憲法改正手続きを確定させる国民投票法改正をめぐって、日本維新の会が怒っています。そもそも、この法改正の先頭を走っていたのが維新の会でした。何しろ、去年の通常国会中の5月の半ばに維新の会単独で改正案を提出していましたから、足かけ10か月もこの問題に取り組んできたことになります。
『維新が単独で国民投票法改正案・選挙制度改革案提出』(テレビ朝日 13年5月16日)http://bit.ly/1doQwCN
この時の法案のポイントは、①国民投票の年齢規定を18歳以上とする②公務員の純粋な意見表明は認める(勧誘活動は認めない)というところでした。この内容は自民党の主張とほとんど同じなので、当時、維新と自民は前向きに協議を模索していました。その後、参院選を経て9月になると、自民党は方針を転換。参院選大勝によって野党への配慮はさほど必要ないという意見が大勢を占めるようになり、自公の与党で改正案を提出する方向に舵を切ります。
『自民、国民投票法改正案を公明と提出へ 維新重視から転換』(産経新聞 13年9月8日)http://on-msn.com/1doTirK
この欄でも何度かお伝えしてきたように、維新としては自公の仲に割って入ろうというのが戦略でした。それゆえ、公明側の巻き返しに内心面白くなかったわけですが、年をまたいで2月初めにこの自公案への賛同を決めました。
『国民投票法改正案、維新も共同提出へ』(日本経済新聞 2月5日)http://s.nikkei.com/1doUj33
ここで、先ほど挙げたポイント①の年齢規定を20歳にすることを呑みました。ポイント②の公務員に関する規定は残っているので、維新としては何とか乗れるものだったからです。しかし、今月に入ってから急転直下、自公は民主党にも声をかけました。
『国民投票法:改正案、自公民が大筋合意 今国会で提出へ』(毎日新聞 3月14日)http://bit.ly/1doVAqR
<自民、公明、民主の3党は14日、憲法改正手続きを定めた国民投票法改正案について実務者協議を行い、大筋合意した。公務員の政治的行為を巡り、公務員による組織的な賛否の勧誘や署名運動を禁じる規定を削除する民主の要求を与党側が受け入れた。>
大阪で官公労と厳しく対峙することが立ち上げのきっかけにもなった維新の会にとっては、このポイント②まで否定されると、存在意義まで問われることになるわけです。当然、反発しました。
『国民投票法改正案、自公民合意に維新反発』(産経新聞 3月18日)http://on-msn.com/1eksLzr
民主党の案まで呑めば維新が反発するのは火を見るよりも明らかだったのに、なぜ自民党は民主党にまで声をかけたのか?憲法改正までつながる重要な法案なので、みんな、結い、生活などにも声を掛け、超党派で成立を期すというのが建前ですが、そこには維新の足元を見る自民党の姿勢も見えてきます。
キーとなるのは、今週末に行われる出直し大阪市長選。これが盛り上がりに欠けるものであるというのが永田町にまで伝わってきているんですね。投票日の23日は、三連休の最終日。しかも、すでに春休みに入っていて行楽にはいい並びです。その上、当日大阪地方の天気予報は晴れ時々曇り。最高気温17度という絶好の行楽日和。投票率も低迷が避けられません。しかし、それと自民党の動きがどうリンクするのか?政界関係者はこう謎解きしてくれました。
「おそらく橋下氏は当選するだろうが、投票率も低迷し、得票率も前回の市長選以下ということになれば、これは維新の退潮が数字で出てしまう。こうなれば、橋下氏の求心力は大幅に低下するだろう。そうでなくても、大阪市議会はもとより、大阪府議会でも過半数を割っている。その上、選挙期間中にまた府議が一人、維新を離脱した。維新は橋下氏が再選されれば、府議会に法定協の委員を入れ替える議案を提出し、都構想を進める考え。しかし、可決には他会派から3人以上の賛同が必要。過半数確保ができなければ委員入れ替えは実現せず、橋下氏が出直し選に踏み切ったことに批判が高まる可能性もある」
大阪維新としては、橋下氏の求心力・集票力を見せつけることで、離党した議員を引き戻し、離党を考えている議員をつなぎとめる戦略だったが、これが裏目にでる可能性があるということです。そうなれば、今度は自民・民主といった大阪市議会、府議会の野党が市長・府知事不信任を突き付ける可能性もあるとか。ここで不信任を受け入れれば解職され、仮に議会解散に打って出れば、集票力の落ちた維新は壊滅的敗北に...。結果、大阪都構想は行き詰まり、橋下・松井コンビは窮地に陥る...。
自民党はそこまで見越して、維新と距離を置くように舵を切ったようです。また、もう一人、これを見越して動き出した人がいます。
『維新・石原代表が原子力協定に賛成表明 大阪系「出て行け」と反発』(産経新聞 3月6日)http://on-msn.com/1ekyRQp
その後石原氏は党の方針に従うと矛を収めましたが、これも老獪な氏が党内の反応を見たジャブとみることもできます。特に橋下氏の集票力で選挙を勝って来た大阪系の一年生議員は、大阪市長選後に同じ反応が出来るのか?今度は石原氏の集票力に頼り、維新は割れるのか?いずれにせよ、野党再編はこのような消極的な形で動き出すのかもしれません。
東日本大震災から3年。あの1000年に一度の大津波からどのように立ち直るか、様々な議論が続いています。特に、海岸線をぐるりと囲む防潮堤の計画に対しては、地元の住民からも反対があります。政府は防潮堤の整備一辺倒だったんですが、最近は安倍総理も国会答弁で、柔軟な姿勢を見せています。
『首相「景観も重要」 巨大防潮堤見直しも』(日本経済新聞 3月10日)http://s.nikkei.com/1i2wx17
<安倍晋三首相は10日午前の参院予算委員会で、東日本大震災の被災地での巨大な防潮堤の建設計画について「景観も重要で、被災直後から住民の意識も変わってきた。今後、見直しを自治体と相談しながらやっていく必要がある」と表明した。景観や漁業への悪影響など住民らの懸念を踏まえ、自治体と協議して見直す可能性を示した。>
防潮堤を作れば、土木作業の需要は生み出せてもますが、それは一時的なもの。陸地から海が全く見えなくなれば、今まで売りにしていた「景観」がなくなり、観光客は来なくなる。そう考えると、防潮堤を作るよりも地震が来たら逃げるという文化の継承こそが大事なのではないか?と言われています。
しかし、そこでまた、「記憶の継承」という難問が立ちはだかるわけです。この東日本大震災はスマホや携帯といったものを使って、動画記録が膨大な数残る初めての災害となりました。こういったデジタルアーカイブスを使えば、今までとは違って相当な伝承が可能ではないかと様々な試みがなされています。国立国会図書館が運営する、東日本大震災に関するあらゆる記録・教訓を次の世代へ伝えることを目的としたポータルサイト、『ひなぎく』が代表的です。
『ひなぎく』http://kn.ndl.go.jp/
とはいえ、動画や画像ではともすればヴァーチャルなものと受け取られかねません。津波の圧倒的な被害の規模を実感してもらうために手触りのあるもの、震災遺構を残そうという動きもあります。が、一方で地震を思い出したくないという気持ちもあり、震災遺構の保存については各地で意見が分かれています。宮古の「たろう観光ホテル」や陸前高田の「奇跡の一本松」など3市8件の保存が決定。大船渡の「茶々丸パークの時計塔」や大槌の「旧役場庁舎」など5市町村8件が保存の方向で検討。一方、女川の「江島共済会館」や南三陸の「防災対策庁舎」など2町3件は解体が決定。また仙台、岩沼、山元、浪江の4市町5件は対応が決まっていないそうです。
『保存意向も維持費厳しく 国の新方針で解体できず』(産経新聞 3月7日)http://on-msn.com/1dLptF2
また、すでに解体されてしまったものも多数あります。気仙沼市街地には津波によって漁船・第18共徳丸が打ち上げられていました。この共徳丸を、気仙沼市は津波の脅威を伝える『震災遺構』として保存しようとしましたが、「見たくない」という住民の声が多く、去年解体されました。これに関して、気仙沼の仮設店舗で飲食店を営む女性に取材をすると、興味深い話を聞けました。漁船の解体以降、客足が半減してしまったというのです。皮肉なことに、震災遺構が結果として被災地に観光客を引きつけるシンボルのように作用していた例もあるわけですね。
地震の記憶をどう保存するべきか...この問題についてヒントを探ろうと、1995年に発生した「阪神・淡路大震災」の記憶と教訓を伝えるために作られた、神戸にある『人と防災未来センター』に伺いました。
センターを見学すると、最初に「1.17シアター」という、地震発生を再現した7分間の映像を見ることができます。大きな音と光で地震の大きさを表現しています。シアターを出ると、震災直後の街並みを実物大で再現したジオラマ、震災での人々と町の様子を再現したドラマを見て、その後は震災の資料や教訓の展示に進みます。私はこの「1.17シアター」を体験して、正直その迫力に圧倒されました。それゆえ、震災を体験した神戸の方々にとってはつらい記憶を呼び覚ますことにならないのか?抗議などは来なかったのか?疑問が様々に浮かんできました。見学後話を伺った、『人と防災未来センター』の広報・松村嘉奈子さんは、
「恐がらせるための物だと取られると困るんですが、当時はそう取られる方もいた。しかし、こうした都市災害の中では大規模なものだったので、こうしたことが起こり得るのだということを知ってもらうためには必要なものだと訴え続けた。賛否両論であったのは確か。ただ、抗議はだんだんと減っていった。」
今は、阪神大震災をリアルタイムでは体験していない修学旅行生が数多く訪れるそうですが、東日本大震災以降は特に、災害の様子がより立体感を持って伝わっている実感があるそうで、こうした展示をクレームを乗り越えて残してきたことに意味があるとおっしゃっていました。
この『人と防災未来センター』に集められている震災関連の資料は16万点~18万点。その中には、地震の後に起こった火災で燃えてしまった自宅の瓦であるとか、溶けてしまった一円硬貨など、19年経っても生々しく当時を伝えるものが数多くあります。そうした資料は、展示の方法などを考えず、とにかく集めたそうです。というのも、震災の記憶が生々しいうちは「忘れたい」という気持ちが先行しますが、時が経つにつれ、だんだんと「この経験を生かしてほしい」という気持ちに変わって行くそうで、それゆえ被災地から視察に来た人には、「とりあえず取っておく」というのも選択肢ですよとアドバイスするそうです。つまりは保留を勧めるというわけですね。
これだけデジタルアーカイブスが充実しているわけですから、震災遺構とアーカイブスの組み合わせでより立体的に記憶を継承できる可能性があります。それゆえ私は残せる遺構は残した方がいいという立場です。しかし、今はまだ動き出すべきタイミングではない。復興がもう少し進んだ時に、議論の機が熟すでしょう。議論をするときに、少しでも多くの選択肢が残っているように、拙速に結論を出さず、保留にすることも必要なのではないでしょうか。
先日、このブログで建設現場などでは若い人への技術継承が上手くいかず、人手不足が深刻化していると書きました。これについて、先月末、東京商工会議所が発表した中小企業を対象にしたアンケート調査でもそれが浮き彫りになりました。
『中小企業の経営課題に関するアンケート』(東京商工会議所 中小企業委員会)http://www.tokyo-cci.or.jp/file.jsp?id=30705
不足している人材の分野について、製造業の76%が『現場・作業』と答え、製造業でも38%、およそ4割が現場で作業する人材の不足を感じています。よく耳にする言葉ですが、間違いなく日本の産業を支えているのは中小企業です。痛くない注射針で有名な岡野工業の岡野雅行社長も、講演などでことあるごとに、
「大企業っていうのは組立屋で、中小企業とか町工場っていうのはノウハウの固まりなんだ」
と話しています。しかしながら、そのノウハウの固まりである中小企業が今、後継者不足に悩んでいる。蓄積したノウハウが消えてしまう危機に直面しています。そして、その中でも、日本の将来を左右するほど深刻なのが、防衛産業に携わる企業です。
防衛装備品というと、武器輸出解禁でも話題の艦艇や飛行艇、戦車といった大きなものが想像されますが、実際にはそういった大掛かりな目立つものの他に、戦闘服や小銃といった小さなものまでさまざまな種類があります。また、製造だけでなく、メンテナンスも含めて、日本の自衛隊は民間の力に多くを頼っています。それゆえ、技術継承が滞ることがそのまま防衛力を左右しかねません。先日、陸上自衛隊の調達担当者に話を聞きに行くと、まず2つの円グラフを見せられました。それが、アメリカ陸軍と陸上自衛隊の戦闘部隊と兵站部隊の構成比率のイメージ図。アメリカ陸軍の場合は戦闘部隊と兵站部門の割合がざっと4対6。一方、陸上自衛隊の場合は戦闘部隊が6割~7割を占め、兵站部隊は3~4割に過ぎません。なぜこんなに違いが出るのかというと、考え方の違い、国民性の違いもありますが、もちろん予算の面での制約が大きいとのことです。そして、その足らない分を防衛関係企業に依存しているわけで、この担当者は、「ただの取引先だなんてとんでもない。ともに国を守るパートナーであり、手を取り合って支えあう戦友ですよ」と真顔で答えました。この『戦友』が今、冗談ではなく危機に瀕している。たとえば、こんなニュースがありました。
『防衛省ヘリ発注訴訟、富士重工が敗訴 東京地裁』(3月1日 朝日新聞)http://bit.ly/1kxE0IT
<防衛省から発注を受けるはずだったヘリコプター62機が10機に減らされ、米メーカーに支払ったライセンス料などの初期投資を回収できなくなったとして、富士重工業(本社・東京)が国に約350億円の支払いを求めた訴訟で、東京地裁(松井英隆裁判長)は28日、請求を棄却した。
(中略)
富士重側はこうした初期投資を分割し、1機ごとの代金に上乗せして回収する予定だったが、防衛省が調達方針を変更。07年度までの計10機だけで打ち切られ、「初期投資は防衛省側が全額負担するという合意があった」と訴えていた。>
これは、見通しが甘い企業側のミスと片づけがちですが、そうではありません。防衛省も含め、日本の官公庁は5年を超える長期予算を組むことはほぼありません。それは、このアパッチのような大掛かりな装備品であっても同じです。それゆえ、企業側は予算に計上されるよりも何年も前から研究開発費を自腹で出しているわけです。
なぜそんなことが可能なのか?そこには各企業の『心意気』の存在が大きいと、その陸自の調達担当者は申し訳なさそうに明かしてくれました。
「聞き取りをすると申し訳ないような気持になるんです。生産ラインを維持するのがやっとといった厳しい状況の中でも生産を引き受けるのは、国の防衛に少しでも寄与しているという誇りであり、社員は皆同じ思いだ!と話す方がいたり、我々は青い服(某企業の作業着の色)を着た自衛官なんだという自覚を持てと、後輩技術者に言い聞かせている方までいるんです」
各社、売り上げに占める防衛装備関連の比率は1%~3%。社内でも肩身の狭い思いをしながら、それでも誇りを胸に歯を食いしばって仕事をする。
物語としては美しい話ですが、現実には非常に厳しい。民間企業は当然利益を追求しなくてはいけませんし、そんな不採算部門には後継となる新人もおいそれとは入ってきませんからね。
さて、そんな企業の台所事情を知っていながら、なぜ防衛省側もこんな仕打ちをしてしまうのか?そこにはお役所仕事の悲しさが満ちていました。防衛省側の調達計画は、10年先を見通す防衛大綱、それを受け5年ごとに改定される中期防衛計画に基づいて立てられます。とはいえ、そこで決められるのは計画だけ。予算については、毎年毎年財務省と折衝しなくてはなりません。景気の良い時には税収も伸び、その分予算は付きやすいのですが、ここ20年の不景気で予算は減少傾向。それゆえ、計画には盛り込まれていても予算の手当てが出来なくなってしまうものがどうしても出てきてしまうそうです。さらに、近年は個々の装備品が高性能化、ネットワーク化されるに伴い高額化が著しく、その分調達数が限られてしまうとのこと。
「毎年予算が限られているのに、100億円とも言われるティルトローター機(※)の購入が政治的に決定されてしまうと本当に辛い...。どう台所を切り盛りするか、頭を抱えますよね」
調達する陸自側も、ない袖は振れぬという悲しさを抱えているようです。調達期間が短いうえに、一般競争入札が原則で、企業としては先行きが見通せない状態。その影響はすでに現場に現れていて、この20年で事業撤退を余儀なくされた会社が150社以上、倒産してしまった会社も40社以上あるそうす。こうなると継承されてきた技術が一瞬で消えてしまうことになります。
そもそも、一般競争入札という一番安い金額を入札した会社が落札する方式では、高い品質を保証できません。それより、多少品質が劣っても安い金額で作った方が儲かるからです。今のところは品質の高さを『心意気』で担保していますが、これは先の見えない消耗戦。いずれ破たんするときが来てしまいます。その時、我々は安い中国製の武器を買うとでも言うのでしょうか?こんなこと、今は「極論だよ」と笑い飛ばすことができます。しかし、20年後に同じことが言えると断言できますか?取材をしている間、陸自の調達担当者の目は一度も笑いませんでした。現場は、事の深刻さをひしひしと感じています。
(※)垂直離着陸機のうち、ローター(プロペラに似た回転翼)を、機体に対して傾けて(ティルトして)離着陸する機体のこと。MV-22オスプレイなどがある。
東急東横線元住吉駅での追突事故の記憶がまだ鮮明な中、また週末に鉄道事故が起こりました。
『京浜東北線の回送電車が脱線、横転...JR川崎駅』(2月23日 読売新聞)http://bit.ly/1kbFiJm
第一報のレベルで、なぜ閉塞が効いていなかったのか?と疑問がわきました。先週も書きましたが、鉄道は基本的に線路を細切れに分けて、各ゾーンには1編成しか入れないように管理します。工事車両が入っているのなら後続電車はそのゾーンに入れないように、直前の信号が「赤」になっているハズなんですが...。それに、京浜東北線は東横線と同じATC(自動列車制御装置)を採用しているので、ゾーン手前で強制的に停止するようにできているハズなんですが...。これらの疑問についてJR東日本は即座に会見を開き、説明しました。
『京浜東北線横転:JR東日本が会見 手順無視し「間違って進入」』(2月23日 神奈川新聞)http://bit.ly/1kbHctw
この会見によると、作業用車両のような小さな車両の場合、システム上位置が検知されないのでATCによる自動停止は不可能であったそうです。そのため、運輸指令にその都度連絡して、ゾーンを「閉鎖手続き」をしなければならないが、それを怠ったことが事故原因と結論付けています。オペレーターは事故直前に退避したと書かれていますが、それ以外にも作業に携わっている人間はたくさんいたはずです。その中の一人でも、なぜ後続列車に作業車の存在を知らせる行動ができなかったのか?発煙筒でもいい、駅構内なのでホームにある列車自動停止装置でもいい。なぜ出来なかったのかがまず、残念でなりません。
そして、この会見では一つ不思議なことが言われていました。JR東日本の聞き取り調査に対して、ゾーンの閉鎖を行う担当者は<北行(東京方面)の閉鎖手続きのために運行状況を確認しているさなかに事故が起きた>と言い、工事管理者も<作業開始の指示は出していない>と話しているということです。ということは、もちろん調査中なので断言はしていませんが、作業用車両のオペレーターの独断で北行の線路に進入し、結果事故が起きたと言っているも同然です。鉄道というシステムは膨大な人の手がかかって電車が走っています。それゆえ、何をするにもチェック・ダブルチェックが必ず手続きの中に入っています。指示があり、それを復唱したうえで声に出して指さし確認をし、一つ一つの作業を進めていく。したがって、オペレーターが独断で動かすなんてことは俄かには信じられないわけですね。
実際に保線に関わる人に取材しても、やはり同じような意見でした。JR東日本の工事の場合、通常工事の3日前に当日の全ダイヤがプリントされたFAXダイヤが手元に来て、作業時間の検討が行われます。当日は、JR東日本の研修を受けて合格した「列車見張り員」がそのFAXダイヤと、列車の接近を知らせる無線機を携帯し、回送電車をやり過ごした後に閉塞作業(信号を赤にする)に着手し、架線の電気も切り、現場監督と列車見張り員のダブルチェックで確認した後、ようやく作業を開始するそうです。事故直後の会見であったようなオペレーターの独断なんて、「信じられない...」と口を揃えました。
しかしながら、新聞、テレビといった大手メディアは「オペレーター単独ミス」でそろって報道。警察リーク情報で追い打ちをかけます。
『工事車両運転手「時間を間違えた」 京浜東北線脱線事故』(2月24日 朝日新聞)http://bit.ly/1fWae9p
警察リークをそのまま報道することの危険性については様々なところで言われていますが、清水潔さんの『遺言―桶川ストーカー殺人事件の真相』、『殺人犯はそこにいる』という一連の著作に詳しく取り上げられています。この朝日の記事も、捜査関係者が明らかにしたというオペレーターの話を載せている一方、工事管理者らの話はよく見るとJR東日本の調べをもとに書いています。まだ調査中の事故であるのに、まるでオペレーターの責任のような印象に誘導する記事。報道の常道として、両論を併記するべきではないのでしょうか?
さすがに、オペレーターを派遣した会社、恵比寿機工が自社のホームページ上で反論しました。アクセスが殺到したため、現在はホームページ上からは削除されていますが、書いてあった内容は、私が取材した保線関係者の見方とほとんど一緒でした。以下、一部を引き写します。
<(前略)鉄道工事関係者の中では明白な事ですが、軌道工事において下請け作業員が単独で重機を入線させることは不可能です。
川崎駅改築工事の重機入線ルールでは、
(1) 線路閉鎖責任者 - 元請け企業
(2) 現場管理者および工事管理者 - 元請け企業
(3) 重機安全指揮者 - 警備会社
(4) 重機オペレーター - 弊社
という順に入線許可の連絡が下りて来る手順となっておりました。
しかし、報道では(3)重機安全指揮者の指示の有無に関して一切触れられておらず弊社(4)重機オペレーターの行動が原因とされています。
そもそも(4)重機オペレーターが(3)重機安全指揮者の指示なく入線することは、(4)重機オペレーターの命に係わる行為となるためどのような状況であっても起こりえません。
事故当日に、弊社(4)重機オペレーターが(3)重機安全指揮者からの指示を受け軌道へ入線した事は複数人の証言より明らかです。(後略)>
現場の見方をなぜメディアは報じないのか?取材していないのか?取材しても何人もの手が入って落とされるのか?事故原因については、国の運輸安全委員会や神奈川県警の事故調査を待ちたいと思いますが、大手メディアには冷静な報道を期待したいものです。
先週末の大雪の影響で、首都圏の交通機関はほとんどマヒ状態に陥るぐらい影響を受けました。多くの人が自嘲気味に「東京は雪に弱いなぁ...」とため息をついた週末だったわけですが、その中でも象徴的だったのが、東急東横線元住吉駅での列車追突事故でした。
『東急東横線で電車追突、18人けが 元住吉駅』(2月15日 日本経済新聞)http://s.nikkei.com/1mqw3a6
後続列車が雪の中止まりきれずに先行列車に追突してしまったという事故。世界一安全だと言われていた日本の鉄道が、事故を起こすまでに雪に弱かったと衝撃を受けた人も多かったと思います。私も、鉄道ファンとして非常に衝撃を受けました。というのも、事故が起きたのが何重にも安全対策をしている大手私鉄、東急東横線だったからです。
まず思ったのは、ATC(自動列車制御装置)が作動しなかったのかどうか?ということ。ATCとは、線路を一定の区間に分け、1つの区間には原則的に電車は1本しか入れないという仕組みです。レールに流れている微弱な電流がこの区間に電車が在線していることを検知すると、後続電車はその区間に進入できません。そして、前を走る列車のいる区間の直前の区間なら何キロ、2つ手前なら何キロと運転台にある車内信号で細かく指示することで安全を担保するしています。事故直後、産経新聞がこんな疑問を呈していました。
『ATCはなぜ機能しなかったのか ダイヤの乱れで運転士が解除か』(2月15日)http://on-msn.com/1mqwv87
私もひょっとしたらあり得るのかなと思い、運転士さんや経験者、会社も違う複数の方々に確認してみました。すると、皆さん口々に、「ATCを独断で解除するなんてありえないし、できない」と話しました。鉄道に関わるものの常識として、ATCやATS(自動列車停止装置)といった安全装置を解除するというのは究極の非常事態であり、万が一解除する場合には、運輸指令に特別な承認をもらい、最徐行で動かすのが原則と声を揃えました。会社によりますが、ほとんどの電車の運転台にはスイッチにカバーが付いていて、おいそれと解除することはできないそうです。ましてや営業運転中の解除は考えられないとのこと。
案の定、これに関して東急は直後の会見で、正常に作動していたと発表しました。
『大雪によるブレーキ力低下が原因 東急見解 直前にもオーバーラン10件』(2月16日 産経新聞)http://on-msn.com/NS9I67
さて、この会見で疑問に感じたのは、時速80キロで600m手前を走行していた後続列車が、そこからブレーキをかけても止まれず、時速40キロで衝突したという事実です。事故の起こった元住吉駅の一駅手前、武蔵小杉駅との距離はたった1.3キロ。その武蔵小杉駅では止まれていた列車が、武蔵小杉を出発してわずか700mで突如としてブレーキが効かなくなるものなのか?と思いましたが、「これもあり得る」というのが、現場の意見でした。ただし、報道にあるように雪が詰まったわけではなく、氷となって挟まったのでは?という指摘もありました。氷点下近い気温の中を風を切って走る電車を考えると、ふわふわの雪が挟まったというよりは、硬い氷の塊がブレーキ付近のどこかで成長し、それが飛ばされて挟まったのではないか?とのこと。こうなると、たしかに今まで効いていたブレーキが突然効かなくなるわけですね。そして、ブレーキ自体は摩擦で熱を持っているので、現場で確認した時には溶けてなくなり証拠は一切残らない...。まるでサスペンスのような話ですが、雪やみぞれの天気の時に急にブレーキが効かなくなり、何とか止めて確認すると何もなかった...。というような経験は実際にあるそうです。
一方、会見を受けてメディア各社は大雪の中徐行も命じなかった運輸指令を批判する記事を掲載しました。
『東横線:14日にオーバーラン10件 徐行運転命じず』(2月16日 毎日新聞)http://bit.ly/1mqAYHS
しかし、現場からすると、豪雪地帯ならいざしらず首都圏の電車で雪の日の運転規制をかけるというのはあまり聞いたことがないそうです。もちろん、運転士としては雪で滑ることを前提に長めのブレーキ距離が求められるわけですが、あの時間帯通常でも3分~7分おきに列車が走る過密ダイヤ。長めのブレーキ距離にも限度があります。結局、これだけ降るとは指令も想定していなかったということになりますね。
ではなぜ、他の会社は規制をかけていた中、東急東横線はかけていなかったのか?それには、線形の違いが大きいと私は思います。事故現場の元住吉駅付近の東横線は2006年に高架化工事が完成し、一切の踏切がなくなりました。当日10件、あるいは11件発生したといわれるオーバーランについても、「距離が短く、誤差の可能性もある」として対応策をとらなかったのも、オーバーランしても高架の専用線を走っているから問題ないと判断した可能性もあります。また、他社からの振り替え輸送の委託も受けていたとなれば、その責任感から規制をかけるのを躊躇したのではないか?脳裏に、東日本大震災当日の帰宅難民の姿が浮かんだとしても、それを責めることができるでしょうか?
もちろん、これだけの事故を起こしてしまった以上、原因を究明して責任を追及することは必要でしょう。国交省筋に取材すると、詳細は運輸安全委員会により調査中でなかなか情報が出てこないんですが、とりあえずブレーキの点検と、積雪がある一定の値を越えたら(積雪150mm、200mmの2段階を想定)速度規制を発動させるように今後の運用を改めるということが漏れ聞こえてきました。現場の責任について明確な答えは得られなかったんですが、果たして今回の一件を「利用者を帰宅難民にしたくない。寒空の下でなく家に帰してあげたい」と願った現場の責任に帰してしまうのは正しいことでしょうか?「動かせ!」というプレッシャーに惑わされずに、現場が安全サイドで判断が出来るような環境を整備することが、最良の再発防止策ではないでしょうか?私はそう思います。
1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。
■出演番組
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・「飯田浩司のOK!COZY UP!」
≪過去≫
・「ザ・ボイス そこまで言うか」
・「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」
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