2015年5月

  • 2015年05月30日

    安保法制議論に欠けているもの

     先週から集団的自衛権の行使を容認する安全保障法制改正に関する審議が始まりました。どうやって我が国を守るのか、今後日本はどのように世界と関わっていくのかといった議論よりは、揚げ足取りのようなやり取りに終始しています。そして、総理のヤジや外相、防衛相の答弁に対する批判の応酬などが飛び交い、揚句先週末にはついに審議が空転してしまいました。

     この議論が地に足の着いたものになっていないというのは議論のそこここに見られるわけですが、典型的なものが共産党の志位委員長の質問の中に見ることができました。

    『「後方支援」=兵たんは武力行使と一体 戦争法案の違憲性浮き彫りに 衆院特別委 志位委員長の質問〈上〉』(しんぶん赤旗 5月30日)http://goo.gl/jSuk74
    <イラクには、対戦車弾、無反動砲、重機関銃を携行――これが戦闘でなくて何なのか

    (中略)

    志位 いま、初めて、持って行った武器の内容が示されました(パネル2)。パネルにどんなものか写真を掲げております。持って行った武器は、ピストルや小銃にとどまらないんですよ。110ミリ対戦車弾、84ミリ無反動砲、12・7ミリ重機関銃など、文字通りの重装備ですよ。「人道復興支援」といわれたイラクのサマワでも、これだけの武器を持って行ったんです。

     「戦闘地域」での「後方支援」となれば、さらに強力な武器を持って行くことになるでしょう。必要な場合は、こうした武器を使って反撃するということになります。相手方が、仮に戦車で攻撃してきて、必要に迫られた場合には、自衛隊はこの110ミリ携帯対戦車弾を使って反撃するということになるでしょう。これが戦闘でなくて何なのか。こういう武器を持って行っているんですよ。場合によっては使うから持って行っているんです。>

     記事中では審議で使ったパネルと同じ写真が掲載されています。この質問こそまさに、現場を知らずに国民に恐怖のイメージを植え付ける質問です。

     「対戦車弾」「無反動砲」「重機関銃」という単語とともに写真を見せられれば、たしかにこんなに物騒な武器を持って行く必要はなかろう...と大部分の人が考えてしまうかもしれません。しかし、ここで決定的に抜け落ちているのはこれらの武器の具体的な性能、あるいは現場ではどのように使うのか?というところです。

     たとえば、84ミリ無反動砲(カールグスタフ)は射程700m~1000m。110ミリ個人携帯対戦車弾(パンツァーファウスト3)は射程300m~500m。ずいぶん遠くまで飛ぶじゃないかと思われるかもしれませんが、軍事の常識から言うとこれらの武器は『盾』にあたる武器で、難民や各国のPKO部隊などを守りながら襲撃集団の侵攻を遅らす「遅滞行動」をとる時には必需品です。襲撃集団を追撃し、蹴散らすために使うにはあまりに射程が短すぎて、敵に近づきすぎ、結果として反撃にあうリスクが高まります。そうした局面がもしあるとすれば(今審議されている法律ではそうした事態は想定されていませんが)、射程30キロ~40キロの自走榴弾砲などを持って行くはずです。しかし、そうした武器は過去の国際貢献活動でも持って行きませんでした。

     というわけで、これらの武器は、もっぱら襲撃集団の進撃を遅らせたり、その場に釘付けにしたりしながら安全地帯まで下がるために使われるものです。そうした武器を持って行くことですら「戦闘に行くつもりか!?」と批判するということは、危険地帯で丸腰で退却せよと言うのでしょうか?

     今回の国会審議は上滑りの議論だ!政府の説明不足だと言われ批判されているわけですが、果たして現実に即した議論が出来ているのか?野党側も政府側も、果たして現場のことをどこまで承知して議論しているのか、甚だ疑問です。
  • 2015年05月26日

    世界遺産を見に行って

     世界遺産への登録を勧告された『明治日本の産業革命遺産』。その中でも、最も注目されているのが軍艦島(正式名称:端島)です。南北およそ480m、東西およそ160m、面積およそ6万3千平米という狭い土地に、最盛期で5000人を超える人が暮らしていて、当時の東京の人口密度のざっと9倍を超えるという超過密都市だったということです。世界遺産に登録される見通しとなったということで一体どれだけの賑わいなのか、実際に行ってみました。

    軍艦島遠景.JPG
    軍艦島遠景。右手が艦首、左が艦尾、真ん中に艦橋というまさに戦艦のようなシルエットをしている。

     狭い土地に沢山の人が住んでいたわけですから、土地の有効利用のために住居はほとんどが高層アパート。大正5年には日本で最初の鉄筋高層アパートが完成しています。これは、東京で初めての鉄筋高層アパートだった同潤会青山アパートの10年前にすでに完成していたとのこと。要するに、当時の最先端建築は東京でも大阪でもなく、この長崎の沖の炭鉱の島、軍艦島にあったというのは驚きです。さらに驚きなのが、その日本最古の鉄筋高層建築が朽ちているとはいえ今だに残っているということ。軍艦島ツアーでは、やはりこの30号アパートがツアー最大のハイライトとなっています。

    軍艦島30号棟.JPG
    軍艦島30号アパート。ちなみに、各部屋は6畳一間で非常に狭かったという。

     さて、大正時代の鉄筋高層建築ですから、軍艦島の30号アパートのように海水や潮風に洗われてご覧のとおり朽ちているのが当然ですが、同じ長崎には世界遺産ではないですが大正時代に建てられた姿そのままの建築があります。それが、佐世保市の針尾島にある『旧佐世保無線電信所(針尾送信所)』です。

    『旧佐世保無線電信所(針尾送信所)』(佐世保市HP)http://goo.gl/1vQut5

     こちらは、大正11年に完成した無線送信施設で、日露戦争を契機として海軍艦船の無線連絡体制の強化を狙って建てられたものです。無線施設、要するに無線アンテナは鉄塔が常識ですが、ここは鉄筋コンクリート製。高さ136mの塔が3つ、正三角形の頂点に立っていて、巨大な煙突がそびえたっているように見えます。太平洋戦争の海戦を告げた海軍の秘密暗号「ニイタカヤマノボレ1208」を送信した施設と言われていますが、それに関する資料は残っておらず、送信したかどうかは不明だそうです。

    針尾送信所3号塔その2.JPG
    針尾送信所無線塔。畑ばかりの周りと比べて異様な存在感。

     ご覧のように、ヒビひとつなく全く綺麗なコンクリートの塔が残されています。なぜこれほどまでにきれいに残っているのかというと、当時は鉄筋コンクリート建築の黎明期。日本海軍はその技術の実証実験の意味も含めてこの無線塔を造営したようで、ヒト・モノ・カネを惜しげもなく投入しました。現地ガイドの方によると、延べ100万人を超える職人を投入し、総工費は155万円(現在の価値でおよそ250億円)、塔一本が30万円(現在価値で50億円)かかったそうです。材料にもこだわり、コンクリートに使う砂はきめの細かい良質の川砂を使ったそうです。阪神大震災の時には新幹線の高架橋に海砂のコンクリートが使われて想定以上にもろかったことが問題になりましたが、こちらはきめの細かい川砂。その上、その川砂を網を使ってさらに粒を揃える念の入れよう。そのおかげで、今でも震度6強の地震まで耐えられ、向こう100年は朽ち果てずに持つという専門家の診断が下ったそうです。平成の世まで海上保安庁、海上自衛隊が現役の無線塔として使用し、2年前の平成25年になってようやく国の重要文化財に指定されました。

    針尾送信所無線塔内部.JPG
    針尾無線塔内部。左に見えるハシゴはメンテナンスのために使っていたもの。立ち入り自由だった時代には、地元の子供の格好の度胸試しの場だったそう。

     日本の技術、現場の力、坂の上の雲をつかもうと走り続けた当時の日本人の息遣いが聞こえてくるような産業遺産の数々。他にも、三菱長崎造船所の戦艦武蔵を作った第三船渠、ジャイアント・カンチレバークレーン、三井三池炭鉱などなど、九州には今も現役だったり少し前まで現役で働いていたからこそ残っている遺産たちがたくさんあるのです。

    三池炭鉱万田坑.JPG
    三池炭鉱万田坑の第二竪坑櫓。明治期の建築がそのまま残っている。

     それらの遺産は、全くのアナログ。コンピューター制御では一切ありません。現場の作業員の熟練度、力こそが産業の力に直結した時代の遺産は、人の力の偉大さを語りかけてくれます。効率化、IT化の流れの中で我々が忘れがちな、人の力。産業遺産の数々は、そうした「人の力」の偉大さを再確認させてくれます。
  • 2015年05月20日

    橋下氏が変えられなかったもの、変えたもの

     橋下大阪市長は満面の笑みで会見に登場しました。会見場に集まった100人を超える報道人は皆、落胆した橋下氏の表情を撮ろうと注目し、出てきたときには「出た出た出た!」という大声まで出たほどその表情が注目されていたんですが、意外な笑顔。スチールカメラのシャッター音が鳴り響く中、一瞬拍子抜けしたように空気が緩んだのが、取材をしていて印象的でした。

    都構想否決後会見.jpg

     日本中が注目した大阪都構想の是非をめぐる住民投票、結果はご存知の通り、橋下市長の表情とは裏腹の「否決」という結末でした。原因について橋下氏は会見で、
    「間違っていたんでしょうね」「説明が足りなかった」
    と繰り返すのみでしたが、一方で再登板について聞かれたときにこんなことも言っています。
    「僕はワンポイントリリーフで、実務家。政治家っていうのは、嫌われては駄目。好かれる人がしないといけない。敵を作る政治家はワンポイントリリーフで、要らなくなれば交代。求められた時に求められ、要らなくなったら使い捨てにされる。」

    『橋下代表会見の要旨...「逆にたたきつぶされた」』(5月18日 読売新聞)http://goo.gl/2aL1f5

     さらに会見の中ではこんな発言もありました。
    「8年前、大阪府知事選に出たときは政権交代の時期。あの時期は国民の皆さんが変化を求めていた時期。そのたいみんぐでしょ、変化に向かって踏み出すのは。あのはと、民主党政権がああいう形になって、で安倍政権が安定した政治をやってですね。大阪府政・大阪市政も不平不満を抑えることになった。そういった政治状況の中で、大阪都構想のような強烈な変革を求める提案はなかなか多くの市民には受け入れられなかったのかなと」

     確かに、橋下市長の歩みというものは国民の変革への熱、このままではいけないという既存政党への倦みや疲れを追い風に前進してきた感があります。そうした後押しを市長は「ふわっとした民意」と表現しました。橋下氏が大阪府知事に当選した政権交代前夜、そして政権交代の後には堺市長選、府知事・市長のダブル選挙...。世の中がデフレにあえぎ、自民党政権に期待できずに政権交代したものの、ドラスティックな変革の副作用が国民自身に降りかかってきたという時期を経て、時代は第2次安倍政権へ。政権運営の安定感を見て、社会の空気が変わりました。
     あまり改革改革とすべてを変えようとすると、副作用もきつく出る。橋下氏が言うように、経済が少しずつ上向き、世の中全体として「このまま続ければいいのかもしれない」という空気が浸透してきたとき、都構想という大変革は危ないと有権者は本能で判断したのかもしれません。

     有事のリーダーたる橋下徹は、世の中が平時へと移行していく中で退場を迫られた。ちょうど、第2次世界大戦を強力なリーダーシップでイギリスを引っ張ったチャーチルが、大戦後の総選挙で大敗し労働党に政権を明け渡したように。
     皮肉なことに、アベノミクスの成功が回りまわって都構想に立ちはだかった。そうも言えるかもしれません。

     ということで、橋下氏は統治機構を変えることはできなかったわけですが、今回の住民投票で変えたかもしれないものがあります。それが、選挙制度。あるいは投票行動。今回の都構想住民投票は、公職選挙法の一部が準用されたものの、普段の選挙とは違う部分が多々ありました。

    『どうなる?住民投票 公選法準拠も相違点...当日街宣OK、20歳で投票できないケースも』(3月13日 産経新聞)http://goo.gl/ye0EnN
    <政党などが賛成、反対を呼びかける投票運動への規制も若干異なる。戸別訪問や買収行為の禁止などは通常の選挙と同じで刑事罰にも問われるが、投票日前日までとされている街宣活動などは当日も行える。>

     この街宣活動を当日行えるというのは、現地で取材していると非常にインパクトがありました。各投票所の前には賛成・反対双方の支持者がビラを配り、演説をしていました。

    都構想住民投票1.jpg
    西成区の投票所入り口 賛成(オレンジ)・反対(グリーン)両派が選挙活動を行っている

     これには賛否両論があり、かつどちらかというと「投票直前に惑わされる」「有権者自身の意思で投票されたか疑問」といった批判的な論調が多いのですが、私は非常に有意義であったと思います。賛成のビラを配っていた青年も、
    「今回の住民投票は、賛成派も反対派も「とりあえず投票に行ってください!」とアピールしているんです。そして、こうして投票当日に活動をしてると、投票日であることを忘れていた人も「そやったなぁ」っていって、両方のビラを持って投票所に進んで行く人がいたり、これだけ選挙カーが当日も回っていると思いだしますよね!結果がどうなるにせよ、これだけ活動していて手応えのあることもないですよ」
    と話してくれました。

     確かに説明不足の面も、双方が提示するメリット・デメリットがかけ離れすぎていて判断に迷う面もありました。しかし、そういったものを差し引いても、こうして住民投票当日まで熱に包まれていた投票というものは私は見たことがありません。正直、この社会現象に身を置いた大阪市民はうらやましいなと思いました。

     今後、議員選や首長選が行われるときには通常の選挙が行われ、当日の活動は一切できないわけですが、この住民投票を経験した大阪市民は確実に「物足らん」と思うでしょう。投票直前に金品を配るのはもちろん問題ですが、ビラを貰うことでそんなに惑わされるのでしょうか?むしろ、判断材料を提供されてじっくり考えた方がいいのでは?でないと名前やポスターの表情で判断してしまうのでは?投票日当日の選挙活動について考えるいい機会を、今回の住民投票は提供したと思います。
  • 2015年05月11日

    一体どこの国のメディアだ!?

     戦後70年の今年、中国・韓国両国が日本に対して歴史認識問題で攻め立ててきているのは周知のとおりです。それに対し、安倍総理はじめ日本政府としては先日の訪米、日米首脳会談、そして上下両院合同会議での総理演説で一定の結果を出した形になりましたが、韓国はさらなるジャブを繰り出してきています。ゴールデンウィークのさなか、韓国・聯合ニュースはこんな記事を配信しました。

    『世界の歴史学者ら声明 安倍首相に歴史の直視訴える』(5月6日 聯合ニュース)http://goo.gl/JSLacS
    <世界的に著名な日本学、歴史学などの学者187人が米東部時間の5日、安倍晋三首相に対し旧日本軍慰安婦問題とこれに関連した歴史的な事実をねじ曲げることなく、そのまま認めるよう求める声明を共同で発表した。>

    さらに、日本の通信社も追いかけるように翌日、同じような内容で報じています。

    『日本は言葉と行動で過去清算を 欧米などの学者187人が要望』(5月7日 共同通信)http://goo.gl/dsHSrL
    <欧米などの日本研究家187人が6日までに、戦後70年の今年は「言葉と行動で過去の植民地支配と侵略の問題に立ち向かう絶好の機会だ」とし、アジアの平和と友好のため「できる限り偏見のない過去の清算を(後世に)共に残そう」と日本政府に呼び掛ける声明を発表した。>

    『「偏見なき過去の清算を」=学者187人、安倍首相に声明』(5月7日 時事通信)http://goo.gl/dauMQo
    <欧米を中心とする日本研究者187人が6日までに、安倍晋三首相に、日本の過去の過ちを率直に認めるよう求める声明を送付した。戦後70年談話を念頭に「過去の植民地支配と侵略の問題に立ち向かう絶好の機会」と指摘し、「可能な限り完全で、偏見のない(過去の)清算をともに残そう」と呼び掛けている。>

     3つの異なるメディアのリードをそれぞれ引きましたが、本当に似たような内容ですね。これだけ見ると、安倍総理に向けて「過去を清算しろ!謝れ!」と欧米を中心とする学者たちが呼びかけているように見えます。さらに、その声明を出したのは、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」を書いたエズラ・ボーゲル氏(ハーバード大名誉教授)など錚々たるメンバー。私もこの記事を最初に読んだときには「マズイものが出たなぁ...」「これだけのネームバリューの人たちが声明を出したのは安倍外交にとって厳しいなぁ...」という感想を持ちました。ただ、聯合ニュースの記事をよくよく読んでいくと、この声明のタイトルが「日本の歴史家を支持する公開書簡」ということが分かります。あれ?日本を、安倍政権を非難する声明のはずが、支持?どういうことだ?と思い、この原文を探してみました。

    『日本の歴史家を支持する声明』(日本語版PDF)https://goo.gl/Pg9Gru
    ※英語版など、元となるページはこちら。
    『Open Letter in Support of Historians in Japan』https://goo.gl/m4EfWX

     この日本語版の原文と記事の内容を照らし合わせてみると、愕然とします。先に挙げた3つの記事、それらが全て、声明を一部分だけ抜き出し、再構成して、まるで日本政府、安倍政権を批判しているがごとく見せているものだったのです。

     たとえば、共同通信では<アジアの平和と友好のため「できる限り偏見のない過去の清算を(後世に)共に残そう」と日本政府に呼び掛ける声明>と表現し、時事通信も<安倍晋三首相に、日本の過去の過ちを率直に認めるよう求める声明>としていますが、この声明では文中には、

    <元「慰安婦」の被害者としての苦しみがその国の民族主義的な目的のために利用されるとすれば、それは問題の国際的解決をより難しくするのみならず、被害者自身の尊厳をさらに侮辱することにもなります。しかし、同時に、彼女たちの身に起こったことを否定したり、過小なものとして無視したりすることも、また受け入れることはできません。>

    としていて、中・韓の一部のようなナショナリズムを煽るために慰安婦問題を使うのも許しがたいし、一方で日本の一部勢力にあるような事実を否定したり矮小化するのも問題だと指摘しています。つまり、この声明は日本側だけに狙いを絞っているわけではなく、歴史家として真摯に向き合うためにはどちらか一方に与するものではなく、専門家として冷静に見つめて行こうというものなのです。

     また、前記共同の記事では過去の過ちの清算を日本政府に求めているような書きぶりでしたが、これについても前後を読むとちょっと意味が違ってきます。

    <私たちの教室では、日本、韓国、中国他の国からの学生が、この難しい問題について、互いに敬意を払いながら誠実に話し合っています。彼らの世代は、私たちが残す過去の記録と歩むほかないよう運命づけられています。性暴力と人身売買のない世界を彼らが築き上げるために、そしてアジアにおける平和と友好を進めるために、過去の過ちについて可能な限り全体的で、でき得る限り偏見なき清算を、この時代の成果として共に残そうではありませんか。>

     過去の清算を呼び掛ける前段で、日・中・韓の学生たちの話し合いを引いてきています。若者はしがらみがなく冷静に誠実に話し合いをしていることを例に引きながら、その1世代、2世代上の研究者たちは、我々は『でき得る限り偏見なき清算を』、『共に』残そうではありませんかと呼びかけているんです。その呼びかけのあて先は、果たして日本政府だけでしょうか?私はそうは思いません。「共に」と言っているんですから、我々日本はもちろん、韓国も中国も、思惑抜きにしてファクトを土台にして冷静に話し合いましょうよ。そう呼びかけているように思えてなりません。

     そうなると、この声明のどこが安倍総理に対する批判なのでしょうか?ざっくりと言えば、この声明は今まで問題をややこしくしてきたすべての関係者への批判であり、真摯に歴史に向き合っていこうという学者としての誠実さを訴えるものでしょう。

     聯合ニュースは他国のことですから、日本人である私がとやかく言う筋合いはありません。しかし、同胞たる日本の報道機関である共同通信や時事通信が判で押したように曲解するというのはどういうことなんでしょうか?この声明を出した学者の先生方は非常に誠実で、英語だけでなく日本語の声明も仮訳ではなく精査したものとして出しています。さらに、一部報道によると、メディアによって曲解されることはすでに織り込み済みで、真意がきちんと伝わるように事前に在米日本大使館を通じて総理官邸にも送られているそうです。

     これら研究者の細心の注意にたいして、日本のメディアがいかに荒っぽく記事にしていることか。オフィシャルの日本語版があるんですから、訳が間違っていましたなんて言い逃れは許されません。結論ありきで記事を書いているのではないか?そう疑いたくなる杜撰さです。本当に、原本に当たる、一次ソースに当たることの大事さを思い知らされる記事でした。
  • 2015年05月05日

    連休で息を吹き返す緊縮派

     先週土曜のザ・ボイスのイベントにお越しくださった方々、本当にありがとうございました。また、翌日曜の私のささやかなトークショーにお越しくださった方々、重ねて本当にアリアが問うございました。本当に暖かなお客様ばかりで、拍手や笑いで緊張してガチガチだった私は大いに後押ししてもらいました。今後とも、ザ・ボイスをよろしくお願いいたします。

     さて最近、各新聞の経済欄の論調が変わりつつあるようです。以前は、緊縮、財政再建一辺倒で、金融緩和についてはとにかく懐疑的。日銀の黒田総裁が主導した金融緩和で円安が進んだ時など、「円安不況到来だ~!」とばかりに政権批判、金融当局批判を繰り広げていましたが、足元の景気回復でそうも言っていられなくなったようです。市場関係者が明かします。
    「政権からの圧力うんぬんなんかじゃなくて、ある新聞なんて実体経済を目の前で見ている証券部がいい加減にしろってクレームを入れたらしいよ。一面で政権バッシングしてたって、実際に株価が上がっているからね。駅売り主体のその新聞は、そんな一面の見出しで部数が伸びるか!って社内中から叩かれて、最近社内の緊縮派が居場所を失くしつつあるらしい」
    業界の噂の真偽はさておき、たしかに最近はあまり金融緩和批判を見なくなりました。

     ただし、ゴールデンウィークはまた別のようです。この時期は国内のストレートニュースが少なくなりますから、各社の社論が大きく紙幅を取るようになります。そして、鬼の居ぬ間の何とやらで、普段は我慢していたフラストレーションをここで発散したりするのです。昨日の日経、一昨日の産経、いずれも財政健全化目標についてのリーク記事を一面トップに持ってきました。

    『財政健全化計画、消費税10%超盛り込まず』(5月3日 産経新聞)http://goo.gl/2gnPEd
    <安倍晋三首相は2日、今夏に策定する平成32年度までの財政健全化計画に関し、消費税率の10%超引き上げによる財政再建は盛り込まない方針を固めた。>

    『財政健全化、高成長が前提 消費税10%超は封印』(5月4日 日本経済新聞)http://goo.gl/Kh9SVD

     改憲を掲げる産経が、憲法記念日の5月3日にわざわざ一面トップでこの記事です。私はそのことに非常に驚きました。さて、いずれの見出しも消費税率について書いていて、言外に「ホントに大丈夫?上げた方がいいんじゃない?」ということを暗示しています。日経はリードの中にも、
    <実質2%以上という高い経済成長率を前提にした「成長頼み」の計画で、消費税の10%超への引き上げは当面検討しない。>
    と、わざわざ「成長頼み」とカッコ付きで書いていて計画に対して懐疑的であることをにじませています。さらに、日経は3面で解説&有識者インタビューを行う大展開。こちらはさらに露骨に批判しています。

    『成長頼み、何度も誤算 健全化へ歳出切込み不可欠』(5月4日 日本経済新聞)http://goo.gl/blhXPg

     見出しだけでも明らかに緊縮路線で行くべきだという論調です。成長を期待しても今までできなかったでしょ?ならば、歳出を削減するか増税するかしか財政健全化は出来ませんよという理論。ただ、総理の意向として消費増税は10%以上には上げないというのがすでに知れ渡っているので解説記事には載せづらい。そこで、有識者インタビューという形で載せるわけです。

    『(月曜経済観測)消費増税と景気 悪影響薄れ、脱デフレへ 日本租税研究協会会長 西田厚聡氏 』
    この記事の中で西田氏の発言として、
    「消費税の増税は避けては通れない。国民全体が広く負担する消費税はこの国の基幹税だ。膨大な財政赤字を抱える日本でこの増税が進まないと、経済が崩壊してしまう。」
    「所得税が問題だ。日本では所得税率が10%以下の人が全体の80%以上にも達する。(中略)高所得者にもっと負担してもらってもいいが、人数が限られるので大きな税収にならない。やはり広く負担してもらうことが欠かせない。」
    と載っていて、消費税にしろ所得税にしろ、広く負担させる方向へ議論を持って行こうとしています。所得税も広く負担ということになると、各種控除を縮小して税金をしっかり取ろうという方向ですから、これは低所得の人ほど負担感が重くなる逆進性があるのは明らかです。

     財政再建ももちろん大切で、それごと否定するつもりはありませんが、物事にはタイミングというものがある。このブログで何度も主張してきましたが、日本経済にとって財政再建を唯一絶対の目標のように扱うのはどうかと思うのです。

     大雑把にいって、経済には3つの主体があります。「家計」「企業」「政府」の3つですが、今、企業セクターはだいぶ景気が上向いてきています。一方、家計セクターは大企業で賃上げなどもありは徐々に上向いてきたものの、全体で見ればいまだに個人消費が冷え込んでいる通り、まだまだ景気がいいとは言えません。そして、政府セクター。ここが積極的に投資していくのか、それとも引き締めに入るのか。ご紹介した日経、産経が主張したように政府セクターが引き締めに入れば、家計も引き締め、政府も引き締めとなります。そうなると、積極的にお金を使っていこうという需要を生み出すのは主に企業セクターとなり、今よりさらに需要不足が起こるかもしれません。

     ちなみに、今の需要不足がどのくらいあるかというと、およそ10兆円。本来は需要を伸ばしてこれを埋めなくてはいけないんですが、デフレ期はお金を持ち続けた方が得をしますから民間セクターは積極的に使おうとはしません。今は企業は景気が上向いてきましたが、家計セクターの個人消費はまだ期待できるほど回復していません。つまり、企業同士の取引は期待できても、GDPの6割を占める個人消費には期待が出来ないんですね。そこでさらに政府セクターの公共投資も期待できないということになると、企業は国内の需要の見通しに対して非常にネガティブになるでしょう。今は金融緩和で円安が進み、相対的にコストが安くなったので製造業の国内回帰などと言われていますが、それもどこまで続くか。それに加えて、歳出カット、増税ということになると、せっかく上向きかかった日本経済も再び沈みかねません。もっと国内景気が過熱していって、未曽有の好景気になってから増税すれば済む話だと思うのですが...。

     いずれにせよ、休みの間は普段登場しないような記事が出て来るので、まったく油断なりませんね。
書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

■Twitter
「飯田浩司そこまで言うか!」

■会員制ファンクラブ(CAMPFIREファンクラブ)
「飯田浩司そこまで言うか!ONLINE」

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