2017年4月

  • 2017年04月26日

    議論の捻じれ

     政治的なイデオロギーの右左と、経済に関する右左というのは、似ていて非なるもの。ここ数年の傾向は、政治的にリベラルを標榜する左派の新聞が経済面では右翼的であるというのが定着しつつあります。というのは実は政権の政治的姿勢と経済政策がまさにその正反対で、政治的には右(と見なされている)のに対し、経済的にはかなりリベラルの政策を積極的に取り入れているからに他なりません。すなわち、消費増税をして財政再建一辺倒という路線ではなく、まず成長し、それを原資としてさらに成長に向けて投資。可能であれば財政再建という流れを作り出そうとしているわけです。もちろん、政府と言っても一枚岩ではありませんから、そこに「海外からの信任が~」とか、「無駄な公共事業が~」というような声が入り込み、結果として金融政策はともかく、財政政策はなかなか満足な額を積み上げることができていない訳ですが...。

     さて、政権がこうして政治的な面と経済面で捻れているわけですから、政治的な面ではぶつかるリベラル系の新聞は経済面では共同歩調をとりそうなものですが、実際にはそうはいきません。坊主憎けりゃ袈裟までとばかりに、経済面でも政権を批判します。しかしながら、経済面で政権がやっていることは、世界的なリベラルのスタンダード。結果として、メディアの側も普段言っていることと経済欄だけが突出して逆を言うように捻れてしまっています。
    今週、それが端的に現れていたのがこの社説。

    『深刻さ増す人手不足 政府の危機感が足りない』(4月23日 毎日新聞)https://goo.gl/QUBtNK

     左派の立場というのは、労使どちらかと言えば労働者を擁護する立場です。となれば、人手不足=失業率が低下、有効求人倍率が上昇というのは歓迎すべき事象のはず。ところが、それを達成したのが安倍政権ということなので受け入れるわけにはいかず、批判に回っています。この社説も、

    <仕事を探している人1人に対し、何件の求人があるかを示す有効求人倍率は25年ぶりとも言われる高水準で推移している。運転手や介護職など、職種によっては全体の平均を大きく上回るものもある。>

    そりゃ結構なことじゃないですかと思って次を読むと、

    <それにもかかわらず政府や日銀から危機感は伝わってこない。最大の経営課題に人手不足を挙げる経営者も多い中、「まだ賃金や物価の上昇にはつながっておらず企業活動の制約になっていない」(日銀名古屋支店長)などと意識に開きがある。>

    いやいや、危機感がって、有効求人倍率が高水準なのは好ましいことじゃなかったんですか?それとも、失業者が溢れ出る方がいいとでも言いたいんでしょうか?さらに、

    <物価上昇率が目標にほど遠い中、有効求人倍率の上昇は、政府がアベノミクスの成功例として最も胸を張ってきたものだ。急に懸念材料だとは言えないのかもしれない。>

     あらら、有効求人倍率の上昇が懸念材料と自ら認めてしまいましたよ。失業率低下、有効求人倍率の上昇が続けば、需要と供給の法則の通りに賃金が上昇していくはずで、それは左派の皆さんにとってこそ願ったり叶ったりの状況のはず。どうして懸念材料なのでしょうか?
     たしかに、人手不足の初期段階では賃金上昇を抑制して労働者側にしわ寄せが行く、いわゆるブラック企業化が問題になりましたが、今やヤマト運輸などがいい例で、値上げや労働環境の改善のために過剰なサービスをカットするのも世の中的に認められつつあります。それも、この人手不足環境の長期化が後押しした部分が大きいと思うのですが、で、どこが懸念材料なんでしょうか?

     その後も、働き方改革やロボット導入などによる生産性向上、さらに女性や高齢者の活用などをしても人手不足は容易に解消できないと言い募り、最後に、

    <今後は国外の人材も本格的に受け入れなくてはなるまい。留学生や技能実習生をその場しのぎの労働力として利用するのは問題だ。本人の希望に応じ、長期的に住んで働いてもらうため、子どもの学校や家族への支援体制など、環境整備に急ぎとりかかる必要がある。>

    と来るわけです。結局、言いたいことはそれかいと。この社説が言うところの〝懸念〟とは人手不足が成長の足かせになることで、それを解消するために高度人材ではなく外国人労働者を受け入れるべしと言いたいわけですね。外国人労働者を入れるということは、当然賃金の下押し要因になります。
    金銭的なメリットがない限りは、企業経営者も使おうとは思いませんからね。人手不足は解消されるかもしれませんが、賃金は伸び悩むでしょう。そして、欧米で見られるようにどんなに社会的に支援体制を整えてもやはり完全に包摂できるわけではないという断絶が生まれる可能性が高くなります。経済面だけでなく、社会面からもリスクを背負うことになるのではないでしょうか?今回は社会的な面からの外国人労働者受け入れを考えるものではないのでここでは一旦置きますが、経済面で見ても、一体、これでどうして労働者側の左派なのか...。
     このロジックはまさに経済右派が使うロジックです。というのも、一連のロジックを同じように展開している文章を見かけたことがあるんです。それがなんと、経団連。ご存知、日本最大の企業経営者の団体ですね。

    『提言「外国人材受入促進に向けた基本的考え方」』(日本経団連HP)https://goo.gl/PAx85O
    <今後の課題として、多文化共生政策に関するコスト負担のあり方等を含む、国民的コンセンサス形成に向け議論を重ねる必要がある。一般的な移民受け入れ問題については、定住・定着が最大の焦点となる「移民」をどう位置づけるかを含め、丁寧な議論が必要である。棚上げすることなく、将来に向けての検討課題としたい。>

     ザ・経済右派の経団連は当然こういった提言も出すでしょう。それはそれで終始一貫しています。一方、それと瓜二つの社説を掲げているのがリベラルの毎日というところに驚きを隠せません。政権批判ありきで、主張そのものがねじ曲がってしまっているように見えます。この自己矛盾を解かない限りは、建設的な経済議論ができないように思えるのですが...。
  • 2017年04月19日

    日銀審議委員人事

     ザ・ボイスでも水曜日に何度もコメンテーターとして出演したくださった、三菱UFJリサーチ&コンサルティングの上席主任研究員、片岡剛士さんが日本銀行の審議委員の後任に推されました。国会での同意人事ですから、まだ確定ではなく政府側から後任に充てるという人事案が提出された段階ですが、衆参両院ともに与党が過半数を占めていますからほぼ当確ということでしょう。

    『日銀審議委員 強まる積極緩和色 全審議委員、黒田体制下就任に』(4月19日 毎日新聞)https://goo.gl/Zd7Smn
    <政府は18日、日銀審議委員に、三菱UFJリサーチ&コンサルティング上席主任研究員の片岡剛士氏と、三菱東京UFJ銀行取締役の鈴木人司氏を充てる人事案を国会に提示した。7月23日に任期切れを迎える木内登英氏と佐藤健裕氏の後任となる。木内、佐藤両氏が現行政策に反対票を投じてきたのに対し、片岡氏は大規模な量的緩和を支持する「リフレ派」の論客で、政策委員の積極緩和色が強まりそうだ。>

     片岡さんが就任すれば新日銀法下で最年少となるということも含めて、各紙大きく報じていますが、どちらかといえば批判的な報道の方が多いようです。特に、金融緩和に否定的な各メディアの経済部発の記事ではその傾向が見られます。

    『審議委員にまたリフレ派=メガバンク枠も復活-日銀』(4月18日 時事通信)https://goo.gl/EQz79c
    <エコノミスト出身の木内登英、佐藤健裕両審議委員が7月に任期満了を迎えるのに伴う後任人事案として政府が18日、衆参両院に提示した。木内、佐藤両委員は大規模緩和に反対してきただけに、市場機能低下など緩和の副作用をめぐる議論の形骸化も進みそうだ。>

     他の各紙・局も似たり寄ったりで、議論がなくなる、賛成一色にといった表現が見られます。しかしながら、実際に何度も片岡さんと仕事をしてきた身としては、決して片岡さんは日銀執行部に対して"賛成一色"だったわけではありません。むしろ、物価上昇率が誘導目標に届いていない今、さらに緩和を進める必要を訴えていました。
     もう一段の金融緩和を行うことで、失業率をもう一段低減させ、構造失業率(自然失業率)に到達。同じ賃金ではもうこれ以上1人も雇うことはできない(募集をしても人が集まらない)という状況になれば、企業側は賃金を上げざるを得ず、結果そこから好循環が生まれるという主張です。

     また、去年9月に「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」、いわゆる「イールドカーブ・コントロール」という新しい枠組みを打ち出した際には、今後は財政出動の重要性が高まるという話もしていました。イールドカーブ・コントロールにより長期金利が固定されるとなれば、市場に国債が足らなくなると日銀は手元の国債を売って金利の下落を防ぐ必要が出てきます。逆に、市場に国債が潤沢にあれば、日銀は国債を買い入れて金利の上昇を食い止める必要が出るわけです。手元の国債を売るというオペレーションは、逆に言えば市中の円を吸い上げる行為ですから引き締め政策となります。一方、国債買い入れは今日銀が行っているような量的金融緩和で、市中に円を供給するわけです。
     従って、イールドカーブ・コントロール下では、日銀が引き締めに転じるか緩和を拡大するかは市場への国債の供給量次第で変わります。そして、国債を市場に供給するのは、日本政府。ですから、国債を発行して使う財政出動の重要性が死活的に高まるという主張をしてきたわけです。

     さらに、先日私もこのブログに書きましたが、実は安倍政権が緊縮財政を敷いているという隠れた事実を決算における政府支出の推移から指摘していました。政権を獲得した2013年こそ拡張しましたが、その後は少しずつ総支出が減り続けています。この間、社会保障関連支出は増え続けていることを考えると、需要喚起のための支出については全体の支出減以上に緊縮になっているのは明白。これらの問題を解決し景気を好循環に持って行くためには、金融政策と財政政策のポリシーミックスをやるしかない。これがアベノミクスの再起動だと主張されていました。
     このところ現状維持をくり返し、ぬるま湯の経済状況に甘んじてきた日銀政策委員会に風穴を開けてくれることを期待したいと思います。もちろん、ぬるま湯であっても水風呂だった白川総裁下の日銀よりはよほどマシですが、まだまだやれることがあることを考えると、片岡新審議委員は責任重大です。

     日銀が政府の財政政策まで影響を及ぼすことはなかなか権限上難しいというか、ほぼできないわけですが、まったく手がないというわけではありません。まさにアベノミクスが始動した2013年の初め、政府と日銀は共同声明を発表し、金融・財政政策の連携強化を発表しました。政府・日銀のアコードと呼ばれたものです。

    『政府・日本銀行の共同声明』(平成25年1月22日 日銀HP)https://goo.gl/K1OETL

     この中で日銀は物価安定の目標を前年比2%上昇と定義し、<上記の物価安定の目標の下、金融緩和を推進し、これをできるだけ早期に実現することを目指す。>としているのに対し、政府側には具体的な財政政策の方策や数値目標を設けていません。財政政策を匂わす記述は、<我が国経済の再生のため、機動的なマクロ経済政策運営に努めるとともに>というあたりのみ。しかしそれとて、<政府は、日本銀行との連携強化にあたり、財政運営に対する信認を確保する観点から、持続可能な財政構造を確立するための取組を着実に推進する。>という縛りを設けています。
     すなわち、財政健全化が第一にあって、その範囲内であれば財政政策も可能としか書いていないわけです。もちろん、当時の政治状況を考えれば翌年4月に予定されていた消費税増税を前に、財政健全化を前面に打ち出さなくてはいけない事情がありました。そして、その後の経済低迷はご存知の通りです。

     そこから、ようやくぬるま湯レベルにまで温まってきた日本経済。足元の政治状況も変わったわけですから、こうした金融緩和偏重の政府・日銀アコードを見直し、本当にデフレから脱却する決意を明らかにするアコードに改訂する必要があるのではないでしょうか?審議委員が出来ることは限られるかもしれませんが、片岡さんに期待したいと思います。
  • 2017年04月10日

    アベノミクス景気

     先週木曜、景気動向指数の発表を前に日本経済新聞が景気拡大が続き戦後3位になるという記事を一面トップで出しました。

    『アベノミクス景気、戦後3位の52カ月 実感乏しい回復』(4月6日 日本経済新聞)https://goo.gl/mNBU16
    <2012年12月に始まった「アベノミクス景気」が、1990年前後のバブル経済期を抜いて戦後3番目の長さになった。世界経済の金融危機からの回復に歩調を合わせ、円安による企業の収益増や公共事業が景気を支えている。ただ、過去の回復局面と比べると内外需の伸びは弱い。雇用環境は良くても賃金の伸びは限られ、「低温」の回復は実感が乏しい。>

    たしかに、翌日の7日に発表された景気動向指数の2月の速報値では、基調判断は「改善」となっていました。

    『景気動向指数 平成29(2017)年2月分(速報)の概要』(内閣府HP)https://goo.gl/xIlPkA
    <② 一致指数の基調判断
    景気動向指数(CI一致指数)は、改善を示している。>

     これ自体は喜ばしいニュースで、まだまだ実感には乏しいものの、先行きが明かるいのであればいいことです。個人的には、2014年4月の消費税増税後の反動を景気後退としていないのはちょっと疑問があるのですが...。日経の記事の中にあるグラフでも、消費税増税以降、多少の上がり下がりはあっても去年の後半までは緩やかな下落傾向にありますからね。ここ3~4か月の回復期というのは、本来であればアベノミクス第2期の拡大期といった方がいい気がします。もっとも、「消費税増税があっても景気は拡大し続けていますよ」というイメージを作った方が、2019年10月に予定されている(といわれている)8%から10%への消費税増税がやりやすくなるという意図も透けて見えますから、財政再建派としてはそう言うしかないのでしょう。こうした消費税増税に向けたイメージ作りの一環か、上記日経の記事の中にはさらに誤解を生みそうで看過できない表現がありました。

    <「アベノミクス景気」を象徴するのが公共投資だ。東日本大震災からの復興予算や相次ぐ経済対策で、回復の期間中に1割ほど増えた。小泉政権の予算削減で3割減った00年代とは対照的だ。>

     輸出の伸びや個人消費の伸び悩みについては記事中にグラフを示していますが、この公共投資に関しては<東日本大震災からの復興予算や相次ぐ経済対策>としか書かれておらず、エビデンスが一切ありません。関連記事も読んでみましたが、これといった根拠を見つけることはできませんでした。

     たしかに、予算ベースで見れば、公共事業関係費という予算項目は一見すると増えているように見えます。

    『日本の公共事業関係費の推移(単位:兆円)』(経済評論家三橋貴明氏ブログより)https://goo.gl/B8eNEP

     ただ、三橋氏も指摘している通り、増えているといってもピークである1998年の14.9兆円と比較すると半分以下。それも、当初予算と補正予算を合わせてもそれくらいにしかなりません。日経の記事にある通り景気拡大の期間中で1割増となっていますが、スタートの2012年に補正予算でドンと積み増したあと、2013年、2014年と少しずつ減らしています。その後、消費税増税の影響で景気が腰折れした後にようやく漸増して1割増まで来たというわけです。決して、アベノミクスは公共事業頼りというわけではなく、むしろ景気を浮揚させるためには力不足だったのではないかという批判すら出来るほどです。
     さらに、実際に幾ら使われたかが分かる決算ベースで見ればその傾向は顕著です。あまり注目されませんが、財務省のホームページでは予算だけでなく、決算についても公開されています。2016年度については終わったばかりですのでまだ公開されていませんが、2015年度(平成27年度)までは公開されています。アベノミクスが始まったのは2012年12月とされていますから、その前後の対比として2011年度(平成23年度)から各年度決算の公共事業関係費についての部分を順にあげておきますと、

    『平成27年度 公共事業関係費』(財務省HP)https://goo.gl/VJSnWd
    『平成26年度 公共事業関係費』(財務省HP)https://goo.gl/QIuE0s
    『平成25年度 公共事業関係費』(財務省HP)https://goo.gl/X3VhQf
    『平成24年度 公共事業関係費』(財務省HP)https://goo.gl/XPJ8ur
    『平成23年度 公共事業関係費』(財務省HP)https://goo.gl/Nnd0zE

    その中で、支出済歳出額の推移を見てみると、(100億円以下四捨五入)
    2011年度(平成23年度) 5.9兆
    2012年度(平成24年度) 5.8兆
    2013年度(平成25年度) 8.0兆
    2014年度(平成26年度) 7.3兆
    2015年度(平成27年度) 6.3兆

     予算ベースと違って2013年度の方が伸びているのは、2012年度補正予算で編成されたものの執行できずに繰り越した額がおよそ3.8兆円に上ったからでしょう。その後、2014年度、2015年度と決算ベースでも公共事業関係費が削られているのが良く分かります。これらを総合すると、アベノミクス初期のいわゆる15か月予算によって増額されて以降、予算ベースでも決算ベースでも公共事業関係費は減少傾向にあるということです。
     これを見て、どうして<「アベノミクス景気」を象徴するのが公共投資だ。>なんて記事が書けるんでしょうか?「アベノミクス=財政出動過多⇒財政の危機をもたらす」というイメージを植え付けたいんでしょうか?データを見れば実はそれは逆で、むしろ財政出動が足りない分だけ緩やかな景気回復、実感なき回復にとどまっているのではないでしょうか。
     自戒も込め、イメージではなくファクトに当たる努力がマスメディアには必要であるとつくづく思います。
  • 2017年04月04日

    失業率2.8% 好循環へあと一歩

     韓国の前大統領逮捕や新年度開始などのニュースであまり大きくは報じられませんでしたが、2月の完全失業率が発表されました。季節調整済みの値で前月比0.2ポイントの改善、2.8%となり、ついに3%の壁を突破しました。

    『労働力調査 結果の概要』(総務省統計局 3月31日)https://goo.gl/KCy22w

     これについて各紙報じておりますが、その扱いの違いに各紙のスタンスが見えるようで面白いですね。この調査結果が発表されたのが31日金曜日の朝。従って、詳しい分析記事ではなく事実のみを伝えるのであれば、その日の夕刊に十分間に合います。夕刊に載せたのが、毎日と読売。一方、東京版では夕刊のない産経と、朝日、日経は翌日朝刊で詳しく載せていました。

    『正社員増、賃金は伸び悩む 2月失業率2.8%、22年ぶり低水準』(4月1日 朝日新聞)https://goo.gl/LNVm2b

    『失業率22年ぶり2%、物価上昇続くも家計支出は低迷 2月経済統計』(4月1日 産経新聞)https://goo.gl/JF4iOU
    <2月の経済統計が31日、出そろった。完全失業率が平成6年12月以来、22年2カ月ぶりに2%台に改善、全国消費者物価指数も1年10カ月ぶりの水準に上昇した。ただ、雇用の回復は非正規が中心で、原油高要因を除く物価の基調は弱い。家計支出の低迷は続いており、賃金上昇を伴わない「悪い物価上昇」が常態化する懸念も高まる。>

    『雇用逼迫、成長の壁に 失業率22年ぶり低水準』(3月31日 日本経済新聞)https://goo.gl/rSqLWh
    <労働需給が一段と逼迫してきた。2月の完全失業率は2.8%まで下がり、有効求人倍率も四半世紀ぶりの高水準だ。深刻な人手不足で中小企業を軸に賃上げ圧力が強いものの、非正規増加や将来不安で消費には点火しない。雇用改善は所得増や物価上昇を通じて成長を加速させるはずだが、人口減に突入した日本経済では労働供給の制約が「成長の壁」になっている。>

     各紙、失業率が低下しても問題があるというスタンスです。曰く、賃金が伸びていない、非正規雇用が多い、家計の消費が伸びていないのに物価が上昇している、企業の成長を下押ししているなどなど...。
     まず、産経が主張する"家計の消費が伸びていないのに物価が上昇している"という主張は、2月の消費者物価指数を見てみると実態がわかります。2月は総合指数で前年同月比0.3%の上昇。コアCPIと言われる生鮮食品を除く総合でプラス0.2%、コアコアといわれる生鮮食品およびエネルギーを除く総合で0.1%の上昇にとどまっています。その上、総合指数を月次で見ると、2016年11月がプラス0.5%、12月0.3%、1月0.4%...。
     産経は生鮮食品を除くコアの数字でみると、11月-0.4→12月-0.2→1月0.1→1月0.2とだんだんと物価が上昇しているので、このまま物価が上昇していく危機感からそうした記事になったのかもしれません。ただ、コアの数字ではエネルギー価格の影響を受けるので、産油国の減産協調が行われて原油価格が上昇し、その影響で若干持ち上がっている可能性があります。しかしながら、それでもわずか0.2%の上昇。各国は2%台の上昇で議論している最中に、"悪い物価上昇"を心配するのは少し早い気がします。

     次に、賃金の伸びが鈍いという指摘や非正規雇用が多いというのも、データ上は確かに正しいでしょう。ただ、その1か月前までは春闘に際し、"官制春闘"と批判してきたのに、賃金が伸び悩んでいるではないか!と批判するのは正直「どの口が言う!?」と思ってしまいます。
     そもそも、就業していなかった人がいきなり正社員というよりは入り口として非正規雇用に就くというケースは容易に想定できます。それであれば、先に失業率が改善し、賃金の改善は遅れてついてくるというのも理屈として成立するのではないでしょうか?今賃金が上昇していないから悪い人手不足だと批判するのは性急に過ぎると思います。

     また、企業の成長を下押ししているという批判は少し論理がずれてはいないでしょうか。この日経の記事によれば、①人手不足でサービスの供給ができない機会損失と、②人手不足にも関わらず賃上げが加速せず、個人消費が上向かないため販売価格を上げられずコストを吸収しきれないという2つの理由で企業の成長を下押ししているそうです。
     ①について例示されているのは外食産業の24時間営業や深夜営業の取りやめや物流業界の人手不足。これなどは、まさにブラック企業、ブラック職場と批判されてきた部分。今まではそれでも求職者が多かったために、入れ代わり立ち代わり志願者が出てきて成り立ってきましたが、もはやそれが成り立たなくなったということ。今までデフレで失業率も高く、一方で賃金が抑制されてきたので何とかなりましたが、それが何とかならなくなったということでしょう。それ自体は日本の雇用環境がようやく正常化してきたということなのではないでしょうか。
     また、②については賃上げされていないことだけが果たして消費低迷の理由なのか?日経の記事の書きぶりでは、賃金上昇は中小企業中心で、中小企業は大手に比べて賃金の伸びも大きくないので個人消費を上向かせるには弱いといいます。が、消費の冷え込みは消費増税前の駆け込み需要の反動減から今だに立ち直れていないという指摘もあります。なぜなら、消費税は8%に上がったままなので可処分所得を下押しする圧力は増税後変わっていません。賃金上昇がなければ、消費税の分だけ個人消費が下押しされてしまいます。それゆえ、経済成長が重要で、成長した分だけ賃上げすることが重要です。"官製春闘"と批判されようとも経済界に賃上げを要請し続けたのは、好循環への最後の1ピースという認識があったからに他なりません。

     それ以上に私が心配なのは、この失業率減少の中身と、失業率現象の捉え方です。冒頭に挙げた総務省統計局の結果概要の中に産業別就業者の推移のグラフがあります。これによると、ここ2年間の各月の就業者の増減でほぼ毎月のようにプラスだったのは医療・福祉関係と卸売・小売・宿泊・飲食を除くサービス業。これが他の業種にまで広がっていかなくては、賃金上昇の範囲も広がりません。特に医療・福祉は行政側の関与が大きく、人手不足があっても市場原理で賃金上昇が起こりづらいことが指摘されている業種です。

     また、これが一番重要なのですが、日銀の金融緩和や政府の財政出動への影響です。アメリカのFRBやヨーロッパのECBなど先進各国・地域の中央銀行の中には、物価の安定だけでなく失業率を政策目標に置くところもあります。たとえばアメリカのFRBは先月利上げをした理由の一つに失業率が低減し、ほぼ完全雇用にあるということも挙げていました。これにならって、我が国でも失業率が減少したのだから金融緩和はもうやめるべきだ!あるいは財政出動して景気を下支えする必要などない!とする意見が出てくるかもしれません。
     しかし、まだ賃金が上昇していませんし、なによりGDP成長が"緩やか"以外の何物でもなく、まだ完全に景気が回復したとは言えない状況です。ここで手を緩めてしまっては、この20年何度も経験したのと同じ、いいところまで言ったけど結局デフレから脱却できないということになってしまいます。いい加減歴史に学びましょう。
     飛行機は離陸可能な速度になってもエンジンを緩めたりはしません。そんなことしたら離陸できなくなってしまう。むしろここでふかしていくことで、ようやくデフレからの脱却が可能となると思います。
書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

■Twitter
「飯田浩司そこまで言うか!」

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