2015年02月02日

ピケティ報道とお上への忖度

 フランスの経済学者、トマ・ピケティ氏が来日しました。世界的にベストセラーになっている経済書『21世紀の資本』が、日本でも邦訳本の売り上げが15万部を超え、時の人になっています。解説本も雨後の竹の子のごとく出版され、すっかりピケティ・フィーバーの様相で、内容解説はそちらに任せたいと思いますが、ざっくりと言えば格差の是正を説いています。

『r>g』という数式を用いて、資本収益率(r)は歴史的にみるとほぼ常に経済成長率(g)を上回り、格差を縮小させる自然のメカニズムは存在しないというのが主な主張です。要するに、資本を持っている人は、国の経済成長率を超えて儲けられるということで、国が成長したその果実は偏って配分されるということ。

 たとえば、人口10人のAという国がある年、一人10ずつ生産していたとします。そうなると、GDPは100。それが次の年、みんなががんばって一人20ずつ生産してGDP200に成長しました。成長率は2倍、200%です。ただ、その中のaさんに機材をみんな借りて生産したので、その分を一人アタマ2ずつaさんに渡しました。
 そうなると、aさんの所得は自分の生産分20+みんなからもらった2×9=18で38。それ以外の人は18。aさんの所得は10から38で3.8倍。その他の人の所得は10から18で1.8倍となります。
 要するに、全体としては2倍の成長でも、その配分は資本を持っているか持っていないかで偏りが出るというんですね。それは放っておいても是正されるものではないので、できる権限がある国が資産課税なり累進課税なりで徴収し、それを社会保障の形で再配分して是正しなければならないというのがピケティ氏の主張です。

 しかしながら、そうした政府の介入に対して、社会保障など再配分の膨張は大きな政府につながると警戒する向きもあります。

『ピケティブーム 財務省、格差論に警戒感 』(1月31日 日本経済新聞)http://goo.gl/pq10sP
<社会保障を中心とする歳出の抑制が焦点だが難航は必至だ。政府内では、格差是正を訴える仏経済学者、トマ・ピケティ氏の著書をきっかけに財政改革の機運が衰えるとの懸念も浮上する。
(中略)
ピケティ氏は著書「21世紀の資本」で資産への累進課税も提唱している。課税強化は財務省の共感を呼びそうだが、広く薄く課税する消費税に否定的なこともあって財務官僚も警戒している。>

 消費税の再増税に向けてピケティブームが障害になるようならマズイと財務省は警戒しているようです。先日の日本記者クラブで行われたピケティ氏の会見についての報じ方も、それを忖度したかのようで非常に興味深いものになりました。私もこの会見に参加していたんですが、会場で行われたものと出来上がった記事の離れ度合が、どこまで財務省を忖度しているのかのバロメーターのようにも思えるのです。

 まずは、その模様を収めたVTRがこちら。

『トマ・ピケティ 仏経済学者 『21世紀の資本』 2015.1.31』(YouTube 日本記者クラブ)http://goo.gl/OYkGUH
(消費増税についての質問は、42分45秒あたりから)

『中国経済「税の使い道ははっきりしていない」 ピケティ氏会見』(2月1日 夕刊フジ)http://goo.gl/5D5s9F
<──日本は昨年4月、財政再建のため消費税を増税した
「日本の成長を促すという観点からみると、消費税増税はいい結果を生んでいない。若者に利する形の累進課税にし、若者や低所得者層の所得税を引き下げるべきだ。逆に、高所得者層の所得税や不動産税などは高くすべきだ」>

 私が調べたところ夕刊フジが一番良心的で、一問一答の形で詳しく報じています。この消費税についてもほぼこの通りのやり取りですが、付け加えれば、『財政再建のためには』若者や低所得者層の所得税を引き下げるべきだ。逆に、高所得者層の所得税や不動産税などは高くすべきだと説いています。財政再建について聞かれているので、財政再建は消費税ではなく累進課税だと言っているわけですね。

 さて、この会見についての各社の報じ方ですが、凄まじいのがNHKと共同通信です。

『ピケティ氏「若い人たち優遇の政策を」』(1月31日 NHK)http://goo.gl/Ukmdhf
<日本でも格差拡大を抑えるために、累進課税を強化するなど、若い人たちを優遇するような政策をとるべきだという考えを示しました。>

『ピケティ氏「若者向け減税」提言 アベノミクスとは一線』(1月31日 共同通信)http://goo.gl/UoDXDd
<若者向けに減税を実施して格差を是正すべきだと日本に提言した。経済が成長すれば低所得者にも恩恵が波及するとの考えに懐疑的な見方を示し、安倍政権の「アベノミクス」とは一線を画した。>

 何と、消費増税については一切言及がありません!共同に至っては、ピケティ氏は一切言及していない「経済が成長すれば低所得者にも恩恵が波及するとの考えに懐疑的な見方を示し」という一節を挟み込んでいるのに、消費増税に懐疑的な見方を示したことには触れずじまいなのです。たしかに、質疑応答の中で別の質問者が「アベノミクスはトリクルダウンだと思うが、それについてどう思うか?」という質問が出たのは事実ですが、ピケティ氏はアベノミクスの是非については答えず、一般論としてトリクルダウン理論について言及したのですが(上記夕刊フジの記事を参照)、その部分を挙げて<「アベノミクス」と一線を画した>とするのは悪意すら感じます。

 一方、政権に近いという読売新聞やフジテレビは一応消費税にも言及はしています。

『「資産家に高い税金を」ピケティ氏が持論展開』(1月31日 読売新聞)http://goo.gl/miY9kg
<ピケティ氏は「(広く薄く課税する)消費税を上げるのは、成長を促す観点でいい結果を生んでいない。資産家に高い税金をかけ、若者が有利になる累進課税にすべきだ」と持論を展開した。>

『トマ・ピケティ氏が日本で会見 「税制面で若者を優遇すべき」』(2月1日 フジテレビ)http://goo.gl/6iUoXT
<ピケティ氏は、会見で、「日本の消費税増税は、成長の観点から、いい結果を生んでいない」との見方を示したうえで、「格差拡大を抑えるため、税制面で若者を優遇すべきだ」と強調した。>

 双方とも、一応言及しているものの、見出しにまでは持ってこない。消費税増税を延期した総理官邸側に近い分だけ、官邸と財務省の両方を忖度した微妙なラインを維持しています。

 実に味わい深いですが、本来なら消費増税についてピケティ氏がバッサリと斬り捨てたのがニュースなのではないでしょうか?しかも、質問者はわざわざ、「日本の政治家、官僚、学者、ジャーナリストの間で財政再建の為には消費増税やむなしという意見なのだが」とした上で消費増税についてどう思うか?と質問しました。それに対してピケティ氏は「消費増税は意味なし」と言っているわけで、まさしく日本の主流派経済学、経済マスコミを一刀両断しているわけです。この事実は軽く扱われるものなのでしょうか?少なくとも私は現場で見ていて、これは大きなニュースだと感じました。この時の会見場は、「エライ先生にお墨付きをもらおうとしたら、見当違いで困った」というような白けた空気が流れていたことを覚えています。

 自説に沿わなければ、扱いは極力小さく、あるいはゼロで。これも「報道の自由」の範疇なんでしょうか?
書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

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