• 2019年02月11日

    【児童虐待問題】児相権限強化の前に必要なこと

     連日報道されている、千葉県野田市の小学4年、栗原心愛(みあ)さん(10歳)が自宅で死亡し、両親が傷害容疑で逮捕された事件。逮捕された両親、特に父親の行動や児童相談所の対応、さらに沖縄から千葉への転居に際して児童相談所同士のコミュニケーションに不備があったのではないかなど様々な角度から報道され、その都度報道が過熱しています。私も子どもを持つ親として、自分では躾の範囲と思いながらも大きな声を出すこともあり、報道を見るたびに本当に他人事か?と身につまされる思いになるとともに、義憤に駆られて感情が泡立ってしまいます。そして、学校や児童相談所も関わりながらどうして悲劇を防ぐことが出来なかったのかという問いから、児童相談所の権限強化が叫ばれるようになりました。

    <児童虐待の防止に向けて、厚生労働省は児童相談所(児相)が子どもを保護する「介入」の機能を強化する方針を固めた。現在は子どもと家庭をともに支える「支援」と同じ部署が担っていることが多いが、子どもの死亡を防げなかった事件が相次いでいることを受けて機能を分化し、介入を最重視する。3月中にも、関連法の改正案を通常国会に提出する。>

     今回の事件を見れば当然の流れだと思います。また、去年、東京都目黒区で起きた船戸結愛(ゆあ)ちゃん(当時5歳)の死亡事件での児童相談所の不手際の件もあり、積極的に家庭へも介入しないことには防ぐのは難しいとなるのは頷けるところです。
     が、権限強化だけで終わる問題とも思えません。現行法の中でも児童相談所の権限として両親からの一時引き離しは行われています。子どもの保護を第一に考えるので、一時保護所に入った子どもは親と自由に会うことはできません。今回の事件のような場合には有効に機能するこの仕組みが、別のケースでは逆に両親と子どもの間を引き裂いてしまうこともあるようです。


     この事例では、アルコール依存症の母親と子どもの関係を例にとっています。児童相談所からすれば劣悪な養育環境となるかもしれませんが、子どもは母親と一緒に居たいと思っている。行政としては、その後何か問題が起きたとき、たとえば子どもがけがをした、生命の危機にさらされたなどの際に、保護できたのにしなかったと責任を取らされるのは避けたいところ。児童福祉法33条の規定で親の同意がなくとも「一時保護」することが出来ますから、リスクを背負ってそのままの環境に留め置くよりも、権限を行使して引き離しを行うことを選ぶでしょう。
     また、発達障害の子どもが日夜大声を出しているのを近隣住民が虐待と思い通報し、児相判断で一時引き離しとなり両親が判断の取り消しを訴え出た例や、公園で遊んでいて負ったあざを虐待と疑った医師が両親に聞き取りをせずに児相に通報、一時引き離しとなってしまった例などの報告もあります。いずれにせよ、そこで置き去りにされるのは、何よりも子ども本人の気持ちです。

     さて、この「一時保護」の権限は一応2か月と期限が切られていますが、何度でも延長することができます。これも、今回の千葉県野田市の事件に当てはめれば、まだ問題が解決していない中で期限が来たからと言って家に帰せば悲劇を生んでしまう可能性がありますから、この必要があれば何度でも延長できるというのは一概に批判できるものではありません。平成29年の法改正で、親権者等の同意なく延長する場合には家庭裁判所の承認を得なければならないと改められました。多くの人の目を経ることで、両親と子どもの間を引き裂いてしまうような措置の逆効果を防止する仕組みがある程度整いつつあるのかもしれませんが、児童相談所も行政機関の一つですから前例踏襲は組織のDNA。依然として一番最初に一時保護するかどうかの判断が全体を左右することには変わりありません。

     その判断をするのが、児童福祉司。

     今回付与しようとする新たな権限も、この人たちが実際に行使することになるわけです。では、どれだけの人数がいるかというと、全国で3225人(2018年4月1日現在)。そして、一口に児童福祉司といっても経験は様々であることはあまり知られていません。厚生労働省の資料には、こういった説明があります。

    <児童福祉司の確認用区分の説明
    児童福祉法第13条第3項...児童福祉司は、都道府県知事の補助機関である職員とし、次の各号のいずれかに該当する者のうちから、任用しなければならない。
    1号 都道府県知事の指定する児童福祉司若しくは児童福祉施設の職員を養成する学校その他の施設を卒業し、又は都道府県知事の指定する講習会の課程を修了した者
    2号 学校教育法に基づく大学又は旧大学令に基づく大学において、心理学、教育学若しくは社会学を専修する学科又はこれらに相当する課程を修めて卒業した者であって、厚生労働省令で定める施設(※1)において1年以上児童その他の者の福祉に関する相談に応じ、助言、指導その他の援助を行う業務に従事したもの
    3号 医師
    4号 社会福祉士
    5号 社会福祉主事として、2年以上児童福祉事業に従事した者であって、厚生労働大臣が定める講習会の課程を修了したもの
    6号 前各号に掲げる者と同等以上の能力を有すると認められる者であって、厚生労働省令(※2)で定めるもの>

     こうして行政用語で書かれると難しそうに見えますが、1号は養成学校などを卒業したという資格で、これは実は児童福祉事業経験などがなくても、一年間の通信課程などで取得が可能なんだそうです。また、5号は逆に専門的な知見を座学で学んだわけではなく、児童福祉事業経験のみで講習会に参加した人です。6号は実はこの中で大雑把に2つのグループに分けることが出来、一つは大卒や社会福祉士、精神保健福祉士、教員免許取得者などの有資格者のグループと、児童相談所等での現場経験が一定期間以上(だいたい2,3年)の人たちのグループです。資料590ページには児童福祉司の1号から6号の内訳が都道府県と政令市、中核市で児相設置市ごとに出ていますが、多数を占めるのが2号の大卒資格と4号の社会福祉士。この2つでだいたい7割を占めています。一方で、残りの3割は現場経験のみの5号、6号か、経験なしの1号が占めています。
     そして、この経験も知識もバラバラな方々が、同じ児童福祉司の肩書を持って家庭への介入を判断するわけです。当然、判断にはバラつきが出ますよね。まずは、資格の統一と知見の平準化をし、判断のバラつきを是正することが必要なのではないかと思います。そのためには、専門資格の創設と資格を持った専門職採用の実施、有資格者の一定数の常駐義務付けなどが必要なのではないでしょうか。さもなくば、より強い権限を付与した場合に、今度はその権限の濫用が問題になりそうです。
  • 2019年02月08日

    激動の平成にスクープアップ!

     今回の「激動の平成にスクープアップ!」は、各都府県知事のインタビューの模様をお送りしました。東京都の小池知事、大阪府の松井知事をはじめ、黒岩神奈川県知事、森田千葉県知事、上田埼玉県知事と、首都圏や大阪という大都市圏の知事ということで、ある意味大組織を率いるトップ。インタビューの部分に関しては、時間の関係ですべての部分をオンエアできなかったり、ブッキングの都合上かなり早い段階でのインタビューになってしまいタイムリーなことを聞けなかったりと制約はいろいろありましたが、そのトップがどういったリーダーシップを発揮しているのか、あるいは公選のトップと下で働く官僚の皆さんとの関係性が分かって非常に興味深い仕事になりました。

     この中でもっとも当選回数が少ないのが、一期目の小池知事。東京都の職員の方々はどんなに若手でも2人目、3人目の知事を戴いているということもあり、何か達観するようなところがありました。もちろん首都を支える役所なのだという自負もあるのでしょうが、接してみた雰囲気はそのプライドというよりはサバサバ感のようなものが先に感じましたね。

     それ以外の知事さんたちは皆2期以上の経験者。そうなると、自分の意思というものをどう役所の中に浸透させるのかというノウハウがそれぞれの中にあるのだなぁと思いました。森田千葉県知事は「知らないからこそできるんだ」という姿勢でアクアラインの通行料を800円へ値下げしましたが、一方で知らないままに乱暴に決断するのではなく、「何よりも俺は話を聞くんだよ、飯田さん。黙ってずーっと話を聞く」と熱を込めて話してくださいました。

     目標設定は明解に、具体的な制度設計に関しては現場の意見を十分に聞く。これは、各知事に共通していることなのかもなぁと、インタビューを重ねるうちに気づきました。

     神奈川県の黒岩知事はキャスター時代から一貫して医療・健康が柱。15分のインタビューのほとんどをその話に費やしていました。
     埼玉県の上田知事はインタビュー前、私にとってはコストカッターのイメージがあったのですが、リーマンショック時には公共投資を増やして県内の事業者の需要蒸発に対応したり、Co2対策で緑地整備に予算を割いたりと、必要があれば公的投資を躊躇しない姿勢に驚きました。さすがに国会議員時代からの政策通。政策を語るのでも、税源の話まで細かく把握されていました。
     たとえば、緑地整備事業であれば、Co2を多く排出している自動車の利用者から取るのが正当性が高いだろう。県税である自動車税の一部を緑地整備の財源にあて、納付通知に緑地整備状況のチラシを折り込んで税の使い道を明確化するといった具合。
     政権交代前の民主党って、荒削りであってもこうした財源まで明確に示して政策の議論を国会でもしていたなぁと思い出しました。あの当時は政権担当能力を示すパフォーマンスの部分もあったのかもしれませんが、一方でその議論が元で法案に修正が加えられることもあり、記憶が美化されることを差し引いてもあの当時の方がよほど熟議の国会だったのではないかと思うほどです。

     そして、メッセージを強く打ち出してリーダーシップを発揮するといえば、大阪府の松井知事。インタビュー当日は大阪・関西万博に向けて府庁内に組織を立ち上げたばかりのタイミングだったので話は万博招致が中心になったのですが、これも知事の号令一下で急ピッチの準備になったようです。
     本来であれば、2030年開催を目指し10年規模で準備するのが王道。実際、2005年(要確認)に開かれた愛知万博は10年以上の準備の末に開催にこぎ着けたものでした。
     強いメッセージで「やるんだ!」となれば、役所の人間はやるしかありません。公選の知事には"民意"という正統性が付与されていますから。しかし、府庁の方々は橋下知事以来10年にわたってこうしたリーダーシップの元に仕事をしているわけで、しっかりと対応されていました。長期政権、多選の弊害はメディアでも言い募られますが、一方である程度長くトップを務めることで職員たちの予測可能性も高まるというか、仕事もしやすくなるのかもしれないと、各都府県庁を訪問しながら思いました。

     聞き逃した方、ぜひPodcast、YouTube、radikoタイムフリーで聞くことができます。番組HPをご覧ください。だいたい6時15分頃にインタビューの模様が出てきます。
  • 2019年01月29日

    施政方針演説のキモ

     今朝スタジオに届いた新聞各紙の一面は、昨日国会の衆参本会議で行われた総理の施政方針演説についてが大半を占めました。


     実に50分にもわたる演説は、原稿の文字数で見ると去年よりも1100字あまり増えて1万2800字だったそうです。それだけに、様々な要素が盛り込まれており、各紙どこをチョイスして一面の見出しに取るか、それぞれの色が出ていて興味深い一面読み比べでした。


     朝日新聞は今や政権批判の急先鋒ですから、やはり年始以来たびたび取り上げている厚労省の毎月勤労統計調査の不適切調査に絡めて一面トップの見出しを構成しています。先々週の拙稿でも触れたのでここでは詳しくは触れませんが、不適切調査で数値が嵩上げされていれば「アベノミクスは粉飾だ!」と批判できますが、実際は不適切調査をそのままにしていた2018年1月まではあるべき数値よりも低かったわけで(それゆえ失業給付等が少なくなってしまった)、その上2004年からこの手の不適切調査がまかり通っていたわけですから、いい加減再発防止策だとか組織改革だとか、前向きな議論に持っていけばいいのにと思うわけですが...。

     一方の読売は、悲願の消費増税(!?)に言及した部分を一面に引いています。


     さきほどの首相官邸のHPの原稿で、この消費増税に言及した部分を探してみると、延々読んで読んで、パラグラフ二「全世代型社会保障への転換」の最後の最後にようやく出てくる程度。これを施政方針演説全体を象徴するものとして切り出してくるのはちょっと無理筋のような気もしますが、最高幹部はじめ消費増税には並々ならぬ決意を持つ読売グループとしてはいい機会だから一面に掲げておく必要があったのでしょう。その意味では素直に演説のトップ項目を見出しに掲げたのは産経でした。

    『社会保障 全世代型へ 首相、10月に消費増税▽陛下とともに震災克服した強さ』

    記事そのものが見つけられなかったので、『29日の朝刊(都内最終版)』(1月29日 時事通信)を参照しています。パラグラフ(一)を踏襲して見出しにしつつ、▽以下の陛下の下りを合わせたところで産経らしさを演出しています。

     また、"らしさ"という意味では毎日の見出しも目を引きました。外交、特にロシアとの北方領土交渉をトップにもってきたのです。このところの紙面では、オピニオン面などで有識者や政治家、元外交官の話を掲載して多角的に掘り下げているなぁと思っていたのですが、その流れを受けてのことなのか。他紙が内政に重きを置く見出しの中、異彩を放っていました。


     大きなニュースで各紙が同じニュースを一面に掲げるときは表現もどうしても似通ってしまうことが多いのですが、今朝はクッキリと色が分かれ、それぞれの見出しのウラまで透けて見えるので非常に興味深かったですね。

     さて、私が個人的に興味を引いたのは、第3パラグラフ「成長戦略」の中の一項目です。この部分はおそらく"短冊方式"と呼ばれる、各省からウリになるような政策を出させて、それを短冊様に一つ一つ貼り付けて原稿を作っていく部分だろうと思われます。デフレ脱却からIoT、自動運転、オンライン診療、遠隔教育と、細かい政策項目の羅列が続いているからです。
    そして、その次に出てくるのがこちらの一節。

    <電波は国民共有の財産です。経済的価値を踏まえた割当制度への移行、周波数返上の仕組みの導入など、有効活用に向けた改革を行います。携帯電話の料金引下げに向け、公正な競争環境を整えます。>

     たった2文なのですが、電波に関して踏み込んだ表現が施政方針演説に盛り込まれたのは記憶にありません。我々放送に携わる人間にとっては非常にセンシティブな内容が含まれています。一見、携帯電話の料金の話をしているだけのように思えますが、これ、キモは「経済的価値を踏まえた割当制度への移行、周波数返上の仕組みの導入など」という部分。電波という有限の国民共有の財産をもっとも多く占有しているのは、実は放送局なのですね。放送を通じ国民の知る権利に資する、民主主義に資する仕事をしているという建前で、かなり優遇された料金で電波を借り受けています。総務省の電波割り当て制度のなせる業ですが、安倍政権はこれを改革しようと動いているのです。去年の6月15日には規制改革実施計画が閣議決定され、そこに電波制度改革も盛り込まれています。


     総務省は去年8月、電波有効利用成長戦略懇談会の報告書を取りまとめました。


     ここで電波割り当てについて争点になったのが、施政方針演説にも書かれている「経済的価値を踏まえた割当制度」だったのです。総務省は出来る限り現行制度を維持したというインセンティブがありますから、この「経済的価値を踏まえた割当制度」について、

    <経済的価値に係る負担額の評価に当たっては、既存の審査項目とのバランスを考慮して、経済的価値に係る負担額の配点が過度に重くならないようにすることが必要。>(報告書概要10ページ)

    という記述が盛り込まれています。これに対し、改革を主導する規制改革推進会議はこの報告書案が示されたタイミングで意見を公表し、

    <周波数の割当手法の抜本的見直しや二次取引については、関係事業者の意向を聞くだけにとどまっており、周波数の有効利用の観点から、どのような制度設計が最適なのかについて十分な検討がなされたとは評価できない。諸外国の先行事例なども踏まえ、至急十分な検討を行うべきである。
    ・特に「経済的価値を踏まえた金額を競願手続にて申請し、これを含む複数の項目を総合的に評価し割当てを決定する方式」については、経済的価値を踏まえた価格競争の要素を含めたメカニズムを盛り込むことが制度設計の根幹である。「経済的価値を踏まえた金額」の評価について、評価全体における配点や順位付けなどその設計次第では、価格競争が実質的にはあまり意味を持たず、制度改正の趣旨を没却する制度になりかねない。価格競争の評価が主たる要素となることを明確にし、競争促進及び新規参入促進の観点から具体的な方針をさらに検討すべきである。>

    と、電波オークションを念頭に競争による切磋琢磨によって割り当てることを主張しています。総務省が指摘するようにあまり経済的価値の方に重きを置きすぎると大資本しか放送を担えないということになり、多様な意見の反映という民主主義の根幹を揺るがすことになりかねません。が、他方で現在の既得権益に安住した今のままの放送内容で果たしていいのか?という意見は説得力があります。今回の施政方針演説では、この問題の根幹の電波オークションをちらつかせながら、メディア業界に対して牽制球を放っているなぁと感じました。

     今まで、新聞の経済面や経済番組では、市場での競争が金科玉条のごとく語られてきました。
    「日本の経済慣行は既得権益でがんじがらめにされてきて、不当に競争が制限されてきた。市場の競争にゆだねることでイノベーションが生まれる!」
    「競争に敗れた企業がいまだに市場に残っているのが問題だ。ゾンビ企業は淘汰せよ」
    「同じように、大学を出たけれども正社員に就職出来なかったのは競争に敗れたのだから自己責任だ」
     1990年代の後半からしきりにテレビ、新聞で言われてきたこうした言説が、ついにブーメランのようにメディアに向かってきているのです。果たして、放送局にもある程度の競争原理が導入されるのでしょうか?規制改革を担当する内閣府の官僚が言っていました。
    「コンテンツで勝負する時代がようやく来たってことですよ。誰が電波を落札しても、そこに流すコンテンツがなければビジネスが成り立たないわけですから」
    コンテンツが市場で評価される時代...。今まで業界の中で閉ざされた競争をしてきたところから、一気に変わることになるかもしれません。それは、JRや郵政の民営化も彷彿とさせます。果たして、私は生き残れるのでしょうか...?
  • 2019年01月23日

    我が国の国際貢献のあり方を議論しよう

     今日の朝刊は、通算25回目となる安倍総理とプーチン大統領との日ロ首脳会談についてと、厚生労働省の毎月勤労統計調査の不適切調査問題で昨日行われた会見と幹部の処分のニュースが大半を占めていました。こう言う時ほど、普段は大きく取り上げられるはずのニュースが紙幅の関係で小さく扱われ、ひっそりと報じられることが多いので要注意なんです。今日も、おや?と思うニュースが目立たないように取り上げられていました。

    <内閣府は22日、エジプト東部のシナイ半島でイスラエル、エジプト両軍の活動を監視する「多国籍軍・監視団」(MFO)の司令部要員として陸上自衛隊員を派遣するための調査を始めると発表した。>

     実現すれば、安全保障関連法で可能となった「国際連携平和安全活動」の初の適用事例となるとのことです。では、今回話題になった「国際連携平和安全活動」とは何なのでしょうか?担当する内閣府の国際平和協力本部事務局のホームページを見てみると、

    <国際平和協力法は、我が国の国際平和協力として、1.「国連平和維持活動(国連PKO)への協力」、2.「国際連携平和安全活動への協力」、3.「人道的な国際救援活動への協力」及び4.「国際的な選挙監視活動への協力」の4つの柱を掲げるとともに、いわゆる 《 参加5原則 》 に従って活動を行うべきことを定めています。>

     従来立法措置で派遣が可能であった国連PKOに加えて、国際連携平和安全活動、つまり多国籍の有志連合による平和維持活動にも人を出すことが可能になったというのが、2015年に成立した平和安全法制で可能になりました。南スーダンPKOへの陸自実働部隊の派遣が日報問題その他で撤退となった後(司令部要員の派遣は継続中)、改正された平和安全法制の活用事例を政府サイドが探しているというのは各方面から聞こえてきていました。南スーダンの事例で衝突の危険のある所に新規で行かせるのは非常に厳しい世論情勢の中、何とか①リスクをそれほど負わずに②平和安全法制で出来るようになったことを見せ③国際的にも称賛されるような活動となると、かなりハードルが高い。というか、紛争地などのリスクがあるからこそ国際的な組織での平和維持活動が必要なのであって、上に挙げた3つの条件などないものねだりもいいところ。可能性としては、③の国際的な称賛の部分は多少目をつぶってでも、かつての紛争地で今は落着したものの組織だけはいまだに存在するというようなところに限られます。その意味で、シナイ半島の停戦監視はうってつけだったわけです。どういった活動なのかは、外務省の行政事業レビューシートに記述がありました。

    <多国籍軍・監視団(MFO)は,1979年の「エジプト・イスラエル平和条約」附属の「MFO設立議定書」(1981年)に基づき設置。両国国境地帯の平和維持を目的として,1982 年からシナイ半島に展開する多国籍軍・監視団であり,同半島における両国軍の展開・活動状況・停戦の監視が主要任務。1982 年の MFO 展開後,過去4度にわたって戦火を交えたエジプトとイスラエルの和平が35年以上にわたり維持されており,包括的な中東和平実現の基礎となっている。>

     このMFOの司令部に要員を派遣するという話は、去年の9月に各紙に報じられていました。その時に、このシナイ半島はリスクが高い、今回の派遣計画は無理やりが過ぎると批判が出ていました。

    <政府が陸上自衛隊員の派遣を検討するエジプト東部シナイ半島では、過激派組織「イスラム国」(IS)に忠誠を誓うグループがエジプト軍や治安部隊への攻撃を仕掛けている。軍は2月以降、掃討作戦を強化。ただ、現地の専門家は「(過激派の)根絶は困難だ」と指摘しており、治安状況の改善は道半ばだ。>

     たしかにシナイ半島の大半は、外務省の海外安全ホームページでもレベル3の渡航中止勧告が出ている地域です。


     テロの危険性についても上記朝日新聞をはじめとして再三再四報道されていますから、そうした報道を見ると当然、「南スーダンの二の舞にするのか!政権が功を焦るあまり、自衛隊員が命の危険にさらされるではないか!」という感情が沸き上がってきてしまいます。が、今回の派遣は司令部要員です。司令部要員ですから、たまには前線での監視活動を視察することはあるでしょうが基本的には司令部での勤務となります。では、その司令部がどこにあるのかというと、かつてはシナイ半島北部のエル・ゴラというところにありましたが、2015年5月にシナイ半島南部のシャルム・エル・シェイクに移転しています。このシャルム・エル・シェイクはシナイ半島の危険情報ではレベル3ではなく、シナイ半島でもここ周辺のみレベル1の「十分に注意してください」に留め置かれているんですね。もちろん、レベル1の地域であってもテロ事件が起こることもありますから、完全に安全だというつもりはありません。しかしながら、シナイ半島全体が紛争地帯であるかのような報道の仕方はミスリードではないでしょうか。
     ちなみに、南スーダンPKOの司令部要員が派遣されているのは首都ジュバですが、こちらの危険情報はレベル3。シナイ半島を批判するのであれば、こちらも取り上げなくては不公平なはずなのですが、あの日報問題が終わればこちらには何の関心も示さないのが我が国のメディアたち。南スーダン派遣の司令部要員の方々は現在、兵站幕僚と航空運用幕僚として日々勤務されています。我が国を代表して、その誠実な姿を見せることで国際平和協力に貢献しているわけです。

     問題はむしろ、上記内閣府の国際平和協力本部のホームページにも載っていますが、旧来のPKO5原則を引き継いだ<参加5原則>がいまだに我が国の活動を縛り続けているというところです。憲法9条との整合性に腐心して作られた参加5原則とは「①停戦の合意、②当該国・紛争当事者の同意、③中立的な立場、④①~③が満たされない場合の即時撤退、⑤武装は必要最小限」というもの。専門家の皆さんから再三指摘されていますが、この条件では完全に紛争にケリがついた後の場所にしか派遣が出来ず、今そこにある人道的危機に対してはなすすべなしというか派遣が不可能となります。が、国連PKOはじめ現在の国際紛争は誰が当事者なのかも判らない中で、ある程度国際的にオーソライズされた実力部隊が人道的見地から平和を作り出すべく必要最小限の介入する形が主流となっています。かつてルワンダなどで旧来の原則に縛られたがために紛争を止められず、幾多の悲劇を生んだ反省に立って今の形になっているわけですが、この<参加5原則>は相変わらず我が国を周回遅れの立場に留めるものです。そして、この原則にしばれれる限りにおいて、シナイ半島のMFOのような比較的平穏な地域への、実働部隊ではなく司令部要員の派遣が精いっぱいということになります。そして、そんな苦し紛れの派遣に対しても、ろくに調べもせずに「危険な地域への強引な派遣だ!」と批判するメディアの何と多いことか。その主張に沿えば、もはや国際貢献活動は事実上不可能となりますから、いっそのこと一切の国際貢献活動を停止して日本国内にとどまり、「ジャパンファースト!」と叫んでほとんどの国際的な関わりを拒否すべきと訴えているのかと思えばそんなことはありません。今回の派遣計画を批判するメディアの多くが「国際貢献が大事だ!」「孤立主義反対!」と訴えています。何というダブルスタンダードでしょう。

     もちろん、私だっていたずらに血を流すことを望むものではありません。しかしながら、憲法前文にも、<われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。>とある通り、我々日本人は世界の平和に貢献したいという思いを共有しているはずです。その崇高な使命を体現しているのが、PKOその他国際平和協力活動に従事する自衛隊はじめ派遣されている人々です。リスクはもちろんあるだろうが、それを乗り越えて国際社会で名誉ある地位を占めたいと思う。そのリスクを最小化するべく後押しすることこそ、"護憲"というものではないでしょうか。今回の派遣のニュースから、国際平和協力活動への参加5原則見直しへ議論が深まることを期待しています。

     あるPKO派遣隊の司令官を務めた自衛官が言っていました。
    「我々もプロですから、リスクは承知しています。それでも、日本の旗を背負って国際平和に貢献するのだ、名誉ある仕事を担っているのだと隊員たちに言ってきました。一連の批判は、何をいまさらという感じでやるせなかったです」
     現場の心意気に頼るような仕組みは決して長続きしません。憲法を尊重するなら、前文も含めて尊重すべきでしょう。それとも、9条だけ守れればそれでいいのでしょうか?
  • 2019年01月18日

    【厚労省不適切調査問題】政権批判で終わらせるな

     厚生労働省が毎月発表している雇用と給与、労働時間に関する基幹統計、毎月勤労統計調査で、不適切な調査が発覚しました。


     この調査では、事業所に対してアンケート調査が行われますが、従業員数500人以上の事業所に関しては全数調査をしなくてはならない決まりでした。ところが、2004年から、東京都の大規模事業者に関しては全数ではなく、おおむね3分の1の500事業所ほどを抽出調査していたことがわかりました。東京の企業は大企業が多く、給料も高い。そこを抽出調査で済ませていたことなどで、2017年までの「きまって支給する給与」などの金額が低めになっていたということです。
     そして、2018年に入ると東京都のデータを補正したため、今度はそれまでと比べて数値が不自然にブレてしまいました。この毎月勤労統計調査は、GDPの計算をするときなどにも使われる基幹統計であったため、総務省統計局がデータを参照します。そこで、総務省側からあまりにデータが不自然で不連続だと指摘があり、不正に抽出調査が行われていることが発覚したわけです。

     足掛け15年にもわたるデータの不正。一つ一つのデータの乖離は0.4%~0.7%の範囲で、金額的に言ってもさして大きいものではありません。しかしながら、15年に渡る長きに及んだこと、さらにこの統計が基幹統計で、GDP計算以外にも失業給付や公務員の賃金計算のベースにもなるということで、チリも積もれば何とやら、得べかりし金額との開きが大きくなってしまいました。雇用保険などの追加給付にかかる費用の総額はおよそ795億円。大半は労働保険の特別会計から出しますが、必要経費で一般会計からも追加で6.5億円が必要となり、政府は予算案の閣議決定をやり直しました。

    <政府は18日の閣議で、賃金や労働時間を示す毎月勤労統計で不適切な調査があった問題を受け、昨年12月21日に閣議決定した2019年度予算案の修正案を決定し直した。雇用保険などの追加給付に伴い一般会計からの国庫負担が増え、総額は当初案より約6億5000万円多い101兆4571億円になった。>

     この問題は、今月末から始まる通常国会でも与野党の大きな争点になりそうです。とはいえ、現在の野党第1党である立憲民主党や国民民主党など野党議員の大半は旧民主党の出身。彼ら彼女らが政権に就いていた時もこの不適切調査を見抜けなかったわけで、この問題を「政権の怠慢だ!」と批判すると、その批判がそのまま自分たちに返ってきてしまいます。そこで、問題そのものではなく、なぜ2018年になってデータが復元されたのか、そしてその事実をどうして公表しなかったのかという、現政権下で起きた問題に焦点を絞って批判を繰り広げています。

    <国民民主党をはじめ立憲、共産、自由、社民、社保、沖縄の野党5党2会派は17日、「勤労統計問題・野党合同ヒアリング」を国会内で開いた。毎月勤労統計調査で全数調査すべきところを一部抽出調査で行っていた問題に関して、国民民主党の山井和則国対委員長代行らが事前に通知していた質問に厚生労働省、総務省、財務省、内閣府の担当者が答えた。
    (中略)
    なぜ昨年1月から復元が開始されたのか。なぜその事実を公表しなかったのか。復元は賃金が高く出るとの認識はあったのかなどをただしたが、調査中を理由に明確な回答を示されなかった。それでもヒアリングを通じて、2004年から2017年の間、不正に賃金額が低くされていたものが、復元によって賃金額を実態に近づけただけだったにもかかわらず、政府は賃金が上がったと虚偽の主張をしていたことが明らかになった。>

     よく考えたものです。これならば、政権への批判が出来る上に自分たちへ火の粉が降ってくることはありません。彼ら彼女らの言を引けば、「改ざんによって」アベノミクスが成功していると「装ったのだ」となり、さらにこの不正調査は安倍官邸への「忖度」でデータを復元したのだという批判ができます。
    「モリ・カケに続いて、財務省、文科省に続いて厚労省でも忖度から行政が歪んでいるのだ!」
    国会でそう主張し、審議が止まるさまがまた繰り返されるのでしょう。

     ただし、それと引き換えに、この不適切調査がどうして起こったのか、15年の長きにわたって継続していたのか、どうしたら再発を防止できるのかという議論は置き去りのままになっています。
     放送でも再三指摘していますが、政府には全く別の調査で賃金に関するデータがあるはずです。私もサラリーマンの端くれですが、毎月の給与の明細を見ると税金が天引きされています。税額を決定するには給与所得のデータが不可欠。さらに、給与所得の計算には、裁量労働出ない限り労働時間が必要。毎月天引きされる税金を入り口に、税務当局には膨大な労働に関するデータが積みあがっているはずなのです。ちなみに、給与所得者の税金捕捉率はほぼ100%と言われています。ということは、1円単位の詳密な賃金のデータ、さらに一人一人の税金を把握しているわけですから、従業員数の正確なデータまで、税務当局には宝物のような良質なデータがあるはずなのです。

     この膨大なデータを、今までであれば処理し分析するだけのスペックのある機器がなかったわけですが、このAIの時代、こうしたデータ処理はまさに得意分野。省庁の壁を越えてデータのやり取りが出来れば、恣意的にデータをいじることが不可能になり、より正確な数値を手に入れることができる。より正確な景気判断が可能になり、より適切な政策決定が可能になるでしょう。私のような素人でも考え付くのですから、優秀な官僚の皆さんが考え付かないはずはありません。そこで、ある財務省の幹部と話す機会があったのでこのアイディアをぶつけてみました。すると、
    「いや、省庁の壁じゃなくて法律の壁で難しいんです」
    という答えが返ってきました。

     所得に関する情報というのは、個人情報の最たるもの。マイナンバーと紐づけて税務当局はこの情報を把握しているものの、この情報は利用目的の範囲が法律で厳しく限定されています。


     この4ページに利用目的の範囲という項目があり、<特定個人情報は、利用目的の範囲が、税・社会保障・災害対策に限定されており、本人の同意があったとしても、特定された利用目的の達成に必要な範囲を超えて、特定個人情報を取り扱ってはならない>との記述があります。統計調査は税・社会保障・災害対策の中には含まれませんから、現在は法律によって許されないということなのです。たしかに、このマイナンバー制度を審議した時にも、情報漏洩の恐れだとかプライバシーの侵害の恐れなどが再三再四指摘され、すったもんだの末、データの利用には厳しい制限がかけられました。それだけに、データの収集までは出来ても活用は難しい現在の制度になってしまったのですね。

     ただ、では全く打つ手がなくなったかというとそんなことはありません。法律によって縛られているものは、法律を変えることによって緩めることができます。前述の財務省幹部も、
    「法律を変えてくれればいいんです。法律を変えれば出来ますよ」
    と話してくれました。

     つまり、ボールは政治家の側にあります。主権の束を背負った政治家が変えるぞとなれば、官僚はそれに従います。逆に言うと、政治家が主導権をもって変えようとしない限り、現状が続いていくことになるわけです。
     来週の閉会中審査、そして再来週から始まる通常国会、政権批判に終始するのか、それとも前向きなデータ活用に我が国も進んでいくのか。ぜひ、お題目でない「熟議の国会」を実現してもらいたいものです。
書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

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