2020年03月16日

福島の漁業・その後

 東日本大震災から9年、福島県浜通りを取材してきました。
 去年から今年にかけてはJR常磐線の全線開通やJヴィレッジのグランドオープン、オリンピックの聖火リレーのスタートが福島県浜通りに決まるなど明るい話題も豊富。のはずだったのですが、一連の新型コロナウイルス対応で人が集まるようなイベントが自粛を余儀なくされ、各地の追悼式典も中止や縮小が相次ぎました。
 3月11日当日を除くと、コロナに押されてあまり報道も多くなかった印象。ですが、一歩ずつ確実に復興しています。

 3月10日の放送では、拙著『「反権力」は正義ですか』(新潮新書)でも触れた福島の漁業のその後を追いました。2年前の2018年に県の水産試験場を取材したのですが、当時は庁舎の建て替え工事の真っ最中で、いわき市小名浜にあった仮庁舎にお邪魔しました。


 当時は、出荷制限を受けていた魚種が10種類程度あり、まずは全魚種出荷できるようにするのが大目標でした。
 福島県沖で獲れるほとんどの魚種が出荷制限をクリアしましたが、残った魚種の制限クリアが遅れたのには理由がありました。
 まず、それらの魚の多くは福島県沖ではほとんど掛からない魚だったこと。たまたまモニタリング時に掛かって検査した結果基準値を上回った場合、出荷制限魚種と認定されてしまいます。普段掛からない魚なので、次回試験操業時にも掛からずに、制限魚種のままリストに残ってしまいます。結果、消費者には「福島の海域では、まだ出荷制限が残っている!」という負のイメージが残り続けることになってしまいました。
 さらに、この出荷制限を解くには、同じ海域で獲らなければいけないという決まりもありました。魚はその性質にもよりますが、大海原を自由に泳ぎ回るものです。同じ魚種が同じところで掛かる保証はありません。その上、繰り返しになるが出荷制限がかかっていた魚の多くはそもそも福島沖ではあまりお目にかかれないような魚たち。
 メディアは出荷制限魚種がリストに残っていることを根拠に「復興はまだ道半ばです」とか、「原発事故の影響がまだ残っています」などと安易に結論付けてきましたが、その裏で福島の漁業関係者は、森の中である特定の葉っぱを一枚探すような、砂漠である特定の砂粒を探すような厳しい課題と戦っていたのでした。

 去年の7月、県の水産海洋研究センターがオープンしました。もともとあった県の水産試験場を改組し、新たな施設と新たな組織での再スタートです。
 水産試験場というと、魚の生態を解明することで水産資源の充実を図ったり、漁法の開発、養殖や畜養などの研究が主ですが、福島ではそこに放射性物質への対応や水産物の安全性を確保する研究拠点としての位置づけも付与されました。
 まさにその放射性物質への対応を最前線で行う放射能研究部の神山部長は、
「震災後、手探り状態の中、1から我々も学び、放射性物質への対応をしてきた。今まではまず基準値を超えていないかを測るところからだったが、より詳密な検査ができる機器を入れたことで、魚類の体内や海洋の中で放射性物質がどう動くかなど、より根源的な研究もできるようになった。また、飼育実験も行える施設もできた。大学など他の研究機関との連携も行っていきたい」
と、この新しい施設の意義を話してくれました。

 この9年で様々なことが分かってきたようで、その一つが魚の世代交代。前回の取材でも、海水魚はセシウムをため込まずに排出する性質があり、親から子へ放射性物質を受け渡すようなことはないということが分かったとこのブログにも記しましたが、9年たってほとんどの魚が震災後生まれとなったことも基準値超えがほとんど出なくなった要因の一つのようです。

 一方、現場ではその後も粘り強くモニタリング調査が続けられ、ついに先月25日、全魚種で出荷制限が解除となりました。最後まで残っていたコモンカスベ(エイの一種)は、県のモニタリング調査では国の基準である1キログラムあたり100ベクレルを下回り続けていたのですが、漁協の自主検査で去年の1月に100ベクレル超えが出たそうで、追加のモニタリングが続けられていました。
去年2月以降、1008の検体を調査し、うち1001検体で検出限界値未満、残り7匹も一番高い検体で17ベクレルと国の基準を大幅に下回ったので解除となりました。

 とはいえ、現在も県によるモニタリングと漁協が行う自主検査の2段構えで基準値超えの魚が市場に出回らないように厳しい検査体制を敷いています。
 自主検査を行っている場所の一つでもある小名浜魚市場も取材しました。市場を運営する小名浜機船底曳網漁協の中野聡さんは、
「国の基準の(1キログラムあたり)100ベクレルよりも厳しい50ベクレルを合格基準としてやっている。さらに、25ベクレルを超えてきた魚は県の施設で検体の精密検査をしてもらうという段取りを組んでやっている」
と説明してくれました。

 まさに、消費者の安心を勝ち取るために、現場としてできることは何でもやるという姿勢で必死に検査をしているのです。その姿勢は、生産したコメを全量全袋検査している福島の農業関係者の姿と重なりました。
「安全は科学的に証明できるが、安心は個々人の心の問題だから左右できない。こちらとしては、安全を数字で示すために何でもする」
と検査場で切々と私に訴えたコメの生産者の方々と目の前の中野さんの姿が重なって見えたのです。そのことを中野さんに話すと、
「でもね飯田さん。農業と漁業ではまた違った難しさがあるんですよ。我々はランダムにサンプリングで検査を行っている。もちろん統計的に有意な形で抜き取り検査をしているが、本当はコメみたいに全数検査したい。ただ、それをやっていたら魚はすべてダメになってしまうでしょ?農業は後追いできる。どこで誰がどんな環境で育てて、その結果としての放射線量まで紐づけできる。でも、魚はどこから来たかわからないでしょ?より難しいんですよ」

 しかし、だからといってあきらめるわけではありません。最後まで出荷制限を受けていたコモンカスベの対応こそ、福島の漁業関係者の姿勢の表れだと言います。
「基準値を超えたものは正直に出す。これに尽きる。正直に情報を出して、市場には出さない。」

何のために検査を行っているのかをしっかりと見据えて仕事をされているのを感じました。それは、食べる人の安全を守るということ。自分たちにとっては不都合な数字であっても、あるいはあればこそきちんと公表し、人々の口に入らないように迅速に対処する。この積み重ねによって、信頼を勝ち取っていくよりほかに方法はないと覚悟を決めています。

 それゆえ、いま最も心配されているのが根拠不明のデマの類です。
 この新型コロナウイルスの流行に伴って、マスクやトイレットペーパー、ティッシュペーパーなどの紙製品、果ては納豆まで買い占めが起こり、棚から物が消えたという現象が起こりました。需要が供給を超えたマスクはまだしも、トイレットペーパーやティッシュペーパーはその大部分が国内製造で中国で流行したから品薄になるようなものでもなく、また流通機能はマヒしたわけではないので待っていれば入荷するというのに、大騒ぎがなかなか収まりません。
 メーカーや流通業者、それに政府までが在庫は豊富にあり、あわてる必要はないと画像付きで訴えてもなかなか収束しないこの騒ぎを、福島の漁業関係者は息をひそめて見つめています。

 福島の海産物が科学的に安全であることは数字を見ればわかるし、市場に出ているものは厳しい基準をクリアしたもの。モニタリング調査の結果はホームページを見ればほぼリアルタイムに近い形で可及的速やかに載せている。
 福島第一原発の敷地内に貯められている処理水を適切に処理し、希釈して放出していも科学的には安全であると言える。
 論理では十分に説明がつくが、これだけ根拠不明のデマが出回る日本社会でふとした拍子にバッシングされたら取り返しがつかなくなってしまうのではないか...。

 福島の農林水産業を取材すると、結論はいつも同じになるのですが、科学的には安全であると数字が証明しています。その上で、安心は一人ひとりで違うものですから、誰々が言ってたからとか、テレビでやってたからではなく、まずは数字を見てご自身で判断いただければと思います。ホームページ上にモニタリング調査の数値がほぼリアルタイムに近い形でタイムラグなくアップされています。

書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

■Twitter
「飯田浩司そこまで言うか!」

■会員制ファンクラブ(CAMPFIREファンクラブ)
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