• 2019年04月08日

    大阪ダブル選挙雑感

     取材で出張に行くとなると、東京で出来るだけの下調べをします。そこで、ある程度の相場観と言いますか、「このニュースはこういうことなんだろう」というような想定めいたものが頭の中に出来てきます。ところが、実際に現場に行ってみるとその想定が簡単に打ち砕かれることがあるんですね。この週末の大阪出張、大阪ダブル選挙の取材もまさにそんな展開でした。

     選挙取材で現場に足を運べないとなると、東京で出来ることはおのずと限られてきます。
     ①現場の人、あるいは現場に行った人の話を聴く、②現地からの報道を見る、③現地での世論調査の結果を集める...。
     大雑把にまとめると、選挙の現場から遠く離れたところから情報を収集するにはこの3つを組み合わせることになります。ただ、①の現場に行った人の話は人によって見てきたものが違うし、②の現地の報道も気を付けないと同じことを伝えるのでも切り口を変えてくる分先入観に引っ張られる場合があります。そうしたリスクを考えると、③の現地世論調査を優先してしまうのですが、ここにも落とし穴があって、今回の取材ではそれをまざまざと見せつけられました。
     事前の世論調査では、維新側と反維新といわれた自民・公明推薦候補が互角か小差で維新リードというものがほとんどでした。告示直前の自民党の調査などは、大阪市長選で反維新側の候補、柳本顕氏がリードしているとの数字が出ていました。これにはさすがに関係者も半信半疑でしたが、いずれにせよ投票日の7日の投票箱が閉まる8時の時点でこうもあっさりと各社当確を出すという事態は想定していなかったのですね。

    <第19回統一地方選の前半戦は7日、11道府県知事選などの投開票が行われた。最大の焦点だった大阪府知事選と大阪市長選のダブル選では、「大阪都構想」の実現を目指す地域政党・大阪維新の会が擁立した候補が、ともに当選を決めた。知事選で唯一の与野党対決だった北海道知事選は、与党の支援候補が勝利した。
    大阪ダブル選は、知事と市長が任期途中で辞職に打って出たために行われた。前市長の吉村洋文氏(43)は知事選に、前知事の松井一郎氏(55)は市長選に、それぞれ出馬した。両氏は「都構想で大阪を成長させる」などと訴えた。>

     ただ、言い訳めいて恥ずかしいのですが、こうなる予感のようなものはありました。投票日直前に大阪入りして何が分かる!という批判を承知で記せば、選挙戦最終日はなんば高島屋前で定点観測をしていました。そこで、まず自民・公明の推薦候補、柳本氏と知事候補の小西氏の演説を聞き、その後維新側の最後の訴えを聞いていたのですが、まず集まってきた顔ぶれに大きな違いがありました。
     自・公サイドの演説では年金受給者と思しき男女がほぼすべてで、上がる声援もお年寄りのそれだったのに対し、維新側は現役世代の30代、40代も多く、さらに道行く若者も立ち寄って聞いていっていました。普段選挙に関心などさしてないであろうこの世代が今回の選挙を自分事として捉えている、それが投票行動にもつながって、結果的に大阪のダブル選挙の投票率は前回よりもそれぞれ上昇しています。

    <大阪府知事選の投票率は49.49%、大阪市長選は52.70%で、前回2015年の「ダブル選」と比べ、知事選は4.02ポイント、市長選は2.19ポイント上がった。府議選は50.44%(前回比5・26ポイント増)、市議選は52.18%(同3.54ポイント増)でいずれも50%を超えた。>

     そして、前回2015年の住民投票の時にも各社の調査で明らかになっていましたが、今回の争点でもあった大阪都構想に対して、賛成の人の割合は年齢層が若くなればなるほど高くなることがわかっています。ということで、30代、40代の多くが選挙に行った結果、維新圧勝につながったといえるでしょう。選挙戦を総括した大阪維新の今井豊幹事長も会見で、
    「今回は新たな層を掘り起こしたと思う。若い層の投票行動がポイントだった。選挙戦を通じて、子育て世代からの反応がすごく良かった。ここは2015年の住民投票の時と大きく違う点。自分たちの時代を自分たちで作るんだという意思を感じた。」
    と話しています。特にこの子育て世代の30代40代に向け、同じ世代の吉村洋文氏が先頭に立って選挙戦を戦ったことも大きかったようで、今井幹事長は、
    「街中で吉村氏の周りに人だかりが出来てフレンドリーな対応をしていた。(橋下徹氏抜きで初の選挙だが)吉村維新の誕生だと思う。勇気もらった」
    と興奮気味に話していました。
     たしかに、なんばで吉村市長の演説を聞きましたが、これが聴衆を引き付ける。そして、どことなく橋下徹氏に似た語り口なんですね。4年前の住民投票の時も同じ場所で橋下氏の演説を聞きましたが、その時とうり二つに思えました。

     さて、このブログでは以前指摘しましたが、今後の大阪都構想を考えると次の焦点は議会に移ります。議会選の結果も、今回の大阪維新の勢いをまざまざと見せ付けました。

    <大阪府知事・市長のダブル選と合わせて7日に投開票された府議・大阪市議選では、自民党の府・市両議員団の幹事長がいずれも落選。府市議会事務局によると、府議会で15という議席数は平成11年以降では、大阪維新の会と初めて全面対決し13議席にとどまった23年の統一地方選に次いで少なく、市議会は同年の17議席に並び過去最少。ダブル選での維新圧勝の風は、府市議会にも大きな影響を及ぼした。>

     定数88の大阪府議会選では維新51議席と過半数を超えました。一方、懸案だった大阪市議会選では定数83のところ、維新は40。過半数が42ですから、あと2議席足らないという結果に終わりました。とはいえ、中選挙区制の大阪市議選で過半数にあと2議席まで肉薄したというのは他会派に大きなプレッシャーになることは間違いありません。
     隠れたポイントとしては、無所属議員4人の存在。都構想に関しては当選した首長2人は、「丁寧にやる」(松井氏)、「この民意を見て、自民・公明、特に公明党さんがどう判断するか、ボールは公明党さん側にある」(吉村氏)と、まずは他党の出方を見ての判断となりそうですが、いざとなれば保守系無所属の議員を口説き落とす、あるいは都構想隠れ賛成派の自・公の議員一本釣りなど様々な選択肢を考えることができます。

     さらに、先日の拙ブログでも記した、衆院選とのリンクをどう見るか。「常勝関西」と言われた公明党にとっては、衆院大阪小選挙区の4議席、および兵庫の2議席に関しては死守したい。公明には小選挙区の候補は比例の重複立候補をしないという不文律もありますから、小選挙区のライバルにどの党が立つのかが非常に重要なわけです。今まで、協力関係にある自民はもちろんのこと、維新も公明が立つ選挙区には候補を立ててきませんでした。というのも、大阪府議会、市議会で都構想自体は反対でも住民投票の実施までは認めるということで維新と公明は協力関係にあったからです。
     ただ、今回はガチンコで勝負した維新としては、息の根を止めにきた公明に対してどう出るのか...。日曜の会見でもその点を聞かれましたが、
    「まだ衆院選は先の話でしょ」(松井氏)
    とはぐらかしていました。いずれにせよ、今回得た任期4年の間には2度目の住民投票の実施を明言している維新。G20、万博のみならず、大阪はこの先アツいですね。
  • 2019年03月25日

    大阪春の陣

     今年は統一地方選と参院選が重なる12年に一度の「亥年選挙」。年明けどころか去年からすでに、この「亥年選挙」については様々な報道がされてきましたが、傾向としては参院選を中心にして統一地方選は露払いのような扱いでした。
     ところが、やはり政治は一寸先は闇。ここへ来て統一地方選、それも第一ラウンドの道府県知事選、政令指定市長選が注目されてきました。言わずと知れた、大阪ダブル選挙がその要因です。昨日は、ダブル選挙の一翼を担う大阪市長選挙が告示されました。

    <大阪市長選が24日告示され、無所属で自民党と公明党大阪府本部が推薦する前大阪市議の柳本顕氏(45)と、地域政党・大阪維新の会公認で前大阪府知事の松井一郎氏(55)の新人2氏による争いが確定した。維新の看板政策「大阪都構想」の是非を最大の争点に、維新と反維新の対決となる見通し。21日に告示された府知事選とともに、4月7日に投開票される。>

     すでに21日に告示された大阪府知事選には、自民党が推薦する無所属で元府副知事の新顔、小西禎一(ただかず)氏(64)と、地域政党「大阪維新の会」政調会長で元大阪市長の新顔、吉村洋文氏(43)の2人が立候補を届け出ています。維新VS反維新という形での戦いの構図が固まったことで、両陣営の選挙戦はヒートアップ。それとともに報道もヒートアップしています。

     しかしながら、さらに今後の展開を読んでいくためにはこの2つの選挙だけでは足りません。というのも、今回の統一地方選、大阪では、特に大阪市ではダブル選挙どころかトリプルも通り越して"クアドラプル"(4重の)選挙だからです。

    <21日に告示された府知事選で幕が開けた大阪の統一地方選。大阪市長選は24日、府議・市議選は29日にそれぞれ告示され、市では約半世紀ぶりに4つの選挙が4月7日に投開票される。市選挙管理委員会は「ミスがないように臨みたい」として、スタッフを増員するなどして対応する考えだ。>

     そうなんです。統一地方選第一ラウンドは道府県知事選、政令指定市長選に加え、道府県議選、政令指定市議選も入ってくるので、この大阪市や堺市といった一部政令市では任期によって4重選になるのですね。で、実はこの市議選、府議選の方が結果が後々に効いてくる可能性があるのです。

     首長選はいずれも当選者が1人。1つの椅子を巡って大勢が争うという、結果が非常に分かりやすい選挙です。
     一方、比較的地味なのが道府県議、市議選。こちらは、一つの選挙区から複数人が当選するという、いわゆる中選挙区制を取ります。
     大阪市を例にとると、北区や阿倍野区といった行政区を選挙区に、市議は各々3人~5人、府議は一部近隣行政区を合わせながら、1人もしくは2人が選出されます。大阪府全体で見ると、ベッドタウンの寝屋川、枚方といった大きな市は3人~4人の府議を選出する選挙区もあります。各選挙区から1人が選出される小選挙区制と違って、中選挙区制の場合は政党ごとの住み分けが行われ、その結果として一つの政党・会派が単独で過半数を取ることが非常に難しくなります。たとえば、3人選出の選挙区なら、維新・自民・共産で分け合う構図になるのが政治的な主張の色分けからしても非常にあり得る話ですよね。
     地方議会選は人口の少ない選挙区でいくつか1人区はあるものの大部分が複数区となると、結果として主要政党が3分の1弱ずつぐらいで並び立つ結果となり、事実そういった色分けの議会構成の上に与野党相乗りで首長が座るという構図がこの国では長く維持されてきました。各会派がマジョリティを構成するため牽制しながら合従連衡するので、結果的に非常に安定します。それはいいのですが、逆に議会が反対するといつまで経っても政策が実現しない壁にぶち当たるわけです。議会と首長が対立した場合、首長には議決の拒否権が与えられていて、再議を促すことはできますが、不信任決議をされない限り議会を解散するとはできません。また、解散して再選挙となったとしても選挙制度は変わらないので議会の構成はほとんど変わりません。民意により選ばれた首長が、もう一方の民意の壁に突き当たるというジレンマを抱え込むシステムなのです。もちろん、地方議会の決定は直接住民の生活に影響します。それだけに、激変緩和できるようにあえてドラスティックな決定がしにくいシステムにしているのだということも言えるのですが。

     さて、これを大阪の4重選に当てはめますと、仮に維新が市長・府知事を維持したとしてもすぐに住民投票に行けるのかといえば、そんなことはありません。全選挙区が複数区の大阪市議選では、維新は単独過半数を取るのは厳しいでしょう。となると、今まで通り多数派工作をしなければなりません。これまでの経緯やイデオロギーなども考えると、大阪自民や共産との協力はなかなか難しそう。結局、公明から一定の譲歩を取り付ける必要があるんですね。
     しかしながら、今回の首長ダブル選に至る経緯で公明と維新は完全にぶつかってしまいました。果たして関係を修復する糸口は存在するのか...。大阪政界を継続的に取材しているある記者は、
    「中選挙区制で存在感を見せる公明は、逆に言うと小選挙区制が弱点なのだ。」
    と解説してくれました。曰く、
    「公明は小選挙区制の衆議院選で4つの選挙区で候補を出している。ここには、自民は連立の絡みで出さないが、今までは府議会、市議会での協力を見込んで維新も候補を立てていなかったのだ。維新としては、ここをどう考えるかだ...」

     ちなみに公明党は衆議院小選挙区立候補者の比例代表との重複を今まで見送ってきました。これは党規で決まっているようなものではなく不文律のようなものですから、次回衆議院選挙で重複立候補を認める可能性だってもちろんあります。ただ、自公政権に大逆風が吹いた2009年の政権交代選挙ですら重複立候補を見送ったという故事も併せて考えると、次回選で突如節を曲げるのは考えにくいわけです。維新は府議会、市議会で協力してほしい、公明は衆院選で協力して欲しい...。政策を一旦脇に措けば、維新と公明は戦略的互恵関係にもなれるわけです。
     ただし、そこには公明党側に衆院選間近というインセンティブが働かなくてはいけません。今回の統一地方選を経ての議員、首長の任期は4年間。その間には現在の衆議院議員の任期が必ず来るわけです。あるいは、衆議院には解散がありますから、解散風が吹いてくると急転直下で手打ちの可能性だって否定できません。そして、その時にどれだけ相手から譲歩を引き出せるかは、議会の構成によるところがあります。維新が単独過半数に近ければ維新有利になりますし、遠ざかれば公明の協力の重みがより増します。その意味では、今回議会選にも次に続くドラマが隠されていることになります。もちろん、結果によっては大阪都構想が終わってしまうので、ダブル選挙の行方が第一義なのは言うまでもありませんが...。
  • 2019年03月11日

    福島ロボットテストフィールド取材報告

     東日本大震災から8年。今朝のCozy Up!では、今月2日、3日に福島県を取材した模様をお送りしました。ご存知の通り、福島県では地震や津波の被害に加えて、福島第一原発の事故という大きな災害が発生しました。現在も 福島県内では およそ4万3000人が避難を続けています。

     去年に続いての福島、浜通りの取材。かつて取材した現場に再び足を運ぶと、しっかりとした復興の歩みを感じることができました。
     たとえば、かつて旧警戒区域が再編され、域内に入れるようになったタイミングで取材を行った大熊町。私がこの大熊に入ったのは2015年のこと。当時、福島第一原発事故対応の作業員の皆さん向けの給食センターが同町大川原地区に出来たばかりでした。案内してくださった町役場OBの方々は、帰還困難区域を一通り見た後、最後にこの給食センターを紹介し、
    「これが大熊の希望なんだ」
    と力説してくれました。まだ人は住めないけれど、ここから経済活動が復活していく。人が再び集まってくる。そう、希望を語ってくれていました。(取材の様子はこちら
     あれから5年あまり。この大川原地区には、新しい役場庁舎が完成間近になっていました。さらに、50戸の災害公営住宅も整備が進み、5年前には手付かずの田畑が広がっていただけだったものが町の新たな中心としての姿が顕わになっていました。

    大熊町新役場.JPG

     さて、そんな中今回わたしが取材したのは「福島イノベーション・コースト構想」です。


     福島イノベーション・コースト構想は、2014年から経済産業省と福島県が推進している取組。東日本大震災と福島第一原発の事故により大きな被害を受けた浜通り地域などを中心に 新たな産業基盤を構築することで経済の再生を目指すプロジェクトです。浜通り地域を 廃炉、ロボット、エネルギー、農林水産など、様々な最先端技術を開発・研究する『最先端技術の開発拠点』として整備することで、これまでにない新たな産業を作り出し、地域の活性化、人材の育成、人々の交流を生み出そうというものです。

     地震や津波、そして福島第一原発の事故により、福島県の産業は大きな打撃を受けました。産業の見直しを余儀なくされました。もちろん農業や漁業など、様々な産業が復興の道を進んでいますが、復興の新たなステージとして、「新しい産業の構築」は大きな課題となっています。その大きな柱の1つが『福島イノベーション・コースト構想』です。

     すでに計画は具体的に進んでいて、浜通り地域を中心に風力発電の事業が行われていたり、沿岸部に水素エネルギーの研究を行う水素製造プラントが作られたり、福島県は新たな道を進み始めています。そして「福島イノベーション・コースト構想」におけるロボット分野の開発・研究を担う存在として、現在 建設が進められているのが、「福島ロボットテストフィールド」という施設です。


     福島ロボットテストフィールドは、物流、インフラ点検、大規模災害などに活用が期待される無人航空機(ドローン)・災害対策ロボット・水中探査ロボットなどの研究開発や実証実験をできる施設。陸海空、すべてのロボットに対応できる研究施設は世界でも類を見ないそうです。地震・津波・原発事故...甚大な被害を受けた福島県。どうしてこのような施設を作る必要があったのか。福島県商工労働部産業創出課ロボット産業推進室長の北島明文(きたしま・あきふみ)さんは、
    「震災直後、被害者の捜索と原発事故の対応にロボットを使いたい。しかしながら、すぐにロボットを投入するわけには行かなかったのです。今までロボットは研究室や付き合いのある工場などの限られた場所でしか動作試験を行っていませんでした。現場としては実績のないロボットをいきなり投入するわけには行きません。現場の作業員が容易に操作できるようなものではなかったことも投入に二の足を踏む要因になりました。技術はあるのに使えない。研究室と現場を繋ぐ、中間の役割が必要だろうということで、ロボットテストフィールドが出来たわけです」
    と話してくれました。東日本大震災クラスの災害、いつどこで起こるかわかりません。そのときのために、大きな被害を受けた福島県で実証実験されたロボットなら大丈夫だ、きっと活躍してくれる、人々を救ってくれる、そんな思いから、福島ロボットテストフィールドの建設が始まったわけです。

     今回、わたしも実際に福島ロボットテストフィールドを視察してきましたが、施設全体はとにかく大きいです!南相馬市の海沿い、およそ50ヘクタール(東京ドーム10個分以上)の広大な敷地に21の施設が整備される予定で、ドローン用の滑走路や、水中ロボット向けの大型水槽、また市街地・トンネル・橋などを再現した施設が設置され、様々なロボットの開発・実験ができるようになっています。
    ロボットテストフィールド.JPG
    ロボットテストフィールド試験用プラント屋上からドローン専用滑走路を望む

     余談ですが、この周りは農地が広がっていて、このロボットテストフィールドの敷地も元々は農地だったところを転用した土地です。ここも今まさに問題となっている土地の登記問題にぶち当たったそうなんですね。日本では土地の登記が義務付けられていなかったので、すでに故人となった方が登記簿に載っている場合も多く、その場合はすべての法定相続人が等分に権利を持っていることになります。こうした大規模に用途の転用・開発をする場合、そのすべての法定相続人に転用の承諾を得る必要があり、このロボットテストフィールドの場合は100人を優に超えていたとのこと。今回は、地元の南相馬市が地道な承諾作業を"根性で"やり切ったと北島さんは明かしてくれました。復興の取材をするとどこでも、こうした土地の集約を巡っての苦労話を聞きますが、このロボットテストフィールドも例外ではなかったようです。

     閑話休題。
     さて、このロボットテストフィールドは来年度末に完成予定なので、今はまだ建設中のところも多いんですが、すでに去年6月から一部の施設の活用は始まっています。今回わたしは「試験用プラント」という場所を視察しました。試験用プラントは、6階建ての建物で、建物の中に 災害時に遭遇する可能性のある様々なシチュエーションが再現され、そこで災害対応ロボットなどが力を発揮できるのか、あらゆるパターンで実証実験ができる場所となっています。ジャングルのようにはりめぐされた配管、バルブ、ダクト、階段、螺旋階段、はしご、タンク、煙突など様々なものを配置されていて、車や瓦礫などの障害物も配置でき、様々なシチュエーションを再現できるそうです。また、煙がふきあがる、異音、異常発熱などの環境も再現できます。何と言っても、ロボットの試験の為に操業を止めてくれる工場など世の中に一つもありません。それは当然ですよね。そうした中で、現場の環境を再現したこの試験用プラントの存在だけでも、ロボット研究者の中では非常に注目されているそうです。

    会津大ロボット.JPG

     今回、わたしが取材に伺ったときにも、地元福島県の会津大学の研究チームが災害対策用ロボットの実証実験を行っていました。会津大学復興支援センター准教授の中村啓太(なかむら・けいた)さんに伺うと、たとえば今までは階段の上り下りのテストをしようとしても大学側から許可が下りなかったそうです。たしかに、建物の階段の端にはゴム製のステップが付いているものもあります。このロボットのクローラー部分がステップを傷つける恐れがあると指摘され、テストの許可が下りなかったようなのですね。まぁ、壊しちゃったら税金で直すことになるのだから、事務方の心配もわかるのですが、ことほど左様に学内でテストを行うのはいろいろと窮屈な面も否めないです。そうしたところに、このロボットテストフィールドはまさに渡りに船というわけなのですね。

     しかしながら、南相馬市をはじめとするこの浜通りの各自治体は、もともとロボットとは縁のない土地です。地元の理解を震災以来8年で一歩一歩進めてきて、今回のロボットテストフィールドにまで昇華させてきたそうです。足掛かりとなったのは、2015年から活用が進んでいる「福島浜通りロボット実証区域」。ドローンの長距離飛行の実証実験や操縦訓練ができるエリアです。

     ドローンを飛ばすには、上空を通過する土地の持ち主に了承をとることが必要ですが、このエリアでは2015年以降、ドローンを飛ばすルートになる1つ1つの土地の持ち主に了承をとり、理解を得ていったそうです。そして すでに活用開始から180件を超える企業や研究者が、ドローン等のロボットの実験を行うまでになりました。すでに南相馬市と浪江町の郵便局の間では、国内初の目視外飛行による荷物の搬送が定期的に行われています。およそ9キロの距離を、ドローンが荷物を運びながら飛んでいるのです。

    <日本郵便は7日、福島県の南相馬市小高区と浪江町の郵便局間で小型無人機ドローンを使った飛行距離約9キロの荷物輸送に成功した。補助者を置かない目視外飛行では国内初の取り組み。両郵便局は東京電力福島第1原発事故に伴う旧避難区域にあり、帰還者増を目指す両地元の関係者は「手を携えて復興につなげたい」と歓迎した。>

     よく誤解されるのが、「住民が避難して人の居ないところだから飛べるのだろう」ということ。しかし、この河北新報の記事にある飛行経路の地図にある通り、ここは普通に住民の皆さんが生活をしているところ。特に、小高駅や浪江駅の周辺は住宅や商店の密集地でもあります。広域・目視外飛行をするにあたり、飛行経路をカバーする通信塔を整備して安全を確保。その環境を地元地権者の方々にも説明し納得いただいたからこそ、これだけのドローン試験が可能となったわけです。この通信塔があることで、長距離通信、気象観測、空域監視が可能となります。

    通信塔.jpg
    敷地内にそびえ立つ通信塔

     もちろんロボットなどの新たな産業の創出に違和感を持つ住民の方もいらっしゃると思いますが、県としては住民の方たちと協力をしながら復興の新たな方向性を示していきたい、ということなんですね。そうした努力により、すでにロボットやドローンに関連する企業や研究者の間では、福島は被災地ではなく、日本で唯一自由に実験が出来る場所という認知になってきたと言います。現在は国内の企業や研究者の活用が中心となっていますが今後は海外の研究者も呼び込みたいとしていて、2020年の夏には「ワールドロボットサミット」という世界中の技術者や研究者を集めた会合を行いロボットをつかった競技大会も行う予定となっています。最先端技術の開発拠点として建設が進む「福島ロボットテストフィールド」。単純に開発や実験を行うだけではなく、目標としているのは産業の蓄積であり、人材育成であり、人々の交流を図ることにあります。震災以降、14の企業が福島県に進出し、南相馬市では福島ロボットテストフィールドを活用するために、ホテルなどに宿泊する研究者が増加傾向にあります。

     もちろん、産業の蓄積、地元の雇用創出などはまだまだこれからの課題。まだまだ芽が出たにすぎません。しかし、このロボットテストフィールドも一つの事例に過ぎず、実は福島には、そして岩手や宮城にもこうした復興の芽というものは無数にあります。一つ一つは小さく、地味な取り組みなのかもしれませんが、ここから大樹に成長する芽がきっとあるはず。これからも、取材を続けていきたいと思います。
  • 2019年03月05日

    小池都知事の再選戦略

     自民党の二階幹事長が、任期があと1年以上ある小池都知事の再選を支援する旨記者会見で語りました。

    <自民党の二階幹事長は、来年の東京都知事選挙への対応を巡って、「小池都知事が出馬すれば全面的に支援することは当たり前」と述べ、小池知事の再選を支持する考えを示しました。小池氏は最近、頻繁に二階氏のもとを訪れるなど関係修復を図っていますが、自民党都連は、小池知事との対決姿勢を鮮明にしているだけに、今回の二階氏の発言に対する反発が広がりそうです。>

     まだ任期が相当あるだけに、この話を聞いた総理も「早いな」とつぶやいたといいますし、自民党都連ももう蜂の巣をつついたような大騒ぎとなっています。
     一方、上記記事にもある通り、小池都知事側は幹事長を頻繁に訪れていただけに、都政関係者に聞くとこのタイミングでの幹事長の支援表明は小池都知事の任期と絡んで様々な憶測を呼んでいます。というのも、小池都知事の任期は2020年の7月30日まで。東京オリンピックの開幕直前です。オリンピックに向けて海外からのお客さんが大挙してやってくるこの時期に選挙をやる、東京中で選挙カーが走り回るというのは国際的に見てもマズい。そこで、都知事は開会式の半年前に自ら辞任することを出馬表明の段階から公言していました。

    <なお次の都知事選が東京オリンピック・パラリンピックの期間にかかる問題が浮上したのはみなさんもご存じのことかと思いますけれども、そこで提案をしたいのは次の都知事選は、今回の知事選の結果知事となって、そして任期を3年半にすることによって、混乱を避けるという方法もございます。>

     そう考えると、実質の任期は半年足らずとなり、ならば幹事長の表明もあながち早いとは言えないというわけですね。ただ、都知事を自ら辞任し、出直し選挙に出馬するとなると、当選しても公職選挙法259条の2の規定により任期は変わらず20年7月末ということになります。(もちろん、小池都知事以外の人が当選すれば、任期は4年となるのでオリンピックには重なりませんが、再選を期している小池都知事からするとこのシナリオはあり得ないでしょう)

    <第二百五十九条の二 地方公共団体の長の職の退職を申し出た者が当該退職の申立てがあつたことにより告示された地方公共団体の長の選挙において当選人となつたときは、その者の任期については、当該退職の申立て及び当該退職の申立てがあつたことにより告示された選挙がなかつたものとみなして前条の規定を適用する。>

     ちなみに、知事の任期は地方自治法140条によって4年とされており、その起算日は選挙の日である旨も公職選挙法259条で決まっています。つまり、知事の意向や都道府県の条例によって任期を短縮させることはできないわけです。本当に任期短縮の上で選挙を行い再選されて二期目を狙うのなら、国会で特措法を通す必要があるんですね。過去には、東日本大震災に伴って統一地方選を延期するため特措法を通したことがありますから、オリンピック直前という事情に鑑みて今回も特措法を提出することも理論的には可能です。しかしながら、政治的に考えると、自民党と袂を分かって都知事選に出馬、さらに希望の党を率いて総選挙で自民党に対峙した小池都知事が国政に関与し立法するというのは常識的に考えれば難しいでしょう。

     こうした事情を都政関係者に聞いてみると、こんな答えが返ってきました。
    「そこで都知事周辺が考えているウルトラCが都知事不信任案だ。議会から不信任を突きつけられれば、知事は議会を解散するかしないかの選択をしなくてはならない。ここで議会を解散しなければ失職→出直し選となり、この場合は当選すれば丸々4年の任期となる。」
    たしかに、地方自治法178条にはその旨の記載がありました。

    <第百七十八条 普通地方公共団体の議会において、当該普通地方公共団体の長の不信任の議決をしたときは、直ちに議長からその旨を当該普通地方公共団体の長に通知しなければならない。この場合においては、普通地方公共団体の長は、その通知を受けた日から十日以内に議会を解散することができる。
    〇2 議会において当該普通地方公共団体の長の不信任の議決をした場合において、前項の期間内に議会を解散しないとき、又はその解散後初めて招集された議会において再び不信任の議決があり、議長から当該普通地方公共団体の長に対しその旨の通知があつたときは、普通地方公共団体の長は、同項の期間が経過した日又は議長から通知があつた日においてその職を失う。>

     とはいえ、このシナリオのためには都議会の過半数を握る知事与党の都民ファーストの会が知事に不信任を突きつけるという捻じれた議会行動をしなくてはいけません。いくら何でもそれは無理やり過ぎないか...?そのあたりを聞くと...、

    「だからこそ、自民党の支援がなおのこと必要なのさ。自身の自己顕示欲のために"なれ合い不信任"を主導したとあっては、前回選挙で小池都知事が頼みとした無党派層はその身勝手さに嫌気するだろう。そこで、都知事サイドは何としても自民党の支援を取り付け、無党派層の支持が得られずとも組織票で当選できるように足元を固めておきたいんだよ。」

     ん~、これはあくまで一つの見立てであり、ちょっと飛躍が過ぎる気もしますが、政治は一寸先は闇。選挙が近いとなると何が起こってもおかしくありません。ちなみに、二階幹事長周辺では今回の発言について、自民党都連に勝てる候補を見つけてこい!と発破をかけたという見方もあり、自民党側だってこのままスンナリ小池支援に向かうとは断言できないようです。いずれにせよ、小池都知事がオリンピックでホスト知事として脚光を浴びるためには、細く険しい道を通る必要がありそうですね。
  • 2019年02月28日

    見せる警備とインバウンド

     先週は一週間のお休みをいただきました。その間、コメンテーターの方々をスペシャルパーソナリティにCozy Up!をお送りしました。新行アナウンサーもとてもとても頑張ってくれていました。ポッドキャスト、YouTubeではまだまだ聞くことができますので、ぜひお聞きください。詳しくは番組ホームページまで。

     さて、私はお休みの間にトルコ・イスタンブールに行ってきました。イスタンブールといえば、東西の文化の結節点。かつては東ローマ帝国の首都として、時代が下るとオスマントルコ帝国の首都として繁栄を謳歌しました。その積み重なった歴史を感じられる名所がいくつもある、世界有数の観光都市でもあります。
     しかしながら、近年は政情不安定な中東に隣接していることもあり、テロの脅威にも直面しています。2016年には、1月に旧市街の観光地スルタンアフメット広場で爆弾テロが発生。外国人観光客10人が死亡しています。

    <トルコの最大都市、イスタンブールの中心部にある観光地区で12日、自爆攻撃があり、少なくとも10人が死亡した。現時点で犯行声明は出ていないが、ダウトオール首相は、過激派組織「イスラム国」の犯行と主張した。>

    さらに、イスタンブールのアタチュルク国際空港でも同じ年の6月、襲撃事件が発生し、実行犯3人を含む48人が死亡しました。

    <トルコ最大の都市、イスタンブールのアタチュルク国際空港で28日夜(日本時間29日早朝)、爆発と銃撃があり、少なくとも36人が死亡、140人以上が負傷した。トルコ当局によると、3人の襲撃犯は空港入り口近くで発砲し始め、警察の銃撃を受けた後、自爆死した。>

     こうした一連の出来事で観光客は激減。2016年の観光客は前年比25%減でリーマンショック直後の2008年の水準まで落ち込んでしまいました。
     そこで、当局は様々な対策に手を打ちます。この2016年に早速、観光の安全を専門にするツーリストポリスを創設。警備の「見える化」を相当強化したということです。たしかに、一大観光地のスルタンアフメットジャーミィ(ブルーモスク)、アヤ・ソフィアの前にも装甲車が配置されていたり軽機関銃で武装した警察官が巡回していたりと見える形での警備が行われていましたし、各博物館やバザール、地下鉄などの交通機関の入り口では空港と同じような手荷物検査を行っていました。そこにもツーリストポリスが配置されていましたから、これも警備の見える化の一環でしょう。

    ISTツーリストポリス.JPG

     日本で同じように銃をむき出しにしての警備をすると、国内から「物々しい!」「軍靴の響きが聞こえる!」といった批判が出そうなものですが、観光を一大産業ととらえている国々はむしろ、こうした見える化によって観光客の安心を担保する方がよどほ重要と考えているようです。これは、以前イスラエルを旅した時にも感じました。インバウンド(訪日観光客)を成長戦略の一環に掲げている以上、我が国も他人事ではありません。その意味で、一歩前進なのかな?というニュースがこちらです。

    <JR西日本の来島達夫社長(64)は26日までに共同通信のインタビューに応じ、乗客の手荷物検査について「限られた時間とスペースという条件の中で、実施を考えたい」と意欲を示した。新幹線や関西空港直通の特急などが念頭にあるという。>

     私自身はかねてから、せめて新幹線には手荷物検査を導入するべきだと思い、放送でもそう話して来ました。過密なダイヤの東海道新幹線ではそうしたことは難しいという反論が必ずあり、また手荷物検査をしたところでテロを防ぐことは出来ないという批判も一方では起こっていて、結果として不幸な車内での事件が起ころうとも現状維持が続いてきたわけですが、ようやく動き出したかという思いです。JR西日本の本社もある大阪、近畿圏は今年G20の首脳会合や、2025年には万博も予定されているということで訪日外国人旅行者も増えることが見込まれます。そうしたこともあって、他の都市圏の各社よりも身に差し迫った課題として交通インフラの安全というものが意識された結果なのでしょうか。この英断は評価されるべきものなのだろうと思います。

     それに加えて、世界レベルと同等の見せる警備、軽機関銃等を携行しての警備も議論される時期にあるのではないでしょうか。これだけグローバル化が礼賛されているのに(あまりグローバルグローバル言い過ぎるのも疑問なのですが...)、なぜか安全に関してだけが日本スタンダードのまま残っています。他でグローバルを叫ぶのであれば、安全の分野こそきちんとグローバル化しなくてはいけません。多言語表記やWifi整備もいいですが、安全が担保されるのが大前提だと私は思うのですが...。
書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

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