2017年04月26日

議論の捻じれ

 政治的なイデオロギーの右左と、経済に関する右左というのは、似ていて非なるもの。ここ数年の傾向は、政治的にリベラルを標榜する左派の新聞が経済面では右翼的であるというのが定着しつつあります。というのは実は政権の政治的姿勢と経済政策がまさにその正反対で、政治的には右(と見なされている)のに対し、経済的にはかなりリベラルの政策を積極的に取り入れているからに他なりません。すなわち、消費増税をして財政再建一辺倒という路線ではなく、まず成長し、それを原資としてさらに成長に向けて投資。可能であれば財政再建という流れを作り出そうとしているわけです。もちろん、政府と言っても一枚岩ではありませんから、そこに「海外からの信任が~」とか、「無駄な公共事業が~」というような声が入り込み、結果として金融政策はともかく、財政政策はなかなか満足な額を積み上げることができていない訳ですが...。

 さて、政権がこうして政治的な面と経済面で捻れているわけですから、政治的な面ではぶつかるリベラル系の新聞は経済面では共同歩調をとりそうなものですが、実際にはそうはいきません。坊主憎けりゃ袈裟までとばかりに、経済面でも政権を批判します。しかしながら、経済面で政権がやっていることは、世界的なリベラルのスタンダード。結果として、メディアの側も普段言っていることと経済欄だけが突出して逆を言うように捻れてしまっています。
今週、それが端的に現れていたのがこの社説。

『深刻さ増す人手不足 政府の危機感が足りない』(4月23日 毎日新聞)https://goo.gl/QUBtNK

 左派の立場というのは、労使どちらかと言えば労働者を擁護する立場です。となれば、人手不足=失業率が低下、有効求人倍率が上昇というのは歓迎すべき事象のはず。ところが、それを達成したのが安倍政権ということなので受け入れるわけにはいかず、批判に回っています。この社説も、

<仕事を探している人1人に対し、何件の求人があるかを示す有効求人倍率は25年ぶりとも言われる高水準で推移している。運転手や介護職など、職種によっては全体の平均を大きく上回るものもある。>

そりゃ結構なことじゃないですかと思って次を読むと、

<それにもかかわらず政府や日銀から危機感は伝わってこない。最大の経営課題に人手不足を挙げる経営者も多い中、「まだ賃金や物価の上昇にはつながっておらず企業活動の制約になっていない」(日銀名古屋支店長)などと意識に開きがある。>

いやいや、危機感がって、有効求人倍率が高水準なのは好ましいことじゃなかったんですか?それとも、失業者が溢れ出る方がいいとでも言いたいんでしょうか?さらに、

<物価上昇率が目標にほど遠い中、有効求人倍率の上昇は、政府がアベノミクスの成功例として最も胸を張ってきたものだ。急に懸念材料だとは言えないのかもしれない。>

 あらら、有効求人倍率の上昇が懸念材料と自ら認めてしまいましたよ。失業率低下、有効求人倍率の上昇が続けば、需要と供給の法則の通りに賃金が上昇していくはずで、それは左派の皆さんにとってこそ願ったり叶ったりの状況のはず。どうして懸念材料なのでしょうか?
 たしかに、人手不足の初期段階では賃金上昇を抑制して労働者側にしわ寄せが行く、いわゆるブラック企業化が問題になりましたが、今やヤマト運輸などがいい例で、値上げや労働環境の改善のために過剰なサービスをカットするのも世の中的に認められつつあります。それも、この人手不足環境の長期化が後押しした部分が大きいと思うのですが、で、どこが懸念材料なんでしょうか?

 その後も、働き方改革やロボット導入などによる生産性向上、さらに女性や高齢者の活用などをしても人手不足は容易に解消できないと言い募り、最後に、

<今後は国外の人材も本格的に受け入れなくてはなるまい。留学生や技能実習生をその場しのぎの労働力として利用するのは問題だ。本人の希望に応じ、長期的に住んで働いてもらうため、子どもの学校や家族への支援体制など、環境整備に急ぎとりかかる必要がある。>

と来るわけです。結局、言いたいことはそれかいと。この社説が言うところの〝懸念〟とは人手不足が成長の足かせになることで、それを解消するために高度人材ではなく外国人労働者を受け入れるべしと言いたいわけですね。外国人労働者を入れるということは、当然賃金の下押し要因になります。
金銭的なメリットがない限りは、企業経営者も使おうとは思いませんからね。人手不足は解消されるかもしれませんが、賃金は伸び悩むでしょう。そして、欧米で見られるようにどんなに社会的に支援体制を整えてもやはり完全に包摂できるわけではないという断絶が生まれる可能性が高くなります。経済面だけでなく、社会面からもリスクを背負うことになるのではないでしょうか?今回は社会的な面からの外国人労働者受け入れを考えるものではないのでここでは一旦置きますが、経済面で見ても、一体、これでどうして労働者側の左派なのか...。
 このロジックはまさに経済右派が使うロジックです。というのも、一連のロジックを同じように展開している文章を見かけたことがあるんです。それがなんと、経団連。ご存知、日本最大の企業経営者の団体ですね。

『提言「外国人材受入促進に向けた基本的考え方」』(日本経団連HP)https://goo.gl/PAx85O
<今後の課題として、多文化共生政策に関するコスト負担のあり方等を含む、国民的コンセンサス形成に向け議論を重ねる必要がある。一般的な移民受け入れ問題については、定住・定着が最大の焦点となる「移民」をどう位置づけるかを含め、丁寧な議論が必要である。棚上げすることなく、将来に向けての検討課題としたい。>

 ザ・経済右派の経団連は当然こういった提言も出すでしょう。それはそれで終始一貫しています。一方、それと瓜二つの社説を掲げているのがリベラルの毎日というところに驚きを隠せません。政権批判ありきで、主張そのものがねじ曲がってしまっているように見えます。この自己矛盾を解かない限りは、建設的な経済議論ができないように思えるのですが...。
書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

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