ついに、第45代アメリカ合衆国大統領にドナルド・トランプ氏が就任しました。就任演説での語りぶりがあまりに選挙戦と同様の内向きさだったので、日本のメディアも総スカン。大統領になれば少しは変わると期待されていただけに、批判に次ぐ批判という感じでした。ま、勝手に期待して、勝手に裏切られているわけなんですが...。
私はこれを見ていて、アメリカは普通の国に戻ろうとしているんだなと率直に思いました。考えてみれば、アメリカが超大国で、"世界の警察官"でいたからこそ、大統領就任演説でも哲学的で格調高く世界の未来について語っていたわけです。普通の国の指導者であれば、自分の国についてに多くを割くのが当然。実際、我が国の事実上の最高指導者、内閣総理大臣の就任演説たる所信表明演説や施政方針演説では基本的に内政についてが多くを占めていますよね。
さて、トランプ大統領は既存の常識、今まで築いた基盤をほとんどすべて壊していくことを志向しています。何しろ今までは超大国として、国際政治・経済・外交、様々な分野で影響力を行使し、既存の価値観を形成してきたアメリカですから、トランプ大統領がそれらをひっくり返せば様々な分野で批判が噴出します。
日米安保条約に対する認識不足から、日本へさらなる負担を求めようとする対日外交での発言などのように、今まで政治経験もない、行政経験もない、いわば素人なのでイメージからの間違った思い込みも多くあります。当然、それらを批判する記事が出されるわけですが、そうした記事の中にはイデオロギーからの批判もある一方で、間違った思い込みを正すきちんとした認識を書いているものもあるわけです。たとえば、貿易収支に対する認識。
先ほどの読売の社説の中には、
<保護主義は、米国の投資環境の悪化と生産性低下、物価高を招く。雇用増や所得向上につながらず、格差が拡大しかねない。「誰かが得をすれば、誰かが損をする」というゼロサムの発想は不毛だ。>
と、トランプ氏を批判しています。
また、翌日の毎日の社説では、
<自由貿易を通じて共に繁栄しようという従来の発想と、他国=悪、自国=善ととらえ、「(他国からの)保護が、(我々の)偉大な繁栄と強さにつながる」(トランプ氏就任演説)という考え方は全く逆だ。>
と、やはりトランプ氏の保護主義的な考え方を批判しています。
トランプ氏の保護主義的な発想の根っこには、アメリカが貿易赤字を貯めこみ過ぎて国富が流出しているという意識があります。就任演説の中で<アメリカが金を払って外国を豊かにしてやってきた>という言い回しがそれを象徴していますね。
一方、先ほど挙げた両紙とも、その「貿易赤字=悪、貿易黒字=善」というトランプ氏の考え方を間違っていると批判しているわけです。代表的なメディアということでこの2つの社説を紹介しましたが、他のメディアもトランプ氏の通商政策については同じような批判ばかり。これ、良く覚えておきましょう。
というのも、トランプ氏の通商政策批判と同じように、日本の通商政策についても「貿易赤字=悪、貿易黒字=善」という重商主義的な考え方は間違いだと主張しているかといえば、全く別。日本の貿易収支が赤字になった途端、こんな記事が出る始末です。
<財務省が20日発表した5月の貿易収支は4カ月ぶりの赤字だった。2月以降、黒字が3カ月続いていたが、円安や原油安が一服して「メッキ」が剥げ落ち、日本の製造業が輸出で稼ぐ力の「地金」が現れた。新興国など海外の需要も強まる展望は見えず、貿易赤字が基調として定着するとの見方も浮上してきた。>
ご紹介したのは記事のリード部分。のっけから明らかに「貿易赤字=悪」という前提で書かれているのが良く分かります。貿易赤字が悪いと思うのであればそれはそれで考え方ですから、新聞としてそれをお書きになるのは自由です。ただし、トランプ氏の言う貿易赤字を解消しようとする言説は批判するのに、日本が貿易赤字を計上した時は一刻も早く解消しろとばかりに批判するのはあまりにご都合主義が過ぎるのではないでしょうか。このダブルスタンダードは首をかしげざるを得ません。
その上、政治的なスタンスでは保守とリベラルで正反対の読売新聞と毎日新聞が、経済では同じようなダブルスタンダード。どちらもまさに、「お前が言う?」といったもので、この矛盾を浮き彫りにしただけでもトランプ大統領就任は意味があったと思います。
ちなみに、日本の12月と2016年の貿易収支は今週水曜、25日に発表となります。はたして、各紙がどういった書き方をしてくるのでしょうか...?