• 2013年09月12日

    日本国債は暴落する!?

     先日日本記者クラブで行われた、日本郵政西室泰三社長の会見。東芝出身の西室社長は会見の最初、自身が石坂泰三、土光敏夫という東芝出身の2大巨頭に直接の薫陶を受けた最後の世代と明かし、今回の日本郵政社長就任を「最後のご奉公」と表現しました。財界総理と称された石坂泰三、メザシの土光さんと言われた土光敏夫、この2人の公に対する精神を受け継がなくてはというのが、激務の社長職を引き受けた動機なんだそうです。

     

     さて、この会見で西室社長は、郵政グループで持っている日本国債についてこう語っています。
    『日本郵政の西室社長:日本国債の持ち分減らすことはない-会見 』
    http://www.bloomberg.co.jp/news/123-MSW84R6JIJV001.html
    (ブルームバーグ 9月10日)
    日本郵政グループの持つ日本国債はざっと200兆。その内訳は、郵貯銀行が138兆、かんぽ生命保険が57兆とのこと。記事にある通り、この額は全国の銀行の持ち分を足し合わせたものより大きく、実は金融緩和で国債を買いまくっている日銀よりも多いのです。そして、この保有国債について西室社長は、特に海外のメディアからこの持ち分をいつ手放すのかよく聞かれていることを明かした上で、
    「国債の信用にかかわる持分であり、会社の利益のためにおいそれと売ったりしない。資産として今後も持ち続ける」
    と明言しています。アフラックとの提携などいろいろと批判も多い西室社長ですが、「公のために」「公共のために」「社会的使命」と会見で何度も繰り返し、公共財としての日本郵政を意識されているんだなと感じました。それゆえ、日本国債の取り扱いについても慎重になっているんでしょう。

     

     ちなみに、日銀が保有する日本国債がこちら。
    http://www.boj.or.jp/statistics/boj/other/mei/
    今年の8月30日時点で、合計121兆2070億円を保有しています。

     また、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の保有する国債の比率がこちら。
    http://www.gpif.go.jp/operation/highlight.html#tab_01
    国内債券の残高が72兆4508億円。

    ということで、3つの投資主体だけでおよそ400兆円。国債の発行残高709兆円(2013年度末見込み)の5割強を占めているんですね。

     一方、外国人がどれだけ国債を買っているのかを示すデータがこちら。
    http://www.boj.or.jp/statistics/sj/
    (日銀・資金循環統計)

    参考記事『海外勢の保有比率 ~1面トップで報じられる株式と、一切報じられない日本国債』
    http://blogos.com/article/64713/
    (ブロゴス 6月21日)
     データを計算すると、参考記事にもある通り、海外投資主体の国債保有割合は8%強でしかありません。

     よく国債の信認云々、暴落云々の話をされる方は、外国人投資家が一斉に国債を売り払うと、それにつられて日本の投資主体も売りに走り、売りが売りを呼んで暴落が起こると言います。では、外国人投資家が仮に全体の1割にも満たない日本国債を全て売り払ったとして、さらにそれに呼応してこちらも1.5割ほどの銀行保有国債が全て売りに出たとして、どうなるのか?すぐには売りに転じない、あるいはシステム上転じることが難しい日本郵政、日銀、GPIFの保有額は全体の5割を上回る勢い。これで、果たして投げ売りのように市場参加者が一斉に売りに走る「国債の暴落」が起こるんでしょうか?株式で考えると、安定株主が過半数いれば、その企業は安泰だと考えるのが普通ですよね。株式と国債ではそんなに勝手が違うのか?同じマーケット商品のはずなんですがね。

     そして、消費税を上げないと国債が信用不安になって暴落するという方々、一体どういうメカニズムで暴落に至るんでしょうか?それとも、消費増税が行われなければ郵政も日銀も国債を一斉に売り始めるという何かウラ情報でも握っているんでしょうか?西室社長は公の場で記者を前に発言しているはずなんですが...。世の中、分からないことだらけですね。

  • 2013年09月04日

    それでも上げる?消費税

     消費税を来年4月に上げるかどうかについて、安倍総理が判断するであろう時期がどんどん後ろにずれています。といいますか、新聞が「ここで判断する!」「いや、ここで!」という予想(飛ばし記事)を乱発したんですが、予想をハズしまくっているわけですね。たとえば、7月半ばぐらいまでは、今、9月アタマの時点ですでに増税が決まっているという予想でした。

     

    『消費増税、最終判断は9月=8月にも方針-麻生財務相』http://bit.ly/1aiC9Dx(時事通信 7月23日)
    『消費増税2段階上げ 麻生財務相、G20で報告へ』http://s.nikkei.com/17sODjX(日本経済新聞 7月30日)

     

     9月のG20サミットに消費増税を持って行って報告するんだというのが趣旨でしたね。その後、予想が外れたと見ると、ちょっと後ろにずらして9月半ば説が出ました。

     

    『消費増税、首相「経済指標など踏まえ秋に判断」』http://bit.ly/1aiD0Ef(読売新聞 8月26日)

     

     4~6月のGDP二次速報が出たら判断するだろうということですが、これも外れ。ついに、10月の声を聴くに至りました。

    『消費税増税、首相の最終判断は10月1日 日銀短観「最後の指標に」』http://on-msn.com/1aiDzhu(産経新聞 9月4日)

     

     この一連の流れを見ていると、まるで総理が判断をズルズルと引き延ばしているように見えます。そうした見方を示して、「迷わずに決められる政治を!」と主張するような新聞まである始末です。本当に総理は引き伸ばし戦術をやっているのか?実は安倍総理、今年2月にはいつ決めるのかを参議院本会議で明言しているんですね。

    『国会会議録検索(国立国会図書館)』http://bit.ly/1aiKqaK

     2月1日の参議院本会議の中でみんなの党の水野賢一議員の質問に答え、
    「引上げ実施時期の半年前に、経済状況等を総合的に勘案して判断することとなります。」
    と答弁しています。来年4月1日に引き上げを実施するので、その半年前が今年10月1日。何だ、前々から言っているじゃないの!ということで、各メディアが消費増税の判断時期について勝手にわあわあ言っていただけだったんですね。まさしく、メディアがニュースを作るという好例です。

     

     さらに、今さら言うまでもありませんが、消費増税に関してはすでに国会で法律が通っています。もし初めから来年4月に上がることが決まっているんなら、議論なく、波風立てずに静かに上げる決断をした方が賢い。それなのに、専門家を60人も官邸に呼んで、一週間もかけて議論をしています。

    『消費税「予定通り増税を」7割超 政府の点検会合終了』http://s.nikkei.com/1aiLCuH(日本経済新聞 8月31日)

     専門家の7割が増税賛成だから、これで4月の消費税アップは決まったようなもんだという論調が目立ちますが、あえて実施した、予定になかったこの会合。その上、人選は政府側で自由に決められたのに、増税賛成派を多く呼んでいます。深読みすれば、増税賛成派へのガス抜き会合だったのでは?と疑ってしまいます。

     

     それに、仮に来年4月に8%に上げたとしてその後の経済がどうなるのか、各シンクタンクが予想を出していますが、これが厳しいもの。たとえば、大和総研の日本経済予測改訂版。http://bit.ly/1aiNVxI
     これに「改訂後の実質GDP予想は2013年度が前年度比+3.0%(前回:同+3.1%)、2014年度が同+1.2%(同:同+0.7%)である。」とあります。しかしこの数字も、「今回から前提条件として、3兆円規模(真水ベース)の2013年度補正予算編成を想定したことなどから、2014年度の経済見通しを上方修正した。」となっているわけです。補正を入れても1.2%の成長で、翌年に10%へのさらなる増税ができるでしょうか?
     増税一直線の日経系列の総合経済データバンク「NEEDS」はもっとひどい。
    『13年度実質2.5%成長、14年度0.0% NEEDS予測  4~6月期速報織り込む』http://s.nikkei.com/17tfw7u
     14年度はゼロ成長。これで10%に増税をしようものなら、間違いなく経済は冷え込みます。結局、損して得とれではありませんが、増税至上主義者であっても来年4月の増税をいったん引っ込めた方が最終的に痛みも少なく増税増収が見込めるのではないでしょうか?それを見込んでか、読売新聞は来年4月の増税反対に社論が変わりました。

     

     さて、増税推進派の中には、
    「増税しなければ日本国債の信認が揺らぐ。国債が売られて、暴落する~!!!」
    と主張し続ける方がいます。では、日本国債がどれほど危ないのか?これを客観的に判断する指標がクレジットデフォルトスワップ(CDS)です。用語集で調べると「社債や国債、貸付債権などの信用リスクに対して、保険の役割を果たすデリバティブ契約のことをいう。」とあるんですが、要するに債務不履行になった時に元本・利息などを払ってくれる保険です。
     保険ですから、リスクが大きければ、その分保険料が高くなる。つまり、CDSの値が大きくなります。では、日本国債のCDSはいかほどか?
    http://bit.ly/1avkFB9(ブルームバーグ)
     昨日3日の時点で、およそ66ベーシスポイント。1ベーシスポイント=0.01%なので、0.6%ほどしか保険料を取られない計算です。これは、ざっと200年に1度破たんするかどうかという予想。CDSを買っているのは世界中の市場関係者ですから、世界中が日本国債をハラハラしながら見守っているなんてのは「ウソ」とわかります。
     さらに、増税判断まで1か月を切りました。前々から言われていた通りなら、すでに増税を決めていなくてはいけない時期に決まっていないことになります。増税見送りの可能性があって、なおかつ見送れば国債破たんリスクがあるのなら、すでにCDSの数値が上がっていっていなくてはいけません。しかし、むしろピークの6月20日からゆるやかに下がっていますね。市場はリスクを織り込むものですから、やはり日本国債の信認は確固たるものがあるといえるのではないでしょうか?

     

     ここまで見てきて「上げない」リスクはほとんど見られません。むしろ、「上げた」ときのリスクばかりが見えてきます。それでも、政治家やメディアは増税賛成なんでしょうか?メリットがあれば教えていただきたいものです。

  • 2013年08月29日

    それで汚染水は止まるのか?

     福島第一原発の汚染水問題に、世界中が注目しています。イギリスBBCやウォールストリートジャーナルが特集を組んだり、アメリカABCも西海岸・ロサンゼルスの海岸に記者を出し、「沢山の震災ガレキが流れてきている中で、放射能汚染された海流は来ないという保証はあるだろうか?」というような報道がされています。

     

     これに対し、政府が予備費から拠出し汚染水対策を本格的に進めるとしています。
    『福島原発の汚染水対策、13年度から国費 予備費活用』http://s.nikkei.com/1cynwtd(日本経済新聞)
    閣僚各氏もこの方針を支持しています。
    『汚染水トラブル「予備費活用し対策を」』http://bit.ly/1adLj4e(NHK)
    汚染水の流出は一刻も早く止めなきゃならないし、そのためには国費投入に国民も賛成するでしょう。しかし、その方法に疑問が拭えません。どのニュースを見ても、「凍土壁」「土を凍らせた壁」で水の浸入を止めようとしています。果たしてこれが、現状取りうる最良の手段なのでしょうか?


     事故当時の原発事故担当総理補佐官、馬淵澄夫民主党幹事長代行は5月にメルマガでこう指摘しています。

     

    (引用ここから)
    考えられるメリットはコストと工期。数百億円程度というこ
    とから、かつて僕が総理補佐官として検討してきたベントナイ
    トスラリーウォールに比べて安価かもしれない。また、凍土に
    するための凍結管施工はベントナイトスラリーウォールよりも
    簡易にできるだろう。
    要は、早く安く出来るということ。

     一方、デメリットはどうか。
    地下水流入の地中が、均一に熱が伝播され、均一に水が存在す
    るという理想条件であれば効果があるかもしれない。
    しかし、凍結させようとする土壌に異物や構造物があれば、そ
    こを抜け道として水か進入する。理想的状態を前提としている
    のは危険だ。
    そして、この工法の方がスラリーなど物理的な壁よりも効果が
    高い、と言っているが、これはあくまで理想状態であるとの前
    提に過ぎない。

     更に、疑問が発生するのが、本当に凍るのかどうかだ。
    400トン/日もの大量かつ温度が高い地下水が供給され続けてい
    る中、一部の温度を低下させるだけで完全な遮水状態を生み出
    すほどの凍結が起きるかも疑問だ。
    例えて言うなら川の中に凍結管を入れて、流れが止まるのか?
    ということだ。

     そして、30mという深さによる地下水圧の問題もある。
    凍結した土壁が、流入する地下水圧に耐えられるかどうか。
    水が浸透する力は非常に強く、すぐに水が浸入する恐れがある。
    (引用終わり)
    『まぶちすみおの「不易塾」日記 13年5月31日第1747号』

     

     このメルマガの中で「川の中に凍結管を入れて、流れが止まるのか?」というたとえ話がありますが、たとえどころか本当に川の中に凍結管を突っ込むことになるようです。
    『福島第1原発の汚染水封じ込め、メルトダウン以来最大の試練』http://on.wsj.com/1adOKrF(ウォールストリートジャーナル)
     この記事にある通り、40年前に川の流れを変えて建設されたので、ジャブジャブと地下水が入り込んでくるわけです。流れている水を本当に凍らせることができるのか...?それを分かっていながら、ではなぜこの工法を採用するのか...?その答えは、馬淵氏のいうこの工法のメリットに表れています。

     要するに、カネ。

     無い袖は振れぬ東京電力は、この工法を選ぶより他なかった。政府も、一私企業である東京電力に税金を突っ込むにあたって、どんなに不景気でも増税しなきゃ財政が立ちいかないと触れて回っている手前、あまりジャブジャブ税金を入れるわけにもいかない。どちらがイニシアチブをとるにせよ、今のままの状況では効果は定かでなくてもこの工法を取るしかなかったわけですね。

     

     しかしこのままでは、税金の逐次投入をやっていたずらに状況が悪化していきます。なぜ、税金の逐次投入になってしまうかといえば、東京電力が一私企業だから。私はやはり、東京電力をいったん法的整理して株主や銀行団に応分の責任を負ってもらった後、具体的には資産を整理して、そののち原発事故対応の部分は国家管理にするより仕方がないと思うんです。貧すれば鈍すと言いますが、カネがないのを言い訳に悪手を許していはいけません。

  • 2013年08月24日

    TPPは関税だけではない

     TPPブルネイラウンドが始まりました。前回のコタキナバルラウンドから参加した日本は、今回から本格的に交渉に参加することになります。とはいえ、交渉の中身はなかなか見えてきませんし、報道もされません。というのも、この交渉にはかなり厳しい守秘義務が参加各国に課せられていて、これを破るともはや交渉に参加させてもらえなくなるからだと言われています。先日の自民党TPP交渉における国益を守り抜く会の会合で、いかに守秘義務が厳しいかを表すエピソードが披露されました。

     今回の交渉に先立つ8月19日の朝日新聞朝刊一面に以下のような見出しが躍りました。

    『関税撤廃品目、最大85% 政府、TPP交渉で提示へ』(朝日8月19日朝刊 http://bit.ly/13NC9Zx

    朝日新聞の堂々たるスクープ記事でしたが、各国の首席交渉官からこの記事に対して大クレーム。日本の鶴岡首席交渉官に、各国首席交渉官から抗議のメールが殺到したということです。それに恐れをなした官邸サイドは、必死の形相でリークした犯人を捜したそうですが、犯人は見つからず...。むしろ、日本以外の参加国の情報に関する厳しさに官邸サイドが恐れをなしたというということです。

     

     さて、そんな情報封鎖の中、各新聞は関税に関することばかりを取り上げています。
    『2国間か多国間か TPP、関税交渉方法で対立』(日経新聞 http://s.nikkei.com/17b47v6
    『閣僚会合スタート 関税交渉 まずは2国間攻防』(産経新聞 http://on-msn.com/13NEPGn
     しかしながら、TPPは単なる関税交渉ではありません。関税以外にも、実に多岐に渡る分野での共通ルールを定める協定で、その数は21分野にも及びます。
    『【図説集】よくわかるTPP』(毎日新聞 http://bit.ly/17b4RAp
    そして、今回のブルネイラウンドでは、次の10分野が取り上げられるとのことです。


    ・環境
    ・知的財産
    ・政府調達
    ・競争
    ・金融サービス
    ・原産地規制
    ・物品市場アクセス
    ・投資
    ・一時的入国
    ・非適合措置

     そう。これをご覧になって分かる通り、関税の話は出てきません。なぜ出てこないのか?上に掲げた産経の記事にもあったように、関税についてはまだ2国間協議の段階だからです。つまり、全体会議のテーブルに乗せられるほど煮詰まっていないということですね。今回が19度目の全体会合だそうですが、いったい今まで何をやって来たのか?ということです。これで年内妥結を目指すとはよく言ったもので、もし年内妥結ということになれば、関税の部分では、ある一方の意見で押し通された荒っぽい結論か、さもなくば何の影響もないようにどうとでも解釈できる玉虫色の結論かどちらかでしょう。

     

     ただし、問題は、TPPが関税だけの問題ではないということです。たとえば、こんな条項。
    『TPP交渉の焦点「ISD条項」 海外投資トラブル回避』(東京新聞 http://bit.ly/YSSJzN
     これに関しては、自民党の部会の中で情報封鎖の中からポロポロと漏れてきた部分がありました。説明をした内閣官房の職員が、
    「(ISD条項は外国企業に)濫用されるのでないのか?という懸念がありますが、どう濫用を防ぐのか?(中略)国家の規制権限がありますので、そのバランス。国内企業と差別しない範囲での規制はできるというバランスを保つよう検討する」
    という発言がありました。ただ、個別条項で国家の規制権限を担保したものではないので、漏れのないように詳細に検討する必要がありますが、こういったことが議論の俎上に上ることは歓迎すべきことだと思います。

     

     また、TPPと並行して行われている日米二国間協議は第一回会合が今月初旬に日本で行われましたが、その中でこの協議での合意事項は
    「両国についてTPP協定が発効する時点で実施されることを確認します」
    ということが確認されています。ということは、
    「TPPが発効しなければ、実施されない」
    と読むことも出来るわけです。さらに言えば、
    「TPPは呑めても、日米二国間は不満なので拒否」
    という選択肢もあるというわけです。幸いなことに、日米二国間協議にはTPPのような厳しい守秘義務は課せられていません。こういった2国間協議の内容を一つ一つ丁寧に確認しながら、TPPに対しても声を上げていけばいいわけですね。

  • 2013年08月17日

    飛行機好きが見る「風立ちぬ」

     このところずっと経済に関する話を書いてきたので、たまには映画の話でも。仕事の絡みもあって、先日話題の映画『風立ちぬ』を見て来ました。言わずと知れた、旧日本海軍が誇る戦闘機「零戦」の天才的な設計者、堀越二郎をモデルにした大ヒット映画。中国、韓国からは、「戦争の道具としての飛行機を設計したのにそこに苦悩がない」「右翼映画だ!」などと批判が相次いでいます。
    『宮崎監督の「風立ちぬ」、韓国ユーザーが"右翼映画"と反発、上映禁止求める声も―中国メディア』(新華社) http://www.xinhua.jp/rss/356782/

     

     どうしてそういった見方になるのか...?

     飛行機好きとしては、宮崎さんの飛行機愛が詰まった一作だなぁと思いました。そして、その愛ゆえの哀しみも。それが象徴的に表れているのが、
    「航空技術は呪われた技術だ」
    という劇中のセリフ。このセリフは、イタリアの航空設計士、カプローニ伯爵が発したものです。これこそ、科学技術の発展の皮肉、戦争が技術を発展させるという皮肉をむき出しにしているのではないでしょうか。

     思えば、航空機、特に旅客機の世界ではこうした軍用技術の転用というものがそこここに見られます。たとえば、ボーイング747・ジャンボジェット。全世界でこれまで1500機以上が飛んだ、旅客機の代名詞的な飛行機です。この巨大旅客機は、実はアメリカ空軍の戦略輸送機計画でロッキードに負けたボーイングが、その技術・スタッフを旅客用に転用することで生まれた旅客機なのです。

     

     そして、その呪われた技術を希望に変えていきたいという決意がエンディングにあると思います。この作品は堀越二郎の半生を描いた映画で、半ば唐突に話が終わります。それゆえ、堀越二郎の零戦設計がクローズアップされ、批判の一つの要因となるわけですが、飛行機好きから言わせてもらえれば、それは堀越二郎の半分しか語っていません。実は堀越二郎は戦後、国産の名旅客機、YS-11の設計も担当しています。零戦で培った、戦争で培ったその技術を、戦後、旅客機という形で平和利用しているんですね。この映画の唐突な終わり方は、かえって戦後の堀越の航空機設計への決意を余韻で残していると思いました。

     

     さらに、零戦からYS-11までの系譜、堀越二郎という人物を考えると、この映画は宮崎さんから三菱重工への、日本の航空技術への強烈なエールであるとも見えます。
     首都高速羽田線が一番羽田空港に近づく、モノレール整備場駅の前に、三菱重工羽田補給所という古びたビルがあります。その屋上に三菱の看板がかかっていたんですが、そこにはスリーダイヤのエンブレムの下に誇らしげに、「YS-11」という文字がかかっていたんです。いつまで経っても、三菱にとってYSは誇りなのだと感慨深く見ていたんですが、これが2009年の正月を境に掛け変わったんですね。今掛かっている新しい看板には、「MRJ」という3文字が大きく描かれています。ミツビシ・リージョナル・ジェット、MRJ。YS以来久々の国産旅客機の開発が進んでいるのです。飛行機好きの宮崎さんとしては当然そうした経緯も良くご存じであるはずですし、日本の航空機技術への期待が込められているというのは深読みのしすぎでしょうか...?

     

     零戦からYS、そしてMRJ。
    主題歌は「ひこうき雲」。
    私には、「新たな坂の上の雲を目指せ!」「自分たちの技術力に自信を持て!」
    そうした日本の製造業へのエールであるような気がしてなりません。

書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

■Twitter
「飯田浩司そこまで言うか!」

■会員制ファンクラブ(CAMPFIREファンクラブ)
「飯田浩司そこまで言うか!ONLINE」

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