2020年9月

  • 2020年09月03日

    安倍政権を振り返る

    第2次安倍政権が間もなく幕を閉じます。

    安倍総理が先週金曜の会見で持病の悪化による退陣を表明。後継の総理・総裁が決まり首班指名を受ける時点まで執務は続けますが、すでに後継総裁レースが熱を帯びてきています。

    一方で、この政権が何を成したのか、あるいは成さなかったのか?

    外交、安保、経済、構造改革、憲法改正、拉致問題、北方領土問題、あるいはスキャンダルめいたものまで、中には好き嫌いで書いたであろうものも含め、様々な角度から論評が行われています。

     

    各国の首脳から惜別のSNSが多く寄せられていることでもわかる通り、外交においてはリベラル国際主義を堅持し、国際協調に腐心し続けたと海外からは高く評価されています。

    一部、政権と距離を置くメディアからは、とかくトランプ大統領との蜜月関係を揶揄することに代表されるように、「エキセントリックな外国元首と仲がいい、変わった」総理というイメージ作りがされていました。

    トルコのエルドアン大統領やロシアのプーチン大統領といった強権的なイメージの指導者と親密である一方、ドイツのメルケル首相や韓国の朴槿恵大統領(当時)らとは上手くやっていない、民主主義を大事にする指導者とはそりの合わない人物なのだ!という記事が当時国内でも散見されました。

    が、実際にやっていたことはそうしたイメージとは正反対の国際協調主義でした。

    たしかに強権的に見える指導者とも親密でしたが、一方でオーストラリアのアボット首相(当時)やインドのモディ首相、台湾の蔡英文総統といった世界の民主主義国の指導者とも気脈を通じていましたから、政治手法で付き合いを決めるようなことはなかったはずです。

    政権発足当初は韓国や中国の宣伝戦もあり、欧米諸国から"日本に極右の総理が誕生し、歴史修正主義者がやってくる"と警戒されたようですが、それを一つ一つ行動で跳ね返していきました。

    官邸の高官ら総理外遊に同行した人々に取材をすると、政権発足から1年、2年が経ち、徐々に各国との間で信頼関係を構築していきましたが、特に2015年4月のアメリカ公式訪問でガラッと雰囲気が変わったと言います。

    すなわち、連邦議会上下両院合同会議で英語で演説。日米同盟を「希望の同盟」と表現し、先の大戦で干戈を交えた両国が世界をリードする盟友となったこと、和解の歴史を堂々と演説した、あの訪問です。

    当時はバラク・オバマ大統領の時代。この演説が、その後のオバマ大統領の歴史的な広島訪問につながり、さらに真珠湾で大統領とともに慰霊するという和解外交につながっていきます。

    戦後70年談話にあったように、子々孫々まで謝罪し続けることのないよう、我々世代で区切りとする。これを実践したわけです。

    この、慰霊と区切りの儀式はオーストラリアとも行いました。

    戦争中、日本軍はオーストラリア北西部のダーウィンを空襲し多数のオーストラリア人が亡くなりました。

    その慰霊をモリソン首相とともに行ったのです。このことは、総理退任に宛てたモリソン首相のツイッターで花輪を手向ける写真とともに、忘れることのない印象的なシーンとして紹介されています。

     

    そして、自由・人権・法の支配といった普遍的な価値観を共有する各国が連携していくという「価値観外交」を提唱し、アジア太平洋地域では当初「セキュリティ・ダイヤモンド構想」を発表。

    日本・アメリカ・オーストラリア・インドが連携してアジア太平洋地域の平和と安全を確保していくという道を示しました。

    その後、2016年8月、初めてアフリカで開かれたアフリカ開発会議(TICAD)でさらにインド洋、その先のアフリカ大陸までを視野に収めた「自由で開かれたインド太平洋戦略」に結実します。

    この、価値観を重視した多国間協調主義は日本外交の基軸として次の政権も、その次の政権も維持すべきものであると考えます。

     

    もう一つ、国内のメディアがあまり評価しないのが、経済政策。

    アベノミクスは道半ばだったというのが、ほとんど枕詞のように使われています。

    たしかに、道半ばでした。が、それは成果を挙げられなかったというものではなく、途中まで成果が挙がっていたのにそれを自ら潰してしまったという意味です。

    具体体には拙著『「反権力」は正義ですか ラジオニュースの現場から』(新潮新書)に記しましたが、もともとのアベノミクス3本の矢、中でも①大胆な金融緩和、②機動的な財政出動によって2013年から経済は急回復しました。

    その政策を続ければ、今頃はもっともっと経済成長を遂げ、GDPは600兆を優に超えていてもおかしくなかったはずでした。

    しかし、前政権が合意した「3党合意」に縛られる中で2014年4月に消費税を5%から8%に上げてしまいました。

    その後は経済が大きく落ち込むことこそありませんでしたが低空飛行を続け、さらに2度の延期を経て2019年10月に消費税は10%へ。

    そこへコロナショックが来て経済がガタガタになったのは記憶に新しいところです。

    どうして増税を強行するのか?当時、官邸の関係者とよく議論しましたが、最終的には目的税化されていて各省庁がそれを予算に当て込んでいるから今更変えられないと苦渋の表情を見せました。

    教育の無償化や社会保障の充実の財源として紐づけられているので厚生労働省や文部科学省が、地方消費税の部分は各自治体の予算と直結するので総務省がそれぞれ財源としていますから、霞が関がほとんど一体となって消費税増税に邁進しているのに対し、総理官邸は抗しきれずにいました。

    その姿は、「独裁・強権」という世間のイメージとはかけ離れていました。

    「マスコミの言うような独裁的な強力な政権だったら、こんなに苦労しないさ」

    切なそうに呟く姿が強烈に印象に残っています。

     

    財政出動が、財政健全化への縛りで制限される中、金融緩和頼みだったことは否めませんが、それでも失業率は2%台半ばまで大きく改善させ、有効求人倍率は1.6倍台まで引き上げました。

    労働組合の代表さながらに経済界と交渉し、毎年のように賃上げを要請。

    官製春闘などと揶揄されましたが、むしろ批判すべきは政府にお株を奪われてしまった組合側でしょう。

    なぜこれを、労働組合の元締めである連合がバックについていた民主党政権時代にできなかったのか?この反省なく政府批判ばかりしていても支持を得られないのは明白だろうと思います。

    特に、雇用情勢の影響を最も受けるのは非正規雇用者と新卒者です。

    日本の労働慣行上、一度正社員として採用されればおいそれとクビにできませんから、非正規雇用や新卒採用の数を調整弁としています。

    経済が失速し、雇用情勢が悪くなると、真っ先にここを切って調整しようとするのです。

    逆に、雇用情勢が改善すれば真っ先に恩恵を受けるのも非正規雇用者や新卒者です。

    これらは比較的若い世代が多い層ですから、若い世代に政権支持者が多いのもうなずけます。

    若年層で政権の支持率が高いなんて、若者の右傾化だ!としきりに批判されましたが、それは根本から社会の有り様を見誤ったインテリの愚痴でしかありませんでした。

     

    なにより、右派だ、ナショナリストだと批判を受けたこの政権は、経済政策では消費増税以外リベラルそのものでありました。

    当時官邸幹部は「先に最低賃金だけ上げてもダメで、企業業績を上げさせて、その上で賃金アップをしてもらう。この道しかない」としきりに繰り返していました。

    それだけではありません。外交においてもやはりリベラル国際主義そのものであったわけです。

    7年8カ月を支え続けた官邸幹部は、

    「右派と見られている政権がリベラル政策をやるから、みんな納得してくれるんじゃないかな」

    と話しました。

    とかく分断を生んだ政権であったと総括されることもある第2次以降の安倍政権ですが、こうして具体的な政策を見てくると、実は包摂を目指した政権ではなかったかと思います。

     

    ■第2次以降の安倍政権、主な政策

    201212         2次安倍政権発足

     

    20131           中国海軍レーダー照射問題

    20132           北朝鮮が核実験

    20133           TPP交渉参加を表明

    20134           日銀が量的・質的金融緩和を発表(いわゆる黒田バズーカ)

                                      モスクワで日露首脳会談

    20139           2020オリンピック・パラリンピック開催地が東京に決定

    201312         NSC設置

                                      特定秘密保護法成立

                                      安倍総理、靖国神社参拝

                                      沖縄県・仲井真知事が辺野古埋め立てを承認

     

    20144           消費税8%に引き上げ

    20145           内閣人事局設置

    201411         消費税10%の先送りと解散総選挙を表明

     

    20154           日経平均株価2万円台回復

                                      アメリカ公式訪問。連邦議会上下両院合同会議で演説。

    20156           18歳選挙権を定める改正公職選挙法の成立

    20158           戦後70年談話発表

    20159           平和安全法制が成立

    201510         沖縄県・翁長知事が辺野古埋め立て承認を取り消し

    201512         慰安婦問題に関する日韓合意

     

    20161           北朝鮮が核実験

    20165           G7伊勢志摩サミット開催

    米オバマ大統領が広島訪問

    20168           北朝鮮の中距離ミサイルが日本のEEZ内に着水

    20169           北朝鮮が核実験

    201612         山口県でロシア・プーチン大統領と首脳会談

    ハワイ真珠湾訪問・オバマ大統領と慰霊

     

    20172           森友学園問題を朝日新聞が報道

    ホワイトハウスでトランプ大統領と初の首脳会談

    20175           加計学園問題を朝日新聞が報道

    20176           組織犯罪処罰法改正案成立

                                      皇室典範特例法成立

    20177           韓国・文在寅大統領と首脳会談

    陸上自衛隊日報問題で稲田防衛大臣らが辞任

    20179           北朝鮮が核実験

     

    20186           働き方改革法案成立

    201810         中国で習近平国家主席との首脳会談

    201812         韓国海軍レーダー照射問題

                                      TPP11発効

     

    20195           天皇陛下御即位と令和への改元

                                      トランプ大統領来日

    20196           イラン・ハメネイ最高指導者と会談

    20198           韓国を貿易管理上のホワイト国から除外

    201910         消費税10%に引き上げ

     

    20203           東京オリンピック・パラリンピックの延期が決定

    20204           新型コロナウィルスに伴う緊急事態宣言

    20206           検察官の定年延長を含む国家公務員法改正案が廃案に

    20208           28日、総理辞任を表明

書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

■Twitter
「飯田浩司そこまで言うか!」

■会員制ファンクラブ(CAMPFIREファンクラブ)
「飯田浩司そこまで言うか!ONLINE」

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