• 2016年12月13日

    日本丸~海員養成の最前線~

     先日、このブログでJMETS(海技教育機構)の練習船、海王丸の回航に便乗した話を書きました。船内を案内していただきながら、日本における海員教育の最前線について説明を受けました。そこで感じたことはここに記してあります。

    『我は海の子』(9月30日付)

     さて、今回はその海王丸の姉妹船、というかお姉さんに当たる日本丸が遠洋航海に出発するということで、その直前に取材することができました。前回は点検後の回航中ということで、学生の皆さんが乗船するより前のまっさらな船を見学したんですが、今回は10月からすでに国内各地を回る練習公開を経て横浜に入港したところ。前回ののんびりとした空気とは違い、彼ら学生さんたちにとっては一瞬一瞬がすべて勉強。地となり肉となるわけで、若さと熱気、そして緊張感がみなぎっていていました。

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    横浜港の新港埠頭で出航を待つ日本丸

     海王丸の稿でも説明しましたが、このJMETSの練習船というのは、各地にある商船大学や商船高専、さらに各大学や高校等も含め、様々な学校に通い海員を目指す人材を実地で教育するために存在します。今回の練習帆船日本丸のハワイへの遠洋航海は、乗組員49名、実習生110名で出港しますが、今回は実習生はすべて高専生。富山、鳥羽、大島(山口)、広島、弓削(愛媛)の各商船高専から集まりました。
     1人8名の船室に集うのは、出身校もバラバラの若者たち。10月に国内練習航海を始めた頃にはギクシャクする部屋もあるようですが、12月の遠洋航海を前にする頃にはお互いのペースも分かってきて、見ていても和気あいあいという雰囲気でした。

     しかし、彼らを待ち受ける冬の太平洋というのは、プロでも油断できない非常に厳しい海。日本列島とアメリカ大陸の間に横たわる太平洋には、基本的に西から東へと一年中吹く偏西風があることが知られています。ハワイへ向かう日本丸もその風を捕まえながら帆走するわけですが、その南には北東貿易風という逆向きの風が吹いています。その相反する向きの2つの風、それらが巻き起こす波。冬の太平洋は、波高6mを越えるような波波波を越えていかなくてはなりません。かつてこの帆船日本丸の船長を経験された方にお話をうかがったんですが、
    「もちろん安全第一で行くのは当然として、そのなかでいかにして距離を稼いでいくか?最初は慣れるまで慎重に行くけれど、慣れてくれば多少波高が高くても帆を広げて船を走らせることも必要。その辺りを、実習生たちの表情を見ながらどうやってコントロールしていくのかも腕の見せどころです。」
    と話してくれました。
     今の船長の奥知樹さんもインタビューの中で自身の経験も交えながら、
    「とにかく自然に対して謙虚に。学生たちに経験を積ませようと思って時化の中に入っていくなんて絶対にしない」
    と話しました。学生への朝のブリーフィングでも、この「謙虚」という言葉を何度も使っていて、厳しい自然に対する心構えに時間を割いていたのが印象に残っています。

     自然を相手にする帆船での遠洋航海では、己の小ささ、人間一人で出来ることがいかに限られているのかを身をもって知るのでしょうか。
    インタビューした学生さんたちは皆さんとても謙虚で、それでいて将来への希望と楽観的な自信に満ちていました。19歳、20歳が大半を占める実習生たち。中には今回の遠洋航海中に船上で成人式を迎える人もいるような初々しい彼らなのですが、インタビューへの受け答えは堂々としたもの。「外航で大きな船を操りたい!」「世界中の港に行って国際交流したい!」と希望を語ってくれました。

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    タンツーと呼ばれる朝の甲板清掃。ヤシの実を半分に割ったもので甲板をこする。撒かれているのは海水。
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    中腰なので、結構辛い。結果、実習生からはるかに置いて行かれた私...。足が冷たい!

     今の景気の状況、そして団塊の世代が大量に現役から退いていくという避けがたい流れがあり、海員の世界も国内の航路を中心に若手は引く手あまたのようです。"海運"というと海外から資源や製品を輸入してくるイメージが強いんですが、国内輸送の4割強を担う主要な物流インフラでもあるんです。

    『輸送機関別国内貨物輸送量及び輸送分担率の推移』(日本海事センターHP)https://goo.gl/YodGWa

     純粋に輸送量をトン数で比較すれば全体の8%弱に過ぎないんですが、輸送量に輸送距離を乗じた輸送活動量でみると44.10%。小回りの利く地域内輸送や小口輸送はトラックですが、長距離・大量輸送は国内であっても海運が一定の存在感を発揮しているのが分かります。もちろん、海外からのモノの流れでは圧倒的な存在感で、日本の輸出入の実に99.6%を海運が担っています。

    『わが国外航海運の概要』(日本船主協会HP)https://goo.gl/w2WUbA

     ところが、外航に関しては世界中の国々とのいわゆる「底辺への競争」でどんどんと賃金レベルが下がっていき、今や相対的に賃金が高いとされる日本人は上級船員として乗るか、陸でそれらを管理するかという仕事に限られてしまっています。それは船籍にも現れていて、今や、日本商船隊と言いながら、本当に日本籍なのは全体のたった7%(184隻)。残りの93%(2382隻)が外国船籍なんだそうです。そこには税優遇の仕組みなどが絡まっていますからここでは措きますが、ことほど左様に外航船に関しては厳しい状況です。

     では、一方の内航船ではどうか。全く正反対の人手不足が起こり始めているようです。今まで内航船の人員は様々なところから補給がされてきました。まず、賃金競争で船を降りざるを得なくなった外航船の船員たち。それに、200海里の漁業規制で大型漁船を降りた船員たち。さらに、海上自衛隊の士・曹と呼ばれる若手隊員たちの再就職先として。
     こうして内航航路の船会社は凌いできたわけですが、ついにそれらが底をつき始めました。それはそうです。自前で教育せずに出来上がった海員たちを集めてくるんですから、教育へ投資する海上自衛隊や外航船の大手船会社が教育にかけるお金を絞り出したら供給が途絶えていきます。結果として、現在ジワジワと内航船会社の人手不足が顕在化してきました。

     ここで、改革が大好きな人たちはこう言います。
    「ならば、内航船会社にも海外の海員を連れて来ればいいじゃないか。船のルールは世界共通。海外の安くて優秀な人材を入れれば、企業は助かるし切磋琢磨して技術だって上がるかもしれない」
     しかし、これは経済の話であると同時に安全保障の話でもあるんですね。先ほど、国内の物流ですら4割強を海運が担っていると書きました。海運が止まってしまうと海外からモノが入ってこなくなる!とよく言われますが、それ以前に国内の物流も壊滅的なダメージを受けますから、二重の意味で我々の生活は立ち行かなくなります。
     さらに、取材の過程である関係者が言いました。
    「あの東日本大震災があって、福島第一原発の事故が起きた。そのとき、日本へ向かっていた船はどうしたと思います?海外の船会社の船はみんな日本の港への入港を拒否したんですよ。船員が動かなければ船は動きませんよ」
    あの時はその後原発事故が一応の収束を見たことで物流がストップする事態も避けられたわけですが、もしもそのまま外航がストップしていたら...。今の日本海運の現状では、日本人が自力で維持することはできません。維持するために最低限どれだけの船が必要で、どれだけの人員が必要なのか?国土交通省の交通政策審議会海事分科会国際海上輸送部会が9年前の2007年に答申を出していました。

    『安定的な国際海上輸送の確保のための海事政策のあり方について(答申)』(国土交通省HP)https://goo.gl/5ka70J

    この答申の7ページに(4)日本籍船・日本人船員の必要規模という項があり、
    <① 全て日本籍船で輸送しなければならない状態が1年程度継続
    ② ①の状態において一定規模の国民生活・経済活動水準を確保するための日本への
    輸入を対象とした輸送力に対応する日本籍船の必要規模を試算>
    しています。そして、
    <一定規模の国民生活・経済活動水準としては、最低限の水準として、少なくとも健康で文化的な最低限度の生活水準と、当該水準に相当する経済活動水準が適当であると考えた。その水準の算出に当たっては、生活保護世帯の水準や最低賃金の水準を参考としたところ、最低限の水準は、概ね通常時の約3割強と試算された。>
    つまり、国民全員が生活保護世帯あるいは最低賃金での生活を余儀なくされる極限状態と想像してください。その時に日の丸を背負って日本人が船を動かす最低条件は、
    <日本人船員の必要規模の試算については、最低限必要な日本籍船に乗り組む船舶職員は全て日
    本人とするとの考え方を採り、以下のようなケースを想定する。
    ① 日本籍船の必要規模を前提に、日本人船員の必要規模を試算
    ② 日本籍船に乗組む船舶職員(船長1名、航海士3名、機関長1名、機関士3名)は全て日本人
    ③ 通年運航を可能とする最少限の船舶職員数>
    となります。

    そして出てきた試算が、

    <、最低限必要な日本籍船は約 450 隻となり、これらの日本籍船を運航するのに必要な日本人船員は約 5,500 人となる。>

    という驚くべき結果です。現在の日本籍船200隻弱、外航船の日本船員2000人強と比較すると、その脆弱さにうすら寒くならないでしょうか?それも、国民全員が生命を維持するギリギリの生活を受け入れた上で必要となるのがこれだけの数字です。どうでしょう?危機はすでに進行していると言っても決して言い過ぎにならないと思います。

     そう思えば、日本丸でまさに出航せんとしていた若者たちこそ、我々の日々の生活を影ながら担わんとする縁の下の力持ち。尊い存在に思えてきます。思うだけでなく、実際に支えるような仕組みを作らなくてはなりません。経済の話、海運の話だけでなく、安全保障の観点でも、どう予算をつけ、どう人材を確保していくのか。どんな立派な成長戦略があっても、そこでできた製品を運ぶ物流なくしては画竜点睛を欠きますよね。

     練習船日本丸は来年1月6日(金)にハワイ・カウアイ島、ナウィリウィリ港に到着。10日(火)にはオアフ島・ホノルルに到着し、14日(土)に同地を出発。2月8日(水)に東京に戻ってくるそうです。航海の無事を祈ります。
  • 2016年12月05日

    五輪バレー横浜アリーナ案の実現性

     このところイタリアの改憲に関する国民投票やオーストリアの大統領再選挙、韓国の大統領弾劾案などなど、海外からのニュースだらけになってしまっています。そんな中でテレビ各社が久々に国内ニュースで大々的に扱ったのが、2020年東京オリンピック・パラリンピックの会場問題。余りにお金がかかり過ぎるとして小池都知事が会場の見直しを提案し、すったもんだの末、東京都・組織委員会・政府・IOC(国際オリンピック委員会)の4者協議が開かれ、テレビ各社もその模様を生中継して大きく報じました。

    『五輪会場 ボート・カヌーは「海の森」 バレーボール先送り』(11月29日 NHK)https://goo.gl/1XRnAw
    <東京オリンピック・パラリンピックの経費削減を目指す東京都、組織委員会、政府、IOC=国際オリンピック委員会の4者協議は、都が見直しを提案していた3つの競技会場について、ボート・カヌーの会場は「海の森水上競技場」を整備し、水泳会場は東京・江東区の「オリンピックアクアティクスセンター」を新設し、座席数を1万5000席に減らすことを決めました。一方、バレーボール会場については結論を先送りしました。>
    <バレーボールの会場は、東京・江東区に新設する「有明アリーナ」と、既存の「横浜アリーナ」が検討されてきましたが、小池知事が「あとしばらくお時間を頂戴したい。クリスマスまでに結論を出したい」と述べ、結論を先送りすることになりました。>

     そもそもは事前に作業部会がまとめたそれぞれの競技会場の評価の報告のみマスコミ公開という予定で、その後の議論は非公開とし、結論を公開するという予定だったものが、小池知事の強い主張によりすべて公開となりました。すべて公開というプレッシャーもあったのか、予定されていた2時間半から大きく短縮し、10分遅れて始まったのに1時間ほど早く終わりました。その後、このバレー会場問題で横浜アリーナ案について、地元自治体の横浜市が難色を示しているという報道がされています。

    『五輪バレー横浜案、厳しい情勢 「海の森」は仮設に』(12月1日 朝日新聞)https://goo.gl/o2p6aE
    <2020年東京五輪・パラリンピックのバレーボール会場の見直しで、横浜市が既存の「横浜アリーナ」の活用案について、競技団体の意向を重視することなどを記した文書を、東京都などに出していたことが30日、関係者への取材でわかった。>
    <都や大会組織委員会などに提出した。東京大会の成功に向けて「最大限協力する」としたうえで、「(横浜アリーナ周辺の)民有地を活用する際、所有者への交渉などは都や組織委で対応いただきたい」「国内外の競技団体や国際オリンピック委員会(IOC)の意向の一致が重要」などの配慮を求めている。>

     この文書の信ぴょう性については、一部に疑問だとする向きもあります。発出が市長でなく、宛先も都知事でないので怪文書の類であると言った報道もありますが、まだ正式に競技会場として要請されたわけでもない段階でお互いのトップの名前をもって文書を出せるのか?逆にこの段階でトップの名前で正式な文書を出す方が段取りとして疑問という見方もできるわけですね。

     さて、この横浜市からの文書で重要なのが「(横浜アリーナ周辺の)民有地を活用する際、所有者への交渉などは都や組織委で対応いただきたい」という一節。仮に横浜アリーナに決まったとしても、周辺の環境整備に責任は持てませんよと予防線を張っているわけです。というのも、会場そのものがオリンピック競技開催の条件を満たすとしても、それだけでオリンピックができるわけではありません。当たり前ですが、選手の送迎、世界中からやってくる観客をどう迎えるか、導線の確保などをしなくては円滑に競技を開催できません。
     そのあたりの環境整備について、組織委員会の関係者に話を聞くと、
    「現実的な問題としては、横浜アリーナは不可能」
    と断言しました。
     横浜アリーナの周辺はオフィス街で、かつ周りに練習したりアップしたりするような施設がありません。かつてサッカーワールドカップの決勝戦を開催した日産スタジアム(当時は横浜国際競技場)が近くにありますから実績があるじゃないか!と言われるかもしれませんが、日産スタジアムの場合は鶴見川の河川敷に広大な公園(新横浜公園)があり、その中に練習場などを設置することが可能でした。地図を見れば一目瞭然ですが、横浜アリーナ周辺にそうした施設はなく、ワールドカップの時と同じ新横浜公園や日産スタジアムの付属施設などにアップ場を設置した場合、アップ後にどう移動するのかという問題が発生します。その期間道路を封鎖し、一般車の乗り入れを禁止すればいいという意見もありますが、これについては、
    「アリーナの前を通る環状2号線は物流の大動脈。ここを含めて封鎖となれば、営業補償が一体いくらになるのか見当もつかない」
    とバッサリ。結局、客観的な条件を挙げると横浜アリーナ案は難しいことは自明なのですが、問題はこれがすでに政治問題化しているというところ。
    「小池知事のメンツを保つために政治的に強行することも考えられるけれど、そうなると現場へのしわ寄せは大変なものになる。そもそも、クリスマスまでに会場周辺の環境整備なんてメドを付けることすら無理な話だよ」
    小池都知事からのクリスマスプレゼントの中身に、現場は戦々恐々としているようです...。
  • 2016年12月01日

    流行語トップテンに感じる違和感

     今日夕方、年末の風物詩とも言われる「2016ユーキャン新語・流行語大賞」が発表されました。ノミネート30語の中から年間大賞として、プロ野球広島東洋カープの鈴木誠也選手が発した「神ってる」が選ばれ、対象は逃したものの世の中に流行した言葉ということでトップテンも同時に発表、授賞式が都内のホテルで行われました。そのトップテンの中に「保育園落ちた 日本死ね」という言葉が選ばれ、民進党衆議院議員の山尾志桜里さんが表彰されました。

    『山尾議員「保育園落ちた―」受賞に「待機児童問題を政治のど真ん中に移動できた」』(12月1日 スポーツ報知)https://goo.gl/xQzSko
    <表彰式には、この匿名ブログについて2月19日の衆院予算委員会で取り上げた民進党の山尾志桜里議員(42)が青のジャケットスーツで登場。「私が賞を受け取っていいのかとも思うんですけど、声を上げた名もない一人のお母さんの言葉と、それを後押ししてくれた2万7862人の署名を下さった方たちに代わって、この賞を受けたいと思います」と話した。>

     普通は「神ってる」のようにその言葉を発した人、考え出した人が選ばれるんですが、この言葉に関しては世の中に広く紹介したという意味で山尾議員が選ばれたそうです。それもなんだか持って回ったような感じがして、だったらトップテンにしなくてもいいんじゃない?という向きもありますが、ま、それは置いておいて。この言葉そのものが非常に激しく、荒っぽい表現なので、言葉が一人歩きしていますが、そもそもどうしてこの言葉が国会で取り上げられたのか?一度おさらいしておきましょう。

     これが紹介されたのは、今年2月29日の衆議院予算委員会での質疑。山尾議員の安倍総理への質問の一環で登場しました。

    『第190回国会 予算委員会 第17号(平成28年2月29日(月曜日)』(衆議院HP)https://goo.gl/UmFv0v
    <○山尾委員 (前略)今、うれしい悲鳴、待機児童についてうれしい悲鳴と言っていないと総理はおっしゃいました。私、ここにフリップを用意しています。これを読んだ、これを今見ている国民の皆さんが、総理はうれしい悲鳴と言ったのかどうか、判断は国民の皆さんに委ねたいと思います。

     一方、私、今総理に紹介した......(発言する者あり)ちょっと静かにしていただけますか。総理に紹介をしたこの当事者の悲鳴を、やはりちゃんと国民の皆さんにも知ってもらいたい、そしてこの予算委員の皆さんにも見てもらいたい、こう思って、フリップと資料を準備しましたよ。でも、与党の皆さんが、これを委員の皆さんに配ってもいけない、国民の皆さんにフリップで見せてもいけない、そういうことですので、私は、本当に安倍政権というのは、都合の悪い声は徹底して却下する、都合の悪い声は徹底して無視する、本当にそういう安倍政権の体質の象徴となる対応だと思いました。

     でも、私がこの場で発言をすることまで与党の皆さんは禁止されないと思いますので、この場で御紹介をさせていただきます。国民の皆さん、フリップに出せませんけれども、聞いてください。

     保育園落ちた、日本死ね。何なんだよ、日本。一億総活躍じゃねえのかよ。きのう見事に保育園落ちたわ。どうすんだよ、私、活躍できねえじゃねえか。子供を産んで子育てして社会に出て働いて税金納めてやるって言ってるのに、日本は何が不満なんだ。子供産んだはいいけど、希望どおりに保育園に預けるのほぼ無理だからって言ってて子供産むやつなんかいねえよ。まじいいかげんにしろ、日本。

     確かに言葉は荒っぽいです。でも、本音なんですよ。本質なんですよ。だから、こんなに荒っぽい言葉でも、共感する、支持する、そういう声が物すごい勢いで広がって、テレビのメディアも複数全文を取り上げ、複数の雑誌も取り上げて、これは今社会が抱えている問題を浮き彫りにしている。それを、与党の公述人もそうやっておっしゃったんですよ。>

    ちなみに山尾議員が問題にした講演での発言については、安倍総理はこの委員会での答弁でこう述べています。

    <○安倍内閣総理大臣
    (前略)
    それは恐らく、読売国際経済懇話会、平成二十七年の十一月六日の私のスピーチだろうと思います。ここで私が述べたのは、しかし、ことし、待機児童は前年よりふえてしまった、安倍政権発足以来、女性の就業者が九十万人以上ふえたから無理もないことであります、その意味で、うれしい悲鳴ではあるのですが、待機児童ゼロは必ずなし遂げてまいります。

     私が言ったのは、その意味でということは、就業者が九十万人以上ふえたというところに置いているわけでございまして、普通の読解力があればそれはわかるのではないのかなと思うわけでございます。>

     待機児童問題は、そもそも保育園の不足という問題から発生します。そして、各自治体は認可保育園の数を増やしてこの問題に対応するわけですが、その過程で保育園の数を増やし枠を増やすことで、今度は子どもを保育園に入れて働こうという就業希望者が増え、その結果増やした枠以上に応募者が殺到し、さらに問題が深刻化するということが言われています。これは極端な暴論ですが、保育園の枠を増やしたところで世の中が不景気のままであれば就業希望者が増えず、待機児童問題は解決に向かいます。(もちろん、その裏で不景気なために就職の希望すらしなくなった失業者が増えて、社会不安が増大すると言うもっと大きな問題が起こるのは言うまでもありませんが)待機児童問題の解決への施策と並行して、アベノミクスによる景気回復が重なったので、特に都市部で待機児童問題が深刻化した面もあるわけですね。
     これはもちろん、公的機関がさらに社会保障への支出を増やすことで施設をもっと多く作れば解決へ向かっていきます。世間の注目が集まることで予算が付くという側面もありますから、このセンセーショナルな言葉を紹介することで解決に向け加速させた一面もあるでしょう。山尾議員自身、受賞のスピーチでこう述べています。

    <「奇跡のような流れの中、安倍総理に質問したら、たくさんの人たちが私たちも名前を名乗るよと署名が集まって。そこから待機児童問題が政治問題の隅っこからど真ん中に移動できた。これからは解決する段階と思う」>

     ただ、この言葉が問題の焦点をぼかした部分もあると私は思うんですね。というのも、都市部での保育園不足は公的セクターが解決するべき問題であるという部分にフォーカスし過ぎてしまった感があるのです。もちろん、実際に予算を付けて政策として保育園を整備していくのは自治体の仕事です。しかし、自治体だけがどんなに頑張っても、解決しない問題があります。最近問題になっている保育園反対運動です。

    『吉祥寺の認可保育所、開設断念 住民反対で事業者が撤退』(9月29日 朝日新聞)https://goo.gl/ikc4W3
    『住民が保育所猛反対 芦屋で開園を断念』(8月23日 神戸新聞)https://goo.gl/hTuv6S

    「保育園 反対」というキーワードでニュース検索をかけるともう出るわ出るわ。この問題、どの記事でも、住民のインタビューを読んでも、「市の説明がない」「市の仕切りが悪い」「市がきちんと進めなかった」と自治体の不作為が問題の根本であるというようなことが書かれています。反対派の住民も、保育園を求める親たちもおそらく自治体が悪いと思っているのでしょう。

     しかし、本当に利害がぶつかっているのは「反対派の住民対自治体」、「保育園を求める親対自治体」なのでしょうか?事業主体は自治体であっても、あるいは自治体が委託した業者であっても、本当にぶつかっているのは「静かに暮らしたい住民」対「子育てをしながら働きたい住民」の利害対立なのではないでしょうか?

     保育園建設に反対している「静かに暮らしたい住民」も、かつては子育てをした経験があるかもしれません。その当時は共稼ぎをせずとも十分に生活できるだけの収入があったり、今ほど生活費が高くないので、または親戚縁者の助けがあって保育園が必ずしも必要なかったのかもしれませんが、今逆の立場に置かれたらどうか?あるいは今保育園を作ってほしい、子育てをしながら働きたい住民も、子育てが一段落するであろう20年後にも同じ問いをされたらどう答えるのか?

     これは住民と住民、市民と市民の利害対立であって、間に挟まれる自治体は媒介者でしかないのではないか?そう考えるときに、「保育園落ちた 日本死ね」と公に責任を求めるのが政治家として正しい立場なのでしょうか。住民同士が膝詰談判して、直接意見をぶつけ合うなどして「認知の壁」を取り払わない限り、お互いに自己主張だけして何の解決にもならないのではないでしょうか。

     「保育園落ちた 日本死ね」という言葉は、問題の一面をクリアカットに見せる効果はあったのでしょう。一面に光を当てすぎると、それ以外の面はすべて影になって見えなくなってしまいます。その影にこそ光を当てることが、政治家の役目ではないかと思うのです。受賞にはしゃいで「これからは解決する段階と思う」なんて他人事のコメントをしている場合ではないのではないでしょうか?
  • 2016年11月21日

    ミュージックソン・アシスタントを仰せつかって

     このブログでのご報告が遅れましたが、私、今年の第42回ラジオチャリティミュージックソンのアシスタントを仰せつかることになりました。番組では何度もお知らせしていますので、『ザ・ボイス』をお聞きの方はご存じかもしれませんが、今年のパーソナリティは女優の斉藤由貴さん。ニッポン放送では、月曜~木曜夜10時から放送中、『オールナイトニッポン MUSIC10』の木曜パーソナリティとしてもお馴染みです。
     私自身は、ミュージックソンのアシスタントを担当するのは2度目。1度目は2009年、メインパーソナリティは俳優の高橋克実さんでした。なぜ私?というのは私自身も感じているところですが、『ザ・ボイス』を担当しているということもあって、ここ数年音の出る信号機やホームドアなどを取材しレポートしてきた集大成と思って頑張ろうと思います。24時間全てを聞けとは申しませんので、一部分であってもお聞きいただき、目の不自由な方の日常に思いを馳せていただければ幸いです。12月24日の正午から翌25日の正午まで、どうぞよろしくお願いいたします。

     その上で、現時点での考えを幾つか備忘録的に書き留めておこうと思います。
     今年は、8月15日に地下鉄銀座線、青山一丁目駅で目の不自由な方が盲導犬の誘導にも関わらずホームから線路へ転落し、進入してきた電車にはねられるという非常に痛ましい事故が起こりました。前述の通り、ここ数年ホームドアや音の出る信号機、天井ブロックなど、目の不自由な方を守るべく整備されたインフラを取材して報告してきた身としては、まさに痛恨の極み。どうしてこのような事故が起こってしまったのか?しかもそれが周りに人も沢山いたであろう都会のど真ん中で起こってしまったのか。暫く呆然としていた私にも、様々な問題意識が沸き上がってきました。

     そもそも、目の不自由な方に対する日本のインフラというのもは、驚くことに世界最先端をいっているそうです。これは、音の出る信号機や点状ブロックを研究され、その分野の第一人者でいらっしゃる、岡山県立大学の田内特認教授にインタビューしたときにもお話しいただきました。また、目の不自由な方の立場からも、たとえば日盲連(日本盲人会連合)の鈴木孝幸副会長(当時)や、ホームドア整備に関して目の不自由な方と健常者、そして鉄道事業者を繋ごうと活動しているNPO法人『鉄道ホーム改善推進協会』の今井会長にも同じようにお話をいただきました。
     要するに、この問題に関して専門で取り組んでいる方々が立場の違いを越えて異口同音に仰っているのが「日本はインフラなどのハード面は非常に進んでいる」ということ。では、何が足りないかといえば、ソフト面での対応。すなわち、我々健常者が、あるいは社会全体として目の不自由な方をどう包摂して行くかという部分です。本来であれば、社会的な包摂、多様性を重んじる、どちらかと言えばリベラルな論調のメディアこそハード面よりもソフト面の充実を言わなければいけないんですが、その最右翼(というか、最左翼?)の東京新聞ですらこの記事が一面トップです。

    『ホームドア設置前倒し 東京メトロ 銀座線など最大1年』(11月4日 東京新聞)https://goo.gl/x2UtSt
    <駅での視覚障害者の転落やベビーカーの引きずり事故が相次いだことを受け、東京メトロは四日、銀座線、東西線、半蔵門線でホームドア設置を当初計画より最大一年前倒しすると発表した。八月に盲導犬を連れた男性がホームから転落して死亡した銀座線青山一丁目駅をはじめ、障害者の利用が多い駅を優先する。>

     ホームドアがなかったから事故が起こったということが前提にあって、ホームドアがその唯一の解決策であるというような書きぶりに私は驚きました。夏休みのど真ん中であったとはいえ、青山一丁目の事故があった時に周りにまったく誰もいなかったわけではないでしょう。あんなにホームの端を歩いていたら危ないな。そういった想像を抱いた人もいたかもしれません。でも、誰一人、それを行動に移せなかった...。ことの本質はそこにこそあるのではないでしょうか?ちなみに、東京新聞は目の不自由な方の声のかけ方について、こんな優れた記事も書いています。

    『視覚障害者の事故防止 声のかけ方に「こつ」』(10月6日 東京新聞)https://goo.gl/GjooUg

     先日、ある鉄道会社の幹部に取材したところ、
    「会社としても安全第一がモットーだし、ホームドアの整備を急ぐというのは全社で共通していると思う。ただ、一方で大多数のお客さんは定時運行も非常に重視している。それに、一つの駅にホームドアを設置するだけでも億単位のカネがかかる。営利企業としては非常に大きな出費」
    と、苦しい胸のうちを明かしてくれました。
     言外には、我々事業者がハード面を強化するのも大事だが、一方でメディアや公的機関が率先して、ソフト面の啓発を担ってくれないと厳しい。という思いをにじませて語っていました。鉄道事業各社は「声かけ・サポート運動」を今週末から始めます。

    『「声かけ・サポート」運動強化キャンペーンを11月25日(金)から実施します。』(東京都交通局HP)https://goo.gl/brwEHk

     私も微力ながら、募金と平行してそうしたソフト面も訴えていきたいと思っています。第42回ラジオチャリティミュージックソン、どうぞよろしくお願いいたします!

  • 2016年11月14日

    GDP3期連続プラスだが...

     今年7月~9月のGDP速報値が今日発表されました。今日の夕刊では各紙大きく扱っていて、どちらかと言えば好意的な評価が多いようです。

    『GDP実質2.2%増 7~9月年率、輸出・住宅伸びる』(11月14日 日本経済新聞)https://goo.gl/h3SEHw
    <内閣府が14日発表した2016年7~9月期の国内総生産(GDP)速報値は、物価変動の影響を除いた実質の季節調整値で前期比0.54%増、年率換算で2.2%増となった。プラスは3四半期連続。アジア向けを中心に輸出が伸び、国内でも住宅投資が堅調だった。一方、内需の2本柱である個人消費と設備投資はゼロ近傍で停滞した。>

    『7-9月GDP 年率+2.2% 3期連続プラス』(11月14日 NHK)https://goo.gl/W5TPrg
    <ことし7月から9月までのGDP=国内総生産は、個人消費の伸び悩みが続く中、輸出の増加に支えられて、前の3か月と比べた伸び率はプラス0.5%、年率に換算してプラス2.2%となり、3期連続でプラスとなりました。>

     各社、3期連続プラスを強調し、その要因として輸出が伸びたことをしきりに報じています。3か月での伸びは季節調整済みの実質で前の期と比べて0.5%のプラス。この伸びが一年間持続すると仮定した年率換算では、2.2%のプラス成長としています。日経が見出しに取った2.2%プラスというのはそういう数字であって、3か月で2.2%伸びたわけではありません。
     それにしても、この見出し2つを見ても実感とだいぶ離れていることに何となく居心地が悪くなります。プラスだプラスだと言われますが、本当にそうなのか?賃金もさほど伸びないし、ん~、なんだかなぁというモヤモヤが募っていませんか?発表されたGDPの数字を見ると、その訳が何となく分かります。

    『2016(平成28)年7~9月期四半期別GDP速報 (1次速報値)』(11月14日 内閣府HP)https://goo.gl/LUEz8g

     まず、7月~9月期の季節調整済みGDP成長率を名目と実質で比べると、名目0.2%、実質0.5%。GDPの計算はまず名目値を出して、そこから物価の動向を織り込んで実質値を算出します。たとえば、名目4%成長で、物価上昇が2%だとすれば実質成長率は2%となるわけです。
     今回は、名目が0.2%で、実質が0.5%。ということは、物価上昇がマイナス0.3%ということ。先のことは分からないので7月~9月に限ったことかもしれませんが、ついにデフレに逆戻りしてしまった可能性が高いわけです。
     本来ならば、これは大問題。デフレ脱却は安倍政権の一丁目一番地のはずですから、事ここに至れば大規模なてこ入れをしなくてはいけません。内閣府側は冷夏や天候不順があったうえ、円高基調、原油安があったので物価が押し下がった旨の説明をしていて、一部の記事ではそのことに少し触れているものもありましたが、記事の後ろの方でちょこっと。個人消費や設備投資の足踏みなどに紙幅を割いています。
     確かに、個人消費や設備投資は季節調整済みの実質で見ても寄与率0.0がずらっと並んでします。明るいのは民間住宅(寄与率0.1)ですが、これはマイナス金利に踏み込んだ日銀の金融緩和の効果でしょう。
     また、公的需要の部分では政府最終消費支出はプラスだったんですが、問題は公的固定資本形成が前期比0.7%のマイナス。これは、政権が景気下支えのため予算の前倒し執行を続けてきましたが、少し息切れしてきたことが原因でしょう。
     さらに、輸出が全体を引っ張った旨メディアは報じていますが、これもどうなのか?実質値では確かに輸出が伸びていますが、実際の取引の数字である名目値では輸出もマイナス。さらに、国内需要の冷え込みで輸入が4期連続でマイナスですから、『輸出-輸入』で表される純輸出ではプラスに作用します。輸出が増えたというよりも、輸入が減ったのでプラスになっているわけで、決して好感できる数字ではありません。
     数字だけ見れば「緩やかな回復基調が続いている」(石原経済再生担当大臣)わけですが、内実は思いの外グラグラしているのではないでしょうか?

     今回、前倒し執行の反作用で政府公的資本形成がマイナスに転じました。今後、第2次補正予算の早期執行しなくては、予算ショートで景気は息切れしてしまいます。さらに第3次補正予算の編成も視野に入れなくては、10月~12月期、1月~3月期の半年が心許なくなります。本来はまさに景気にとって正念場のはずですが、メディアがそうした報道をせず、表面を撫でるような見出しばかり。非常に心配です。杞憂であれば、それに越したことはないんですが...。
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プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

■Twitter
「飯田浩司そこまで言うか!」

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