• 2019年06月20日

    金融審報告書騒動

     朝の番組「OK! Cozy up!」が始まった頃、複数の先輩ディレクターから「何よりも健康。ちょっと散歩するだけでもいいから、毎日身体を動かしておけ」と言われました。ニッポン放送はもともと少人数ですから、番組作りに携わったことのある人間はなにかしら早朝番組に関わった経験があるんですね。たしかに朝の番組を始めてみると、運動の機会が今まで以上に失われます。もともと運動が苦手な上に、朝は始発の前なのでタクシー出社。そうなると駅まで歩くとか、階段を上るとかもないわけですからね。

     そこで、健康のためにジムに通うようになりました。平日の、昼過ぎから夕方のジムなんて空いているもんだと思っていたのですが、以外と人がいるんですねぇ。サラリーマンが仕事の合間に?とおぼしき人もちらほらといたのですが、大部分はご高齢の方々。皆さんお元気だなぁアグレッシブだなぁと驚いたのですが、長年通われているからなのか、ちょっとした環境の変化を非常に気にされます。
     この間も今まではジムで用意していたクシがなくなりますという、ちょっとした制度変更がありました。2ヶ月以上前から張り紙で告知していましたから、私なんぞは「まぁクシぐらい準備するかぁ」と100円ショップで買っておいたのですが、いざ切り替えの直前になると男子ロッカー内は大騒ぎ。
    「不便になる」(たかがクシでしょ?)「話が急すぎる」(いやいや、前から告知してたって)「客をバカにしている」(いやいや、クシの話ですよ)と、批判噴出となっていました。
    着替えの手を止め、スマホをみるフリをしてその議論をよく聞いていると、要するにクシがなくなって困るというよりは、既得権を相談なしに(と彼らは見なしている)剥奪されるのがガマンならんというところのよう。ジムとしてはサービスとしてやって来たものがいつのまにか既得権化し、コスト面で止めるとなってもこれだけの批判を浴びてしまうのですから、気の毒です。

     ただ、この構図、いろいろなところに当てはまります。このところ新聞やワイドショーを賑わせている、年金についてです。
     夕刊フジのコラムにも書いたんですが、改めて。金融庁金融審議会の「夫婦で95歳まで生きるには最低2000万円必要」という報告書が発端となり、2000万円なければ路頭に迷うってのか!?そもそも100年安心って言ってただろ!というような報道が続いています。
     報告書の書きぶりが、あまりに荒っぽいことは、さまざま指摘されていますが、改めてその根拠である金融審の報告書をみてみると、「月の収入平均21万円、支出平均26万円で、差し引き毎月5万円の赤字」となっています。


     まず、収入が21万円って、そこそこの額。しかも高齢(夫65歳以上、妻60歳以上)無職世帯ですから、贅沢をしなければ困らずに生活できるはずです。夫婦二人に子どももいて月の手取りは同じぐらいという現役世代だって少なくないでしょう。ではなぜ支出平均の方が大きくなるのかといえば、これは高齢夫婦世帯の平均金融資産保有額が2300万円弱あるから。報告書の6ページ後ろにしっかり書いてあります。つまり、そこそこ以上にいい暮らし、ある意味"優雅な老後"を送ろうとすれば、このぐらい必要ですよというのが2000万円の本来の意味のはずです。そこに、金融庁が「貯蓄から投資へ」という長年の悲願を達成すべく毎月赤字という不安を強調してしまったがために、ことがおかしな方向に進んでいきます。
     これを受けて、野党から「100年安心サギだ!」なんて出始め、すっかり政局化してしまいました。さらに批判を受けて麻生金融大臣が報告書を受け取らないだとか、その理由が政府の方針と違うからと言っていたが、もともと2000万円必要だというのは厚労省が昔から言ってきたことで、政府方針通りじゃないか!おかしい!なにか隠しているに違いない!と、連想ゲームのように年金疑惑!12年前の再来!という流れに持っていこうとしています。
     ただ、そもそも、「年金だけで老後は安心」なんて話は、少なくともここ30年以上出てきたことはないんです。
     時はさかのぼって1984年、当時の郵政省が出した資料では、すでに60歳以上の預金目標額を2050万円としていました。この資料を元にして、当時の国会でも議論が行われています。

    『参議院 国民生活・経済に関する調査特別委員会高齢化社会検討小委員会議事録(1984年4月25日)』(国会会議録検索システムHP)※松岡満寿男議員質疑参照

     この2000万円という額は今とほぼ変わらない額です。ということは、近年年金財政が危機に陥り約束した額が払われないのでなく、そもそもの立て付けが年金だけで現役時代と同じ暮らしができることを想定していないということなのですね。その意味では政府の方針通りというのは正しいのですが・・・。
     ちなみに、当時も今も、制度設計の前提として年金だけで優雅に暮らせるなんて、まったく考えていないだけでなく、公にもしてきました。たとえば、厚生労働省のホームページ(公的年金制度の概要)では、「公的年金制度は、加齢などによる稼得能力の減退・喪失に備えるための社会保険。(防貧機能)」と明記しています。
     これ、私(37歳)と同世代や、もっと下の世代は「当たり前でしょ?」と冷静に見ています。一方、今まさに年金を受給している世代の方々は「サギに遭った」と憤っているようです。
     「受給している、われわれの方が切実なのだ」と言うのでしょうが、現役当時の支払額と今の受給額を比較すると、この世代の方々は得をしているハズなんですけどね。
     さらに言えば、報告書にある「リタイア後に夫婦で21万円」なんて、正社員で定年まで勤めあげないともらえない金額です。
     先週書いた「就職氷河期世代」には非正規雇用を続け、1階部分の国民年金しか入らず、さらにそれすら未納という人もザラにいます。このまま行くと、低年金や無年金になる恐れすらあり、2000万円ではきかない額が必要です。
     「100年安心サギ」という前に、今とこれからの安心も議論してくれよと、私なんぞはつく
    づく思うわけです。
     では、〝優雅な老後〟という幻想が一体どこから来たのか?一つの仮説として、私の個人的な体験をご紹介したいと思います。先日、私の祖母が亡くなりました。私の両親は団塊世代の5年ほど下の世代です。祖母は、ほぼ団塊の世代の親世代ということになります。団塊の世代は、親世代の年金暮らしを見て、自分達の老後を想像したのでしょう。たしかに、亡くなってみて分かったのですが、祖母は自身の年金に加えて、出征した祖父の遺族年金も受給していました。その額は、今の現役世代の手取額と大差ない額。所得代替率は8~9割に達していたはずです。
     団塊の親世代は先の大戦で亡くなった方も多かった世代。帰還された方々に感謝をし、のこされたご遺族には哀悼の誠を捧げるため、こうした軍人恩給、遺族年金は政府としての責任であろうと思います。
     ただ、それを見てきた世代は、自分達もそうであろうと想像したのではないでしょうか?もっとも身近なケーススタディです。「老後は年金だけで安泰なのだ」と、バラ色の老後を勝手に描いて、「現実は違う」と指摘されると逆ギレする高齢者。それを選挙前にチャンスと見て、あおる野党と一部メディア。一方、腰が引けて説明すらままならない政府・与党...。またもやイメージ先行の展開されていますが、この騒動に付いていくのは、どの世代までなんでしょうね? 
     そういえば、「100年安心プラン」も劇場型と言われた、あの人の政権でできたものでした。
     ただ、その小泉純一郎首相は当時の国会答弁で「公的年金だけで全部生活費を見るというものではございません」(2004年5月31日、参院決算委員会)と言い切っていたことも、申し添えておきます。
  • 2019年06月10日

    GDP二次速報値から今後を考える

     5月20日の拙ブログのエントリーでGDP一次速報値について書きました。GDPが予想に反して増えているが、それは数字の上の話だけで、足元の詳細は数字以上に悪いのではないかという内容でした。そして、先ほど、この2019年1月~3月期のGDPの2次速報値が出てきました。


    今回の数字は、一次速報値と比べてさらに良くなりました。各紙速報で報じています。



    <内閣府が10日発表した1~3月期の国内総生産(GDP)改定値は、物価変動を除いた実質で前期比0.6%増、年率換算では2.2%増だった。速報値(前期比0.5%増、年率2.1%増)から上方修正となった。法人企業統計など最新の統計を反映した。>

     法人企業統計の数字で設備投資が比較的良かったので、もともとややプラスになるだろうという市場の予想もあり、寄り付きで日経平均株価は2万1千円台を回復しています。たしかに設備投資は一時速報のマイナス0.3%からプラス0.3%と上方修正されていますから、とりあえず企業セクターは堅調なのかとも思わせます。
     とはいえ、内需全体で見ると民間消費の落ち込み、住宅投資や公的固定資本形成(公共投資)の小幅下方修正もあり、国内需要はプラス0.1で変わらず。むしろ、輸出の減速が一次速報値に比べてやわらぎ(寄与率でマイナス0.5からマイナス0.4)、GDP全体としては前期比プラス0.6%(季節調整済み実質)となりました。輸出入どちらもマイナスながら、輸入の減速がより大きく、その結果差し引きプラスであるというのは一次速報値と変わらず、むしろ国内需要デフレーターを見ると一次速報値のマイナス0.1%からマイナス0.2%と悪化。
    内需の冷え込みはより鮮明になっています。

     この冷え込みの中で消費増税は非常にリスキーである、止めるべきだというのは再三再四指摘してきた通りで、それは変わることはありません。が、仮に消費税増税を延期ないし凍結したとしても、足元の経済がすでに冷え込んでいることが各種指標で明らかなわけです。たとえば、4月の景気動向調査の結果が先週金曜に発表され、やはり厳しい数字でした。

    <内閣府は7日、4月の景気動向指数を発表し、経済情勢の基調判断について景気が後退している可能性が高いことを表す「悪化」に据え置いた。悪化は2カ月連続。自動車や生産用機械の生産が改善したが、基調判断を上方修正する基準には達しなかった。米中貿易摩擦など海外経済の停滞への懸念は続く。政府は今年10月の消費税増税を控える中で景気の鈍化が一時的なものかどうか難しい判断を迫られそうだ。>


     仮に消費税増税を延期・凍結されても、それは現状維持に過ぎず、景気を浮揚させるためにはさらなる施策が必要になります。企業の設備投資が良くなったといっても、年度末の駆け込みである可能性もあり、この伸びが今後も続くとは限りません。景気動向調査の先行指数を見てみると、前月に大きく減った最終需要財在庫が再び大きく増えていることがわかります。一方で新規住宅着工件数は減っている。実質機械受注はまだ4月の数字が出ていませんが、3月は大きく減らしています。
     GDPの速報値を見るまでもなく、民需が振るわないというのは一時的なものではなく、もはや慢性的と見るべきなのではないでしょうか。その上、米中貿易摩擦を発端とする世界経済の低迷はもはや常識と化し、外需に期待することはできません。となると、官需、公共需要を増やすことが重要になってきます。
     政府支出を増やそうとすると、当然予算の制約があり、追加するのであれば補正予算を組む必要があります。予算が通るまでに時間がかかる上に、予算がついて執行し、それが経済活動に反映されるまでにはタイムラグがあります。支出の内容や事業の条件によっても違いますが、ざっくりと言われているのは2か月から3か月はタイムラグがあるだろうということ。残念ながら消費税の増税が10月にあると想定すると(繰り返しますが私はやめた方がいいと思いますが)、その経済の落ち込みをカバーするような補正予算は7月には執行される必要があり、そうなるとこの6月の後半国会で早急に審議しなくてはなりません。
     そう考えると、この開店休業状態の国会には危機感を覚えます。マクロ経済の落ち込みは、思いのほか雇用や生活に影響を及ぼします。甘く見てはいけないと私は思うのですが...。
  • 2019年06月07日

    世界は緊縮を離脱しているが...

     世界経済の先行きが不透明であるというのは、ここ1ヶ月ほど様々な世界機関から発表されています。今週は、世界銀行が最新の経済見通しを発表し、先行きを下方修正しました。

    <世界銀行は4日、世界経済見通しを発表し、2019年の世界全体の実質経済成長率は2.6%と予測した。1月時点から0.3ポイントの大幅な下方修正。激しさを増す米中貿易摩擦の影響が波及するとみられ、ユーロ圏などの成長率が下振れした。日本は0.8%で0.1ポイント引き下げた。>

     米中の貿易摩擦に加え、アメリカ経済も長く景気拡大期を過ごしていてそろそろ峠を超えるのではないかという懸念、さらにイギリスのEU離脱、イラン情勢など中東の地政学リスクなど、挙げればキリがないほどの不安定要素があります。ま、そのいくつかは杞憂に終わるのかもしれませんが、それにしてもこれだけの潜在的リスク要因を抱え込んでいるわけですから、各国の中央銀行や経済官庁も先行きに警戒感を抱かざるを得ません。
     特に、イギリスのEU離脱、いわゆるブレグジットを抱えるヨーロッパは要注意地域のひとつ。そのヨーロッパの中央銀行(ECB)は従来の利上げ路線を事実上諦め、長期の利上げ延期を余儀なくされました。

    <ユーロ圏の金融政策を担う欧州中央銀行(ECB)は6日、リトアニアのビリニュスで定例理事会を開き、政策金利の据え置きを決定した。その上で、金利据え置きの期間を2020年上半期まで延長する方針を決めた。ECBは、19年中の利上げを断念する決定を3月に下したばかりだが、世界的に景気の先行き不透明感が増す中、利上げ時期のさらなる先送りを余儀なくされた。>

    ECBの無念さが伝わってくるような文章ですが、それもそのはず、実は半年前にはECBのニュースを報じながら、日本銀行批判を声高に主張していたからです。


     見出しの通りの内容なので中身までは引きませんが、要するにアメリカもヨーロッパも引き締めに転じているのに、日本はいまだに金融緩和を行っていて置き去りにされている。世界の潮流から置き去りにされているではないか!バスに乗り遅れるな!日本も金融緩和の出口戦略を!という主張です。たまたま新旧の記事が探せたので時事通信を引きましたが、実際のところどこも大差なく同じような内容でした。
     当時物価が上がり始めたヨーロッパとすでにインフレ目標に到達せんとしていたアメリカに比べ、日本は緩和を続けても目標からは1%ほど差がありました。拙ブログでも何度も指摘していますが、目標未達の段階でさらにアクセルを踏み込むか、別のアクセルを合わせて踏み込むかの選択肢はあれど、目標未達のまま撤退するのが果たして合理的なのか?しかも、2014年に消費税を上げるまでは日銀の当初の目論見通り物価が上昇しかけていたにも関わらずです。

     そして、今回のECBの利上げ見送り報道では、政府・日銀の一連の経済政策には一切触れずに、あくまでヨーロッパの出来事ですよという報道。ちょっとダブルスタンダードに見えてしまいます。アメリカも利上げを止めるどころか、シカゴでのパウエルFRB議長の講演を受け利下げを織り込む展開になっていますし、インドやニュージーランドといった各国も引き締めから緩和に転じています。まさに、バスに乗り遅れるなで日本もステルステーパリングと呼ばれる隠れた金融引き締めから緩和に転じるべきだとは言わないのでしょうか?あるいは、市中へマネーを流し込む緩和的政策を財政面から行えば、それは財政拡張政策となります。まだ国会の会期中ですから、補正予算を組んで財政面からの緩和策を行う余地もあるでしょう。補正予算の審議のために国会延長というのは、十分に延長の理由になると思うのですが・・・。
     それに、先週、拙ブログでも指摘した通り、世界の主流派経済学者も一時的な財政赤字を恐れるあまり財政出動を躊躇することに懐疑的になっています。そして取りざたされるのは、究極の引き締め政策、消費税増税の行方です。
  • 2019年05月31日

    新しい理論を否定したいがあまり...

     ここ1,2か月ほど、MMTと呼ばれる新しい金融財政理論に対しての批判が各紙経済面をにぎわせています。MMTはModern Monetary Theoryの頭文字をとった略語で、日本語では現代金融理論と訳すのが一般的なようです。アメリカ・ニューヨーク州立大学のステファニー・ケルトン教授らが提唱する理論で、ざっくりと説明すれば「自国通貨建ての国債を発行している国の債務不履行はあり得ないので、過度なインフレに陥らない限り財政赤字を心配せずに財政出動するべきだ」という理論。この理論は経験則ではたしかにそうだと思えるところが多い一方、それらが精緻に数式化されているわけではなく、主流派経済学者からは批判を浴びています。
     ただ、日本での批判はそれに加えて、このMMTは目前に迫る消費税増税への有力な反論になり得るということもあるのか徹底的に叩かれています。このブログでは何度も指摘している通り、政治のイデオロギーでは左右分かれる各紙も経済面ではほぼ同じ。このMMT批判も、朝日・毎日というどちらかというとリベラルに分類される新聞から、日経・読売といった保守的とされる新聞まで、懐疑的ないしは否定の論調では一致しています。今日も、日経新聞の経済教室でMMTを声高に否定していました。

    <ポイント
    ○現代の国際経済下では成り立たぬ主張も
    ○ハイパーインフレ誘発なら多大なコスト
    ○日本も流動性のわな脱せばインフレ懸念>

     冒頭の3つの"ポイント"を見れば、だいたい否定している人たちの主張が分かります。たしかに、インフレが始まるとあっという間に物価が上昇する可能性があります。その時にMMTを停止するだけで対応できるのか?その予兆はどこで判断するのか?過度のインフレのリスクを考えれば、目先財政出動で景気を無理やり上昇させるのは果たして正しいのか?日本を例にとっているが、日本は特殊な例であろう。このあたりが主な反論として出てきます。
     それにしても、どこからこのMMT批判が紙面をにぎわせるようになったのかなぁと調べてみると、やはり新年度に入ってから。消費税増税を織り込んだ予算が成立した後なのですね。これで増税Noの世論が止むかと思いきや、足元の経済減速を肌で感じるようになってきたのが4月ごろ。その上、このMMTという新たな理論が入ってきたらせっかくの増税の流れが止まってしまう。そんな財務省の危機感を感じる資料が、4月の半ばに開かれた財政制度等審議会に提出された資料でした。


     この57ページから先、4ページにわたってMMTについて割いているのですが、理論の説明は1ページ目の半分だけで、そこからは延々と著名経済学者や経済人によるMMT批判の紹介になっています。いやぁ、よくもこれだけ集めたものです。そして、これを狼煙と各紙MMT批判のオンパレードとなりました。




     面白いですね。各紙、MMTという単語そのものが新しく、それを説明する体をとっているのですが、必ず見出しに"異端"という単語を使っています。何か怪しい、ちょっと風変わりな理論がアメリカで流行っているようですよという紹介の仕方で、明らかに先入観を植え付けようとしています。新しい理論、概念を紹介するのですから、本文の結論部でこうした単語を使うのならまだしも、見出しから"異端"とするのはあまりに偏ってはいないでしょうか?
     新聞には公平中立原則はありませんし、内容を縛るような法律があるわけではありません。言論の自由が保障されているといえばそうなのでしょうが、しかしながら右も左も"異端"というのはあまりに不自然と思うのは私だけなのでしょうか?

     私自身は、MMTであろうとケインズ経済学であろうと、平成の世のほとんどを覆い令和にも影を伸ばしつつあるデフレから脱却できるのであればなんでも使えばいいと思っています。ノーベル賞経済学者のポール・クルーグマン氏も、MMTについては否定的で強烈な批判をする一方、「MMT支持者は財政緊縮派ほど悪い影響を及ぼさないだろう」とも語っています。それどころか、MMTを否定する主流派経済学者たちも、かつてのように緊縮財政で政府債務の削減を勧めるのではなく、むしろある程度の財政出動を容認する方向に舵を切りつつあるようです。MMTを否定したいがあまり、世界中の著名経済学者の論を集めてきた財務省のペーパーと、それに乗っかるように著名経済学者のMMT批判を紙面に載せた新聞各紙ですが、それだけ著名経済学者の学説を崇め奉るのであれば、彼らが目前の消費税増税も批判的である点も紹介しなくてはフェアではないでしょう。
     たとえば、この財務省ペーパーに出てくる元IMFチーフエコノミストのオリビエ・ブランシャール氏は最近、『日本財政の選択肢』という論文を出し、緊縮財政を伴う急激な財政健全化策をいさめています。


     数式などが出てきたり、一つ一つ丁寧に論証していますから多少読みづらいかもしれませんが、精緻な分だけ非常に腑に落ちる論文です。財政出動を主張すると、これだけ政府債務が膨大にあるのにさらに借金を重ねては市場の信認が失われ国債が暴落、金利が急騰してハイパーインフレに陥る!と言われます。これに対して、何段階も論を重ねて反論します。まず、金利が経済成長率見通しよりも低い日本の場合、金利が上昇するまでにずいぶんと時間がある。このタイムラグを使ってコントロールが可能である点。
     さらに、財政緊縮派が言うように財政出動をせずに財政が健全化したとして、それと引き換えに総需要不足が起こっている現状の不利益とどちらが社会全体としてコストが高くなるか?ブランシャール氏は、この超低金利で金融政策の余地が限られる中において、プライマリー赤字の縮小(=財政健全化)はデフレギャップを拡大し、社会全体の厚生悪化の効果が大幅に上回ると結論付けています。デフレ下の緊縮で総需要が不足し、仁義なき低価格競争、低賃金競争に晒され続けてきた就職氷河期世代から見ると、まさに腑に落ちる結論です。
     そして、仮に緊縮派が言うような市場の信認が失われる事態となり国債金利が急上昇した場合のシナリオも検討しています。まずは日銀が最後の買い手となって国債の需要不足を吸収する。それでもダメなら、その時に消費税増税を発動。歳入増を目に見える形で市場に示し、リスクの認識を抑えるべきだとしています。

     そうです。消費税増税はある意味市場に対しての切り札になりえるのだから、無駄に今カードを切るべきではない。切るならもっと先だろうとブランシャール氏は主張しているのです。ブランシャール氏はマサチューセッツ工科大学の経済学部長も務め、リーマンショック前後の大変な時期にIMFのチーフエコノミストを務めた人物。消費増税を推す論者は、増税しなければ日本はギリシャのようになる!あるいはアルゼンチンのようになる!ベネズエラのようになる!と危機感を煽りますが、それら経済的に苦境に陥った国々、破綻した国々をつぶさに観察し、再建への道筋を模索したブランシャール氏が、消費増税少なくとも今ではない!と主張しているのです。むしろ、増税すればデフレギャップが拡大し、ギリシャのように、アルゼンチンのように、ベネズエラのようになってしまうかもしれません。さて、どう反論するのでしょうか?

    ※忙しくて論文なんて読めないという方。ブランシャール氏はツイッターにこの論文のエッセンスを連投しています。それも、日本語で!ご参考まで。
  • 2019年05月20日

    GDP速報値を読む

     先ほど、2019年1月~3月期のGDP速報値が発表になりました。予想よりも良かったという受け取られ方をしています。

    <内閣府が20日発表した1~3月期の国内総生産(GDP)速報値は、物価変動の影響を除く実質で前期比0.5%増、年率換算では2.1%増だった。2四半期連続のプラス成長となった。10~12月期は年率換算で1.6%増だった。住宅投資や公共投資の増加がプラス成長に寄与した。QUICKが集計した民間予測の中央値は前期比0.1%減で、年率では0.3%減だった。>

     マイナスに落ち込むのではないかという予想もあった中で2四半期連続のプラス成長。民間予測予想よりも良い数字で、これなら消費増税も問題ないのではないか!?今日の夕刊や明日の朝刊にはそういった記事が目白押しになる気もします。ただ、やはりこうしたものは記事ではなく発表されたデータで議論したいところ。内閣府のホームページには、報道発表と同時に資料がアップされています。


     まず、今回の数字は皮肉にも外需が主導したということを押さえなくては行けません。番組でも何度も申し上げている通り、我が国はイメージとは逆で、GDP全体の6割を内需が占めているという内需大国です。にもかかわらず、今回のGDP速報値では、実質成長率+0.5%のうち、内需の寄与度+0.1に対して外需寄与度は0.4。今回のGDP速報値に関しては、外需の方が"堅調"だったということです。
     今、堅調にカッコを付けましたが、その意味は、数字のプラスに引っ張られ過ぎてはいけないという意味です。というのも、今回の外需のプラスは、輸出・輸入ともに減っているものの、輸出の減少に比べて輸入の減少が大きかったので、差し引きはプラスになっているにすぎないからです。(以下挙げる数字に関しては注記なき場合は実質、季節調整済みの値)輸出-2.4に対し、輸入が-4.6、寄与度に直すと輸出-0.5に対し、輸入が減ればGDP的にはプラスになるので、+0.9、差し引き+0.4となります。(数字は実質・季節調整済み)輸出が増えて外需の寄与度が増加するのは生産も旺盛になり好循環となりますが、今回のように輸入が減って結果的に外需の寄与度が増えるというのは、国内の購買力が落ちてきているからに他なりません。おそらくこの辺りは、「原油価格が下落したから輸入額が落ちたのだ!」という説明がなされるでしょう。が、日本の輸入全体に占める原油及び粗油の割合は、1割弱。(2017年財務省統計)いかに油価が下落したからといって、輸出全体の減速に決定的に寄与したとはとうてい思えません。

     さらに、内需の方も+0.1という数字よりも中身は厳しいと思います。+0.1の内訳も出ていますが、寄与度を見ると家計最終消費支出や民間企業設備投資などはマイナス。民間ファクターで寄与度がマイナスでなかったのは民間住宅(0.0)と、民間在庫変動(0.1)のみです。景気が落ち込む初期、企業が危機感を持ちだして生産を絞る前は、思ったほど売れずに在庫が積み上げられます。ただ、在庫は資産なので数字上はプラスとして計上されます。今後、この在庫がきちんと消費されれば経済の一時的な落ち込みだったとなるのですが、気になるのは3期連続で在庫が積み増されているということ。したがってこのプラスの数字は決して楽観視してはいけない数字なのです。
     もう一つ、内需を引っ張ったのが公的固定資本形成(+0.1)。これは、直前4四半期連続で減っていたものがようやく増えたという程度のもの。おそらく、2018年度本予算で執行された公共投資がようやく数字になってきたというものでしょう。ちなみにこの年度の補正予算は11月に成立した1本のみで、その規模は1兆円弱。2018年度本予算の積み残し+補正でも、これ以上の積み増しはしばらく期待できず、持続的な成長が見通せるものではないと思います。

     以上、数字上は前期比0.5%のプラスだった2019年1月~3月期のGDP速報値の中身は、事前に言われていたものとはだいぶかけ離れていることが分かります。直前には茂木経済再生担当大臣がこんな発言をしていました。

    <茂木経済再生相は19日のNHKの番組で、日本経済の現状について「内需全体が腰折れをする状況にはない」との認識を示した。そのうえで、10月の消費税率引き上げに伴う経済対策について「今の段階で新たな対策が必要だとは思っていない」と述べた。>

     内需は横ばいでしたが、中身を見ると堅調とは程遠い。腰折れしてはいないかもしれませんが、腰折れ直前で何とか踏みとどまっている状態のように見えます。外需に関しても、見かけ上プラスでもすでに輸出入双方とも鈍化し、さらにこのあと米中貿易戦争の逆風がやってくることが見えています。寄与度で各要素を見るだけでもこれだけ気になりますが、それ以外にも国内需要デフレーターもマイナスに落ち込み、雇用者報酬も名目ではマイナス圏に落ち込みました。四半期でデフレーターがマイナスということは、今後またデフレに落ち込むリスクが高まっています。また、雇用者報酬も実感に近い名目でマイナスということは、大半の人で額面の金額が伸びないか減っているという非常にマズイ流れにあるということ。たしかに2018年度で見れば雇用者報酬は2%以上増えていますが、これは前半で大きく貯金した分が大きかったということ。グラフを見ると下降トレンドに入ってしまったかに見えます。

     ことほど左様に、数字のプラスとは正反対の脆弱さが目立つのですが、果たして経済対策は必要ないと言い切れるのか?今回のGDP速報値の数字は増税を後押しするようないい数字ではなく、むしろ増税をスキップすることが最大の経済対策に見えるのですが...。
書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

■Twitter
「飯田浩司そこまで言うか!」

■会員制ファンクラブ(CAMPFIREファンクラブ)
「飯田浩司そこまで言うか!ONLINE」

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