2017年12月05日

映画『否定と肯定』

 今日のザ・ボイス、冒頭で今週金曜公開の映画『否定と肯定』をご紹介しました。


 ユダヤ人歴史学者とホロコースト否定論者の対決を描いたこの映画。実際に2000年にイギリス・ロンドンの法廷で行われた、歴史家デイヴィッド・アーヴィングが歴史学者デボラ・E・リップシュタットを訴えた名誉棄損裁判を取り上げました。監督はホイットニー・ヒューストンとケビン・コスナーの『ボディガード』を監督したミック・ジャクソン。歴史学者リップシュタットには、『ナイロビの蜂』でアカデミー助演女優賞を獲得したレイチェル・ワイズ。対するホロコースト否定論者には、『ハリー・ポッター』シリーズのピーター・ペティグリュー役でも広く知られるティモシー・スポールを配しました。

 1990年代の後半、アメリカの歴史学者デボラ・E・リップシュタットは、イギリスの歴史家デイヴィッド・アーヴィングが唱えるホロコースト否定論に対し、自著でその批判・否定を繰り広げました。それに対し、アーヴィングはリップシュタットが著書で自分を嘘つき呼ばわりしたことで信頼が著しく傷つけられたとしてイギリスの王立裁判所に名誉棄損で訴えたのです。このイギリスの王立裁判所というのがポイントで、日本やアメリカを含め大半の国の司法制度は訴えた側に立証責任がありますが、イギリスの法制度は全く逆。訴えられた側に立証責任が生じるのです。したがって、リップシュタットの側にアーヴィングが唱えるホロコースト否定論を崩す必要を迫られました。

 そもそも、史実の有無について裁判所の判断が馴染むのか?提訴直後、黙殺すればいいという周りからのアドバイスもありました。この裁判は間違いなくメディアから注目され、それは今までキワモノ扱いされてきたホロコースト否定論者にも光が当たることになる。万が一この裁判に負けてしまえば、世の中に嘘が蔓延ることにもなってしまう。だから、裁判を受けずに黙殺すべきだ。それは、リップシュタットの友人のみならず、イギリスのユダヤ人コミュニティからも出されました。
 それでも、彼女は裁判で戦うことを選びます。大弁護団が組まれ、法廷闘争が開始されました。映画では、その論戦の模様が詳細に描かれます。当時で、ホロコーストからすでに半世紀以上が経過。残された膨大な記録の数々から、アーヴィングの唱える"事実"が妥当なのか、それとも曲解や誇張、切り取りなのか、法廷での弁論術を駆使して検証が試みられるのです。一つ一つの証拠、記録に対して真摯に向き合い、何が事実だったのか追及していく。
 このやり取りがフェイクニュースが蔓延る現代に非常に示唆だとして、特に安倍政権に批判的な識者から非常に評判になっています。たとえば、こんな具合に。


 映画を見ての感想は人それぞれですし、私もこの映画を見て真摯にファクトを検証する大事さを改めて感じましたから、このコラムの締めには違和感を感じつつも、「なるほどなぁ」と思うだけです。記事の中にも<自分の立場に好都合だったり、自らの思いや願望に沿っていたりすれば、虚偽でも不確かでも、その情報を受け入れるといった風潮>といった表現や、<今や歴史上の出来事やどんな視点からも揺るがないはずの事実が、攻撃され危うい。>と否定的に書かれている通り、この映画が警鐘を鳴らしていることは、「自分に都合の良い情報だけを切り取る」ことの危うさ。それが拡散して多くが受け入れてしまうことの危うさだったはず。ところが、過去の記事を見てみると、<自らの思いや願望に沿ったこと>だけを<不確かでも>主張されていました。


 ギリシャですら緊縮財政をやって債務を減らす努力をしているのに、その2倍以上の公的債務を抱える日本は野放図に借金を繰り返して放漫財政を続けているではないか!とした上で、

<一番の違いは、ギリシャの付加価値税率が23%で日本は8%という点にある。「負担ののりしろ」が大きく、外国などあてにせずとも工面できるのだ。ここに救いを見いだして現政権は消費増税をしながらも、借金を約100兆円増やしてきたのだろう。そのうえで、また先送りである。
 新たな財源がない中、格差をただす政策、子育て世帯や子どもに手厚い政策はますます遠のきそうだ。そして、現役世代は逃げ切れても、今の子どもやこれから生まれる世代が、いずれ重い税負担を背負わされる。
 そんな将来を見通せば、今は消費や投資をなるべく控え、守りに入るのが賢い選択である。結果、景気は低空飛行を続けるしかない。>

だそうです。この方だけでなく、映画「否定と肯定」を評価する方の中で、政権に批判的な"リベラル"な方々が経済政策を論じるとだいたいこの論調に落ち着きます。
 端的な問題点としては、ギリシャが共通通貨ユーロを使用している為に自国通貨が存在せず、したがって自国通貨建ての国債を発行できず、自前の金融政策を実施できない点を省いている点です。すると、日本のような金融緩和を行うことができない。通貨安のメリットを享受することもできない。インフレ誘導もできないので、ひたすらに財政を切り詰めて借金を返す以外に方法がなくなってしまいます。どうでしょう?日本との違いは大きいと私は思うのですが。もちろん、紙幅の関係もあるのでしょうが、だからといって全く触れていないのは不誠実ではないでしょうか?
 また、<格差をただす政策>が先送りと批判しますが、ではなぜ2000年代後半に悪化の一途をたどった「子どもの貧困率」がここへ来て改善しているのでしょう?
 借金を増やしたことばかりを批判しますが、来年度の税収見通しは58兆円を超え、バブル期以来の高水準となります。家計でもそうですが、借金を減らすには支出を削るだけでなく収入を増やすことも同じくらい重要なのではないでしょうか?それとも、経済成長するのは何か不都合なことでもあるんでしょうか?
 ことほど左様に、<自らの思いや願望に沿ったこと>だけを取り上げてはいないでしょうか?私は、自戒も込めてこの映画を見ました。背筋が伸びる思いでした。

 映画『否定と肯定』、12月8日金曜日、シャンテシネ他全国ロードショーです。ぜひ、メディアの方、メディアを目指す方にも見てほしい映画です。
書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

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