2017年1月

  • 2017年01月23日

    トランプ批判で飛んでくるブーメラン

     ついに、第45代アメリカ合衆国大統領にドナルド・トランプ氏が就任しました。就任演説での語りぶりがあまりに選挙戦と同様の内向きさだったので、日本のメディアも総スカン。大統領になれば少しは変わると期待されていただけに、批判に次ぐ批判という感じでした。ま、勝手に期待して、勝手に裏切られているわけなんですが...。

    『トランプ大統領就任演説 日本語訳全文』(1月21日 NHK)https://goo.gl/EjoqG8

     私はこれを見ていて、アメリカは普通の国に戻ろうとしているんだなと率直に思いました。考えてみれば、アメリカが超大国で、"世界の警察官"でいたからこそ、大統領就任演説でも哲学的で格調高く世界の未来について語っていたわけです。普通の国の指導者であれば、自分の国についてに多くを割くのが当然。実際、我が国の事実上の最高指導者、内閣総理大臣の就任演説たる所信表明演説や施政方針演説では基本的に内政についてが多くを占めていますよね。

     さて、トランプ大統領は既存の常識、今まで築いた基盤をほとんどすべて壊していくことを志向しています。何しろ今までは超大国として、国際政治・経済・外交、様々な分野で影響力を行使し、既存の価値観を形成してきたアメリカですから、トランプ大統領がそれらをひっくり返せば様々な分野で批判が噴出します。

    『トランプ新政権 価値観と現実を無視した演説』(1月22日 読売新聞)https://goo.gl/Ok6ZE9

    『社説 米政権と世界経済 繁栄の基盤を壊すのか』(1月23日 毎日新聞)https://goo.gl/kSt3aj

     日米安保条約に対する認識不足から、日本へさらなる負担を求めようとする対日外交での発言などのように、今まで政治経験もない、行政経験もない、いわば素人なのでイメージからの間違った思い込みも多くあります。当然、それらを批判する記事が出されるわけですが、そうした記事の中にはイデオロギーからの批判もある一方で、間違った思い込みを正すきちんとした認識を書いているものもあるわけです。たとえば、貿易収支に対する認識。

     先ほどの読売の社説の中には、
    <保護主義は、米国の投資環境の悪化と生産性低下、物価高を招く。雇用増や所得向上につながらず、格差が拡大しかねない。「誰かが得をすれば、誰かが損をする」というゼロサムの発想は不毛だ。>
    と、トランプ氏を批判しています。
     また、翌日の毎日の社説では、
    <自由貿易を通じて共に繁栄しようという従来の発想と、他国=悪、自国=善ととらえ、「(他国からの)保護が、(我々の)偉大な繁栄と強さにつながる」(トランプ氏就任演説)という考え方は全く逆だ。>
    と、やはりトランプ氏の保護主義的な考え方を批判しています。

     トランプ氏の保護主義的な発想の根っこには、アメリカが貿易赤字を貯めこみ過ぎて国富が流出しているという意識があります。就任演説の中で<アメリカが金を払って外国を豊かにしてやってきた>という言い回しがそれを象徴していますね。
     一方、先ほど挙げた両紙とも、その「貿易赤字=悪、貿易黒字=善」というトランプ氏の考え方を間違っていると批判しているわけです。代表的なメディアということでこの2つの社説を紹介しましたが、他のメディアもトランプ氏の通商政策については同じような批判ばかり。これ、良く覚えておきましょう。

     というのも、トランプ氏の通商政策批判と同じように、日本の通商政策についても「貿易赤字=悪、貿易黒字=善」という重商主義的な考え方は間違いだと主張しているかといえば、全く別。日本の貿易収支が赤字になった途端、こんな記事が出る始末です。

    『貿易収支に赤字圧力 5月、輸出の落ち込み鮮明 円安効果はがれ4カ月ぶり』(2016年6月20日 日本経済新聞)https://goo.gl/UaCHFL
    <財務省が20日発表した5月の貿易収支は4カ月ぶりの赤字だった。2月以降、黒字が3カ月続いていたが、円安や原油安が一服して「メッキ」が剥げ落ち、日本の製造業が輸出で稼ぐ力の「地金」が現れた。新興国など海外の需要も強まる展望は見えず、貿易赤字が基調として定着するとの見方も浮上してきた。>

     ご紹介したのは記事のリード部分。のっけから明らかに「貿易赤字=悪」という前提で書かれているのが良く分かります。貿易赤字が悪いと思うのであればそれはそれで考え方ですから、新聞としてそれをお書きになるのは自由です。ただし、トランプ氏の言う貿易赤字を解消しようとする言説は批判するのに、日本が貿易赤字を計上した時は一刻も早く解消しろとばかりに批判するのはあまりにご都合主義が過ぎるのではないでしょうか。このダブルスタンダードは首をかしげざるを得ません。
     その上、政治的なスタンスでは保守とリベラルで正反対の読売新聞と毎日新聞が、経済では同じようなダブルスタンダード。どちらもまさに、「お前が言う?」といったもので、この矛盾を浮き彫りにしただけでもトランプ大統領就任は意味があったと思います。

     ちなみに、日本の12月と2016年の貿易収支は今週水曜、25日に発表となります。はたして、各紙がどういった書き方をしてくるのでしょうか...?
  • 2017年01月18日

    インターバル規制に落とし穴?

     去年の後半に電通の女性社員の過労自殺などで注目が集まった長時間労働の弊害。今年は『働き方改革元年』という旗印で、いわゆる日本型労働慣行と呼ばれるものを改革しようという機運が盛り上がっています。残業を減らすにはどうしたらよいのか?昔から浮かんでは消え、浮かんでは消えるこの問題。フィスを強制的に消灯させてみたり、上司が残業していないか見回ってみたり、はたまた早朝出勤を奨励して、その分社員を早く帰してみたり...。

    『PC強制終了・ノー残業デー...長時間労働なくす実践例』(2016年12月25日 朝日新聞)https://goo.gl/RPFFIU
    <多くの会社がとりくんでいるのが、「経営層から長時間労働是正へのメッセージを発信」(53社)、「各人の労働時間を集計し役員会に報告。長時間労働の部署へ是正措置を求める」「新任管理職に対し労働時間管理を含む研修を実施」「有給休暇取得の進捗(しんちょく)などを管理する仕組み」(いずれも50社)、「全社毎週水曜日」など一律の「ノー残業デー」(49社)。>

     そんな中でここ1年ほどで注目されだしたキーワードに『インターバル規制』というものがあります。インターバル規制とは、前日の終業から翌日の始業までの間の時間をきちんと確保しましょう、そのために最低限空けるべき時間を決めて規制しましょうというもの。これを使えば、前日に深夜に及ぶ残業をした場合、翌日の出社時間を遅らせて休息をとることができます。現状の一般的な就業規則では、前日どんなに残業しても翌日はきちんと定時に出社しないと遅刻扱いになって評価が下がったり、半休扱いになったりしてしまいます。それを避けるために、休息を取らずに無理やり出社するのを続けていては肉体的にも精神的にも問題だというのは議論の余地はないでしょう。
     ただ、企業経営者側からすると、一律にインターバル規制で縛られてしまうと、繁忙期に柔軟に対応できなくなる、業務に支障が出ると難色を示す場合が多いようです。実際、この『インターバル規制』を導入している企業は厚生労働省によれば全体のわずか2%。社員はあくまで使い勝手が良くないといけないという企業経営者側の心理が露骨に表れています。

    『インターバル規制に企業及び腰 業務後に休息時間保障、継続に支障も』(1月9日 産経新聞)https://goo.gl/YUAvNz
    <電通の過労自殺問題で企業の長時間労働対策への関心が高まる中、翌日の出勤までに休息取得を義務付ける「勤務間インターバル規制」に注目が集まっている。厚生労働省によると、導入企業はわずか2%。普及を後押ししようと助成金制度も創設されたが、経営者側には「業務に支障が出る」との抵抗感が根強い。>

     しかしながら、過労自殺の事例で休息がほとんどないようなスケジュールで動いていたことなどが明らかになると、徐々にではありますがインターバル規制を導入する企業が増えてきています。

    『インターバル制 導入機運 ユニ・チャームや三井住友信託 退社→出社に一定時間確保』(1月12日 日本経済新聞)https://goo.gl/VRThpv
    <従業員が退社してから翌日の出社まで一定時間を空ける制度を導入する企業が増えている。KDDIなどに次ぎ、三井住友信託銀行が昨年12月から導入したほか、ユニ・チャームやいなげやも今年から採用する。制度が義務化されている欧州に比べ、日本での取り組みは遅れている。長時間労働の是正が経営の重要課題になるなか、政府も同制度の普及を後押しする考えで、今後追随する企業が増えそうだ。>

     ただ、ここにも落とし穴があるように私は思うのです。
     まだまだ事例が少ないということで、国内で先行している企業の仕組みや海外、特に欧米企業がすでに導入している仕組みが一つのモデルのようになりつつあります。『インターバル規制』でニュース検索をするとだいたい登場してくるKDDIの最低8時間やJTBグループの9時間~11時間といったところが一つの相場観を形成しているようです。EUが最低11時間の休息を義務付けているというのもあり、今後の議論も9時間~11時間が一つの目安になっていくでしょう。

     しかし、11時間の休息というのは日本の企業社会の中で果たして十分な休息に値するのか?9時定時の勤務体系で11時間休息と考えると、退社は夜10時までは範囲内ということになります。ここから自宅までの移動距離、移動時間が欧米と日本ではまるで違います。地方都市であれば、大部分の人が30分以内で自宅まで帰ることができるかもしれませんが、大都市圏ではそうはいきません。仮に1時間だとしても、往復で2時間。帰ってから食事をして、少し家事をして、自分の時間を取って...となると、睡眠に当てられる時間はどんどん削られていきます。追われるように朝起きて、満員電車に揺られながら出社では、インターバル規制の目的の『十分な休息』とは程遠い生活です。ところが、傍から見れば、インターバル規制を遵守しているホワイト企業ということになるわけですね。

     インターバル規制を設けることで、かえって「ここまでだったら働かせてOK」という目安になってしまっては本末転倒です。せめて、移動時間もある程度考慮しての拡大インターバル規制にできないものでしょうか?そうなると、個々人でインターバル時間に差が出来てしまい、管理が煩雑になってしまうから導入企業が減ってしまう。そんな批判が聞こえてきそうですが...。
  • 2017年01月09日

    トランプ氏のトヨタ批判

     先週末、アメリカのトランプ次期大統領がトヨタ自動車を名指しで批判したことが国内で大きく報道されています。「トランプ砲、ついにトヨタを標的に!」といったニュアンスで、暴れん坊にロックオンされた!日本危うし!といった具合の報道が散見されます。

    『トヨタ批判に激震走る=トランプ氏への懸念現実-身構える日本企業』(1月6日 時事通信)https://goo.gl/ZzLuZh
    <メキシコでの自動車生産を攻撃するトランプ次期米大統領が、日本を代表するトヨタ自動車を名指しで批判した。日本企業が標的にされる懸念が早くも現実のものとなり、年初の行事が続く日本の産業界に激震が走った。北米で事業を展開する日本企業は次の攻撃対象にされるのではないかと身構えている。
     「米国に工場を建設するか、国境で巨額の税を支払え」。トランプ氏がツイッターで問題にしたのは、トヨタが北米などに輸出するカローラの生産工場をメキシコに新設する計画だ。豊田章男社長が5日、東京都内で計画に変更がない考えを示したのに対し、トランプ氏が激しく反応した。>

     相手が悪名高きトランプ氏ということでかなりセンセーショナルな報道のされ方ですが、身もふたもない言い方をすればアメリカっていうのはこういう国だというのが正直な感想です。1980年代から90年代の日米貿易摩擦の時代のみならず、ごく最近でも政治的にはトランプ氏と正反対だったオバマ政権下であっても日本企業狙い撃ちのバッシングはありました。同じくトヨタ自動車が2009年から10年にかけて巻き込まれた一連のリコール騒動など、その典型です。この時は、トヨタ車を運転中に発生した急加速事故について、事故の原因がトヨタ車にあるとの主張が展開され、就任直後の創業家出身の豊田章男社長がアメリカ議会の公聴会に招致されました。

    『トヨタ自動車の豊田章男社長、米議会公聴会で謝罪』(2010年2月25日 ウォールストリートジャーナル)https://goo.gl/psbaLb
    <トヨタ自動車の豊田章男社長は24日(日本時間25日)に開かれた米議会での公聴会で、「われわれは決して問題から逃げない」と言明した上で、トヨタ製車両の急加速に関連した事故について謝罪した。その上で、同社の電子スロットル制御システムの設計上の欠陥はないと「完全に確信している」と表明した。>
    <これに先立ち、ラフード米運輸長官は同委員会に対し、最近のリコール(回収・無償修理)の対象となっているトヨタ製車両は必要な改修が施されない限り安全ではないとの見解を示した。>

     この時は今のトランプ氏の批判以上にタチが悪く、最終的にはトヨタ車側には欠陥が無かったことが後に分かりました。つまり、存在しない罪状で散々報道された挙句、詳細な調査の結果は「シロ」だったわけです。

    『トヨタの悔しさ、NASAが晴らす』(2011年2月10日 中央日報)https://goo.gl/yIwkZ5
    <トヨタ自動車の急発進事故に電子制御装置はいかなる関係もない、という米国政府の調査結果が出てきた。ラフード米運輸長官は8日(現地時間)の声明でこのように明らかにした。 
      ラフード長官は「この10カ月間、運輸省傘下の米高速道路交通安全局(NHTSA)と米航空宇宙局(NASA)の専門家が急発進事故の原因を調べた結果、電子制御装置ではいかなる問題点も見つからなかった」と述べた。また「トヨタ車の急発進事故原因は物理的なものかどうか分からないが、電子的なものではない」と説明した。 >

     この間、2010年の11月にはオバマ政権1期目の中間選挙が行われていました。全てが選挙のためだったとは言いませんが、NASAまで動員して10か月も調査して、電子制御装置にいかなる問題点も見つからなかったわけですから、単にトヨタ車の危険を喚起する以上の意図を感じずにはいられません。
     ことほど左様に、国内向けのパフォーマンスとして外国企業をダシに使うのは良くある話。特に国内の支持者向けパフォーマンスを重視するトランプ氏なら、さもありなん。河井総理補佐官も「トランプ氏側近が『発言を文字通りに受け止めるのではなく、真意を受け止めるべきだ』と話していた」を明かしています。

    『トランプ氏トヨタ批判に「うまく付き合って」 首相補佐官 』(1月8日 日本経済新聞)https://goo.gl/m6CzJb

     アメリカの政策は、アメリカの有権者の総意で決めること。部外者の日本はある程度の意思を伝えることは出来ても、最終的に決断を左右することはできません。まさに、「うまく付き合う」以外に方法はないわけで、トランプ氏のツイッターが連日新聞の一面を飾り、右往左往する必要はないわけです。
     それに、実は日本は戦後一貫して内需主導の国。GDPに占める貿易の割合は2割もありません。外部要因で右往左往するのは、内需が弱いことの裏返しです。ならば、今政策として必要なのは内需を振興して外的ショックに強い経済を作ることに他なりません。昨年末に閣議決定された平成29年度当初予算では財政出動は抑え気味の数字が並んでいました。それもこれも、「財政再建」の名の下に国債発行が抑制されたからなわけですが、一方で債券市場は新発国債を心待ちにしています。結果、こんなニュースが大きく扱われるわけです。

    『前倒し債の発行枠56兆円に増 財務省17年度、利払い費抑制』(1月9日 日本経済新聞)https://goo.gl/CRA8Ew
    <財務省は翌年度の予算で使うお金を1年早く調達する、国債の「前倒し債」の発行枠を2017年度に引き上げる。16年度の当初計画から8兆円拡大して過去最高の56兆円に増やす。日銀のマイナス金利政策に伴う調達金利の低下を生かして将来の利払い費を抑え、債券市場の流動性の向上も図る。>
    <市場では「流動性の向上にも寄与する前倒し債の上限額の引き上げは債券市場にも配慮されたもの」(証券会社)と歓迎する声がある。>

     財政再建のために当初予算の国債発行は絞ったはずなのに、翌年度の予算に使う前倒し債は大きく増やす。財政再建を声高に主張し、そのために増税しろ!と言い続けてきた経済マスコミは批判しなくてはいけないのに、そうした声は聞こえてきません。翌年度予算のために国債を発行してお金をプールしておくくらいなら、直近の予算に使った方がいいでしょう。それで景気が浮揚し、税収が増えればその方がよっぽど財政再建に資するはずです。そんな単純な話がなぜ出てこないのか?日本経済が活性化するのがそんなに不都合なんでしょうか?トランプ氏のツイッターにいちいち反応して大騒ぎする前に、報じるべきことは他にもあるのではないでしょうか?
  • 2017年01月05日

    物流は経済の血液

     明けましておめでとうございます。本年も、ザ・ボイスともどもよろしくお願いいたします。

     さて、年末最後の放送では「物流」についての取材レポートしました。このブログでも取材の度にご報告してきたものですが、海員の養成と鉄道貨物輸送についてまとめて報告という形をとりました。前々からコツコツと取材してきたものを年末のタイミングで放送したわけですが、期せずして年末には物流業界についていくつかニュースが出てきて、タイムリーな内容の放送となりました。

    『佐川急便が謝罪 従業員が荷物投げつける動画が拡散』(2016年12月27日 朝日新聞)https://goo.gl/TC9xy2

    『佐川急便が「全国的に配達、配達の遅延」と"予告" 年末の荷物増加に人手不足で』(2016年12月28日 産経新聞)https://goo.gl/ETJU1b
    <宅配便の一部に配達の遅れが出ている。年末で荷物が増え、人手不足に陥ったためで、宅配大手の佐川急便はホームページ(HP)に「全国的に集荷、配達の遅延が見込まれる」と掲載した。宅配各社は年内だと31日まで荷物を受け付けるが、早めに出すよう呼び掛けている。>

     最初に挙げたニュースは、その動画がセンセーショナルなだけに年末のニュースでかなり扱われましたが、問題の本質は2番目の方だと思います。年末で運送の需要が一時的にグンと伸びたため、人手を確保することができず、結果荷物をさばききれないという事態が生じたわけですね。アマゾンなどのEC需要の爆発的な伸びで小口貨物の処理能力を上回ってしまったといった解説がなされています。今後、景気が良くなって個人消費が増えれば、それにつれてECも伸びていくでしょう。そんな時、輸送の部分でキャップがはまり、結果思うように需要をさばききれず経済成長を阻害してしまう。物流がボトルネックとなる事態も想像されるわけですね。

     ただし、こうした事態は実は何年も前から一部では指摘されてきました。この年末と同じような事態は過去にも起きていたんです。たとえば、2014年3月。

    『断絶を超えて(2)昨日の敵は今日の友 「協争」の時代が来た』(1月3日 日本経済新聞)https://goo.gl/FQZhK9
    <「どうしてくれるんだ」。取引先の怒鳴り声が耳に痛い。ハウス食品物流子会社の担当者はうなだれるしかなかった。
     アベノミクス景気が盛り上がった2014年3月。トラックの運転手が確保できず、約束の期日に配達できない食品メーカーが相次いだ。>

     この記事には欺瞞があって、「アベノミクス景気が盛り上がった2014年3月」という表現は間違ってはいませんが、それだけで物流現場が悲鳴を上げるほどの供給不足を説明はできません。正しくは、「"消費税増税直前の駆け込み需要がピークを迎えた"2014年3月」のはずです。なぜなら、アベノミクス景気が盛り上がってこの先も好景気が続くという見通しが立っていれば、人手の確保のため高賃金であっても増員を掛けたはず。しかし、増税後には需要の冷え込みが見えていたから今いる人員で対処せざるを得ず、結果記事のように期日までに配達できないケースが散見されたわけです。
     それだけ消費増税が日本経済に対して負のインパクトがあったということの証左なわけですが、結果として景気が冷え込んだために、その後物流現場の人手不足の声はしばらく鳴りをひそめてしまいました。しかし、それは決して問題が解決したからではありません。冒頭のニュースの通り、年末年始など需要が一時的に伸びた時には問題が顕在化してくるわけです。

     そして、この物流現場での人手不足も現場現場で事情が異なります。地域配送については女性の活用やパートなども組み合わせて何とかしのいでいますが、問題は長距離ドライバーの決定的な不足。国も対策を打ち出し、荷台を連結して運べる荷物を増やす規制緩和を行ったり、新たな免許の区分を設けて若者もトラックを運転できるようにしたりと手を打っていますが、問題は賃金が上昇しないこと。
     かつてはトラックのハンドルを握って金を貯め、それを元手に起業して上場企業にまで育て上げた立志伝中の人物がたくさんいました。今、これだけ起業による経済活性化が叫ばれているのに、こうした叩き上げ型の起業で大きくなった企業をあまり見なくなったのはデフレと無関係ではありません。とにかく安くを目指す中で真っ先に削られていったのが輸送コスト。90年代後期、そして2000年代は消費者と向き合う大手小売業のコストカット圧力を受け、今はECの無料配送の荒波をかぶる物流業界。底辺への競争を余儀なくされ、結果賃金は低く抑えられたまま。これでは若い人がハンドルを握ろうなんて考えもしません。
     無料配送が果たして小売業がコストを負担して客へサービスしているのか、それとも物流業者の儲けが削られているのか、利用者が意識しなくては、こうした「安ければ安いほど良い」という風潮は変わらないでしょう。物流業者に正当な対価を支払うことで、冒頭の荷物を投げるようなモラルハザードを防いでいく。本来はあのニュースはこうした議論を喚起する恰好のニュースのはずです。

     そしてもう一つ。長距離ドライバーの人手不足を手当てする一つの方法として、鉄道輸送の活用があります。年末の番組でJR貨物の田村社長にインタビューしたのですが、
    「今、トラックの人手不足をカバーするために自動運転や追随運転(前のトラックについていくようプログラミングしてその間は自動運転に任せる航法)が注目されているが、ある意味鉄道輸送はそれを先取りしている。貨物列車一編成で10トントラック50台~65台分の輸送力がある」
    と仰っていました。
     ただ、「定時・長距離・大量輸送」が得意な鉄道輸送は、貨物駅まで荷物を運んだあと「短距離・小口」で最終的な配送をする自動車輸送にどう繋ぐか、その結節点をどうスムーズにするかに課題があります。そこで、従来の12フィートコンテナだけでなく、そのままトラックに乗せて大型トラックと同じように活用できる31フィート・ウィングコンテナの活用が進んでいます。

    『31フィート・ウィングコンテナ』(全国通運連盟HP)https://goo.gl/xN6KD3

     さらに、鉄道貨物ヤードの脇に物流倉庫を建設することにより、運んできた荷物をその場で仕分けし、小口に分けてトラック配送するといった構想も進んでいて、一部はすでに実現しているそうです。

     物流は経済の血液と言われます。物流がダメージを受けたときにどれだけ生活に影響するかは、東日本大震災後に味わったはずです。デフレから脱却するためにも、そして日本経済の繁栄のためにも、もっともっと物流を大切にする必要があると思います。
書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

■Twitter
「飯田浩司そこまで言うか!」

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