• 2017年09月11日

    小田急線車両火災事故の教訓

     猛火が吹き上がるボクシングジム。その炎が目の前に停車した列車の屋根に燃え移るという衝撃的な映像が、週末のニュースを席巻しました。

    『小田急小田原線の沿線で火事 一時車両に燃え移る』(9月10日 NHK)https://goo.gl/81f389
    <10日夕方、東京・渋谷区の小田急小田原線の沿線にある3階建ての建物から出火し、一時、火が電車の屋根に燃え移りました。乗客は線路を歩いて避難し、警察によりますと、けが人などはなかったということです。>

     今日(11日)までに様々な報道がなされていて、現場でどんなことが起こっていたのかがわかってきました。
     まず、昨日(10日)午後4時ごろ、小田急小田原線の代々木八幡・参宮橋間で沿線火災が発生。通報を受けて現場に駆け付けた消防は、炎の勢いが強いということもあり、線路側からも消火活動したいということで、現場の消防から警察に要請。警察は付近の踏切にある列車非常停止装置を作動させ、現場付近での列車の往来を停止させ、安全に消火活動ができるように措置しました。
     しかし、そこに問題が生じました。折悪く、その時、小田急小田原線の各駅停車新宿行き(8両編成)がちょうど現場付近を通りかかり、現場の目の前で非常停止してしまったのです。炎の勢いは強く、列車の前から2両目の屋根に燃え移りました。火災を確認した運転士は列車の移動を試みますが、現場消防士は一刻も早く列車を停止させ、乗客を避難させるべきだと判断。列車は直後に停車し、乗客避難を開始。およそ30分後に全員の避難が完了したということでした。

     ここで大方が疑問に思うのが、どうして火災現場の目の前に列車が停止したのかということ。緊急停止といっても、現場を通り過ぎてから止まればいいではないか!という意見が出ても仕方がないところです。
     しかしながら、これはシステム上非常に難しい。一度止まらねばならないのです。というのは、今回非常停止ボタンが押されたのが、新宿行きの列車からすると現場の先の踏切でした。通常、踏切の非常停止ボタンは踏切上で何か問題が起きた時に押されるもので、その際の列車の適切な運行は踏切に進入せずに止まること。そもそも、非常停止ボタンが押されると、非常ブレーキが作動し、ほぼ自動的に列車が止まります。今回も、そのシステムに従って列車が停止したのでした。

     有事の際にはまず列車を止めろということが、今の鉄道マンには叩き込まれています。かつて、軽微な脱線事故の後に、後続列車を止めることができずに大惨事を招いた例は枚挙にいとまがありません。悪名高い三河島事故や鶴見事故といった多重鉄道事故は、まず脱線した列車に後続列車が停止できずに突っ込み大惨事を招きました。その後、列車自動停止装置(ATS)が整備され、異常が発報された場合には付近を通過する列車は即座に停止するようなシステムが構築されました。

     一方、列車が火災になっているのにどうしてそこにずっととどまったのか?もっと早く、炎が燃え移る前に移動できなかったのか?という疑問もあります。これに対しては、結論から言えば運転士は精一杯仕事をしたのではないかと私は思います。前述のとおり、運転士としては踏切で何らかの異常があったことを真っ先に疑いますので、その分時間がかかったようです。

    『現場に8分、延焼招く=緊急停止、運行再開で―小田急線火災・警視庁』(9月11日 時事通信)https://goo.gl/g5S6cU
    <運転士は当初、踏切に異常があったと思い、降車して確認に向かったところ、近くの建物から火が出ていることに気付いた。急いで安全な場所に電車を動かそうとしたが、非常ボタンを解除し、司令所から運転再開の許可を得るまでに約8分を要した。
     この間に建物から2両目の屋根に火が燃え移ったが、電車は火が付いたまま前進。消防隊員の指摘で初めて屋根が燃えていることを知り、約120メートル進んだところで再び止めて乗客を避難させたという。
     小田急電鉄は「安全確認の必要もあり、この程度の時間は必要だ」としている。>

     非常停止ボタンが押されて付近の列車の走行が止められている場合、列車を動かすには運行指令の許可が必要です。そして、許可された場合も、徐行で注意しながらの走行になります。一旦停止した後に動き出した際にも、遅いじゃないか!こんな非常時に徐行しているな!といった批判もあるのですが、これも元々の規定通りの行動であったわけです。

     ということで、既存の安全装置は設計通りに作動したのに、乗客がリスクにさらされ、車両の屋根の部分に火災が燃え移ってしまいました。これは何とかしなくてはいけません。火災の際にどうすべきなのか?そして、マニュアルをどこまで尊重するべきなのか?
     鉄道火災でマニュアルを無視し、結果的に乗客の命を救った例としては、特急日本海の北陸トンネル火災があります。1969年(昭和44年)、13キロ以上に及ぶ長大な北陸トンネルを通過中の特急日本海で火災が発生しました。当時の国鉄のマニュアルではトンネル火災の際は速やかに現場で停止すべしとなっていましたが、乗員の咄嗟の判断で火災車両を連れたままトンネルを脱出。その後火災を処置したため、けが人を出さずに済みました。
     一方、その後1972年(昭和47年)11月6日、同じように食堂車から出火した急行きたぐにはマニュアル通りにトンネル内で停止しました。ところが、老朽化した車両で燃えやすかったということもあり、延焼。死者30名を出す大惨事となりました。死因の多くは一酸化炭素中毒。マニュアルに従ってトンネル内で停止したことで、煙に巻かれ惨事が拡大してしまったわけです。

     今回の小田急線の事案に照らせば、最善は非常停止システムに抗ってでも列車を通過させてしまえばよかったわけですが、システム上それはできません。非常ブレーキが自動で作動し、列車は停止してしまうわけですから。特急日本海の事例のようなマニュアル無視は初めから無理なわけです。そういった例外を許すと、例えば踏切で立ち往生した車両があったときに列車が冒進してしまってかえってリスクが高まります。
     ということで、現場の人員の判断に頼るのではなく、システムをどう改善するのかに焦点は絞られます。
     次善の策としては、沿線火災の際は今回のように踏切の非常停止ボタンを押すのではなく警察・消防と鉄道会社が連絡を取って列車の往来を停止させる仕組みを構築することが求められます。列車を止めて消火活動の支障にならないようにすれば目的は達成されるわけですから。問題は、警察・消防と各鉄道会社との間に一つ一つホットラインを構築する必要があるわけで、時間がかかりそうなことでしょうか。
     あるいは、現場の警察や消防に、左右を見て列車がいないことを確認してから非常停止ボタンを押すように訓練することも代替策でしょう。ただ、一刻を争う火災の時にそうした冷静な判断ができるかが疑問です。システムを改善するのに、そのキモの部分を属人的にしてしまうのは不安が残ります。
     また、列車にも無線送受信機を積んでいますから、緊急の際に共通周波数帯の緊急チャンネルを設定することも考えられるかもしれません。ただし、これは列車の運行を指示する主体が火災現場の対策本部と運行指令の2系統になるので、それはそれで問題が生じる可能性があります。
     ここまで検討してきて可能性が高いのは、警察・消防と鉄道会社のホットライン構築でしょうか?いずれにせよ、今回の事案は既存の安全装置の盲点を突いた事故。警察・消防・鉄道の早急な対応を期待します。
  • 2017年09月07日

    危急の邦人保護議論

     今年に入ってから、このブログでは何度か朝鮮半島情勢に絡んで在留邦人の保護について書いてきました。有事が起こる、あるいは起こりそうになった時に、いかにして非戦闘員の邦人を安全・確実に朝鮮半島から離脱させるかという話です。

    『安全への退避』(3月22日)http://www.1242.com/blog/iida/2017/03/22214125.html
    『果たして受け止めきれるのか...?』(3月27日)http://www.1242.com/blog/iida/2017/03/27222616.html
    『国民保護のあり方について』(6月12日)http://www.1242.com/blog/iida/2017/06/12215508.html

     8月末の弾道ミサイル発射に続き、9月3日日曜日には6度目の核実験を行った北朝鮮。継ぎ早に緊張を高めてきていて、危機の度合いは深まるばかり。朝鮮半島からの邦人退避を議論する必要性は、時を追うごとに高まっています。核実験直後の日本経済新聞紙面には、政府も対応策を練っていることが報じられました。

    『在韓邦人保護、備え急ぐ 政府、退避所を確保』(9月5日 日本経済新聞)https://goo.gl/w2eAZk
    <日本政府は4日、北朝鮮の核実験で朝鮮半島情勢が緊迫化していることを受け、6万人近い在韓邦人の退避を想定した議論を加速させる。邦人が自助努力で民間の航空機などにより退避してもらうのが基本方針だが、万が一に備え、韓国政府や米軍との協議を急ぐ。日本政府関係者によると現時点で韓国内の退避所を邦人が使用することについて調整がついた。>

     有事が差し迫った際に一体どのように政府が動くのか、出来ることと出来ないことは何なのか、かなり突っ込んだ記事になっています。私個人としては政府ができないことが多すぎるようにも思いますが、それも含めてこれから大いに議論すればいいと思っていました。実際、この記事は英語版のthe Nikkei Asian Reviewにも掲載され、海外では大きな反響をもって受け止められています。この記事を引いて、世界の有力メディアも記事を書きました。

    『「日本が在韓邦人の大規模退避を検討」と中国メディア、中国ネットの反応は?』(9月5日 Record China)https://goo.gl/ubtZHB

    『Japan is reportedly drafting a plan to get its citizens out of South Korea』(現地時間9月4日 CNBC)https://goo.gl/Egi46B

     海外でもこれだけの反響があったので国内でも議論になることを期待しましたが、これの後を追うような記事もなく、残念ながら野党議員の不倫疑惑の陰に隠れてしまいました。海外メディアがこれだけ反応したというのは、それだけ危機感をもって朝鮮半島情勢を見つめている証拠であり、ようやく日本も動いた!ということにニューズバリューを見出したということに他なりません。何かが起こる前に備えておく重要性は古今東西を問いません。なぜ、当事者であるこの国でだけ議論にならないのか、非常に危機感を覚えます。

     上記日経の記事にもありますが、残念ながら基本的に韓国にいる邦人は自助努力で民航機に乗って避難する以外に方法がありません。これだけ近いんだから、いざとなったらいくらでもチャーター機を飛ばして避難が可能だというのは平時の話にすぎません。有事になれば空港は閉鎖されて、避難所への退避、あるいは徒歩で南下し船での避難という方法になるので、その前までに大部分の邦人を脱出させる必要があります。では、北朝鮮が空域封鎖や攻撃を予告するといった"準有事"となったらどうでしょう。このタイミングが最も想定される避難タイミングで、一刻も早く避難しなければいけませんが、チャーター機をバンバン飛ばすことが可能なのか?現地側の受け入れ態勢の問題以前に、日本から航空機を飛ばす場合、だれが運用するのか?という問題もあります。
     ある航空関係者にこうしたときのシミュレーションを聞いたことがあるのですが、
    「そうしたリスクのあるフライトになったら、おそらく労働組合はノーと言うでしょう。そうなれば、会社としても無理強いすることはできません。ストの時と同様、管理職によるフライトとなるわけですが、それもどれだけの志願者が集まるか...。こればかりは聞いてみなければわかりません」
    と話していました。

     民航機がダメなら政府専用機があるではないか!という意見もあります。今運用している政府専用機は、ボーイング747-400、ジャンボジェットを元にしています。見た目はジャンボジェットですから旅客機そのものですが、操縦しているのは航空自衛官で、機体の所属も航空自衛隊。したがって、基本的にはこの政府専用機の運用も韓国内における自衛隊の活動の中に括られますから、事前の韓国政府の許可が必要になるわけですね。憲法の上に"国民情緒法"があると言われているこの国で、しかもこの情緒に常に寄り添う姿勢を示している大統領の元で許可が下りるのか...。客観的に考えて、難しいと思わざるを得ません。

     では、海外の民航機を使えば?という声もあります。これは、過去にこのブログでも引いたイラン・イラク戦争でのテヘラン封鎖の事例が非常に参考になります。あの時は最終的にトルコ航空機が在留邦人を救ってくれたわけですが、そこに至るまでに幾多の国や航空会社に断られ、その間にそれだけ状況が急速に悪化していったか。迅速、確実に邦人の避難を行うには、他人に頼っていてはいけないのです。まさに、これこそ日本国の"自助努力"が求められているのです。
     豪雨や地震などの自然災害の時にはあれだけ「不要不急の外出を避けて!」「早めの避難を!」と呼びかける我が国のメディアです。今こそ同じことを言うべきタイミングなのではないでしょうか?
  • 2017年08月28日

    増税反対は社会保障タダ乗りだって!?

     予定通りだと2019年の10月に消費税が8%から10%に値上げされます。前2回の増税延期の判断の時期を考えると、今回も増税の可否を判断するのはおよそ1年前の2018年10月。従って、今、2017年の8月9月というのは、増税可否の判断の1年前。増税の可否の判断には、足元の経済状況に加えて世論の雰囲気も重要になります。特に、過去2度増税のタイミングを袖にされている増税派にとっては、増税容認の世論を徐々に作っていくためには、ここら辺から本腰を入れていかなくてはいけません。

     ということで、財政規律の面や社会保障の持続性の面、はたまた借金はいけませんという倫理的な面からも「増税すべきすべきすべき!!!」という記事が増えておりますが、今朝の日経新聞には驚きました。3面の「エコノフォーカス」というコーナーで、増税見送りは高齢者を忖度しすぎた結果で、むしろ増税を回避して社会保障を充実してほしいという「ただ乗り」の若者を許してきたという、にわかには信じがたい記事が登場したのです。

    『忖度しすぎ?シルバー民主主義 負担増受け入れる素地』(8月28日 日本経済新聞)https://goo.gl/TqKVpd
    <年金は少しでも多く、医療・介護や税の負担は少しでも小さく――。若者に比べて高齢者を優遇する「シルバー民主主義」政策が財政を悪化させてきた。お年寄りがこれからますます増えるなか、目先の痛みを強いる財政再建など、とても支持を得られない。だがこうした常識を覆す研究が出てきた。諦めるのはまだ早い。>

     この記事はウェブ上では有料会員のみが閲覧可能なもので、リード文のみでは中身はわかりませんのでざっと要約しますと、
    「投票率の高い高齢者に配慮して、社会保障は充実する一方増税を見送ってきたわけだが、実は高齢者は社会保障が充実するのならば増税を受け入れる用意がある。問題は、若い世代が増税せずに社会保障を充実させるという『ただ乗り』が最も支持を得ていることにある。若者の理解が課題だ」
    というところでしょうか。実はこの記事は、記事の中にも登場する慶応大学の鶴光太郎教授らの研究をベースにしていています。

    『財政「タダ乗り」政策に問題』(経済産業研究所HP)https://goo.gl/qOXUVI

     鶴教授が経済産業研究所のプロジェクトの一環として、社会保障の給付負担に対する選択を決定する要因について行ったの独自調査がこの論文の下半分に載っています。増税のありなしと社会保障の拡大縮小で4つの組み合わせを作り、それぞれ「増税○社会保障拡大=大きな政府」、「増税○社会保障縮小=持続性重視」、「増税×社会保障縮小=小さな政府」、「増税○社会保障拡大=ただ乗り(フリーライダー)」と分類しています。その上で、個人の属性や意識がどんな影響を与えるのかを調べると、

    <教育水準や時間当たり所得水準が低い人ほど、増税せずに社会保障の拡大を求める「フリーライダー派」になりやすい。
     また、個人の意識に着目すると(1)政府や他人への信頼が低い(2)年金の不正受給、無賃乗車、脱税、収賄、ごみのポイ捨て、盗難品購入などの行為を間違いとする公共心が低い(図参照)(3)政府への依存が強く、市場経済に懐疑的、といった特徴を持つ人ほど「フリーライダー派」になりやすいことが分かった。>

     これはそっくりそのまま日経の記事にも書かれているわけですが、日経記事は上記の要約にも書いた通り、世代間での違いも加味しているので非常にタチが悪くなっています。
     すなわち、高齢者は"日本の財政状況"(=このままいけば借金が増えて破たんする!)を良く分かっているので実は増税に賛成だが、若者は不勉強で良く分かっていないから、増税もせずに社会保障を拡大できるという"お花畑"のような考えができるのだ。それが証拠に、教育水準が低かったり、所得水準が低い人ほどタダ乗り派だし、公共心の低い人ほどタダ乗り派だ。まったく、最近の若い者は!!!
     日経の主な読者層を考えれば、持てる高齢者。この記事の若者バッシングでさぞや溜飲を下げたことでしょう。

     しかしながら、溜飲が下がったところで問題は解決しません。結局、この記事の結論は分かっていない若者を説得しようというところに落ち着きます。実際、"物わかりの良い"若者の中には、増税の変形の「こども保険」などと言って覚えの目出度い人たちもいるわけで、こうした説得もある程度は成功しているのでしょう。
     ただ、大多数の若い世代はすでにある様々な負担や、デフレ時代を引きずった低賃金労働に今なおあえいでいます。ようやく経済が上向いてきたのに、ここでまた消費増税で好機をつぶそうとする流れに乗るはずがありません。
     その上、上記の調査も日経記事も、経済成長によって財政再建を目指すことに過度に懐疑的です。日経記事では、わざわざ脇に囲みの解説記事風にこんな記事を配していました。

    『財政再建、成長頼み限界 増税・歳出減が不可避』(8月28日 日本経済新聞)https://goo.gl/3z8NXt
    <日本で財政悪化に対する危機感が高まりにくいのは、日銀の金融政策によって長期金利が低く抑えられているためだ。安倍政権は消費増税を2回先送りし、経済成長による債務残高の国内総生産(GDP)比の改善を優先する。しかし痛みを避けた財政再建など、夢物語だ。>

     夢物語だと批判していますが、その夢物語の中身は、名目2%程度の経済成長です。これを記事では、2000年以降の日本の成長率の平均は0.2%なのだから、その10倍の成長など無理だとしています。しかし、2000年以降はデフレまっただ中。その上、2009年のリーマンショックもその中に入っています。数々の経済失政の結果が0.2%なのであって、これを打破しようというのがアベノミクスの特に第1の矢と第2の矢だったのではなかったでしょうか?
     日本以外の先進国は1%台後半から2%台とほぼ達成できている水準。日本でも、アベノミクス初期の2013年度は実質2.6%成長していました。翌2014年度はマイナス0.5%ですが、これは消費税増税が効いていることが明らかです。何のことはない、一度達成したことのある水準なのですから、これのどこが夢物語なのでしょうか...?

     上記、経済産業研究所の論文はこう締めくくられています。
    <ポピュリスムが世界を席巻する今だからこそ「フリーランチ(タダ飯)などない」という大原則の再確認と、様々な秩序や制度の維持のためのちょっとした「やせ我慢」が我々に求められている。>

     増税に賛成しないのは公共心が低く、教育水準が低く、給与水準が低い若者。物の分かった知識人の嗜みとして増税には賛成しなければならない。
    そんな空気に流されてはいけません。「やせ我慢」どころか、生まれてこの方、大変な我慢をすでに20年以上してきたはずです。
  • 2017年08月26日

    民進党代表選の経済政策議論

     蓮舫代表の辞任に伴う民進党の代表選が告示され、前原誠司元外相と枝野幸男前幹事長が立候補を届け出ました。野党共闘の是非と並んでこの代表選の争点と言われているのが経済政策。アベノミクスの対案としてどういったものを掲げるのかに注目が集まりますが、双方ともに分配面を強調。成長政策については多くを語りません。

    『民進党代表選 財源は...前原氏「増税」枝野氏「赤字国債」』(8月24日 毎日新聞)https://goo.gl/5fY3Xd
    <民進党代表選(9月1日投開票)で、前原誠司元外相(55)と枝野幸男前幹事長(53)がアベノミクスへの対抗策として掲げるのが、社会保障や福祉の充実による低所得層の底上げだ。共に個人消費を喚起して景気回復を狙う政策だ。ただ、年金安定化などに向け2019年10月に予定通り消費税率を10%に引き上げるべきだとする前原氏に対し、枝野氏は赤字国債発行による介護職員や保育士らの賃金底上げを主張。手法や財源に違いが出ている。>

     個人消費は日本のGDPの6割を占めると言われていますから、ここが伸びれば大きな経済成長が期待できます。それだけに一見するとまともなように見えますが、問題はそのカネをどこから持ってくるのか、およびどう使うつもりなのか?これが、それぞれに一長一短なんですね。
     上に挙げた毎日新聞が図にして示していますが、前原さんは消費増税を元にして、基礎年金の維持や給付付き税額控除を提示しています。一方の枝野さんは赤字国債を財源に、介護職員や保育士の賃金引き上げを目指しています。
     まずは財源についてですが、消費税の増税がどれだけ個人消費を冷え込ませるのかというのは、2014年4月に5%から8%に上げた後の後遺症がどれだけあったかを考えると背筋が凍るほどです。先日4月~6月のGDP速報値が発表されましたが、3年経ってようやく、個人消費が若干上向いてきました。それを、もう忘れてしまったのか?

     その上、所得税や法人税は累進課税性があるので、基本的には稼ぎが多くなるにしたがって納税額も増え、不景気になると稼ぎが悪くなるので納税額も抑えられます。一方の消費税は、消費に対して課税されます。食費が典型例ですが、不景気になったからと言って食費を完全にゼロには出来ません。他の費用を切り詰めることが出来ない余裕のない低所得層の方が相対的に負担率が高まるという逆進性が以前から指摘されています。
     今は日銀の金融緩和が効いていて長期金利が0%近傍に固定されています。その上、財政政策が言う程出ていませんから市場では国債が足らない状況です。枝野さんの言うように、赤字国債を財源として再分配政策を行う絶好機なのではないでしょうか。

     ただし、使い道の波及効果を考えると、これは前原さんの方がより効果がありそうです。給付付き税額控除は低所得層に広く効いていく政策です。所得税や住民税といった税金を値引きし、そもそも収入が少なく払っていなかったり、払っていても少額だった場合には、ゼロを超えた部分に関しては給付するという政策。低所得層は消費性向が高いので、給付したり控除しても預金に回るのではなく、その多くを消費します。すると、個人消費が動き出し、経済が押し上げられるという政策です。
     枝野さんの言う介護職員や保育士の賃金引上げはもちろん喫緊の課題ですが、これだけでは経済波及効果は小さい。枝野さんは1兆円規模と言っていますが、およそ520兆の日本のGDPと比較するとわずかおよそ0.2%弱に過ぎず、ごく小粒の経済対策と言わざるを得ません。

     私も火曜日に日本記者クラブで行われた討論会を見に行きましたが、どうもあまり成長についての話をしていない。その後の報道などを見ていても、あまり成長について言及する場面はありません。前原さんも枝野さんも、脱成長・格差是正の方向を向いているように感じます。したがって、金融緩和にも否定的でした。

    『前原・枝野氏「物価目標1%に」 民進代表選、アベノミクスに対案』(8月25日 日本経済新聞)https://goo.gl/6Tej5x
    <民進党代表選に立候補した前原誠司元外相と枝野幸男前幹事長が日銀の2%の物価目標の見直しを提案している。両氏は、安倍政権の経済政策「アベノミクス」の対案として社会保障を充実させ経済を底上げする考え方を提示。金融政策でも、アベノミクスの柱である金融緩和を批判し対立軸を打ち出す狙いがある。>

     前原氏は 「物価目標2%を中長期の目標に変えて、当面は1%を目指すことが現実的ではないか」と言及し、枝野氏も「まず1%を目指すのは一つの選択肢だ」と呼応しました。枝野氏は「インフレ目標を掲げても消費が変わらないのは証明された」とも主張していて、長期的には物価目標の撤回も視野に入れています。
     しかしながら、先日発表された4月~6月のGDP速報値では消費は伸びてきています。それだけでなく、雇用に関する指標、完全失業率や有効求人倍率はバブル期以来の非常に良好に推移しています。雇用に関しては、金融政策が有効に作用するということが知られています。アメリカの中央銀行、FRB(連邦準備制度理事会)では、物価上昇率と並んで失業率が政策目標とされているほどです。
     金融緩和を否定するということは、その果実も否定するということ。これは、"人を大事に"と主張する態度と果たして整合性はあるのでしょうか?一体どういったロジックなのか、残念ながら私の検索能力では見つけ出すことができませんでした。

     それに、「物価目標2%達成が出来なかったからアベノミクス失敗だ」といいますが、物価上昇率2%も最終的な目標ではなく、この水準まで行けば安定的に経済成長し、雇用も引き締まって売り手市場になり、結果として国民の生活が楽になるから、これを一つの目標としているに過ぎません。むしろ、経済成長して、雇用も改善して、賃金が少しずつ上がりだしたのに物価が上昇しないのであれば、これは理想的な経済状況とも言えるのではないでしょうか?もちろん、まだ経済成長がまだまだ半ばの状況だからこそ物価が上昇に至ってないわけですが、そうであれば「まだまだ足らない!もっと吹かせ!」と言うことがあれど、「目標を達成していないから全部やめ!」という結論が説得力を持ちうるのでしょうか?
     私にはそうは思えません。相変わらず、日本のリベラルはかなりユニークな経済観を元にしているようです。
  • 2017年08月14日

    先の大戦での海の男たち

     明日8月15日で、大東亜(太平洋)戦争が集結して72年となります。戦没者を追悼し、平和を祈念するこの日、日本武道館では政府主催の全国戦没者追悼式が行われます。正午には先の大戦へ思いをいたし、亡くなられた方に対し1分間の黙とうがあります。

     個人的な話ですが、母方の祖母が去年亡くなり、その遺品を整理している中で祖父が出征した際の戦記が出てきました。理系の学徒として兵に取られた祖父は、内地で教官として数学などを教えた後、戦況厳しいビルマ(現:ミャンマー)へと送られました。本当に、よくぞ戻ってきてくれたものだと思います。彼が戻らなければ、私はこの世にいなかったわけです。
     一方、父方の祖父は戦争についてあまり語りませんでしたが、赤紙一枚の工兵として満州に行っていたようです。その時に銃弾を浴びて負傷し変形した爪を見せてくれたことを覚えています。

     両祖父共に外地へと向かったのですが、任地まで運んだのが輸送船でした。輸送船を操っていたのは、軍属として徴用された船会社の社員やその後統合された船舶運営会の船員たち。海軍軍人ではありませんでした。
     彼らは戦線の拡大とともに輸送範囲を広げ、さらに戦況の悪化に伴って悲惨な運命をたどります。余り知られていませんが、その死亡率が陸軍20%、海軍16%に比べて何と43%。徴用された船員の実に半数近くが海に散って行ったのです。
     大戦初期には兵員や物資輸送で各地に向かい、各地から戦略物資を満載して日本本土へと向かった輸送船。当然、アメリカをはじめ連合国側はこのシーレーン攻撃に集中します。大東亜(太平洋)戦争では、開戦からわずか数時間で最初の撃沈船が生まれ、戦死者が発生しました。
     大戦中期以降は戦死による熟練船員の減少を補うために、各海員学校などで速成された14歳、15歳の少年船員も数多く徴用されました。十分な護衛も得られずに、易々と敵艦の餌食になり、14歳から19歳の少年船員1万9千人余を含む6万609人もの船員が犠牲となり、1万5518隻の船舶が撃沈されました。戦前、世界第3位の海運大国だった我が国は、その商用船舶の9割以上を消失、文字通り壊滅したのでした。
     これら、知られざる戦没船と殉職船員については、成山堂書店から『海なお深く―徴用された船員の悲劇―』という本が出ています。

    『海なお深く―徴用された船員の悲劇―』(成山堂書店)https://goo.gl/ZihPeq

     さて、戦前・戦中・戦後を通して船員を送り出し続けてきたのが海員学校。今は独立行政法人海技教育機構(JMETS)に統合され、机上、実技双方で未来の海運界を担う人材を育てています。私も何度も練習船や海技学校を取材していますが、彼ら実習生にとって一大関門となるのが遠洋航海。5隻の練習船がほとんど休みなく船員を育てているわけですが、そのうちの1隻、銀河丸が今月5日、横浜港新港5号岸壁からシンガポールへ向け出港しました。
     実習生164名を乗せて予定通り出港した銀河丸。出港早々台風5号の洗礼を浴びたということですが、それも実習のうち。実は彼らには、遠洋航海での所定の実習に加えて、今回特別な任務が与えられています。それが、先の大戦で犠牲となった戦没先輩船員への哀悼の意を表するとともに不戦の誓いを新たにする「船上慰霊式」。シンガポールまでの航海中に3か所の海域(いずれも南シナ海)で行うそうです。

    『練習船「銀河丸」が遠洋航海に出航しました』(JMETSホームページ)https://goo.gl/h7dvSx

     この「船上慰霊式」は(公財)日本殉職船員顕彰会と共同で行うもので、ご遺族から顕彰会に送られた手紙を預かり、献酒・献花とともに海上に手向けます。3度行う慰霊式は、第1回が11日(金)フィリピン西方海域、第2回が13日(日)ベトナム東方~南方海域、そして第3回が14日(月)マレーシア南東方海域でそれぞれ行われました。
     寄せられた手紙は合計51通。年配のご遺族の方からは「小さいうちに父を亡くしたのでこれまで父に手紙を書いたことが一度もなかったが、今回、初めて父に手紙を書く機会が得られて良かった。」といったの言葉も寄せられたそうです。殉職した船員の子どもの世代でも70代~80代なので、父へ宛てての手紙が多かったようですが、中には未亡人の方から顕彰会へ感謝の電話も寄せられたそうです。

    <この度はお世話になります。船長さんに伝えてほしいことがあります。
    「私は98 歳になりましたが、主人が戦死してからのこの70 年余りの間、ずっと南方の海に手紙
    を送りたいと思っていました。今回、その思いが叶い大変嬉しく思います。よろしくお願いい
    たします。」
    手紙には、
    「あなたに大変お世話になったこと感謝しています。あなたが一度目の遭難で無事に帰ってきて、
    再び海に出るときは、大変心配でした。それは、一度目の時に沢山の方が亡くなったのを知っ
    ていましたから。私はいま丈夫に暮らしています。いずれ、そちらでお会いできる日を楽しみ
    にしています。」と書いてありますとのことでした。>

     実習生たちが慰霊式を行う海は、南シナ海。今は平和な海ですが、年を追う毎にきな臭さが増す海域でもあります。今も昔も、日本にとって海運は生命線。しかしそれは、日本のみならず、中国も韓国も、アジア各国ともに変わりません。勇ましいことを言い、岩礁を埋め立てる前に、70年余り前にどんなことがあったのか?海の男たちがどういった運命をたどったのか?冷静に見つめられる日にしたいものです。

     銀河丸は17日にシンガポールに到着。22日にシンガポールを発ち、9月4日(月)に大阪港に到着する予定です。一路平安なる航海を祈ります。
プロフィール

飯田浩司

出演番組:
ザ・ボイス そこまで言うか
月~木 16:00~
辛坊治郎ズーム そこまで言うか
土 13:00~

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