2015年05月20日

橋下氏が変えられなかったもの、変えたもの

 橋下大阪市長は満面の笑みで会見に登場しました。会見場に集まった100人を超える報道人は皆、落胆した橋下氏の表情を撮ろうと注目し、出てきたときには「出た出た出た!」という大声まで出たほどその表情が注目されていたんですが、意外な笑顔。スチールカメラのシャッター音が鳴り響く中、一瞬拍子抜けしたように空気が緩んだのが、取材をしていて印象的でした。

都構想否決後会見.jpg

 日本中が注目した大阪都構想の是非をめぐる住民投票、結果はご存知の通り、橋下市長の表情とは裏腹の「否決」という結末でした。原因について橋下氏は会見で、
「間違っていたんでしょうね」「説明が足りなかった」
と繰り返すのみでしたが、一方で再登板について聞かれたときにこんなことも言っています。
「僕はワンポイントリリーフで、実務家。政治家っていうのは、嫌われては駄目。好かれる人がしないといけない。敵を作る政治家はワンポイントリリーフで、要らなくなれば交代。求められた時に求められ、要らなくなったら使い捨てにされる。」

『橋下代表会見の要旨...「逆にたたきつぶされた」』(5月18日 読売新聞)http://goo.gl/2aL1f5

 さらに会見の中ではこんな発言もありました。
「8年前、大阪府知事選に出たときは政権交代の時期。あの時期は国民の皆さんが変化を求めていた時期。そのたいみんぐでしょ、変化に向かって踏み出すのは。あのはと、民主党政権がああいう形になって、で安倍政権が安定した政治をやってですね。大阪府政・大阪市政も不平不満を抑えることになった。そういった政治状況の中で、大阪都構想のような強烈な変革を求める提案はなかなか多くの市民には受け入れられなかったのかなと」

 確かに、橋下市長の歩みというものは国民の変革への熱、このままではいけないという既存政党への倦みや疲れを追い風に前進してきた感があります。そうした後押しを市長は「ふわっとした民意」と表現しました。橋下氏が大阪府知事に当選した政権交代前夜、そして政権交代の後には堺市長選、府知事・市長のダブル選挙...。世の中がデフレにあえぎ、自民党政権に期待できずに政権交代したものの、ドラスティックな変革の副作用が国民自身に降りかかってきたという時期を経て、時代は第2次安倍政権へ。政権運営の安定感を見て、社会の空気が変わりました。
 あまり改革改革とすべてを変えようとすると、副作用もきつく出る。橋下氏が言うように、経済が少しずつ上向き、世の中全体として「このまま続ければいいのかもしれない」という空気が浸透してきたとき、都構想という大変革は危ないと有権者は本能で判断したのかもしれません。

 有事のリーダーたる橋下徹は、世の中が平時へと移行していく中で退場を迫られた。ちょうど、第2次世界大戦を強力なリーダーシップでイギリスを引っ張ったチャーチルが、大戦後の総選挙で大敗し労働党に政権を明け渡したように。
 皮肉なことに、アベノミクスの成功が回りまわって都構想に立ちはだかった。そうも言えるかもしれません。

 ということで、橋下氏は統治機構を変えることはできなかったわけですが、今回の住民投票で変えたかもしれないものがあります。それが、選挙制度。あるいは投票行動。今回の都構想住民投票は、公職選挙法の一部が準用されたものの、普段の選挙とは違う部分が多々ありました。

『どうなる?住民投票 公選法準拠も相違点...当日街宣OK、20歳で投票できないケースも』(3月13日 産経新聞)http://goo.gl/ye0EnN
<政党などが賛成、反対を呼びかける投票運動への規制も若干異なる。戸別訪問や買収行為の禁止などは通常の選挙と同じで刑事罰にも問われるが、投票日前日までとされている街宣活動などは当日も行える。>

 この街宣活動を当日行えるというのは、現地で取材していると非常にインパクトがありました。各投票所の前には賛成・反対双方の支持者がビラを配り、演説をしていました。

都構想住民投票1.jpg
西成区の投票所入り口 賛成(オレンジ)・反対(グリーン)両派が選挙活動を行っている

 これには賛否両論があり、かつどちらかというと「投票直前に惑わされる」「有権者自身の意思で投票されたか疑問」といった批判的な論調が多いのですが、私は非常に有意義であったと思います。賛成のビラを配っていた青年も、
「今回の住民投票は、賛成派も反対派も「とりあえず投票に行ってください!」とアピールしているんです。そして、こうして投票当日に活動をしてると、投票日であることを忘れていた人も「そやったなぁ」っていって、両方のビラを持って投票所に進んで行く人がいたり、これだけ選挙カーが当日も回っていると思いだしますよね!結果がどうなるにせよ、これだけ活動していて手応えのあることもないですよ」
と話してくれました。

 確かに説明不足の面も、双方が提示するメリット・デメリットがかけ離れすぎていて判断に迷う面もありました。しかし、そういったものを差し引いても、こうして住民投票当日まで熱に包まれていた投票というものは私は見たことがありません。正直、この社会現象に身を置いた大阪市民はうらやましいなと思いました。

 今後、議員選や首長選が行われるときには通常の選挙が行われ、当日の活動は一切できないわけですが、この住民投票を経験した大阪市民は確実に「物足らん」と思うでしょう。投票直前に金品を配るのはもちろん問題ですが、ビラを貰うことでそんなに惑わされるのでしょうか?むしろ、判断材料を提供されてじっくり考えた方がいいのでは?でないと名前やポスターの表情で判断してしまうのでは?投票日当日の選挙活動について考えるいい機会を、今回の住民投票は提供したと思います。
書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

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