• 2017年04月19日

    日銀審議委員人事

     ザ・ボイスでも水曜日に何度もコメンテーターとして出演したくださった、三菱UFJリサーチ&コンサルティングの上席主任研究員、片岡剛士さんが日本銀行の審議委員の後任に推されました。国会での同意人事ですから、まだ確定ではなく政府側から後任に充てるという人事案が提出された段階ですが、衆参両院ともに与党が過半数を占めていますからほぼ当確ということでしょう。

    『日銀審議委員 強まる積極緩和色 全審議委員、黒田体制下就任に』(4月19日 毎日新聞)https://goo.gl/Zd7Smn
    <政府は18日、日銀審議委員に、三菱UFJリサーチ&コンサルティング上席主任研究員の片岡剛士氏と、三菱東京UFJ銀行取締役の鈴木人司氏を充てる人事案を国会に提示した。7月23日に任期切れを迎える木内登英氏と佐藤健裕氏の後任となる。木内、佐藤両氏が現行政策に反対票を投じてきたのに対し、片岡氏は大規模な量的緩和を支持する「リフレ派」の論客で、政策委員の積極緩和色が強まりそうだ。>

     片岡さんが就任すれば新日銀法下で最年少となるということも含めて、各紙大きく報じていますが、どちらかといえば批判的な報道の方が多いようです。特に、金融緩和に否定的な各メディアの経済部発の記事ではその傾向が見られます。

    『審議委員にまたリフレ派=メガバンク枠も復活-日銀』(4月18日 時事通信)https://goo.gl/EQz79c
    <エコノミスト出身の木内登英、佐藤健裕両審議委員が7月に任期満了を迎えるのに伴う後任人事案として政府が18日、衆参両院に提示した。木内、佐藤両委員は大規模緩和に反対してきただけに、市場機能低下など緩和の副作用をめぐる議論の形骸化も進みそうだ。>

     他の各紙・局も似たり寄ったりで、議論がなくなる、賛成一色にといった表現が見られます。しかしながら、実際に何度も片岡さんと仕事をしてきた身としては、決して片岡さんは日銀執行部に対して"賛成一色"だったわけではありません。むしろ、物価上昇率が誘導目標に届いていない今、さらに緩和を進める必要を訴えていました。
     もう一段の金融緩和を行うことで、失業率をもう一段低減させ、構造失業率(自然失業率)に到達。同じ賃金ではもうこれ以上1人も雇うことはできない(募集をしても人が集まらない)という状況になれば、企業側は賃金を上げざるを得ず、結果そこから好循環が生まれるという主張です。

     また、去年9月に「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」、いわゆる「イールドカーブ・コントロール」という新しい枠組みを打ち出した際には、今後は財政出動の重要性が高まるという話もしていました。イールドカーブ・コントロールにより長期金利が固定されるとなれば、市場に国債が足らなくなると日銀は手元の国債を売って金利の下落を防ぐ必要が出てきます。逆に、市場に国債が潤沢にあれば、日銀は国債を買い入れて金利の上昇を食い止める必要が出るわけです。手元の国債を売るというオペレーションは、逆に言えば市中の円を吸い上げる行為ですから引き締め政策となります。一方、国債買い入れは今日銀が行っているような量的金融緩和で、市中に円を供給するわけです。
     従って、イールドカーブ・コントロール下では、日銀が引き締めに転じるか緩和を拡大するかは市場への国債の供給量次第で変わります。そして、国債を市場に供給するのは、日本政府。ですから、国債を発行して使う財政出動の重要性が死活的に高まるという主張をしてきたわけです。

     さらに、先日私もこのブログに書きましたが、実は安倍政権が緊縮財政を敷いているという隠れた事実を決算における政府支出の推移から指摘していました。政権を獲得した2013年こそ拡張しましたが、その後は少しずつ総支出が減り続けています。この間、社会保障関連支出は増え続けていることを考えると、需要喚起のための支出については全体の支出減以上に緊縮になっているのは明白。これらの問題を解決し景気を好循環に持って行くためには、金融政策と財政政策のポリシーミックスをやるしかない。これがアベノミクスの再起動だと主張されていました。
     このところ現状維持をくり返し、ぬるま湯の経済状況に甘んじてきた日銀政策委員会に風穴を開けてくれることを期待したいと思います。もちろん、ぬるま湯であっても水風呂だった白川総裁下の日銀よりはよほどマシですが、まだまだやれることがあることを考えると、片岡新審議委員は責任重大です。

     日銀が政府の財政政策まで影響を及ぼすことはなかなか権限上難しいというか、ほぼできないわけですが、まったく手がないというわけではありません。まさにアベノミクスが始動した2013年の初め、政府と日銀は共同声明を発表し、金融・財政政策の連携強化を発表しました。政府・日銀のアコードと呼ばれたものです。

    『政府・日本銀行の共同声明』(平成25年1月22日 日銀HP)https://goo.gl/K1OETL

     この中で日銀は物価安定の目標を前年比2%上昇と定義し、<上記の物価安定の目標の下、金融緩和を推進し、これをできるだけ早期に実現することを目指す。>としているのに対し、政府側には具体的な財政政策の方策や数値目標を設けていません。財政政策を匂わす記述は、<我が国経済の再生のため、機動的なマクロ経済政策運営に努めるとともに>というあたりのみ。しかしそれとて、<政府は、日本銀行との連携強化にあたり、財政運営に対する信認を確保する観点から、持続可能な財政構造を確立するための取組を着実に推進する。>という縛りを設けています。
     すなわち、財政健全化が第一にあって、その範囲内であれば財政政策も可能としか書いていないわけです。もちろん、当時の政治状況を考えれば翌年4月に予定されていた消費税増税を前に、財政健全化を前面に打ち出さなくてはいけない事情がありました。そして、その後の経済低迷はご存知の通りです。

     そこから、ようやくぬるま湯レベルにまで温まってきた日本経済。足元の政治状況も変わったわけですから、こうした金融緩和偏重の政府・日銀アコードを見直し、本当にデフレから脱却する決意を明らかにするアコードに改訂する必要があるのではないでしょうか?審議委員が出来ることは限られるかもしれませんが、片岡さんに期待したいと思います。
  • 2017年04月10日

    アベノミクス景気

     先週木曜、景気動向指数の発表を前に日本経済新聞が景気拡大が続き戦後3位になるという記事を一面トップで出しました。

    『アベノミクス景気、戦後3位の52カ月 実感乏しい回復』(4月6日 日本経済新聞)https://goo.gl/mNBU16
    <2012年12月に始まった「アベノミクス景気」が、1990年前後のバブル経済期を抜いて戦後3番目の長さになった。世界経済の金融危機からの回復に歩調を合わせ、円安による企業の収益増や公共事業が景気を支えている。ただ、過去の回復局面と比べると内外需の伸びは弱い。雇用環境は良くても賃金の伸びは限られ、「低温」の回復は実感が乏しい。>

    たしかに、翌日の7日に発表された景気動向指数の2月の速報値では、基調判断は「改善」となっていました。

    『景気動向指数 平成29(2017)年2月分(速報)の概要』(内閣府HP)https://goo.gl/xIlPkA
    <② 一致指数の基調判断
    景気動向指数(CI一致指数)は、改善を示している。>

     これ自体は喜ばしいニュースで、まだまだ実感には乏しいものの、先行きが明かるいのであればいいことです。個人的には、2014年4月の消費税増税後の反動を景気後退としていないのはちょっと疑問があるのですが...。日経の記事の中にあるグラフでも、消費税増税以降、多少の上がり下がりはあっても去年の後半までは緩やかな下落傾向にありますからね。ここ3~4か月の回復期というのは、本来であればアベノミクス第2期の拡大期といった方がいい気がします。もっとも、「消費税増税があっても景気は拡大し続けていますよ」というイメージを作った方が、2019年10月に予定されている(といわれている)8%から10%への消費税増税がやりやすくなるという意図も透けて見えますから、財政再建派としてはそう言うしかないのでしょう。こうした消費税増税に向けたイメージ作りの一環か、上記日経の記事の中にはさらに誤解を生みそうで看過できない表現がありました。

    <「アベノミクス景気」を象徴するのが公共投資だ。東日本大震災からの復興予算や相次ぐ経済対策で、回復の期間中に1割ほど増えた。小泉政権の予算削減で3割減った00年代とは対照的だ。>

     輸出の伸びや個人消費の伸び悩みについては記事中にグラフを示していますが、この公共投資に関しては<東日本大震災からの復興予算や相次ぐ経済対策>としか書かれておらず、エビデンスが一切ありません。関連記事も読んでみましたが、これといった根拠を見つけることはできませんでした。

     たしかに、予算ベースで見れば、公共事業関係費という予算項目は一見すると増えているように見えます。

    『日本の公共事業関係費の推移(単位:兆円)』(経済評論家三橋貴明氏ブログより)https://goo.gl/B8eNEP

     ただ、三橋氏も指摘している通り、増えているといってもピークである1998年の14.9兆円と比較すると半分以下。それも、当初予算と補正予算を合わせてもそれくらいにしかなりません。日経の記事にある通り景気拡大の期間中で1割増となっていますが、スタートの2012年に補正予算でドンと積み増したあと、2013年、2014年と少しずつ減らしています。その後、消費税増税の影響で景気が腰折れした後にようやく漸増して1割増まで来たというわけです。決して、アベノミクスは公共事業頼りというわけではなく、むしろ景気を浮揚させるためには力不足だったのではないかという批判すら出来るほどです。
     さらに、実際に幾ら使われたかが分かる決算ベースで見ればその傾向は顕著です。あまり注目されませんが、財務省のホームページでは予算だけでなく、決算についても公開されています。2016年度については終わったばかりですのでまだ公開されていませんが、2015年度(平成27年度)までは公開されています。アベノミクスが始まったのは2012年12月とされていますから、その前後の対比として2011年度(平成23年度)から各年度決算の公共事業関係費についての部分を順にあげておきますと、

    『平成27年度 公共事業関係費』(財務省HP)https://goo.gl/VJSnWd
    『平成26年度 公共事業関係費』(財務省HP)https://goo.gl/QIuE0s
    『平成25年度 公共事業関係費』(財務省HP)https://goo.gl/X3VhQf
    『平成24年度 公共事業関係費』(財務省HP)https://goo.gl/XPJ8ur
    『平成23年度 公共事業関係費』(財務省HP)https://goo.gl/Nnd0zE

    その中で、支出済歳出額の推移を見てみると、(100億円以下四捨五入)
    2011年度(平成23年度) 5.9兆
    2012年度(平成24年度) 5.8兆
    2013年度(平成25年度) 8.0兆
    2014年度(平成26年度) 7.3兆
    2015年度(平成27年度) 6.3兆

     予算ベースと違って2013年度の方が伸びているのは、2012年度補正予算で編成されたものの執行できずに繰り越した額がおよそ3.8兆円に上ったからでしょう。その後、2014年度、2015年度と決算ベースでも公共事業関係費が削られているのが良く分かります。これらを総合すると、アベノミクス初期のいわゆる15か月予算によって増額されて以降、予算ベースでも決算ベースでも公共事業関係費は減少傾向にあるということです。
     これを見て、どうして<「アベノミクス景気」を象徴するのが公共投資だ。>なんて記事が書けるんでしょうか?「アベノミクス=財政出動過多⇒財政の危機をもたらす」というイメージを植え付けたいんでしょうか?データを見れば実はそれは逆で、むしろ財政出動が足りない分だけ緩やかな景気回復、実感なき回復にとどまっているのではないでしょうか。
     自戒も込め、イメージではなくファクトに当たる努力がマスメディアには必要であるとつくづく思います。
  • 2017年04月04日

    失業率2.8% 好循環へあと一歩

     韓国の前大統領逮捕や新年度開始などのニュースであまり大きくは報じられませんでしたが、2月の完全失業率が発表されました。季節調整済みの値で前月比0.2ポイントの改善、2.8%となり、ついに3%の壁を突破しました。

    『労働力調査 結果の概要』(総務省統計局 3月31日)https://goo.gl/KCy22w

     これについて各紙報じておりますが、その扱いの違いに各紙のスタンスが見えるようで面白いですね。この調査結果が発表されたのが31日金曜日の朝。従って、詳しい分析記事ではなく事実のみを伝えるのであれば、その日の夕刊に十分間に合います。夕刊に載せたのが、毎日と読売。一方、東京版では夕刊のない産経と、朝日、日経は翌日朝刊で詳しく載せていました。

    『正社員増、賃金は伸び悩む 2月失業率2.8%、22年ぶり低水準』(4月1日 朝日新聞)https://goo.gl/LNVm2b

    『失業率22年ぶり2%、物価上昇続くも家計支出は低迷 2月経済統計』(4月1日 産経新聞)https://goo.gl/JF4iOU
    <2月の経済統計が31日、出そろった。完全失業率が平成6年12月以来、22年2カ月ぶりに2%台に改善、全国消費者物価指数も1年10カ月ぶりの水準に上昇した。ただ、雇用の回復は非正規が中心で、原油高要因を除く物価の基調は弱い。家計支出の低迷は続いており、賃金上昇を伴わない「悪い物価上昇」が常態化する懸念も高まる。>

    『雇用逼迫、成長の壁に 失業率22年ぶり低水準』(3月31日 日本経済新聞)https://goo.gl/rSqLWh
    <労働需給が一段と逼迫してきた。2月の完全失業率は2.8%まで下がり、有効求人倍率も四半世紀ぶりの高水準だ。深刻な人手不足で中小企業を軸に賃上げ圧力が強いものの、非正規増加や将来不安で消費には点火しない。雇用改善は所得増や物価上昇を通じて成長を加速させるはずだが、人口減に突入した日本経済では労働供給の制約が「成長の壁」になっている。>

     各紙、失業率が低下しても問題があるというスタンスです。曰く、賃金が伸びていない、非正規雇用が多い、家計の消費が伸びていないのに物価が上昇している、企業の成長を下押ししているなどなど...。
     まず、産経が主張する"家計の消費が伸びていないのに物価が上昇している"という主張は、2月の消費者物価指数を見てみると実態がわかります。2月は総合指数で前年同月比0.3%の上昇。コアCPIと言われる生鮮食品を除く総合でプラス0.2%、コアコアといわれる生鮮食品およびエネルギーを除く総合で0.1%の上昇にとどまっています。その上、総合指数を月次で見ると、2016年11月がプラス0.5%、12月0.3%、1月0.4%...。
     産経は生鮮食品を除くコアの数字でみると、11月-0.4→12月-0.2→1月0.1→1月0.2とだんだんと物価が上昇しているので、このまま物価が上昇していく危機感からそうした記事になったのかもしれません。ただ、コアの数字ではエネルギー価格の影響を受けるので、産油国の減産協調が行われて原油価格が上昇し、その影響で若干持ち上がっている可能性があります。しかしながら、それでもわずか0.2%の上昇。各国は2%台の上昇で議論している最中に、"悪い物価上昇"を心配するのは少し早い気がします。

     次に、賃金の伸びが鈍いという指摘や非正規雇用が多いというのも、データ上は確かに正しいでしょう。ただ、その1か月前までは春闘に際し、"官制春闘"と批判してきたのに、賃金が伸び悩んでいるではないか!と批判するのは正直「どの口が言う!?」と思ってしまいます。
     そもそも、就業していなかった人がいきなり正社員というよりは入り口として非正規雇用に就くというケースは容易に想定できます。それであれば、先に失業率が改善し、賃金の改善は遅れてついてくるというのも理屈として成立するのではないでしょうか?今賃金が上昇していないから悪い人手不足だと批判するのは性急に過ぎると思います。

     また、企業の成長を下押ししているという批判は少し論理がずれてはいないでしょうか。この日経の記事によれば、①人手不足でサービスの供給ができない機会損失と、②人手不足にも関わらず賃上げが加速せず、個人消費が上向かないため販売価格を上げられずコストを吸収しきれないという2つの理由で企業の成長を下押ししているそうです。
     ①について例示されているのは外食産業の24時間営業や深夜営業の取りやめや物流業界の人手不足。これなどは、まさにブラック企業、ブラック職場と批判されてきた部分。今まではそれでも求職者が多かったために、入れ代わり立ち代わり志願者が出てきて成り立ってきましたが、もはやそれが成り立たなくなったということ。今までデフレで失業率も高く、一方で賃金が抑制されてきたので何とかなりましたが、それが何とかならなくなったということでしょう。それ自体は日本の雇用環境がようやく正常化してきたということなのではないでしょうか。
     また、②については賃上げされていないことだけが果たして消費低迷の理由なのか?日経の記事の書きぶりでは、賃金上昇は中小企業中心で、中小企業は大手に比べて賃金の伸びも大きくないので個人消費を上向かせるには弱いといいます。が、消費の冷え込みは消費増税前の駆け込み需要の反動減から今だに立ち直れていないという指摘もあります。なぜなら、消費税は8%に上がったままなので可処分所得を下押しする圧力は増税後変わっていません。賃金上昇がなければ、消費税の分だけ個人消費が下押しされてしまいます。それゆえ、経済成長が重要で、成長した分だけ賃上げすることが重要です。"官製春闘"と批判されようとも経済界に賃上げを要請し続けたのは、好循環への最後の1ピースという認識があったからに他なりません。

     それ以上に私が心配なのは、この失業率減少の中身と、失業率現象の捉え方です。冒頭に挙げた総務省統計局の結果概要の中に産業別就業者の推移のグラフがあります。これによると、ここ2年間の各月の就業者の増減でほぼ毎月のようにプラスだったのは医療・福祉関係と卸売・小売・宿泊・飲食を除くサービス業。これが他の業種にまで広がっていかなくては、賃金上昇の範囲も広がりません。特に医療・福祉は行政側の関与が大きく、人手不足があっても市場原理で賃金上昇が起こりづらいことが指摘されている業種です。

     また、これが一番重要なのですが、日銀の金融緩和や政府の財政出動への影響です。アメリカのFRBやヨーロッパのECBなど先進各国・地域の中央銀行の中には、物価の安定だけでなく失業率を政策目標に置くところもあります。たとえばアメリカのFRBは先月利上げをした理由の一つに失業率が低減し、ほぼ完全雇用にあるということも挙げていました。これにならって、我が国でも失業率が減少したのだから金融緩和はもうやめるべきだ!あるいは財政出動して景気を下支えする必要などない!とする意見が出てくるかもしれません。
     しかし、まだ賃金が上昇していませんし、なによりGDP成長が"緩やか"以外の何物でもなく、まだ完全に景気が回復したとは言えない状況です。ここで手を緩めてしまっては、この20年何度も経験したのと同じ、いいところまで言ったけど結局デフレから脱却できないということになってしまいます。いい加減歴史に学びましょう。
     飛行機は離陸可能な速度になってもエンジンを緩めたりはしません。そんなことしたら離陸できなくなってしまう。むしろここでふかしていくことで、ようやくデフレからの脱却が可能となると思います。
  • 2017年03月27日

    果たして受け止めきれるのか...?

     先週のこのブログで、アメリカ・ティラーソン国務長官のアジア歴訪が意味するものについて考えました。その後、ある防衛関係者と話す機会がありました。直前までアメリカのシンクタンクに出向し帰国したばかりというこの人物は、日本とアメリカの報道の違いについて驚いたそうです。曰く、アメリカで国際ニュースというと、かつては一に中東、二に欧州、三四がなくて五にアジアという感じだったのが、ここ最近はトップか2番手でアジア、それも北朝鮮についてが報じられていた。それが、帰国してみると国内ニュース、特に森友学園問題と築地市場の豊洲移転問題に終始している。北朝鮮情勢は日本の方が身近なはずなのに驚いたとのことでした。

     さて、距離的にも近いだけに、朝鮮半島有事となれば様々な対応が必要で、だからこそ今議論すべきことも多岐に渡ります。先週は在留邦人の脱出について書きましたが、朝鮮半島から脱出してくるのは邦人だけに限りません。当然、南北朝鮮からの難民についても考えなくてはなりません。あまり報道されていませんが、これについては直近の国会でも議論されていて、今月9日の参議院・内閣委員会で和田政宗議員が質問しています。

    <和田議員:こうした事態(筆者注:朝鮮半島有事で難民が海を渡ってくるような事態)が起きた場合、どのような対応計画になっているでしょうか?
    警察庁松本警備局長:ご指摘のような事態が発生いたしまして、我が国に大量の避難民が流入した場合でございますが、基本的には関係機関が役割を分担いたしまして、まずは漂着した人たちの身柄の保護、そして、その人たちへ水や食糧の支給、さらに、上陸の手続き、そして収容施設を設置し、またそれを運営すると、そういった手順により対応を進めることになると想定しております。警察といたしましても、このような対応の各段階に置きまして、たとえばですが、避難民の滞在する施設の警備、また、避難民が起こす不測の事態への対応、避難民の人たちの輸送の支援などに当たることになると考えております。>

     この答弁で分かる通り、避難民対応に関してはすべきことは政府内で明確になっているようです。問題は、数。この内閣委員会の答弁では、"大量の"という表現でしたが、これがいったいどれだけの数になるのか?もちろん、有事の規模によっても変わってくるものですから一概に言えるものではありません。ですが、かつて何度か「10万人~15万人の難民が流入すると日本政府が分析している」と報じられています。

    『韓半島有事なら「北難民15万人が日本流入」...韓国在住米日民間人撤収計画も』(中央日報 2007年1月6日)https://goo.gl/AaDXNE

    『新戦略を求めて 21世紀の安全保障Ⅱ 周辺事態対応に不審と期待』(朝日新聞 2007年4月17日)https://goo.gl/By5xI8
    <日本政府は03年ごろ、「10万~15万人が日本上陸」と試算したことがある。>

     この数字はどうやら北朝鮮からの難民の数を試算したもののようですが、これに対する備えが出来ているのか?1994年の北朝鮮核開発疑惑の時には詳細な検討がなされたことがその後の報道に出てきています。

    『北朝鮮難民対策 「日本は大混乱になる」 官僚、強い危機感/政府マル秘文書(読売新聞朝刊 2003年1月4日)』(日本財団図書館HP)https://goo.gl/pmbxgV
    <〈帰還事業により、北朝鮮には約九万三千人の在日朝鮮人と家族がいた。死亡者を差し引いても、二世、三世を加えると、日本人を含む北朝鮮帰還関連者は少なく見積もっても十万人と推定され、これに近い数が避難民として到来する可能性が高い〉
     そしてこう結論付けた。
     〈法治国家の建前からすれば現行法の枠内で対応すべきではあるが、大量の避難民を不法入国者として身柄を拘束し、一時庇護(ひご)上陸の許可を与えることは、当局の陣容、施設をもってしては到底不可能である。当初は超法規的に事実上、上陸させる〉>

     現下の想定される朝鮮半島有事の際には、ここにさらに韓国在留の外国人(日本人を含む)や韓国からの難民も押し寄せて来るでしょう。アメリカとその友好国国籍の避難人数の試算については記事がありました。

    『避難対象の民間人は22万人、在韓米軍の韓半島有事の疎開計画が明かに』(東亜日報 2012年5月21日)https://goo.gl/SNvG3P
    <北朝鮮が全面的な南侵攻撃に出るなどの有事の際、在韓米軍は韓国に滞在している米国と友好国の市民22万人を即時避難させる計画を持っていることが明かになった。>

     これだけで押し寄せる避難民数は30万人~40万人に膨れ上がります。ここに韓国からの難民が押し寄せれば、50万を超える規模を一時的にせよ日本は受け入れる必要が出てくるわけです。50万人というと、栃木県宇都宮市や愛媛県松山市といった県庁所在地クラスの規模。政府内ではある程度対応プランはあるんでしょうが、これだけの人数が入ってくれば生活環境が一変することがあるかもしれません。それに対して国民レベルで受け止めるだけの意識醸成が出来ているとは到底思えません。上記内閣委員会での答弁でも、時間の関係もありさらなる突っ込んだ議論にはならないまま終わってしまいました。

    最後に、かつて朝鮮戦争の時に韓国からの難民にどう対応したのかを紹介します。

    『NIDSコメンタリー第32号』(防衛研究所HP)https://goo.gl/2ebg9X
    <さらに、朝鮮戦争では、米国人や日本人の避難の問題とは別に、韓国人の避難も課題になった。第一に、戦乱を逃れた密航者が増加、距離的に近い壱岐、対馬、北九州、関門、日本海側の各地域が上陸地となった。検挙者数は、2772 人(1950 年)、4425 人(1951 年)であったが、逃亡などを含めると実際の数はさらに多かったと思われる。その要因は、戦乱回避、徴兵拒否、生活苦などのほか、特殊な任務を帯びて密入国するケースも見られたと言う。検挙された密航者の多くは、長崎県の外務省大村入国者収容所に収容され、のちに強制送還されたのである。>

     今も入国者収容所はありますが、全国に2か所(大村と牛久)。50万という膨大な難民を受け入れるには規模が小さすぎます。東日本大震災時も仮設住宅を発災2か月で3万戸整備することが目標に掲げられましたが、実際には2万7千戸あまりでした。あの4畳半2部屋の仮設に5人ずつ詰め込んでも、ざっくり試算して2か月で15万人...。仮に日本列島が無傷であったとしても、この難民対応にリソースを取られてしまうと経済的なダメージを受けるでしょう。何しろ、対応を迫られる規模が東日本大震災時以上になる可能性があるのです。今の日本経済の余裕のなさで受け止めきれるのか?難しいとすれば、第三国に出国させるのか?しかし、それでは国際的な非難を浴びるかもしれません。ならば、今から少しずつでも準備をしておくのか?それを決められるのは、主権者国民。および、その主権の束を背負った国会議員だと思うのですが...。
  • 2017年03月22日

    安全への退避

     あまり話題になりませんでしたが、アメリカのティラーソン国務長官が来日しました。今回の来日は、日・韓・中の順の東アジア歴訪の最初の訪問地としての来日でしたが、就任したばかりということで"顔見世"的な訪問ではないかとも言われていました。ところが、

    『北朝鮮政策見直しへ連携=米国務長官「20年間失敗」-安倍首相らと会談』(3月16日 時事通信)https://goo.gl/eD1ku3
    <安倍晋三首相は16日、ティラーソン米国務長官と首相官邸で約1時間会談し、日米同盟を不断に強化していく方針を確認した。トランプ米政権が進める対北朝鮮政策の見直しについては、日米間で綿密に擦り合わせ、戦略目標を共有することで合意。これに関し、同長官は岸田文雄外相との共同記者会見で「(米国の政策は)過去20年間、失敗したアプローチを取ってきた」と指摘した。>

     見出しにもありますが、北朝鮮政策について、<トランプ政権が軍事力行使を含む「全ての選択肢がテーブル上にある」との姿勢で政策を見直していることを説明>しています。その上で、今までの20年間の対北朝鮮政策を全否定しているわけなのです。新政権の発足直後だから前政権の政策を否定するのならわかりますが、過去20年の中には現トランプ政権と同じ共和党政権(子ブッシュ政権)もあるわけです。
    それも含めて否定してかかり、かつ軍事力行使も否定しないということは、並々ならぬ決意を感じられるわけですね。

     さらに、今回の国務長官来日の直前、東アジア・太平洋担当の国務次官補を長く務めていたダニエル・ラッセル氏が辞任しました。

    『ラッセル米国務次官補が辞任 シンクタンクへ転出』(3月3日 日本経済新聞)https://goo.gl/9lrKaW
    <米国務省は2日、日本を含め東アジア・太平洋担当の国務次官補を3年半にわたって務めたダニエル・ラッセル氏が8日付で辞任し、ニューヨーク拠点の米シンクタンクに転出すると発表した。>
    <ラッセル氏は国務省日本部長や国家安全保障会議(NSC)アジア上級部長を歴任。次官補在任中にはオバマ前大統領の広島訪問に尽力し、今年2月にドイツで開かれた日米韓外相会談にも出席した。>

     トランプ政権ではほとんどの幹部官僚は辞任している中、このラッセル氏は例外的にオバマ政権からトランプ政権発足後も次官補にとどまっていました。それだけでなく、大統領選の最中の去年10月12日には「核兵器攻撃能力を持った瞬間に金正恩氏は死ぬ」と発言。

    『米次官補「核兵器攻撃能力を持った瞬間に金正恩氏は死ぬ」』(10月14日 朝鮮日報)https://goo.gl/0spvNI
    <米国務省のラッセル次官補(東アジア・太平洋担当)は12日(現地時間)「(朝鮮労働党の)金正恩(キム・ジョンウン)委員長は今後核攻撃を敢行できるほどの力を持つようになるかもしれないが、そうなれば彼はすぐ死ぬだろう」と述べた。>

    その上、トランプ氏の大統領選当選後、12月に訪日した際には、「トランプ政権になったら金正恩政権の転覆もオプションの一つになる」と日本政府側に通告しています。そのラッセル氏がティラーソン氏の東アジア歴訪の直前に辞任。引き継ぎに時間がかかったともいわれますが、だとすれば何を引き継ぐのに時間がかかっていたのか?外交筋は、一部報道にあるような斬首作戦(金正恩暗殺作戦)の具体的なプランを作成し、その一定のメドが立ったので辞任したのではないかと言います。

     このように、アメリカの北朝鮮政策における軍事オプションの可能性が増してきているというサインが様々な形で明らかになっているわけですね。要人の発言のみならず、具体的な訓練の形でも明らかになっていて、その一つが在韓米軍の家族の退避訓練です。

    『在韓米軍、沖縄へ家族脱出の避難訓練 北朝鮮の侵攻に備え』(1月4日 CNN)https://goo.gl/2NuxZI
    <韓国・ソウルにある龍山米軍基地。冷たい冬空の下、家族連れが集まって雑談したりコーヒーで体を温めたりしている。北朝鮮が韓国に侵攻した事態を想定しての避難訓練とは思えない光景だ。>

     この避難訓練自体は年に2回行われている恒例のものですが、沖縄まで到達するものは2010年以来。この2010年は延坪島砲撃事件が起こった年。それ以来の避難訓練ということで、その緊迫度が伝わってきます。アメリカは朝鮮半島有事が起こった場合の避難対象民間人の数を22万人と想定し、非戦闘員疎開作戦(NEO)という具体的なオペレーションに落とし込んでいます。この避難訓練も、NEOの訓練の一部なのです。在韓米軍は、在留アメリカ人向けに資料もホームページ上で公開しています。

    『NONCOMBATANT EVACUATION OPERATIONS』(米陸軍第2歩兵師団HP)https://goo.gl/gT8lNs

     アメリカの場合は韓国各地にも米軍基地がありますから、それを活用しながら安全な南部に逃がし、その後日本などのより安全な退避地に送り込みます。防衛関係者に取材をすると、非公開ですが、具体的な航空機の数や使用する施設なども細かく決められているようです。ベトナム戦争時のヤンゴン(当時)からの退避などを見ていると、多少の混乱はあれど細かな手順を事前に決め、それを非戦闘員も含めて周知していたことが分かります。

     一方、我が国はどうなのか?在韓国日本大使館とソウル・ジャパン・クラブが「安全マニュアル」を出しています。

    『安全マニュアル』(在大韓民国日本国大使館HP)https://goo.gl/B7FNfa

     この29ページによれば、外務省から渡航中止勧告が出た時点でそれぞれ独自の判断で退避が始まります。この時点では、基本的に定期便の席を各自で確保する形の退避となるようです。
     その後、退避勧告が出ると定期便以外のチャーター便などの確保の努力を大使館がするとあります。さらに、空港閉鎖の場合には、自宅・待避所で待機、そして後方の安全地域への避難となりますが、<他に手段がなくなった場合、集団を形成して自力避難(車両等による集団車列又は徒歩)をせざるを得ない場合もあります。>との記述があります。
     要するに、空港が閉鎖される前に何とか脱出しない限り、生命の危険を冒して自力避難せざるを得なくなる可能性があるわけです。

     かつて、イラン・イラク戦争当時のイランの首都テヘランで、邦人が民間航空機の席が取れずに取り残されるということが起こりました。当時テヘランには日本の航空会社の定期便が就航しておらず、他国の航空便は当然その国の国民を優先しますから、日本人は後回しになってしまっていたんですね。それを救ったのは、トルコ航空のチャーター便でした。およそ100年前のエルトゥールル号沈没事故でトルコ人の犠牲者が手厚く葬られ、生存者には手厚い保護を受けた恩を返してくれたんですね。

    『なぜ、日本は救援機を出さなかったか?その真実を知る』(特定NPO法人「エルトゥールルが世界を救う」HP)https://goo.gl/zJERWr

     隣国であり、かつ定期便も数多く就航している韓国では、危機においてもギリギリまで日本の航空会社が退避便を飛ばすでしょう。また、当時と違い今は政府専用機がありますから、これも使うことが可能でしょう。
     しかし、上記記事を読むと、これが30年経った今でも再び起こることはないと断言できるでしょうか?果たして日本にNEOがあるのか?あったとして、それが有事の際にきちんと機能してくれるのか?そのための訓練をしているのか?韓国にいる在留邦人は3万8千人余り。有事の際にその生命を守る態勢にあるのか?そろそろ、国会でこうした議論をしなくてはならない局面に差し掛かっているように思うのですが...。
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飯田浩司

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