべしということ。借金してまで歳出を増やすなという緊縮財政を憲法に書き込もうということです。
     なぜこれを危惧するかというと、現在やもう少し前のリーマンショック後の景気停滞期、デフレ期であっても財政を拡大して景気を下支えすることが全くできなくなってしまいます。
     デフレ期には企業も家計もリスクを取って支出を拡大することをしようとしません。お金の価値が放っておけば上がっていく(=物価が継続して下がる)のがデフレ期ですから、モノに投資するよりもカネのままで持っておいた方が得をするわけですね。そんなときに損をしてでもカネを使えるのが、儲けを度外視でき、1年2年の短期ではなく長期で支出することができる政府部門。ところが、そうした「損して得取れ」の損する部分が、財政規律条項を作ると違憲とされる可能性があるのです。

     さらに、現行憲法の99条には憲法遵守条項というものがあります。
    <第九十九条  天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。>
    公務員はこの憲法遵守義務を負うわけですから、そもそも緊縮財政以外の予算を書くことそのものが出来なくなるわけですね。

     過度の緊縮が景気を悪くするだけでなく、社会不安を呼び起こすということはヨーロッパ各国の財政危機を見ても明らかです。EU各国は基本的に財政赤字はGDP比3%以内に収めよという義務を負っています。これに違反すると、罰金などの制裁を受けることになるのです。目下、EUはスペインとポルトガルに対し、この制裁をちらつかせて赤字削減、緊縮財政の実施を迫っています。

    『欧州委が制裁勧告=スペイン、ポルトガルの財政赤字-EU結束に逆風も』(7月8日 時事通信)http://goo.gl/NDe9EP
    <欧州連合(EU)欧州委員会は7日、スペインとポルトガルの財政赤字が基準を超過し、十分な是正努力もされていないとして、両国への罰金などの制裁をEU財務相理事会に勧告した。発動されれば初の制裁となる。>

     これに対し、OECDの事務局長やフランスの財務大臣などが発動すべきではないと批判していますが、ドイツなどの北欧の国々は制裁発動を迫っています。

     現在、ヨーロッパの国々も内需が縮小する形でのデフレが近づいています。その時に政府が内需を下支えする形で公共投資をしようとするのですが、EU法によって財政赤字のキャップがはまっているので投資が制約されます。そして、GDPとの対比ですから経済が縮小してGDPが減少すれば、赤字の額もさらに圧縮しなくてはなりません。さらに投資が減って、それだけでは足りずに公共サービスを削る必要すら出てくるわけです。
     従来政府部門が多く支出しているのは社会福祉部門ですから、医療費や各種控除、手当、さらに就業支援などがヨーロッパの国々では削られています。社会的弱者にシワ寄せがくるわけで、当然社会不安が募るわけですね。

     わが国でも、改憲に向けての議論が充実するのは結構ですが、一見誰もが賛成しそうな「広き門」、財政規律条項から入ると、後で大きな後悔を生むでしょう。国の財政を家計簿感覚で「借金は悪!」と議論を始めるのは非常に危険です。
  • 2016年07月04日

    18歳選挙権と消費税

     いよいよ今週末、10日(日)に参議院選挙の投票日を迎えます。すでに様々な報道をされていますが、今回の選挙は選挙権年齢が18歳からに引き下げられて初めての国政選挙。初めて選挙に臨む若者たちがどう考えているのか、あるいは政治の側が若者に向けてどんな政策を打つべきかなど、いろいろな角度からの解説が出ています。一方で今回の参院選は総理から「2017年4月に予定されていた消費税増税を延期する決断をした。その是非を民意に問いたい」という投げかけがありました。ということで、この2つを重ね合わせ、消費税増税延期が若者にどういった影響を与えるのかを書く記事が多く見られます。

    『世代格差、解消先送り=消費増税延期、進まぬ再配分【16参院選】』(6月18日 時事通信)http://goo.gl/Fi3igL
    <消費税増税で得られる増収分は、年金を含め増え続ける社会保障費用に充てることが決まっている。「持てる者」から「持たざる者」へ富を再配分するのが税の機能。消費税増税の先送りで、子育て支援や医療・介護の低所得者支援などの財源確保が不透明となった。
     財政制度等審議会(財務相の諮問機関)の吉川洋会長(立正大教授)は「とにかく格差が拡大している。これは公平性や社会の安定性の観点から大問題だ」と指摘。「社会保障制度は格差のストッパー。その社会保障が財政面から行き詰まっている」と語る。>

    『18歳選挙権 社会保障負担増 その先のために』(6月19日 毎日新聞)http://goo.gl/ujFAaq
    <未来は急には来ない。消費増税が延期され、年間4兆円程度の借金返済が先送りになったことで、後で返す借金が増えることにもなりかねない。一方で、格差や貧困が大きな問題になっている。未来を少しでも明るくするには、今を考えるしかない。>

     18歳選挙権と社会保障負担、消費税増税を絡めた記事には大体今挙げた記事と同じような論立てをする傾向があります。まとめると、
    ①消費税は社会保障の財源とされている
    ②消費税の税率を上げた分で社会保障の充実を図るとしていた
    ③ところが、増税を延期した
    ④したがって、社会保障の充実も完全には実施できない
    ⑤すると、再配分が十分にできず、格差は解消されないまま
    ⑥さらに、財政健全化の道のりも遠のき、国債が暴落する~!
    ⑦それらのしわ寄せは若者に押し寄せる
    といったもの。若者の側もこれに沿った発言をしている記事もありました。

    『<参院選 大人って...>(上)世代と負担 借金膨張で若者にツケ重く』(6月27日 東京新聞)http://goo.gl/cQAR0c
    <安倍晋三首相は消費税率10%への引き上げを再延期した。増税で充実させると約束した社会保障政策への悪影響はもちろん、負担先送りに伴う若者の痛みも増えかねない。
     「上げるべきだった。目先ばかり考える人間が多いから、将来の話につながらない」(斎藤さん)
     「私たちの下の世代の負担が少しでも減るのなら上げるべきだった」(藤本さん)
     若者二人はいずれも首相の判断に否定的だった。>

     ここで若者を批判するのは趣旨ではありません。私は増税のリスクについてろくに説明することなく、増税延期のリスクのみを言い募る大人の側に憤っているのです。

     今挙げた記事を煎じ詰めれば、「格差解消のために消費増税が有効」という言説ですが、これがいかに詭弁かというのは少し考えればわかることです。消費税は所得に関係なく、基本的に買い物をすれば取られる税金。食費や光熱費といった生活必需品を買えば所得が低くても取られてしまいます。所得が低い層は入りと出がトントンか少し貯金が出来れば御の字という家計の状況。その出の部分に税金がかかってきますから、負担感は大きい。

     一方、所得が高い層は入りは大きいけれど出の部分は収入ほど大きくは変わりません。収入が100倍であっても、食費を100倍にまですることは容易ではありませんからね。その分、所得が高い層は消費税の負担感は小さいわけです。

     さらに問題なのは、もともと負担感の大きい消費税を増税されると、所得の低い層の暮らし向きがさらに悪くなるということ。支出をさらに切り詰めに切り詰めるとなると、そんな中で貯金が出来るのか?異性と付き合えるのか?結婚できるのか?子供を作れるのか?「負担の先送りで将来の痛みが増える」と言いますが、まずは今足元の痛みを取り除かなければ将来の芽を摘むことになってしまわないでしょうか?たとえば、経済的な事情で結婚をあきらめる、出産をあきらめるとなれば、そもそも将来世代の社会への登場の可能性を積んでいることになります。そうまでして消費増税することにどんな正義があるのでしょうか?「将来世代への負担先送りをやめろ!」と言って行った政策が、その将来世代の社会への登場を妨げているとすればこんな皮肉はありません。事実、我が国の合計特殊出生率は残念ながら今後も上がる気配がありません。

     消費税には逆進性がある以上、税率を上げて行けば低所得層と若年層への負担感が増していきます。その事実を言わず、「君たちの将来のために消費増税が必要だ」というのは詭弁以外の何物でもありません。有権者教育が重要だと繰り返されていますが、このように教えることの中身によっては正確なことが伝わらない恐れもあるようです。
書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

■Twitter
「飯田浩司そこまで言うか!」

■会員制ファンクラブ(CAMPFIREファンクラブ)
「飯田浩司そこまで言うか!ONLINE」

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