• 2016年04月04日

    ホテル不足解消策は民泊だけ?

     先週末から今週にかけて、訪日外国人数にまつわるニュースが連日報道されています。まず、政府の構想会議が野心的な数値目標を発表しました。

    『政府、訪日外国人目標を一気に倍増 2020年=4000万人、2030年=6000万人』(3月30日 産経新聞)http://goo.gl/8WyTCi
    <政府は30日、訪日外国人観光客の拡大に向けた具体策をまとめる「明日の日本を支える観光ビジョン構想会議」(議長・安倍晋三首相)を開き、訪日外国人観光客数の目標人数を倍増させ、平成32(2020)年に4千万人、42(2030)年に6千万人とすることを決めた。首相が掲げる名目国内総生産(GDP)600兆円の達成に向け、観光施策をその起爆剤にしたい考えだ。>

     そして、この目標を達成すべく受け入れ態勢を整備しようと様々な施策が明らかになってきています。たとえば、民泊について、
    『「民泊」手探りの本格スタート...期待と不安』(3月31日 読売新聞)http://goo.gl/BbybNG
    <宿泊施設の許可要件を緩和する旅館業法の改正政令が4月1日に施行され、自宅などに旅行者を有料で宿泊させる「民泊」が本格的にスタートする。
     急増する訪日客の受け皿として期待される一方、近隣トラブルなどを心配する声も上がる。国は6月以降に新たに法整備も行う方針だ。>

    さらに、今日報道され出したのが、ホテルの容積率規制の緩和です。
    『ホテル「容積率」緩和へ=訪日客増で客室不足に対応-国交省』(4月4日 時事通信)http://goo.gl/m8STKG
    <国土交通省は4日、ホテルを新築したり建て替えたりするときに、これまでより大きなホテルを建てられるよう、建物の「容積率」を緩和する方針を決めた。実現すれば、同じ敷地面積でより階数を増やし、客室が多いホテルを建てられるようになる。訪日外国人観光客の増加による客室不足を解消するのが目的。今夏までに自治体に通知する考えだ。>

     去年あたりからホテルの空室がない、空室がないと散々報道されてきましたから、こうした流れは当然と受け止められています。実際、ホテルのホームページなどを見てもすでに予約できない「×」の表示が並んでいたりして、「ああ、やはりホテルは取りづらくなっているのだ」と実感した方も多いでしょう。しかし、業界の専門家に聞くと、必ずしも取れないわけではないといい、人によっては部屋数が足りないわけではないという声すら聞こえてきます。

     この報道と専門家のギャップは何なのか?そこには、日本独自のルールがありました。

     ズバリ言えば、「キャンセル料の扱い」に大きな違いがあって、そこを突かれているといいます。日本のホテルは、どんなキャンペーン料金であろうとも宿泊前日まではキャンセル料がかからないというのが一般的です。だいたいどのホテルでも、
    「前日のご連絡・・・20%
    当日のご連絡・・・80%
    ご連絡なくご利用がない場合・・・100%」
    となっています。
     一方、海外のホテルでは1~2週間前から段階的にキャンセル料がかかるものや、安く販売するけれどもキャンセルすると全額没収されるものなど多彩。あの手この手で空室を予測しやすくし、できる限り100%の利用率に近づける努力をしているようです。

     日本のホテルの場合、キャンセル料の規定が利用客に有利なので、海外の旅行代理店や個人がかなり前から大量に予約を入れておいて、直前になって大量にキャンセルするような事例が発生しているようです。この「直前にキャンセル」というのが曲者で、前々日までのキャンセルなら全く懐が痛まないわけで、「とりあえず予約」が満室の大半ということも考えられます。一方で、我々日本人が国内のホテルを予約しようとする時、よほどの旅行でない限り何か月も前から予約というのはあまりありません。特に出張の需要が多い大都市圏のホテルの場合、良くて1か月前、大体は1~2週間前に予約に動くことが多いのではないでしょうか?そうすると、ばっちり「とりあえず予約」の期間内に当たってしまい、満室ばかりで途方に暮れる羽目になる。もちろん、繁忙期には本当に満室ということもありますが、こうした「とりあえず予約」の満室に当たる人が多くなり、結果都市部のホテルが取りづらい神話が出来上がってきた側面も否定できないようです。

     そういった面があるのであれば、容積率の緩和や民泊といった供給する部屋数の増加を促すのみならず、既存の宿泊施設の有効活用で対応する余地も残されているのではないでしょうか?ある関係者は海外ホテルのテクニックを紹介してくれました。
    「海外のリゾートホテルなどによくある手なんだけど、実際のキャパシティ以上の予約を取っちゃうというのがある。で、当日までにキャンセルが出て歩留りが100%近くになるってわけ。航空会社がやっているのと同じだね。この場合、予測が外れてキャパ以上のお客さんを収容しなきゃならない時に困るんだけれども...」
     ここまでリスキーなことを都心のホテルがやり出して宿泊難民が出るのはシャレになりませんが、せめてキャンセル料の規定変更などは出来る対策の一つではないでしょうか?

     こうした日本独特の予約ルールが日本人の不便を招いてしまったケースはほかにもあります。たとえば、ジャパン・レール・パス。これは外国人旅行客限定で販売されている鉄道乗り放題パスで、JR各線の普通から特急まで、新幹線も「のぞみ」、「みずほ」を除くすべての列車に乗車可能で、しかも無料で座席指定もできます。たがって、オンライン上では指定席が満席と表示されるのに、実際に列車が来ると空席がちらほらといったことが起こってしまうわけです。今までのように訪日外国人数が少なかったうちは弊害も少なかったんですが、これが年間4000万人を目指す!というようになると話が違ってきます。指定席券を有料にする、あるいはキャンセルの場合は料金が発生するように規定がそろそろ必要になってくるのではないでしょうか?

    「外国人観光客の急激な増加で、今は観光業界全体がとにかく捌くのに精一杯。しかし、徐々に対応する新たなシステム構築が必要になってくる」と、東洋大学の矢ケ崎紀子准教授は指摘しています。キャンセル料についても、そろそろガラパゴス規定を抜け出すときなのかもしれません。規制緩和の前に、足元を見直すことも必要だと思います。
  • 2016年03月28日

    イスラエル・ベングリオン空港のセキュリティーチェック

     先週火曜日、ベルギーの首都ブリュッセルで空港と地下鉄を狙った同時爆発テロが起こりました。今日28日の最新の情報で35人が死亡、300人以上が負傷。邦人にも負傷者が出てしまいました。

    『ベルギー同時テロまとめ...市民らが犠牲者追悼』(読売新聞)http://goo.gl/RY57Zk

     セキュリティチェックがあり、比較的安全だと言われていた空港でのテロがいとも簡単に行われたことは全世界に衝撃を与えました。また、保安検査場の手前のフリーゾーンでのテロだったので、識者の中には手の打ちようがないといった声まであります。しかし、対策の打ちようがないと萎縮し、航空機の利用を躊躇してしまえば、それこそテロリストの思うつぼ。我々が考えるべきは、保安検査場の手前も含めてどう安全を確保していくのか、その方法なのではないでしょうか?

     そこで参考になるのが、イスラエル。先日、イスラエル旅行でテルアビブ空港を使いましたので、いち利用者の視点ですがどういった警備を行っているのかを紹介したいと思います。

     まず、空港でひっきりなしに流れるアナウンス。行きの飛行機が早く着いたので、街が動き出すまで空港の到着ロビーで仮眠をとっていたんですが、その際に2つのことが5分に一度はアナウンスされていました。
     一つが、「空港内への武器の持ち込みは禁止されています」。そしてもう一つが、「荷物は常に自分の近くに」というものでした。実際、掲示板を見に少し荷物を離れた人が警備員に厳しく注意されていました。持ち主不明の荷物は爆弾テロの恐れありとみなされるということです。

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    テルアビブ空港到着ロビー。警備員の巡回もひっきりなしだった。

     事ほど左様に世界一厳しいチェックがあると言われているテルアビブ空港。それゆえ、出発の3時間前には空港に到着することを推奨されています。私の帰国便は朝6時過ぎに出発予定でしたから、朝の3時前には空港に到着しました。

     すると、保安検査場のはるか前、空港ターミナルビルに入る自動ドアの前で早くも一つ目の関門がありました。自動ドアの前に空港の係員が立っていて、通る人にランダムに声を掛けています。アジア系は珍しいらしく、目があったとたんに「グッドモーニング!」と呼び止められました。そこからパスポートを出すように言われ、矢継ぎ早に質問されます。
    「この荷物は本当に君のものか?いつ、どこでパッキングして、その後開けていないか?どうやって空港まで来たのか?誰かに運ぶことを頼まれた荷物はないか?イスラエルのどこに行った?どこに滞在した?イスラエル内に知り合いはいないか?」
    などなど...。朝3時でも人がいるわけで、24時間体制で警備が行われているようです。

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    空港出発ロビー入り口。この直後に係員に声を掛けられた。

     この関門を越えてようやく空港ビルの中に入ることができます。普通の空港ならチェックインカウンターに一直線ですが、ここにも関門が。チェックインカウンターの手前に長蛇の列が出来ていて、その先に係員が一人一人に質問しています。

     ちなみに、最近はネット上でチェックインし、なおかつ預ける荷物がなければ直接保安検査場に向かうことが出来る空港が大半ですが、テルアビブ空港はそんなショートカットを許しません。ためしにウェブチェックインをしてみたんですが、最後に航空券を印刷する画面に行くと「イスラエル線は航空券を印刷できません。チェックインカウンターへお越しください」という案内画面へと遷移しました。

     さて、チェックインカウンター前の関門ですが、ここでもパスポートを見せ、荷物についても自動ドア前と同じ質問が繰り返されます。
    「この荷物は本当に君のものか?いつ、どこでパッキングして、その後開けていないか?どうやって空港まで来たのか?誰かに運ぶことを頼まれた荷物はないか?イスラエルのどこに行った?どこに滞在した?イスラエル内に知り合いはいないか?」
    そうして質問をしながら、パラパラパラパラとパスポートの査証欄をずっとめくっています。たまたま私は更新直後でまっさらなパスポートだったのでさして質問されずに済んだんですが、たとえばイスラム圏のスタンプがあるといろいろと聞かれるようです。

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    ベングリオン空港出発ロビー。奥の柱の手前にチェックインカウンター前の長蛇の列が。

     そして、ようやくチェックインカウンターへ。日本も含め普通の空港では直接行けるチェックインカウンターまで、すでに2つのチェックポイントがあるわけです。ここまでですでに1時間弱。それも、朝3時台ですからまだ比較的客の数が少ない時間帯でもこれですから、ラッシュではもっと時間がかかるでしょう。3時間前に空港に着くことが推奨されるのもわかるというものです。

     さて、チェックインカウンターでも軽くいくつかの質問をこなしてようやく航空券が発券されるんですが、ここからが本番。保安検査場では手荷物に関して徹底的に検査されます。電子機器はすべて荷物から出してX線検査器へ。金属探知機はベルトや腕時計、靴のちょっとしたバックルですら反応する高感度。さらに、ハンディの金属探知機で持ち物の一つ一つを詳細にチェックしていきます。もちろん、ここでも「これは何だ?あれは何だ?」という質問付き。えられなければ当然怪しまれます。

     そして最後にパスポートコントロール。ここは拍子抜けというか、さすがIT大国という感じでした。ここでも沢山の質問に答えなくてはならないと聞いていたんですが、証明写真を撮るようなカメラで顔認証をされて、入国の時と照合が出来れば通過OK。他のチェックポイントもこれでやってよと思ったわけですが、しばらくして思い直しました。これだけ手をかけて沢山の関門を作ることで抑止力にもなっているんですね。

     都合5つの関門を乗り越えて、ようやく搭乗口にたどり着くというベングリオン空港のセキュリティチェック。安全というものを究極的に追求するとこうなるのかと感心しました。利用客も、こうしたチェックを当たり前のものとして受け入れているのでさしたる混乱もないように見えましたね。日本の空港にすべてを取り入れたら大変な混乱になるでしょうが、特に保安検査場前の2つのチェックは有効なのではないでしょうか?

     せめて、サミットが終わるまではこうした目に見える警戒が抑止力になると思うのです。「特別警戒実施中」という看板だけ出して終わりのように見える現状と、どちらが安全か?ブリュッセルのテロは利便性と安全のバランスを考える機会と捉えるべきだと思います。
  • 2016年03月22日

    スティグリッツ教授の主張は民主党と同じ!?

     先週から政府の『国際金融経済点検会合』が始まりました。第1回の講師は、アメリカ・コロンビア大学教授のジョセフ・スティグリッツ氏。会合では消費税の増税に反対の立場を説明し、それが新聞でも大きく報じられました。

    『消費増税先送りを提言 首相らにノーベル賞学者』(3月16日 東京新聞)http://goo.gl/WGm2X0
    <政府は十六日、世界経済について有識者と意見交換する国際金融経済分析会合の初会合を首相官邸で開いた。講師として招かれたノーベル経済学賞受賞者のジョセフ・スティグリッツ米コロンビア大教授は「世界経済は芳しくない。現在のタイミングで消費税を引き上げるべきではない」と、二〇一七年四月に予定される消費税増税の先送りを提言した。>

    『国際金融経済分析会合 累進課税・環境税強化を 米教授提言、世界経済「大低迷」』(3月17日 毎日新聞)http://goo.gl/SD0OJ8
    <16日の政府の「国際金融経済分析会合」で、ノーベル経済学賞受賞者のジョセフ・スティグリッツ・米コロンビア大教授は、消費税率の引き上げ先送り以外にも、財政出動や格差是正のための所得税引き上げなどを、危機脱出の処方箋として安倍晋三首相らに提言した。>

     これに対して、会合で話したのは消費増税に対することだけではない。他にもいろいろなことを話していたのに、それが報じられていない!と各方面から批判がありました。どれを報じてどれを報じないというのは各メディアの判断ですから、どうしてもこぼれおちるものがあります。新聞ならば文字数の制限が、テレビやラジオならば時間の制約がありますから。それでも今回は、見出しにこそ取りませんでしたが毎日新聞が炭素税、所得税増税について触れていたり、「良く読めば」それなりに各紙個性を発揮していたようです。もちろん、TPPについては(スティグリッツ教授は反対)日本農業新聞以外触れていないあたり、まだまだ改善の余地があるという批判は免れませんが...。

     一方、スティグリッツ氏の発言をマスコミのみならず政府側もいいとこ取りしていると批判するのが、野党第一党の民主党です。点検会合の翌日、17日の朝には党共生社会創造本部主催の朝食会にスティグリッツ氏を招き、講演と意見交換をしました。

    『スティグリッツ氏講演「完全雇用、インクルージョン、差別をなくす」政策を』(3月17日 BLOGOS)http://goo.gl/E3He59
    <党共生社会創造本部は17日朝、ジョセフ・スティグリッツ米コロンビア大学教授を招き、東京都内で講演会を開いた。スティグリッツ教授は2014年に亡くなった経済学者の故宇沢弘文氏のシカゴ大学での教え子で、今回の訪日は宇沢氏の追悼講演を行うのが目的。宇沢氏が、かつて民主党が設立したシンクタンクの理事長を務めた経緯から、今回の講演会が実現した。>

     この会合には、民主党の国会議員も多数参加していました。その一人、岸本周平衆議院議員は、

    『スティグリッツ教授発言の全体像を見逃してはいけない』(3月19日 ハフィントンポスト)http://goo.gl/btGaNH
    <今は、需要を喚起するための積極的な財政政策が必要だが、その財源のためには、格差是正にもつながる資産課税が良いとも指摘。財政のバランスそのものを崩してはいけないとの立場でした。>
    <安倍内閣では、「国際金融経済分析会合」でスティグリッツ教授の発言のすべてを公平に取り上げず、消費税の再延期のところだけをプレイアップしていましたが、チェリー・ピッキング(良いとこ取り)はいけません。>
    と記し、講演に先立って挨拶した長妻昭代表代行は、
    <『わが意を得たり』と思ったのは、スティグリッツ教授の説明資料の中に、『格差と戦う』とか『人間への投資の拡大』ということが書かれてあり、まさに私どもが考えている話と合致している。今日のお話から、格差の壁をどう取り除き、支え合う力をどう育み、日本が持続的な成長をするにはどうしたらいいのか、ご示唆をいただきたい>
    と話しました。

     ん~、率直に考えて、良いとこ取りしているのはどちらなんでしょうか?格差是正、人への投資の拡大など、もちろんスティグリッツ教授は点検会合でも指摘しているのは事実ですが、その前提としてまずはじめに問題の根本と指摘しているのは、日本国内の総需要不足です。需要が不足しているから、限りあるパイを奪い合って格差が拡大してしまう。人への投資もリターンを期待できないから躊躇してしまう。その問題を解消するには、需要を喚起するような財政出動が必要だ。財源は国債発行でもいいが、(リベラルの立場から)より望ましいのは炭素税や所得税の強化といった、金持ちの負担を増やす税目だ。そして、需要を冷え込ますような消費増税はご法度だし、需要を増やすというよりは海外の供給力が流入してきてデフレを加速させるからTPPは望ましくない。これが教授のかねてから主張していることなのではないでしょうか?総需要不足から説き起こすと、これだけスムーズに話が進むのですが...。

     先ほどのハフィントンポストへの投稿の中で岸本議員は、
    <格差拡大に反対する「Occupy wall Street」運動の先頭に立って行動したスティグリッツ教授の全体のお話は宇沢先生と同じ、リベラルなもので首尾一貫されていました。マスコミで、教授の発言の全体像が報道されないことが残念です。>
    と書いていますが、では民主党はリベラルなもので一貫しているのか?消費増税を積極的に押し進め、金融緩和に反対し、財政健全化を旗印に緊縮財政を主張する。こと経済政策に関しては、一貫してリベラルと正反対の方向を主張しているのが今の民主党です。たまたま格差是正や人への投資という主張が高名なノーベル賞教授と同じだったからと言って、方法論が正反対なんですから、これこそ良いとこ取りそのものではないでしょうか?思えば、去年の今頃、フランスのやはり高名な経済学者、トマ・ピケティ氏が来日した時にも、我々の主張と全く同じだ!と乗っかろうとしましたが、ピケティ氏が消費増税に大反対であったことが分かると潮が引いたように取り上げなくなったことがありました。同じ轍を踏まず、正統派リベラルの経済政策へと転換してくれれば「筋の通ったリベラル!」と評価することもできるんですが...。
  • 2016年03月15日

    岩手県釜石市取材報告

     東日本大震災が発生してから、先週金曜日で5年。恥ずかしながら5年目にして初めて、3月11日に東北にいることができました。現地の方々には当たり前のことを東京の人間は忘れ去っていることに気づかされ、呆然としてしまいました。

     3月11日。
     この日は、大地震が発生し、東北沿岸に津波が押し寄せた日。
     その意識はあったのですが、それ以上に、1万8千以上の命が絶たれた日。命日であったという当たり前のことが抜け落ちていました。
     それに気づかされたのが、岩手県釜石市の追悼施設もある市内鵜住居のお寺、常楽寺。駐車場に車を停め、助手席のドアを開けた瞬間に、潮の香りとともにお線香の香りが漂ってきました。その瞬間、後頭部を殴られたような衝撃を受けたことを鮮明に覚えています。震災からの復興を取材してきた中で、次第に沢山の人が亡くなったことが記憶の最前列から2列目、3列目に下がって行ってはいないか?ある程度取材してきたという自負が、その瞬間に崩れ去りました。

     今回の取材とは直接の関連はありませんが、取材報告をするにあたってまずは原点を確認しなくてはと思い、記しました。その上で、今回私は岩手県釜石市で住まいの復興について取材してきました。釜石市では震災の津波によりおよそ4000世帯が被災。現在、そのうち1300世帯が復興公営住宅への入居を希望されています。一方、復興公営住宅そのものは現在整備の真っ最中で、今年度中に4割程度が完成予定。来年度中にも残り6割も完成が予定されています。

     また、自力再建、つまり自力で家を建ててそこに住みたいと考えている世帯が1800世帯います。この方々は、現在行政が進めている区画整理事業(かさ上げ)や高台移転の完了を待っていて、工事自体は来年度中にほぼ完成するとのこと。ただ、そこから土地の引き渡し、建築が始まるとなると、まだまだ時間がかかりそうです。

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    釜石市内の高台から釜石港を望む。低地はかさ上げ工事の途上。津波は、正面のビルの3階の高さに達した。

     ということで、復興公営住宅を希望するにせよ、自力再建を希望するにせよ、今はまだ条件が整わず仮設住宅暮らしを余儀なくされている方が多数いるということです。釜石市の平田第6仮設団地自治会の森谷会長は、
    「5年は長い。一刻も早くこの仮設住宅を出たいというのが暮らしているものの総意だ。ただ、仮設には仮設の良さもあり、出たところでまた別の苦労があるのだろう」
    と話してくれました。当初は2年と言われていた仮設暮らし。それが5年に伸び、さらにこの先もという不安感がある一方、5年も一緒だっただけにある程度近所付き合いもあるだけに、環境を変えることへの不安も顔を覗かせます。先に仮設を出て復興公営住宅に入った知り合いが、仮設に来ては「こっちの方が良かった」と愚痴をこぼす姿をよく目撃しているようです。
     また、自治会の佐々木副会長は、
    「最初の3年間は住宅再建するぞ!と意気込んできた人も、さらに1年、2年と経ち気力の面でも懐の面でも気持ちを維持できなくなってきている」
    と指摘しました。仮に土地が引き渡されたとしても、折からの人手不足、資材の高騰で思うような家づくりが出来ない不安もあるようです。

     さて、仮設を出た方々の主な選択肢としては、復興公営住宅に入るか、自力再建をするかに大別されます。我々はまず、自力再建を果たした方にお話を伺いました。かまいし水産振興企業組合理事長の三塚浩之さん。この方も自宅が3Fまで水に浸かり、被災後3年間は避難所~仮設住宅で暮らしました。その後、たまたま知り合いから安く土地を譲ってもらい、元いた場所とは別の場所に一軒家を建てました。行政側は復興公営住宅という選択肢も用意していますが、そもそも眼中になかったと言います。
    「やっぱり、今まで一軒家に住んでいた者としては一軒家がいい。そもそも復興公営住宅は選択肢になかった。もし、自力再建が叶わなければそっちに行くと言うだけの話で。問題は、土地は何とかなったけど、それに先立つカネの方。長く付き合いのあった銀行が2011年度の赤字を理由に金を貸してくれなかった。これはたまたま別の銀行から借りることができてメドがついたけれど」
     このカネの問題が、自力再建者に立ちはだかる大きな壁です。震災後には、釜石市内で被災しなかった土地の値段が震災前の数倍に跳ね上がったと言います。さらに、人件費や資材価格の高騰。震災前と同じ規模の家を建てようと思っても、資金面で厳しくなってきます。その上、これから住宅再建を考えている方の大半が壮年から高齢者。これから住宅ローンを組もうにも、与信の審査で断られる可能性が大きくなります。解決策としては、より若い子どもの世代と同居することで返済可能性を向上させることが可能です。が、すでに盛岡や仙台、あるいは東京といった市外に出てしまっている場合、そんなに金をかけて地元釜石に住宅を整備するよりも都会に出てきては?となってしまいます。今はまだ工事完成を待っているので顕在化していませんが、今後このようなカネの問題が自力再建のペースをさらに遅くする可能性はかなり高いと思います。

     こうしたカネの問題に対して、行政はどういった手当が出来るのか?
     釜石市の野田市長は、そもそも市の財政は非常に厳しい。無い袖は振れないと訴えました。釜石市の被災者住宅再建支援制度を見てみると、ローンを組んだ後の利子補給などの支援はありますが、与信審査段階での債務保証等の支援策はありません。これについては、広域自治体(県)あるいは国の出番ということになるですが、これは心許ない。というのも、この震災の後、復興にまつわる国費の投入は既存の法律を組み合わせて行われました。橋下大阪市長(当時)が「箸の上げ下げまで」と批判した、用途を細かく指定しての国費投入があの一大事でも行われていたんですね。野田釜石市長は典型的な例として、電柱の話を取り上げました。
    「最初は美しい街づくりということで電柱の地中化や、著名な建築家の先生方にお願いして斬新な計画も立てていたが、そんな贅沢なことに国費は使えないと。それに、資材価格も高騰してきて、理想よりもまずは地に足のついた地味なものをとなった。理想どころか、必要なものを揃えるのが精一杯」
    以前から議論のある一括交付金ならば自由な提案も採用できたかもしれませんが、結局有事に平時のスキームで対応してしまった。この功罪はもっと議論する余地があると思います。

     さて、遅れている遅れていると言われている復興事業。そんな中で釜石市は岩手県の中でもいち早く大規模な復興公営住宅を完成させました。古くから釜石市と関係が深い新日鉄グループが震災直後から動いたんですね。系列のデベロッパー、新日鉄興和不動産が、もともと新日鉄グループが持っていた土地を活用して復興住宅を建設。建物が完成したのち市が土地ごと購入。復興公営住宅となっています。住民のコミュニケーションが取りやすいように、部屋の前の共有スペースを広くしたり、集会所など設備も充実させています。一部の部屋ではベランダの仕切り板を取り払い、縁側の行き来が可能にしてご近所付き合いをしやすくする試みも。

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    部屋の前の廊下もかなり広く取られている(釜石市の上中島町復興公営住宅)

     マンションというものを見慣れている我々からすると、非常に様々な工夫さなされているなぁと感じたんですが、住んでいる方々の受け止め方は違いました。釜石市の上中島町復興公営住宅の自治会の方にお話を伺うと、
    「もちろん、仮設に比べたら天国。だから、贅沢を言っちゃいけない」
    と前置きしたうえで、
    「でも、周りは誰が住んでいるのかわからない。まずは顔を覚えなきゃいけないんだけど、そんなチャンスもほとんどない。自治会でアンケートを取ると、要望として出てくるのは「お茶会したい」「友達が欲しい」「近所で声掛けをしたい」などなど。こんな状態だから、ある程度まとまったコミュニティになるのはこれから5年も10年もかかる」
    と、厳しい現実を明かしてくれました。

     復興公営住宅にお住いの方は、長く「岩手沿岸部の漁村」に暮らしてきました。生まれたときからお互い顔見知りという中で暮らし、冠婚葬祭はおろか、日々の夫婦喧嘩、親子喧嘩までお互いに知っているというような濃密な人間関係の中で暮らしてきたわけです。では、今回移り住んだ復興公営住宅でそうした密な人間関係を育むことが出来るのか?逆に言えば、そうした密な人間関係を復活させることが「コミュニティの復興」なのか?

     自戒の念を込めて言うのですが、我々マスコミは「コミュニティ復興」とはなんなのか、言葉の定義があいまいなままで使ってこなかったか?実は取材中、何人かの方に、
    「マスコミはどういう意味で"コミュニティ復興"って使ってるの?」と聞かれました。
     "コミュニティ復興"という言葉を使うときイメージするのは、東北沿岸部の集落にあった古き良き地域社会であることが多いと思います。ところが、そうした地域社会は残念ながら津波とともに失われてしまっているんですね。それを復興のゴールにすることは、高すぎるハードルを課すことになります。

     むしろ、この震災復興住宅で全く新しいコミュニティをこれから作っていくという長い道のりがやっと始まった。そこに手助けできることは何なのか。行政がコミットすべき問題か、NPOに任せるのか、あるいはまったく新しい側面支援の形があるのか?集合住宅のコミュニティ形成と考えれば、これは全国各地のマンションや団地で議論されている問題です。その問題の最先端が東北沿岸部にはいたるところで見られるのです。つまり、今後の被災地支援はそのまま、今後の我が国のカタチを考えることにつながります。
  • 2016年03月08日

    ノーベル賞学者招聘の意味は?

     2017年4月に予定されている消費税の増税について、総理は報道各社のインタビューや国会答弁で繰り返し、「リーマンショックや大震災のような一大事が起こらない限り、今のところ断行する」と述べています。月20日に辛坊治郎ズームに出演した際にも、辛坊さんの再三の突っ込みを交わしに交わして、その方針に変わりないことを強調していました。

     しかしながら、その言葉を額面通りに信じている人は、少なくとも永田町にはほとんどいません。衆参同日選についても総理は再三否定しているわけですが、これと絡めて消費税再増税の延期、あるいは凍結を語る人が非常に多いわけです。しかに、前回衆院選で与党は再び増税を延期するとは言わず、今回一回こっきりの延期だと訴えて選挙を戦いました。いうわけで、もう一度延期、あるいは凍結するとなると公約を違えることになり、だからもう一度国民に信を問わなければならない。なわち、解散総選挙。そして、参院選は7月に予定されているものだから、それと併せてダブル選挙というシナリオが、半ば既成事実のように報道もされています。

     ここでは、整理のためにあえて増税の延期と衆院解散を切り離して、増税の延期があるかどうかだけに絞ってみて行こうと思います。というのも、重要なサインが今日の新聞に載っていたからです。

    『国際金融経済分析会合 16日開催 ノーベル賞学者、スティグリッツ氏招く』(3月8日 毎日新聞)http://goo.gl/X7I2DM
    <政府が5月の主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)に向け、世界経済情勢について有識者と意見交換する「国際金融経済分析会合」の初会合を16日に開くことが7日、分かった。初会合には、ノーベル経済学賞受賞者のジョセフ・スティグリッツ米コロンビア大教授を招く方針だ。>

     実は、消費増税をするかどうかの判断の段階で海外からノーベル賞学者を招いて意見を聞くというのは、前回の消費増税延期の時と全く同じ流れなのです。

    『クルーグマン教授が安倍首相と会談、消費増税反対を表明』(2014年11月6日 ロイター)http://goo.gl/nz5MUO
    <安倍晋三首相は6日、来日中のポール・クルーグマン米プリンストン大教授と首相官邸で意見交換し、クルーグマン教授は消費税の再増税延期について、その必要などを説いた。>

     このクルーグマン教授との会見の12日後、総理は会見で消費増税の延期を発表しました。当時のクルーグマン教授と、今回のスティグリッツ教授。双方ともノーベル経済学賞を受賞している学会の泰斗。そして、その主張も似通っています。しかし、今回の国際金融経済分析会合の記事では、スティグリッツ教授については各紙概ねこのような紹介をしています。

    『16日に経済分析会合、スティグリッツ教授招請』(3月7日 読売新聞)http://goo.gl/JZIfGS
    <スティグリッツ氏は、米クリントン政権の大統領経済諮問委員会委員長や世界銀行上級副総裁などを歴任。首相の経済政策「アベノミクス」について、好意的な評価をしている。>

     「アベノミクスに好意的」という書き方に抑えているメディアが多く、具体的にどの政策に共感しているのかまで言及しているメディアはあまり見当たりません。ところが、両氏のインタビューを見てみると、アベノミクスの第1、第2、第3の矢のうち、どこに共感しているかをはっきりと提示しています。

    『ノーベル賞受賞者のスティグリッツ教授、「アベノミクス」を支持』(2013年3月25日 WSJ)http://goo.gl/uytIk
    <同教授(筆者注:スティグリッツ教授)は22日、東京で行われた報道機関とのインタビューで、今のような「競争的な通貨切り下げ」の時代では、安倍首相の主張する果敢な金融緩和と財政出動が、日本がまさに必要としている政策だと述べた。>

     これを読むとわかる通り、スティグリッツ教授はアベノミクスの1本目の矢(大胆な金融緩和)と2本目の矢(機動的な財政出動)をこそ評価しているということが分かります。よく、アベノミクスに足らないものは3本目の矢(成長戦略)だという批判がメディアを賑わしますが、この経済学の巨人は3本目の矢には目もくれず、1本目と2本目の政策ミックスこそが成長のキーだと説いているのです。ちなみに、クルーグマン教授はインタビューでもっと直接的に1本目と2本目のミックスこそ重要だと説いています。

    『本誌独占インタビューノーベル経済学者は指摘するポール・クルーグマン「1ドル100円超え、アベよ、これでいいのだ」』(2013年2月14日 週刊現代)http://goo.gl/JZuwk
    <財政刺激策をやる際には金融面でのサポートがなく、金融緩和をやる際には財政面でのサポートがない。日本の政策当局はいつもそんなことを繰り返し、自らの手で、経済が持続的に改善するという望みを潰してきた。結果、長くデフレから脱却することができず、国民は苦しみ続けてきたのだ。そしてこれは、欧米を含めた世界の先進国にも同じことがいえる。
     しかし、昨年末に再登板した安倍首相は、こうしたいままでの世界の政策当局がやってきたのとはまったく違う政策を唱えている。なんとしても経済の長期低迷を終わらせるという決意をもって、金融・財政両面で大胆な政策を打ち出しているのだ。
     私はこのアベノミクスを評価している。これこそが日本がデフレから脱却するために必要な処方箋となりうると思っているからだ。>

     お分かりでしょうか?スティグリッツ教授を呼ぶと言う意味を。教授はおそらく、消費増税を延期、あるいは凍結するのは第一歩にすぎず、その先には2本目の矢、財政出動を今こそ再び積み増すことが重要であると主張することになるでしょう。折しも国債の市場価格はマイナス金利に突入している昨今。財政出動をするこれ以上の好機はありません。

     マスコミ各社は「財政規律が緩む~!」なんて批判の大合唱となるでしょうが、それは来日したスティグリッツ教授に直接聞けばいいのではないでしょうか?ちなみに教授は、財政再建を優先していては、財政赤字自体が減らせないという立場を取っており、財政出動してこそ、経済成長を押上げ、税収も上がると再三説いています。

     このブログで指摘している通り、財政出動(公的資本形成)はこのところ一年間、4四半期のうち実に3四半期で前期比マイナス。財政出動こそ必要なタイミングで緊縮財政を敷いてしまっています。いよいよアベノミクス反転攻勢へ。海外要因の不透明さを考えると、今がギリギリのタイミングのようにも思えます。
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プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

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