• 2018年09月19日

    南シナ海波高シ

     月曜日は敬老の日の祝日で会社の中ものんびりとした雰囲気でしたが、朝刊の一面を眺めていて「おっ!?」と心がざわつきました。朝日の一面に驚くべき見出しがあったのです。

    <防衛省が海上自衛隊の潜水艦を南シナ海へ極秘派遣し、東南アジア周辺を長期航海中の護衛艦の部隊と合流させて、13日に対潜水艦戦を想定した訓練を実施したことが分かった。海自の対潜戦訓練は通常、日本の周辺海域で行われており、中国が軍事拠点化を進める南シナ海に潜水艦を派遣して実施したのは初めて。>

     南シナ海といえば、かねてから中国が軍事力を背景に岩礁を埋め立てて人工島を建設。そこに3000m級の滑走路を持つ空港を建設したり、大型艦船が停泊可能な港を作るなど軍事拠点化を進め、周辺国の抗議にも国際司法裁判所の裁定にも全く耳を貸さずに実効支配を強めるという地域。業を煮やしたアメリカが"航行の自由作戦"で艦艇を派遣し、中国の主張するところの"領海"まで艦を進めるなど、米中のさや当ても行われる緊迫の海です。
     ここに日本の海上自衛隊が護衛艦のみならず潜水艦も派遣し、訓練をしていたというのはずいぶんリスクを取ったなぁと驚きました。そもそも潜水艦のオペレーションというものは秘中の秘ですから、それがこうして一面トップでスクープされるのも驚きでした。この報道を受けたのでしょう、海上自衛隊は急遽写真付きの報道発表で訓練の実施を公表。各紙も翌朝刊で報じました。


    <訓練海域はフィリピン西側の公海上で、中国が南シナ海に引いた独自の境界線「九段線」の内側という。>

     中国は独自に設定した"九段線"と呼ばれる境界の内側はすべて自分たちの領域と考えていますから抗議をしてきますが、国際法上、公海での軍事演習は平和の目的を妨げないという考え方がありますので、この訓練自体は国際法上批判を受ける筋合いはありません。そもそもこの南シナ海では、今までも自衛隊の護衛艦が航行したり、周辺国と共同訓練したりと活動してきました。たとえば、中東アデン湾での海賊対処の向かう、あるいは日本に帰る艦艇がベトナムやフィリピンに寄港しての共同訓練や官民交流の一環での親善訪問、練習機の移転などが挙げられます。こうしたことには目立った抗議がなかったのですが、今回は言及しています。

    <中国外務省は、17日の定例会見で、中国とASEAN=東南アジア諸国連合は、南シナ海における意見の食い違いを解決するために取り組んでいると主張し、域外国は慎重に行動すべきだと反発しています。>

     確かに訓練を念頭に置いた発言ではありますが、名指しは避けているうえ潜水艦を用いた訓練といった具体的な行為への言及も避けています。だからと言って中国サイドが全く把握していなかったかと言えばそんなことはなく、むしろ詳細に把握したうえで洋上での駆け引きが行われていました。

    <南シナ海を航海中の海上自衛隊の護衛艦「かが」と中国軍の艦艇が、偶発的な衝突を防ぐための「海空連絡メカニズム」に沿って連絡をとる様子を日本テレビのカメラが初めてとらえた。

    かが通信士「中国艦艇、艦番号572、本艦の針路は270度、速力は12ノットです。どうぞ」

    中国軍艦艇「海上自衛隊の艦艇、艦番号184(かが)へ。こちらは中国軍艦...」>

     この中国軍艦艇はかがが南シナ海に入ってから、7日間にわたって追跡してきたとのこと。途中、燃料補給もしながらの追跡ということで、その執拗さがうかがえます。海自側もテレビカメラを入れて訓練を公開。こうしたことはアメリカがこの海域で"航行の自由作戦"をするときに航空機にTVクルーを乗せるなどしていますが、海自がこうして積極的に見せるということに驚きました。中国側へ、軍事力を背景にした海洋進出はこれ以上許さんというメッセージを正確に伝えたいという意図を感じます。

     さらに踏み込めば、陸海空自衛隊の中で最もアメリカ軍との連携が進んでいるのがこの海上自衛隊です。指揮命令系統こそ違えど、準一体運用が行われているといってもいいほど統合が進んでいます。ということで、今回の訓練オペレーションもアメリカ側が把握していないはずはありません。日米の連携で中国と相対するということを改めて明確な意思表示しています。さらにさらに、同じようなタイミングでイギリス海軍の艦艇も南シナ海、パラセル諸島周辺に入っています。

    <中国政府は6日、英海軍の揚陸艦「アルビオン」が8月31日に南シナ海・西沙(英語名パラセル)諸島周辺の「中国の領海」を航行したと発表した。中国外務省の華春瑩・副報道局長は記者会見で、「英国に厳正に申し入れ、強烈な不満を表明した」と述べた。>

     英海軍報道官はこの揚陸艦の行動について「"航行の自由"に関する権利を行使した」と述べていて、明らかにアメリカ軍の"航行の自由"作戦を意識しています。要するに、日米英が"航行の自由"作戦で足並みを揃えたと言えるわけですね。今世紀初頭によく言われた中国に対する"関与戦略"、資本主義の仕組みに中国を組み込めばだんだんと豊かになって、それとともに段階的に民主化していくという楽観的な中国観がほぼ崩れ、今や対中包囲網といったものが世界的に狭まってきている、その証左なのかもしれません。「海上自衛隊が中国を刺激している!」という文脈で今回の訓練を捉えるのはあまりに近視眼的で、全体を見誤ってしまいそうです。
  • 2018年09月11日

    北海道胆振東部地震取材報告

     9月6日の早朝3時8分、北海道胆振地方東部を震源とするマグニチュード6.7の地震が起こりました。その直後の放送と、翌7日の放送を終えたあと、私は北海道へ向かい、この地震の被災地を取材しました。
     最も被害が大きかったのが、苫小牧市の隣に位置する厚真町。ここは地震発生直後震度計のデータが地震の影響で送信できず、被害の程度がはっきりしませんでした。ただ、6日の放送でお話を伺った遠藤副町長の口ぶり、言外ににじみ出る焦燥感を見るにつけ、何か大変なことが起こっているのではないかと感じていました。そして、夜が明け、分かってきたのは甚大な損害が生じていたということでした。地震に伴い土砂崩れが広範囲にわたって発生、今回の地震で死者の大半がここ厚真町の方でした。
     この地震全体の被害状況は、北海道庁によれば10日21時現在で死者41人、重傷9人、建物の全壊32、半壊18、一部損壊10。建物についてはまだ応急診断をしていない自治体もあり、被害状況不明も多数あるとのことです。

    吉野地区活動3.jpg

     7日午後、厚真町吉井地区の現場に入り目の当たりにしたのは、地すべり、土砂災害というよりも「山津波」という光景でした。
     この辺りは稲作を中心とする農村で、標高200mほどの山々の間を厚真川という川が流れています。その作り出すわずかな平野に田を拓き、人々は山裾に居を構えました。収量を多くする知恵だったわけですが、残念ながら今回の災害ではそれがあだとなってしまいました。山には杉やシラカバといった細い針葉樹がびっしりと生えていました。その樹木もろとも土砂が住民に襲い掛かったわけです。
     救命救助は厳しい環境の中で始まりました。そもそもこの北海度には、地震直前の5日に台風21号が最接近。近畿地方に甚大な被害をもたらしたこの台風は、その後日本海側に抜けたあともなかなか勢力が衰えず、北海道に接近した段階でもまだ暴風域を伴っていました。この風で木々は煽られ、一部に倒木などが見られたそうです。また、その降らせる雨により地盤は緩み、それが今回の地震で一気に崩れたというのが大方の専門家の見方。救命救助作業は水をたっぷり含んだ軟弱な地盤、そして大量の樹木を重機でどけるところから始めなくてはいけません。
     それが出来るのは、自衛隊・消防・警察など限られています。警察・消防は全国から応援が来ましたが、自衛隊は東千歳、留萌、千歳などなど、私が見た限りは大半が北海道の部隊。彼ら・彼女らもまた被災者であるにも関わらず、黙々とひたむきに作業に当たっていました。

    吉野地区活動2.jpg

     さて、重機を入れて作業しようとすると、土砂が行く手をふさぎました。要救助者がいるであろう場所までの道路は土砂で覆われ、まずはそれをどかさないことには救出活動ができません。まずは道路を啓開し、並行して手作業で土砂を取り除く作業を行いました。
     そして、いざ重機が入っても、重機を使うのは土砂や樹木を取り除くところまで。押し流された住宅が一部でも見つかれば重機を停止し、そこからはスコップで、最後は手作業で要救助者を探し出します。よく重機を遠巻きに見るように隊員さんたちが傍観しているような写真がありますが、あれば単に突っ立っているわけではなく、いざ住宅発見となれば即座に救助作業に取り掛かれるように最前線でスタンバイしているのです。

    吉野地区活動1.jpg

     このように、現場では一分一秒でも早く救助しようと懸命の作業が続けられていました。一方で、それを統括する指揮官たちは現場の疲労度と天候を気にかけていました。この吉井地区を主に担任した第7特科連隊の川口貴浩連隊長は、
    「活動する上で体力が低下する、疲労がたまるというのは避けられない。現場の捜索に当たる隊員が集中力を保って任務に当たれるように部隊交代を適宜取りながら任務をしている。隊員も今回の任務の重要性を深く認識しているので士気高く任務に当っている」
    と話してくれました。

    吉野地区活動4.jpg

     そして、天候面については最新機器を用いての二次災害防止も行われました。ドローンです。
     かつて熊本地震を取材した際、山口から南阿蘇に入った第17普通科連隊に密着しました。その時は国土交通省と連携し、国交省のドローンを使って二次災害警戒に当たっていましたが、今回は自前のドローンを試験運用という形で活用したようです。どのような方向で土砂が流れたのか、どこにリスクがあるのかを分析し、情報連携システムで上位部隊との即座の情報共有が可能。この情報を基にして、救助オペレーションの進め方やどれだけの人員が必要なのかを即座に判断することができます。一刻一秒を争う災害救援の現場では今後非常に重宝するはずです。

    すずらん湯.jpg

     災害時の救命活動では、「72時間の壁」というものがよく言われます。発災後丸3日、72時間を過ぎてしまうと、安否不明者の生存確率が著しく下がってしまうというものです。先日、備え・防災アドバイザーの高荷智也さんにインタビューをした際にも、この72時間という言葉を使い、
    「ここまでは行政は救命活動に専念する。だからこの間は一人ひとりが自力で生き抜く覚悟で備えなければならない」
    と力説されていました。
     逆に言いますと、今回の北海道胆振東部地震はこれから生活支援が本格的に始まるというわけですね。その一つが、入浴支援。厚真町では第7後方支援連隊補給隊の「すずらん湯」が発災翌々日の土曜日から開設されました。
     お風呂から上がってきた方に伺うと、人によっては発災前日の水曜も台風21号接近でボイラーを炊くのをためらいお風呂に入っていなかった方もいらっしゃいました。そうなると、丸3日間入浴していなかったわけで、喜びもひとしお。皆さん満足そうな表情ですずらん湯を後にしていました。この第7後方支援連隊補給隊、非常に手際よく準備をし、被災された方々を受け入れていました。聞けば、つい先日まで西日本豪雨の被災地、広島県三原市ですずらん湯を開設。その任務を終えて一か月ほどで、今回の地震が発生。自らも被災しながら、再び今回の災害派遣となったようです。こうして入浴施設を開いても、自分たちは入れるわけではありません。彼らは写真のように外で案内をし、終われば少しだけ天幕で休むのです。

     西日本豪雨の生活支援から間髪を入れずに北海道胆振東部地震の生活支援へ...。こういった話を聞くにつけ、この日本という国はまさに災害大国であると実感します。地震、台風、ゲリラ豪雨...、自然はより苛烈に我々に備えの必要を迫ってきます。今回の取材でも、その思いを新たにしました。
  • 2018年08月20日

    インバウンド施策の死角

     お盆休みが終わり、また通常の生活が戻ってきました。この休みで帰省された方も多いと思いますが、公共交通機関を使って移動をすると外国人の姿が多くなった気がしませんか?都心の在来線や新幹線のホームでは、様々な国から日本に訪れた方の姿をよく目にします。
     安倍政権になってから、外国人観光客の誘致は常に重点政策であり、毎年の成長戦略にも紙幅を割いて様々な施策が講じられています。去年春には観光立国推進基本計画が閣議決定され、具体的な数値目標を示して国を挙げて外国人観光客の誘致に力を入れる姿勢が明らかにされています。


     訪日外国人観光客の数も順調に伸びていて、最新の数字では今年の累計は7月までで1873万900人。すでに3年前の通年の数字(2015年1973万人強)に迫る勢いになっています。


     ビザの緩和や各種割引切符、格安航空会社(LCC)の誘致などの、ある意味ハード面での施策でずいぶん日本に来やすくなったことがあり、ここまでの外国人観光客誘致は一定の成功を収めていると言えそうです。冒頭にもありましたが、電車の中やニッポン放送周辺の有楽町界隈でも、外国人の姿を見ない日はないくらい、外国人観光客が実感として増えていますね。

     一方で、ここから先はソフト面での整備も重要です。鉄道駅の駅ナンバー制やサインボードの英語併記は都心周辺や観光地ではかなり増えていて、外国人が目的地に不安なく行ける環境が整いつつあります。ただ、英語が通じる環境がどこまで行きわたっているのかというと心許ないものがあります。私自身も突然声を掛けられたら対応できるかどうか。こうして想像するだけでちょっと緊張してしまいますね...。

     また、駅ナンバー、サインボードを頼りに目的地に到達したまではいいですが、そこでの説明などにどれだけ英語表記があるのかもまだまだこれからというところです。これは逆に我々日本人がどのように海外で観光をしているかを思い浮かべるといいのですが、景色のいい場所や歴史のある神社仏閣、教会、城などに行ったとき、「ああ、いい景色だなぁ」と感動し、写真を撮るまではさほど時間を必要としません。そこから、ここがどんなところでどういう歴史があるのか、知りたいという人も多いと思います。その時に、現地の国の言葉だけでなく、簡素であっても英語の説明文があれば何となく読んでみようと思うもの。そうしてじっくりと見学すればより深く名所を理解し、また滞在時間も長くなり、飲み物を買うかもしれない、食事をするかもしれない、滞在を伸ばして一泊するかもしれないと、インバウンドに伴う消費がより伸びていきます。

     ところが、こうした観光に付随した消費活動に日本の観光地はあまり理解がないと、日本政府観光局の特別顧問も務めるデービッド・アトキンソン小西美術工藝社社長は指摘します。
    日本の観光地は基本的にあまり人が滞留しないようにできている。座るところすらない。それをある寺社の担当者になぜか尋ねると、「人がとどまって境内で座り込んだりすると景観上も良くない。」とにべもなかったそうです。日本人が相手だったうちはそれでよかったのかもしれません。しかし、外国人相手では、そうした仕来りはそもそも説明されない限り理解することはできません。

     それからもう一つ、インバウンドを取り上げるときに"外国人"と一言で済ませてしまいますが、それはどこの人々でどの年齢層でどれだけ来てほしいのか、具体的にイメージがあるのかということです。外国人誘致を狙う時にはやはり地理的に近いところからの方が多くの人を呼ぶことができます。となると、韓国や中国がまず挙がりますが、潜在的な有望株は東南アジア各国。ここでポイントとなるのが「イスラム教」です。
     イスラムを国教としているのはマレーシアやインドネシアなどですが、他にも各国に少数ながら信仰している方々がいます。彼ら、彼女らの戒律についても理解が進んでいて、たとえばハラルと呼ばれる宗教上の仕来りに従って処理された肉でないと食べられない、豚肉やアルコールは禁忌といった食文化にまつわるものは知られるようになりました。一方で、日に5回聖地メッカに向かってお祈りを捧げることの重要さはあまり理解されているとは思えません。先日、上野駅の新幹線ホームに行ったのですが、コンコースでこんな光景を見かけました。

    イスラム礼拝@上野.jpg

     調べてみると、上野駅には礼拝所、プレイヤーズルームはないのですね。番組でそのことを話したところ、東京駅丸の内北口には礼拝所があるとの指摘を受けました。調べてみますと、こうした礼拝場所も徐々に整備されてきているようです。


     そうした指摘と並んで、「このような礼拝所をあらゆる駅に整備しろというのはコスト面を無視した暴論だ」という趣旨の指摘もいただきました。私もすべての駅に整備する必要はないと考えます。ただし、上野駅のような外国人も多く使うターミナル駅でも存在しないというのは、インバウンドを成長戦略にまでしている国においてあまりにお寒い状況なのではないでしょうか?
     上記ハラルメディアジャパンのサイトによれば、東京の駅で礼拝所があるのは東京駅だけ。というか、日本全国で見ても、東京のほか大阪と奈良にしかありません。一方で空港を見ると、主要空港にはほとんど礼拝所があります。長い時間の移動という意味では、航空機も新幹線も変わりません。ここは空港の方が先に行っている感があります。鉄道駅も前述の寺社と同じで、今までは利用客の滞留を想定して設計されていません。しかし、写真の上野駅のように大きな駅には遊休スペースも存在します。こうした場所を有効活用して外国人観光客の満足度を高めれば、リピーターになってくれる可能性もより高まるでしょう。
     その意味で、インバウンドにおける日本の伸びしろは大いにあると思います。爆発的に外国人観光客が増えるであろう2020年まであと1年半。まだまだ、やれることがそこら中にあるようです。
  • 2018年08月13日

    足元の日本経済

    先週末に4月から6月のGDP速報値が発表され、2四半期ぶりにプラス成長となりました。


    物価の変動を除いた実質GDPが季節調整済みで0.5%、この成長が一年間続いたと仮定した年率換算は1.9%成長となっています。名目でも0.4%成長ということで、新聞各紙も基本的に明るいニュースだとして報じています。

    <内閣府が10日発表した2018年4~6月期の国内総生産(GDP、季節調整値)の速報値は、物価変動の影響を除いた実質で前期比0.5%増、この状況が1年間続いた場合の年率換算で1.9%増と、2四半期ぶりにプラスとなった。前期(1~3月)に天候不順などで低迷した個人消費が持ち直したのが要因。ただ、消費が景気を力強くけん引しているとは言い難いのが実情だ。世界的な貿易摩擦の激化などマイナス材料も多く、景気下押しへの懸念も出ている。>

     政権の経済政策に批判的なメディアであっても、懸念材料としてはアメリカ・トランプ政権に端を発する貿易摩擦など外的要因による影響や猛暑による物価上昇を挙げるのみで、現時点での国内経済は順調に回っているというような方向性。各紙の色の違いは、見通しのリスクを大きくとるか気にしないかの違いだけという感じを受けました。

     一方で、あまり注目されていませんが私が気になったのは、GDPデフレーターの部分。これが、今回の速報値では-0.0%でした。前期、1~3月期は-0.2%でしたから、そこから少し上向いたもののまだマイナス圏。それも、個人消費が上向いたとされる今回のGDP速報でもプラスにならなかったわけですね。
     ということは、今回の指標に対して個人消費は結果的にプラスの寄与をしたわけですが、たしかに各紙指摘している通り、<消費が景気を力強くけん引しているとは言い難い>わけです。プラスではあったが、イマイチ伸び切れていない、弱いということであろうと思います。ただし、その"弱い"というのが、外的なマイナス要因や猛暑による物価上昇で吹き飛ぶとかいう懸念ではなく、そもそも論として足腰が弱いということです。
     たとえば、賃金は伸びている"はず"なのに、どうしてこんなに個人消費が伸びないのか?賃金全体で見れば、データは良いものが出ています。

    <(前年同月と比較して)
    ・現金給与総額は、一般労働者が3.3%増、パートタイム労働者が1.4%増、パートタイム労働者比率が0.43ポイント低下し、就業形態計では3.6%増となった。>

    ところが、家計調査を見ると、消費は伸びるどころか減ってしまっているのです。

    <消費支出(二人以上の世帯)は,  1世帯当たり  267,641円
               前年同月比             実質1.2%の減少      名目0.4%の減少
               前月比(季節調整値)   実質2.9%の増加>

     この、データ上は賃金が伸びているのに消費が伸びないという矛盾がどうして起こるのか?そのポイントは、賃金の中身にあります。
     アメリカの中央銀行にあたるFRB(連邦準備制度理事会)の元議長、ベン・バーナンキ氏がプリンストン大学経済学部教授時代にペンシルベニア大学ウォートンすくーるのアンドリュー・エーベル教授と共著で書いた『マクロ経済学 上』にはこのような記述があります。
    <一時的所得の増加はそのほとんどが貯蓄され、恒常的所得の増加はそのほとんどが消費として使われるであろう>
    これは、恒常所得理論といい、そもそもはシカゴ大学のミルトン・フリードマン教授が唱えた理論。かみ砕いて言えば、一時的所得=ボーナスが増えてもそれは貯蓄に回るだけであり、恒常的所得=ベースアップがなくては個人消費には効かないということ。そこで、日本において賃上げが一斉に行われるタイミング、今年の春闘の結果を見てみると、見事に一時的所得(=ボーナス)は増えても恒常的所得(=ベースアップ)が増えていないことがわかります。


     この2ページ目の≪参考1≫と書かれている表で、定期昇給相当込みの賃上げは2.20%ですが、うちベースアップ分はわずか0.54%に過ぎないことがわかります。ベースアップ分だけをみれば、物価の上昇にも追いつかないわけで、それは当然財布の紐が固くなります。今まで個人消費がずっと伸び悩んでいたのは、一時金主体の賃金上昇に過ぎなかったからかもしれません。経済界は賃上げした賃上げしたといいますが、結局企業が一時金の形で頑張ってもマクロ経済的には効きが弱いわけですね。

     で、賃金が伸びない→個人消費が弱い→需要がいつまでたっても伸びない→物価も上がらないというスパイラルが続いてしまっているようです。好循環への最後の1ピース、賃金上昇から個人消費が伸びるのか先か、あるいは消費増税が行われて需要が冷え込んでしまうのが先か。個人消費が冴えないと書くなら、消費を冷え込ませる消費増税は当然反対になりますよね?各社の経済記者さん?
  • 2018年08月07日

    豪雨被災地の鉄道貨物輸送

     西日本豪雨で大雨特別警報が最初に出されてから、昨日で1か月を迎えます。各地に残した爪痕はあまりにも大きく深く、今だ3600人以上の方が不自由な避難所暮らしを余儀なくされていますが、鉄道にも大きな被害をもたらしました。

    <西日本を中心とする豪雨被災地で、JR西日本などの鉄道二十七路線の百カ所以上に、土砂の流入や線路下の盛り土の流出など運行を阻む施設被害があったことが十二日、国土交通省のまとめで分かった。>

     川にかかる橋が橋脚のみを残して橋げたがごっそり流されてしまった映像など、私も見ていて驚愕しました。鉄道は人の命を預かる仕事ですから、安全方向にバッファを設けて設計をしていたはずなのですが、その想定を軽々と超えていった豪雨災害だったわけですね。ここ一か月で、各事業者の懸命の努力もあり被害が軽微だったところを中心にだいぶ復旧してきました。今も予讃線・予土線の2路線4区間で運休が続くJR四国は、9月中に全線復旧の見込みだと公表しています。一方、被害が甚大だった岡山・広島両県の瀬戸内海側を通るJR山陽本線は、復旧は10月になってしまうと見込まれています。

     "なくなって初めてわかるありがたさ"という言葉がありますが、鉄道の不通は旅客列車が使えなくなる目に見える影響があるので、「生活の足に痛手」といった報道が目立ちます。
     しかしながら、実はもっと甚大な影響があったのが物流に対しての影響。山陽本線は貨物列車にとっても大動脈。豪雨による不通の前には、一日当たり3万トンがこの区間を通っていました。JR貨物の輸送量全体のおよそ3割を占めていたそうです。
     貨物輸送には大雑把に分ければ船・鉄道・トラックの3種がありますが、船は大量輸送が可能ですが時間がかかり、トラックは速いが一度に一台で運べる量は限られるので、ドライバーの人手を確保する必要があります。鉄道輸送は大量輸送が可能な上に、船に比べると早く運ぶことが出来る。ということで、九州から近畿圏や中部、関東へ、あるいはその逆という拠点間輸送で多く使われていました。たとえば、フルスペックのコンテナ貨物列車26両分の荷物は10トントラック換算で65台分になります。
     これだけの物流がストップしてしまうと、影響は相当甚大。各社は不通区間のトラック代行や船便への振替などで何とかしようとしていますが、経済の血液ともいわれる物流への影響は決して侮ってはいけません。

     ただ、一つ朗報が入ってきました。山陽本線はムリでも、それに代わる迂回路線のメドが立ちつつあるというものです。

    < JR貨物とJR西日本は3日、西日本豪雨で山陽線が寸断されていることを受け、貨物列車を山陰線への迂(う)回(かい)ルートで運行する準備をしていると発表した。実現すれば、阪神大震災後の平成7年以来となる。>

     倉敷から北西に伯備線を行き、日本海側に出て山陰線、そして山口線で南下、新山口で瀬戸内側に出た後Uターンして山陽線を東進し、広島に至るというプランです。たしかに鉄路はつながっていますから、これで何とか物流が保てれば非常にありがたいことです。
     しかし、鉄道関係者に話を聞くとなかなか課題山積のようです。
    「山陽線はコンテナ26両プラス機関車の計27両をフルスペックで走らせることが出来た。しかし、伯備線は本線仕様ではないからそこまで重い列車を入れることは出来ない。正確な数字はこれから出すのだろうが、阪神大震災の経験から考えると9両が限界なのではないだろうか?となると、輸送力は単純に3分の1だ」
    と、厳しい想定を話しました。
     また、引っ張る機関車についても懸案があって、
    「その上、山陽線は全線電化されているから電気機関車で良かったのだが、伯備線回りになると山陰線の途中までしか電化されていない。その先はディーゼル機関車で引っ張らなければならないのだが、これをどう調達するのか?阪神大震災当時は寝台特急用などにディーゼル機関車が使われていたが、今はディーゼル機関車があまりない。北海道や九州といったディーゼル機関車が使われているところから持ってくるしかないのではないか?」
    と危機感をあらわにしました。

     この辺りはJR貨物のテクニカルな話ではありますが、10月の山陽線全線復旧を待つことなく一刻も早く輸送路を開こうという心意気を感じます。
     思えば、東日本大震災発災後、被災地で絶望的に足らなくなったガソリンを輸送しようと、ガソリン輸送の特別列車を仕立てたことがありました。一旦日本海側に出してから、ローカル線を通って太平洋側の各所に入る作戦で、一つ一つの橋、カーブ、線路の耐荷重を調べてガソリンを被災地に供給していきました。
     今回もその心意気で迂回路線を開拓するようです。普段はあまり顧みられない鉄道貨物輸送ですが、まさに日本経済の縁の下の力持ちを担っています。これを機会に、その役割を少しでも分かっていただければ幸いです。
書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

■Twitter
「飯田浩司そこまで言うか!」

■会員制ファンクラブ(CAMPFIREファンクラブ)
「飯田浩司そこまで言うか!ONLINE」

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