2017年05月22日

テロ等準備罪法案審議に求む!

 後半国会最大の与野党対決法案である「テロ等準備罪」、組織犯罪処罰法改正案が衆議院法務委員会を通過しました。今週中に本会議で採決が行われ衆院を通過、審議の舞台は参院に移ります。

『テロ等準備罪、衆院法務委で可決 23日通過へ 野党は猛抗議』(5月19日 産経新聞)https://goo.gl/KnPK8R
<衆院法務委員会は19日午後、共謀罪の構成要件を厳格化した「テロ等準備罪」を新設する組織犯罪処罰法改正案を、与党と日本維新の会の賛成多数で可決した。与党は23日に衆院を通過させ、参院に送付する方針だ。民進、共産両党は反発を強め、対立が激化している。>

 衆院法務委員会での審議では、金田法務大臣の不安定な答弁もあり批判が高まりました。メディアも大臣の答弁を面白おかしく報じる始末。残念ながらどうしてこの法律が必要なのかを深めることが出来ずに、野党の追及をかわすことに終始しているように見えました。

『ビールと弁当は花見、地図と双眼鏡は... 「共謀罪」例示』(4月29日 朝日新聞)https://goo.gl/3hNcjV
<野党側はこれまでの審議で、桜並木の下を歩く行為は「外形上区別がつかず、内心を処罰されることにつながる」と指摘してきた。
 法務省の林真琴刑事局長はこの日、「携帯品や外形的事情で区別される」と判断基準の一つに言及。さらに詳しい説明を求められた金田氏は「花見であればビールや弁当を持っているのに対し、下見であれば地図や双眼鏡、メモ帳などを持っているという外形的事情がありうる」と述べた。>

 ずっとこの手の「人権侵害」の個別具体的な事例をこれはどうだ?あれはどうだ?と問い、それに対して官僚の側は形式的な答弁に終始し、大臣はといえばそれを解釈し、間違っちゃいないけれどそれじゃ伝わらないだろう...と首をかしげたくなる答弁をしてしまう。その結果、大臣答弁の違和感だけが見出しになり、そのイメージだけが膨らんで、「何となく怪しい法案」というような感覚だけが残ってしまう。そもそもどうしてこの法律が必要なのか、ひょっとしたらなくてもいいんじゃないか。こうした素朴な疑問はお互いに主張し合って終わってしまっています。

 まず、どうしてこの法律が必要なのか、その理由を立法事実と言います。では、この組織犯罪処罰法改正案の立法事実はというと、国連国際組織犯罪防止条約(TOC条約)を締結するためとされています。このTOC条約、国連でのおよそ2年の交渉を経て、2000年11月に国連総会で採択。12月にはイタリア、パレルモで署名会議を開催。この時に日本も署名しています。のみならず、2003年の5月には国会での承認も得ていて、この年の9月には承認国が一定程度集まったので発効しています。ちなみに、この署名会議の開催地の名前を取り、TOC条約はパレルモ条約と呼ばれることもあります。国会承認まで得ていますから、あとは締約しますと手を挙げるだけでいいわけですが、国会承認の際に、実施するために条約が要求する国内の法整備をしましょうと留保を付けたので締約はしていないというのが現状です。

 では、なぜTOC条約が今世紀初頭に交渉され、締約されたのか?それは実はグローバル化の流れと軌を一にしています。
 そもそもは国際的な麻薬犯罪を取り締まるために、各国でバラバラな処罰基準を統一して捜査をしやすくしようというところから始まりました。従来、刑事法制というものは国家主権と密接であって、国ごとにバラバラなのが常態でした。すると、ある国では犯罪だが、別の国では罪に問われずに逃げおおせるといったことで捜査が行き詰ることが問題となったんですね。
 そこで、1990年代後半からようやく国際スタンダードを作ろうという機運が高まり、麻薬に関する新条約や各種マネロン規制を導入。各国が効果を認識していきます。次いで、麻薬のみならず他の組織犯罪にも応用し、特に組織犯罪の資金源を断つことで犯罪を未然に防ぐことの有効性を認識、TOC条約に行きついたというわけです。さらに、2001年にアメリカ同時多発テロが発生、テロ対策にもTOC条約が有効だとされ、発効が急がれました。

 では、このTOC条約の中身はといいますと、大きく分けて2つの要素からなります。
 一つが、締約国に4つの行為の犯罪化の義務付け。
①重大な犯罪を行うことの合意等
②犯罪収益の洗浄
③腐敗行為
④司法妨害(証人等買収等)

 もう一つが、国際協力。犯罪人引渡しや捜査共助等です。この国際協力面が主にメリットとして語られる部分で、犯罪人引渡しでは2国間条約がなくともこの条約を基にして引き渡しが可能となる点。捜査共助では、現行はお互い外務当局同士を間に挟んでやり取りする必要があったものが、双方の捜査の中央当局(日本ならば法務省など)同士が直接やり取りすることが出来るようになる点が挙げられています。

 このメリットを享受するために、前者に挙げた4項目の国内法を整備することが求められています。日本はそのうちの3つ、マネロン、腐敗行為、司法妨害についてはすでに整備されていますが、重大犯罪の合意等が現行法にない概念。これを整備しようというのが、今回の組織犯罪処罰法改正案ということになります。

 さて、ざっくりと、これなしでも条約を締結できるのではないかと言われます。関係官僚を取材すると、かなりぶっちゃけるとできないことはないというのです。というのも、この187の締約国・地域を見ていくと北朝鮮やシリアまでもが名前を連ねています。これらの国々に、たとえば上に挙げた腐敗行為やマネロン、司法妨害に関する法律が整備されているかと言えば疑問でしょう。むしろ、国としてそうした犯罪行為に手を染めている可能性も指摘されている始末です。それゆえ、日本も法整備をしなくても締結できるといえば出来るのです。

 しかしながら、
「締約すれば、締約国会議に出席する必要がある。そこで、先進国の一員であるにも関わらず、しかも法の支配を毎回強調している総理が言っている国が、やっていることが独裁国家と同じとの批判に甘んじていて本当に良いのか?これでは、TOC条約のタダ乗りだと言われても申し開きができない。しかも、TOC条約の精神である国際犯罪に対して日本が抜け穴であるのは変わりないことになってしまう」
と、ある関係官僚は危機感を話してくれました。これをどう考えるかは各々考えが違うかもしれません。スッキリと入りたいという人もいれば、法制定なしでも入れるならそれでよいとする人もいます。

 しかしながら、法案に反対の側はとにかく締結可能だと言い、一方推進の側はとにかく締結は不可能だという。これでは、我々一般国民は議論のしようがありません。それに、民進党が言うように法整備無しで締約が可能であれば、なぜ彼らは3年3か月の民主党政権時代にTOC条約を締結しますと手を挙げなかったのか?その疑問に答えてはくれません。

 また、与党側もこの組織犯罪処罰法改正案の説明不足だと言われればその通りです。質問に答えるという形を取るので、どうしても答弁は形式的にならざるを得ません。ただ、そもそもなぜこの法律が必要なのか?テロの危険を煽る割には、個別具体的な実際の犯罪行為がテロと直接結びつかないではないかという疑問に対して答えられていません。
 実際には、この法律を作ることでTOC条約を締約でき、その条約のメリットでテロなど組織犯罪の未然防止、捜査の円滑化を図ることができるというのが法制定のメリットと言えるでしょう。間にTOC条約を挟んでいる分だけ、ややこしくなっているわけです。従って、この法律が作り出す「テロ等準備罪」は、本来は「テロ等組織犯罪準備罪」としなくてはいけません。

 与野党とも、重箱の隅をつつくような個別具体的な人権侵害の有無を検証・議論するあまり、この法案がもたらすTOC条約について国際犯罪に日本としてどう立ち向かうのか?どういう歴史の中でこの条約が生み出されたかなどに光が当たらないまま審議が進んでしまいました。
 上に書いた通り、国内法の整備が不十分であっても条約締約は可能です。あとは、この国の矜持、すなわち日本としてどう国際犯罪を抑止していくのかを海外に向けてどう表現していくかが問われているのではないでしょうか?

 最後に、憲法98条の2項をご紹介します。
<第98条2 日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。>
書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

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