今回の韓国取材出張、反日報道や不買運動の実際だとか、チョ・グク法相をめぐる韓国国内政治の対立などの論点もありましたが、私が最も勉強になったのは安全保障についてです。
まず、自力で行ける最も北朝鮮に近い場所とも言われる、臨津閣国民公園に電車とタクシーを乗り継いでいってきました。ここは軍事境界線まで7キロ、軍事境界線のおおむね2キロずつ設定されている非武装地帯からも多少距離のある、民間人制限区域の端にあります。
私も不勉強であったのですが、軍事境界線に向けて3段階のテリトリーが分けられているんですね。民間人制限区域は許可された人間以外は入れないというエリアで、その中に韓国側には統一村という人が住み生活している集落が存在します。私が行ったのはそのさらに外側の端というわけです。
ここは、臨津江にかかる破壊された鉄橋がそのままになっていて、一部残された橋脚を使って臨津江ギリギリまで近づける(=合法的に民間人制限区域に少しだけ入ることが出来る)スカイウォークという施設があります。周りは鉄の柵と有刺鉄線で囲まれる中の物々しい空中散歩です。
そして、現地紙を見るとこの民間人制限区域の向こう、非武装地帯(DMZ=DeMiritalized Zone)が今話題になっていました。
日本でも豚コレラが問題になっていますが、韓国ではもっと感染力も高くワクチンもない(要確認)アフリカ豚コレラの家畜への感染が確認されています。しかも、北朝鮮から軍事境界線を越えてやってきたイノシシが感染源とされていて、対策が急務。そこで韓国政府はヘリを飛ばして消毒液を散布し対策しようとしていますが、自国だから即座に対策というわけにはいかず、非武装地帯には手続きが必要であることが記事から読み取れます。さすがに敵対的な行動ではないだけに、北朝鮮も反対というわけではないでしょうが、通告なしでいきなりヘリを飛ばすとなると軍事作戦と勘違いされる恐れが大いにあります。そこで、国連軍の司令官に許可を取り、北朝鮮側にも通告してようやく薬剤の散布が可能となるわけです。生活と安保がこれだけ密接に関係していることをまざまざと思い知らされました。 それだけ、最前線に韓国はあるということですね。
今回、韓国の安全保障の専門家にも話を聞きました。国民大学政治大学院教授のパク・フィラク教授です。陸軍士官学校を卒業後、大佐に当たる大領まで務められました。現在は大学教授として後進の指導に当たる一方、積極的に情報発信をされていて、日本のメディアの取材にも数多く応じています。
通訳の方を挟みながら1時間半ほど議論したのですが、非常にリアリズムでドライな分析に驚きました。
日本では北朝鮮の核ミサイルは日本に向いている。韓国は同じ民族なのだからそちらには向いていないだろうという言説が一定の説得力を得ています。ところがパク教授は、私の北の核は日本を向いているのか韓国を向いているのか?という端的な質問に対して、
「韓国でしょう」
と断言しました。さらに、
「(北は韓国に対し核を)十分使えると思います。在イギリス北朝鮮大使館元公使であるテヨンホさんはこう言いました。「金正恩は核武器を使うかもしれないし、統一のためなら必ず使う」と言いました」
と、付け加えました。その上で、ではどう守っていくかについて聞くと非常に悲観的で、
「今の政府が存在する限り何も手はない」
と首を横に振りました。
そして、日本政府に望むこととして、
「できるだけ今の政府(文在寅政権)とは何かを協議して決めることは先送りしてほしい。次の政権、国民の意見を代弁する政府が生まれてから日韓関係に関する問題を決めてほしい。」
「日韓関係を悪くするそういった決定もしてほしくないですし日韓関係を発展させることもできるだけ先送りしてこの政府による日韓関係の影響を最小限にしてほしい」
と言及しています。つまり、政権交代があるまでは放っておいてくれ。対韓国で圧力をかけるようなことをしても、無体な日本に戦っている文政権というイメージで支持率が上がってしまうから、とにかく何もしないでほしいという訴えでした。元来愛国者であるはずの元軍人がこうした発言をするという重み、それだけ国を憂いているし、追い詰められているということをひしひしと感じました。
安全保障の面から考えると、日韓関係は特に軍事面で良好であることが望ましいと思います。ただし、今のように国民感情の面でも軋轢が生まれている以上、無理して友好を装うよりも冷静に見ていけばいいのではないでしょうか。今の政権がどうかはさておき、北朝鮮という全体主義国家、その先にいる中国の圧迫にたいし、価値観を同じくする自由主義国家の最前線にいる韓国。
「ここが共産化してしまったら日本はどうするのですか?イメージしたことありますか?」
パク教授はインタビューの最後にそう問題提起されました。
日韓双方に、ある意味の平和ボケがあるのかもしれません。放送に協力いただいた産経新聞の名村支局長は日韓GSOMIA(軍事情報包括保護協定)の破棄について、韓国の街場の実感として「ほとんど気にもしていない」と言っていました。いざ南北の有事となれば、朝鮮戦争の例を引くまでもなく日本の協力が不可欠なはず。ところが、そこにまで韓国の一般国民は意識が行かないし、メディアもそれを報じない。
日本でも、チョ・グク法相の家族構成やら玉ねぎというアダ名やらは面白おかしく、不必要に詳しく報じますが、安全保障という国の根幹の部分でこの韓国という国がどういった存在なのかを報じることはない。双方地に足がついていなかったのではないかということを強く思いました。
地元の記者に話を聞くと、文政権の軍に対する締め付けも相当に厳しく、イエスマン以外は出世できないのも事実なのだそうです。主権国家の世論や政治に手を突っ込むのはあまり行儀がいいとはいえませんが、「韓国だから仕方ないよ」で済まさずに、韓国軍や政界、財界、官界の良心派と連携しながら機が熟すのを待つしかなさそうです。文政権の批判はしても、「韓国はさぁ」といった十把一絡げの韓国批判は結果として文政権を利することになるのかもしれません。