2015年7月

  • 2015年07月31日

    ギリシャ人は怠け者か?

     ギリシャ危機が一息をつき、一連の債務危機を総括するような記事が出てきています。だいたい、「ギリシャのようになるな!」、あるいは「ギリシャよりも日本の方が危機的!」といったおどろおどろしい見出しで読み手を引き付けるようです。

    『ギリシャより日本のほうがひどい...PB赤字をエコノミスト指摘』(7月2日 週刊朝日)http://goo.gl/1gRcbA

    『日本国債が暴落したとき日本は今のギリシャと同じ立場になる』(7月6日 週刊ポスト)http://goo.gl/LxDYHz

    『成長と財政両立の宿題は山積みだ』(7月1日 日本経済新聞)http://goo.gl/8ic6jV

     中身はどれも似たり寄ったりで、まずギリシャは怠け者で働かず、借金を重ねて散財を繰り返した揚句破たんしたということを強調します。その上で、そんな危機に陥ったギリシャよりも借金を抱えているのが我が日本。ギリシャ人に比べれば勤勉なので今は何とかなっているが、それもいつまで続くのか?先人たちの遺産がまだ豊富にある今のうちに生産性を引き上げる構造改革を断行し、借金を早く返さなくては!と続いていくのが常套句のようです。

     雑誌のみならず、新聞の経済欄にもこうした論調が散見されますが、もちろんこうしたギリシャ破たん総括の裏に透けて見えるのが、「借金を返すためにも、消費税率10%への増税は予定通りに!」という主張。さらに、政府の財政健全化計画は成長率を高く見積もり過ぎだ!成長に頼るよりも、歳出のさらなる削減と増税で確実な財政健全化を目指すべきだ!と、最終的なゴールは構造改革、緊縮、増税と流れていくのがこの手の記事のスタンダードです。

     たしかに、「ギリシャに学べ!」という主張に異論はありません。全く持ってその通りなんですが、学び方にずいぶんとバイアスがかかっているように思います。

     まずは、「ギリシャ=怠け者」というイメージがそもそも何を根拠にしているんでしょうか?たとえば、「怠け者」、「勤勉」といった文脈で良く使われる言葉に「生産性」というものがあります。この生産性という物差しをことさら重用することの危うさについては以前このブログにも書きましたが、参考程度に見てみますと驚きました。ギリシャは、日本よりも生産性が高いのです!

    『労働生産性の国際比較』(日本生産性本部)http://goo.gl/DuvLSM

     国民一人あたりのGDPで比較すれば日本36315ドル(17位)に対してギリシャ25651ドル(28位)と日本の方が1万ドルあまり上回るわけですが、
    労働生産性で見れば、日本73270ドル(22位)に対し、ギリシャ78317ドル(18位)と逆転するのです。もちろんこれには理由があって、ギリシャの場合は失業率が高い=就業者数が少ないので、GDPを就業者数で割る労働生産性では高い数字をたたき出せるんですが。ただ、この数字は裏を返せば職に就いている一人一人は日本以上に懸命に働いてGDPを稼ぎ出しているということで、怠け者批判は決して当たらないということです。もしギリシャ人を怠け者だと馬鹿にするのであれば、日本人も同じように怠け者であると認めるのと同じこと。このレッテル貼りがいかにむなしいものであるかが分かります。

     次に、構造改革が進まず岩盤規制が残っている上、歳出削減もまだまだ途上だという批判もありますが、それについては数字がその結果を語っています。2010年の第一次ギリシャ危機から5年、ギリシャ政府はEU諸国やIMF、ECBの言いつけを忠実に守って歳出削減と増税を繰り返してきました。
    付加価値税の増税、年金支給開始年齢の引き上げ、各種手当の廃止、公的機関の閉鎖、あるいは民営化...。様々な施策の効果はてきめんで、ギリシャ政府はプライマリーバランス黒字を達成しているのです。

     その結果どうなったか?

     EUやIMF、ECBは当時、それらの緊縮策を講じれば政府がスリムになってギリシャの生産性は向上し、経済が上向く。そして、財政は健全な方向に向かうと言っていました。では、そうなったのか?たしかに財政は健全な方向に行きました。プライマリーバランス黒字を達成したわけですから。しかし、その一方で、GDPは当時の4分の3に縮小しました。失業率は25%を超え、若年層に至っては5割前後まで悪化しました。自殺率も35%上昇。チプラス首相がかつて主張した通り、過去の緊縮策は「失敗だった」わけです。

     ギリシャが行った一連の付加価値税の増税、年金支給開始年齢の引き上げ、各種手当の廃止、公的機関の閉鎖、あるいは民営化...。これらすべて、今国内でギリシャに見習えと言っている人たちが主張していることと丸っきり同じことです。ではギリシャに見習って、これらの構造改革、緊縮財政を不景気下で無理に行うとどうなるのか?GDPの減少、失業率・自殺率の上昇、社会不安。国民生活の危機がやってくるのは目に見えています。今我が国は本当に好景気か?私にはそうは思えません。相変わらず個人消費は冷え込んだまま。去年の消費増税のショックからまだ完全に立ち直ったとは言えません。

     ギリシャから学ぶべき本当の教訓。それは、不景気下の増税、緊縮は禁じ手。構造改革、緊縮財政は慎重の上にも慎重を期すべきだということではないでしょうか?
  • 2015年07月21日

    政権の危機とは...?

     安全保障関連法案について「強行」採決を受けて先週末に各社世論調査が行われました。内閣支持率が軒並み不支持率を上回ったということで、特に安保法制に反対の論陣を張るリベラル系の新聞は大きく報じています。

    『【共同通信世論調査】 内閣支持急落37%で最低 不支持過半数、初の逆転 安保衆院採決73%批判』(7月19日 共同通信)http://goo.gl/Li3yJU
    <共同通信社が17、18両日に実施した全国緊急電話世論調査によると、内閣支持率は37・7%で、前回6月の47・4%から9・7ポイント急落した。2012年12月の第2次安倍政権発足以降で最低。不支持率は51・6%(前回43・0%)と過半数に達し、 比較できる同種の調査で初めて 支持と不支持が逆転した。与党が16日の衆院本会議で多くの野党が退席や欠席をする中、安全保障関連法案を採決したことに「よくなかった」との回答が73・3%を占めた。「よかった」は21・4%。>

    『本社世論調査:内閣支持率急落35% 不支持51%』(毎日新聞 7月19日)http://goo.gl/gT6PXO
    <安倍内閣の支持率は今月4、5両日の前回調査より7ポイント減の35%で、第2次安倍内閣発足後で最低となった。不支持率は前回より8ポイント増の51%と初めて半数に達した。与党が15日の衆院平和安全法制特別委員会で安保法案を強行採決したことについては「問題だ」との回答が68%で、「問題ではない」の24%を大きく上回った。安保法案への世論の批判は強まっており、政府・与党の一連の対応が内閣支持率を押し下げたとみられる。>

    『内閣不支持46%、支持37% 朝日新聞社世論調査』(朝日新聞 7月20日)http://goo.gl/fMxaEc
    <安倍内閣の支持率は37%(前回39%)、不支持率は46%(同42%)で、第2次安倍内閣の発足以降、支持率は最低、不支持率は最高だった。安保関連法案の衆院可決への進め方は、69%が「よくなかった」と回答。>

     安保法制反対の各紙のみならず、賛成の産経新聞まで悲観的な見出しを取ったと一部では評判になっています。

    『内閣支持と不支持が初めて逆転』(産経新聞 7月20日)http://goo.gl/38NHtV
    <産経新聞社とFNN(フジニュースネットワーク)が18、19両日に実施した合同世論調査によると、第2次安倍晋三内閣の発足以降、支持率と不支持率が初めて逆転した。支持率は39・3%で、前回調査(6月27、28両日実施)より6・8ポイント減少。不支持率は52・6%で、10・2ポイント上昇した。>

     リベラルな放送局の中には、安倍政権シンパの産経がついに屈した!これは政権の危機の表れだというような論評をしているところもありました。しかし、政界関係者に話を聞いていくと、また違った見方があります。
    「この集団的自衛権の行使も含む安全保障法制については、去年の7月に閣議決定して以来ずっと説明をしてきた。ある意味、このくらいの支持率の減少は織り込み済みとも言える。それを証拠に、今回の採決で野党は評価されていない」
     たしかに、今回の採決での野党の対応を聞いた質問では、厳しい回答が並びました。

    『世論調査―質問と回答〈7月18、19日実施〉』(朝日新聞 7月20日)http://goo.gl/omw6vA
    <◆安全保障関連法案をめぐる野党の対応を、評価しますか。評価しませんか。
    評価する 21評価しない 55>

    (前述 産経新聞)
    <これまでの国会審議で野党が果たした役割については「あまり評価しない」が48%、「まったく評価しない」が20・3%だった。>

     いずれも、野党を評価しないという回答が過半数を占めています。政党支持率を見ても、自民が微減する一方、一番伸びているのは「支持政党なし」であり、野党には支持が広がっていないことが裏付けられています。というわけで、メディアは、安保法制が安倍政権の体力を奪っているとはやし立てますが、そうではない。永田町での危機感は安保法制とは別のところにあるようです。そういえば、安保は粛々と進める一方で、そういえばタイミングをほぼ一にしてこんなニュースが流れました。

    『新国立競技場 首相「計画を白紙に戻す」』(NHK 7月17日)http://goo.gl/uRknWH
    <安倍総理大臣は、総理大臣官邸で、記者団に対し、東京オリンピック・パラリンピックのメインスタジアムとなる新しい国立競技場について、「現在の計画を白紙に戻し、ゼロベースで計画を見直すと決断した」と述べ、計画を見直す方針を表明するとともに、下村文部科学大臣らに新しい計画を速やかに作成するよう指示したことを明らかにしました。>

     自民党の選対幹部が解説します。
    「インターネットの書き込みなどを分析すると、実は安保よりも新国立競技場の迷走の方がよほど我が党に影響がある。選挙区に戻ると新国立についてどうなっているんだと言われる、このままでは持たないという声が上がってくる。だから、先週の総務会も大荒れになったし、総理も重い腰を上げざるを得なかったわけだ」

     新国立競技場の計画白紙については、いずれの新聞も7割~8割が評価していますから、この選対の読みは正しかったということがわかります。かつて、外交・安保は票にならないと言われていました。むしろ、新国立競技場のような身近なイシューの方が選挙には効く。そう考えると、今後の政局的な注目点は粛々と成立していく安保法制ではなく、新国立競技場の再選考のプロセスの方なのかもしれません。一体どうやって選ぶのか、それについてはまだ何も発表されていませんし、JSCや文部科学省はこの迷走の責任をとって誰かが辞任したりということはありません。今日、遠藤オリンピック担当大臣を議長とする関係閣僚会議が立ち上がりましたが、こうした前回選考のプロセスの問題を解明し、国民の納得する形で決定してもらいたいと思います。
     さもなくば、政権の本当の危機になってしまうかもしれません。
  • 2015年07月14日

    悪者はギリシャだけ?

     ギリシャ危機はEUとギリシャの間で最終的に財政再建策で合意しました。

    『ギリシャ支援に原則合意 EU側、改革の法制化が条件』(7月13日 朝日新聞)http://goo.gl/gNqIyn
    <財政危機に陥ったギリシャへの支援を協議する欧州連合(EU)のユーロ圏首脳会議は13日、新たな支援交渉を始めることで原則合意した。ただし、ギリシャが一部の財政改革を15日までに法制化することなどが条件となっている。>

     ただ、支援には条件が付いていて、これがギリシャの国民投票で問われた緊縮策よりさらにキツイという報道もあります。

    <新たな支援交渉を始める条件として、15日までに付加価値税(消費税に相当)や年金などの制度改革を法制化することを求めた。>
    <債務の返済や銀行の資本増強のために、500億ユーロ(約6兆8000億円)相当の国有資産を国内に設立する基金に移し、売却・民営化することも合意された。電力公社や地方空港が候補になるとみられる。>

     付加価値税増税や年金の支給開始年齢の引き上げ、さらに公社・空港などの民営化促進...。ほとんど箸の上げ下ろしまで、内政干渉まがいの介入です。しかし、日本国内ではギリシャを擁護するような報道はほとんどありません。ギリシャ人は働かずにストやシエスタばかり、借金を重ねて放蕩の限りを尽くし、今回の危機も自業自得だというように報じられています。まるで、危機を招いた原因はギリシャの国民性だというような論調で、しばしば童話「アリとキリギリス」のキリギリスに例えられたりします。特に、ギリシャに実際に観光や仕事で行ったことのある方は皆、ギリシャ人の国民性の怠惰さを強調し、今回の金融危機の原因とする傾向があるようです。
     私は行ったことがありませんので、実際に見てきた方には勝てません。おそらく、そうした気質があるのは事実なんでしょう。ただ、国民性だけが金融危機の原因なんでしょうか?

     時系列で原因を探ると、危機の前には南欧バブルがありました。ギリシャがユーロに加盟したのは2004年。当時のヨーロッパ社会を見てみると、ドイツはシュレーダー政権下で構造改革にまい進していました。東西ドイツの統一以来経済が低迷していたドイツは不況からの脱出を狙って改革を進めたわけですが、一連の改革は痛みを伴うものでした。解雇の規制を緩める雇用の流動化、公営施設の民営化などなど、供給力を増やす形での改革が進みましたが、国内はそれに見合うだけの需要はおいそれと生まれません。だぶついた国内の在庫をどこに持って行くかというと、ユーロに加盟して購買力を増した南欧諸国でした。

     また、ドイツはこのようにデフレ不況でしたから、金利を低く抑えて金融緩和し景気を下支えしてもらいたい。ということでECBに働きかけて低金利政策を続けさせます。

    『ECB政策金利推移』http://goo.gl/RflT9f

     ギリシャがユーロに加盟する前の2003年の半ばから2005年の年末まで、ECBの政策金利は2.0%に張り付いたままです。方、同時期のアメリカFRBの政策金利はというと、

    『FF金利の推移』http://goo.gl/RiCWGd

     2003年の半ばに1.0%だったFF金利はその後利上げを繰り返し、2005年の年末には4.25%にまで上がっています。
     政策金利の上げ下げにはその時々で様々な意味が込められますが、基本的には景気を上向かせたいときには利下げ、過熱した好景気を冷やしたい時には利上げをします。
     この時期、世界的に好景気が続いた一方、ユーロ圏では金利が据え置かれお金を借りやすい状況が生まれました。ギリシャを含め南欧諸国も、ECBの低金利政策のおかげでどんどんお金を借りて消費し、さらに好景気が過熱していく。好景気の南欧諸国には金もモノも集まります。不景気にあえいでいたドイツも、好景気のギリシャやスペインに自国製品を輸出してお金を稼いで、少しずつ景気を上向かせました。
    さすがにマズイと思ったのか、ECBが景気を少し冷やそうと利上げを画策したこともありましたが、まだまだ景気が本格的に上向いていないドイツとしては具合が悪い。
    その上利上げすればユーロ高に相場は振れますから、輸出で稼ぐドイツにとってはやはり都合が悪い。ということでドイツは全力で利上げを止めます。その結果、南欧諸国の景気は際限なく過熱していったわけです。

     その後2006年以降、ECBは矢継ぎ早に利上げを行ってソフトランディングを試みますが、そこへ襲ったリーマンショックとギリシャの財政粉飾発覚。資金の流れが一気に逆回転し、あっという間にギリシャ危機となりました。

     危機の大元を探っていくと、結局ドイツに振り回されているのではないでしょうか。そして、今も金融支援を巡ってやはりドイツに振り回されているヨーロッパ各国。イタリアのレンツィ首相が、ギリシャに緊縮を強制するドイツの強硬さを見かねて「もうたくさんだ」と嘆いたのもうなづけるというものです。

     さて、今回の危機で私が気になるのは、ギリシャの政治環境がこれからどうなるのかというところ。緊縮反対のチプラス氏を首相に選び、国民投票でも緊縮反対の民意を大差で示したにも関わらず、EU、なかんずくドイツの緊縮圧力に屈した形になりました。明確に反対を掲げていたチプラス氏でもまだ弱い。となれば、ギリシャ人はもはや2つの選択肢しか持ちえません。

     さらに強硬な政権を選択するか、EUに頭を垂れ続けて何とか国を回していくか。

     今のところは後者を選択していますが、今後予想される各種緊縮策を実行すれば間違いなく景気はさらに減速し、失業率が上昇し、国民はさらに貧しくなってしまいます。その時に、果たして同じ穏健な政権を選び取るのか?極左か極右か、さらに過激な主張をする政権を選ぶかもしれません。景気がどん底の時には、普段は見向きもされないような過激な意見が庶民の間で受け入れられてしまうというのは歴史が証明しています。

     かつて、世界を巻き込んだ大戦が終わった後、敗戦国には過大な賠償金が課せられました。敗戦国はその勤勉な国民性でコツコツと賠償金を返済してきましたが、世界的な不景気に陥った時に支払いが遅延してしまいました。

     その時、戦勝国は国境付近にある良質な炭鉱を差し押さえてしまいました。石炭を輸出し、あるいは石炭を使った工業製品を輸出して稼いでいた敗戦国は、炭鉱を差し押さえられてしまっては経済がストップしてしまいます。結果、大変なインフレに見舞われてしまいました。

     これでは経済が成り立たないと、敗戦国は戦勝国に頭を下げ、緊縮策を採用する代わりに差し押さえを解除してもらいました。ただ、苛烈な緊縮策を採用したために、今度は激しいデフレが国民を襲います。不景気、失業、貧困化。戦勝国に屈した現政権への不満が高まり、徐々に極論が支持を得て行きます。共産主義政党と民族主義政党が一気に支持を伸ばし、当時世界一進歩的と称された憲法の下での選挙で、民族主義政党が政権を獲得。その後、世界を相手に大戦を引き起こし、人種差別政策で大量虐殺・戦争犯罪を引き起こすことになります。

     お分かりでしょうか?この敗戦国とはもちろん、ドイツのことです。大戦間のドイツが、今のギリシャの姿と重なりませんか?歴史は繰り返すんでしょうか?ギリシャの先行きに、大変憂慮しています。
  • 2015年07月07日

    大延長国会の行方

     安全保障関連法案は衆議院の特別委員会採決が来週行われるのではないか?と野党が疑心暗鬼になっています。今週各地で行われている公聴会でも慎重な審議を求める声が相次ぎ、審議スケジュールが話題の中心になってきています。

     審議入りしてから間もなく2か月。

     その間、話題の中心はめまぐるしく入れ替わってきました。審議の初めは個々のケースを取り上げての議論が行われていましたが、6月の初め、衆院憲法審査会で3人の憲法学者が3人とも今回の法案が違憲であると答弁したことで一気に空気が変わります。

     本来、日本を取り巻く安全保障環境が変化してきたことに対応するために出された今法案。それゆえ議論は、各党派ごとに日本周辺の安全保障環境をどう見ているのか、具体的には中国や朝鮮半島情勢、東シナ海情勢をどう見るのか、そして平和を維持するために現行法で十分なのか不十分なのかということが中心になるべきでした。

     ところが、憲法審査会の一件があってからはそうした具体的な安全保障論はほとんど影をひそめています。特に安保法制に反対を掲げるリベラル陣営は、政党もメディアも「違憲だから廃案」一辺倒。ほとんど議論の余地がなくなってしまいました。対案を出した維新の党も、安全保障環境ももちろん考えているとは思いますが、発表会見の中で強調していたのは、わが党の対案は合憲という部分でした。

    『7月3日平和安全特別委員会の質疑で使用した維新の党独自案などのパネルについて』(維新の党HP)https://goo.gl/1KxHqy

     会見の中では、維新の党の対案にある武力攻撃危機事態に伴う武力の行使が集団的自衛権によるものか個別的自衛権によるものかという質問に対して、明確な答えはありませんでした。小野次郎安全保障調査会会長は記者の質問に対し、
    「個別的自衛権の範囲内なのか、集団的自衛権に一部入っているのか、学者によっても見解は異なるだろう。ただ、意思決定のプロセスが時の内閣によって恣意的に判断できる点で政府案は違憲で、われわれの案は外形的理由によって判断されるので合憲なのである」
    という趣旨の答えでした。また、今井政調会長は与党との修正協議について否定し、
    「政府の案はやり過ぎだから、そこは考え直しなさいということで我々の案を出している。修正の協議をしようということではない。哲学は違うが、我々の言っていることに気が付いて政府案をしっかり直してほしい。あるいは我々の案をそのまま飲んでほしい」
    と答えています。

     最大の問題は、日本の安全保障環境の変化を出発点にどう対応していくかということで曲がりなりにも法案を提出した政府側に対し、維新はまず現憲法の範囲内であるかということから出発してしまっているということ。これで果たして、現在の中国の膨張に正しく対応できるでしょうか?現憲法が制定された当時とは安全保障環境は様変わりしているのに、憲法の範囲内という枠を先に嵌めてしまっていいのでしょうか?これでは対案が出てきても議論はすれ違うばかりで硬直してしまうでしょう。困ったものです。

     そんな審議状況を見て、今永田町の一部である風が吹きつつあります。そう、解散風。

    ある野党議員に聞くと、この国会の雰囲気が郵政解散の時に似ているというのです。このまま審議を続けば続くほど内閣支持率は低下する。9月に入り参院審議がこう着すると、仮に内閣支持率が低下しても政党支持率が高止まりしていれば、つまり自民党への消極的支持があれば、「安保」を大義名分に解散するのではないか?と疑心暗鬼になっているのです。たしかに、前回の衆院選後、野党再編をすべしという声が有権者からも国会議員の側からもずいぶん上がっていましたが、いまだに緒にも就かない有様。候補者調整も全く進んでいない今のうちに、一気に解散に出れば負けはしないだろうと総理が判断しても不思議ではないとその議員は言います。そして、選挙後の国会で廃案になった安保法案を一気に成立させてしまうと言うのです。ま、野党の議員ですから、こうした風を梃子にして野党再編を動かそうという思惑を感じなくもないんですが...。

     大延長国会、これから真夏のドラマがいろいろありそうです。
  • 2015年07月01日

    利便性と安全性

     先日の東海道新幹線火災事件以来、新幹線のセキュリティについての報道も様々なされています。

    『新幹線「乗客の良心」頼み 持ち物検査は事実上無理』(7月1日 日刊スポーツ)http://goo.gl/Tu0Ygm
    <6月30日午前11時40分ごろ、神奈川県小田原市内を走行中の東京発新大阪行き東海道新幹線「のぞみ225号」先頭車両で火災が発生、緊急停止した。男が先頭車両でガソリンのような液体をかぶり、火を付け死亡した。>

    <国交省によると、ガソリンなど可燃性液体の持ち込みは鉄道営業法などで原則禁止されているが、乗客の「良心」に頼らざるを得ない。93年、走行中ののぞみ車内で会社員の刺殺事件が起きたが、その後も荷物に危険物が混入していないかチェックする体制は取られてこなかった。
    国交省の担当者は「過去に内々で議論したことはあるが、なかなか難しい」と話す。「新幹線は停車時間も短く、対応は難しい」(中部運輸局の野俣光孝局長)。>

     どの報道を見ても、セキュリティ上脆弱であることは指摘されている一方で、その利便性や利用者の希望を鑑みると、飛行機に乗る時のような全員の持ち物を検査するのは難しいとされています。たしかに、こうした運営者側に起因しない形の事故は過去にもあり、その都度全員検査の必要が叫ばれながら実現しなかった歴史があります。1968年には走行中の横須賀線の列車内で網棚に置かれていた時限爆弾が爆発した「横須賀線爆破事件」がありました。15人の死傷者を出したこの事件は、警察庁が広域重要107号として指定し当時の社会の耳目を集めましたが、それが手荷物検査にまでは行きませんでした。鉄道会社側、運営側が人を割いたり監視カメラを増やしたりというハード面での対策は時代とともに進歩してきましたが、客の利便性を削ぐ形でのセキュリティ対策は鉄道会社側からはおいそれと言い出せなかったわけです。

     今回の事件においても、運営者たるJR東海の広報担当者も同じ見方を示しています。

    『新幹線 悩ましい防犯対策 全員検査は非現実的』(7月1日 東京新聞)http://goo.gl/L181Vm
    <広報担当者は「いつでもすぐに乗れるのが鉄道の優位性。検査を導入すれば利便性が損なわれる」と課題を挙げる。>

     この「いつでもすぐに乗れる」というのが鉄道の特色であり、これを変える形での安全対策は出来づらいというわけですが、この考え方は在来線列車の延長です。
    高速列車、それも時速200kmを超える列車は本来であれば別物と考えなくてはなりません。何しろ、時速200kmといえば、翼があれば浮き上がるだけのスピードです。浮き上がらないように車体を流線形に設計しなければならないほど。
    さらに、停止するには一定の時間と距離が必要で、線路脇に信号があっても運転士は視認できないほどのスピードが出るわけです。(それゆえ、車内信号システム=ATCが発達した)その車内で今回のように事件が起こった場合を考えると、リスク対処法も別で考えなくてはなりません。

     航空関係者に聞くと、本音では信じられないと言います。手荷物検査がないことのみならず、時速200kmを超す高速で走行するのにシートベルトもなければ荷物入れにカバーすらありません。乗っていると感じませんが、我々の身体も荷物も、時速200km以上で動いているわけです。これが急停車した場合、荷物が飛び出せばこれは凶器と化します。航空の世界では過去にあまたの不幸な事故があった教訓で、荷物棚にはカバーをかけ、着席時には必ずシートベルトをするようになりました。新幹線は今まで無事故で来ましたから、その分開業時から変わらずに来たわけですね。ただ、今まで事故がなかったからと言ってこれからもそうとは限らない。

     さらに言うと、これから先リニアの時代となり時速200kmが300km、400km、500kmとさらに高速化していきます。その上、計画されているリニアはその大部分がトンネルです。トンネルで今回のような火災があった場合、どんなに車体を難燃化していても乗客は危険にさらされます。それを考えれば、多少利便性が損なわれようとも少なくとも手荷物検査は行うべきなんだろうと思います。

     日本人は水と安全はタダだと思ってきました。そろそろ、その常識を変えなくてはいけません。安全にはコストがかかるのだということです。利便性は、安全を犠牲にしてでも欲しいものですか?
プロフィール

飯田浩司

出演番組:
ザ・ボイス そこまで言うか
月~木 16:00~
辛坊治郎ズーム そこまで言うか
土 13:00~

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