2018年2月

  • 2018年02月27日

    『体感物価』って?

     先週末に1月分の消費者物価指数が公表されてから、『体感物価』という不思議な言葉が新聞の見出しに目立つようになりました。このところの原油高に引っ張られる形でガソリンや灯油の価格が上昇したことに加え、年明けからの列島に到来した寒波で暖房需要や発電需要も伸長。さらに寒波の影響で生鮮食料品、特に葉物を中心に野菜も高い!こうした家計の実感もあって、『体感物価』というものに説得力が増しているのかもしれません。

    <総務省が26日発表した2017年平均の全国消費者物価指数(15年=100、生鮮食品を除く)は、前年比0・5%上昇の100・2と、2年ぶりにプラスとなった。原油高でエネルギー関連が上昇したのが主因で、食料品も値上がりした。需要の増加などを背景とした物価の上昇は経済の好循環につながるが、ガソリンや灯油など生活必需品の上昇は生活を圧迫し、消費に影響を与える可能性もある。>

    <消費者の「体感物価」が上昇ピッチを速めている。エネルギーや生鮮食品など節約が難しい品目の値上がりで、家計の節約志向がぶり返す懸念が出ている。
     1月の消費者物価指数(CPI、2015年=100)は、エネルギーも生鮮食品も含む総合ベースで前年同月比1.4%上昇。消費増税の影響を除くと、14年7月(1.4%)以来の伸びだ。>

     だいたいどの記事も、総務省統計局発表の消費者物価指数のうち、エネルギーや生鮮食品も含む「総合」の数字を『体感物価』と定義しているようです。足元の数字を参照しておきますと、

    <全国 平成30年(2018年)1月分 前年同月比 総合:1.4%  生鮮食品を除く総合:0.9%  生鮮食品及びエネルギーを除く総合:0.4%>

     たしかに総合指数では前年同月比プラス1.4%となっていますが、エネルギーや生鮮食品といった、値動きが激しくかつ海外要因や自然現象の影響を受けるものを除いた総合指数、俗にコアコア指数といいますが、こちらでは前年同月比0.4%の上昇にとどまっています。
     問題は、こうした数字をどう読み解くか、そして現実の政策に落とし込んでいくかですが、経済メディアは判で押したように「物価が上昇してきているのだから、金融緩和の副作用が出始めたのだ!さあ、とっとと出口戦略、金融緩和の終了と金融引き締めだ!」という論を立てています。年金生活者の方々などのインタビューを交えつつ、「物価が上がって生活が苦しくなっているのだ」と持っていくわけですね。
     素朴な生活実感としてはたしかにそうで、物価上昇に見合うだけの賃金上昇がなければ実質賃金が下がり、暮らし向きは悪化します。ただ、物価上昇にはコストプッシュ型とディマンドプル型の2種類があって、それぞれその要因も違えば対応する処方せんも違うはずなのです。今回の物価上昇は、主としてエネルギー価格の上昇や気象要因の生鮮品価格の上昇ですから、コストプッシュ型インフレといえます。金融緩和の副作用というか結果として物価が上がったわけではありません。
     専門家の中には、日銀は消費者物価指数の中でもこの総合指数で2%上昇を目標としているので、すでに達成したも同然だ。だから金融緩和を止めるべきだと主張する方もいます。
    たしかに、2012年に政府と日銀で交わした政策協定では、物価目標の定義を書き込まなかったので解釈の余地がありました。しかし、その後2014年?にイールドカーブコントロールと共に導入したオーバーシュート型コミットメントでは、<生鮮品を除いた消費者物価指数が前年同月日で安定的に2%を越えるまで>と明記されました。


     従って、今の金融緩和の物価目標は生鮮食品を除く総合指数(俗に言うコア指数)となります。こちらは、直近の値で前年同月日0.9%プラス。決して満足いく数字ではありません。やはり、ここで出口戦略となれば、目標を達しないまま金融緩和を終えることになります。

     さて、金融緩和の政策効果を測る指標として、上に挙げたCPIコアコア指数があります。こちらは前年同月日たったの0.4%しか上昇しておらず、今金融緩和をやめて引き締めに転じるのは時期尚早であることは明らかです。にもかかわらず、総合指数が2%までいかずともその近くまで来たからと言って引き締めに転じては、金融緩和のメリットの部分まで奪い去ることになります。
     具体的には、雇用です。
     金融緩和のデメリットはインフレになることですが、メリットとしては雇用を産み出すことが言われています。現在の日本の失業率は2.8%(12月、季節調整済み前月比)、有効求人倍率は1.59倍(12月分、季節調整値)まで来ています。よく、団塊世代が引退したから人手不足になり、だから雇用が回復しているんだという人がいますが、この入れ替わりの需要のみが存在するのなら、どうして雇用者数が増えているのか説明がつきません。入れ替わりだけなら雇用者の椅子の数は増えませんから、雇用者の総数には変化がないはずです。ところが、2013年以降、雇用者数は月毎の上下はありながら総じて増加傾向にあります。これは、経済のパイが大きくなって、今まで働いていなかった人の分も含めて椅子の数が増えているということではないでしょうか?
     雇用が生まれ、失業率が下がっていけば、つれて経済的要因の自殺者数も減るということもまた、統計的に証明されています。労働需給が引き締まって人手不足感が強まれば、ひところ話題となったブラック企業は労働者が集まらずに人手不足倒産していくことでしょう。これはある意味自然淘汰ですから、企業倒産といっても我が国経済全体から言えば悪いことではありません。人手不足の文句を言う前に、雇用者の待遇改善を進めればいいわけですから。

     こうした恩恵を、ここ数ヵ月の『体感物価』とやらが多少上昇したからといって、帳消しにしていいのでしょうか?私は、金融緩和はそのままに、エネルギーや生鮮食品の価格上昇には的を絞って一定の補助を出すなどの政策で手当てする方がよほど理に叶っていると思います。もちろん、特定の層に恩恵が偏るなどの歪みが生じる可能性がありますから、制度設計は知恵を絞る必要があると思いますが。しかしながら、『体感物価』上昇という小の虫を気にするあまり、金融緩和の恩恵という大の虫をわざわざ殺す必要はありません。大の虫も小の虫も生かすのが政治の役割なのではないでしょうか?

     もちろん、今市場では国債が枯渇していて値動きも限られているので、結果として日銀は国債を買って金融緩和しようにも出来ない状態に陥ってしまっているのはわかっています。だからこそ、政府が国債を発行する絶好のチャンス。すなわち、思いきった財政出動が出来るチャンスなのです。すでに2018年度本予算は審議の真っ最中で積み増しも期待できませんから、勝負は2018年度補正予算。老朽化した橋やトンネルといったインフラ整備、医療・福祉・介護、リカレントも含めた教育、現場の隊員さんの福利厚生まできちんと行き届く防衛費などなど、ワイズスペンディングすべき対象はまだまだ沢山あると思うのですが...。
  • 2018年02月21日

    一帯一路と白色艦隊

     先週の金曜日に旧正月を迎え、中国や東南アジア各国からの旅行者が押し寄せています。週明け、あるパーティーで都心の大型ホテルを訪れたのですが、大きなスーツケースを引いたアジアからの観光客グループをそこここで見かけました。

    <中国で15日から始まる春節(旧正月)の大型連休を目前に控えた13日、中国各地の鉄道駅などは故郷や観光地に向かう人たちでにぎわった。連休期間中に海外へ向かう旅行客は過去最多の約650万人と予想されている。>

     世界各地の有名観光地でこうした光景が見られているのでしょう。4~5年前にデンマークのコペンハーゲンを観光した時のこと、世界三大ガッカリとしても有名な(?)人魚姫の像を見に行くと、そこにいたのは中国系の一団とインド系の一団。ああ、世界の成長センターはここなんだなぁと感心した覚えがあります。それは、同じく世界三大ガッカリの一つ、ブリュッセルの小便小僧を見に行った時も同じでした。

     こうして世界中に飛び出していく中国人。この勢いは旅行熱だけでなく、生活に困窮している層は移民として、あるいは今や経済力や軍事力を通じても対外拡張主義の圧力が強まっています。言うまでもなく、一帯一路を通じ沿線各国への経済的な影響力の拡大や、海のシルクロード、さらには北極海を経由する新たな航路の開拓によっても、外へ外へと進出しているわけですね。その一連の膨張は、習近平国家主席に言わせれば「中国の夢」。「中華民族の偉大な復興」と何度も繰り返しています。
     その行きつく先は何なのか?よく言われているのが、清国の最大版図の回復。乾隆帝の時代の再現を狙っているとされています。数年前にイギリスのエコノミスト誌は皇帝の衣装を纏った習近平氏が右手にシャンパン、左手に子供のピロピロ笛(吹き戻し)を持つ表紙絵を掲載し話題を呼びました。

     清国の最大版図の回復というだけでアジア各国にとってみれば非常に大きな脅威。日本にとって長期的には最大の脅威といっても全く過言ではありません。が、ヨーロッパにとってはこんな表紙絵で揶揄できるぐらい、現実の脅威とは感じずにむしろビジネスパートナーとして捉えているように見えます。
     では、本当に中国は清国の最大版図程度で膨張主義を止め、自制するのでしょうか?すでに脅威にさらされている我々からすれば、そんなことはないだろう。弱みを見せれば必ず出てくると思います。ある外務官僚は、
    「そもそも、清国の最大版図、乾隆帝時代の回復って、乾隆帝は漢民族ではなくモンゴル系。そもそも、中華民族の偉大な復興ってのが欺瞞であることが良くわかる」
    と看破しました。そのうえで、
    「一帯一路はヨーロッパを飲み込むように、一応の終点をドイツ・ハンブルグに置いている。海の方はアフリカ各国に到達し、物量作戦でアフリカ各国を取り込んでいるのはよく知られている通り。さらに、大西洋を越えて中南米に到達している」
    と教えてくれました。日本ではあまり大きく報道されていませんが、たしかに一帯一路構想とは無縁と思われていた中南米諸国にも参加するよう呼び掛けています。

    <中南米33カ国で構成する中南米カリブ海諸国共同体(CELAC)と中国の閣僚級会合が22日、チリの首都サンティアゴで開かれ、中国はシルクロード経済圏構想「一帯一路」に中南米諸国も加わるよう呼び掛けた。ロイター通信が伝えた。「米国の裏庭」と称されてきた中南米では近年、中国の影響力拡大が著しい。>

     記事にもある通り、「アメリカの裏庭」と言われていた中南米の国々にもしっかりと手を伸ばしている中国。一帯一路以外にも、台湾と国交を結んでいたサントメプリンシペやパナマといった国々を着々と寝返らせ、台湾との断交、中国との外交関係を回復させています。
     さて、上記CELACにも出席していた中国の王毅外相は、2013年の外相就任以来去年末までで重複を含めると112か国、269回の外遊をこなしています。一方、ほぼ同時期に成立した第2次安倍政権の外相、前任の岸田氏から現職の河野外相までを合わせても62か国124回です。彼我の差は2倍。とよく言われますが、ここで注意したいのが中国という国の行政と政治の関係です。
     共産主義を掲げる国は大抵そうなんですが、党が政府を指導するとされています。行政機関としての外務省(外交部)のトップはこの王毅氏ですが、党側の外交トップは別にいます。今は、楊潔チ(よう・けつち)国務委員。王毅氏の前任の外相で、2013年から中国共産党中央外事工領導弁公室主任を務めています。この人もおそらく王毅外相と同程度の外遊を行っているでしょうから、実際は彼我の差は4倍に開くといってもあながち間違いではないでしょう。資金の豊富さや軍事力も大きな武器なんでしょうが、外交も人と人の関係が作るものですから、トップを知ってるか知らないか、会って話したことがあるかないかは大きなアドバンテージになります。こうして作り上げたネットワークが国際世論の形成にも大きな影響を与えているのは言うまでもありません。

     さらに、中国には壮大な外交構想があるようです。ある外交関係者は、
    「中南米まで一帯一路を繋げば、次は第3パナマ運河を作って太平洋に抜けてくる構想まである。かつてオバマ政権時代、太平洋を米中で分割しようというプランがあったが、背中からアメリカの支配圏に切り込むアイディアだ」
    と解説してくれました。

     それを聞いて私が思い出したのは、第一次世界大戦直前に当時の新興大国アメリカが大艦隊を送り出し世界一周させた故事。グレートホワイトフリート(白色艦隊)と言われたこの艦隊は、大西洋岸のハンプトンローズを1907年末に出航。南米大陸を南下し、マゼラン海峡を経てサンフランシスコへ。そこから太平洋を横断し、当時日露戦争に勝利した日本・横浜にも寄港しています。そして、南シナ海、インド洋を通り、スエズ運河を抜けて地中海へ。最後にジブラルタルに寄港し、大西洋を横断、ハンプトンローズに戻るという、1年3か月あまりの大航海でした。


     この艦隊の目的は、新造艦を連ねて世界一周をすることで自国の海軍力を誇示することにあったと言われています。新興国が世界の覇権を掴もうとした象徴的な動きだったわけですね。特に、日露戦争後ロシアの圧迫から解き放たれた日本海軍をけん制する目的が濃厚にあったとされ、白色艦隊が太平洋を横断しだすとヨーロッパ各国のメディアは「日米開戦の危機!」と報道。日本国債が暴落したという逸話もあったそうです。

     軍艦を使うほど荒っぽいやり方ではありませんが、一帯一路の構想は世界を一周するネットワーク構築、自分たちの国力を誇示するやり方。まさに現代の白色艦隊と言えるのではないでしょうか。目先の経済的利益で日本企業も乗り遅れるなとばかりに色気を示しています。私企業がどんな意思決定をしようともリスクは自分たちで取るわけですから結構なのですが、国策として一帯一路に乗っていくのは控えめに言っても相当に慎重な判断が必要です。外交判断は企業の意思決定と同列に考えるべきではありません。

     110年余り前、我が国は白色艦隊を大歓迎しました。相手が戸惑うほどの大歓待で迎え、日米開戦の危機をやり過ごしたそうです。一方で、艦隊が寄港する同じ時期に海軍大演習を行い、大規模な離島奪還訓練を行っていたという逸話が残っています。今求められているのは、先人たちのこのしたたかさではないでしょうか。
  • 2018年02月15日

    定年延長は人手不足の処方箋か?

     今週はインフルエンザにかかりまして月曜~水曜のボイスをお休みしてしまいました。ご迷惑をお掛けした関係各位、特に急な代打を引き受けてくれた箱崎アナ、新行アナには足を向けて寝られません。ありがとう。持つべきものは頼りになる後輩だなぁと、頼りがいのない先輩は病床でラジオを聴いておりました。
     私は先に患った息子の看病をしていて伝染りましたが、まだまだ猛威を振るっております。どうぞ皆様、ご自愛くださいませ。

     さて、そんな折りに家で新聞をチェックしていてひっくり返ったのがこの記事。

    <25年までに厚生年金の支給開始が男性で65歳に引き上げられ、定年や再雇用で収入が減る「60歳の崖」が課題となっている。人手不足が続くなか、経験豊かなシニアの士気低下を防ぎながら、雇用を維持する動きが広がってきた。>

     もともと、2013年の高年齢者雇用安定法の施行で、企業は定年後に働きたい社員を年金支給が開始される65歳までは雇用しなくてはならないことが決まっています。雇用の方法は3通りあって、一つは定年延長。2つ目が嘱託などの再雇用、そして定年制度そのものの廃止です。この内、厚生労働省の就労条件総合調査の最新の数字、平成29年の調査結果では、83.9%の企業が再雇用制度を採用しています。
     理由は記事にもある通り、人件費の問題。
     ここ10年で定年を迎えてきた世代と言えば、団塊の世代。年功序列賃金制度のど真ん中にいた彼らは総じて定年時に高い賃金を得ていました。現役時代は、若い時期に低賃金で苦労したんだから仕方がないだろうと正当化されてきましたし、一度上げた賃金をおいそれと下げられないのが日本型雇用制度。定年という区切りでようやく下げることを呑ませられるという経営側の意図もあり、多くの企業がこの制度を採用してきました。

     ところが、このところ定年後再雇用の制度を見直して定年を延長しようという動きがにわかに出て来ています。その動きは、民間のみならず、官にも。

    <政府は、原則六十歳と定める国家、地方公務員の定年を三年ごとに一歳ずつ延長し、二〇三三年度に六十五歳とする方向で検討に入った。人件費の膨張を抑制するため、六十歳以上の職員の給与を減額するほか、中高年層を中心に六十歳までの給与の上昇カーブを抑える考えだ。>

    そして、メディアにも。

    <朝日新聞社は10月から、社員の定年を65歳に延長した。勤務日数や転勤に一定の制約を設けていた従来のシニアスタッフ制度に代えて「60歳以降も戦力として働いてもらう」(重野洋労務部長)ことが狙い。>

     子育て世代に手厚く!と旗だけは振りますが、やっていることは官もメディアも高齢者優遇。そもそも高い人件費を多少押さえたとしても、上記日経の記事にある通り60歳到達前の8割の水準が維持されれば、それは若手を2~3人分になるでしょう。人手不足を理由に、今すでに自分達の手元にいて、新たに採用活動しなくて済む60歳以上を繋ぎ止めれば当座はしのげるでしょう。問題は、この手当ては5年、10年先を見据えていないことです。皮肉にも、同じ昨日の日経にこんな興味深いデータがありました。

    <厚生労働省の賃金構造基本統計調査によると、2016年の正社員の所定内給与(6月分)は32万1千円と、4年前から4700円増えた。ところが、45~49歳は7千円減り、40~44歳は4500円減った。20~34歳や55~64歳といった年齢層は7千~8千円程度増えているのと対照的だ。>

     記事にはグラフがあって、それを見ると一目瞭然なのですが、30台後半から40代の世代がM字を描くようにボコッと凹んでいます。この世代は、本来ならば働き盛り。ある程度のスキルを積み、現場を指導する立場で、これから社会を背負って立たなくてはいけない世代です。子育て世代で最も消費性向が高い世代でもあり、少子化を問題視するのであればこの世代がターゲットとなるはず。ところが、その世代を著しく冷遇しているのがデータからも読み取れます。
     この世代の賃金がなぜ伸びていないのか、様々な分析がなされていますが一つの説として提示されているのが、この世代に多い長期非正規労働者の存在です。社会に出たタイミングでデフレの真っ只中。正社員の門戸は限りなく狭く、仕方なく非正規労働の道を選択した人が、そのまま今も非正規のままでいます。今非正規の賃金は上がってきていると言われますが、社会に出てこの方スキルを上げる機会を奪われたこうした団塊ジュニア、ロストジェネレーション世代は、そのスキルの乏しさ故に賃金上昇の波からも取り残されつつあるのかもしれません。

     定年延長も結構ですが、ぜひとも働きに見合った給与体系にしてもらいたいものです。「賃上げしました!が、そのほとんどが定年延長分に消えました...」では「働き方改革」が聞いて呆れます。今のままだと、おそらくそうなってしまうでしょう。
     人手不足というならば、ロスジェネ世代のスキルアップと正規雇用化が先なのではないのでしょうか。少なくとも、彼ら彼女らは定年を迎える方々よりは20年は若いはずです。
    そして、もう一つ心配なのが、定年延長で管理職の椅子がますます空かなくなること。部署の統合や企業統合などで管理職のポストはどんどん減っています。それゆえ、課長・部長といった管理職に就く年齢も高くなる傾向にあるのです。


     会社員生活で一度も部下を持たずに定年を迎えるという人が続出する時代ですが、引退するはずの人が居座り続けることでその傾向がますます加速します。ただでさえ迅速な意思決定が求められる時代なのに、日本企業だけはいつまでも判子のやり取りに終始している。もうこれを冗談として笑えない時代に来ています。
     組織の平均年齢が上がれば上がるだけ、新しいことに挑戦しようとする意欲が失われることが研究で証明されています。ただでさえ数の少ない若手が新しいことを提案しても、大多数のベテランがあれこれと難癖を付け、なかったことにしてしまう。他人事じゃないって方、多いんじゃないんですか?
     定年延長は、延長されるご本人にとってはもちろんバラ色の話なのでしょう。減ると思っていた収入があまり減らずに済むんですから、こんなに嬉しいことはない。ただし、そこには世代間格差拡大という落とし穴があることも忘れないでいただきたい。苦労するのは、ちょうどあなたの子供の世代です。

     それともう一つ。定年延長するにせよしないにせよ、原資は経済成長がもたらすということは論を待ちません。まずデフレ脱却。経済成長。いずれにせよ議論はそれからです。
  • 2018年02月08日

    身から出た錆

     週明けの日経平均株価が1000円を超える下落を見せ、巷ではいよいよアベノミクスが岐路に差し掛かったというような論調が強くなってきました。政権発足当初のアベノミクス3本の矢というと、金融緩和・財政出動・構造改革でしたが、その中でも最も機能したのが1本目の矢である金融緩和。この副作用が大きくなってきたというのが、典型的なアベノミクス批判のパターンです。


    日銀の黒田総裁は会見の度に大規模緩和は継続すると言い続けていますが、大手メディアの経済部やいわゆる"市場関係者"とされる人たちの中では、それを真に受ける人はいません。型的な例として挙げた上記読売の社説でも、
    <金融緩和策が近く縮小に向かう、との見方が市場関係者の間で増えている。景気拡大は戦後2番目の長さに達し、雇用の改善も進んでいるためだ。>
    と解説しています。
     たしかに雇用の改善は進み、足元の完全失業率は2017年通年でも2017年12月でも2.8%まで来ています。
    一昔前ならば完全雇用と言われた状況。GDPも順調に伸びているということですが、肝心の物価上昇率は生鮮食品を除く総合で2017年12月はプラス0.9%と目標の2%に遠く及びません。
     さらに、昨日発表された厚生労働省の毎月勤労統計調査によれば、その微々たる物価上昇率よりも名目賃金の伸びはさらに弱く(0.4%)、結果的に実質賃金は2年ぶりのマイナス水準(-0.2%)に落ち込んでしまったようです。
     ん~、"雇用の改善"は、強いて言えば量の部分は改善したのかもしれませんが、質の部分(賃金水準など)はまだまだ。これで金融緩和策縮小となれば、現在正社員で雇用が安定している方々にとっては問題ないかもしれませんが、これから労働市場に参入しようとする若者や、やむ終えず非正規でいる方々にとっては悲報以外の何物でもありません。

     ただ、こうしたいわゆる"出口戦略"報道に一定の信憑性を与えてしまっているのが、日銀執行部も実は金融緩和を止めたがっている!という専門家や経済メディアの解説です。たとえば、こんな記事。

    <日本銀行が22、23日に開いた金融政策決定会合では、1人の政策委員が、今後2%に向けて物価が上昇し経済の中長期的な成長力が高まる中で、「環境変化や副作用も考慮しながら、先行き望ましい政策運営の在り方について検討していくことも必要になるのではないか」と述べた。>

     この見出しとリードの一行目だけを読むと、ああ日銀執行部の中にも危機感があるのか!という印象になりますよね。ところが、これが典型的な"チェリーピッキング"。自分の求める美味しいネタだけを切り取って出してきた記事です。というのも、この記事のソースになっている日銀金融政策決定会合の「主な意見」。実は、これだけでなく会合で出た様々な意見が箇条書きになっているものなのです。


     会合参加者の意見を数えてみると、オブザーバー参加している政府関係者(内閣府・財務省)を除いても27個あります。そのうち、副作用云々を言っているのは1つだけ。その上、直後には、
    <2%の「物価安定の目標」まで距離がある現状では、市場で早期に金融緩和の修正期待が高まることは好ましくない。>
    と、出口戦略が喧伝されて市場に間違ったメッセージが送られることに対して釘を差すような意見も公表されています。上記ブルームバーグの記事も、本文中ではこうした正反対の意見も紹介していますが、ならばなぜ見出しはミスリードを誘うようなものになっているのか?冒頭で紹介した読売の社説など、そのミスリードにいとも簡単に乗せられています。

    <日銀が先月開いた金融政策決定会合では、複数の委員が緩和策の見直しに言及した。>

     ただし、ミスリードなのは経済メディアだけでなく、日銀のオペレーションもミスリードを誘うような動きをしているのも事実。このブログでも日銀が目立たないように金融緩和の手を緩めている、いわゆる"ステルステーパリング疑惑"について書いてきました。アクセルの踏みが緩くなってきているのではないか?という趣旨で書いてきたのですが、ひょっとするともはやブレーキかもにも足がかかっているのかも知れません。

    <日銀の資金供給量(マネタリーベース)が黒田東彦総裁の下で初めて減少に転じた。1月に供給したお金の量(季節調整済み)は昨年12月に比べて年率換算で4.1%減った。減少は2012年11月以来、5年2カ月ぶりだ。>

     こういうデータが出てくるから、市場から出口に入ったんじゃないか?と疑われるわけで、黒田総裁以下日銀関係者が「緩和は続けるって会見で言っているのに市場は誤解している」なんてボヤいても身から出た錆。言行不一致を突かれているわけですから。かくなる上は、より一層の緩和でもって日銀の意思をよりハッキリと示してもらいましょう。でなければ、市場の疑念は払しょくできず、日銀が密かに金融緩和を終了しようとしているという疑念が既成事実となってしまいます。ズルズルと明言せずに金融緩和を閉じていくという悪いシナリオですね。ある意味で官僚らしいサボタージュからの既成事実化ですが、それをガバナンスと言えるのか?トップの言っていることを現場が聞かないという現場の暴走を、専門家もメディアもこぞってもてはやしている構図は、私には戦前の軍部も彷彿させるおぞましいものに映るのですが...。
書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

■Twitter
「飯田浩司そこまで言うか!」

■会員制ファンクラブ(CAMPFIREファンクラブ)
「飯田浩司そこまで言うか!ONLINE」

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