2016年12月13日

日本丸~海員養成の最前線~

 先日、このブログでJMETS(海技教育機構)の練習船、海王丸の回航に便乗した話を書きました。船内を案内していただきながら、日本における海員教育の最前線について説明を受けました。そこで感じたことはここに記してあります。

『我は海の子』(9月30日付)

 さて、今回はその海王丸の姉妹船、というかお姉さんに当たる日本丸が遠洋航海に出発するということで、その直前に取材することができました。前回は点検後の回航中ということで、学生の皆さんが乗船するより前のまっさらな船を見学したんですが、今回は10月からすでに国内各地を回る練習公開を経て横浜に入港したところ。前回ののんびりとした空気とは違い、彼ら学生さんたちにとっては一瞬一瞬がすべて勉強。地となり肉となるわけで、若さと熱気、そして緊張感がみなぎっていていました。

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横浜港の新港埠頭で出航を待つ日本丸

 海王丸の稿でも説明しましたが、このJMETSの練習船というのは、各地にある商船大学や商船高専、さらに各大学や高校等も含め、様々な学校に通い海員を目指す人材を実地で教育するために存在します。今回の練習帆船日本丸のハワイへの遠洋航海は、乗組員49名、実習生110名で出港しますが、今回は実習生はすべて高専生。富山、鳥羽、大島(山口)、広島、弓削(愛媛)の各商船高専から集まりました。
 1人8名の船室に集うのは、出身校もバラバラの若者たち。10月に国内練習航海を始めた頃にはギクシャクする部屋もあるようですが、12月の遠洋航海を前にする頃にはお互いのペースも分かってきて、見ていても和気あいあいという雰囲気でした。

 しかし、彼らを待ち受ける冬の太平洋というのは、プロでも油断できない非常に厳しい海。日本列島とアメリカ大陸の間に横たわる太平洋には、基本的に西から東へと一年中吹く偏西風があることが知られています。ハワイへ向かう日本丸もその風を捕まえながら帆走するわけですが、その南には北東貿易風という逆向きの風が吹いています。その相反する向きの2つの風、それらが巻き起こす波。冬の太平洋は、波高6mを越えるような波波波を越えていかなくてはなりません。かつてこの帆船日本丸の船長を経験された方にお話をうかがったんですが、
「もちろん安全第一で行くのは当然として、そのなかでいかにして距離を稼いでいくか?最初は慣れるまで慎重に行くけれど、慣れてくれば多少波高が高くても帆を広げて船を走らせることも必要。その辺りを、実習生たちの表情を見ながらどうやってコントロールしていくのかも腕の見せどころです。」
と話してくれました。
 今の船長の奥知樹さんもインタビューの中で自身の経験も交えながら、
「とにかく自然に対して謙虚に。学生たちに経験を積ませようと思って時化の中に入っていくなんて絶対にしない」
と話しました。学生への朝のブリーフィングでも、この「謙虚」という言葉を何度も使っていて、厳しい自然に対する心構えに時間を割いていたのが印象に残っています。

 自然を相手にする帆船での遠洋航海では、己の小ささ、人間一人で出来ることがいかに限られているのかを身をもって知るのでしょうか。
インタビューした学生さんたちは皆さんとても謙虚で、それでいて将来への希望と楽観的な自信に満ちていました。19歳、20歳が大半を占める実習生たち。中には今回の遠洋航海中に船上で成人式を迎える人もいるような初々しい彼らなのですが、インタビューへの受け答えは堂々としたもの。「外航で大きな船を操りたい!」「世界中の港に行って国際交流したい!」と希望を語ってくれました。

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タンツーと呼ばれる朝の甲板清掃。ヤシの実を半分に割ったもので甲板をこする。撒かれているのは海水。
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中腰なので、結構辛い。結果、実習生からはるかに置いて行かれた私...。足が冷たい!

 今の景気の状況、そして団塊の世代が大量に現役から退いていくという避けがたい流れがあり、海員の世界も国内の航路を中心に若手は引く手あまたのようです。"海運"というと海外から資源や製品を輸入してくるイメージが強いんですが、国内輸送の4割強を担う主要な物流インフラでもあるんです。

『輸送機関別国内貨物輸送量及び輸送分担率の推移』(日本海事センターHP)https://goo.gl/YodGWa

 純粋に輸送量をトン数で比較すれば全体の8%弱に過ぎないんですが、輸送量に輸送距離を乗じた輸送活動量でみると44.10%。小回りの利く地域内輸送や小口輸送はトラックですが、長距離・大量輸送は国内であっても海運が一定の存在感を発揮しているのが分かります。もちろん、海外からのモノの流れでは圧倒的な存在感で、日本の輸出入の実に99.6%を海運が担っています。

『わが国外航海運の概要』(日本船主協会HP)https://goo.gl/w2WUbA

 ところが、外航に関しては世界中の国々とのいわゆる「底辺への競争」でどんどんと賃金レベルが下がっていき、今や相対的に賃金が高いとされる日本人は上級船員として乗るか、陸でそれらを管理するかという仕事に限られてしまっています。それは船籍にも現れていて、今や、日本商船隊と言いながら、本当に日本籍なのは全体のたった7%(184隻)。残りの93%(2382隻)が外国船籍なんだそうです。そこには税優遇の仕組みなどが絡まっていますからここでは措きますが、ことほど左様に外航船に関しては厳しい状況です。

 では、一方の内航船ではどうか。全く正反対の人手不足が起こり始めているようです。今まで内航船の人員は様々なところから補給がされてきました。まず、賃金競争で船を降りざるを得なくなった外航船の船員たち。それに、200海里の漁業規制で大型漁船を降りた船員たち。さらに、海上自衛隊の士・曹と呼ばれる若手隊員たちの再就職先として。
 こうして内航航路の船会社は凌いできたわけですが、ついにそれらが底をつき始めました。それはそうです。自前で教育せずに出来上がった海員たちを集めてくるんですから、教育へ投資する海上自衛隊や外航船の大手船会社が教育にかけるお金を絞り出したら供給が途絶えていきます。結果として、現在ジワジワと内航船会社の人手不足が顕在化してきました。

 ここで、改革が大好きな人たちはこう言います。
「ならば、内航船会社にも海外の海員を連れて来ればいいじゃないか。船のルールは世界共通。海外の安くて優秀な人材を入れれば、企業は助かるし切磋琢磨して技術だって上がるかもしれない」
 しかし、これは経済の話であると同時に安全保障の話でもあるんですね。先ほど、国内の物流ですら4割強を海運が担っていると書きました。海運が止まってしまうと海外からモノが入ってこなくなる!とよく言われますが、それ以前に国内の物流も壊滅的なダメージを受けますから、二重の意味で我々の生活は立ち行かなくなります。
 さらに、取材の過程である関係者が言いました。
「あの東日本大震災があって、福島第一原発の事故が起きた。そのとき、日本へ向かっていた船はどうしたと思います?海外の船会社の船はみんな日本の港への入港を拒否したんですよ。船員が動かなければ船は動きませんよ」
あの時はその後原発事故が一応の収束を見たことで物流がストップする事態も避けられたわけですが、もしもそのまま外航がストップしていたら...。今の日本海運の現状では、日本人が自力で維持することはできません。維持するために最低限どれだけの船が必要で、どれだけの人員が必要なのか?国土交通省の交通政策審議会海事分科会国際海上輸送部会が9年前の2007年に答申を出していました。

『安定的な国際海上輸送の確保のための海事政策のあり方について(答申)』(国土交通省HP)https://goo.gl/5ka70J

この答申の7ページに(4)日本籍船・日本人船員の必要規模という項があり、
<① 全て日本籍船で輸送しなければならない状態が1年程度継続
② ①の状態において一定規模の国民生活・経済活動水準を確保するための日本への
輸入を対象とした輸送力に対応する日本籍船の必要規模を試算>
しています。そして、
<一定規模の国民生活・経済活動水準としては、最低限の水準として、少なくとも健康で文化的な最低限度の生活水準と、当該水準に相当する経済活動水準が適当であると考えた。その水準の算出に当たっては、生活保護世帯の水準や最低賃金の水準を参考としたところ、最低限の水準は、概ね通常時の約3割強と試算された。>
つまり、国民全員が生活保護世帯あるいは最低賃金での生活を余儀なくされる極限状態と想像してください。その時に日の丸を背負って日本人が船を動かす最低条件は、
<日本人船員の必要規模の試算については、最低限必要な日本籍船に乗り組む船舶職員は全て日
本人とするとの考え方を採り、以下のようなケースを想定する。
① 日本籍船の必要規模を前提に、日本人船員の必要規模を試算
② 日本籍船に乗組む船舶職員(船長1名、航海士3名、機関長1名、機関士3名)は全て日本人
③ 通年運航を可能とする最少限の船舶職員数>
となります。

そして出てきた試算が、

<、最低限必要な日本籍船は約 450 隻となり、これらの日本籍船を運航するのに必要な日本人船員は約 5,500 人となる。>

という驚くべき結果です。現在の日本籍船200隻弱、外航船の日本船員2000人強と比較すると、その脆弱さにうすら寒くならないでしょうか?それも、国民全員が生命を維持するギリギリの生活を受け入れた上で必要となるのがこれだけの数字です。どうでしょう?危機はすでに進行していると言っても決して言い過ぎにならないと思います。

 そう思えば、日本丸でまさに出航せんとしていた若者たちこそ、我々の日々の生活を影ながら担わんとする縁の下の力持ち。尊い存在に思えてきます。思うだけでなく、実際に支えるような仕組みを作らなくてはなりません。経済の話、海運の話だけでなく、安全保障の観点でも、どう予算をつけ、どう人材を確保していくのか。どんな立派な成長戦略があっても、そこでできた製品を運ぶ物流なくしては画竜点睛を欠きますよね。

 練習船日本丸は来年1月6日(金)にハワイ・カウアイ島、ナウィリウィリ港に到着。10日(火)にはオアフ島・ホノルルに到着し、14日(土)に同地を出発。2月8日(水)に東京に戻ってくるそうです。航海の無事を祈ります。
書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

■Twitter
「飯田浩司そこまで言うか!」

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