• 2015年11月12日

    リベラルの社会保障観

     衆参両院の予算委員会閉会中審査が終わりました。TPPについての審議という建前で開かれたわけですが、ふたを開けてみるとやっぱり新大臣のスキャンダル追及ばかりがクローズアップされて、あまり実のある議論にならなかった印象があります。野党第一党、民主党の岡田代表は自ら質問にも立ちましたが、政権側の答弁には不満だらけだったようです。

    『岡田代表が予算委員会での論戦を終えて記者団の取材に応える』(11月10日 民主党HP)https://goo.gl/tgHInL
    <記者団から、今日の答弁をどう評価するかと問われ、「安倍総理自身の観点で話している部分のほうが多く、こちらの問いに答えることはほとんどなかった。議論をかみ合わせようという気持ちがなければ、それぞれ言いっぱなしになってしまう。私が尋ねていることについて、正面から答える、国民の皆さんに説明するという気持ちが、残念ながら今回も見られなかった」と感想を述べた。>

     岡田代表は今回、(1)憲法改正(集団的自衛権の全面的な容認)(2)日中韓首脳会談と安倍談話(3)アベノミクスの成果(4)新3本の矢について議論をしました。持ち時間1時間のうち、この4つのテーマにほぼ均等に時間を取りましたが、特に突っ込んでいたのが新三本の矢。その中でも2本目・3本目の矢である介護・子育てという社会保障政策です。メニューは網羅的に並べているが、具体的にどこをどの程度増やすのかを何度も聞いていました。というのも、岡田代表としては財源問題が非常に気になるようです。

    <「(前略)『骨太の方針』にある『高齢化に伴う社会保障費の伸びを5千億円に抑え込んでいく』という決定は維持されているから、いったいどこからお金が出てくるのか。楽観的な経済前提に立って税収は上がると言うが、実際には穴が開くことははっきりしており、それをどう埋めるかの説明もない。このままでは財政規律が緩み、非常に憂慮すべき状況だ」と批判した。>

     結局、財政規律最優先という財政タカ派の本性が表れています。委員会での質問では、財政健全化はいつやるのだ?という趣旨で、消費税増税も促しています。岡田代表の論理では、新三本の矢のような総花的な社会保障政策をやるのだとすると、それ相応の財源が必要となる。今の8%の消費税では到底足りず、増税するしかない。なければ、こんな総花的なメニューはひっこめるしかない。増税か、介護・子育て支援を削るか、2つに1つだということです。

     ちなみに、社会保障費は放っておくと年間およそ1兆円ずつ自然増があると言われています。今年の夏に出たいわゆる骨太の方針、経済財政運営と改革の基本方針2015では、この1兆円を5000億円に削ろうという方針が示されています。

    『「経済財政運営と改革の基本方針 2015」の概要』(内閣府HP)http://goo.gl/bM6s3u
    <・安倍内閣のこれまで3年間の経済再生や改革の成果と合わせ、社会保障関係費の実的な増加が高齢化による増加分に相当する伸び(1.5 兆円程度)となっていること、済・物価動向等を踏まえ、その基調を2018年度まで継続していくことを目安とし、効率化、予防等や制度改革に取り組む。>

     向こう3年で1.5兆円ですから、年間5000億円。放っておくと1兆円増える社会保障費をどう圧縮するか、あるいはその分入ってくるお金を増やすか。民主党は増税以外の選択肢はないかのような口ぶりでしたが、見方は様々。先日社会保障を最前線で見ている社会福祉法人の幹部の話を聞いたんですが、彼が言うには終末期医療がポイントだと言っていました。社会保障が手厚いと言われるヨーロッパで介護の現場を見て歩いたそうですが、
    「無理な延命をすることなく、生活の質(クオリティー・オブ・ライフ)を重視している姿に驚いた。たとえば、胃ろうはほとんどやらない。尊厳死も認められているしね」
    と語っていました。胃ろうとは、口から食物を摂るのが難しくなった方に、お腹に穴をあけて胃に管を入れ水分や栄養・医薬品を投与するための処置です。高齢になると食道の弁の働きが弱まって、食物が誤って肺に行ってしまう誤嚥(ごえん)を起こしやすくなります。こうなると、詰まらせて窒息したり、肺炎になることもあります。れを未然に防ぐために胃ろうを勧められることが多いのです。ただ、そういった手術やその後のケアは非常にお金がかかる。結果として、年齢階層別でみると、明らかに高齢者の医療費が社会保障費全体を圧迫しています。

    『平成25年度国民医療費』(厚生労働省HP)http://goo.gl/YF6qy1
    <年齢階級別にみると、0~14 歳は 2 兆 4,510 億円(構成割合 6.1%)、15~44 歳は 5 兆 2,004億円(同 13.0%)、45~64 歳は 9 兆 2,983 億円(同 23.2%)、65 歳以上は 23 兆 1,112 億円(同57.7%)となっている。
    人口一人当たり国民医療費をみると、65歳未満は17万7,700円、65歳以上は72万4,500円となっている。>

     資料をさらに読み込むと、65歳以上は平均72万円あまりですが、70歳以上では81万5800円、75歳以上の後期高齢者では90万3300円となっています。やはり、終末期の医療費にいかにメスを入れていくか?手厚い医療と生活の質をどう両立させていくのか?このあたりが論点となってきます。

     こんなことは専門家なら誰もが知っていることなんですが、みんな世論の非難を恐れて躊躇しています。そういえば、第2次安倍政権が発足してすぐ、こんなニュースもありましたね。

    『麻生副総理「さっさと死ねるように」 高齢者高額医療で発言』(2013年1月21日 産経新聞)http://goo.gl/6XjXhU

     産経はこの程度の扱いでしたが、リベラル寄りの各紙は当時、鬼の首取ったかのように問題視して、大きく報じていましたよね。ま、言葉づかいはともかく、言っていることは社会保障費の圧縮を議論するうえで当然の問題意識だったはずなんですが...。話を聞いた社福の幹部も、
    「社会保障の専門家だけでなく、哲学者や宗教者、有識者を集めて国民的な議論をしないといけない。それでも、団塊の世代が後期高齢者になる2025年に間に合うかどうか、今がギリギリだと思う。」
    と話していました。持続可能な社会保障を考えるうえで避けて通れないテーマですが、どうも政治もマスコミも、寄ってたかって避けているような気がします。リベラルの受け皿となる民主党には、こういった議論をしてもらいたいものなんですが...。
  • 2015年11月03日

    続く反緊縮のうねり

     このブログで何度かご紹介してきた世界的な反緊縮の流れ。この流れはすなわち、グローバル主義への疑問でもあります。

     国を富ませようという考えの根本は一緒でも、その方法論の違いで2つの大きな流れがあります。ざっくりと言えば、ターゲットが企業なのか、家計なのか。これは、上からの景気浮揚か下からの景気浮揚かとも言われます。企業が稼ぐことで景気を上昇させ、それに引っ張られるように家計など国全体を富ませるか、家計の財布を温めて個人消費を活性化させて国全体の経済を引き上げていくのかという2つの方法論です。

     日本では、下からの景気浮揚は高度経済成長時代に見られました。もちろん企業側も輸出を増やして成長したという上からの景気浮揚の側面もありましたが、一方で賃金が増えた家計側が大量の消費をしたことで景気が断続的に上がっていった面も忘れてはいけません。「三種の神器」「3C」などといった家電購入ブームが起こり、我先にと電器屋さんに殺到しました。

     その後、日本も先進国の仲間入りし、安定成長時代に入りました。先進国共通の課題として、経済成長率の伸びが緩やかになるということがあります。賃金の上昇も緩やかになりますし、欲しいものは一通り手に入れたということで、家計に働きかけても思うほど景気が伸びない。そこで、企業が稼いで全体を引っ張って行ってもらおうという上からの景気浮揚の手法をとるようになります。業が稼ぎやすいように社会を変えることで景気を良くしようという新自由主義、構造改革路線です。

     日本も、21世紀に入ってからは今に至るまで企業の世紀。たとえば、各種の規制を取っ払って海外からも企業が入って来やすいようにしよう。外国企業が国内で稼いでくれれば日本の経済が成長する!外国企業が日本を選んでくれるよう、法人税を下げよう。ただ、下げるばっかりじゃ財政がきつくなるから使った分だけ税を納める消費税を上げよう。あるいは、財政がきつくなった分だけ公共サービスは縮小しよう。今まで公共セクターが担ってきたサービスも民間に開放すればその分企業が稼ぎやすくなって経済が成長するだろう。

     これらの施策により、企業は猛烈に潤いました。ただ、期待したようにそれが全体を押し上げたかというと微妙でした。当時よく「実感なき景気回復」と言われましたが、景気回復、つまりGDPの上昇と比べて、実質賃金が伸びなかったんですね。企業は稼いだお金を海外での投資に振り向けました。企業としては当然で、人件費の高い先進国でさらに給料を増やすよりも、人件費の低い新興国で投資した方が効率がいいからです。こうした流れは先進各国でおおむね共通していました。

     おかしいじゃないか、約束とちがうじゃないか、企業は潤っても俺たちの景気は良くならない。給料が上がらない。政府は俺たちをサポートするどころか、公共サービスはどんどん貧弱になっているじゃないか。

     そうしたことに先進各国で気づき始めたというのが反緊縮の流れというもの。ギリシャ危機に端を発したヨーロッパ、とくに南欧諸国で出てきたこの流れが、ついに大西洋を越えました。先日行われたカナダでの総選挙で、与党・保守党が大敗北。財政出動による景気浮揚を掲げた野党・自由党が政権を奪還したのです。

    『カナダ、トルドー氏「変革の時」 積極財政、中間層を重視』(10月20日 共同通信)http://goo.gl/mn39Qa
    <【オタワ共同】19日のカナダ総選挙(下院338議席)で圧勝し、次期首相となる自由党のトルドー党首は20日、地元モントリオールの支持者集会で演説し「真の変革の時だ」と訴えた。景気回復策として保守党と一線を画す積極財政を進め、富裕層よりも中間層を重視した政策に転換する考えだ。>

     積極財政についてはかなり前のめりな方針を掲げていて、インフラ整備などに600億カナダドル規模を投じるとのこと。向こう3年間はある程度の財政赤字も辞さないというのですから、腹を括っています。そのインパクトはフィナンシャルタイムズも社説で取り上げるほどでした。

    『[FT]新首相と中道左派に託したカナダ(社説)』(10月21日 日本経済新聞)
    <カナダ銀行(中央銀行)が景気刺激のための利下げをするさなかで、(筆者注:ハーパー前政権の)さらなる財政緊縮という公約はほとんど意味をなさなかった。一定範囲内の財政赤字を3年続けるという(筆者注:自由党の)トルドー氏の計画のほうが、よく練られている。カナダのインフラの多くは老朽化している。賢明に充てられるなら、トルドー氏の資本投資計画は十分なリターンを生んで価値あるものとなるだろう。

     このようなインフラ投資は、低成長下にある他の民主主義諸国にも強力なデモンストレーション効果をもたらしうる。米国のオバマ政権も同様の計画を持ちながら、何年も議会を通せずにいる。また、各国政府がかなり異なるアプローチをとっている欧州でも注視されることになる。さらにトルドー氏は、超富裕層への増税を財源とする中間層の減税も計画している。これも価値がある。他の先進諸国と同様、カナダでも格差は拡大している。>

     カナダのインフラがいかに老朽化しているかというのは、国の顔たる首相官邸でもこの有様だということが象徴しています。

    『雨漏りでも建て替えは浪費?カナダ首相官邸』(10月30日 WSJ)http://goo.gl/DU6HW9
    <10年ほど前に資金調達のため官邸を訪れたホスピスのボランティアは、ポール・マーティン首相の妻シェイラさんがドアを開けたときに信じられない光景を目にした。リビングの床に雨漏りを受けるバケツが置かれていたのだ。窓枠には結露を吸わせるタオルが並び、窓にはすきま風を防ぐためビニールがかぶせられていた。シェイラさんはボランティアの女性に、いつものことだと話したという。>

     しかし、これを我々は海の向こうのカナダの出来事と笑えるでしょうか?たしかに日本の総理官邸は立派な建物が永田町に建っています。しかし、たとえば全国の道路網は疲弊。悲鳴を上げているかのようです。

    『社会資本整備審議会道路分科会建議 道路の老朽化対策の本格実施
    に関する提言』(国土交通省HP)http://goo.gl/uwGMI8

    <Ⅰ.最後の警告-今すぐ本格的なメンテナンスに舵を切れ
    (中略)
    道路構造物の老朽化は進行を続け、日本の橋梁の 70%を占める市町村が管理する橋梁では、通行止めや車両重量等の通行規制が約 2,000 箇所に及び、その箇所数はこの 5 年間で 2倍と増加し続けている。地方自治体の技術者の削減とあいまって点検すらままならないところも増えている。>

     反緊縮の流れが太平洋を越えてくる日は来るのでしょうか?こうしたことを主張しているのが、左派ではなく保守政党である自民党の一部のみであるというのは、残念な限りです。日本の政治には、健全な中道左派が求められているのかもしれません。
  • 2015年10月27日

    普天間移設、政府の本気

     今週はアタマから、普天間飛行場の移設について様々な動きがありました。仕掛けたのは、東京の政府側。なかんずく、総理官邸です。

     まず、普天間飛行場の移設先、名護市辺野古周辺の辺野古・豊原・久志の3区と政府の懇談会が月曜の夕方に開かれました。

    『久辺3区に直接振興費 政府、辺野古推進で来月にも』(10月27日 琉球新報)
    <米軍普天間飛行場の移設先の名護市辺野古周辺の辺野古、豊原、久志の3区(久辺3区)と政府の懇談会が26日夕、首相官邸で開かれ、政府側は久辺3区区長らに対して、本年度の予算から直接振興費を交付する方針を伝えた。>

     沖縄の振興に関する国からの交付金は通常、県や市町村に交付されるものですが、今回は異例なことに、辺野古周辺の3区に直接交付されます。というのも、地図で見ると良く分かるのですが、名護市というのは東西に非常に広く、基地の移設で直接影響を受ける久辺3区は東側の海沿いにあります。一方、名護市の中心部は山を越えた西側。こちらの方が人口が多く、交付金を使ってインフラを整備するニーズが大きいんですね。

     以前、辺野古に住んでいる方々を一軒一軒回って取材したことがあるんですが、せっかくの交付金が名護市中心部のインフラ整備に偏っていると不満を漏らす方もいらっしゃいました。当時、辺野古商工会の会長をなさっていた飯田昭弘さんは、
    <インフラ整備に関していえば、どうしても人口の多いところが得をします。予算が落ちる名護市街には立派な公民館やコミュニティーセンターができるのに、辺野古はなぜ......という思いがあります。>
    (7月13日 ポリタス)http://goo.gl/1I1iCl
    と話してくれました。
    移設に反対の沖縄のメディアも本土のメディアも、
    「前代未聞の異例のこと。まさにアメとムチ。金で県民の心を踏みにじるのか!」
    というように批判しますが、ある意味この直接交付金は地元の要望に応えたものでもあるんですね。

     さて、こうしてまず地元辺野古の要望に応えたあと、翌日には沖縄県・翁長知事に対しては強烈なカウンターパンチを繰り出しました。

    『辺野古埋め立て、代執行へ=沖縄知事決定の効力停止-移設作業、近く再開・政府』
    (10月27日 時事通信)http://goo.gl/eNmgAX
    <政府は27日午前の閣議で、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古移設に関し、翁長雄志知事による辺野古の埋め立て承認取り消しは違法だとして、地方自治法に基づき、国が知事に代わって埋め立てを承認する「代執行」の手続きに着手することを了解した。>

     このニュース、実は2段階あります。
     まず時系列で整理すると、仲井間前知事が承認した埋め立てを翁長現知事が取り消しました。当事者である防衛省沖縄防衛局はこの取消について10月14日、審査請求と執行停止の申し立てを行いました。で、この件について、今日、国土交通大臣は行政不服審査法に基づいて執行停止の決定を行ったわけです。いわば、「(翁長知事の)取り消しを差し止めた」ということで、これでまず埋め立て工事が出来るようになります。

     政府としてはこれだけでも当初の目的を達したわけですが、さらに閣議での口頭了解で、この翁長知事の承認取り消しが違法な処分であると確認。普天間の危険性の継続、アメリカとの信頼関係に悪影響など著しく公益を害すると断じた上で、所管大臣の国交大臣において、代執行等の手続きに着手することが政府の一致した方針として了解されました。

     地方自治法に基づく代執行は、245条の8に詳しい記述があります。
    『地方自治法』http://goo.gl/XsFmp

     これによると、この件で政府側はまず翁長知事の承認取り消しを取り消すよう「勧告」することができ、これが期限までに行われなかった場合、同じように期限を定めて「指示」することができます。それでも取消の取消を行わなかった場合、高等裁判所に対し、訴えをもって、当該事項を行うべきことを命ずる旨の裁判を請求することができるのです。

     ここがポイントで、ある政界関係者は、
    「行政不服審査法という土俵で戦っているうちは、政府は受け身だ。審査の裁決が出て埋め立てが出来るようになっても、県側が提訴して止めようとすることが出来る。つまり、県のペースだ。ところが、地方自治法の代執行はステップを踏んでいくと最終的には提訴することになる。司法の場で争うのは同じなんだけど、代執行なら国のペースで進めることが出来る。早く決着つけようと政府も腹を括ったわけさ」
    と解説してくれました。ということは、もちろん、激しい批判が出るのは承知の上。さらに続けて、
    「こんなことできるのは、もう臨時国会を開く気が全くないからだよ。国会開いたら、こんなに追及されるテーマはないからね」
     タイミングもばっちりだったわけですね。

     その上、大きな決定だったはずですが、この日の夕刊一面はこのニュースではありませんでした。

    『米駆逐艦、人工島12カイリに 対中国「航行は自由」』(10月27日 朝日新聞)http://goo.gl/nvbTXL

     東京版では東京新聞を除く夕刊はすべてこのニュースが一面トップ。まさか、そこまで見越しての決定ではないと思いますが...。
  • 2015年10月19日

    観艦式を取材して

     昨日、平成27年度自衛隊観艦式が行われました。

    『自衛隊の艦艇36隻、オスプレイなど参加 相模湾で観艦式』(10月18日 産経新聞)http://goo.gl/11fLNH
    <安倍晋三首相は18日、神奈川県沖の相模湾で行われた海上自衛隊の観艦式に出席した。>
    <観艦式には自衛隊の艦艇36隻と航空機37機が参加。米国、オーストラリア両海軍に加え、通常の観艦式では初めて韓国、インド、フランス各海軍の艦船も観閲を受けた。>

    2015観艦式.jpg
    相模湾で行われた、平成27年度自衛隊観艦式

     陸・海・空の三自衛隊が1年ごとに持ち回りで行う観閲行事の一つで、前回2012年は民主党政権下で行われましたから、安倍政権になって初めての観艦式となります。私は前回に続いて取材に行ってきましたが、今回行ってみて感じたのは「より鮮明になった対中シフト」です。具体的には、日米同盟を中心とする価値観を同じくする国々の連携と三自衛隊の統合運用となります。

     まずは、価値観を同じくする各国の連携。記事にもある通り、前回に続いて参加したアメリカ、オーストラリアのみならず、今回、インド、フランス、韓国が初めて参加しました。また、予定にはなかったアメリカの空母ロナルド・レーガンが観閲式を行う水域に登場。観閲艦くらまに対して敬礼を行い、くらまに乗艦していた観閲官、安倍総理も返礼を行いました。
     手元に前回の観艦式式次第と今回の式次第があるので比較してみると、今回の方が海外からの参加艦艇、航空機が多くなっています。前回はアメリカ、オーストラリア、シンガポールから各1隻ずつ、合計3隻でしたが、今回はオーストラリア、インド、フランス、韓国から各1隻。アメリカからはチャンセラーズビル、マスティンの駆逐艦2隻に非公式ながら空母ロナルド・レーガン。さらに、哨戒機P-8AポセイドンとMV-22オスプレイも参加しました。ちなみに、前回は海上自衛隊創設60周年を記念する、ある意味特別な観艦式だったのですが、それよりも多い。今回は国際連携というものが大きなテーマであったことがよくわかります。
     余談ですが、MV-22オスプレイ、非常に静かでしたねぇ。もちろん、飛行モードで飛んでくるのを船の上から見ていましたから、ヘリモードの時にどれだけの音を立てるのかは分かりませんでしたが。

     さて、話を戻して、今回の観艦式の2大テーマ。続いては「三自衛隊の統合運用」に移りましょう。もちろん、今回も前回も陸上自衛隊や航空自衛隊の航空機は参加していました。ただ、前回はそれ以上に「海、離島を守る」というテーマが強く、受閲艦艇部隊の中に海上保安庁の巡視船やしまが参加予定でした。結局、尖閣諸島周辺に外国の公船や漁船が押し寄せてきたため、直前で参加を取りやめましたが、手元のガイドにはしっかりと名前が書いてあります。実際、参加取りやめが発表された時には、残念だというため息とともに「いいぞ!がんばれ海保!」という声が上がっていたことを今も鮮明に覚えています。

     一方、今回は統合運用に非常に力を割いていて、たとえば今回は海上自衛隊のエアクッション艇LCAC(エルキャック)に陸上自衛隊の車両を実際に乗せて参加したり、今回初めて航空自衛隊のブルーインパルスが飛行展示を行ったりしています。前回と今回のこの違いが何を意味するかと言えば、海保との連携は「いかに離島を守るか?」に重点が置かれているものなのに対して、三自衛隊の統合運用とは「いかに離島を奪還するか?」ということに重きが置かれているということです。まさに島が盗られようとしているときならば海の警察力たる海保が前面に出て、海上自衛隊はその後詰として存在感を発揮することで抑止力となります。しかし、すでに島が盗られてしまった後ならば、海保ではなく三自衛隊がいかに素早く、力を合わせて展開が出来るかがカギを握ります。3年の時間を経て、想定される危機のレベルがいかに高まってしまっているか、今回の受閲艦艇部隊、航空部隊の陣容から読み取ることが出来るのです。

    LCAC.jpg
    海上自衛隊エアクッション揚陸艇LCAC

     また、観閲式では毎回必ず、最高指揮官たる内閣総理大臣から隊員各位に向けての訓示が行われますが、これを見ても、今回対中シフトが鮮明になっていることが分かります。

    『平成24年度自衛隊観艦式 野田内閣総理大臣訓示』(平成24年10月14日 首相官邸HP)http://goo.gl/Bl5E0

    『平成27年度自衛隊観艦式 安倍内閣総理大臣訓示』(10月18日 首相官邸HP)http://goo.gl/3ug9m3

    隊員の任務に対する表現一つとっても、3年前、当時の野田総理は、
    <海洋国家・日本の「礎」である海。我が国最大のフロンティアである海。我が国の海を守るという諸君の職責は、日本人の存在の基盤そのものを守ることに他なりません。>
    と表現したのに対して、今回安倍総理は、
    <海に囲まれ、海に生きる。海の安全を自らの安全とする国が、日本です。我々には、「自由で、平和な海を守る国」としての責任がある。その崇高なる務めを、諸君は、立派に果たしてくれています。>
    と表現しました。海の安全が自らの安全であり、自由で、平和な海を守る国としての責任を強調。明言していませんが、もちろん自由で平和な海を乱す国、中国の存在を暗示しています。

     さらに海外からの参加各国に謝意を表したうえで、
    <日本は、皆さんの母国をはじめ、国際社会と手を携えながら、「自由で平和な海」を守るため、全力を尽くします。>
    と世界に対して日本の決意を明らかにしました。そして、
    <日本を取り巻く安全保障環境は、一層厳しさを増しています。望むと望まざるとに関わらず、脅威は容易に国境を越えてくる。もはや、どの国も、一国のみでは対応できない時代です。>
    と、危機感をあらわにしています。

     折しも、総理がこうした訓示を行った翌日、防衛省統合幕僚本部がこんな統計データを発表しました。

    『中国機に緊急発進231回 上半期で最多』(10月19日 共同通信)http://goo.gl/RVUC63
    <防衛省統合幕僚監部は19日、日本の領空を侵犯する恐れがある中国機に対し、航空自衛隊の戦闘機が本年度上半期(4~9月)に231回、緊急発進(スクランブル)したと発表した。国・地域ごとの緊急発進回数の公表を始めた2001年度以降で、上半期として最多。>

     安倍総理は今回の訓示を締めくくって、
    「隊員の諸君。
     諸君の前には、これからも、荒れ狂う海が待ち構えているに違いない。」
    と語りました。波の高い日本近海をどう乗り越えていくのか?その覚悟を感じる今回の観艦式でした。
  • 2015年10月15日

    デフレの原因

     景気の先行きが怪しくなってきました。先日発表された10月の月例経済報告も、1年ぶりに下方修正されました。

    『景気判断、1年ぶり下方修正...月例経済報告』(10月14日 読売新聞)http://goo.gl/YwKRv2
    <政府は14日、10月の月例経済報告を発表し、前月と比べた景気全体の判断を「一部に鈍い動きもみられる」から「一部に弱さもみられる」に引き下げた。>

     中国経済の減速、利上げを前にしたアメリカ経済の足踏みなど、主に外在要因で製造業が振るわなかったのが原因とされています。そして、判断が非常に難しいのが、足元の景気は下方修正した一方で、<中長期的には緩やかな回復基調が続いている>と書いているところ。景気がいいのか悪いのか、その瀬戸際にいるということでしょうか?安倍総理も9月末の会見で景気の現状に対してあいまいな口ぶりでした。

    『安倍晋三総裁記者会見(両院議員総会後)』(9月24日 自民党HP)https://goo.gl/7ZdY5U
    <もはや「デフレではない」という状態まで来ました。デフレ脱却は、もう目の前です。>

     揚げ足を取るようなことは書きたくないんですが、「もはやデフレではない」のであればデフレから脱却したということ。ところが直後に「デフレ脱却は、もう目の前です」と言っている。ということは、まだデフレの中にいるのか?各種経済指標も、プラス・マイナスまちまちで、どちらとも取れる。好景気でも不景気でもない。一言でいえば、「踊り場である」ということになりそうです。

     そうなると、次の一手は非常にデリケートになります。こういう時は、言葉の本来の意味に立ち返ることが重要です。「デフレ」とはいったい何なのか?まずは総理の見解を見てみましょう。

    『デフレは貨幣現象、金融政策で変えられる=安倍首相』(2013年2月7日 ロイター)http://goo.gl/RQKwVG
    <安倍晋三首相は7日午前の衆議院予算委員会で、デフレは貨幣現象であり、金融政策で変えられるとの認識を示した。(中略)安倍首相は「人口減少とデフレを結びつける考え方を私はとらない。デフレは貨幣現象であり、金融政策で変えられる。人口が減少している国はあるが、デフレになっている国はほとんどない」と答えた。>

     デフレは貨幣現象。これだけ見ると専門用語で難しそうに見えますが、大雑把に言えば、お金の量が足りないからデフレになっているのだということ。世の中に出回るお金の量が少ないと、お金の価値が上がっていく。そうなると、お金をモノに交換する(消費する)よりもお金のまま持っておいた方が得なのではないかという考えが働く。それがさらにお金を使わない方向に人々が流れて行って、デフレが深刻化するという考え方。これを打破するには、中央銀行の金融政策で世の中にお金をジャブジャブと流通させ、手元のお金を使わないとどんどん価値が下がるぞと思わせることが重要。アベノミクス第1の矢「異次元の金融緩和」は、こうした考えのもとで行われたものでした。

     一方、もう一つ、デフレは需要の不足が原因という説があります。デフレとは、物価が継続的に下がること。物価というのは大雑把に言えば、日本で売られているあらゆるものの値段を総合したものです。ということで、学校で習った「モノの値段がどう決まるか」という話が応用できるのです。需要曲線と供給曲線の交わったところで決まるという話を覚えていませんか?価格を縦軸、需要・供給の量を横軸に取った場合、買い手の心理は高ければ買わない。安ければ買いたい。ということで需要曲線は右下がりのグラフになります。一方、売り手の心理は高ければ売りたい。安ければ売りたくない。ということで供給曲線は右上がりのグラフになります。この2つの線が交わるところが、双方過不足なく満足する値段と量ということになるわけです。
     物価もその延長線上で、総需要と総供給の均衡点であると考えると、デフレ状態=物価が下がっているというのは供給に対して需要が弱いということ。アベノミクス第2の矢「機動的な財政出動」というのは、こういった考えから需要を下支える意図で行われたものでした。

     さて、この踊り場景気の中で打つ次の一手は、このデフレに対する認識が問われます。
     前者の説をとるなら、すでに金融緩和を進めていて貨幣量は足りているということになります。デフレからは脱却しつつあるということで、この流れのままで行けばいい。追加の景気対策などは必要ないとなるわけです。

     一方、後者の説をとるなら今だに総需要が不足しているとなる。実際、内閣府の調査では今も大きな需要不足があるということが分かっています。

    『4~6月期の需給ギャップ、マイナス1.6%に 内閣府試算』(9月17日 日本経済新聞)http://goo.gl/M8yDTq
    <内閣府は17日、4~6月期の国内総生産(GDP)改定値から試算した需給ギャップがマイナス1.6%になったと発表した。(中略)日本経済の需要と潜在的な供給力の差を示した金額換算の需給ギャップは、名目で約8兆円の需要不足となり、速報段階の9兆円程度から縮小した。>

     名目で8兆円に上る需要の不足があるから、これを補うために何らかの策を講じなくてはいけません。企業の設備投資や家計の消費活動に期待することもできますが、デフレで財布の紐が固い中ですから政府側が財政出動をして景気を刺激するのが最も手っ取り早い策でしょう。

     では、現政権はどちらに近いか?どうやら前者に偏って来ているようです。

    『景気判断を1年ぶり引き下げ 月例経済報告』(10月14日 産経新聞)http://goo.gl/uXlpYz
    <甘利氏は会見で、補正予算を含む景気対策について「現時点で(景気対策のための)補正予算は判断しない。7~9月期の(成長率の)結果などを総合評価する」との認識を示した。>

     菅官房長官はテレビ番組の中で、補正予算の審議については行うならば来年1月からの通常国会の冒頭で行うのが妥当なのではないかと言っていました。また、補正の編成についてはまだ決めていないとも述べていました。例年通り1月の下旬に通常国会召集となれば、補正予算の実質審議入りは2月アタマ。3月にようやく成立となれば、補正予算が効き始めるのは来春以降となってしまいます。の間に今踊り場の景気が悪い方に転がっていかないか...。私は需要不足を今すぐ何とかした方がいいと思うんですが。
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プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

■Twitter
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