• 2018年10月24日

    台湾特急脱線事故私見

     週末、台湾で衝撃的な鉄道事故が起こってしまいました。

    <台湾東部の宜蘭(イーラン)県で21日午後4時50分(日本時間午後5時50分)ごろ、台湾鉄道の特急列車「プユマ号」(乗客366人)が脱線した。台湾の消防当局によると、少なくとも18人が死亡、168人が負傷した。脱線の原因は調査中という。>

     右カーブに進入した列車は先頭から横転、後方車両はWの字のように折れて脱線していました。直感的に思ったのは、速度超過でカーブに進入し脱線転覆した過去の数々の事故。我が国で言えばJR西日本の福知山線脱線事故、海外に目を向ければスペイン、サンティアゴ特急列車脱線事故が思い起こされました。特にスペインの事故は後方車両が同じようにWの字に折れて脱線していて、かなり似ていますね。このスペインの事故は制限速度80キロのところ、160キロ~220キロで進入し脱線・転覆していました。今回もおそらく大幅な速度超過が原因ではないかと私は思いましたが、事故当初、日本のメディアは事故を起こした車両が日本製であることがしきりに強調されていました。


     JR東海傘下の日本車両製造が作ったもので、空気バネを使った車体傾斜装置が付いていて、カーブに差し掛かると車体を傾斜させて遠心力を制御しカーブでも高速走行が出来ると紹介しています。紹介するだけならいいのですが、見出しからして日本製が強調されています。そして、この事故を報じる文脈でカーブで脱線していることを考えるとまるで車体傾斜装置が事故の原因なのではないかという印象を読者に与えてしまいかねません。

     しかしながら、この車体傾斜装置はそもそも装置が動かなければ脱線してしまうようなギリギリの条件のところで使われるような機器ではありません。使わずとも十分に通り抜けられるが、使うと若干スピードアップすることが可能になるというような付随的なものです。
     この車体傾斜装置に関してはヨーロッパの国々、中でも山岳路線が多いイタリアやスペインで多く使われています。高速新線を建設するのがコスト的にも見合わない路線で、在来線を高速化するための切り札として開発されたという経緯があるのです。
     日本でも、まずは山岳路線の特急列車などで使われましたが、注目を浴びたのは東海道新幹線のN700系電車で使われたときです。東海道新幹線は他の新幹線に比べると建設されたのが古い分だけカーブがきつく、スピードアップのネックになっていました。そこで、空気バネを使って車体を傾斜させ、カーブをスムーズに曲がれるような技術を開発したわけです。
     ざっくりと説明しますと、電車を真正面から見て、空気バネは右と左についています。この左右のバネに空気を注入して使うわけですが、この左右で入れる空気の量に差を付ければ量が少ない方が沈んで傾斜を作ることができます。車の運転でもわかりますが、カーブを高速で通過しようとすると外へ外へと引っ張られる遠心力が働きます。この時に、カーブの内側に少し傾かせることで、競輪場のバンクを走り抜けるようにスムーズにカーブを通過できるようにするわけです。
     ただし、ここで競輪場のバンクに過剰にとらわれると一歩間違えば転倒してしまうほどの傾斜と勘違いされますが、N700系電車で最大傾斜角は1度です。同じようなシステムを装備しているJR東日本、東北新幹線のはやぶさに使っているE5系は同1.5度に過ぎません。傾斜1度の違いであれほどの大惨事にはなりようがありませんから、論理的に考えれば車体傾斜装置が事故原因にはなりえないことがわかるわけですね。にも拘らず日本製!というところを強調するというのは、事故原因を本当に追求したいのか、何か別の狙いを疑わざるを得ません。

     その後、この列車の運転士の証言が出てきました。どうやら保安装置を切っていたようです。

    <台湾北東部・宜蘭(ぎらん)県蘇澳(すおう)で21日に18人が死亡した特急列車の脱線事故で、宜蘭地方法院(地裁)は23日午前、運転士が身柄拘束の請求審査の際、「動力に問題があった」として、速度を自動制御する「自動列車防護装置(ATP)を切った」と証言したと発表した。
     地裁によると、運転士はATPを切ったまま速度計を見ずに目測で列車を運転したため、列車は時速140キロまで加速。速度制限80キロのカーブの手前でブレーキをかけたが間に合わず、列車を脱線させた。>

     ATPは日本におけるATS(自動列車停止装置)に近いもので、前の列車と接近すると運転士に対して警告し、一定の距離近づけば列車を強制的に停止させる機器です。問題はどうしてATPを切ったかで、ブレーキ圧が弱かったという証言や、逆にATPが誤作動して何度も急ブレーキが掛かってしまったのでATPを切ったという証言もあり、現時点ではまだ不明と言うほかありません。が、そもそもATPを切るという重大事を運転指令への報告だけで済ますことが出来る台湾鉄道管理局の運用が驚きでした。
     というのも、日本の鉄道で言えばATSやATCを切るというのは大ごとで、指令に許可を得たうえで切るのですが、切った後は時速10キロ~25キロほどの最徐行することが義務付けられています。かつて大雪の中で東急東横線の電車が追突した時に詳しく取材し、このブログにも掲載しました。


     日本では営業運転中に、つまりお客さんを乗せた状態でATS、ATCを解除するなんて考えられないし、その状態で100キロを優に超える速度を出すなんて考えられません。結局のところ、ヒューマンエラーの部分が大きいのではないかというのが今の時点での大方の見方のようです。
     どれだけシステムが精緻化してもそれを人間の側が使わずに事故に至ってしまっては意味がありません。航空や鉄道の現場で安全啓発を担当する方々に取材をすると、皆口々にこのことを指摘します。現場へ権限を委譲していいサービスに関わる部分と、委譲してはいけない安全に関する部分をどう切り分けるのか、システム構築していくのか。メディアが指摘すべきはこうした部分なのではないでしょうか?いずれにせよ、まずは事故原因の究明を待ちたいと思います。
  • 2018年10月18日

    分断から対話へ

     今週の『OK!Cozy Up!』は『激動の平成にスクープアップ』と題して、いよいよ御代替りを来年5月に控える中、"平成"に焦点を当ててお送りしております。6時15分ごろには、平成の政治をかき回したお2人が選ぶ平成最大のニュースをインタビュー。15日、16日が自由党の小沢一郎代表、そして17日~19日は自民党の石破茂元幹事長が登場しました。Podcast、YouTube、radikoタイムフリーで放送後でも聴くことができます。よろしければどうぞ。


     メールやTwitterで賛否様々なご意見をいただいております。強烈に否定的なご意見もありました。
     ただ、話を聞くことまでを否定するのは一般論として、あるいはメディアとしても出来ないし、やるべきではないと感じています。というのも、お2人にインタビューをしてみて改めて思ったのですが、表面的には全く一致点が見いだせないように見えても話を聞くと共通点を見出せるのではないかと感じたからです。具体的には、安全保障や憲法改正について、この2人と安倍総理で、問題意識の根っこは同じなのではないかと思いました。

     安全保障に関して小沢さんが挙げた平成のトップニュースは湾岸戦争でした。この湾岸戦争では、アメリカ側は公式・非公式双方で日本の自衛隊派遣を求めていました。これに対して当時自民党幹事長だった小沢さんは、国連決議を経たイラクへの軍事行動は国権の発動たる武力行使ではそもそもないので9条には抵触しないと主張し、日本にも参加可能であると主張しました。それについて、先日のインタビューでも話していますが、なぜこうした主張をしたかというと、それは憲法前文に掲げた日本国憲法の精神に多国籍軍参加は叶うからだとしています。


    該当部分を抜き出しますと、
    <日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。>
    という一節です。
     この中の<平和を愛する諸国民>という部分がよく議論の的になり、北朝鮮や中国などを念頭に「<平和を愛する>諸国なんて日本の周りにはないじゃないか!」という批判につながっています。残念ながらこの憲法は英語の原文を日本語訳した形で作られていますので、英語の原文があります。それに当たるとこの<平和を愛する諸国民>とは周辺各国を念頭に置いたものではなく、もっと大きな概念を指していると、東京外国語大学の篠田英朗教授など国際政治学の分野の碩学たちは指摘しています。

    <日本国憲法の前文は、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」とうたっている。「平和を愛好する諸国民」という概念は、国連憲章が加盟国を指して用いている概念である。
     したがって憲法の前文は、「連合国=国連を信頼して日本の安全と生存を保持することを決意した」、ということを宣言しているわけである。それは、国連が定める武力行使禁止一般原則および集団安全保障や個別的・集団的自衛権の仕組みを信頼して、自分たちの安全と生存を維持する、ということを意味する。>

     インタビューの中でも触れましたが、小沢さん自身も2007年11月号の岩波書店"世界"の中で、
    <国連の平和活動は、たとえそれが武力の行使を含むものであっても、日本国憲法に抵触しない、というのが私の憲法解釈です>
    と書いています。この憲法解釈が採用されれば、先の南スーダンでのPKO活動でも、かつての特別措置法に基づくイラクでの復興支援でも問題になった武力の行使云々や、武力行使を前提とする交戦状態だったかどうかなどの議論がすべてクリアできるわけですね。

     一方、石破さんは、9.11世界同時多発テロを平成最大のニュースに挙げました。そして、この事件を受けての日本国内の動きとしてアフガニスタンでの多国籍軍への給油活動などを行った対テロ特措法、イラク復興支援のイラク特措法と憲法9条の関係について論じました。
     同じく、憲法前文の精神、<われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。>を具現化するためには、憲法9条の縛りというものがあまりにきつすぎる。文字通りに捉えれば、自衛隊の保有も認められないぐらいに厳しい。これをドラスティックに変えるには、9条1項2項を見直す必要があるのではないかという論建てでした。

     ある意味、筋論でスッキリさせたい石破さんに対し、小沢さんは現行憲法下であっても解釈を変えれば国際貢献可能だという主張です。他方、安倍総理の言う改憲論はある意味、石破さんと小沢さんの中間にあるのではないでしょうか。石破さんのように筋論での改憲に挑んだところで現実的には与党公明党との関係や大々的な変化を嫌う世論を考えれば厳しいことが見えている、一方で小沢さんの理論はかつて国連が一枚岩だった時には有効だったかもしれないが、今日のように拒否権を持つアメリカと中国が角突き合わせている状況では別の意味で現実的ではない。そこでまずは自衛隊の立場だけでもはっきりさせようという見方が出来るのではないでしょうか?それにしても、9条1項2項は残るわけですから、今までのように武力行使の線引き、交戦状態の解釈などの論点が残ってしまうわけで、一度で完全に問題を解決するには程遠いわけですが...。

     ただ、この議論で私なりに深められたのは、憲法前文の精神、すなわち<国際社会で名誉ある地位を占めたいと思う>という部分については改憲・護憲の立場に関わらず大部分の人が一致できる論点であることです。むしろ、こうした3つの国際貢献と日本国憲法の関係、解釈を平行に並べることによって、憲法前文の精神を出発点にして議論していく余地があるのではないでしょうか。護憲の方々ほど、この憲法前文の精神は大事なのだと思います。国のかたちを表すと言われる憲法の議論で、「〇〇政権だから改憲には反対!」といった分断の姿勢ではなく、日本では現実的に最適解を模索していくことが出来るのだと世界に発信していくことが我々の責任なのかもしれません。
  • 2018年10月09日

    背中で支える日本の平和

     前回のこのブログに書いた通り、日本はアメリカのみならず東アジアに関係する様々な国々と共同訓練などで連携を深めようと動いています。前回はその一つの例としてイギリスとの連携について書きました。こうした共同訓練は直接的に我が方の能力を見せつけることによる抑止効果も狙いとしてあるわけですね。

     一方で、こうした訓練とは一線を画しつつもその力を垣間見せる活動もあります。その一つが、国際緊急援助。先月末に発生したインドネシア・スラウェシ島の地震および津波災害にも派遣されています。

    <インドネシア・スラウェシ島で起きた地震と津波で大きな被害を受けた島中部パルの空港に6日、日本の国際緊急救助隊として派遣された航空自衛隊のC130H輸送機1機が初めて到着した。国際協力機構(JICA)によるテントや浄水器、発電機といった約9トンの支援物資を届けた。>

     地震発生は9月28日だったので、一部には「援助が遅いじゃないか!」といった見当違いの批判もありましたが、国際緊急援助といえど他国の軍隊(自衛隊も国際法規上は軍隊)が自国内に入るので、受け入れ側の被災国がすぐに許可を出すとは限りません。実は今回もインドネシア政府から援助受け入れの申し出があったのは発災後3日後でした。

    <【ジャカルタAFP時事】インドネシアのウィラント調整相は1日、スラウェシ島地震の被災地へ「外国からの支援を受け入れるとジョコ大統領は決断した」と発表した。9月28日の地震発生以来、各国やNGOから支援の申し出があったが、被災地入りの許可は得られないでいた。被災地支援は軍が担っており、政権が管理できていると主張してきた。>

     外交関係者や防衛省などを取材しますと、申し出があった後すぐさま政府内で検討とインドネシア政府側との調整を開始。翌2日は内閣改造があり、防衛大臣が代わったにも関わらず、3日には外務省から緊急援助隊の派遣とJICA(国際協力機構)を通じた緊急援助物資の供与を決定しました。


     これを受け、3日17時から着任直後の大臣以下副大臣、政務官の政治側トップに背広トップの次官や審議官、各局長、制服トップの統幕長、陸海空の各幕僚長らが一堂に会する防衛会議を開催、その場で防衛省として国際緊急援助活動を行う旨決定が行われ、即座に行動命令が出されました。


     命令が伝達されて4時間かからず、21時前後には航空自衛隊小牧基地所属のC-130H型輸送機がインドネシアに向かって出発しました。搭載する荷物や搭乗する人があらかじめ決まっている旅客機であっても4時間のインターバルでの折り返しは窮屈なスケジュールですが、今回は国際緊急援助でしかも自己完結組織である自衛隊が出るのですから、現地で必要であろう物はすべで積んでいかなくてはいけません。上記防衛省の報道発表にある通り、ただ輸送機を飛ばすだけでなく、現地調整所要因(報道によれば50人規模)にプラスして、現地調整所を開設するだけの機材などもすべて用意し、漏れなく積み込むのに4時間という時間がどれほど短かったことでしょう。

     さらに派遣部隊に襲い掛かったのはそうした時間との闘いだけでなく、自然の猛威もまた、行く手に立ちはだかりました。折しも台風25号が列島を縦断しようというタイミング。3日夜から4日にかけては宮古島の南東400キロ前後の位置にありました。一方、このC-130輸送機の航続距離は航空自衛隊のHPによればおよそ4000キロ。スラウェシ島までは直線距離でも4500キロあまりありますからどこかで燃料などを補給するために降りなくてはいけませんが、その直線上に台風が鎮座していたんですね。
     東西どちらかへ避けなければなりませんが、西側に避けても台湾は台風に近過ぎる上に政治的にも空自の輸送機が降りるのは微妙過ぎる。中国は降ろしてくれそうにないし、ベトナムまで飛ぶのはちょっと心許ない。必然的に、台風を東に避けてまず硫黄島に降り、そこからフィリピンを経由してインドネシアに向かうことになりました。ただ、避けたとはいえ気流の不安定な台風直後の空を飛ぶわけで、積乱雲の合間を縫ってのギリギリの飛行だったといいます。

     そうした紆余曲折を経てインドネシア、カリマンタン島バリクパパンの拠点に到着したのは5日早朝のことでした。インドネシア政府はアメリカ、韓国といった東アジア諸国に支援受け入れを表明しましたから、アメリカ軍は日本の横田基地から、韓国軍も自国から同じくC-130輸送機を出しました。ある意味、同条件で"よーいドン"の競争になったわけですが、アメリカ軍は5日、日本よりも遅く現地着、韓国軍は台風25号の影響もあってC-130の支援は8日からになったそうです。速さばかりを競うものではありませんが、災害緊急援助は一刻を争うものですから、「遅いじゃないか!」という批判は当たらず、むしろその速さを称えてしかるべきではないでしょうか。
     そして、こうした即応体制を当然周辺各国は凝視しています。嵐の中でも輸送機を飛ばすその士気の高さ、そして過酷な環境の中でも事故なく安全に飛ばすその能力、一朝有事の際の動きを各国のプロたちはありありと想像できたのではないでしょうか。

     すでに、現場スラウェシ島では支援物資の輸送に加えて被災した方々をカリマンタン島に輸送する任務にも就いています。


     もちろん、現場の隊員さんたちは抑止力などを計算しながら仕事をしているわけではありません。各々の持ち場で全力を尽くすその背中が、結果として我が国を支えています。
  • 2018年10月04日

    日英の新たな絆

     先月末から今月アタマにかけて、日本とイギリスの軍事分野での連携を象徴する出来事が相次ぎました。まずは9月末、南シナ海で日英の艦艇が共同訓練を行いました。

    <[護衛艦かが(インド洋) 27日 ロイター] - インド洋に長期派遣中の海上自衛隊ヘリコプター空母「かが」は26日、南シナ海へ向かう英海軍のフリゲート艦「アーガイル」と共同訓練を実施した。>

     まずこの記事の冒頭があまり見ない書き出しで、地名が入るはずのところに<護衛艦かが(インド洋)>と入っています。つまり、"かが"にロイターの記者が同行取材していたということを示唆しています。この護衛艦かがはヘリ搭載型護衛艦と言われていて、見た目だけなら空母そっくり。ここに垂直離着陸戦闘機を搭載し、飛行甲板の塗装を耐熱のものに塗りなおせば軽空母として使えるのではないかとも言われている、海自の最新艦です。
     そして、先日南シナ海でこの"かが"と中国軍の艦艇が海空連絡メカニズムを用いて交信する様子を日本テレビのカメラがスクープしましたが、この時にカメラが入っていたのも"かが"。情報の出し方、今回はロイターを通じて国際的にも発信していこうという意図を感じる情報の出し方です。先日このブログで日米英が事実上"航行の自由"作戦で足並みを揃えているのではないかと書きましたが、まず海上ではそうした文脈の中で訓練が進んでいることが見て取れます。

     そして、今月に入り陸上自衛隊もイギリス陸軍との共同訓練を日本国内で行いました。

    <陸上自衛隊は2日、北富士演習場(山梨県)と富士学校(静岡県)で行われている英陸軍との共同訓練を報道陣に公開した。国内で陸自が米国以外の陸軍と共同訓練をするのは初めて。
     訓練名は「ヴィジラント・アイルズ(警戒厳重な島)」。公開された訓練で、陸自隊員と英陸軍の兵士20人が輸送ヘリコプターに乗り込み、目標地点に着陸後素早く降りて警戒行動に移る流れを確認した。統合火力誘導訓練では、シミュレーターで英兵士がレーザー照射器で捉えた戦車の情報を指揮所に伝達し、ミサイルや迫撃砲で正確に爆破した。>

     この画期的なところは、今までは陸自部隊がイギリスに出向いて訓練したり、海外での多国間演習でイギリス軍とも訓練することはありましたが、イギリス陸軍部隊が日本に来て訓練を行ったのは初めてということ。昨年末の日英外務防衛閣僚会議(日英2+2)での合意に基づいて行われたという報道がされていますが、今回イギリス軍側はかなり本気度が高いのだと、ある政府関係者は明かしてくれました。
    「イギリス軍側はかなりの精鋭を派遣してきている。それこそ、顔を映すのもNGになるような特殊作戦を担う精鋭たちをね」
     その上、この島嶼防衛を眼目とする訓練は、公式にはどこかの国を想定したものではないといいながら、当然尖閣諸島をめぐる中国との対峙を濃厚に意識したもの。かつてキャメロン政権時代のイギリスは経済的にも政治的にも中国と接近していましたが、その当時では考えられないような設定でもあり、アジアをめぐる地政学の変化を感じさせます。

     共同記者会見でイギリス陸軍野戦軍司令官のパトリック・サンダース中将は、
    「この地域は世界にとって重要だ。今後の訓練については日本の防衛省と話し合い、コミットしていく」と話し、形はどうあれ、今後もイギリスはアジア地域に関与し続けるということを明言しました。何と言っても外交面では"日中接近"が言われていて、メディアもとにかく友好ムードを醸成しようと必死になっているさなか、こうして安全保障面ではしっかりと向き合うというメッセージを日米だけでなく友好国一体で打ち出している点が今までとの違いを感じさせます。日中平和友好条約発効40周年の10月23日に安倍総理が中国を訪問すると言われていますが、安全保障はまた別だというのは、今までの日本外交にはない展開ですね。

     これまで日本の安全保障は日米安全保障条約一辺倒という感じでした。それは、日本の独立に向け、まずは大日本帝国憲法を日本国憲法に変えるところを先にやったため、西ヨーロッパのNATOのような集団的自衛権で地域安全保障を担うという概念が憲法と齟齬を来してしまったということがあります。現行憲法が制定された1946年から47年当時は冷戦が激しさを増す直前の時期。まだ、国連による集団安全保障で平和を保つことが出来ると信じられていた時期で、それだけに戦力の放棄を行っても国連軍が平和を維持してくれるという思いがありました。このあたり、ベルリン封鎖など東西冷戦の激化を経て1949年に制定された西ドイツの憲法にあたるボン基本法とは大きく異なるところですね。
     さらに、中・ソといった国々だけでなく、豪、ニュージーランドといった西側の周辺各国も戦争の記憶が生々しく、日本と肩を並べて安全を保持するよりもまずは日本の戦力を削ぐことを重視していました。アメリカは極東地域の安全を保つため、NATOのような集団的自衛権行使の機構を模索しましたが周辺各国に難色を示され、アメリカをハブとする2国間同盟を各国と結ぶことで地域の安定を図りました。これは、アメリカが地域で唯一の大国、むしろ世界で唯一の超大国であったからこそ成しえたシステムで、今新たに覇権を狙う国が出てきた段階では上手くシステムが動くかどうか懸念が出ています。
     その上、アメリカ世論は同盟関係を片務的と思い込み、同盟の正当性を疑問視しています。民主主義国家ですから、民意が同盟を否定してしまえば日米同盟も存在できなくなります。今すぐにという激変の可能性は薄いにせよ、長期的に見ればアメリカがだんだんと引いていくシナリオも日本としては意識しておく必要があるでしょう。
     そこで、様々な可能性を模索し、2国間からネットワークでの安全保障への移行を考えた時、イギリスという国には独特の存在感があります。なにより、もはや世界帝国の座から滑り降りて久しいとはいえ、いまだイギリス連邦の筆頭国であることに違いはありません。連邦には、オーストラリア、ニュージーランド、カナダといった環太平洋の主要国が集まっていますから、イギリスを日本に引き付けておくメリットは計り知れません。
     さらに、外交手法として理想に走るアメリカに対し、イギリスは実利重視で解決策を模索する老獪さがあります。ある外交関係者に話を聞くと、
    「G7など多国間の外交文書をまとめるときに行き詰まると、イギリスのシェルパ(首相の個人代表にあたる官僚)のところに相談に行くんだ。すると、彼らの経験の中からこれという例を出して文書案を一緒に考えてくれるんだ」
    と話していました。伊達に世界に覇を唱えた国ではありません。そうした外交のテクニックはまだまだ日本が学ぶところが多いようです。こうしたノウハウを吸収するという意味でも、日英の新たな接近にはいろいろな意味があるようです。上に挙げたここ数週間のイギリスとの共同訓練のニュースはあまり大きく報じられませんでしたが、将来への布石として非常に意味のあるものなのではないでしょうか。
  • 2018年09月26日

    とにかく話し合えと?

     アメリカが中国に対して、知的財産権の侵害などを理由に制裁関税の第3弾を発動しました。

    <トランプ米政権は24日午前0時(日本時間同日午後1時)過ぎ、中国からの2千億ドル(約22兆円)相当の輸入品に10%の関税を上乗せする制裁措置を発動した。すでに2回に分けて計500億ドル相当への制裁関税を実施したが、中国が不公正な貿易慣行を改めようとしないため、第3弾の制裁措置として関税を適用する輸入品の規模を大幅に拡大した。>

     これに対して中国も600億ドル分のアメリカ産品に関税を上乗せする報復措置を実施し、双方が関税を掛け合うという貿易戦争に発展しています。報復に対する報復として、アメリカ側は第4弾の関税をかけて中国製品すべてに上乗せ関税を課す構えも見せていて、消耗戦の様相です。来月3日に『世界経済見通し(WEO)』を発表するIMF(国際通貨基金)は、この影響も分析しWEOに盛り込むようです。すでにその一部が報道されています。

    <国際通貨基金(IMF)が米国発の貿易戦争で米国と中国の実質経済成長率が2019年にそれぞれ最大0.9%程度下押しされるとの分析をまとめたことが24日、明らかになった。関税の引き上げによる貿易の停滞に加え、金融市場の混乱や企業収益の悪化による資金調達コストの上昇が景気に悪影響を及ぼすとみている。>

     こうして世界経済全体にも悪影響を及ぼす可能性が指摘されている米中貿易戦争。一方で識者が指摘するのは、「米中ともに国内の政権支持つなぎ止めのために行っている部分があるので、双方ともに自分から止めるとは言い出せない。この問題は長期化する」という指摘。トランプ大統領側は11月の中間選挙を見据えて、習近平国家主席側はアメリカに攻め込まれているのを最近政敵に批判されているのを報道されているので動くに動けないとの解説がなされています。アメリカから見れば、中国の知的財産詐取の動きは深刻で、これを中国側が止めない限り続くと見る向きもあります。また、歴史学的、地政学的見地から、従来の大国と新たに伸びてきた大国は相当の高確率でぶつかり合う、最悪の場合干戈を交えるという"トゥキディテスの罠"を用いて、米中は遅かれ早かれぶつかり合う宿命にあると解説する人もいます。
     いずれにせよ、大方の見方はこの米中貿易戦争はすぐに収束することはなく長く続くだろうということ。これに対し、日本の各紙社説はお得意の「話し合うべきだ!」という主張に終始しています。


    <両国は、あくまで対話を重ね、摩擦解消の糸口を、粘り強く探り続けていく必要がある。>

     踏み込んで世界経済への不安をあらわにしたのは毎日新聞でした。


    世界不況の到来に警鐘を鳴らし、直近の世界を覆った大不況、リーマンショックを引き合いにこう説きます。
    <ちょうど10年前に起きたリーマン・ショックは、米中両大国を含めた多国間の協調が世界経済の安定に不可欠ということを認識させた。
     当時は保護主義の拡大が不況を深刻化させる恐れがあった。悪循環に陥るのを各国は連携して防いだ。
     そのころよりも米中の経済規模が世界に占める比率は高く、責任も増している。米国は対話による解決を図るべきだ。日本も欧州などと連携し自制を働きかける必要がある。>

     ただ、残念なのがリーマン・ショックを引き合いに出しておきながら、結局対話による解決を図るべきだというお決まりの論法に収まってしまったところ。
     たしかに当事国はアメリカと中国ですから、我が国は第3国として話し合いを促すことぐらいしか直接的に事態に関わることはできないのかもしれません。しかしながら、奇しくも引き合いに出されたリーマン・ショックでも、我が国の金融機関はリーマン・ショックの発端となった証券化商品、サブプライムローンをさほど所有していないから大丈夫だ。影響は軽微と言われていました。リーマン・ショック前年にフランスのBNPパリバなど欧州系の銀行が変調をきたし、徐々にこの危機が意識されだしましたが、日本の金融当局は当時の好景気に酔っていて危機感が薄かったことが分かってきています。このところ公開されている当時の日銀の金融政策決定会合議事録でも、問題が起きた当初は楽観ムードがただよっていて、対処が後手後手に回ったことが読み取れます。

     今月15日でリーマン・ショック10年となり各紙で特集が組まれましたが、問題から最も遠い位置にいたはずの日本経済がかくも大打撃を受けた反省というのはほとんど見られませんでした。この問題がどうして起きたのかの分析と、発覚当時に我が国も含めた各国がどう動いたのかは詳しく書いていたのですが、その後いったん落ち込んだ経済を各国がどのように立て直したのかに言及があまりなかったのです。当時、アメリカの中央銀行にあたるFRB(連邦準備制度理事会)やヨーロッパ中央銀行(ECB)などが異次元金融緩和を断行。迅速に危機対処をしたのに対し、日銀は逆に2007年から始めてしまった金融引き締めを継続。結果として、貨幣量を増やした欧米に対し日本は貨幣量を減らしたんですから当然超円高となり、輸出企業を中心に経済はどん底まで落ち込んだわけですね。

     10年後の現在、あの時のデジャヴのような議論がそこここに見られます。日銀はいい加減異次元の金融緩和を止めるべきだ、"市場のゆがみ"が深刻だ、財政が心配だ、消費増税をしなくては国債が売り浴びせられて破綻する等々...。
     米中貿易戦争で世界経済の先行きは心配するのに、その一方で日本経済に関してはやたらと引き締め方向に走るというのは、自分で自分を殴るような矛盾した議論になってはいないでしょうか。本来であれば、荒波が来るかもしれないとすればそれに備えて船を頑丈にしなくてはいけません。今年度補正予算、そして来年度予算で相応の額の財政出動を積み、その上で負のインパクトの大きい消費増税だって再度の延期を含めて検討する必要があるのではないでしょうか。奇しくも総理や官房長官は、「リーマン・ショック級の景気減速が起こらない限り」消費税を上げると明言しています。<トランプ氏が自国の国民や企業も道連れにして世界を不況に巻き込む事態を引き起こしかねない>(上記毎日社説)のならば、それはリーマン・ショック級の景気減速なのですから、新聞はこぞって消費税増税延期を主張すべきなのですが、寡聞にして私は聞いたことがありません。やはり、自分の書いたことは即座に忘れてしまうんでしょうか。
書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

■Twitter
「飯田浩司そこまで言うか!」

■会員制ファンクラブ(CAMPFIREファンクラブ)
「飯田浩司そこまで言うか!ONLINE」

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