2016年12月

  • 2016年12月27日

    ラジオチャリティミュージックソン御礼

     斉藤由貴さんをメインパーソナリティにお送りした第42回ラジオチャリティミュージックソン。おかげさまで24時間生放送の特別番組を終えることができました。特別番組が終了した12月25日の昼12時時点での募金総額は、5775万2614円。皆様のご協力に感謝いたします。

     今回私は24時間アシスタントとして番組と関わりました。さまざまなゲストの皆さんとオンエアで、あるいはオフトークでお話することができ、自分自身も新たな気づきが沢山ありました。
     その中でも、25日の早朝にスタジオに来てくださった全盲のヴァイオリニスト・増田太郎さんの「目を貸してください」という一言が非常に印象に残っています。「手を貸してください」ではなく、「目を貸してください」。
     私もこのブログで何度か書いていますが、音の出る信号機やホームドアが整備されていくとしても、どうしてもケアが届かない部分がある。それをカバーするためには、ハード面の整備のみならず、ソフト面で、端的には健常者が助けるのが当たり前だという社会を作っていかなくてはならないと思っています。それを増田太郎さんは一言で、「目を貸してください」という言葉にしてくれました。そして続けて、「誰もが音の出る信号機にも、音の出る自動販売機にも、音の出るエスカレーターにもなれるんです。どうぞ、目を貸してください」とおっしゃいました。たった一言、声をかけることがどれだけ目の不自由な方の助けになるか。実感のこもった言葉でした。

     そして、その後にゲストでいらっしゃったのが、全盲のエッセイストで絵本作家、三宮麻由子さん。今回、三宮さんの監修で、『勇気のいらない簡単声かけ&サポートマニュアル』を作りました。

    http://www.1242.com/radio/musicthon2016/archives/820

     詳しくは、このHPをご覧いただければと思うんですが、三宮さんとオフトークで話していると、意外や意外、こうして体系的にマニュアルとしてまとまっているものは今までほとんど例がなかったそうです。今年夏の青山一丁目駅での転落事故や去年の盲導犬を連れてのトラックの事故など、痛ましい事故が起こると、事故の報道にそれに伴って目の不自由な方に声をかけましょうという記事が出ますが、それは駅構内に限った話だったり道での誘導の仕方だったりで、場面場面の細切れの情報だったんですね。路上から鉄道施設やバスといった交通機関、それに買い物など生活に必要な場面でのサポートの仕方をまとめたのは、「ありそうでなかった」そうです。

     そんなことを由貴さんや三宮さんと話しながら、ふと思いました。42年前、ラジオチャリティミュージックソンが始まった当時の日本には、音の出る信号機が圧倒的に足りませんでした。ほとんど、信号機で音が鳴るという概念そのものがなかったのでしょう。そうした社会状況ですから、まず募金を集めて音の出る信号機を整備することに全力を注ぐしかなかった。
     では、42年が経った今は?
     もちろん、今も音の出る信号機は足りません。足りませんが、高度経済成長時代のように物量のみで問題が解決するものではないと社会全体もわかってきました。これは、ある程度物量作戦で整備してみなくてはわからないことです。仮に日本にある信号機をすべて音の出るものしても、曲がって来る車がブレーキを踏まなければ事故は起こってしまいます。晴眼者は目で見て判断し、止まることができますが、視覚障害者にはそれはできません。そんな時に、隣にいる晴眼者が「危ないですよ!」と制止することが自然にできれば。声を掛けるのが自然な社会を、皆が自然と「目を貸せる」社会を目指して訴えていくのも、42年が経った現在のミュージックソンの趣旨なのではないかと思いました。

     いわば、「ミュージックソン2.0」。

     三宮さんは言いました。
    「親切心で声を掛けなきゃとか、声を掛けて事故を未然に防いだ美談とか、そういうことが報じられると、声を掛けるハードルがとても上がってしまうんです。むしろ、声を掛けるのが当たり前、掛けないと恥ずかしいという風にしていかないと、いつまで経っても現状は変わらないと思います」
    相手を忖度して声を掛けようかどうか逡巡するというのは、日本人の美徳でもありますが、障害を持つ方を支えるには考え方から変える必要があります。微力ながら、ラジオがその助けになれば...。思いを新たにしたミュージックソンでした。
  • 2016年12月20日

    飛行再開は容認できる?

     先週火曜の夜に起こったオスプレイの不時着事故。あれから6日での飛行再開に、各方面から批判の声が上がっています。特に、比較的政権に批判的な朝日・毎日・東京の各紙はまず昨日の夕刊で大きく報じ、さらに朝刊一面でも大展開です。

    『オスプレイ飛行、全面再開へ 国は容認 沖縄反発』(12月19日 朝日新聞)https://goo.gl/9RTvHy
    <沖縄県名護市沿岸で米軍輸送機オスプレイが着水を試み大破した事故で、米海兵隊は19日、事故以来やめていたオスプレイの飛行をこの日から全面再開すると発表した。日本政府も容認。午後2時以降に再開するという。沖縄側は翁長雄志(おながたけし)知事が「言語道断でとんでもない話だ」と発言するなど猛反発している。>

    当然、地元紙は大きく反発しています。

    『<社説>オスプレイ飛行強行 墜落の恐怖強いる 命の「二重基準」許されぬ』(12月20日 琉球新報)https://goo.gl/v2W9iT

    『社説[オスプレイ飛行再開]県民愚弄する暴挙だ 政府の対応に抗議する』(12月20日 沖縄タイムス)https://goo.gl/VJdtMd

     今回空中給油中のトラブルで不時着したのは、アメリカ海兵隊のオスプレイ、MV22。この機体の10万飛行時間当たりの事故の件数をまとめたデータが防衛省から出されています。2012年当時のデータで若干古いんですが、参考にはなります。

    『MV-22オスプレイ 事故率について』(防衛省HP)https://goo.gl/4ntqRs

    これによると、クラスA<政府及び政府所有財産への被害総額が200万ドル以上、国防省所属航空機の損壊、あるいは、死亡又は全身不随に至る傷害もしくは職業に起因する病気等を引き起こした場合>と呼ばれる事故が10万飛行時間あたりに起こる割合は1.93。今は少し上がって2.64だそうです。

    『オスプレイ、事故率上昇=操縦難しさ指摘も』(12月15日 時事通信)https://goo.gl/Sk0Unl
    <MV22の事故率は算出を始めた2012年4月は1.93だったが、13年9月末には2.61に。最新の15年9月末は2.64まで上昇した。ただ、この値そのものは、海兵隊全体の平均値と同じだという。>

     この記事では他の機体について触れられていないので不誠実だと思うんですが、たとえば同じ垂直離着陸機では、先日事故を起こしたAV-8Bハリアーが6.76。もちろん、攻撃機と輸送機の違いがありますので単純な比較はできませんが。
     また、オスプレイの配備によって代替される旧型の輸送ヘリCH-46Eは1.11。たしかに今のところはCH-46Eの方が事故率が低いのは事実ですが、今後老朽化が進むことを考えるとこの数字が未来永劫続くわけではありません。

     ということで、一概にオスプレイだけが危険な機体であるとまでは言えないと私は思うんですが、一方で一週間に満たないうちに飛行再開というのもいただけないと思うんですね。総理のハワイ・真珠湾訪問前に一刻も早く正常化を図りたいという官邸や外務省等の思惑もわかるんですが、異口同音に「理解できる」と繰り返すのは米軍の横暴というよりも日本政府側が「アメリカが言ってるんだし仕方ないよね」と言い訳をしているように見えます。

     かつて、防衛大臣の秘書官を経験した防衛省関係者に話を聞いたことがありました。
     ある防衛大臣がアメリカ国内に出張し、米軍の司令部を訪問する直前に海外でオスプレイの墜落事故が起きたそうです。日本国内にもオスプレイ配備が行われようとしていた矢先だっただけに、当然地元沖縄を中心に日本でも大騒ぎとなりました。ところが、防衛省側の官僚がどんなに要求しても、事故の詳細や事故原因は一切出てきませんでした。それにこの大臣が激怒したそうです。
    「明日司令部に直接抗議に乗り込む!そう先方にも伝えろ!」
    それを聞いた米軍サイドはどうしたか?徹夜で報告書をまとめ、訪問する直前、その日の未明に公式の事故報告書が出されました。その防衛省関係者は私に、
    「アメリカ軍はシビリアンコントロールを重視するんです。官僚の要求は取り合わなくても、主権を託された政治家、特に大臣が正面から正論で要求すれば、それはきちんと聞くんです」
    と明かしてくれました。

     今回も、たった6日での飛行再開では日本の世論、特に地元沖縄の世論が沸騰するのは目に見えていました。せめて「ハリアーでも再開までは2週間を要した。オスプレイも報告書もなく1週間で飛行再開ではとても世論は持たない」と主張する度量はなかったのか?稲田防衛大臣はある意味せっかくの踊り場をスルーしてしまったとも言えます。
     このオスプレイ、陸上自衛隊にも配備の予定があり、すでに予算措置も取られています。沖縄地元紙の社説には触れられていますが、このままこの件がウヤムヤのままで不安を払しょくできないままでいると、佐賀配備や木更津で整備しようとしたときに問題が燻り続ける可能性も否定できません。その時に矢面に立つのも、稲田大臣かもしれません。ぜひ、毅然とした対応を期待したいものです。
  • 2016年12月13日

    日本丸~海員養成の最前線~

     先日、このブログでJMETS(海技教育機構)の練習船、海王丸の回航に便乗した話を書きました。船内を案内していただきながら、日本における海員教育の最前線について説明を受けました。そこで感じたことはここに記してあります。

    『我は海の子』(9月30日付)

     さて、今回はその海王丸の姉妹船、というかお姉さんに当たる日本丸が遠洋航海に出発するということで、その直前に取材することができました。前回は点検後の回航中ということで、学生の皆さんが乗船するより前のまっさらな船を見学したんですが、今回は10月からすでに国内各地を回る練習公開を経て横浜に入港したところ。前回ののんびりとした空気とは違い、彼ら学生さんたちにとっては一瞬一瞬がすべて勉強。地となり肉となるわけで、若さと熱気、そして緊張感がみなぎっていていました。

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    横浜港の新港埠頭で出航を待つ日本丸

     海王丸の稿でも説明しましたが、このJMETSの練習船というのは、各地にある商船大学や商船高専、さらに各大学や高校等も含め、様々な学校に通い海員を目指す人材を実地で教育するために存在します。今回の練習帆船日本丸のハワイへの遠洋航海は、乗組員49名、実習生110名で出港しますが、今回は実習生はすべて高専生。富山、鳥羽、大島(山口)、広島、弓削(愛媛)の各商船高専から集まりました。
     1人8名の船室に集うのは、出身校もバラバラの若者たち。10月に国内練習航海を始めた頃にはギクシャクする部屋もあるようですが、12月の遠洋航海を前にする頃にはお互いのペースも分かってきて、見ていても和気あいあいという雰囲気でした。

     しかし、彼らを待ち受ける冬の太平洋というのは、プロでも油断できない非常に厳しい海。日本列島とアメリカ大陸の間に横たわる太平洋には、基本的に西から東へと一年中吹く偏西風があることが知られています。ハワイへ向かう日本丸もその風を捕まえながら帆走するわけですが、その南には北東貿易風という逆向きの風が吹いています。その相反する向きの2つの風、それらが巻き起こす波。冬の太平洋は、波高6mを越えるような波波波を越えていかなくてはなりません。かつてこの帆船日本丸の船長を経験された方にお話をうかがったんですが、
    「もちろん安全第一で行くのは当然として、そのなかでいかにして距離を稼いでいくか?最初は慣れるまで慎重に行くけれど、慣れてくれば多少波高が高くても帆を広げて船を走らせることも必要。その辺りを、実習生たちの表情を見ながらどうやってコントロールしていくのかも腕の見せどころです。」
    と話してくれました。
     今の船長の奥知樹さんもインタビューの中で自身の経験も交えながら、
    「とにかく自然に対して謙虚に。学生たちに経験を積ませようと思って時化の中に入っていくなんて絶対にしない」
    と話しました。学生への朝のブリーフィングでも、この「謙虚」という言葉を何度も使っていて、厳しい自然に対する心構えに時間を割いていたのが印象に残っています。

     自然を相手にする帆船での遠洋航海では、己の小ささ、人間一人で出来ることがいかに限られているのかを身をもって知るのでしょうか。
    インタビューした学生さんたちは皆さんとても謙虚で、それでいて将来への希望と楽観的な自信に満ちていました。19歳、20歳が大半を占める実習生たち。中には今回の遠洋航海中に船上で成人式を迎える人もいるような初々しい彼らなのですが、インタビューへの受け答えは堂々としたもの。「外航で大きな船を操りたい!」「世界中の港に行って国際交流したい!」と希望を語ってくれました。

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    タンツーと呼ばれる朝の甲板清掃。ヤシの実を半分に割ったもので甲板をこする。撒かれているのは海水。
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    中腰なので、結構辛い。結果、実習生からはるかに置いて行かれた私...。足が冷たい!

     今の景気の状況、そして団塊の世代が大量に現役から退いていくという避けがたい流れがあり、海員の世界も国内の航路を中心に若手は引く手あまたのようです。"海運"というと海外から資源や製品を輸入してくるイメージが強いんですが、国内輸送の4割強を担う主要な物流インフラでもあるんです。

    『輸送機関別国内貨物輸送量及び輸送分担率の推移』(日本海事センターHP)https://goo.gl/YodGWa

     純粋に輸送量をトン数で比較すれば全体の8%弱に過ぎないんですが、輸送量に輸送距離を乗じた輸送活動量でみると44.10%。小回りの利く地域内輸送や小口輸送はトラックですが、長距離・大量輸送は国内であっても海運が一定の存在感を発揮しているのが分かります。もちろん、海外からのモノの流れでは圧倒的な存在感で、日本の輸出入の実に99.6%を海運が担っています。

    『わが国外航海運の概要』(日本船主協会HP)https://goo.gl/w2WUbA

     ところが、外航に関しては世界中の国々とのいわゆる「底辺への競争」でどんどんと賃金レベルが下がっていき、今や相対的に賃金が高いとされる日本人は上級船員として乗るか、陸でそれらを管理するかという仕事に限られてしまっています。それは船籍にも現れていて、今や、日本商船隊と言いながら、本当に日本籍なのは全体のたった7%(184隻)。残りの93%(2382隻)が外国船籍なんだそうです。そこには税優遇の仕組みなどが絡まっていますからここでは措きますが、ことほど左様に外航船に関しては厳しい状況です。

     では、一方の内航船ではどうか。全く正反対の人手不足が起こり始めているようです。今まで内航船の人員は様々なところから補給がされてきました。まず、賃金競争で船を降りざるを得なくなった外航船の船員たち。それに、200海里の漁業規制で大型漁船を降りた船員たち。さらに、海上自衛隊の士・曹と呼ばれる若手隊員たちの再就職先として。
     こうして内航航路の船会社は凌いできたわけですが、ついにそれらが底をつき始めました。それはそうです。自前で教育せずに出来上がった海員たちを集めてくるんですから、教育へ投資する海上自衛隊や外航船の大手船会社が教育にかけるお金を絞り出したら供給が途絶えていきます。結果として、現在ジワジワと内航船会社の人手不足が顕在化してきました。

     ここで、改革が大好きな人たちはこう言います。
    「ならば、内航船会社にも海外の海員を連れて来ればいいじゃないか。船のルールは世界共通。海外の安くて優秀な人材を入れれば、企業は助かるし切磋琢磨して技術だって上がるかもしれない」
     しかし、これは経済の話であると同時に安全保障の話でもあるんですね。先ほど、国内の物流ですら4割強を海運が担っていると書きました。海運が止まってしまうと海外からモノが入ってこなくなる!とよく言われますが、それ以前に国内の物流も壊滅的なダメージを受けますから、二重の意味で我々の生活は立ち行かなくなります。
     さらに、取材の過程である関係者が言いました。
    「あの東日本大震災があって、福島第一原発の事故が起きた。そのとき、日本へ向かっていた船はどうしたと思います?海外の船会社の船はみんな日本の港への入港を拒否したんですよ。船員が動かなければ船は動きませんよ」
    あの時はその後原発事故が一応の収束を見たことで物流がストップする事態も避けられたわけですが、もしもそのまま外航がストップしていたら...。今の日本海運の現状では、日本人が自力で維持することはできません。維持するために最低限どれだけの船が必要で、どれだけの人員が必要なのか?国土交通省の交通政策審議会海事分科会国際海上輸送部会が9年前の2007年に答申を出していました。

    『安定的な国際海上輸送の確保のための海事政策のあり方について(答申)』(国土交通省HP)https://goo.gl/5ka70J

    この答申の7ページに(4)日本籍船・日本人船員の必要規模という項があり、
    <① 全て日本籍船で輸送しなければならない状態が1年程度継続
    ② ①の状態において一定規模の国民生活・経済活動水準を確保するための日本への
    輸入を対象とした輸送力に対応する日本籍船の必要規模を試算>
    しています。そして、
    <一定規模の国民生活・経済活動水準としては、最低限の水準として、少なくとも健康で文化的な最低限度の生活水準と、当該水準に相当する経済活動水準が適当であると考えた。その水準の算出に当たっては、生活保護世帯の水準や最低賃金の水準を参考としたところ、最低限の水準は、概ね通常時の約3割強と試算された。>
    つまり、国民全員が生活保護世帯あるいは最低賃金での生活を余儀なくされる極限状態と想像してください。その時に日の丸を背負って日本人が船を動かす最低条件は、
    <日本人船員の必要規模の試算については、最低限必要な日本籍船に乗り組む船舶職員は全て日
    本人とするとの考え方を採り、以下のようなケースを想定する。
    ① 日本籍船の必要規模を前提に、日本人船員の必要規模を試算
    ② 日本籍船に乗組む船舶職員(船長1名、航海士3名、機関長1名、機関士3名)は全て日本人
    ③ 通年運航を可能とする最少限の船舶職員数>
    となります。

    そして出てきた試算が、

    <、最低限必要な日本籍船は約 450 隻となり、これらの日本籍船を運航するのに必要な日本人船員は約 5,500 人となる。>

    という驚くべき結果です。現在の日本籍船200隻弱、外航船の日本船員2000人強と比較すると、その脆弱さにうすら寒くならないでしょうか?それも、国民全員が生命を維持するギリギリの生活を受け入れた上で必要となるのがこれだけの数字です。どうでしょう?危機はすでに進行していると言っても決して言い過ぎにならないと思います。

     そう思えば、日本丸でまさに出航せんとしていた若者たちこそ、我々の日々の生活を影ながら担わんとする縁の下の力持ち。尊い存在に思えてきます。思うだけでなく、実際に支えるような仕組みを作らなくてはなりません。経済の話、海運の話だけでなく、安全保障の観点でも、どう予算をつけ、どう人材を確保していくのか。どんな立派な成長戦略があっても、そこでできた製品を運ぶ物流なくしては画竜点睛を欠きますよね。

     練習船日本丸は来年1月6日(金)にハワイ・カウアイ島、ナウィリウィリ港に到着。10日(火)にはオアフ島・ホノルルに到着し、14日(土)に同地を出発。2月8日(水)に東京に戻ってくるそうです。航海の無事を祈ります。
  • 2016年12月05日

    五輪バレー横浜アリーナ案の実現性

     このところイタリアの改憲に関する国民投票やオーストリアの大統領再選挙、韓国の大統領弾劾案などなど、海外からのニュースだらけになってしまっています。そんな中でテレビ各社が久々に国内ニュースで大々的に扱ったのが、2020年東京オリンピック・パラリンピックの会場問題。余りにお金がかかり過ぎるとして小池都知事が会場の見直しを提案し、すったもんだの末、東京都・組織委員会・政府・IOC(国際オリンピック委員会)の4者協議が開かれ、テレビ各社もその模様を生中継して大きく報じました。

    『五輪会場 ボート・カヌーは「海の森」 バレーボール先送り』(11月29日 NHK)https://goo.gl/1XRnAw
    <東京オリンピック・パラリンピックの経費削減を目指す東京都、組織委員会、政府、IOC=国際オリンピック委員会の4者協議は、都が見直しを提案していた3つの競技会場について、ボート・カヌーの会場は「海の森水上競技場」を整備し、水泳会場は東京・江東区の「オリンピックアクアティクスセンター」を新設し、座席数を1万5000席に減らすことを決めました。一方、バレーボール会場については結論を先送りしました。>
    <バレーボールの会場は、東京・江東区に新設する「有明アリーナ」と、既存の「横浜アリーナ」が検討されてきましたが、小池知事が「あとしばらくお時間を頂戴したい。クリスマスまでに結論を出したい」と述べ、結論を先送りすることになりました。>

     そもそもは事前に作業部会がまとめたそれぞれの競技会場の評価の報告のみマスコミ公開という予定で、その後の議論は非公開とし、結論を公開するという予定だったものが、小池知事の強い主張によりすべて公開となりました。すべて公開というプレッシャーもあったのか、予定されていた2時間半から大きく短縮し、10分遅れて始まったのに1時間ほど早く終わりました。その後、このバレー会場問題で横浜アリーナ案について、地元自治体の横浜市が難色を示しているという報道がされています。

    『五輪バレー横浜案、厳しい情勢 「海の森」は仮設に』(12月1日 朝日新聞)https://goo.gl/o2p6aE
    <2020年東京五輪・パラリンピックのバレーボール会場の見直しで、横浜市が既存の「横浜アリーナ」の活用案について、競技団体の意向を重視することなどを記した文書を、東京都などに出していたことが30日、関係者への取材でわかった。>
    <都や大会組織委員会などに提出した。東京大会の成功に向けて「最大限協力する」としたうえで、「(横浜アリーナ周辺の)民有地を活用する際、所有者への交渉などは都や組織委で対応いただきたい」「国内外の競技団体や国際オリンピック委員会(IOC)の意向の一致が重要」などの配慮を求めている。>

     この文書の信ぴょう性については、一部に疑問だとする向きもあります。発出が市長でなく、宛先も都知事でないので怪文書の類であると言った報道もありますが、まだ正式に競技会場として要請されたわけでもない段階でお互いのトップの名前をもって文書を出せるのか?逆にこの段階でトップの名前で正式な文書を出す方が段取りとして疑問という見方もできるわけですね。

     さて、この横浜市からの文書で重要なのが「(横浜アリーナ周辺の)民有地を活用する際、所有者への交渉などは都や組織委で対応いただきたい」という一節。仮に横浜アリーナに決まったとしても、周辺の環境整備に責任は持てませんよと予防線を張っているわけです。というのも、会場そのものがオリンピック競技開催の条件を満たすとしても、それだけでオリンピックができるわけではありません。当たり前ですが、選手の送迎、世界中からやってくる観客をどう迎えるか、導線の確保などをしなくては円滑に競技を開催できません。
     そのあたりの環境整備について、組織委員会の関係者に話を聞くと、
    「現実的な問題としては、横浜アリーナは不可能」
    と断言しました。
     横浜アリーナの周辺はオフィス街で、かつ周りに練習したりアップしたりするような施設がありません。かつてサッカーワールドカップの決勝戦を開催した日産スタジアム(当時は横浜国際競技場)が近くにありますから実績があるじゃないか!と言われるかもしれませんが、日産スタジアムの場合は鶴見川の河川敷に広大な公園(新横浜公園)があり、その中に練習場などを設置することが可能でした。地図を見れば一目瞭然ですが、横浜アリーナ周辺にそうした施設はなく、ワールドカップの時と同じ新横浜公園や日産スタジアムの付属施設などにアップ場を設置した場合、アップ後にどう移動するのかという問題が発生します。その期間道路を封鎖し、一般車の乗り入れを禁止すればいいという意見もありますが、これについては、
    「アリーナの前を通る環状2号線は物流の大動脈。ここを含めて封鎖となれば、営業補償が一体いくらになるのか見当もつかない」
    とバッサリ。結局、客観的な条件を挙げると横浜アリーナ案は難しいことは自明なのですが、問題はこれがすでに政治問題化しているというところ。
    「小池知事のメンツを保つために政治的に強行することも考えられるけれど、そうなると現場へのしわ寄せは大変なものになる。そもそも、クリスマスまでに会場周辺の環境整備なんてメドを付けることすら無理な話だよ」
    小池都知事からのクリスマスプレゼントの中身に、現場は戦々恐々としているようです...。
  • 2016年12月01日

    流行語トップテンに感じる違和感

     今日夕方、年末の風物詩とも言われる「2016ユーキャン新語・流行語大賞」が発表されました。ノミネート30語の中から年間大賞として、プロ野球広島東洋カープの鈴木誠也選手が発した「神ってる」が選ばれ、対象は逃したものの世の中に流行した言葉ということでトップテンも同時に発表、授賞式が都内のホテルで行われました。そのトップテンの中に「保育園落ちた 日本死ね」という言葉が選ばれ、民進党衆議院議員の山尾志桜里さんが表彰されました。

    『山尾議員「保育園落ちた―」受賞に「待機児童問題を政治のど真ん中に移動できた」』(12月1日 スポーツ報知)https://goo.gl/xQzSko
    <表彰式には、この匿名ブログについて2月19日の衆院予算委員会で取り上げた民進党の山尾志桜里議員(42)が青のジャケットスーツで登場。「私が賞を受け取っていいのかとも思うんですけど、声を上げた名もない一人のお母さんの言葉と、それを後押ししてくれた2万7862人の署名を下さった方たちに代わって、この賞を受けたいと思います」と話した。>

     普通は「神ってる」のようにその言葉を発した人、考え出した人が選ばれるんですが、この言葉に関しては世の中に広く紹介したという意味で山尾議員が選ばれたそうです。それもなんだか持って回ったような感じがして、だったらトップテンにしなくてもいいんじゃない?という向きもありますが、ま、それは置いておいて。この言葉そのものが非常に激しく、荒っぽい表現なので、言葉が一人歩きしていますが、そもそもどうしてこの言葉が国会で取り上げられたのか?一度おさらいしておきましょう。

     これが紹介されたのは、今年2月29日の衆議院予算委員会での質疑。山尾議員の安倍総理への質問の一環で登場しました。

    『第190回国会 予算委員会 第17号(平成28年2月29日(月曜日)』(衆議院HP)https://goo.gl/UmFv0v
    <○山尾委員 (前略)今、うれしい悲鳴、待機児童についてうれしい悲鳴と言っていないと総理はおっしゃいました。私、ここにフリップを用意しています。これを読んだ、これを今見ている国民の皆さんが、総理はうれしい悲鳴と言ったのかどうか、判断は国民の皆さんに委ねたいと思います。

     一方、私、今総理に紹介した......(発言する者あり)ちょっと静かにしていただけますか。総理に紹介をしたこの当事者の悲鳴を、やはりちゃんと国民の皆さんにも知ってもらいたい、そしてこの予算委員の皆さんにも見てもらいたい、こう思って、フリップと資料を準備しましたよ。でも、与党の皆さんが、これを委員の皆さんに配ってもいけない、国民の皆さんにフリップで見せてもいけない、そういうことですので、私は、本当に安倍政権というのは、都合の悪い声は徹底して却下する、都合の悪い声は徹底して無視する、本当にそういう安倍政権の体質の象徴となる対応だと思いました。

     でも、私がこの場で発言をすることまで与党の皆さんは禁止されないと思いますので、この場で御紹介をさせていただきます。国民の皆さん、フリップに出せませんけれども、聞いてください。

     保育園落ちた、日本死ね。何なんだよ、日本。一億総活躍じゃねえのかよ。きのう見事に保育園落ちたわ。どうすんだよ、私、活躍できねえじゃねえか。子供を産んで子育てして社会に出て働いて税金納めてやるって言ってるのに、日本は何が不満なんだ。子供産んだはいいけど、希望どおりに保育園に預けるのほぼ無理だからって言ってて子供産むやつなんかいねえよ。まじいいかげんにしろ、日本。

     確かに言葉は荒っぽいです。でも、本音なんですよ。本質なんですよ。だから、こんなに荒っぽい言葉でも、共感する、支持する、そういう声が物すごい勢いで広がって、テレビのメディアも複数全文を取り上げ、複数の雑誌も取り上げて、これは今社会が抱えている問題を浮き彫りにしている。それを、与党の公述人もそうやっておっしゃったんですよ。>

    ちなみに山尾議員が問題にした講演での発言については、安倍総理はこの委員会での答弁でこう述べています。

    <○安倍内閣総理大臣
    (前略)
    それは恐らく、読売国際経済懇話会、平成二十七年の十一月六日の私のスピーチだろうと思います。ここで私が述べたのは、しかし、ことし、待機児童は前年よりふえてしまった、安倍政権発足以来、女性の就業者が九十万人以上ふえたから無理もないことであります、その意味で、うれしい悲鳴ではあるのですが、待機児童ゼロは必ずなし遂げてまいります。

     私が言ったのは、その意味でということは、就業者が九十万人以上ふえたというところに置いているわけでございまして、普通の読解力があればそれはわかるのではないのかなと思うわけでございます。>

     待機児童問題は、そもそも保育園の不足という問題から発生します。そして、各自治体は認可保育園の数を増やしてこの問題に対応するわけですが、その過程で保育園の数を増やし枠を増やすことで、今度は子どもを保育園に入れて働こうという就業希望者が増え、その結果増やした枠以上に応募者が殺到し、さらに問題が深刻化するということが言われています。これは極端な暴論ですが、保育園の枠を増やしたところで世の中が不景気のままであれば就業希望者が増えず、待機児童問題は解決に向かいます。(もちろん、その裏で不景気なために就職の希望すらしなくなった失業者が増えて、社会不安が増大すると言うもっと大きな問題が起こるのは言うまでもありませんが)待機児童問題の解決への施策と並行して、アベノミクスによる景気回復が重なったので、特に都市部で待機児童問題が深刻化した面もあるわけですね。
     これはもちろん、公的機関がさらに社会保障への支出を増やすことで施設をもっと多く作れば解決へ向かっていきます。世間の注目が集まることで予算が付くという側面もありますから、このセンセーショナルな言葉を紹介することで解決に向け加速させた一面もあるでしょう。山尾議員自身、受賞のスピーチでこう述べています。

    <「奇跡のような流れの中、安倍総理に質問したら、たくさんの人たちが私たちも名前を名乗るよと署名が集まって。そこから待機児童問題が政治問題の隅っこからど真ん中に移動できた。これからは解決する段階と思う」>

     ただ、この言葉が問題の焦点をぼかした部分もあると私は思うんですね。というのも、都市部での保育園不足は公的セクターが解決するべき問題であるという部分にフォーカスし過ぎてしまった感があるのです。もちろん、実際に予算を付けて政策として保育園を整備していくのは自治体の仕事です。しかし、自治体だけがどんなに頑張っても、解決しない問題があります。最近問題になっている保育園反対運動です。

    『吉祥寺の認可保育所、開設断念 住民反対で事業者が撤退』(9月29日 朝日新聞)https://goo.gl/ikc4W3
    『住民が保育所猛反対 芦屋で開園を断念』(8月23日 神戸新聞)https://goo.gl/hTuv6S

    「保育園 反対」というキーワードでニュース検索をかけるともう出るわ出るわ。この問題、どの記事でも、住民のインタビューを読んでも、「市の説明がない」「市の仕切りが悪い」「市がきちんと進めなかった」と自治体の不作為が問題の根本であるというようなことが書かれています。反対派の住民も、保育園を求める親たちもおそらく自治体が悪いと思っているのでしょう。

     しかし、本当に利害がぶつかっているのは「反対派の住民対自治体」、「保育園を求める親対自治体」なのでしょうか?事業主体は自治体であっても、あるいは自治体が委託した業者であっても、本当にぶつかっているのは「静かに暮らしたい住民」対「子育てをしながら働きたい住民」の利害対立なのではないでしょうか?

     保育園建設に反対している「静かに暮らしたい住民」も、かつては子育てをした経験があるかもしれません。その当時は共稼ぎをせずとも十分に生活できるだけの収入があったり、今ほど生活費が高くないので、または親戚縁者の助けがあって保育園が必ずしも必要なかったのかもしれませんが、今逆の立場に置かれたらどうか?あるいは今保育園を作ってほしい、子育てをしながら働きたい住民も、子育てが一段落するであろう20年後にも同じ問いをされたらどう答えるのか?

     これは住民と住民、市民と市民の利害対立であって、間に挟まれる自治体は媒介者でしかないのではないか?そう考えるときに、「保育園落ちた 日本死ね」と公に責任を求めるのが政治家として正しい立場なのでしょうか。住民同士が膝詰談判して、直接意見をぶつけ合うなどして「認知の壁」を取り払わない限り、お互いに自己主張だけして何の解決にもならないのではないでしょうか。

     「保育園落ちた 日本死ね」という言葉は、問題の一面をクリアカットに見せる効果はあったのでしょう。一面に光を当てすぎると、それ以外の面はすべて影になって見えなくなってしまいます。その影にこそ光を当てることが、政治家の役目ではないかと思うのです。受賞にはしゃいで「これからは解決する段階と思う」なんて他人事のコメントをしている場合ではないのではないでしょうか?
書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

■Twitter
「飯田浩司そこまで言うか!」

■会員制ファンクラブ(CAMPFIREファンクラブ)
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