2020年04月02日

コロナ禍の裏で

 世の中、中国・武漢を発祥とする新型コロナウイルスの話題一色という感じになってきました。ニュース番組をやっていると当然この話題が中心で、それを2カ月も続けていると日常になりつつありますが、驚くのは普段ニュースをあまり見ない私の妻やバラエティー班のディレクターも時候の挨拶のようにコロナを話題にするようになったことです。
 それだけ世の中の関心がグッとこの新型ウイルスに寄ってきているということですが、そうなると新聞やテレビ、ラジオといったメディアの報道がそれ一色になり、普段であれば重要なニュースが思ったほど大きく報じられないという現象が起こります。新聞は紙面の大きさに限界がありますし、テレビ・ラジオも放送時間の制約がありますから仕方がないことなのですが、こういう時だからこそ冷静にニュースの大きさを判断したいものです。
 その意味で、むむっ!?っと思ったのがこちらのニュース。

<防衛省によると、30日午後8時半ごろ、屋久島の西約650キロの公海上で、海上自衛隊の護衛艦「しまかぜ」が中国籍の漁船「MINFVDINYU」と衝突した。しまかぜ側に人的被害はなく、漁船側にも行方不明者はいない。しまかぜは警戒監視任務中だった。>

 このニュース、見出しだけ見ると護衛艦が主語で相手が中国漁船。あたかも護衛艦が事故を起こしたかのようです。



 NHKも共同通信もそろって、しまかぜ「が」中国漁船「と」衝突したという見出し。では公式発表ではどういった表現だったかといえば、こうしたプレスリリースでした。


 細かな表現の違いを気にしすぎだと言われるかもしれませんが、護衛艦「と」中国漁船「が」衝突というリリース通りの表現が、とくに詳細が不明な第一報段階では適当な表現だったのではないでしょうか?拙著『「反権力」は正義ですか』でも引きましたが、1980年代から90年代までの何か、常に自衛隊は悪である、憲法違反なのであるという、昔からの価値観を引きづっているように思えてなりません。

 さて、今回の事案、どちらに責任があったのかというのは詳細が出てこなくてはわかりません。この件は、プレスリリースにもある通り東シナ海の公海上で起こったことです。となると、旗国主義に基づき、各々の船籍国の法律で裁くということになります。したがって、日本の海上保安庁が管轄権を持つのは護衛艦しまかぜのみ。中国漁船の乗組員を取り調べたり、漁船を操作したりすることはできません。
 ですが、今回は護衛艦側にも装甲に穴が開いたことが分かっています。
 問題はこの穴の位置です。今日、鹿児島に回航されたしまかぜを報じる記事の中に具体的な穴の場所がありました。

<東シナ海で中国の漁船と衝突した海上自衛隊の護衛艦「しまかぜ」が、鹿児島県の谷山港沖に移動しました。
 4月1日午前、鹿児島県の谷山港沖まで移動し、停泊した護衛艦「しまかぜ」。左舷の後ろ側には、ぶつかった衝撃でできた横1メートルほどの黒い亀裂が確認でき、海上保安庁の船が捜査のために近づいていきます。>

左舷後ろ側に傷跡が確認できる。ということは、漁船はしまかぜを右に見ながら衝突したことになります。さて、ここで海の交通法規の基本です。海の上ではどちら側通行でしょうか?

<海の海上法規の原則は次の二つです。
 「海の上では、右側通行」
 「動きやすい船が、動きにくい船を避ける」>

 そう、右側通行です。

 今回の事案の詳細は分かっていませんが、並走してぶつかればもっと横に長く亀裂ができるはずですから一般的には互いに横の方向を見て近づく場合になるでしょう。(十字に交差するイメージ)海上衝突予防法では、「他の船を右に見る船は、他の船の進路を避ける。」と定めています。
 漁船から見るとしまかぜは右手前方に位置していたはずです。そうなると、漁船側が右に舵を切るなり減速・停止するなりして回避行動をとらなくてはいけません。
 人や自動車以上にすぐに止まることができない船舶の場合は、双方で避けようとすると相手の動きを読み誤った場合かえって接近して危険になることがあります。ですから、一方に回避義務があり、他方はそのまま何もせずに通過するのもまたルールとなっているのです。

 また、漁船の大きさがほとんど報じられていないので確たることは言えませんが、報道によればこの漁船は乗組員が13名であるとのことです。一般的に10名程度の乗組員の漁船は100トンから200トンクラスと言われます。
 一方でしまかぜは基準排水量4650トン。20倍以上の差があるわけです。
 大きな船ほど急な動きはできないと言われます。ですから、この場合はやはり、漁船の側が避けることを求められるのです。

 かつて、プレジャーボートが瀬戸内海で護衛艦おおすみと衝突するという事故がありました。この時も報道は護衛艦の責任を追及するものばかりで、海のルールなどは全く無視するかのような報道がなされました。その時に、船舶免許を持つ知り合いなどに聞いたところ、
「あれだけの大型船と小型船じゃ運動性能が全然違うから、小回りのきく小型船が先に避けるのが海の常識だよ。第一、海の上であのプレジャーボートみたいな漁船から見たら、おおすみなんて『山』だよ。普通は恐くて近寄れないけどなぁ」
と言っていました。

 また、大型船と並走すると、自然と引き寄せられるということも言っていました。今回は左舷航法に衝突していますから、舵を右に切って回避行動をとったものの、護衛艦の後方ギリギリを狙った結果引き寄せられて衝突してしまったのかもしれません。
 ただ、瀬戸内海や東京湾といった地形的条件が厳しく、狭い海域ではなく、まさに大海原という東シナ海で起こったことは不可解です。避けようと思えば妨げるものはなかったはずですから。

 不可解と言えば、この件について直後に防衛副大臣がSNSに投稿したことやその後の要人の対応も不可解です。山本防衛副大臣はかなり詳しくこの事故について書き込んでいました。

<投稿には「ガス田の北西約52カイリ」「中国艦艇『ジャンダオ』を通じ中国語で被害状況を確認」など、防衛省が発表していない発生場所や現場の様子に関する情報が含まれていた。
 防衛省の伊藤茂樹報道官は31日の記者会見で「副大臣は掲載情報が確認中のものと気付き、速やかに投稿を削除した」と説明した。>

 これが事実ならば、現場近くには中国艦艇がいたということになります。ちなみに、ジャンダオというのは艦艇の形式を表すものだそうです。
 日中中間線近くに中国が開発を進めているガス田からもそう遠くないところに、中国艦艇。何をしていたんでしょうか?
 さらに、海上幕僚長も外務大臣も「意思疎通」や「再発防止」を繰り返し説き、原因究明はどこへ行ったんでしょうか?
 ここでもやはり、延期になった国賓での習近平国家主席の訪日を睨んで融和ムードなのでしょうか?
 報道によれば、しまかぜは警戒監視任務中だったようです。であれば、映像は撮っていなかったのか?そこにはありのままの事実が映されていると思うのですが。
書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

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