• 2017年01月18日

    インターバル規制に落とし穴?

     去年の後半に電通の女性社員の過労自殺などで注目が集まった長時間労働の弊害。今年は『働き方改革元年』という旗印で、いわゆる日本型労働慣行と呼ばれるものを改革しようという機運が盛り上がっています。残業を減らすにはどうしたらよいのか?昔から浮かんでは消え、浮かんでは消えるこの問題。フィスを強制的に消灯させてみたり、上司が残業していないか見回ってみたり、はたまた早朝出勤を奨励して、その分社員を早く帰してみたり...。

    『PC強制終了・ノー残業デー...長時間労働なくす実践例』(2016年12月25日 朝日新聞)https://goo.gl/RPFFIU
    <多くの会社がとりくんでいるのが、「経営層から長時間労働是正へのメッセージを発信」(53社)、「各人の労働時間を集計し役員会に報告。長時間労働の部署へ是正措置を求める」「新任管理職に対し労働時間管理を含む研修を実施」「有給休暇取得の進捗(しんちょく)などを管理する仕組み」(いずれも50社)、「全社毎週水曜日」など一律の「ノー残業デー」(49社)。>

     そんな中でここ1年ほどで注目されだしたキーワードに『インターバル規制』というものがあります。インターバル規制とは、前日の終業から翌日の始業までの間の時間をきちんと確保しましょう、そのために最低限空けるべき時間を決めて規制しましょうというもの。これを使えば、前日に深夜に及ぶ残業をした場合、翌日の出社時間を遅らせて休息をとることができます。現状の一般的な就業規則では、前日どんなに残業しても翌日はきちんと定時に出社しないと遅刻扱いになって評価が下がったり、半休扱いになったりしてしまいます。それを避けるために、休息を取らずに無理やり出社するのを続けていては肉体的にも精神的にも問題だというのは議論の余地はないでしょう。
     ただ、企業経営者側からすると、一律にインターバル規制で縛られてしまうと、繁忙期に柔軟に対応できなくなる、業務に支障が出ると難色を示す場合が多いようです。実際、この『インターバル規制』を導入している企業は厚生労働省によれば全体のわずか2%。社員はあくまで使い勝手が良くないといけないという企業経営者側の心理が露骨に表れています。

    『インターバル規制に企業及び腰 業務後に休息時間保障、継続に支障も』(1月9日 産経新聞)https://goo.gl/YUAvNz
    <電通の過労自殺問題で企業の長時間労働対策への関心が高まる中、翌日の出勤までに休息取得を義務付ける「勤務間インターバル規制」に注目が集まっている。厚生労働省によると、導入企業はわずか2%。普及を後押ししようと助成金制度も創設されたが、経営者側には「業務に支障が出る」との抵抗感が根強い。>

     しかしながら、過労自殺の事例で休息がほとんどないようなスケジュールで動いていたことなどが明らかになると、徐々にではありますがインターバル規制を導入する企業が増えてきています。

    『インターバル制 導入機運 ユニ・チャームや三井住友信託 退社→出社に一定時間確保』(1月12日 日本経済新聞)https://goo.gl/VRThpv
    <従業員が退社してから翌日の出社まで一定時間を空ける制度を導入する企業が増えている。KDDIなどに次ぎ、三井住友信託銀行が昨年12月から導入したほか、ユニ・チャームやいなげやも今年から採用する。制度が義務化されている欧州に比べ、日本での取り組みは遅れている。長時間労働の是正が経営の重要課題になるなか、政府も同制度の普及を後押しする考えで、今後追随する企業が増えそうだ。>

     ただ、ここにも落とし穴があるように私は思うのです。
     まだまだ事例が少ないということで、国内で先行している企業の仕組みや海外、特に欧米企業がすでに導入している仕組みが一つのモデルのようになりつつあります。『インターバル規制』でニュース検索をするとだいたい登場してくるKDDIの最低8時間やJTBグループの9時間~11時間といったところが一つの相場観を形成しているようです。EUが最低11時間の休息を義務付けているというのもあり、今後の議論も9時間~11時間が一つの目安になっていくでしょう。

     しかし、11時間の休息というのは日本の企業社会の中で果たして十分な休息に値するのか?9時定時の勤務体系で11時間休息と考えると、退社は夜10時までは範囲内ということになります。ここから自宅までの移動距離、移動時間が欧米と日本ではまるで違います。地方都市であれば、大部分の人が30分以内で自宅まで帰ることができるかもしれませんが、大都市圏ではそうはいきません。仮に1時間だとしても、往復で2時間。帰ってから食事をして、少し家事をして、自分の時間を取って...となると、睡眠に当てられる時間はどんどん削られていきます。追われるように朝起きて、満員電車に揺られながら出社では、インターバル規制の目的の『十分な休息』とは程遠い生活です。ところが、傍から見れば、インターバル規制を遵守しているホワイト企業ということになるわけですね。

     インターバル規制を設けることで、かえって「ここまでだったら働かせてOK」という目安になってしまっては本末転倒です。せめて、移動時間もある程度考慮しての拡大インターバル規制にできないものでしょうか?そうなると、個々人でインターバル時間に差が出来てしまい、管理が煩雑になってしまうから導入企業が減ってしまう。そんな批判が聞こえてきそうですが...。
  • 2017年01月09日

    トランプ氏のトヨタ批判

     先週末、アメリカのトランプ次期大統領がトヨタ自動車を名指しで批判したことが国内で大きく報道されています。「トランプ砲、ついにトヨタを標的に!」といったニュアンスで、暴れん坊にロックオンされた!日本危うし!といった具合の報道が散見されます。

    『トヨタ批判に激震走る=トランプ氏への懸念現実-身構える日本企業』(1月6日 時事通信)https://goo.gl/ZzLuZh
    <メキシコでの自動車生産を攻撃するトランプ次期米大統領が、日本を代表するトヨタ自動車を名指しで批判した。日本企業が標的にされる懸念が早くも現実のものとなり、年初の行事が続く日本の産業界に激震が走った。北米で事業を展開する日本企業は次の攻撃対象にされるのではないかと身構えている。
     「米国に工場を建設するか、国境で巨額の税を支払え」。トランプ氏がツイッターで問題にしたのは、トヨタが北米などに輸出するカローラの生産工場をメキシコに新設する計画だ。豊田章男社長が5日、東京都内で計画に変更がない考えを示したのに対し、トランプ氏が激しく反応した。>

     相手が悪名高きトランプ氏ということでかなりセンセーショナルな報道のされ方ですが、身もふたもない言い方をすればアメリカっていうのはこういう国だというのが正直な感想です。1980年代から90年代の日米貿易摩擦の時代のみならず、ごく最近でも政治的にはトランプ氏と正反対だったオバマ政権下であっても日本企業狙い撃ちのバッシングはありました。同じくトヨタ自動車が2009年から10年にかけて巻き込まれた一連のリコール騒動など、その典型です。この時は、トヨタ車を運転中に発生した急加速事故について、事故の原因がトヨタ車にあるとの主張が展開され、就任直後の創業家出身の豊田章男社長がアメリカ議会の公聴会に招致されました。

    『トヨタ自動車の豊田章男社長、米議会公聴会で謝罪』(2010年2月25日 ウォールストリートジャーナル)https://goo.gl/psbaLb
    <トヨタ自動車の豊田章男社長は24日(日本時間25日)に開かれた米議会での公聴会で、「われわれは決して問題から逃げない」と言明した上で、トヨタ製車両の急加速に関連した事故について謝罪した。その上で、同社の電子スロットル制御システムの設計上の欠陥はないと「完全に確信している」と表明した。>
    <これに先立ち、ラフード米運輸長官は同委員会に対し、最近のリコール(回収・無償修理)の対象となっているトヨタ製車両は必要な改修が施されない限り安全ではないとの見解を示した。>

     この時は今のトランプ氏の批判以上にタチが悪く、最終的にはトヨタ車側には欠陥が無かったことが後に分かりました。つまり、存在しない罪状で散々報道された挙句、詳細な調査の結果は「シロ」だったわけです。

    『トヨタの悔しさ、NASAが晴らす』(2011年2月10日 中央日報)https://goo.gl/yIwkZ5
    <トヨタ自動車の急発進事故に電子制御装置はいかなる関係もない、という米国政府の調査結果が出てきた。ラフード米運輸長官は8日(現地時間)の声明でこのように明らかにした。 
      ラフード長官は「この10カ月間、運輸省傘下の米高速道路交通安全局(NHTSA)と米航空宇宙局(NASA)の専門家が急発進事故の原因を調べた結果、電子制御装置ではいかなる問題点も見つからなかった」と述べた。また「トヨタ車の急発進事故原因は物理的なものかどうか分からないが、電子的なものではない」と説明した。 >

     この間、2010年の11月にはオバマ政権1期目の中間選挙が行われていました。全てが選挙のためだったとは言いませんが、NASAまで動員して10か月も調査して、電子制御装置にいかなる問題点も見つからなかったわけですから、単にトヨタ車の危険を喚起する以上の意図を感じずにはいられません。
     ことほど左様に、国内向けのパフォーマンスとして外国企業をダシに使うのは良くある話。特に国内の支持者向けパフォーマンスを重視するトランプ氏なら、さもありなん。河井総理補佐官も「トランプ氏側近が『発言を文字通りに受け止めるのではなく、真意を受け止めるべきだ』と話していた」を明かしています。

    『トランプ氏トヨタ批判に「うまく付き合って」 首相補佐官 』(1月8日 日本経済新聞)https://goo.gl/m6CzJb

     アメリカの政策は、アメリカの有権者の総意で決めること。部外者の日本はある程度の意思を伝えることは出来ても、最終的に決断を左右することはできません。まさに、「うまく付き合う」以外に方法はないわけで、トランプ氏のツイッターが連日新聞の一面を飾り、右往左往する必要はないわけです。
     それに、実は日本は戦後一貫して内需主導の国。GDPに占める貿易の割合は2割もありません。外部要因で右往左往するのは、内需が弱いことの裏返しです。ならば、今政策として必要なのは内需を振興して外的ショックに強い経済を作ることに他なりません。昨年末に閣議決定された平成29年度当初予算では財政出動は抑え気味の数字が並んでいました。それもこれも、「財政再建」の名の下に国債発行が抑制されたからなわけですが、一方で債券市場は新発国債を心待ちにしています。結果、こんなニュースが大きく扱われるわけです。

    『前倒し債の発行枠56兆円に増 財務省17年度、利払い費抑制』(1月9日 日本経済新聞)https://goo.gl/CRA8Ew
    <財務省は翌年度の予算で使うお金を1年早く調達する、国債の「前倒し債」の発行枠を2017年度に引き上げる。16年度の当初計画から8兆円拡大して過去最高の56兆円に増やす。日銀のマイナス金利政策に伴う調達金利の低下を生かして将来の利払い費を抑え、債券市場の流動性の向上も図る。>
    <市場では「流動性の向上にも寄与する前倒し債の上限額の引き上げは債券市場にも配慮されたもの」(証券会社)と歓迎する声がある。>

     財政再建のために当初予算の国債発行は絞ったはずなのに、翌年度の予算に使う前倒し債は大きく増やす。財政再建を声高に主張し、そのために増税しろ!と言い続けてきた経済マスコミは批判しなくてはいけないのに、そうした声は聞こえてきません。翌年度予算のために国債を発行してお金をプールしておくくらいなら、直近の予算に使った方がいいでしょう。それで景気が浮揚し、税収が増えればその方がよっぽど財政再建に資するはずです。そんな単純な話がなぜ出てこないのか?日本経済が活性化するのがそんなに不都合なんでしょうか?トランプ氏のツイッターにいちいち反応して大騒ぎする前に、報じるべきことは他にもあるのではないでしょうか?
  • 2017年01月05日

    物流は経済の血液

     明けましておめでとうございます。本年も、ザ・ボイスともどもよろしくお願いいたします。

     さて、年末最後の放送では「物流」についての取材レポートしました。このブログでも取材の度にご報告してきたものですが、海員の養成と鉄道貨物輸送についてまとめて報告という形をとりました。前々からコツコツと取材してきたものを年末のタイミングで放送したわけですが、期せずして年末には物流業界についていくつかニュースが出てきて、タイムリーな内容の放送となりました。

    『佐川急便が謝罪 従業員が荷物投げつける動画が拡散』(2016年12月27日 朝日新聞)https://goo.gl/TC9xy2

    『佐川急便が「全国的に配達、配達の遅延」と"予告" 年末の荷物増加に人手不足で』(2016年12月28日 産経新聞)https://goo.gl/ETJU1b
    <宅配便の一部に配達の遅れが出ている。年末で荷物が増え、人手不足に陥ったためで、宅配大手の佐川急便はホームページ(HP)に「全国的に集荷、配達の遅延が見込まれる」と掲載した。宅配各社は年内だと31日まで荷物を受け付けるが、早めに出すよう呼び掛けている。>

     最初に挙げたニュースは、その動画がセンセーショナルなだけに年末のニュースでかなり扱われましたが、問題の本質は2番目の方だと思います。年末で運送の需要が一時的にグンと伸びたため、人手を確保することができず、結果荷物をさばききれないという事態が生じたわけですね。アマゾンなどのEC需要の爆発的な伸びで小口貨物の処理能力を上回ってしまったといった解説がなされています。今後、景気が良くなって個人消費が増えれば、それにつれてECも伸びていくでしょう。そんな時、輸送の部分でキャップがはまり、結果思うように需要をさばききれず経済成長を阻害してしまう。物流がボトルネックとなる事態も想像されるわけですね。

     ただし、こうした事態は実は何年も前から一部では指摘されてきました。この年末と同じような事態は過去にも起きていたんです。たとえば、2014年3月。

    『断絶を超えて(2)昨日の敵は今日の友 「協争」の時代が来た』(1月3日 日本経済新聞)https://goo.gl/FQZhK9
    <「どうしてくれるんだ」。取引先の怒鳴り声が耳に痛い。ハウス食品物流子会社の担当者はうなだれるしかなかった。
     アベノミクス景気が盛り上がった2014年3月。トラックの運転手が確保できず、約束の期日に配達できない食品メーカーが相次いだ。>

     この記事には欺瞞があって、「アベノミクス景気が盛り上がった2014年3月」という表現は間違ってはいませんが、それだけで物流現場が悲鳴を上げるほどの供給不足を説明はできません。正しくは、「"消費税増税直前の駆け込み需要がピークを迎えた"2014年3月」のはずです。なぜなら、アベノミクス景気が盛り上がってこの先も好景気が続くという見通しが立っていれば、人手の確保のため高賃金であっても増員を掛けたはず。しかし、増税後には需要の冷え込みが見えていたから今いる人員で対処せざるを得ず、結果記事のように期日までに配達できないケースが散見されたわけです。
     それだけ消費増税が日本経済に対して負のインパクトがあったということの証左なわけですが、結果として景気が冷え込んだために、その後物流現場の人手不足の声はしばらく鳴りをひそめてしまいました。しかし、それは決して問題が解決したからではありません。冒頭のニュースの通り、年末年始など需要が一時的に伸びた時には問題が顕在化してくるわけです。

     そして、この物流現場での人手不足も現場現場で事情が異なります。地域配送については女性の活用やパートなども組み合わせて何とかしのいでいますが、問題は長距離ドライバーの決定的な不足。国も対策を打ち出し、荷台を連結して運べる荷物を増やす規制緩和を行ったり、新たな免許の区分を設けて若者もトラックを運転できるようにしたりと手を打っていますが、問題は賃金が上昇しないこと。
     かつてはトラックのハンドルを握って金を貯め、それを元手に起業して上場企業にまで育て上げた立志伝中の人物がたくさんいました。今、これだけ起業による経済活性化が叫ばれているのに、こうした叩き上げ型の起業で大きくなった企業をあまり見なくなったのはデフレと無関係ではありません。とにかく安くを目指す中で真っ先に削られていったのが輸送コスト。90年代後期、そして2000年代は消費者と向き合う大手小売業のコストカット圧力を受け、今はECの無料配送の荒波をかぶる物流業界。底辺への競争を余儀なくされ、結果賃金は低く抑えられたまま。これでは若い人がハンドルを握ろうなんて考えもしません。
     無料配送が果たして小売業がコストを負担して客へサービスしているのか、それとも物流業者の儲けが削られているのか、利用者が意識しなくては、こうした「安ければ安いほど良い」という風潮は変わらないでしょう。物流業者に正当な対価を支払うことで、冒頭の荷物を投げるようなモラルハザードを防いでいく。本来はあのニュースはこうした議論を喚起する恰好のニュースのはずです。

     そしてもう一つ。長距離ドライバーの人手不足を手当てする一つの方法として、鉄道輸送の活用があります。年末の番組でJR貨物の田村社長にインタビューしたのですが、
    「今、トラックの人手不足をカバーするために自動運転や追随運転(前のトラックについていくようプログラミングしてその間は自動運転に任せる航法)が注目されているが、ある意味鉄道輸送はそれを先取りしている。貨物列車一編成で10トントラック50台~65台分の輸送力がある」
    と仰っていました。
     ただ、「定時・長距離・大量輸送」が得意な鉄道輸送は、貨物駅まで荷物を運んだあと「短距離・小口」で最終的な配送をする自動車輸送にどう繋ぐか、その結節点をどうスムーズにするかに課題があります。そこで、従来の12フィートコンテナだけでなく、そのままトラックに乗せて大型トラックと同じように活用できる31フィート・ウィングコンテナの活用が進んでいます。

    『31フィート・ウィングコンテナ』(全国通運連盟HP)https://goo.gl/xN6KD3

     さらに、鉄道貨物ヤードの脇に物流倉庫を建設することにより、運んできた荷物をその場で仕分けし、小口に分けてトラック配送するといった構想も進んでいて、一部はすでに実現しているそうです。

     物流は経済の血液と言われます。物流がダメージを受けたときにどれだけ生活に影響するかは、東日本大震災後に味わったはずです。デフレから脱却するためにも、そして日本経済の繁栄のためにも、もっともっと物流を大切にする必要があると思います。
  • 2016年12月27日

    ラジオチャリティミュージックソン御礼

     斉藤由貴さんをメインパーソナリティにお送りした第42回ラジオチャリティミュージックソン。おかげさまで24時間生放送の特別番組を終えることができました。特別番組が終了した12月25日の昼12時時点での募金総額は、5775万2614円。皆様のご協力に感謝いたします。

     今回私は24時間アシスタントとして番組と関わりました。さまざまなゲストの皆さんとオンエアで、あるいはオフトークでお話することができ、自分自身も新たな気づきが沢山ありました。
     その中でも、25日の早朝にスタジオに来てくださった全盲のヴァイオリニスト・増田太郎さんの「目を貸してください」という一言が非常に印象に残っています。「手を貸してください」ではなく、「目を貸してください」。
     私もこのブログで何度か書いていますが、音の出る信号機やホームドアが整備されていくとしても、どうしてもケアが届かない部分がある。それをカバーするためには、ハード面の整備のみならず、ソフト面で、端的には健常者が助けるのが当たり前だという社会を作っていかなくてはならないと思っています。それを増田太郎さんは一言で、「目を貸してください」という言葉にしてくれました。そして続けて、「誰もが音の出る信号機にも、音の出る自動販売機にも、音の出るエスカレーターにもなれるんです。どうぞ、目を貸してください」とおっしゃいました。たった一言、声をかけることがどれだけ目の不自由な方の助けになるか。実感のこもった言葉でした。

     そして、その後にゲストでいらっしゃったのが、全盲のエッセイストで絵本作家、三宮麻由子さん。今回、三宮さんの監修で、『勇気のいらない簡単声かけ&サポートマニュアル』を作りました。

    http://www.1242.com/radio/musicthon2016/archives/820

     詳しくは、このHPをご覧いただければと思うんですが、三宮さんとオフトークで話していると、意外や意外、こうして体系的にマニュアルとしてまとまっているものは今までほとんど例がなかったそうです。今年夏の青山一丁目駅での転落事故や去年の盲導犬を連れてのトラックの事故など、痛ましい事故が起こると、事故の報道にそれに伴って目の不自由な方に声をかけましょうという記事が出ますが、それは駅構内に限った話だったり道での誘導の仕方だったりで、場面場面の細切れの情報だったんですね。路上から鉄道施設やバスといった交通機関、それに買い物など生活に必要な場面でのサポートの仕方をまとめたのは、「ありそうでなかった」そうです。

     そんなことを由貴さんや三宮さんと話しながら、ふと思いました。42年前、ラジオチャリティミュージックソンが始まった当時の日本には、音の出る信号機が圧倒的に足りませんでした。ほとんど、信号機で音が鳴るという概念そのものがなかったのでしょう。そうした社会状況ですから、まず募金を集めて音の出る信号機を整備することに全力を注ぐしかなかった。
     では、42年が経った今は?
     もちろん、今も音の出る信号機は足りません。足りませんが、高度経済成長時代のように物量のみで問題が解決するものではないと社会全体もわかってきました。これは、ある程度物量作戦で整備してみなくてはわからないことです。仮に日本にある信号機をすべて音の出るものしても、曲がって来る車がブレーキを踏まなければ事故は起こってしまいます。晴眼者は目で見て判断し、止まることができますが、視覚障害者にはそれはできません。そんな時に、隣にいる晴眼者が「危ないですよ!」と制止することが自然にできれば。声を掛けるのが自然な社会を、皆が自然と「目を貸せる」社会を目指して訴えていくのも、42年が経った現在のミュージックソンの趣旨なのではないかと思いました。

     いわば、「ミュージックソン2.0」。

     三宮さんは言いました。
    「親切心で声を掛けなきゃとか、声を掛けて事故を未然に防いだ美談とか、そういうことが報じられると、声を掛けるハードルがとても上がってしまうんです。むしろ、声を掛けるのが当たり前、掛けないと恥ずかしいという風にしていかないと、いつまで経っても現状は変わらないと思います」
    相手を忖度して声を掛けようかどうか逡巡するというのは、日本人の美徳でもありますが、障害を持つ方を支えるには考え方から変える必要があります。微力ながら、ラジオがその助けになれば...。思いを新たにしたミュージックソンでした。
  • 2016年12月20日

    飛行再開は容認できる?

     先週火曜の夜に起こったオスプレイの不時着事故。あれから6日での飛行再開に、各方面から批判の声が上がっています。特に、比較的政権に批判的な朝日・毎日・東京の各紙はまず昨日の夕刊で大きく報じ、さらに朝刊一面でも大展開です。

    『オスプレイ飛行、全面再開へ 国は容認 沖縄反発』(12月19日 朝日新聞)https://goo.gl/9RTvHy
    <沖縄県名護市沿岸で米軍輸送機オスプレイが着水を試み大破した事故で、米海兵隊は19日、事故以来やめていたオスプレイの飛行をこの日から全面再開すると発表した。日本政府も容認。午後2時以降に再開するという。沖縄側は翁長雄志(おながたけし)知事が「言語道断でとんでもない話だ」と発言するなど猛反発している。>

    当然、地元紙は大きく反発しています。

    『<社説>オスプレイ飛行強行 墜落の恐怖強いる 命の「二重基準」許されぬ』(12月20日 琉球新報)https://goo.gl/v2W9iT

    『社説[オスプレイ飛行再開]県民愚弄する暴挙だ 政府の対応に抗議する』(12月20日 沖縄タイムス)https://goo.gl/VJdtMd

     今回空中給油中のトラブルで不時着したのは、アメリカ海兵隊のオスプレイ、MV22。この機体の10万飛行時間当たりの事故の件数をまとめたデータが防衛省から出されています。2012年当時のデータで若干古いんですが、参考にはなります。

    『MV-22オスプレイ 事故率について』(防衛省HP)https://goo.gl/4ntqRs

    これによると、クラスA<政府及び政府所有財産への被害総額が200万ドル以上、国防省所属航空機の損壊、あるいは、死亡又は全身不随に至る傷害もしくは職業に起因する病気等を引き起こした場合>と呼ばれる事故が10万飛行時間あたりに起こる割合は1.93。今は少し上がって2.64だそうです。

    『オスプレイ、事故率上昇=操縦難しさ指摘も』(12月15日 時事通信)https://goo.gl/Sk0Unl
    <MV22の事故率は算出を始めた2012年4月は1.93だったが、13年9月末には2.61に。最新の15年9月末は2.64まで上昇した。ただ、この値そのものは、海兵隊全体の平均値と同じだという。>

     この記事では他の機体について触れられていないので不誠実だと思うんですが、たとえば同じ垂直離着陸機では、先日事故を起こしたAV-8Bハリアーが6.76。もちろん、攻撃機と輸送機の違いがありますので単純な比較はできませんが。
     また、オスプレイの配備によって代替される旧型の輸送ヘリCH-46Eは1.11。たしかに今のところはCH-46Eの方が事故率が低いのは事実ですが、今後老朽化が進むことを考えるとこの数字が未来永劫続くわけではありません。

     ということで、一概にオスプレイだけが危険な機体であるとまでは言えないと私は思うんですが、一方で一週間に満たないうちに飛行再開というのもいただけないと思うんですね。総理のハワイ・真珠湾訪問前に一刻も早く正常化を図りたいという官邸や外務省等の思惑もわかるんですが、異口同音に「理解できる」と繰り返すのは米軍の横暴というよりも日本政府側が「アメリカが言ってるんだし仕方ないよね」と言い訳をしているように見えます。

     かつて、防衛大臣の秘書官を経験した防衛省関係者に話を聞いたことがありました。
     ある防衛大臣がアメリカ国内に出張し、米軍の司令部を訪問する直前に海外でオスプレイの墜落事故が起きたそうです。日本国内にもオスプレイ配備が行われようとしていた矢先だっただけに、当然地元沖縄を中心に日本でも大騒ぎとなりました。ところが、防衛省側の官僚がどんなに要求しても、事故の詳細や事故原因は一切出てきませんでした。それにこの大臣が激怒したそうです。
    「明日司令部に直接抗議に乗り込む!そう先方にも伝えろ!」
    それを聞いた米軍サイドはどうしたか?徹夜で報告書をまとめ、訪問する直前、その日の未明に公式の事故報告書が出されました。その防衛省関係者は私に、
    「アメリカ軍はシビリアンコントロールを重視するんです。官僚の要求は取り合わなくても、主権を託された政治家、特に大臣が正面から正論で要求すれば、それはきちんと聞くんです」
    と明かしてくれました。

     今回も、たった6日での飛行再開では日本の世論、特に地元沖縄の世論が沸騰するのは目に見えていました。せめて「ハリアーでも再開までは2週間を要した。オスプレイも報告書もなく1週間で飛行再開ではとても世論は持たない」と主張する度量はなかったのか?稲田防衛大臣はある意味せっかくの踊り場をスルーしてしまったとも言えます。
     このオスプレイ、陸上自衛隊にも配備の予定があり、すでに予算措置も取られています。沖縄地元紙の社説には触れられていますが、このままこの件がウヤムヤのままで不安を払しょくできないままでいると、佐賀配備や木更津で整備しようとしたときに問題が燻り続ける可能性も否定できません。その時に矢面に立つのも、稲田大臣かもしれません。ぜひ、毅然とした対応を期待したいものです。
書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

■Twitter
「飯田浩司そこまで言うか!」

■会員制ファンクラブ(CAMPFIREファンクラブ)
「飯田浩司そこまで言うか!ONLINE」

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