2017年5月

  • 2017年05月29日

    ホントに成長しているの?

     イタリア、タオルミナでのサミットが終わりました。今回はサミット初参加のアメリカ・トランプ大統領の言動や、政策的にもトランプ政権の保護主義や環境政策に注目が集まり、あまり具体的な経済政策についての議論が薄かった印象です。
     そういえば、一年前のこの時期は伊勢志摩サミット報道一色で、その中で一番注目されていたのは財政出動についてでした。あの時は消費税増税の延期問題にも絡んで国内でも非常に注目されていましたが、今回はほとんど報じられず、したがって国内での議論もあまり盛り上がっていません。しかしながら、実は今こそ財政出動の重要性をクローズアップしなければいけないのではないかと私は思っています。たとえば、こんなニュース。

    『GDP、年2.2%増=5期連続プラス、11年ぶり-1~3月期』(5月18日 時事通信)https://goo.gl/Cpk4ej
    <内閣府が18日発表した2017年1~3月期の国内総生産(GDP、季節調整済み)速報値は、物価変動の影響を除いた実質で前期比0.5%増、年率換算で2.2%増だった。個人消費や輸出がけん引し、約11年ぶりに5四半期連続のプラス成長となった。>

     この時事の記事だけでなく、どの新聞、TVも同じような記事で、これだけ見ると「おお、日本は景気が良くなってきているのか(あまり実感はないけれど...)」というような印象ですが、中身を見てみるとちょっと問題を抱えているようです。

    『2017(平成29)年1~3月期四半期別GDP速報(1次速報値)』(5月18日 内閣府HP)https://goo.gl/LUEz8g

     16ページにもわたるこのPDFファイルですが、まず2017年1~3月期について。実感に近いと言われる名目の成長率はマイナス0.0%。年率換算でマイナス0.1%。一方、物価の影響を差し引いた実質の成長率の方はプラス0.5%。年率換算プラス2.2%。一連のメディアの報道は、この実質の方の数字を大きく取っているわけですね。
     一般に、成長していると物価も上昇していますから、普通は名目の数字が大きく、物価を差し引く実質は多少小さな数字になります。「名目>実質」ですね。ところが、今回は逆で、「名目<実質」。物価の伸びが鈍ってきている証拠です。というか、足元の成長も鈍っているけれども、物価が伸びていないので実質では数字が良くなっているわけです。
     同じく物価の伸びが思わしくないデータがもう一つ。GDPデフレーターといいますが、これが1~3月期は伸び率前期比マイナス0.6%。2016年度は、4~6月マイナス0.2%、7~9月マイナス0.2%、10~12月こそプラス0.1%となりましたが、1~3月期はマイナス0.6%と大きく沈み込んでしまいました。

     一方、先週末に発表された消費者物価指数では、物価が伸びているように報道されています。

    『先月の消費者物価指数 4か月連続のプラスに』(5月26日 NHK)https://goo.gl/7YvS7a
    <先月の全国の消費者物価指数は、電気代が値上がりしたことなどから、変動の大きい生鮮食品を除いた指数が去年の同じ月を0.3%上回り、4か月連続でプラスとなりました。
     総務省の発表によりますと、モノやサービスの値動きを示す先月の全国の消費者物価指数は、天候による変動の大きい生鮮食品を除いて、おととし(平成27年)を100とした指数で100.1となり、去年の同じ月を0.3%上回りました。消費者物価指数がプラスになるのは4か月連続です。>

     まるで物価が順調に上昇しているように見出しが取られていますが、問題はこれが「生鮮食品を除いた指数」という留保付きというところです。例によって発表そのものを見てみますと...。

    『消費者物価指数 全国 平成29年(2017年)4月分 (2017年5月26日公表)』(総務省統計局HP)https://goo.gl/1oLZK
    <2017年4月(前年同月比 %) 総合 0.4 生鮮食品を除く総合 0.3 生鮮食品及びエネルギーを除く総合 0.0>

     天候による変動が大きいので生鮮食品は除外されていますが、価格変動が大きく海外要因に左右されやすいのはエネルギー価格も同じ。そこで、それを除外して国内の物価の動向を表すのが生鮮食品及びエネルギーを除く総合。この数字は0.0%で伸びていないことが分かります。物価が伸びていないのですから、物価目標までは手を緩めないとしたアベノミクス第1の矢、金融緩和は出口戦略なんて言っている場合ではないはずです。

     一方、GDPについて言えば、この伸びていない物価にある意味ゲタを履かせてもらって実質では成長しているように見えています。だからと言ってここで景気刺激の手を緩めると、あっという間に実質成長も落ち込んでしまいます。

     先ほどのGDPについてのPDFファイルの一番最後の2ページに年次別の成長率が添えられています。ここが非常に重要で、2016年度は実質で1.3%成長とされていますが、この内訳は国内需要が0.5%プラスで外需(財・サービスの純輸出)が0.8%。
     外需は輸出が伸びているだけでなく、輸入がマイナス1.4%だったので差し引きで数字が良くなっています。この、輸出が伸びていて輸入が減っているということは、国内に需要が冷え込んでいることの裏返しと取ることもできます。国内需要が冷え込んでいるから、輸入業者は輸入したところで売れないから輸入は減少します。一方、輸出業者からすると国内で生産したものが国内だけでは売り切れないから海外に持って行かざるを得ない。したがって、数字上は輸出が増えるわけですね。

     一方、国内需要は前年度1.1%プラスだったものが、0.5%プラスと伸びが鈍っています。その内訳を見ますと、民間需要はプラス0.8%と、前年の1.1%プラスには及ばずとも踏ん張っています。
     ところが、公的需要がマイナス0.1%。その中でも、公的固定資本形成がマイナス3.2%だったのが足を引っ張っています。この公的固定資本形成はいわば財政出動ですが、消費税増税のあった2014年度だけでなく、翌2015年も、そして直近の2016年度もマイナスで推移しています。
     これを見ても、安倍政権は実は、特に2014年度以降緊縮的であることが分かりますね。2013年度に財政出動を増やしたそのイメージのまま、「バラマキだ!」と批判されることが多いのですが、事実は真逆。そして、それが経済成長にブレーキまでかけてしまっています。今年度の補正予算、そして来年度予算では何としてもブレーキを外させなくてはいけません。

     来年度予算の編成は、夏の概算要求から始まると言われますが、実はその前に6月に出る骨太の方針で緊縮か拡大かの大枠が決まってしまいます。ですから、その直前のこの時期こそが財政出動の重要性を議論しなくてはならないタイミングなのです。

     国内ではあまり盛り上がらないこの財政出動についての議論。海外の碩学たちはこぞって日本にはその余力があり、必要があると言っています。ノーベル経済学賞受賞のスティグリッツ氏やクルーグマン氏のみならず、FRB前議長のベン・バーナンキ氏もこう発言しています。

    『物価2%「財政政策活用も手」...バーナンキ氏』(5月24日 読売新聞)https://goo.gl/4ZdXaY
    <米連邦準備制度理事会(FRB)のベン・バーナンキ前議長は24日、都内で開かれた金融政策に関する国際会議で講演し、物価上昇率を2%に引き上げる日本銀行の目標の達成について、「金融政策だけで限界があるなら、財政政策を使うのも手だ」と述べた。>

     これだけ海外の高名な経済学者が提言しているにも関わらず、国内では「バラマキ反対!」「財政が破たんする!」といった独自の論理が幅を利かせています。グローバル化をあれだけ礼賛する経済メディアが、この財政出動に関しては"グローバルスタンダード"を鮮やかに否定する。ダブルスタンダードだと思わないのでしょうか?
  • 2017年05月22日

    テロ等準備罪法案審議に求む!

     後半国会最大の与野党対決法案である「テロ等準備罪」、組織犯罪処罰法改正案が衆議院法務委員会を通過しました。今週中に本会議で採決が行われ衆院を通過、審議の舞台は参院に移ります。

    『テロ等準備罪、衆院法務委で可決 23日通過へ 野党は猛抗議』(5月19日 産経新聞)https://goo.gl/KnPK8R
    <衆院法務委員会は19日午後、共謀罪の構成要件を厳格化した「テロ等準備罪」を新設する組織犯罪処罰法改正案を、与党と日本維新の会の賛成多数で可決した。与党は23日に衆院を通過させ、参院に送付する方針だ。民進、共産両党は反発を強め、対立が激化している。>

     衆院法務委員会での審議では、金田法務大臣の不安定な答弁もあり批判が高まりました。メディアも大臣の答弁を面白おかしく報じる始末。残念ながらどうしてこの法律が必要なのかを深めることが出来ずに、野党の追及をかわすことに終始しているように見えました。

    『ビールと弁当は花見、地図と双眼鏡は... 「共謀罪」例示』(4月29日 朝日新聞)https://goo.gl/3hNcjV
    <野党側はこれまでの審議で、桜並木の下を歩く行為は「外形上区別がつかず、内心を処罰されることにつながる」と指摘してきた。
     法務省の林真琴刑事局長はこの日、「携帯品や外形的事情で区別される」と判断基準の一つに言及。さらに詳しい説明を求められた金田氏は「花見であればビールや弁当を持っているのに対し、下見であれば地図や双眼鏡、メモ帳などを持っているという外形的事情がありうる」と述べた。>

     ずっとこの手の「人権侵害」の個別具体的な事例をこれはどうだ?あれはどうだ?と問い、それに対して官僚の側は形式的な答弁に終始し、大臣はといえばそれを解釈し、間違っちゃいないけれどそれじゃ伝わらないだろう...と首をかしげたくなる答弁をしてしまう。その結果、大臣答弁の違和感だけが見出しになり、そのイメージだけが膨らんで、「何となく怪しい法案」というような感覚だけが残ってしまう。そもそもどうしてこの法律が必要なのか、ひょっとしたらなくてもいいんじゃないか。こうした素朴な疑問はお互いに主張し合って終わってしまっています。

     まず、どうしてこの法律が必要なのか、その理由を立法事実と言います。では、この組織犯罪処罰法改正案の立法事実はというと、国連国際組織犯罪防止条約(TOC条約)を締結するためとされています。このTOC条約、国連でのおよそ2年の交渉を経て、2000年11月に国連総会で採択。12月にはイタリア、パレルモで署名会議を開催。この時に日本も署名しています。のみならず、2003年の5月には国会での承認も得ていて、この年の9月には承認国が一定程度集まったので発効しています。ちなみに、この署名会議の開催地の名前を取り、TOC条約はパレルモ条約と呼ばれることもあります。国会承認まで得ていますから、あとは締約しますと手を挙げるだけでいいわけですが、国会承認の際に、実施するために条約が要求する国内の法整備をしましょうと留保を付けたので締約はしていないというのが現状です。

     では、なぜTOC条約が今世紀初頭に交渉され、締約されたのか?それは実はグローバル化の流れと軌を一にしています。
     そもそもは国際的な麻薬犯罪を取り締まるために、各国でバラバラな処罰基準を統一して捜査をしやすくしようというところから始まりました。従来、刑事法制というものは国家主権と密接であって、国ごとにバラバラなのが常態でした。すると、ある国では犯罪だが、別の国では罪に問われずに逃げおおせるといったことで捜査が行き詰ることが問題となったんですね。
     そこで、1990年代後半からようやく国際スタンダードを作ろうという機運が高まり、麻薬に関する新条約や各種マネロン規制を導入。各国が効果を認識していきます。次いで、麻薬のみならず他の組織犯罪にも応用し、特に組織犯罪の資金源を断つことで犯罪を未然に防ぐことの有効性を認識、TOC条約に行きついたというわけです。さらに、2001年にアメリカ同時多発テロが発生、テロ対策にもTOC条約が有効だとされ、発効が急がれました。

     では、このTOC条約の中身はといいますと、大きく分けて2つの要素からなります。
     一つが、締約国に4つの行為の犯罪化の義務付け。
    ①重大な犯罪を行うことの合意等
    ②犯罪収益の洗浄
    ③腐敗行為
    ④司法妨害(証人等買収等)

     もう一つが、国際協力。犯罪人引渡しや捜査共助等です。この国際協力面が主にメリットとして語られる部分で、犯罪人引渡しでは2国間条約がなくともこの条約を基にして引き渡しが可能となる点。捜査共助では、現行はお互い外務当局同士を間に挟んでやり取りする必要があったものが、双方の捜査の中央当局(日本ならば法務省など)同士が直接やり取りすることが出来るようになる点が挙げられています。

     このメリットを享受するために、前者に挙げた4項目の国内法を整備することが求められています。日本はそのうちの3つ、マネロン、腐敗行為、司法妨害についてはすでに整備されていますが、重大犯罪の合意等が現行法にない概念。これを整備しようというのが、今回の組織犯罪処罰法改正案ということになります。

     さて、ざっくりと、これなしでも条約を締結できるのではないかと言われます。関係官僚を取材すると、かなりぶっちゃけるとできないことはないというのです。というのも、この187の締約国・地域を見ていくと北朝鮮やシリアまでもが名前を連ねています。これらの国々に、たとえば上に挙げた腐敗行為やマネロン、司法妨害に関する法律が整備されているかと言えば疑問でしょう。むしろ、国としてそうした犯罪行為に手を染めている可能性も指摘されている始末です。それゆえ、日本も法整備をしなくても締結できるといえば出来るのです。

     しかしながら、
    「締約すれば、締約国会議に出席する必要がある。そこで、先進国の一員であるにも関わらず、しかも法の支配を毎回強調している総理が言っている国が、やっていることが独裁国家と同じとの批判に甘んじていて本当に良いのか?これでは、TOC条約のタダ乗りだと言われても申し開きができない。しかも、TOC条約の精神である国際犯罪に対して日本が抜け穴であるのは変わりないことになってしまう」
    と、ある関係官僚は危機感を話してくれました。これをどう考えるかは各々考えが違うかもしれません。スッキリと入りたいという人もいれば、法制定なしでも入れるならそれでよいとする人もいます。

     しかしながら、法案に反対の側はとにかく締結可能だと言い、一方推進の側はとにかく締結は不可能だという。これでは、我々一般国民は議論のしようがありません。それに、民進党が言うように法整備無しで締約が可能であれば、なぜ彼らは3年3か月の民主党政権時代にTOC条約を締結しますと手を挙げなかったのか?その疑問に答えてはくれません。

     また、与党側もこの組織犯罪処罰法改正案の説明不足だと言われればその通りです。質問に答えるという形を取るので、どうしても答弁は形式的にならざるを得ません。ただ、そもそもなぜこの法律が必要なのか?テロの危険を煽る割には、個別具体的な実際の犯罪行為がテロと直接結びつかないではないかという疑問に対して答えられていません。
     実際には、この法律を作ることでTOC条約を締約でき、その条約のメリットでテロなど組織犯罪の未然防止、捜査の円滑化を図ることができるというのが法制定のメリットと言えるでしょう。間にTOC条約を挟んでいる分だけ、ややこしくなっているわけです。従って、この法律が作り出す「テロ等準備罪」は、本来は「テロ等組織犯罪準備罪」としなくてはいけません。

     与野党とも、重箱の隅をつつくような個別具体的な人権侵害の有無を検証・議論するあまり、この法案がもたらすTOC条約について国際犯罪に日本としてどう立ち向かうのか?どういう歴史の中でこの条約が生み出されたかなどに光が当たらないまま審議が進んでしまいました。
     上に書いた通り、国内法の整備が不十分であっても条約締約は可能です。あとは、この国の矜持、すなわち日本としてどう国際犯罪を抑止していくのかを海外に向けてどう表現していくかが問われているのではないでしょうか?

     最後に、憲法98条の2項をご紹介します。
    <第98条2 日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。>
  • 2017年05月15日

    自衛隊の急患輸送

     今日の番組放送前、心配なニュースが飛び込んできました。陸上自衛隊の航空機が函館空港の西でレーダーから機影が消えたのです。

    『4人搭乗の陸上自衛隊機 レーダーから消える 事故の可能性』(5月15日 NHK)https://goo.gl/6MvxRj
    <15日昼前、陸上自衛隊の連絡偵察機が函館空港の西の山の上空を飛行中にレーダーから機影が消え、行方がわからなくなりました。搭載された燃料で飛行できる時間がすでに過ぎていることから、自衛隊は事故が起きた可能性が高いとして確認を急いでいます。>
    <陸上自衛隊は事故が起きた可能性が高いとして、自衛隊員700人の態勢でレーダーから機影が消えた地点を中心に捜索にあたり、確認を急いでいます。>

     函館空港は市街地の東側の海沿いにある空港で、滑走路は東西に渡る一本です。航空写真で見ますと、南側は津軽海峡、北と東はわずかな平地の他は山地になっています。今回は西側の市街地方面から高度を下げ、着陸するルートを取ったようですが、報道によれば、空港周辺は雨やもやがかかる厳しい天候状況。機影が消えたのは西側およそ30キロの上空で、高度は900mほど。無線誘導を受けて着陸しようとしたタイミングのようです。
     この空港周辺は、風向、風速が急激に変化するウィンドシアが起こることでも知られています。過去にも旅客機が着陸直前に急激な下降気流に見舞われ、回避行動をしたものの胴体後部を損傷したという事故がありました。今回については、この原稿を執筆している15日21時の時点で機体等は発見されておらず、まだ詳細は不明ですが、いずれにせよ厳しい天候状況であったことは間違いないようです。

     さて、なぜこの厳しい環境下で陸自の航空機が飛んでいたのか?報道では、こうあります。

    <防衛省によりますと、機体は、救急患者の輸送の要請を受けて、15日午前11時23分に札幌市にある丘珠空港を離陸し、患者を乗せるため函館空港に向かっていました。>

     いわゆる急患輸送という任務に当たっていた最中の遭難のようです。首都圏に暮らしているとあまり馴染みがありませんが、島嶼部を抱える沖縄県や長崎県、鹿児島県、広大な北海道などでは都道府県知事の要請により、災害派遣という形で急患輸送が行われています。陸・海・空の3自衛隊にはそれぞれ航空部門がありますので、緊急の場合にはそれを使って輸送するということです。発表されている最新のデータは3月のものですが、3月だけで27件。平成28年度では409件の急患輸送を行っています。これは、1日に1件以上、日本のどこかで自衛隊が急患輸送に携わっているということですね。

    『平成29年3月の急患輸送実績について』(4月12日 統合幕僚監部発表)https://goo.gl/MGmszN

     自衛隊の災害派遣というと、去年の熊本地震や首都圏では鬼怒川の氾濫などが思い浮かびますが、実はこの急患輸送が全体の8割を占めるということです。

    『平成28年度自衛隊の災害派遣及び不発弾等処理実績について』(4月21日 統合幕僚監部発表)https://goo.gl/R1UCJh
    <過去10年間、「急患輸送」の占める割合が最も大きく、28年度は約80%>(3頁)
    <28年度総件数: 409件 総件数は、前年度比10件減少し、過去5年間の平均と同等>(6頁)

     急患輸送のほぼ半数を担うのが陸上自衛隊。これは、沖縄・那覇にある陸自15旅団隷下の第15ヘリコプター隊が南西諸島の急患輸送を担っている側面があるからです。かつて15旅団を取材したことがあるのですが、彼らは24時間体制、常に10人が急患輸送のスタンバイをしてます。夏の台風のみならず、海に浮かぶ南西諸島は天候がいい時ばかりではありません。天候が良ければ旅客機も飛びますが、天候が悪くなれば当然欠航となります。そんな時に頼りになるのが自衛隊の急患輸送。沖縄だけでなく、各自治体もヘリを持っていて、平時はそれで対応することが可能ですが、天候が厳しくなればなるほど自衛隊への依頼が増えるわけです。もちろん、安全第一で飛ぶのは言うまでもありません。急患輸送を何度も経験した海自のヘリ隊員にインタビューしたことがありますが、
    「待っている急患の姿を想像すると、現場上空までくれば降りたい!降りて運んであげたい!と強く思うんです。でも、そこはセーフティファースト。泣く泣くあきらめることだってあります」
    と話してくれました。飛行前のブリーフィングで患者の容体なども知らされてから飛ぶそうで、それだけに思いは募るわけですね。風や雨が一瞬弱まるタイミングを掴んで降りようとするわけですが、それが叶わないこともある。最後の判断は現場の機長に委ねられるわけですが、熱き心と冷静な頭脳で一つ一つの輸送を行っているということのようです。

    IMG_20150726_091458885.jpg
    海上自衛隊第73航空隊(館山)のUH-60J

     ちなみに、首都圏では、かつては東京都知事の要請で館山の海自のヘリ部隊が大島や三宅島などの急患輸送に携わっていました。今は東京消防庁のヘリが更新され、多少の悪天候でも飛べるようになったので依頼は劇的に少なくなったそうです。かつて飛んでいた隊員に取材をすると、やはり悪天候になればなるほど依頼が多くなると言っています。民間の航空機のみならず、公的機関の航空機であっても飛ぶか飛ばないかの判断に迷うような悪天候のとき、最後の頼みの綱が自衛隊というわけなんですね。これは、急患輸送を取材するとまず実感するところ。少々の悪天候でも飛ぶことができる自衛隊機のタフさが期待されているのです。こうした事故のニュースで急患輸送がクローズアップされるのは忸怩たる思いもありますが、輸送に当たる隊員たちは「何よりも国民の役に立ちたい」と口をそろえていました。縁の下の力持ちのような任務が、国民生活を支えています。

     最後に、陸自の連絡偵察機と搭乗員が一刻も早く発見されることを願っています。
  • 2017年05月08日

    教育無償化はこども保険で決まり?

     大型連休の前から、各メディアで「こども保険」礼賛の記事が散見されています。もともとは小泉進次郎衆議院議員をはじめとする自民党の若手議員が中心となって構想をまとめたもの。今現状徴収している厚生年金や国民年金といった社会保険料に若干の上乗せ徴収をして財源を確保し、それを教育無償化のために使うという。今は社会保険料は高齢者に偏って使われているのだから、これに少し上乗せして、それを子育て世代に使うのは不公平の是正になるだろうというのが彼らの主張です。

     子どもがいない人は保険料を払っても給付がないのだからかえって不公平だろうという批判に対しては、たとえ自分に子供がいなくても、子や孫にあたる世代が自分たちの老後を支えるんだから社会保険の考えとは大きく矛盾しないとのこと。これを機に教育無償化を含め子育て支援の財源を考えようという趣旨の記事が、社説やコラムでちらほら出てきています。たとえば、こちら。

    『社説 「こども保険」構想 子育て財源確保の弾みに』(4月15日 毎日新聞)https://goo.gl/nu9CGd

     これらの記事に共通するのは、まず財源に教育国債を使うことについて「将来世代へのツケを回すことになる」として言下に否定するのです。これは、この構想をまとめた自民党の若手議員たちも口を揃えています。こうしたロジックにしたがって、大型連休明けの今日、自民党の特命委員会は教育国債について「不適当」と、失格の烙印を押しました。

    『「教育無償化財源で国債は不適当」自民提言』(5月7日 NHK)https://goo.gl/CUKch8
    <自民党の特命委員会は、教育の無償化の実現に向けた財源に関する提言をまとめ、使いみちを教育に限定した「教育国債」は子どもの世代に負担をつけ回し適当でないとする一方、「子ども保険」については将来を見据えた提案の一つだと評価していて、近く、政府に提出することにしています。>

     そもそも、国債の増発が将来へ負担をつけ回すという、消費税増税以来言い古された常套句がまた出てきたあたりに緊縮財政派の執念を感じるわけですが、教育国債については一刀両断にしています。

    <「親の世代が果たすべき責任から逃れ、子どもの世代に負担をつけ回すことになる」と指摘し、「財源を国債に求めることは適当ではない」としています。>

    ということで、財政再建派のロジックでは、こども保険構想や税財源で教育無償化を賄うのが「親の世代の果たすべき責任」なのだそうです。一体、我々"親の世代"の果たすべき責任ってどれだけ重いんでしょうか...。こども保険構想というのはもともと子育て世代(="親の世代")を支援するというのが大義名分のはずですが、一方でその子育て世代は保険料を払うなり税金を余計に取られるなりの負担をして責任を果たせと言われているのです。
     現実問題として、子育てにはお金がかかります。保育や幼児教育はこの構想で実質無償化にしてくれたとしても、その後の高等教育まで考えれば、かなりの額を備えておかなくてはなりません。それに加えて保険料or税での追加負担で絞り取られるわけで、それが親の世代の責任と綺麗事を言われても納得できませんよね。
     また、高等教育までの無償化を実現するのであれば、その分保険料や税の追加負担が重くなるだけなので、結局楽になるわけではありません。
     そして、保険料にせよ税にせよ、いわば財布から直接抜かれるわけで、その分家計の可処分所得が減少します。当然、GDPの6割を占めると言われる個人消費にマイナス面で効いてきますので、景気にとってもマイナス。
     メリットは少ないように思えるのですが、どうなのでしょうか?

     一方、責任逃れだと批判されている教育国債ですが、こちらはいわば教育費の前借り。今かかる教育費を国債で賄うと、たしかに償還時期の納税者(=将来世代)に負担がかかります。この負担の部分だけを見れば"ツケ回し"という表現も当たっているのかもしれません。しかし、実際に教育を無償で受けるという受益の部分を見ると、こちらも今の子ども=将来世代が恩恵を受けるわけです。
     つまり、教育国債は"受益者負担"という市場経済の原則に合致した政策のはずなのですね。これのどこが責任逃れなのでしょうか?私には理解に苦しみます。

     さて、今回教育国債をバッサリと切り捨てたのは、自民党の財政再建に関する特命委員会は、政務調査会に属する組織です。こども保険構想をまとめた「2020年以降の経済財政構想小委員会」もこの特命委内に設けられた組織。ということで、これら緊縮サイドの政策は、一貫して政調サイドから出されているものなのです。

     では、教育国債構想はどこから出てきているかというと、これは政調ラインではなく、総裁直轄の教育再生実行本部から出ています。

    『自民、高等教育の無償化を検討 「教育国債」創設を想定』(2月3日 朝日新聞)https://goo.gl/6EkkJB
    <自民党は授業料の免除など教育無償化に向けた具体策の検討を始める。総裁直轄の「教育再生実行本部」にプロジェクトチーム(PT)を設置し、必要な財源には使い道を無償化に限る「教育国債」の創設などについて議論する。>

     この報道が2月ですから、すでに何度も会合を開いて議論しているはずなのに、会議の内容がほとんど外へ漏れてきません。座長は馳・前文科大臣で、それ以外のメンバーにも文科大臣経験者や文教族の大物が入っているそうです。むしろここまで何も出てこないことの方が不思議なのですが、一つ言えるのは党内にも教育無償化の財源論について議論の場が2つ存在するということ。そして、党としての結論はまだ出ていないということ。

     そういえば、先月番組に出演した下村博文幹事長代行がこう言っていました。
    「教育国債とこども保険は決してどちらか一つという話ではない。こども保険は幼児教育、教育国債は高等教育という具合に棲み分けも可能だ」
     下村氏は去年からずっと教育国債の活用を訴え続けてきた、いわばパイオニア。落としどころは見えているようにも見えるんですが...。
  • 2017年05月02日

    米艦防護報道で報じられないもの

     安全保障関連法に基づいて日本の自衛隊がアメリカ軍の艦艇を守る「米艦防護」を今日、海上自衛隊が初めて実施しました。

    『自衛隊、初の米艦防護 北朝鮮にらみ連携強化』(5月1日 共同通信)https://goo.gl/13TJwg
    <海上自衛隊のヘリコプター搭載型護衛艦「いずも」は1日午後、房総半島沖で米海軍の補給艦と合流し、安全保障関連法に基づき米軍の艦艇を守る「武器等防護」を実施した。自衛隊が安保関連法の新任務に当たるのは初。緊迫する北朝鮮情勢をにらみ、日米の連携強化をアピールする狙いがある。>

     これに対して、集団的自衛権の抜け道だと批判する向きもあります。

    『自衛隊に初の「米艦防護」命令 安保法の初任務 きょう出港』(5月1日 東京新聞)https://goo.gl/FnNC7I
    <海上自衛隊は、米艦防護の任務中、米軍に対する偶発的な攻撃や妨害行為があれば、武器を使って阻止できる。他国を武力で守る集団的自衛権を行使する要件を満たさなくても同様の反撃が可能になるため、集団的自衛権の「裏ルート」と批判される。自衛隊が戦争の火ぶたを切る危険性も指摘される任務だ。>

     こうした批判を見ると、既視感を強く持ちます。安保法制議論の時にも同じような批判がなされていました。「自衛隊が戦争の火ぶたを切る」というのは、あの当時「戦争法案」という名でされた激しい批判そのままですね。ただ、本当に「自衛隊が戦争の火ぶたを切る」のが難しいのは、皮肉にもこの記事の中に書いてあります。
    <米艦防護の任務中、米軍に対する偶発的な攻撃や妨害行為があれば、武器を使って阻止できる。>
     武器を使って「攻撃」ではなく、「阻止」なんですね。これは、武器等防護は自衛隊法95条の2に基づいて行われ、その際の武器使用は「その事態に応じ合理的に必要と判断される限度で武器を使用することができる。」とされています。去年12月の閣議決定の際にも、「極めて受動的かつ限定的な必要最小限の武器の使用を認めるものである。」とされ、「同条(筆者注:自衛隊法95条の2)の規定による武器の使用によって戦闘行為に対処することはないものとし、したがって、自衛隊が武力の行使に及ぶことがなく、また、同条の規定による武器の使用を契機として戦闘行為に発展することもないようにしている。」とされています。

    『自衛隊法第95条の2の運用に関する指針(平成28年12月22日 国家安全保障会議決定)
    』(防衛省HP)https://goo.gl/T3F2nz

     この際の武器使用について現場で行われているのは、「警察比例の原則」。つまり、相手の行動を阻止する程度の実力行使にとどめ、軍事作戦で用いられるような敵を殲滅することを意図するような実力行使は行わないということ。相手が素手で襲い掛かれば素手で、拳銃で来れば拳銃でという具合です。これでどうして、日本の自衛隊が戦端を開けると言うのか...。

     この手の議論で思い出すのは、安保法制議論の時にもこのブログに書いた、アメリカ同時多発テロ時の事実上の米艦防護です。

    『安保法制が戦争の歯止めになる』(2015年9月1日 イイダコウジ そこまで言うかブログ)

     当時は、防衛庁設置法第5条18項の調査・研究の項目を根拠に行われました。この「調査・研究」は武器等防護と違い、武器使用に関して明確な規定がありませんでした。さらに、地理的概念についても、法的には領海のみならず公海上でも行われるとの政府答弁書をそのとき紹介しています。米軍に追従し、世界中の紛争に巻き込まれると懸念するなら、安保法制以前の方がよほど歯止めが存在しなかったはず。今回も米軍との一体化が進み、巻き込まれるリスクが高まるというお決まりの批判が新聞各紙に踊っていますが、一体何を議論してきたのでしょうか...?

     また、上記東京新聞の記事にはこんな一文もあります。

    <ただ、今回の場合、海自が米補給艦を防護する範囲は太平洋側だ。現状では、北朝鮮が四国沖の米艦を狙う意思と能力を持っている可能性は低い。他の国やテロ組織が米艦を攻撃することも想定しづらい。海自の任務は、米艦を防護するというよりは、北朝鮮に日米同盟の緊密さを誇示することが主たる目的になる。
     米軍が必ずしも自衛隊に守ってもらう必要のない海域、局面での米艦防護は、平時から有事まで米軍に対する自衛隊の支援を飛躍的に拡大させる安保法の本質を物語る。米朝対立の今後の展開次第では、一体化した自衛隊と米軍がそのまま共に戦う事態が現実味を帯びかねない。>

     これこそまさに平和ボケそのもの。というのも、あの米同時多発テロ当時も米軍は海上自衛隊に対して米艦防護を要請してきたのです。今回も同じように要請してきたのであれば、それはまさにあの同時多発テロ当時と同じ危機感を持ってことに当たっているということに他なりません。自衛隊に対しては、北朝鮮からのミサイルを念頭に、破壊措置命令が出しっぱなしになっています。これに対応し、市ヶ谷の防衛省をはじめ自衛隊駐屯地や米軍基地周辺にはPAC3ミサイルがいつでも発射できるように起立させてスタンバイし、日本海にはミサイル防衛が可能な最新鋭のイージス艦が常に警戒監視を続けている。これでどうして「平時」と言えるのでしょうか?初めに安保法制反対があって、そこから逆算するように今回の事案を批判しているように私には見えます。

     むしろ、私が一つ違和感を覚えるのが、今回の情報が政府の正式な発表に基づくものではないこと。これに関する報道は「政府関係者によると」「政府関係者への取材で分かった」というものがほとんどです。こういった表現は、政府関係者のリークによる可能性が高いものなんですが、本論の武器等防護に関する情報以上の情報がリークされているように思えるのです。
     武器等防護はアメリカの補給艦と海自の「いずも」の間で太平洋上で行われるもの。であれば、それだけをリークすればいいものを、ご丁寧にも米補給艦と「いずも」のその後の進路や、何日間どこまで米艦防護するかを明かしてしまっています。すでに公開情報と化していますのでここでも書きますが、米補給艦と「いずも」は房総半島沖で合流、そのまま併走する形で四国沖まで約2日航行します。「いずも」はその後、シンガポールで行われる国際観艦式を目指して南下、一方の米補給艦は日本海側に出て空母カール・ビンソンを中心とする空母打撃群への補給を行うそうです。
     この緊張した朝鮮半島情勢の中で、ここまで詳細に明かすのは、もしアメリカ側の許可を受けているのであればいいのですが、そうでなければ迂闊の誹りを免れないものだと私は思います。何しろ、米補給艦の行動のみならず、結果として空母カール・ビンソンとその打撃群のおおよその位置まで明かしてしまっているのですから...。
     これがすべて、北朝鮮に対するメッセージでわざと公開されているのであれば、日本政府の情報管理も天晴れなのですが、少なくとも指摘するメディアが一つもないのは首をかしげるばかりです。
書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

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