2017年12月

  • 2017年12月26日

    海の守りは?

     今日の読売朝刊の一面を見て、おおこれが表立って議論できるようになったかと感慨深い思いになりました。

    <政府は、海上自衛隊最大級の護衛艦「いずも」を、戦闘機の離着艦が可能となる空母に改修する方向で検討に入った。
     自衛隊初の空母保有となり、2020年代初頭の運用開始を目指す。「攻撃型空母」は保有できないとする政府見解は維持し、離島防衛用の補給拠点など防御目的で活用する。米軍のF35B戦闘機の運用を想定しており、日米連携を強化することで北朝鮮や中国の脅威に備える狙いがある。>

     いずもが運用を開始した当時、自衛隊の関係者と話をすると「甲板の塗料を耐熱仕様に変えるなどのちょっとした改修をすれば、垂直離着陸機を載せて空母として運用できる」と言っていました。ただ、「これは表にできる話ではない。マスコミに何を言われるかわからない」と必ず言い添えていましたが...。
     記事にあるアメリカ軍のF35Bは、まさに垂直離着陸可能なステルス戦闘機。航空自衛隊には、同じF35でも垂直離着陸はできないF35Aを導入しています。北朝鮮のリスクや中国との東シナ海での対峙を考えると、ようやくといった感もありますが、何にしろこれで議論の俎上に上ることが重要。各紙も、夕刊やウェブ版で追いかけています。

    <政府はこれまで「攻撃型空母」の保有は必要最小限度を超えるため認められないとの憲法9条解釈を継承しており、解釈の見直しや整合性の確保が課題になりそうだ。
     小野寺五典防衛相は26日の記者会見で「防衛力のあり方は不断にさまざまな検討をしているが、F35Bの導入や、いずも型護衛艦の改修に向けた具体的な検討は現在、行っていない」と述べるにとどめた。>

     小野寺大臣は今日の会見でこのように述べていましたが、まさにこの憲法9条2項(戦力の不保持)との整合性、専守防衛の範囲内かどうかという日本独自の線引きがここでも立ちはだかります。大臣の発言も、そこを意識して全否定はしないが積極的に肯定も出来ないという、奥歯に物の挟まったような言い方に終始していました。
     この件もそうですし、自衛隊の武器使用要件もそうですが、この国を守るためにどうするという議論の前に憲法に整合するかどうかが議論の対象になるという、安全保障問題を議論するときに必ず陥る違憲合憲の不毛な議論がここでも繰り返されそうです。そして、この不毛な議論は、来年俎上に上がるであろう憲法9条の改正でも終止符を打てるかどうかわかりません。今年5月に総理が提案し、先日の自民党の憲法改正推進本部での中間とりまとめでも両論併記の片方として書き込まれた「9条3項自衛隊明記案」で改憲が実現したとしても、2項の扱いが今まで通りであれば当然この不毛な議論が繰り返されることになります。

     ま、この議論は来年に持ち越すとして、もう一つ、我が国の守りで心配なのは、護衛艦いずもの空母化というような自衛隊の強化だけで満足していないかということ。今日の放送で宮崎哲弥さんが指摘していましたが、自衛隊が離島防衛で出番となるということは、防衛出動を発令するということ。これは、日本のガラパゴスな基準ではなく国際標準で見ると軍隊が出てくるということを意味します。すなわち、限りなく戦争状態に近い状態に緊張のレベルを引き上げるということ。
     現状、東シナ海で考えられるシナリオは、中国側が台風接近やその他荒れた気象条件を理由に、多くの漁民が緊急避難的に離島に上陸するというもの。その漁民がたまたま自分を守るために重武装していて、かつ100人以上のまとまった人数で、気象条件が好転してもなぜか島を離れず居座っている。この時、果たして防衛出動で自衛隊を離島へと差し向けられるのか?という命題です。おそらく、答えはNoでしょう。正規の人民解放軍ではなく、武装していても一応形の上では一般人の漁民なので、ここは警察力で対処する必要があります。
    となると、海上保安庁の出番ですが、これが心許ない。
     もちろん、現場は血のにじむような努力を重ね、身体を張って海を守っています。しかしながら、その努力、献身をこの国は予算でもってきちんと報いているのでしょうか?同じ海の守りでも、海自と海保、一字違いで大違いとなってしまっています。まずは、その予算規模。

    <政府は2017年度予算案で、海上保安庁の経費を過去最大の2100億円前後とする方針だ。前年度の1877億円から200億円程度増やし、大型の巡視船を新造する。沖縄県の尖閣諸島周辺の警備態勢を強化する。アジア情勢の緊張の高まりで、安全保障や警備コストの増加が避けられなくなっている。>

    この機関別内訳(56ページ)の海上自衛隊の平成30年度予算額を見ると、1兆1433億円。海自と海保では6倍弱の開きがあります。もちろん、警察力を担当する海保と、抑止力を担保する海自では役割が違うのですから装備が違う。その分予算額が異なっていても全く問題ありません。が、領海とEEZ(排他的経済水域)を合わせれば世界第6位の広大な面積をカバーしなければならない海保の予算が海自と6倍弱もの開きが出来るものでしょうか?

     続いて人員面では、平成29年度の定員で、海保13744人(平成30年度定員要求概要から)に対し、海自45364人(平成29年度防衛白書から)。もちろん、各々定員はこの人数ですが、充足率100%とはいきませんから現員はもっと少ない数字になっています。しかし、人員面でも3倍強の開きがあるわけですね。

     これに加えて、離島防衛の際に陸上でどこまで活動ができるのか、武器使用に関して警察比例の原則の例外を認めるのか等々、海上保安庁法の改正が必要であったり、陸上で外国の海上民兵のような存在を取り締まるとすると、特殊部隊をどう養成していくのかといった課題は山積です。

     海保の関係者に現状を聞くと、
    「海保の活動は日本近海での哨戒活動だけではない。海洋国家・日本には数多くの灯台があり、そのほぼすべてが無人化されているとはいえ、メンテナンスに膨大な人数を割かなければ海運が止まってしまう。また、海図の作成、海難事故の救助なども仕事。ここに尖閣周辺での哨戒活動に、最近の北の漂流船対応となるともはや兵站は伸び切っている状態。とはいえ、海自に助けを求めるのも、特に尖閣や漂流船対応では徒に軍隊を出すフェーズに緊張を高めてしまうリスクもあり、ここは海保が踏ん張るしかない。厳しい状況に変わりはない」
    と話してくれました。たしかに、海の警察であるのみならず、海の救急でもあり、海路のメンテナンスまでも業務。海図の作成も重要な任務です。それを1万3千人足らずで何とか回しているのが現状。自衛隊の員数不足もそうですが、心意気だけで長く持つものではないはずです。

    今年一年、ザ・ボイスをお聞きくださりありがとうございました。来年は1月2日からスタート。2日は『ザ・ボイススペシャル 福島県の農業は今』と題し、取材レポートをお送りします。来年も変わらぬご愛顧をよろしくお願いいたします。
  • 2017年12月19日

    与党税制改正大綱で大騒ぎ?

     先週、与党税制改正大綱が決定されました。家計への負担が多くなると、各紙は一面で大きく取り上げました。

    <自民・公明両党は14日、2018年度与党税制改正大綱を決定した。焦点となっていた所得税改革では、子どもを持つ人や介護を必要とする人に配慮しつつ年収850万円超の会社員を増税、フリーランスや自営業の人を原則減税とする。たばこ税を8年ぶりに増税するほか、国際観光旅客税、森林環境税といった新税の創設も盛り込んだ。家計にとっては増税となる改正となったが、来年度改正による国・地方合わせた税収は、年2800億円程度の増収となる見込み。>

     だいたいどの紙面も、総額2800億円分の増税になって庶民への負担が増える!と批判的に伝えています。たしかに、2800億円、途方もない額で、お札を束にしてもどれだけのものになるのか想像もつきません。ただ、この2800億円、内訳をみると大半をたばこ税の増税が占めています。

    <約2800億円の増収分のうち、所得税改革は900億円、たばこ税などその他が1900億円となる。>

     たばこを吸う方々にとっては非常に大きい、一本3円の増税ですが、4年かけての増税です。また、アイコスなどの加熱式のたばこも増税ですが、これも5年かけてのもの。2018年度与党税制改正大綱というと、来年すぐに上がるようなイメージですが、実はすぐには上がらないのです。とはいえ、たばこ税増税は今回の増税全体の3分の2を占める大きなものですから、これについて批判するのなら話はわかります。しかし、各紙社説の批判の矛先はそこではありませんでした。各紙の見出しを見てみましょう。


     中身をみても、全体の3割に過ぎない所得税改革をやり玉に挙げています。判を押したように使っている表現が、「取りやすい所から取る」というもの。
     たしかに、年収850万円以上の給与所得者といえば、給料から税金が天引きされているサラリーマンが主体。対象となるのは、230万人といわれています。230万人といえば大きい数字に思いますが、現時点で最新の平成27年度の給与所得者数は5646万3千人。ということは、対象の230万人は給与所得者全体の4%ほどに過ぎません。

     取りやすいところから取るというのは確かにその通りですが、ならば給与所得者以外の収入の追跡をしっかりと行うべきと主張するのが筋でしょう。となれば先進各国と同じように国税庁を改組して歳入庁を創設し、社会保険料も含めてきちんと取るように主張するのが王道ではないでしょうか?何を"忖度"したのかは分かりませんが、そう主張した社説は見当たりませんでした。

     また、この所得税改革は対象人数、対象金額どちらをとっても全体からすれば小さなものを大きく見せているわけですが、これを年収別にどれだけの増税になるかを示すと、年収900万円~950万円で年間1万5千円の増税、年収5000万円以上では34万2千円となります。

     たしかに、大きな数字です。財布からいきなり1万5千円抜かれたら誰だって怒り出しますよね。ただ、全体で2800億円!年収850万円以上なら1万5千円増税!重い負担!と批判していますが、では問いましょう。消費税を増税したら、一体いくらの増税になっているのか?

     同じように総額で出すと、ざっくりと消費税を1%増税するとおよそ2兆円の増収と言われています。2800億円と2兆円。所得税増税900億円と消費税増税2兆円。まったく、オーダーが違いますよね。しかしながら、消費税増税を決めた時に「増税2兆円!家計への負担重く」なんて見出しで批判した新聞が一つでもあったでしょうか?その上、消費増税は所得による軽減などは一切ありません。民主党(当時)が主張した給付付き税額控除はその可能性を探るものでしたが、あっけなく葬り去られました。消費税を10%に増税した際には、食料品やなぜか新聞にも軽減税率が低所得層への負担軽減策として8%に据え置きとなりますが、それがどこまで負担軽減策になるのかは議論が分かれるところです。

     では、2019年10月の消費税10%への増税の際にはどれだけの負担増になるのか?最新の家計調査で、収入を消費にどれだけ回すかの割合を表す消費性向は、勤労者世帯の平均で72%と言われています。(2017年7月~9月期家計調査報告による)
     ざっくりとした試算ですが、年収300万円の勤労者世帯を例にとると、消費性向72%ですから消費額は216万円。仮にそのすべてが消費税10%の課税対象だとすると、216万円×2%(増税分のみを計算)で4万3200円!
     軽減税率の適用があるので実際の増税分はもう少し小さな額になるかもしれませんが、一方で消費性向も低所得層ではもっと高くなりますから、ざっくりとした数字としては参考になると思われます。ちなみに、年収900万円のモデルケースでは、この3倍の数字になるので13万円弱の増税となります。
     この試算と比較して、年収900万円の方でも今回の所得増税で増えるのは1万5千円です。片や年収300万円の世帯の消費増税で4万円強。こなた年収900万円の所得増税で1万5千円。

     どうでしょう?問題意識が偏っていないでしょうか?

     今回の税制改正に対する主要メディアの問題意識はよくわかりました。であれば、2019年10月の消費税の10%への増税の際には、その負担の大きさを今回以上の規模で報じてくれますよね?何しろ、負担額で10倍以上の差があるわけですから。
  • 2017年12月13日

    平成時代振り返り記事

     「平成」は2019年4月30日をもって終わり、翌5月1日に新天皇の即位が正式に決まりました。

    <政府は8日午前、天皇陛下の退位日にあたる退位特例法の施行日を「2019年4月30日」とする政令を閣議決定した。翌日の5月1日に皇太子さまが新しい天皇に即位する。新しい元号について菅義偉官房長官は記者会見で、同日施行にする方針を示した。平成は30年と4カ月で幕を下ろすことになる。>

     これをきっかけに、平成の世を振り返る特集記事やコラムが数多く紙面を飾りました。バブル崩壊から「失われた20年」を経てきた平成時代。明るいニュースよりも暗いニュースが多かったのは否めません。こうしたコラムや特集を執筆するのは、50代以上の論説委員や編集委員といった「エライ」人たち。自身の歩んできた人生と重なるだけに、この停滞した原因を分析し、総括するよりも、もはや成長しないというような結論になったり、改革が足らないのだ!という結論に行きついたりと、率直に言って無責任な言説にあふれています。

    <平成が2019年4月末で終わる。何度も危機に見舞われた停滞の時代である。1945年以降の昭和が復興と高度成長の時代だったのとは対照的だ。>
    <停滞が続いた理由は何か。不良債権問題が典型だが、政府も銀行も企業も、問題解決を「先送り」し、無駄に時間を費やしたからではないか。>
    <現状の超緩和が続けば金融機関の体力が衰え、金融危機が再発する恐れがある。
     経済の活力を高めながら、少しずつ消費増税を進めるしかない。いまの中福祉・低負担を続けると、次世代が担い手になる頃には低福祉・高負担になってしまうだろう。
     安倍晋三首相は来年秋の自民党総裁3選が視界に入った。期待するのは課題の先送りでなく、先取りする政治だ。政権の評価も10年後の日本の姿によって定まるだろう。>

     問題解決を「先送り」したのが停滞の原因?金融緩和の出口戦略の「先送り」と消費増税の「先送り」で危機が増す?90年代後半、山一証券や北海道拓殖銀行といった金融機関を潰して大出血した時、経済の後退や大量の失業者発生にも関わらず、新聞などのメディアは「ゾンビ企業には市場からの退出を!」と言い募りました。お望みどおりに体力のない金融機関が潰れだし、金融危機が起こると今度は金融機関には公的資金が注入されるようになりました。
     新聞などのメディアが当時、それを反省したのか?そんなことはありません。いまだに、「ゾンビ企業は市場からの退出を!」と言い募っています。彼らにとっては、金融緩和もゾンビ企業の延命に手を貸す許しがたい政策のようです。

     そして、飽くなき消費増税の追求。彼らは、90年代後半の消費税増税が何をもたらしたか?その後、2014年の増税が何をもたらしたのかを何も総括していません。
     「改革!」「改革!」「カイカク!」と言って各種の規制緩和、構造改革を繰り返してきましたが、結果として何がもたらされたのか?それこそ、「失われた20年」だったのではないでしょうか?デフレ下、需要が冷え込んでいるところで、需要をもたらすどころか逆に供給側を増やす各種改革を行ったら、デフレがますます深刻になるのは自明のことのはず。社会の授業で習った、需要と供給のグラフを思い出せばわかりますが、オーソドックスな価格の決定理論は、需要と供給の一致点と言われます。需要が変わらず、供給が増えれば、欲しい人が同じなのにモノだけ増えることになりますから、当然価格が下がります。価格が下がる圧力=デフレ圧力というわけですから、デフレが深刻化していくわけですね。
     そうして、物価が上がらず景気が低迷すると、彼ら改革を主張するメディアはどうしたか?景気の低迷は「改革」が足らないからだ!「改革!」「改革!」「カイカク!」となり、別の意味での「デフレスパイラル」に突入していったんですね。この、改革デフレスパイラルに関して、メディアが少しでも総括し、反省したのか?そんなことはなく、この失われた20年を経て、むしろこの物価が上がらず、成長しない日本が新常態(ニューノーマル)だという見解に至るのです。間違っていたのは自分たちではない。日本の経済構造が変わってしまったのだという結論です。

    <日本の物価は四半世紀のあいだほぼ横ばいだった。生鮮食品を除く消費者物価はバブル期に2%台に伸びた年が4年だけあったものの、その後はほとんどゼロ%台かマイナスゼロ%台だった。人口減少、超高齢化のもとで、優等生と言えるような安定度ではないか。>
    <二つのキーワード(筆者注:「デフレ」と「失われた20年」)は「失われた」成長を取り戻すためならギャンブル的な政策もやむなしという空気を生んだ。そして低成長や低インフレのもとでも持続可能な財政や社会保障にしていくのだという、本来めざすべき道を見失わせてしまったのだと思う。いまは名付けを悔やんでいる。>

     すでに十分に稼ぎ、功成り名を挙げたバブル世代の方々はそれでいいのかもしれません。デフレ下の方が、手元にある現金や金融資産が放っておけば価値を上げるわけですからね。
     しかし、もはや日本は成長しない。低成長、低インフレは不可避であるとなれば割を食うのは若い世代です。手元にカネもない、まだまだスキルも発展途上、その上低成長で雇用がなく、スキルアップのきっかけもない。そうなると、親世代のコネクションや人脈、通った学校といったものが非常に有効になり、格差の固定化が進みます。あれ?特に朝日新聞は格差の是正を常に訴えてきたはずではないでしょうか?低成長、低インフレは格差是正の敵なのではないのでしょうか?それとも、格差是正を訴えるのは支持者向けのポーズに過ぎず、本心から格差是正を実現しようなどとは思っていないのでしょうか?

     欧米における左派の経済政策は、低成長・低インフレは格差是正の敵として、これをいかにして脱するかにフォーカスを当てています。そのために、金融緩和と財政出動を組み合わせて需要を喚起していく。イギリス・労働党のジェレミー・コービン党首が今年の総選挙のマニュフェストで示した「人民のための金融緩和」など、まるで教科書のようです。
    イギリスでは、若年層がこれを支持しました。それは当たり前で、その方が若年層に恩恵が大きかったからです。
     では、日本で曲がりなりにもこうした需要を喚起する政策を志向しているのは...?そう、政権与党なのですね。だから、政権は選挙で負けなかったのではないでしょうか?

     やはり、ビル・クリントンの大統領選での発言が思い出されます。
     It's the economy, stupid!(経済こそが重要なのだ、愚か者!)
  • 2017年12月05日

    映画『否定と肯定』

     今日のザ・ボイス、冒頭で今週金曜公開の映画『否定と肯定』をご紹介しました。


     ユダヤ人歴史学者とホロコースト否定論者の対決を描いたこの映画。実際に2000年にイギリス・ロンドンの法廷で行われた、歴史家デイヴィッド・アーヴィングが歴史学者デボラ・E・リップシュタットを訴えた名誉棄損裁判を取り上げました。監督はホイットニー・ヒューストンとケビン・コスナーの『ボディガード』を監督したミック・ジャクソン。歴史学者リップシュタットには、『ナイロビの蜂』でアカデミー助演女優賞を獲得したレイチェル・ワイズ。対するホロコースト否定論者には、『ハリー・ポッター』シリーズのピーター・ペティグリュー役でも広く知られるティモシー・スポールを配しました。

     1990年代の後半、アメリカの歴史学者デボラ・E・リップシュタットは、イギリスの歴史家デイヴィッド・アーヴィングが唱えるホロコースト否定論に対し、自著でその批判・否定を繰り広げました。それに対し、アーヴィングはリップシュタットが著書で自分を嘘つき呼ばわりしたことで信頼が著しく傷つけられたとしてイギリスの王立裁判所に名誉棄損で訴えたのです。このイギリスの王立裁判所というのがポイントで、日本やアメリカを含め大半の国の司法制度は訴えた側に立証責任がありますが、イギリスの法制度は全く逆。訴えられた側に立証責任が生じるのです。したがって、リップシュタットの側にアーヴィングが唱えるホロコースト否定論を崩す必要を迫られました。

     そもそも、史実の有無について裁判所の判断が馴染むのか?提訴直後、黙殺すればいいという周りからのアドバイスもありました。この裁判は間違いなくメディアから注目され、それは今までキワモノ扱いされてきたホロコースト否定論者にも光が当たることになる。万が一この裁判に負けてしまえば、世の中に嘘が蔓延ることにもなってしまう。だから、裁判を受けずに黙殺すべきだ。それは、リップシュタットの友人のみならず、イギリスのユダヤ人コミュニティからも出されました。
     それでも、彼女は裁判で戦うことを選びます。大弁護団が組まれ、法廷闘争が開始されました。映画では、その論戦の模様が詳細に描かれます。当時で、ホロコーストからすでに半世紀以上が経過。残された膨大な記録の数々から、アーヴィングの唱える"事実"が妥当なのか、それとも曲解や誇張、切り取りなのか、法廷での弁論術を駆使して検証が試みられるのです。一つ一つの証拠、記録に対して真摯に向き合い、何が事実だったのか追及していく。
     このやり取りがフェイクニュースが蔓延る現代に非常に示唆だとして、特に安倍政権に批判的な識者から非常に評判になっています。たとえば、こんな具合に。


     映画を見ての感想は人それぞれですし、私もこの映画を見て真摯にファクトを検証する大事さを改めて感じましたから、このコラムの締めには違和感を感じつつも、「なるほどなぁ」と思うだけです。記事の中にも<自分の立場に好都合だったり、自らの思いや願望に沿っていたりすれば、虚偽でも不確かでも、その情報を受け入れるといった風潮>といった表現や、<今や歴史上の出来事やどんな視点からも揺るがないはずの事実が、攻撃され危うい。>と否定的に書かれている通り、この映画が警鐘を鳴らしていることは、「自分に都合の良い情報だけを切り取る」ことの危うさ。それが拡散して多くが受け入れてしまうことの危うさだったはず。ところが、過去の記事を見てみると、<自らの思いや願望に沿ったこと>だけを<不確かでも>主張されていました。


     ギリシャですら緊縮財政をやって債務を減らす努力をしているのに、その2倍以上の公的債務を抱える日本は野放図に借金を繰り返して放漫財政を続けているではないか!とした上で、

    <一番の違いは、ギリシャの付加価値税率が23%で日本は8%という点にある。「負担ののりしろ」が大きく、外国などあてにせずとも工面できるのだ。ここに救いを見いだして現政権は消費増税をしながらも、借金を約100兆円増やしてきたのだろう。そのうえで、また先送りである。
     新たな財源がない中、格差をただす政策、子育て世帯や子どもに手厚い政策はますます遠のきそうだ。そして、現役世代は逃げ切れても、今の子どもやこれから生まれる世代が、いずれ重い税負担を背負わされる。
     そんな将来を見通せば、今は消費や投資をなるべく控え、守りに入るのが賢い選択である。結果、景気は低空飛行を続けるしかない。>

    だそうです。この方だけでなく、映画「否定と肯定」を評価する方の中で、政権に批判的な"リベラル"な方々が経済政策を論じるとだいたいこの論調に落ち着きます。
     端的な問題点としては、ギリシャが共通通貨ユーロを使用している為に自国通貨が存在せず、したがって自国通貨建ての国債を発行できず、自前の金融政策を実施できない点を省いている点です。すると、日本のような金融緩和を行うことができない。通貨安のメリットを享受することもできない。インフレ誘導もできないので、ひたすらに財政を切り詰めて借金を返す以外に方法がなくなってしまいます。どうでしょう?日本との違いは大きいと私は思うのですが。もちろん、紙幅の関係もあるのでしょうが、だからといって全く触れていないのは不誠実ではないでしょうか?
     また、<格差をただす政策>が先送りと批判しますが、ではなぜ2000年代後半に悪化の一途をたどった「子どもの貧困率」がここへ来て改善しているのでしょう?
     借金を増やしたことばかりを批判しますが、来年度の税収見通しは58兆円を超え、バブル期以来の高水準となります。家計でもそうですが、借金を減らすには支出を削るだけでなく収入を増やすことも同じくらい重要なのではないでしょうか?それとも、経済成長するのは何か不都合なことでもあるんでしょうか?
     ことほど左様に、<自らの思いや願望に沿ったこと>だけを取り上げてはいないでしょうか?私は、自戒も込めてこの映画を見ました。背筋が伸びる思いでした。

     映画『否定と肯定』、12月8日金曜日、シャンテシネ他全国ロードショーです。ぜひ、メディアの方、メディアを目指す方にも見てほしい映画です。
書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

■Twitter
「飯田浩司そこまで言うか!」

■会員制ファンクラブ(CAMPFIREファンクラブ)
「飯田浩司そこまで言うか!ONLINE」

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