2015年9月

  • 2015年09月30日

    アベノミクス第2ステージというけれど...

     世界経済の減速が日本経済にも暗い影を落としています。この影はどんどん大きくなっていて、いつ終息するともしれません。最も影響を受けているのが、株式相場です。

    『株価1万7000円割れ 700円超下落』(9月29日 NHK)http://goo.gl/W1rvBi
    <日経平均株価、29日の終値は、28日より714円27銭安い1万6930円84銭で、終値としては、ことし1月以来、およそ8か月ぶりに1万7000円を割り込みました。>
    <市場関係者は、「(中略)背景には中国をはじめ世界経済の先行きに対する警戒感があり、当面、日銀の短観やアメリカの雇用統計などの経済指標をにらみながらの神経質な動きが続きそうだ」と話しています。>

     アベノミクスが指導してからここ3年、消費増税で多少の停滞はあったものの、海外市場で下落した時には東京市場がストッパーとなって株安の連鎖を止めていました。しかし、ここへ来て日本の経済も変調をきたし、ストッパーの役割を果たせなくなってしまいました。消費増税以後、個人消費が落ち込んだまま思ったほど回復せず、家計部門の冷え込みが目立つ一方、企業の設備投資等は堅調と言われてきましたが、ここへ来て企業セクターにも陰りが見えてきています。

    『鉱工業(生産・出荷・在庫)指数速報(平成27年8月分)』(経済産業省HP)http://goo.gl/KP7S5S

     生産・出荷は前月比マイナス0.5%。一方在庫は0.4%の上昇となりました。
    まさに内憂外患。中国ショックやドイツの自動車メーカー、フォルクスワーゲンの不正問題に端を発したVWショックなど、外的要因は突然やって来ますし我が国のコントロール下にはありません。それだけに、我々としてはせめて国内経済を持ち上げておいてショックに備えることが重要です。安保法制が成立し、次は経済と明言している安倍政権。一体どんな経済対策を打ち出すのかと注目されてきましたが、先日会見で「新三本の矢」が発表されました。

    『安倍晋三総裁記者会見(両院議員総会後)』(9月24日 自民党HP)https://goo.gl/7ZdY5U
    <第一の矢、『希望を生み出す強い経済』。
    第二の矢、『夢をつむぐ子育て支援』。
    第三の矢、『安心につながる社会保障』。
    希望と、夢と、安心のための、「新・三本の矢」であります。
    アベノミクスによる成長のエンジンを更にふかし、その果実を、国民一人ひとりの安心、将来の夢や希望に、大胆に投資していく考えであります。>

     旧三本の矢は3つすべてがデフレ脱却・経済再生をターゲットにしていました。今回の三本の矢は、いわば旧三本の矢を第1の矢「強い経済」にまとめてしまったようです。具体的には、

    <GDP600兆円の達成を、明確な目標として掲げたいと思います。
    そのために、雇用を更に増やし、給料を更に上げて、消費を拡大してまいります。>

    と、数字を挙げて力説しています。このGDP600兆円を2020年までに達成するには、内閣府がはじいている財政健全化目標の名目成長率3%増を毎年達成し続ければ可能です。しかし、目下はむしろ4半期ごとの数字ではマイナスに落ち込むタームもある始末。まず足元の2015年度を底上げするために、今年度補正予算を早急に組む必要があります。通常国会が先日閉会したばかりですから、次に行われるのは秋に予定されている臨時国会。こで大規模な補正予算を早急に成立させ、景気後退は許さないという政権の姿勢を内外にアピールすることが重要です。その時に、タイミングを一にして追加緩和も行えればさらに効果的なんですが、この臨時国会が果たして11月に開かれるかどうかも微妙なようです。ある政界関係者が解説してくれました。

    「そもそも秋の臨時国会は、夏に妥結するはずだったTPPに関する審議が中心だったんだ。それが今になっても妥結に至っていない。10月に妥結したとして、11月の臨時国会でそれをいきなり審議するというのは日程的に非常に窮屈だ。その上、安保法制で与党内はもう疲れ切っていて、またすぐに国会を開くのは勘弁してくれっているムードがあふれている。安保法制審議の記憶が生々しいうちに国会を開いたら、内閣改造の直後でもあるし、新任大臣を中心にまた野党からいろいろ追及されて痛くない腹を探られるのも避けたい」

     TPPが漂流した場合、臨時国会自体を開かずに年を越し、1月の通常国会の開会を早めるというプランも浮上しているそうです。となると、補正予算の成立は来年2月...。経済がグローバルにつながり、瞬時に事態が変動する現代。この半年の遅れが致命傷につながらなければいいんですが...。経済政策も国内政局に翻弄されています。
  • 2015年09月21日

    世論調査を見てみると

     先週末の安保関連法制成立を受けて新聞各社が緊急世論調査を行い、その数字が今日の朝刊各紙一面を飾っています。だいたい内閣支持率が落ち、安保法制に関しては議論が尽くされていない、今国会での成立は性急すぎた、説明が足りないといった政権にとってネガティブな見出しが並んでいます。これについては各紙様々な論評・分析をしていますし、正直な話前回衆議院側での採決の時に同じような数字の動きをしていて、ある意味予想通りの展開をたどっています。

     むしろ私が気になったのは、せっかく世論調査するのだからということで安保関連法案以外のトピックについても聞いているところ。世論調査を実施した各紙がほぼ横並びで聞いていたのが、『軽減税率』についてでした。

     ご存知の通り、マイナンバーを使って食料品などの増税分を後から給付する財務省案「日本型軽減税率制度」というものが今月に入って突然出てきました。新聞業界としては、消費税10%の暁には軽減税率の新聞への適用をずっと求めてきましたから、この財務省案は許しがたい。案が出てきてからずっと反対の論調で紙幅を大きく割いてきた新聞協会会長社、読売新聞は今回の世論調査でも結果を大きく載せています。

    『財務省案「反対」75%...「軽減税率を」63%』(9月21日 読売新聞)http://goo.gl/X0S7CK
    <読売新聞社の緊急全国世論調査で、消費税率10%時の負担緩和策について聞いたところ、税率はすべて10%とした上でマイナンバーカードを使って、食料品などの増税分を後から給付する財務省案への「反対」が75%に達し、「賛成」は15%にとどまった。>
    <一方、消費税率を10%に引き上げるのと同時に、生活必需品などに軽減税率を「導入すべきだ」と答えた人は63%に上り、「そうは思わない」の29%を大きく上回った。>

     同じ設問を共同通信の調査でもしているんですが、わざわざ見出しを一本立てて大きく報じているのは読売のみです。

    『安保法79%が「審議不足」 世論調査、内閣支持38%に下落』(9月21日 中日新聞)http://goo.gl/IkBg39
    <消費税率10%への引き上げの際に負担軽減策として望ましいのは「軽減税率」が72・8%で、「還付制度」の13・1%を大きく上回った。>

     共同通信加盟社最大手の一つ、中日新聞の紙面でもせいぜい2行足らずの記述ですから、読売の大展開ぶりが際立ちます。それにしても、この軽減税率に関する世論調査で気になるのは、軽減税率について聞いている設問は各紙に見られるのに、肝心の消費税10%への増税の是非について聞いている新聞はほとんどないということ。ザ・ボイスの中でも先週この軽減税率について扱った時に元財務省の高橋洋一さんが指摘していましたが、この議論の中で2017年4月の消費税10%への増税は前提条件になってしまっています。すでに一項目設問を作らなくても、自明の理だろうとばかりの増税への姿勢。今朝の朝刊各紙を見ていても、唯一日本経済新聞だけが消費増税の是非について聞いていました。

    『「軽減税率制度」適切、57% 消費税10%時の軽減策』(9月20日 日本経済新聞)http://goo.gl/DVMNxA
    <2017年4月に消費税率10%に引き上げる政府方針については賛成が35%で、4月に同様な調査をした時より4ポイント上昇した。反対は57%で1ポイント低下した。自民支持層では賛成が48%と反対の43%を上回り、無党派層は賛成29%、反対61%で傾向が分かれた。男性の41%、女性の30%が賛成し、反対は男性52%、女性60%だった。>

     ご覧のとおり、過半数を上回る人が1年半後の消費税増税に対して反対なんですね。同じ日経の調査で安保法制を「評価せず」と選んだ人の割合が54%だったわけですから、同じように「これで増税は問題だ!」となってもおかしくないわけです。ところが、この質問をした日経にしても、見出しだけ見れば10%増税は決まったことのような書きぶり。消費税8%に上げるときにも、10%引き上げを延期した時にも、新聞各紙は東京新聞を除いて右から左まですべて増税大賛成でしたが、今回もやはり一緒ですね。

     安保の後は経済に注力するという安倍政権ですが、景気を浮揚させるには国内の個人消費を上げなくてはいけません。そう考えると消費増税はご法度のはずなんですが、この増税一辺倒のメディア状況...。これこそ、熟議が求められるはずなんですが。
  • 2015年09月11日

    常総市水害の現場から

     鬼怒川の堤防が決壊し、大きな被害が出た茨城県常総市に発災翌日の9月11日、取材に行ってきました。決壊後大量の水・土砂が流れ込んだ新石下地区。その様子はさながら津波の被害を思わせました。

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     横倒しになったトラック。土砂にめり込んだようになって止まっている乗用車。基礎がむき出しになって中空に浮かんだようになっている住宅。アスファルトは崩れ落ち、県道は寸断されています。そして、その先には、斜めに傾いた電信柱。水の勢いのすさまじさを感じさせる光景が広がっていました。
     時折鼻につく、油の臭い。農家や住居の重油タンクから漏れ出したものでしょうか?水面をよく見ると、油が浮いているのが分かりました。

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    見上げれば、鳥の声がかすかに聞こえるだけの静寂を突き破るように、衛隊のヘリコプターが低空をひっきりなしに飛んでいきます。上空から、要救助者がいないか確認しているのでしょう。それと並行して、警察・消防が手分けをして、流されずに残った家々を一軒一軒訪ね歩いて住民の安否確認をしていました。

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    県道357号線が寸断され、アスファルトが崩れ落ちている。

     この現場の近くにある建築業の方にお話を伺いました。当日は何としても水を食い止めると、直前まで土嚢を作っては置き、作っては置きを繰り返していたそうです。しかし、水の勢いは強まりこそすれ弱まることはなく、やむなく諦めて避難したと話してくれました。応急工事がどこまで可能か、その目安を見に来たとのことですが、現状の厳しさに言葉を失っていました。一体、復旧までにはどれだけの時間がかかるのか、まずは水が引くのを待つのみと語るのが精いっぱいという表情でした。

     また、地元で堤防の維持管理をされている方に話を伺うと、川をずっと見てきた経験からすると、上流で500mm雨が降ると危ないという話はしていたそうです。
    「かつて、群馬の水上で大雨が降った時には、利根川が氾濫。合流する鬼怒川は氾濫することはなかったが、合流地点から上流へ鬼怒川が逆流した。それから、那須塩原で大雨だった時には、現地からさらに北の那珂川が氾濫。下流のひたちなかが大きな被害を受けた。それやこれやを考えると、上流の日光あたりで大雨が降れば危ないよなぁという話はしていたんだ」

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    TVで救出劇が生中継された白い家と、その左に男性が救出までしがみついていた電信柱。
    このような被害を二度と出さないために、先入観を捨てて考える必要がある。

     上流の山々の保水力が細っていること、想像を絶する豪雨が降るようになったこと、さらに、その豪雨が日をまたいで降り続くこと。それら、気候や環境の変化がこうした新しい形での水害を生み出しています。去年広島の土砂災害の現場を取材した時にも実感したんですが、災害の方が先に行ってしまっていて、従来の形の治水・防災・都市計画が全く追いついていないことがこういった広範な被害につながったと思います。

     上流側でさらなる砂防ダムや貯水ダムの必要があるのかもしれません。あるいは、山林の整備を通じて山全体の保水力を高める努力をする必要があるのかもしれません。下流側でいくつも放水路を整備したり、一時貯水池を作るなどして水はけを良くすることが必要なのかもしれません。これらの施策はいずれも、ここ20年、税金の無駄遣いだ!と忌み嫌われ続けてきた『公共事業』です。
     しかし、現場でこの被害を目の当たりにすると思います。『公共事業』というだけで無駄と決めつけてきたことが果たして正しかったのか?気候・環境の変化に、我々の考え方も変えていかなくてはならない時期にきたのかもしれません。
  • 2015年09月07日

    防災取材メモ

     先週の土曜日、恵比寿ガーデンプレイスで行われた公開生放送の特別番組、『ラジオで安心 みんなの防災2015』。お越しいただいた方、聞いてくださった方、どうもありがとうございました。

     私は番組内で中継レポートと、取材レポートを担当しました。取材レポートで取り上げたのは、警視庁の警備犬についてと、小さな子供を抱えるご家族がどういう防災をすべきなのかという2つ。警備犬については、都内多摩地域某所にある訓練施設に伺って、訓練指導を行っている警備部の山川警部の説明を受けながら見学してきました。

     警察には大きく分けて2つのジャンルの警察犬がいます。現場の遺留物の匂いを嗅いでそれを追跡する「捜査犬」と、犯人の制圧や爆発物の捜索などを行う「警備犬」です。それぞれ向いている性格が違うそうで、細かな匂いを嗅ぎ分ける捜査犬は細かい性格の方が向き、犯人に向かっていくこともある警備犬は明るい性格、やんちゃな性格の方が合うそうです。今回はその中でも、「警備犬」を取材してきました。

     警備犬の役割は大きく3つあって、先ほど挙げた「爆発物の捜索」「犯人の制圧」に加えて、「災害救助」も入ります。これら3つの異なる任務をこなすことができるということを勘案し、犬種は「ジャーマンシェパード」と「ラブラドールレトリバー」が選ばれています。基本的には一頭の警備犬に対し、その訓練士であり相棒にあたる「ハンドラー」が一人、就くそうで、このペアは警備犬が引退するまで解消されることはないとのこと。まさに一蓮托生の関係ということで、それゆえ最初は泊まり込んで24時間一緒にいて関係を作るそうです。

     私も犬を飼っていますので、訓練の様子を見ていて感嘆しました。常に訓練士の左側を歩くだけでも「ウチのとは違うな~」と思いながら見ていたんですが、訓練士と犬の間が開いてもリモートコントロールが効くというのに驚きました。
     20~30m先にいる犬に「待て!」と声を掛けるとじっとしています。そして、指示を与えると犬は右に左に走りだし、一本橋を渡ったり、戻り、訓練士の前を通ってそのまま反対側に行き...。まさに自由自在。
     さらに、爆発物の捜索訓練、災害救助で要救助者をがれきの中から探す訓練なども見せてもらいましたが、それらの任務を首輪を変えることで認識すると聞いてまたビックリ!災害救助の時には鈴のついた首輪をつけるんですが、つけるともうスイッチが変わるんだそうです。
     匂いを頼りに人を探す。そのため、風を読んで風下から犬を放つ。すると、ものの20秒くらいで見つけ出します。犬の嗅覚は人間の5000倍。その能力をまざまざと見せつけられました。

     この取材では警備犬の能力に驚きまくりだったんですが、最も驚いたのがこちらの写真です。
    警備犬取材.jpg

     まず犬はハシゴを上りません!こういった下が中空で見えるようなものは嫌いなはずなんです。ウチの犬なんて、側溝のグレーチングやスノコも苦手で飛び越えますからね。その上さらに、猫のように幅5センチほどの塀の上を歩いてUターンまでしてくるんですね。
     これ、一つ一つ訓練士がここに足を置くんだよ、次はここだよと教え込んであげるそうです。時々失敗して塀から落ちてしまうこともあるそうなんですが、大事なのはその時に失敗したまま終わらせないこと。必ず成功するまで続けて、成功体験を持たせるんだそうです。でないと、塀を見ると苦手意識で逃げてしまうようになる。災害救助の現場では不得意な分野があってはならない。ん~、なんだか子育てにも通じる話だなぁと感心してしまいました。

     もう一つ取材したのが、「子連れ防災」。NPO法人「ママ・プラグ」が企画した「子連れ防災手帖」という本をもとにレポートしました。この本は、東日本大震災が発生した時に、小学生以下の子を持つお母さんが、どう過ごし、何に悩み、何に苦しんだか。
    812人のいわゆる「被災ママ」の体験と教訓をまとめた本なんですが、私にとっては目からうろこの話ばかり。というのも、自分が現在乳飲み子を育てているということが大きいんですが、特に発災後数日の体験は非常に勉強になりました。たとえば、

    ・二歳の子供が乾パンを食べてくれない。緊急時で気が動転していて、「ふやかして食べさせる」という事すら思いつかない。
    ・粉ミルクを溶かそうにも、お湯が無いから、常温の水でなんとか溶かした。
    ・母乳で育てていたが、ストレスで母乳が出なくなった
    ・避難所で、小さい子供が泣いたりすると、居づらくなる。結局、半壊状態でも自宅に戻らざるをえない。
    ・子供が、人形を使って「地震ごっこ」をしているのを見て、こっちがパニックになり、どうしていいか分からなかった。

     この最後の例では、子供にとっては「地震ごっこ」をするというのも気持ちの整理をつけていく上である程度自然なこと。「やめなさい!」と怒ることなく、そういうものなんだと受け入れられる気持ちの余裕が必要だということです。問題は、それを被災直後の精神状態の中でできるかということ。突然そういった事態に直面しても対応できない。そこで「こうしたことがあるよ」というのを本で読んで追体験しておくことが重要なんだそうです。

    ママ防災写真.jpg
    これらの本は、アクティブ防災のHP(http://www.active-bousai.com/)で購入可能です。

     たしかに、普段の生活では気づかないことばかりでした。歩けない乳飲み子を抱えていてはっと気づかされたのは、被災直後はベビーカーNGということ。少し考えればガレキが散乱していて使えないというのは考え付くんですが、普段使っているとその便利さを優先してしまいますよね。子供を連れていると荷物が増える。避難するときも重い子供や荷物を乗せたくなります。ところが、震災の現場では出したはいいけれどすぐ使えないことに気付いたという声が多かったそうです。だから、防災キットの中に抱っこひもは必ず入れておいた方がいい。少し歩ける2歳児3歳児でも、足場が悪いことが多いから結局抱っこすることが多い。油断せずに、多少子供が大きくても抱っこひもは必要なんだそうです。

     以上、犬と子供、ほとんど自分の興味で取材に行ったかのような防災レポートでしたが、やっぱり感じたのは「考えておくこと」の大切さです。番組の中でも辛坊治郎さんが強調していらっしゃいましたが、シミュレーションをしておくかしないかで身の振り方が全く違う。大げさに言えば、生死を分ける可能性すらある。身を守るために、一人一人がシミュレーションをしておかなくてはいけませんね。
  • 2015年09月01日

    安保法制が戦争の歯止めになる

     現在国会で審議中の安全保障関連法案について反対の集会が国会前で行われました。主催者発表12万人、警察発表3万人。数字の話はさておき、沢山の人が集まり反対の声を挙げたことが、特にリベラル寄りのメディアでは大きく報道されていました。

    『安保法案反対、全国で一斉抗議 国会前でも廃案訴え』(8月30日 朝日新聞)http://goo.gl/RrnkVd
    <参院で審議中の安全保障関連法案に反対する市民による抗議行動が30日、東京・永田町の国会議事堂前や周辺を埋めた。主催者発表によると、参加者は12万人で、安保法案をめぐる抗議行動では最大。参加者が歩道からあふれて、警察側が車道を開放した。市民らは国会議事堂を真正面に見据えた車道に帯のように広がり、雨の中、「戦争法案廃案」「安倍政権退陣」と叫び続けた。>

     今まで戦争に巻き込まれずに済んできた日本が、この法律が通ると戦争に参加するようになる。「戦争法案」とまで言われているわけですが、むしろこの法案が戦争に巻き込まれることへの歯止めとなる可能性があることは知られていません。
     この法案を「戦争法案」と呼ぶのであれば、既存の法体系に戦争に巻き込まれることへの厳格な歯止めがあることが大前提となりますが、果たしてそうなんでしょうか?過去の国会での質問主意書には、どうやら現行の法体系では理論上何でもできるような答弁がありました。

    『海上自衛隊の護衛艦が米国の空母「キティホーク」及び強襲揚陸艦「エセックス」に対して行った護衛活動等に関する質問主意書』(衆議院HP)http://goo.gl/BpCSla
    『衆議院議員赤嶺政賢君外一名提出海上自衛隊の護衛艦が米国の空母「キティホーク」及び強襲揚陸艦「エセックス」に対して行った護衛活動等に関する質問に対する答弁書』(衆議院HP)http://goo.gl/52SVJZ

     まず前提として、質問主意書とは委員会での質問の機会がなかったり少なかったりする議員が政府側に文書で回答を求めるもの。そして、この答弁は閣議決定を必要とするものですので、その当時の政府の公式見解ということになります。すなわち、公文書です。

     この質問主意書は、9.11同時多発テロを受けて横須賀にいた米空母「キティホーク」および米強襲揚陸艦「エセックス」をペルシャ湾等に向けて出撃させるときに、海上自衛隊の護衛艦がこれら米艦艇に随伴、警戒監視に当たったことについて質問しています。まず、この随伴が警戒監視であったということは、当時の防衛庁長官(奇しくも中谷元氏!)が国会答弁で認めていることを引いています。その上で、この随伴が日本の領海のみならず、公海上にまで及んでいた場合、集団的自衛権の行使に当たるのではないか?という懸念から出た質問でしたが、これについて答弁では、

    <当時の国際情勢を踏まえ、公海上を含む我が国周辺の海空域について、所要の警戒監視活動を行ったものであり、アメリカ合衆国(以下「合衆国」という。)海軍の空母等の「警備、護衛活動」を行ったとの御指摘は当たらない。>

    としています。つまり、この警戒監視は公海上にまで及んでいたことを認めているのです。そして、この法的根拠として政府は防衛庁設置法第五条第十八号(当時)「所掌事務の遂行に必要な調査及び研究を行うこと」を挙げていますが、なぜこの随伴に同条が根拠となるかについて、

    <国民の権利義務にかかわらない事実行為であって、強制力の行使を伴うようなものではない行為については、自衛隊も、防衛庁設置法(昭和二十九年法律第百六十四号)を根拠にこれを行うことができると解しているところである。>

    としています。この当時は幸いなことに米艦艇や海自の護衛艦に対する攻撃はありませんでしたので問題になりませんでしたが、もしこの時に米艦艇への攻撃があり、それを海自・米艦艇一体で対応、反撃した場合、国際法上はどこをどう見ても集団的自衛権の行使です。というか、警戒監視をしている時点で集団的自衛権を行使して抑止力を作り出しているといってもいいと思います。すなわち、事実上の集団的自衛権の行使と言える行動を、防衛庁設置法の「調査・研究」という項目を使って無理矢理行っていたのです。これを拡大解釈と言わずして何と言いましょう。

     今回の安全保障法制案は、こうした無理を重ねた現行法をいくらか現実に近づけたものにすぎません。反対派は「歯止めがなくなる」といいますが、この「調査・研究」を使えば現行法でもやろうと思えばいくらでもできたわけです。同じ答弁書で、この「調査・研究」の地理的な概念について、

    <同号(筆者注:防衛庁設置法第五条第十八号)に規定する「所掌事務の遂行に必要な調査及び研究を行うこと」は必ずしも我が国の領域内に限られるものではないと解している。>

    と回答しています。
     すなわち、法律の立てつけとしては同じような米艦艇の警戒監視を日本近海ではなくペルシャ湾やインド洋で行ったとしても、この「調査・研究」は十分法的根拠になり得るということを示しています。もちろん、今まで事例もありませんし、そんなことは世論が許しませんが、法律論としてはあり得るという話です。
     ちなみに、この質問主意書、および答弁書が出された後、防衛庁は防衛省に昇格。防衛庁設置法も防衛省設置法に変わりましたが、この「調査・研究」に関しては同法第四条第十八号にしっかりと引き継がれています。

    ※参考 防衛相設置法 http://goo.gl/N2R43Q
    <第四条十八号 所掌事務の遂行に必要な調査及び研究を行うこと。>

     政府組織、官僚組織は法律がなければ1ミリも動きません。逆に言えば、法律さえあれば、法的根拠さえあればいかようにも動けるということもできます。そして、現行法にはそういった法律上の隙間が存在するのです。

     今回の安保法制案はこのような法律の抜け穴をある程度ふさごうという意志を感じます。集団的自衛権行使については存立危機事態にならなければ行使できない、原則国会での事前承認などの歯止めが明確になっており、「調査・研究」という逃げ道を少しふさぐものです。
     これが戦争法案でしょうか?
     私には、戦争を防ぐための法案、戦争に巻き込まれないための法案であるように見えるんですが...。
書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

■Twitter
「飯田浩司そこまで言うか!」

■会員制ファンクラブ(CAMPFIREファンクラブ)
「飯田浩司そこまで言うか!ONLINE」

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