• 2015年04月15日

    日本は生産性が低い?

    「日本は生産性が低い」

     このフレーズを新聞紙上でよく見かけます。テレビのニュースでもよく出てきます。
     「生産性が低い」からデフレからもなかなか脱却できずにいる。「構造改革」を行って「生産性」を向上させればデフレから脱却できる!
     大体そんなようなことが書かれています。今日の記事でもそうでした。

    『OECD「構造改革の強化が必要」 対日経済審査報告 女性の労働参加増加や外国人の活用など提言』(4月15日 日本経済新聞)http://goo.gl/F2hunm
    <経済協力開発機構(OECD)は15日、グリア事務総長の来日に合わせ、日本の経済政策に対する提言をまとめた対日経済審査報告書を発表した。
    (中略)
    生産性を高めるためコーポレートガバナンス(企業統治)の高度化や起業環境の改善も促しており、「アベノミクスを成功させるには(金融政策と財政政策、成長戦略の)3本の矢すべてを着実に実施することが必要」との見方を示した。>

     ご覧のとおり、日本の生産性が低いのはもう前提で、その根拠については説明もされません。そして、この「生産性」を改善させなくてはアベノミクスは成功しない、デフレからの脱却もないそうなんです。

     しかし、生産性が一体どんな指標なのか?何となくのイメージはあっても、正確に把握している人はすくないんじゃないでしょうか?そこで、調べてみました。餅は餅屋ということで、公益社団法人日本生産性本部というところが、日本の生産性の動向について毎年レポートを出しています。

    『労働生産性の国際比較』(日本生産性本部HP)http://goo.gl/3eZsR

     現在のところ最新版は2014年度版ということになるんですが、その中で労働生産性とは、「GDP÷就業者数」で表されています。その数値を上から並べると、1位ルクセンブルク、2位ノルウェー、3位アメリカという順番で、日本は22位なんだそうです。
    たしかに、数値はOECD平均より低く、22位という順位もGDP世界3位の経済大国にしては低いといえるかもしれません。

     しかし、ランキングを見ると不思議なことがわかります。8位にイタリア、13位にスペイン、18位にギリシャと、ちょっと前に欧州経済危機の主役だった国々が日本よりも上位にランクインしています。ちょっと失礼ですが、これらの国々と比べて日本の生産性が低いと言われてもピンときませんよね。それに、だからと言って問題なのか?日本の方がずっと失業率は低いし、給料は高いはずです。

     ここに、生産性礼賛の問題点があるのです。もう一度、生産性算出の式を見てみましょう。

    「労働生産性=GDP÷就業者数」

     ということは、労働生産性を高めるためには手段は2つあるんですね。一つはもちろん、GDPを増やすこと。分子を大きくすれば当然数値は良くなる。これが王道というものです。
     ところがもう一つ、分子の就業者数が少なくなると、こちらも労働生産性が高まってしまうんですね。今挙げたイタリア、スペイン、ギリシャ、さらに4位のアイルランドや7位のフランスも失業率は高止まりしています。当然、就業者数は少なくなっていきますから、それが労働生産性を高めることになってしまうんですね。皮肉なもんです。

     また、1位のルクセンブルクの分析には、
    <ルクセンブルクは鉄鋼業のほか、ヨーロッパでも有数の金融センターがあることで知られ、GDPの半分近くが金融業や不動産業、鉄鋼業などによって生み出されている。法人税率などを低く抑えることで、数多くのグローバル企業の誘致にも成功している。こうした労働生産性の高い分野に就業者の3割近くが集中していることもあり、国レベルでみても労働生産性が極めて高い水準になっている。>
    と、書かれています。

     要するに、金融や不動産といった一人で大金を稼ぎ出すような業種が中心の国は労働生産性が高くなる傾向がある。また、税制優遇などで大企業の登記上の本社を誘致すれば、実際に働いている人は最小限で大変な利益が計上されるので、こちらも労働生産性が高くなる。これを踏まえてみてみれば、1位のルクセンブルクのみならず、4位アイルランド、5位ベルギー、6位スイス、10位オーストリアはこういった金融立国、税制優遇の国々であることが分かります。

     さらに、人手を使わず大金を稼ぎ出せる業種といえば、天然資源。油田、ガス田などは一度掘り当てれば少数の技術者がいればいい。当然、労働生産性が高まります。北海油田を抱える2位ノルウェー、シェールガスの3位アメリカ、鉄鉱石の9位オーストラリア。これらの国々は天然資源があるから労働生産性が高いと説明ができるわけです。

     まとめると、労働生産性世界ランキング10位以内の国々は3つに分類できそうです。

    ・1つは、就業者数が減っている=失業率が高い国。
    ・次に、金融立国、税制優遇を行っている国。
    ・そして、天然資源が豊富にある国。

     では、日本はどうか?日本は、天然資源はない。金融よりは製造業やサービス業が中心。そして、アベノミクスによって就業者数は増えている。3つすべて当てはまりません。しかしこれは、国の稼ぎ方の違いですから仕方がありません。無理矢理金融立国にするのは、これだけの労働人口を抱えていますから現実的ではありません。過度の税制優遇は世界的に縮小する方向に向かっています。天然資源はありません。だからといって、就業者を減らすんでしょうか?それで労働生産性が高まって一体誰が喜ぶというんでしょうか?

     労働生産性は一つの指標であって、この数字を高めることを政策の目標にするのは危ないと思うんです。さらに言えば、「日本は生産性が低い。だからダメなんだ」というのは刷り込み、思い込みに過ぎないのではないでしょうか。思い込みを前提にした改革は、怪しいと思わなくてはいけません。
  • 2015年04月06日

    沖縄の米軍基地負担を数字で表すと?

     アメリカ軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設に向けて、先週末、菅官房長官と翁長沖縄県知事の会談が行われました。

    『菅官房長官と翁長知事 初会談は平行線に』(4月5日 NHK)http://goo.gl/6FDBFI
    <沖縄のアメリカ軍普天間基地の移設計画を巡り、政府と沖縄県の対立が深まるなか、菅官房長官と沖縄県の翁長知事が初めて会談しました。菅官房長官が、普天間基地の危険性の除去に向けて計画への理解を求めたのに対し、翁長知事は計画の断念を求め、会談は平行線に終わりました。>

     会談前から菅官房長官は、一度の会談だけで物事がいきなり進むことは考えづらいと語っていた通り、会談は平行線に終わったようです。しかし、今後も話し合いを続けようということでは一致したとのことで、一歩前進と評価する新聞がある一方、対立は深まったという意見もあります。

     会談では、いくつかの数字が紹介されて、沖縄の基地負担などの課題が論じられました。まず、「約74%」という数字です。

    『翁長知事と菅官房長官の会談 冒頭発言の全文』(4月6日 沖縄タイムス)http://goo.gl/XClLez
    <菅官房長官:政府としては国土面積の1%に満たない沖縄県に約74%の米軍基地が集中していることについて、沖縄県民に大きなご負担をお願いしていることについて重く受け止めている。>
    <翁長知事:沖縄は全国の面積のたった0・6%に74%の米軍専用施設が置かれ、まさしく戦後70年間、日本の安全保障を支えてきた自負もありますし、無念さもあることはあるんですよね。>

     翁長知事が正確に言っているんですが、沖縄は全国の面積の0.6%に、アメリカ軍の「専用」施設のうちの74%が置かれています。この、「専用」施設というのがクセもので、自衛隊との共用施設はこの数字には入って来ません。では、どんなところが共用施設かというと、防衛省がその一覧を出しています。

    『米軍と自衛隊が共同使用している防衛施設』(防衛省HP)http://goo.gl/hiCu0k

     ちょっと小さな字で見づらいんですが、よくよく見ていくと、米軍にとって重要な施設は共用施設に置かれています。たとえば、在日米軍司令部と第5空軍司令部が置かれている横田飛行場、アメリカ海軍第7艦隊の司令部が置かれている横須賀海軍施設、在日アメリカ陸軍司令部が置かれているキャンプ座間、空母艦載機を受け入れる厚木海軍飛行場、海兵隊航空部隊が常駐する岩国飛行場、第7艦隊の一部が駐留する佐世保海軍施設などが、共用施設の中に入っているのです。ということは、先に挙げた「74%」の母数にはこれらの基地は入っていないということになります。今挙げた施設は、誰しもが本土のアメリカ軍基地と言われれば名前を挙げるメジャーな基地。「74%」と言われると沖縄の圧倒的な負担感がある気がしますが、実際にこれらの基地が数字の中に入っていないと言われるとちょっと違和感がありますよね。

     では、これら共用の基地も含めた全体に対しての割合はどうかというと、これ、実は沖縄県の資料にもしっかり書き込まれています。

    『沖縄の米軍及び自衛隊基地(統計資料集)平成26年3月』(沖縄県HP)http://goo.gl/vwMSEB

    <(オ)米軍施設・区域の全国比
    全国の米 軍 施 設 ・ 区 域 :132施設 1,027,153千㎡
    本土の米 軍 施 設 ・ 区 域 :99施設  795,393千㎡
    沖縄の米 軍 施 設 ・ 区 域 :33施設  231,761千㎡
    全国に占める本県の比 率  : 25.0%  22.6%>

     ということで、全体では22.6%で北海道に次いで2番目ということになります。ただ、これは年に一度使うか使わないかという広大な演習場まですべてを含んだ数字ですから、この「約23%」という数字だけをもって沖縄だって他の都道府県と同じくらいの負担だということはできません。しかしながら、「74%」と「23%」では印象が全く違いますから、負担の軽減を議論するのであれば、まずは数字を正確に理解する必要があります。

     また、沖縄県内の基地負担軽減についても翁長知事は数字を基に政府を批判しています。

    『<翁長知事冒頭発言全文>「粛々」は上から目線』(4月6日 琉球新報)http://goo.gl/OUzv52
    <翁長知事:嘉手納以南の相当数が返されると言うんですが、一昨年に小野寺前防衛大臣が来た時に「それで、どれだけ基地は減るのか」と聞いたら、今の73・8%から73・1%にしか変わらない。0・7%だ。
     なぜかというと那覇軍港もキャンプキンザーもみんな県内移設だから。県内移設なので、普天間が4分の1の所に行こうがどうしようが、73・8%が73・1%にしか変わらない。
     官房長官の話を聞いたら全国民は「相当これは進むな」「なかなかやるじゃないか」と思うかもしれないけれど、パーセンテージで言うとそういうことだ。>

     たしかに、面積の議論で言えば73.8%から73.1%に減るに過ぎません。しかしながら、この負担軽減の問題を面積で考えるのは少し問題があります。そこには土地の利用価値、経済性が考えられていないからです。

     具体例を挙げれば、面積で考えれば沖縄県で一番広大な米軍施設は北部演習場です。先ほど参照した沖縄県が出した資料、『沖縄の米軍及び自衛隊基地(統計資料集)平成26年3月』によれば、沖縄県全体で231平方キロあまりに対して、北部演習場は78平方キロあまり。占有率は33%強となります。私も何度か沖縄に取材に行きまして、北部演習場にも行きましたが、ここは沖縄本島北部の森林地帯。山あり川あり林ありのジャングルです。

     仮にこの北部演習場が返還されたとすると3割強の負担軽減になるわけですが、面積にこだわる翁長知事にとっては、それでいいのか?返還されても使い道のないジャングルよりは、面積は小さくとも経済的メリットの大きい嘉手納以南の返還を選ぶ方が合理的な選択と言えるのではないでしょうか?73.8が73.1にしか減らないから政府は仕事をしていない、まやかしだと批判するのは、批判のための批判にすぎない気がします。

     一事が万事、今後も話し合いを続けるということであれば、現状に沿った冷静な議論を期待したいと思います。
  • 2015年04月01日

    ROEブームに疑問

     新聞の経済欄を中心に、『ROE』という指標が注目されています。日本語に直すと『自己資本利益率』というものなんですが、政府の成長戦略の中にもこのワードが使われています。

    『「日本再興戦略」改訂2014-未来への挑戦-』http://goo.gl/EEsjKe
    <コーポレートガバナンスの強化により、経営者のマインドを変革し、グローバル水準の ROE の達成等を一つの目安に、グローバル競争に打ち勝つ攻めの経営判断を後押しする仕組みを強化していくことが重要である。>

     この成長戦略自体は去年の6月下旬に閣議決定されているんですが、年度末を控えた今年3月ごろから各紙こぞってROEを言い出すようになりました。

    『日立・三菱重がROE目標』(3月17日 日本経済新聞)http://goo.gl/b3cnMD
    <資本効率を重視する経営が国内の上場企業で広がっている。日立製作所と三菱重工業は、限られた元手でどれだけ利益を稼げるかを示す自己資本利益率(ROE)を経営目標に導入する。(中略)株式市場が重視するROEを取り入れて稼ぐ力を一段と高め、日本企業の平均を上回る10%超を目指す。>

     この10%超というのが、成長戦略の言うところの「グローバル水準のROE」の目安なんだそうです。では、そもそもROEとはどういった指標か?

    『証券用語解説集 ROE』(野村証券HP)http://goo.gl/055ZHt
    <Return On Equityの略称で和訳は自己資本利益率。企業の自己資本(株主資本)に対する当期純利益の割合。
    計算式はROE=当期純利益÷自己資本またはROE=EPS(一株当たり利益)÷BPS(一株当たり純資産)。>

     もっともシンプルな計算式は、当期純利益÷自己資本でしょう。この数値を良くするためには、当期純利益を増やすか、自己資本(≒株式)を減らすかをすればいいことになります。ここで当期純利益を増やすことに注力すれば会社の健全な発展を促せるんですが、20年のデフレを引きずる我が国ではなかなか難しい。
     そうなると、自己資本を減らす方向に注力する会社が出てくることは致し方ないことです。己資本の減らし方で最も簡単なのが、自社の株を買って償却してしまう方法です。案の定、2014年度の自社株買いは猛烈な勢いで増えています。

    『14年度の自社株買い、3.3兆円=株主還元強化で7割増-上場企業』(3月24日 時事通信)http://goo.gl/RMLQAK
    <上場企業による自社株買いの総額が2014年度は約3兆2900億円に達し、前年度実績(約1兆9500億円)を約7割上回る見込みであることが24日、アイ・エヌ情報センター(東京)の調査で分かった。>

     問題はこの自社株買いの原資なんですが、これを借金で賄う例もあるようです。というのも、ちょっと専門的な話になるんですが、借金をして負債が増えても資本が圧縮できれば(自社株買いをすれば)ROEは増大するんですね。さらに、発行済み株式総数が小さくなりますから、1株あたりの利益も改善され、見かけ上は株価の上昇要因となります。

     ただ、財務状況は借金をする分当然悪化します。本来はこうした財務状況だとか本業の見通しなどを総合的に判断しなくてはいけないんですが、このところはとにかくROE、ROEとそればかりを見る記事が増えています。

     そもそも、成長戦略でROEを重視している一方で、政府は経済界にしきりに賃上げを求めています。ROE上昇のための自社株買いも、賃上げも、基本的に原資は余剰資金。さらに言えば、設備投資だって企業に余裕がなければできません。せっかくアベノミクスや消費増税延期でできた余裕も、ROEブームに踊らされることで一部株主にしか恩恵が及ばないかもしれません。

     ではなぜこんなにROEが独り歩きしているのか?あるエコノミストに話を聞くと、
    「結局、株を持っている投資家や証券会社の思惑があるんだよね。不健全だろうがなんだろうが株価さえ上がればOKという人が出てきている。ま、景気が良くなってくると、こういう流行ワードが出てくるのは世の常なんだけど...」
    と答えてくれました。

     思惑含みの市場参加者や、それを取材し代弁するマスコミは世の常として、企業経営者の立場で考えても自社株買いは魅力的に映ります。自社株買いをすることでROEが上がって株価が上がれば、株主総会を乗り切りやすくなり、株主から追及されなくなる。さらに、自分も株式を持っていれば、含み益も増大する。

     一方で、賃上げをしたり設備投資したりすると、その判断が株価にどうプラスか説明しなければならないし、その説明通り株価が上がるとも限りません。経営者の立場に対してどっちがリスクが高いかと言われれば、賃上げや設備投資の方がリスクが高いと言わざるをえません。

     ミクロの世界では、自社株買いを選ぶ経営者が増えるのは自明の理なわけです。その上、政府が成長戦略でROE上昇を推進しているわけですからね。ただ、その結果、マクロ経済的視点で見ると、個人消費はじめ内需は冷え込んだまま。日本全体でみると、景気の足を引っ張っている結果です。ROEブームもほどほどにしておかないと、副作用が大きすぎる気がします。
  • 2015年03月24日

    日本はAIIBに参加するのか?

     中国が主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)への我が国の参加を巡って、風向きが少しずつ変わってきています。先週金曜の閣議後の記者会見で、麻生財務大臣が条件付きながら参加に向けた協議に入る可能性にも言及しました

    『麻生財務相、日本の参加排除せず=中国主導のインフラ銀』(3月20日 時事通信)http://goo.gl/vJakt2
    < 麻生太郎財務相は20日の記者会見で、中国の主導で設立準備が進むアジアインフラ投資銀行(AIIB)について、日本の求める条件が確保されることを前提に参加に向けた協議に入る可能性に言及した。英国やドイツなど有力国の参加表明が相次ぐ中、日本としても参加に含みを持たせたものだ。ただ外交戦略も絡み、参加の是非の判断は難しそうだ。>

     これに対して閣内では、菅官房長官や岸田外務大臣が懸念を示し、総理も慎重姿勢です。
    『財務相、中国インフラ銀 「条件整えば参加協議も」』(3月20日 日本経済新聞)http://goo.gl/G0YbtN
    <一方、菅義偉官房長官は同日の記者会見で「参加については慎重な立場だ」と述べた。
    (中略)
    岸田文雄外相も同日の記者会見で「現状においては慎重な対応を考えている」と述べた。そのうえで「ガバナンスの確立をはじめ、我々としての考え方を(中国に)引き続き伝えていきたい」との考えも示した。>

    『中国主導の投資銀、首相「慎重な検討必要」 融資審査・組織運営に懸念』(3月21日 産経新聞)http://goo.gl/2ktxQY
    <首相は参院予算委員会で、AIIBについて、「IMF(国際通貨基金)や世界銀行とは性格が異なる」と指摘した上で、「中国が国際社会のルールや法の支配を尊重する形で発展をとげる」よう求め、疑問点が解消されないままの参加には消極的な考えを示した。>

     財務大臣の会見を見ると突然の方針転換のようにもみえますが、ある財界関係者に聞くと、
    「1か月前、すでに外堀が埋められていて、これは既定路線だ。既存のアジア開発銀行(ADB)とは別物として加入すべきだ」
    という見方がありました。
     1か月前といえば、すでにニュージーランドが参加表明をしていて、イギリスも参加するかもしれないと言われていた時期。先進国でも参加を表明する国が出てきた時点で、今回の方針転換は既定路線であったようです。

     しかし、そうなると気になるのがアメリカの動向。なんだかんだ言っても日本はアメリカの意向を忖度します。90年代後半、アジア通貨危機が起こったあと日本政府は、アジア版IMFともいえるAMF(アジア通貨基金)の創設を検討したことがありましたが、アメリカの強硬な反対により取り下げています。では、今回は?政界関係者からはこんな声が聞こえてきました。
    「そもそも今回は、英・仏・独・伊のAIIB参加を止められなかった時点で、アメリカが下手を打ったも同然。だから日本が中国を抑える方向で参加すると言った時に止められるわけがない」

     すると、こんな報道がアメリカから流れてきました。
    『米、アジア投資銀との協調模索―世銀との連携を打診』(3月23日 ウォールストリートジャーナル)http://goo.gl/Sby1NK
    <シーツ米財務次官(国際問題担当)は「米国は新たな国際金融機関の誕生を歓迎する」とし、「世銀やアジア開発銀行(ADB)など既存の国際機関との協調融資プロジェクトが実現すれば、実績のある高い融資基準が維持されることになろう」と述べた。>

     アメリカはAIIBの中には入らないものの、外からガバナンス体制の整備や透明性の高い運営基準の取り入れに向けて働きかける模様です。一方、中に入る可能性も示唆した我が国としては、どういった条件なら呑めるのか?それについても、すでに財務省からは去年末に具体的な内容が示されています。

    『関税・外国為替等審議会 第22回外国為替等分科会議事録』(平成26年12月24日 財務省)http://goo.gl/6gbwge

    財務省の浅川国際局長はAIIBへの参加の条件について、
    ①ADBとのすみわけをどうするか?
    ②常任の理事会を置かずに、一部の国の恣意的な融資を防ぐことはできるのか?
    ③環境に配慮したインフラ構築ができるのか?ちゃんと返せるような適切な融資額にできるのか?
    要約するとこのように説明した上で、こう発言しています。
    <署名国は、今後1年間ぐらいかけて設立協定を交渉する予定のようです。おそらく、この設立協定の中でガバナンス構造も含めいろいろなことがはっきりしてくると思いますが、今のところはまだ見えてこないものですから、我々としてはAIIBに参加するかどうかの判断はつかないということです。>

    参加しないとは言っていない。判断がつかないと言っているわけです。そして、財務省国際局長の立場で「我々は」参加するかどうか判断はつかないとしています。つまり、この問題は外務省マターではなく、財務省マターであるということ。ある霞が関関係者は、このAIIB参加について、
    「財務省国際局の所管となれば、間違いなく官邸の意向で動いている。となると、意外と急転直下、今月内に参加表明だってあり得る話だ」
    と話してくれました。

     戦後70年談話を中心に語られがちな日中関係ですが、今年年央からはこうした経済関連が先行するかもしれません。
  • 2015年03月16日

    山田線着工式取材報告

     先週に引き続き、先日行った東日本大震災被災地取材の報告です。先週の土曜日、JRなど鉄道各社のダイヤ改正が行われ、北陸新幹線、上野東京ラインといった新線開業もありましたが、被災地でも鉄道の復活が続いています。

    『JR石巻線、21日に全線再開-震災から4年ぶり』(3月6日 日刊工業新聞)http://goo.gl/o8r6bN
    <駅(宮城県女川町)が再建(写真)し、21日に約4年ぶりに全線(小牛田―女川)で運転が再開される。震災から4年を迎えた女川町の新たな一歩となり、街の復興に拍車をかけそうだ。>

    『被災地の現状:宮城県 創造的復興へ経済基盤整備』(3月7日 毎日新聞)http://goo.gl/prUr4S
    <◇鉄道の復旧8割
    道路は全区間復旧したが、鉄道の復旧率は81.3%。>

     8割は復旧したということですが、一路線だけ全く手つかずで残っていた路線がありました。それが、JR山田線の宮古~釜石間。沿線に山田町、大槌町といった津波で甚大な被害を受けた地域を抱え、鉄道自体も路盤の流出、橋桁ごとすべてさらわれたような箇所もあり、鉄道での復旧は絶望視されていた路線です。実際、運営するJR東日本は鉄路での復旧をあきらめ、バスによる復旧を地元自治体に提案していました。しかし、地元は鉄道での復旧にこだわり、県や国も入っての話し合いが続けられてきました。その結果、JR主導で鉄道復旧工事をし、その後第三セクターの三陸鉄道への経営移管するということで話がつきました。そして、先日3月7日、宮古駅で着工式が行われ、私もその模様を取材してきました。

    山田線着工式.JPG
    着工式には、達増岩手県知事、JR東日本富田社長など関係者が出席した

    『<山田線>復旧工事に着手 16年秋順次開通』(3月8日 河北新報)http://goo.gl/Z3IV08
    <東日本大震災で被災し、第三セクター三陸鉄道(宮古市)への移管が決まったJR山田線(宮古-釜石間、55.4キロ)で、JR東日本は7日、復旧工事に着手した。
    (中略)
    山田線は津波で181カ所が被災した。地元側はことし2月、JRが移管協力金30億円を支払うなどの条件で三陸鉄道への移管に合意した。復旧費210億円のうち140億円はJRが負担。復興まちづくりに関わる70億円は国の復興交付金を充てる。>

     式典では、JR東日本の富田社長や国土交通副大臣、岩手県知事、宮古市長といった各分野のトップが挨拶をしましたが、その中でちょっと気になったのが、三陸鉄道の望月社長の挨拶。取締役事業本部長の坂下氏が望月社長のメッセージを代読したんですが、その中にこんな一節がありました。

    「山田線は、路盤の弱さ、構造物の老朽化などその維持管理に大きな課題があると認識しております。JR東日本様におかれましては、本日から始まる復旧工事において、こうした課題の解決に最大限のご配慮いただきますとともに...」

     この着工式という機会を使って、三鉄の望月社長はJR東日本に対してしっかり工事をしてくださいと釘を刺した格好です。というのも、今回の工事の主体はJR東日本。三陸鉄道としては、工事が終わって経営が移管されるまでは意見はある程度言えても実際の工事をするわけではありません。さらに、リアス式海岸を走る山田線は、海に面した被災区間と、山の中を走る被災していない区間があります。被災していない区間については既存の鉄道施設が丸々残っていますので、極論すればメンテナンスをするだけで車両を走らせることはできるのです。しかしながら、悲しいかなそれまでの山田線は赤字のローカル線。三鉄の部分と比べると、最高時速で10キロ違うなど、路盤の弱さなどに課題があります。これを三鉄のレベルに合わせてほしいというのは以前から指摘されてきたものでした。

    三鉄車両.JPG
    三陸鉄道の新型車両

    『レール9割以上を三鉄規格に 山田線移管へ現地調査』(2014年7月29日 岩手日報)http://goo.gl/KOvfVK
    <JR側は被災していない46キロ区間を新しいレールに交換し、全線の9割以上を三鉄の規格と一致させる方針を示した。>

     前々から指摘されていたことだけに、関係者にとっては当たり前のこと。これをあえて着工式の挨拶に盛り込んできたところにこの問題の根深さを感じます。被災地では人手不足や資材不足でコストが高騰しています。コストを絞り込みたいJR東日本と、将来の運営移管を考えれば質の高い設備を求める三陸鉄道。祝いの式典を取材しながら、駆け引きは続いていくなぁと思いました。

     そして、もう一つ、被災地の鉄道復旧の難しさを感じる出来事がありました。岩手県から宮城北部の三陸の海沿いを走る鉄道を北から並べると、三陸鉄道北リアス線(久慈~宮古)、JR山田線(宮古~釜石)、三陸鉄道南リアス線(釜石~盛)、JR大船渡線(盛~気仙沼)となります。そのうち、もっとも復旧が遅れたのが前述の山田線ですが、では真っ先に仮復旧を遂げたのは?というと、JR大船渡線です。ザ・ボイスの2年前の被災地取材では、このJR大船渡線のBRT開業を取材しました。線路が敷かれていたところにアスファルトを敷き、バス専用道として定時運行を目指す、バス・ラピット・トランジットの略、BRT。将来的には鉄路での復旧を目指すということで仮復旧の形だったんですが、そのまま本復旧のメドが立たず今に至っています。

    大船渡線BRT.JPG
    大船渡線BRT(盛駅)

    『JR大船渡線 鉄路早期復旧へスクラム 気仙両市議会が要望』(1月24日 東海新報)http://goo.gl/K8oc1R
    <東日本大震災で被災し、BRT(バス高速輸送システム)による仮復旧での運行が続くJR大船渡線の鉄路復旧早期決定を要望。昨年2月にJR側が自治体からの補助を受けての高台移設策を掲げてから目立った進展がみられぬ中、両市議会とも復興まちづくりの重要課題であると強調した上で理解を求めた。>

     JRとしては高台を通るルートを提案し、既存ルートの復旧よりもコストがかかるのでその差額を国や自治体に負担してほしいと要望。一方、苦しい台所事情もあって地元は既存ルートでの復旧を推していて現在調整が続いているとのことです。そこへ、第三セクターへの経営移管という形の痛み分けで、山田線は鉄路復旧に着工する運びとなったわけで、最後まで粘ったもの勝ちか?というやるせなさが大船渡線沿線にはあります。山田線の着工式典後のぶら下がり取材でも、この大船渡線鉄道復旧についての質問が出ました。

     まずは、JRの富田社長。

    「大船渡線についても、従来から地元と復旧の在り方について議論を続けているが、鉄道の復旧に際しては津波対策等の安全性の確保、街づくりとの整合性、鉄道と道路の立体交差など詰めるべきことがたくさんある。さらに、費用負担をどうするのか?仮に鉄道で復旧したとして、その後の利用者がどれほど見込まれるのか?利用者に対して鉄道というモーダルが最適かどうか、地元の皆さんとさらに話し合う必要がある。」

     今話し合っているこの環境は、JR東日本にとっては悪くはない。BRTの方がコストが安く済みますから、下手に鉄道復旧の結論が出るよりもこのままの方がいいわけです。それが証拠に、鉄道の路盤をバス専用道に作り替える工事がどんどん進んでいます。

     一方、岩手県の達増知事。山田線の三鉄移管をモデルケースに、鉄道復旧と第三セクターへの経営移管をセットにして大船渡線も復旧できないか?という問いに対し、

    「"じぇじぇじぇ"という感じですが、山田線の宮古・釜石間というのは、三鉄南北リアス線との連携した運行ということで、これはこれとしてユニークなケースだと思っています」

     3セク移管となれば費用負担が避けられない県としては、山田線は例外としておきたいというのが本音のようです。双方腹の探り合いの中で、結局このまま定着してしまうのか?この議論に、利用者の声が入っていないのが非常に気になります。
書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

■Twitter
「飯田浩司そこまで言うか!」

■会員制ファンクラブ(CAMPFIREファンクラブ)
「飯田浩司そこまで言うか!ONLINE」

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