2016年09月30日

我は海の子

 我が国にとって、海が生命線であることに疑いを持つ人は少ないと思います。南シナ海情勢を巡るニュースが争いの当事国とは言えない日本でこれだけ大きく取り上げられるのも、南シナ海を通って日本へたくさんの物資が入ってきているからです。メディア上では「シーレーン」と呼ばれるこの海の交易路ですが、実際にここを通ってくる船乗りの中に日本人は少ないことはあまり知られていないかもしれません。船主は人件費を考え、同じ資格があれば賃金の安い国の人間を多く採用します。海の世界はスキルが世界共通なので、どうしてもそういった底辺への競争が起こってしまうのです。

 そんな中、よりスキルを付けさせて世界の海へ羽ばたかせようと教育する練習船を取材する機会がありました。かつての航海訓練所、現在は独立行政法人海技教育機構(JMETS)の練習船、海王丸の体験航海に同乗してきたのです。というのも、車に車検があるように、船にも定期検査があります。5年に一度大きな検査を行うほか、毎年所定の内容をチェックする中間検査をパスしなくては航海できません。その中間検査が横浜は磯子であり、さらにその後横浜港大桟橋に入港するということで、検査をパスしたての船体を大桟橋まで回航するのに便乗する形でメディア向けの公開が企画されたというわけです。
 海王丸は、JMETSが持つ2隻の練習帆船の内の1つ。もう一隻は日本(にっぽん)丸。戦中から戦後、日本の海の男、海の女はこの2隻の練習帆船によって育てられたといっても過言ではありません。それぞれ代替わりしていて2代目海王丸、2代目日本丸が現役ですが、海の世界を少しでも知るひとなら、この名前を聞くとちょっとテンションが上がるはずです。その上、海王丸はザ・ボイスとしても縁の浅からぬ船。今は参院議員となった元独立総合研究所社長青山繁晴さんの奥様、青山千春東京海洋大学准教授が水産大の学生時代、日本で初めて女性として乗船しようとしたのが先代の海王丸だったのです。

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 4本マストの美しいシルエット。「海の貴婦人」と言われた先代を引き継ぐ優美な姿は遠目からでも目を引きます。乗船すれば、塵ひとつ落ちていない清浄な甲板。聞けば、航海中は毎朝6時半から30分以上をかけて、この甲板をヤシがらで磨いていくんだそうです。南洋航路なら夏は灼熱、一方日本海航路を行けば冬は極寒。その上、生徒のみならず教官も一緒になって行うそうで、ある船長経験者は、「これがしんどいなぁと思うような年になると、不思議とそろそろ陸に上がる人事がある」と語っていました。

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中身をくり抜いたヤシの実。これで甲板を磨く。

 日本丸、海王丸というと、かつての商船大や水産大といった大学生が乗るイメージがあったんですが、そうした海事系大学の学生以外にも、高校を卒業した後海技短大に進んで乗船するケースや中卒後海上技術学校を経て乗船するケース、さらに高卒後や大卒後に船社に就職してから乗ってくるケースもあって、実は生徒側の年齢構成やルーツも様々。それが、8人一室の船室で長い航海を過ごすわけですから、教える教官側にも様々なことが求められます。たとえば、遠洋航海ともなれば船医が乗船するわけですが、求められるスキルは傷の手当といった外科的なものから、思いつめた学生をケアする精神科医的なスキルまで多種多様。教える側もタフでなければ乗り越えられない部分が大きいんですね。

 さて、4本マストの帆船というと、セール(帆)の数はいくつあるのか?大小様々ですが、全部で36枚あるそうです。一番大きなセールが重さおよそ300キロ。広さはタタミ110畳分に上るということで、畳むだけでも各々の協力がなくてはできません。だいたい15人から20人で力を合わせるそうですが、穏やかな天候の時ばかりではありません。手を抜けば、「誰が手を抜いているのかまですぐにわかる」(ある教官)のだそうです。

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ドッグ入りするときはこうして船倉に収納する。ここまで持ってくるのも全て手作業。

 そうした人間関係の中で育っていく海の男、海の女たち。JMETS全体で帆船2隻、汽船3隻の計5隻を持っているそうですが、稼働率は常に95%~100%の間。余裕なし、ギリギリでの操業が続いています。というか、実際に海に出る以外に陸上のシミュレーターで教えているものもあるので、海の上で実践的に教えてもらいたいという需要が供給に対してすでにオーバーしてしまっているのです。JMETSも独立行政法人であるので、税金の使い道に厳しい眼が注がれるのは致し方ないかもしれません。
 しかしながら、予算額は84億円。そのうち自前で8億円~9億円の収入も得ています。これは海技系の学校や船社などからの教育委託による収入がほとんどですが、それ以外にも収入のチャネルを増やそうと○○丸カレーといった企画も進行中だそうです。
「東京オリンピック・パラリンピックの予算が膨らんで3兆を超える!」なんてニュースが世間を賑わせている中、何と涙ぐましい努力であることか!東京オリンピック・パラリンピックも我が国の未来への投資であるのは論を待ちません。ただ、海王丸の中で行われている海員教育も間違いなく海洋立国ニッポンの未来への投資であることは間違いないでしょう。どちらが優先というものではありません。どちらもやるのが王道。そして、それをやるだけの財源は「マイナス金利」、「財政投融資」という言葉としてすでに存在しているのではないでしょうか?
書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

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