2015年02月10日

迷走する?憲法改正論議

 ISIL、自称イスラム国による日本人殺害事件。これを受けて、日本人の生命・財産をいかに守るのか?法整備も含めてようやく議論が始まりました。突き詰めれば、自衛隊を現地に派遣し事案の解決に当たれるのか?というところが議論の中心となり、そうなると憲法を改正して海外に出ていけるようにするべきだという主張も出てきました。邦人2人がむざむざ殺されたという事実を突きつけられれば、こうした主張も一定の説得力を持つようになってきています。

 そうなれば、安倍政権の目指すところの憲法改正議論、本丸である9条改正に向けて風が吹いているのではないかと思うんですが、そうも上手くは行かないようです。先日総理は、与党・自民党の船田元憲法改正推進本部長と会談しましたが、その中で具体的な改正点について、一足飛びに9条にはいかないという旨発言をしたようです。

『首相、参院選後に憲法改正の発議を 具体的な改憲時期言及は初めて』(産経新聞 2月5日)http://goo.gl/gUriEs
<安倍晋三首相(自民党総裁)は4日、首相官邸で船田元・党憲法改正推進本部長らと会談し、最初の憲法改正の発議と国民投票の実施は来年夏の参院選後になるとの見通しを示した。首相が具体的な改憲時期に言及したのは初めて。船田氏が記者団に明らかにした。>

 一貫して憲法改正を主張してきた産経新聞としては、「いつ」改憲をするのかが重要なようで見出しもそれを取っていますが、私としては「いつ」以上に「何を」改憲するのか?が気になりました。それについて、上記産経の記事には9条について総理が意欲を示していると書いてありますが、自民党サイドは違うようです。同じ会談についての時事通信は、

『改憲発議は参院選後=安倍首相と自民本部長が一致』(時事通信 2月4日)http://goo.gl/2cswrT
<改憲について船田氏は、環境、財政、非常事態対応などのテーマに分けて段階的に議論を進め、2016年夏の参院選の後に最初の発議を目指す考えを伝えた。首相は「それが常識だろう」と応じた。>

ということで、最初の改憲については9条など議論が割れるようなものではなく、公明党が兼ねてから主張している環境権や非常事態対応、財政などのテーマから絞っていく方針のようです。ポイントは、ここにしれっと『財政』という単語が入っているということ。これが何なのか?自民党の改憲草案を見てみると...。

『日本国憲法改正案』(自民党HP)http://goo.gl/3m4CRI
<第七章財政
(財政の基本原則)
第八十三条 国の財政を処理する権限は、国会の議決に基づいて行使しなければならない。
2 財政の健全性は、法律の定めるところにより、確保されなければならない。>

 要するに、財政健全化を憲法に明記しようというもの。こんなこと、今までの会見議論では全く出てきていません。たしかに自民党の改憲案には載っていますから、憲法改正に非常に興味がある人にとっては常識なのかもしれません。しかしながら、憲法改正は最終的には国民投票にかけられる案件。国民的な議論を経て改正するというのが筋のはずです。では、財政健全化を憲法に乗せようというのが今までメディアに出てきたか?寡聞にして私は聞いたことがありません。基本的に昔から9条改正に終始していて、最近96条の改正条項が議論のテーブルに上がってきたぐらい。
財政の「ざ」の字も今まではなかったですよね。

 そんな「財政健全化」がなぜ今憲法改正の議論の中に登場したのか?ある政界関係者はこう解説してくれました。

「これなら、民主党も乗れるから。ある意味、国会発議までのハードルは一番低いんじゃないかな」

 たしかに民主党の岡田代表も、財政健全化については並々ならぬ意欲を見せています。

『民主・岡田代表 予算案の財政規律の緩みただす』(NHK 2月8日)http://goo.gl/62W5Ld
<民主党の岡田代表は、名古屋市で記者団に対し、政府が今週12日に国会に提出する方針の新年度・平成27年度予算案について、財政規律に緩みが見えると指摘したうえで、財政健全化を目指す観点から政府にただしていく考えを示しました。>

 さすがは、財政健全化を旗印に消費増税を3党合意で決定した民主党。消費増税によって景気が悪くなろうが、財政健全化至上主義です。これだけ財政健全化を推し進める民主党ですから、財政条項での憲法改正なら反対はしづらいわけですね。

 しかし、これは政治のテクニックとしては「あり」なのかもしれませんが、将来に禍根を残す可能性があって私は反対です。

<財政の健全性は、法律の定めるところにより、確保されなければならない。>

 これ自体は抽象的な文言でイメージしづらいんですが、まずは「財政の健全性」というのをどう測るかというところ。よく言われているプライマリーバランス(基礎的財政収支)をモノサシにしていますが、これ自体は単年での指標ですので、長期的なビジョンを描く国の政策とはちょっと食い合わせが悪い気がします。

 たとえば、今話題のギリシャですが、この国は経済危機の後EUの支援の条件である「財政健全化」を苛烈なまでに進め、何と今やプライマリーバランスは黒字化しているんです。しかしこのために、政府のサービスは年金、医療も含めて切り詰めるだけ切り詰め、増税に次ぐ増税をしました。当然景気は急速に悪化。失業率は25%を超え、自殺率が危機前と比べ36%も高まったそうです。その結果、当時の政権与党、新民主主義党(ND)は選挙で惨敗。反緊縮派の急進左派連合(シリザ)が政権を奪取し、財政健全化はいったん棚上げにすることでEUとの交渉を始めています。

 このように、財政健全化を急進的に行うと、景気が悪化する恐れがあるんです。もっと言えば、自殺率が高まる。人が死ぬ。好景気の内に財政健全化を行う分にはショックは少なく済みますが、今の日本やギリシャのようなデフレ下で苛烈な財政健全化を行えば、人が死ぬんです。そして、憲法に財政健全化を明記してしまえば、そうした間違った経済政策を行おうとしたときに歯止めが利かなくなる可能性があります。

 考えると、これだけ重要な改憲テーマなんですが、改憲派、護憲派双方ともさほど問題視していません。日本では「護憲派=リベラル」のはずなので、本来小さな政府を目指す財政健全化には反対のはずなんですが、リベラルの一極、民主党はむしろ率先して財政健全化、増税に向いているというねじれが生じているので議論がイマイチ盛り上がりません。このまま大した議論のないまま、スルッと財政健全化改憲が行われてしまうんでしょうか?

 新約聖書にはこんな一節があります。
『狭き門より入れ。滅びに至る門は大きくその路は広く、これより入る者多し。いのちに至る門は狭く、その路は細く、これを見出す者なし』(マタイ伝第七章)
憲法発議まではラクな広き門である財政健全化条項は、滅びに至る広き門なのかもしれません。まずは、議論を。時間はあります。
書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

■Twitter
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