2015年2月

  • 2015年02月25日

    新たなロジック発見!

     財政再建を重視する方々はいろいろな方法で説得してきます。G8やダボス会議での発言を基に「国際公約である」と言ってみたり、最近外国人投資家の国債保有率が伸びてきたから何かあったら売り浴びせられて国債が暴落すると言ってみたり、様々です。

     そして、ここへ来てまた新たな技が出てきました。バーゼル銀行監督委員会という国際機関です。今週月曜の日本経済新聞金融欄のコラム、風速計にこんな記事が載っていました。

    『国債包囲網? 銀行保有に規制論』(2月23日 日本経済新聞)http://goo.gl/F77CT2
    ※公式HPは途中までしか無料で読めないので、個人ブログをリンクしています
    <日銀の黒田東彦総裁は「議論を開始したのは事実だ」と、世界の金融当局に銀行の国債保有を規制する議論があることを認めた。
    (中略)
    邦銀はなお大量の国債を保有しているだけに、仮に規制が導入されれば、巨額の増資か、国債の大量売却を迫られる。
    金融収縮につながりかねない爆弾といえる。
    (中略)
    銀行の国債保有が多い米国も反対しているため即座の規制導入はないとの観測がもっぱらだ。
    (中略)
    規制論が結果的に邦銀の国債保有をけん制する"包囲網"になっているのも確か。
    国債消化の日銀依存が加速しかねない。>

     このコラムを要約すれば、
    「バーゼル委員会が今まで会計上リスクがないとされ、引当金が不要とされた国債について、リスクがあると認め、増資するか引当金を積むかするよう各国の銀行を規制しようと動いている。これが実現すれば、銀行は巨額の引当金や増資が必要となるので国債を買うのを手控えるだろう。そうなれば、今以上に日銀に頼って国債を消化することになる。」
    ということになります。このコラムにはここまでしか書かれていませんが、今までの報道姿勢を考えると、言外にこんなことがにじんでいます。
    「国債消化を日銀に依存するようになれば、事実上の日銀による国債引き受け、財政法が禁じる財政ファイナンスになる。市場にそう認識されれば、国債の信認が疑われ、金利が暴騰、国債が暴落する!財政再建できなくなる!そうなる前に、消費増税による財政再建を!」

     ただ、このロジックで財政再建まで持って行くのはだいぶ荒っぽい議論です。というのも、本当に巨額の引当金を積まなければならないのか?という点。コラムの中ではどこの国の国債も同じように書かれていますが、日本国債やアメリカ国債とギリシャ国債を同列に考えるのはどうでしょう?バーゼル委員会が議論している内容は、そこまで乱暴ではないようです。

    『バーゼル委、国債リスクの評価方法変更を検討』(2014年7月8日 WSJ)http://goo.gl/VBl7dH
    <複数の関係者によると、バーゼル委は国債のリスク評価について従来の方針を撤回し、その他の資産と同様にソブリンリスク(筆者注:国債のリスク)の個別審査を義務付けることを検討している。>

     検討されているのは個別の国債ごとに審査するということ。

     そこで、邦銀が保有している日本国債というものはどの程度リスクがあるのか?リスクというのは、どの程度の確率で債務不履行になる可能性があるのかということです。我が国の財務省は、日本国債の信頼性について、格付け会社の格下げに反論する形で胸を張って「信頼できる」と言っています。

    『外国格付け会社宛意見書要旨』(財務省HP)http://goo.gl/2ayHB
    <(1)日・米など先進国の自国通貨建て国債のデフォルトは考えられない。
    (2)格付けは財政状態のみならず、広い経済全体の文脈、特に経済のファンダメンタルズを考慮し、総合的に判断されるべきである。
    例えば、以下の要素をどのように評価しているのか。
    ・マクロ的に見れば、日本は世界最大の貯蓄超過国
    ・その結果、国債はほとんど国内で極めて低金利で安定的に消化されている
    ・日本は世界最大の経常黒字国、債権国であり、外貨準備も世界最高>

     私がこのブログで主張してきたようなことは、すべて財務省が語ってくれています。まず、自国通貨建て国債のデフォルト(債務不履行)は考えられない。さらに、世界最大の貯蓄超過国の日本は、国内で極めて低金利で消化されている。こうして消化している主体が、貯蓄を受け入れている邦銀なわけです。したがって、バーゼル委員会が国債についても規制し出したとしてもリスク評価は極めて低いはずです。それでどうして<金融収縮につながりかねない爆弾>になるんでしょうか?

     最後に、日本国債のリスクが低いということを数字でもお示ししましょう。仮に日本国債が債務不履行に陥った時に保険金が支払われるクレジットデフォルトスワップ(CDS)という金融商品があります。当然、債務不履行の可能性が高いものは保険料が高くなります。では、現状のCDSがいくらかと言えば、47.5bps(2月24日現在)。これは、パーセンテージに直すと、4.75%です。

    『日本国債CDS』(ブルームバーグ)http://goo.gl/GXXlC

     参考までに、同じ期日のギリシャ国債は、1638.29bps。まさに、桁が違うわけですね。これでも、日本国債は邦銀にとっての<爆弾>なんでしょうか?
  • 2015年02月18日

    トワイライト消滅に税金の壁

     寝台特急トワイライトエクスプレスが、営業運転終了を前にたびたび雪に足止めされています。今月初めに続いて、先日の日曜も青森で運転を見合わせました。

    『外はしんしん 中はわいわい トワイライト25時間遅れ』(2月15日 朝日新聞)http://goo.gl/TIMcI0
    <大雪のため青森市の青森駅で足止めされていた札幌発大阪行きの寝台特急トワイライトエクスプレスが15日午後2時25分、25時間32分遅れで大阪駅に着いた。乗客は各地の名物の駅弁を配られたり、じゃんけん大会が開かれたりする予定外のおもてなしを受けながら計48時間20分の長旅を過ごしたという。>

     来月14日のダイヤ改正を前に、3月12日をもって運転を終了するトワイライトエクスプレス。同じタイミングで運転を終了する寝台特急北斗星もそうですが、北海道新幹線の新青森~新函館延伸開業によって青函トンネルが使えなくなることが廃止の理由です。

     ザ・ボイスではこの手のニュースがある度に何だかんだと取り上げているんですが、先日はこんな趣旨のメールを頂戴しました。

    <青函トンネルには貨物列車用に在来線の幅(1067mm)のレールが新幹線レールの内側に敷かれていて、設備上は通れるはず。それなのになぜ廃止になるのか?特にトワイライトは客も多いはずなので、ぜひ存続させてほしい>

     この方のおっしゃる通り、設備上は通れるはずなんですね。ではなぜダメなのか?このブログでも新幹線と在来線の速度の違いを基に考察してみたことがありました。

    『寝台列車消滅の裏で』(2014年5月28日付ブログ)http://goo.gl/Z9SHtC

    その時の結論は、
    ・どう考えても、トワイライトや北斗星が通る時間帯には新幹線が営業中で、後ろを走る新幹線は寝台特急に追いついてしまう。
    ・寝台特急がネックになって高速運転ができなくなるのは本末転倒。だから廃止もやむを得ない。
    ・可能性としては、寝台特急の始発・終着駅での出発・到着時刻をズラし、青函トンネル通過を新幹線の営業運転が終わった深夜・早朝に設定すれば可能性はあるのではないか?
    ということでした。

     ところが、先日鉄道関係者と話をしていると、この可能性も打ち砕く新たな壁が分かったのです。それは、電圧が関係していました。その方曰く、
    「現在、在来線列車が通過している青函トンネルは、アタマの上の架線に交流20000ボルトが流れています。これが新幹線仕様になると、当然現行の東北新幹線に合わせて交流25000ボルトに昇圧されるんですね。そうなると、今使っている機関車は使用できないので、仮に寝台特急を通そうとすると特別仕様の機関車を新造しなきゃならないので、コスト的に難しいんですよ」

     なるほどと思いながらも、私はさらに食い下がりました。
    「でも、貨物列車はそこを通るんでしょ?そのために、やっぱり特別仕様の機関車を製作しなきゃいけないんじゃないですか?」

     確かに、貨物列車用の特別仕様の機関車は製作され、すでに走行試験も行っています。
    『JR貨物、青函トンネルで新幹線共用走行機関車の走行試験開始』(2014年6月19日 日刊工業新聞)http://goo.gl/eCMxBH

     この私の質問に、件の関係者は、
    「そうなんですけどね。これ、貨物列車用に特別に作るということで国から補助金が出ているんですよ。用途は貨物列車に限られているんですね。もし、旅客列車に使ってしまうと、税金を入れた理由とは異なるところで不当に利益を得ることになっちゃうから、できないんですよねぇ」
    と、静かに首を振りました。

     ん~、私からすれば何とも理不尽な理由なんですが、これ、行政の硬直性を表していませんか?インフラとしては完全に整っているのに、税金の縛りがあるので使えない...。何とももったいない話ではありませんか!
     訪日外客数2000万をめざそうという国の目標がある中で、寝台を含め夜行列車がほとんどなくなってしまうのは非常にもったいないと思うんですね。日本と並ぶ鉄道王国のヨーロッパでは、夜行列車も多彩に走っています。たとえば、シティナイトライン(CNL)という列車は、フランス、スイス、ベルギー、オランダ、ドイツ、デンマークの主要都市を結ぶ形で様々なルートが設定されています。これが、旅行者用パス(ユーレイルパス)を持っている旅行者には非常に助かるんです。一泊分浮く上に時間が有効に使えるわけですからね。

     また、「日本のオリエンタルエクスプレス」とも謳われたトワイライトや北斗星は、その豪華さからクルーズ客船で来日する旅行客との親和性も大いにあります。実際、JR九州のクルーズトレイン「ななつ星」など、そうしたニーズをにらんだプロモーションも行っているようです。ななつ星は臨時列車扱いですが、このトワイライトや北斗星は毎日運航している営業運転列車というのが強み。旅行企画が立てやすいメリットがあります。最近は海外のクルーズ船の来航も増えている日本。客を呼び込む目玉となりそうな可能性を、行政の硬直性で捨ててしまうのはいかにももったいないと思うのは私だけでしょうか?
  • 2015年02月10日

    迷走する?憲法改正論議

     ISIL、自称イスラム国による日本人殺害事件。これを受けて、日本人の生命・財産をいかに守るのか?法整備も含めてようやく議論が始まりました。突き詰めれば、自衛隊を現地に派遣し事案の解決に当たれるのか?というところが議論の中心となり、そうなると憲法を改正して海外に出ていけるようにするべきだという主張も出てきました。邦人2人がむざむざ殺されたという事実を突きつけられれば、こうした主張も一定の説得力を持つようになってきています。

     そうなれば、安倍政権の目指すところの憲法改正議論、本丸である9条改正に向けて風が吹いているのではないかと思うんですが、そうも上手くは行かないようです。先日総理は、与党・自民党の船田元憲法改正推進本部長と会談しましたが、その中で具体的な改正点について、一足飛びに9条にはいかないという旨発言をしたようです。

    『首相、参院選後に憲法改正の発議を 具体的な改憲時期言及は初めて』(産経新聞 2月5日)http://goo.gl/gUriEs
    <安倍晋三首相(自民党総裁)は4日、首相官邸で船田元・党憲法改正推進本部長らと会談し、最初の憲法改正の発議と国民投票の実施は来年夏の参院選後になるとの見通しを示した。首相が具体的な改憲時期に言及したのは初めて。船田氏が記者団に明らかにした。>

     一貫して憲法改正を主張してきた産経新聞としては、「いつ」改憲をするのかが重要なようで見出しもそれを取っていますが、私としては「いつ」以上に「何を」改憲するのか?が気になりました。それについて、上記産経の記事には9条について総理が意欲を示していると書いてありますが、自民党サイドは違うようです。同じ会談についての時事通信は、

    『改憲発議は参院選後=安倍首相と自民本部長が一致』(時事通信 2月4日)http://goo.gl/2cswrT
    <改憲について船田氏は、環境、財政、非常事態対応などのテーマに分けて段階的に議論を進め、2016年夏の参院選の後に最初の発議を目指す考えを伝えた。首相は「それが常識だろう」と応じた。>

    ということで、最初の改憲については9条など議論が割れるようなものではなく、公明党が兼ねてから主張している環境権や非常事態対応、財政などのテーマから絞っていく方針のようです。ポイントは、ここにしれっと『財政』という単語が入っているということ。これが何なのか?自民党の改憲草案を見てみると...。

    『日本国憲法改正案』(自民党HP)http://goo.gl/3m4CRI
    <第七章財政
    (財政の基本原則)
    第八十三条 国の財政を処理する権限は、国会の議決に基づいて行使しなければならない。
    2 財政の健全性は、法律の定めるところにより、確保されなければならない。>

     要するに、財政健全化を憲法に明記しようというもの。こんなこと、今までの会見議論では全く出てきていません。たしかに自民党の改憲案には載っていますから、憲法改正に非常に興味がある人にとっては常識なのかもしれません。しかしながら、憲法改正は最終的には国民投票にかけられる案件。国民的な議論を経て改正するというのが筋のはずです。では、財政健全化を憲法に乗せようというのが今までメディアに出てきたか?寡聞にして私は聞いたことがありません。基本的に昔から9条改正に終始していて、最近96条の改正条項が議論のテーブルに上がってきたぐらい。
    財政の「ざ」の字も今まではなかったですよね。

     そんな「財政健全化」がなぜ今憲法改正の議論の中に登場したのか?ある政界関係者はこう解説してくれました。

    「これなら、民主党も乗れるから。ある意味、国会発議までのハードルは一番低いんじゃないかな」

     たしかに民主党の岡田代表も、財政健全化については並々ならぬ意欲を見せています。

    『民主・岡田代表 予算案の財政規律の緩みただす』(NHK 2月8日)http://goo.gl/62W5Ld
    <民主党の岡田代表は、名古屋市で記者団に対し、政府が今週12日に国会に提出する方針の新年度・平成27年度予算案について、財政規律に緩みが見えると指摘したうえで、財政健全化を目指す観点から政府にただしていく考えを示しました。>

     さすがは、財政健全化を旗印に消費増税を3党合意で決定した民主党。消費増税によって景気が悪くなろうが、財政健全化至上主義です。これだけ財政健全化を推し進める民主党ですから、財政条項での憲法改正なら反対はしづらいわけですね。

     しかし、これは政治のテクニックとしては「あり」なのかもしれませんが、将来に禍根を残す可能性があって私は反対です。

    <財政の健全性は、法律の定めるところにより、確保されなければならない。>

     これ自体は抽象的な文言でイメージしづらいんですが、まずは「財政の健全性」というのをどう測るかというところ。よく言われているプライマリーバランス(基礎的財政収支)をモノサシにしていますが、これ自体は単年での指標ですので、長期的なビジョンを描く国の政策とはちょっと食い合わせが悪い気がします。

     たとえば、今話題のギリシャですが、この国は経済危機の後EUの支援の条件である「財政健全化」を苛烈なまでに進め、何と今やプライマリーバランスは黒字化しているんです。しかしこのために、政府のサービスは年金、医療も含めて切り詰めるだけ切り詰め、増税に次ぐ増税をしました。当然景気は急速に悪化。失業率は25%を超え、自殺率が危機前と比べ36%も高まったそうです。その結果、当時の政権与党、新民主主義党(ND)は選挙で惨敗。反緊縮派の急進左派連合(シリザ)が政権を奪取し、財政健全化はいったん棚上げにすることでEUとの交渉を始めています。

     このように、財政健全化を急進的に行うと、景気が悪化する恐れがあるんです。もっと言えば、自殺率が高まる。人が死ぬ。好景気の内に財政健全化を行う分にはショックは少なく済みますが、今の日本やギリシャのようなデフレ下で苛烈な財政健全化を行えば、人が死ぬんです。そして、憲法に財政健全化を明記してしまえば、そうした間違った経済政策を行おうとしたときに歯止めが利かなくなる可能性があります。

     考えると、これだけ重要な改憲テーマなんですが、改憲派、護憲派双方ともさほど問題視していません。日本では「護憲派=リベラル」のはずなので、本来小さな政府を目指す財政健全化には反対のはずなんですが、リベラルの一極、民主党はむしろ率先して財政健全化、増税に向いているというねじれが生じているので議論がイマイチ盛り上がりません。このまま大した議論のないまま、スルッと財政健全化改憲が行われてしまうんでしょうか?

     新約聖書にはこんな一節があります。
    『狭き門より入れ。滅びに至る門は大きくその路は広く、これより入る者多し。いのちに至る門は狭く、その路は細く、これを見出す者なし』(マタイ伝第七章)
    憲法発議まではラクな広き門である財政健全化条項は、滅びに至る広き門なのかもしれません。まずは、議論を。時間はあります。
  • 2015年02月02日

    ピケティ報道とお上への忖度

     フランスの経済学者、トマ・ピケティ氏が来日しました。世界的にベストセラーになっている経済書『21世紀の資本』が、日本でも邦訳本の売り上げが15万部を超え、時の人になっています。解説本も雨後の竹の子のごとく出版され、すっかりピケティ・フィーバーの様相で、内容解説はそちらに任せたいと思いますが、ざっくりと言えば格差の是正を説いています。

    『r>g』という数式を用いて、資本収益率(r)は歴史的にみるとほぼ常に経済成長率(g)を上回り、格差を縮小させる自然のメカニズムは存在しないというのが主な主張です。要するに、資本を持っている人は、国の経済成長率を超えて儲けられるということで、国が成長したその果実は偏って配分されるということ。

     たとえば、人口10人のAという国がある年、一人10ずつ生産していたとします。そうなると、GDPは100。それが次の年、みんなががんばって一人20ずつ生産してGDP200に成長しました。成長率は2倍、200%です。ただ、その中のaさんに機材をみんな借りて生産したので、その分を一人アタマ2ずつaさんに渡しました。
     そうなると、aさんの所得は自分の生産分20+みんなからもらった2×9=18で38。それ以外の人は18。aさんの所得は10から38で3.8倍。その他の人の所得は10から18で1.8倍となります。
     要するに、全体としては2倍の成長でも、その配分は資本を持っているか持っていないかで偏りが出るというんですね。それは放っておいても是正されるものではないので、できる権限がある国が資産課税なり累進課税なりで徴収し、それを社会保障の形で再配分して是正しなければならないというのがピケティ氏の主張です。

     しかしながら、そうした政府の介入に対して、社会保障など再配分の膨張は大きな政府につながると警戒する向きもあります。

    『ピケティブーム 財務省、格差論に警戒感 』(1月31日 日本経済新聞)http://goo.gl/pq10sP
    <社会保障を中心とする歳出の抑制が焦点だが難航は必至だ。政府内では、格差是正を訴える仏経済学者、トマ・ピケティ氏の著書をきっかけに財政改革の機運が衰えるとの懸念も浮上する。
    (中略)
    ピケティ氏は著書「21世紀の資本」で資産への累進課税も提唱している。課税強化は財務省の共感を呼びそうだが、広く薄く課税する消費税に否定的なこともあって財務官僚も警戒している。>

     消費税の再増税に向けてピケティブームが障害になるようならマズイと財務省は警戒しているようです。先日の日本記者クラブで行われたピケティ氏の会見についての報じ方も、それを忖度したかのようで非常に興味深いものになりました。私もこの会見に参加していたんですが、会場で行われたものと出来上がった記事の離れ度合が、どこまで財務省を忖度しているのかのバロメーターのようにも思えるのです。

     まずは、その模様を収めたVTRがこちら。

    『トマ・ピケティ 仏経済学者 『21世紀の資本』 2015.1.31』(YouTube 日本記者クラブ)http://goo.gl/OYkGUH
    (消費増税についての質問は、42分45秒あたりから)

    『中国経済「税の使い道ははっきりしていない」 ピケティ氏会見』(2月1日 夕刊フジ)http://goo.gl/5D5s9F
    <──日本は昨年4月、財政再建のため消費税を増税した
    「日本の成長を促すという観点からみると、消費税増税はいい結果を生んでいない。若者に利する形の累進課税にし、若者や低所得者層の所得税を引き下げるべきだ。逆に、高所得者層の所得税や不動産税などは高くすべきだ」>

     私が調べたところ夕刊フジが一番良心的で、一問一答の形で詳しく報じています。この消費税についてもほぼこの通りのやり取りですが、付け加えれば、『財政再建のためには』若者や低所得者層の所得税を引き下げるべきだ。逆に、高所得者層の所得税や不動産税などは高くすべきだと説いています。財政再建について聞かれているので、財政再建は消費税ではなく累進課税だと言っているわけですね。

     さて、この会見についての各社の報じ方ですが、凄まじいのがNHKと共同通信です。

    『ピケティ氏「若い人たち優遇の政策を」』(1月31日 NHK)http://goo.gl/Ukmdhf
    <日本でも格差拡大を抑えるために、累進課税を強化するなど、若い人たちを優遇するような政策をとるべきだという考えを示しました。>

    『ピケティ氏「若者向け減税」提言 アベノミクスとは一線』(1月31日 共同通信)http://goo.gl/UoDXDd
    <若者向けに減税を実施して格差を是正すべきだと日本に提言した。経済が成長すれば低所得者にも恩恵が波及するとの考えに懐疑的な見方を示し、安倍政権の「アベノミクス」とは一線を画した。>

     何と、消費増税については一切言及がありません!共同に至っては、ピケティ氏は一切言及していない「経済が成長すれば低所得者にも恩恵が波及するとの考えに懐疑的な見方を示し」という一節を挟み込んでいるのに、消費増税に懐疑的な見方を示したことには触れずじまいなのです。たしかに、質疑応答の中で別の質問者が「アベノミクスはトリクルダウンだと思うが、それについてどう思うか?」という質問が出たのは事実ですが、ピケティ氏はアベノミクスの是非については答えず、一般論としてトリクルダウン理論について言及したのですが(上記夕刊フジの記事を参照)、その部分を挙げて<「アベノミクス」と一線を画した>とするのは悪意すら感じます。

     一方、政権に近いという読売新聞やフジテレビは一応消費税にも言及はしています。

    『「資産家に高い税金を」ピケティ氏が持論展開』(1月31日 読売新聞)http://goo.gl/miY9kg
    <ピケティ氏は「(広く薄く課税する)消費税を上げるのは、成長を促す観点でいい結果を生んでいない。資産家に高い税金をかけ、若者が有利になる累進課税にすべきだ」と持論を展開した。>

    『トマ・ピケティ氏が日本で会見 「税制面で若者を優遇すべき」』(2月1日 フジテレビ)http://goo.gl/6iUoXT
    <ピケティ氏は、会見で、「日本の消費税増税は、成長の観点から、いい結果を生んでいない」との見方を示したうえで、「格差拡大を抑えるため、税制面で若者を優遇すべきだ」と強調した。>

     双方とも、一応言及しているものの、見出しにまでは持ってこない。消費税増税を延期した総理官邸側に近い分だけ、官邸と財務省の両方を忖度した微妙なラインを維持しています。

     実に味わい深いですが、本来なら消費増税についてピケティ氏がバッサリと斬り捨てたのがニュースなのではないでしょうか?しかも、質問者はわざわざ、「日本の政治家、官僚、学者、ジャーナリストの間で財政再建の為には消費増税やむなしという意見なのだが」とした上で消費増税についてどう思うか?と質問しました。それに対してピケティ氏は「消費増税は意味なし」と言っているわけで、まさしく日本の主流派経済学、経済マスコミを一刀両断しているわけです。この事実は軽く扱われるものなのでしょうか?少なくとも私は現場で見ていて、これは大きなニュースだと感じました。この時の会見場は、「エライ先生にお墨付きをもらおうとしたら、見当違いで困った」というような白けた空気が流れていたことを覚えています。

     自説に沿わなければ、扱いは極力小さく、あるいはゼロで。これも「報道の自由」の範疇なんでしょうか?
書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

■Twitter
「飯田浩司そこまで言うか!」

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