• 2016年08月24日

    訓練開始で大騒ぎとは

     去年の9月に安全保障関連法が成立して11か月。この法律に反対派は「戦争法案」といい、「日本が戦争できる国になる!」と言ってきました。そうした反対の声に配慮したのか、成立してしばらくは法律に盛り込まれた新任務は現場の自衛隊に付与されて来ませんでした。その新任務について、ようやく訓練を始めると稲田防衛大臣が今日の会見で発表しました。予想された通り、安保法案に一貫して反対していたメディアを中心に大騒ぎです。各紙夕刊一面に載せていますが、特に扱いが大きかったのが東京新聞。一面トップで見出しも大きく展開しています。

    『防衛相、訓練開始表明 安保法 運用段階へ』(8月24日 東京新聞)http://goo.gl/RKdg4I
    <稲田朋美防衛相は二十四日午前の記者会見で、昨年九月に成立した安全保障関連法に基づく自衛隊の新任務について、訓練を開始すると表明した。他国を武力で守る集団的自衛権行使も含め、同法に盛り込まれたすべての新任務が対象。可能なものから順次、訓練に着手する。当面は、南スーダンでの国連平和維持活動(PKO)に十一月に派遣される陸上自衛隊の交代部隊に「駆け付け警護」などの新任務を訓練させる。>

     リードの後の書き出しの一文に、「反対を押し切るひどい政権だ」という思いがにじんでいます。

    <安保法は違憲の疑いが指摘され、廃止を求める世論も依然強い中、訓練を経て本格的な運用段階に移行する。>

     訓練が始まっただけでもこの騒ぎ。先が思いやられるわけですが、法律を厳格に守るのを旨とする自衛隊だけに、こうした命令がなければ訓練すらすることができないのです。本来であれば、法律が成立した時点で法的要件はクリアしているはずですから、訓練を重ねて、いつ下命されても対応できるようにしておくのが当然なんですが、自衛隊はある意味訓練すら自分の意志で行うことができないんですね。素晴らしい文民統制!

     さらに、駆けつけ警護やPKO参加各国との宿営地の共同防衛については、これまで現場にしわ寄せがいっていた部分を解決するものです。もはや公然の秘密になった感もありますが、今までは宿営地警備については他国軍が襲われてもそこに自衛隊員がいたことにして警備する。あるいは、まず偵察などの名目で自衛隊員が襲撃を受けた宿営地に進出し、その隊員警護の名目で個別的自衛権を発動し対処するといったことが隊員間で申し合わされていたそうです。我が国の法律はようやく変わりましたが、現場の状況がそれに合わせて変わっているわけではないので当然です。
     現場は出来る範囲で知恵を絞って対処するしかありません。そうした現場の事実を知らずに、あるいは知っていて知らんふりをして訓練開始というだけで大騒ぎ。隊員の生命が大事だと言うのなら、しっかり訓練をして自分の身を守れと叱咤するのが当然でしょう。訓練すらするな、でもPKOは国際貢献だから反対せずに送り出すでは無責任と批判されても仕方がありません。

     さらに、その訓練にも心配なことがあります。これは、ある自衛隊の関係者に聞いたことなんですが、陸上自衛隊では実弾射撃の訓練を行った際、訓練終了後には空になった薬きょうの数まで数えるそうです。そして、空薬きょうが紛失した場合、隊員総がかりで探すそうです。「自衛隊 薬きょう」で検索すると、直近でもこんなニュースがヒットしました。

    『使用済み薬きょう30発紛失 青森・陸自第9師団「再発防止に努める」』(6月8日 産経新聞)http://goo.gl/zquNJC

     空の薬きょうが30発、全体の弾数から言えば1.5%に過ぎない数が、しかも自前の演習場内で紛失してもニュースになってしまう。こんな国、他にありません。市街地で実弾が紛失すればニュースでしょうが、コントロール下にある演習場で、しかも空の薬きょうですからね。

     これがどうして心配かといえば、紛失すればこうして騒ぎになるわけですから、隊員たちは実弾演習でも知らず知らずのうちに空の薬きょうの行方を気にしてしまいます。最前線で一瞬でも緊張を解いたらやられるというところで、いつもの習い性で目線を切ってしまったら...。もちろん、現場の方々は淡々と、そんなことのないように訓練に訓練を重ねるのでこうした心配は杞憂に終わるでしょうが。

     それに、陸は薬きょうが残って勘定できるからこうして問題になるわけで、海自や空自は訓練をして空薬きょうが飛び出ても海に沈んでしまうので問題にもされません。陸自だけこうして大騒ぎするのがいかにむなしいことかが分かると思います。いずれにせよ、隊員の皆さんが淡々と訓練ができるよう環境を整えるべきなのではないでしょうか?いちいち揚げ足取りすることが文民統制であるとは、私には思えません。
  • 2016年08月15日

    無関心が相手を利する

     沖縄県石垣市の尖閣諸島沖が緊迫しています。ザ・ボイス番組リスナーの皆さんには最早釈迦に説法ですが、中国公船が連日、領海の外側の接続水域に侵入し、さらに今月9日まで3日連続で領海にも侵入しています。

    『尖閣沖の接続水域 中国当局の船4隻が航行』(8月15日 NHK)http://goo.gl/XdpYWV
    <沖縄県の尖閣諸島の沖合で15日午後、中国当局の船4隻が日本の領海のすぐ外側にある接続水域を航行しているのが確認され、海上保安庁が領海に近づかないよう警告と監視を続けています。>

     記事にはありませんでしたが、接続水域には13日連続で侵入しているという報道もあります。が、日本国内でどれだけの大きさで報道されているかというと、今までの尖閣周辺事案に比べるとおとなしいという印象が否定できません。よく言えば静観、悪く言えば慣れてしまっているのではないか?という程の静けさです。今日は、この「慣れ」がいかに問題なのかを考えてみたいと思います。

     まず、ここへ来て中国はなぜこんなに挑発的な行動をとるようになってきたのか?もちろん、正確なところは中国当局に聞いてみなければわからないわけですが、専門家は様々な分析をしています。

    『対日関係を悪化させる中国の本心は... 東京国際大学教授・村井友秀』(5月18日 産経新聞)http://goo.gl/Pe20EH
    <第1の説は「身代わりの山羊(やぎ)」理論である。外国の脅威を煽る政策はやり過ぎると戦争になり死傷者が発生するリスクがある。しかし独裁国家において政権を失うコストは、独裁者が逮捕され処刑される可能性もあり、野党になるだけの民主主義国家よりもはるかに大きい。したがって政権が弱体化したとき「外敵転嫁論」は独裁政権にとって魅力的な政策になる。>

     これは戦略分析の専門家などの話を聞いても共通しているんですが、「国内の問題をより大きな外の問題で吹き飛ばす」というのは中国の常套手段なんだそうです。
    そして村井教授が指摘している通り、政権が弱体化してきたときにこの「外敵転嫁論」が選択されやすい。経済が失速し、腐敗撲滅で国内敵だらけの習近平氏はまさに弱体化しつつある政権。その上、国民の目を逸らそうとした外交面でも最近は裏目裏目が続いています。

     韓国は、中国が再三再四反対し続けていたTHAAD(終末高高度防衛ミサイル防衛システム)配備を決定。台湾は親中の馬英九政権から独立志向の蔡英文政権に代わり、フィリピンとの間では常設仲裁裁判所が南シナ海の中国の主権主張を根底から否定する判決を出しました。ラオス、カンボジアを取り込んでASEAN諸国の分断はある程度成功していますが、地域大国のインドネシアやシンガポールとはいい関係とは言えません。日本も安保関連法を整備し、中国などの地域の脅威を念頭にした改憲も議論の俎上に上る始末。

     中国包囲網ともいえるような周りの国々の動きの中、尖閣諸島の事案は数少ないメリットを挙げられると踏んだ可能性があります。日本側は外務省からのオフィシャルルートで再三再四抗議しています。9日には岸田外相が程永華駐日中国大使を外務省に呼び出し抗議しました。このことは当然外電や中国の放送局の日本特派員を通じて中国国内で報道されます。それを見た中国国民はどう思うか?
    「外相まで引きずり出した。(中国)政府はよくやってるじゃないか!」
    と溜飲を下げる場面が想像できます。
     中国側としてはそれでいい。そして何度も何度も領海に公船を侵入させることでジワジワと日本側の尖閣の施政権を否定し続ければ、ここに領土問題があることを国際社会にアピールできる。「またやっているよ」なんて甘く見ていると、敵に塩を送るどころではなく危機がやってくることを我々はもっと真剣に考えるべきです。

     さらに、この尖閣の侵入もさらなる大戦略の一環に過ぎないという指摘があります。アメリカ議会に設置された「米中経済安保調査委員会」という機関が毎年、年次報告書を発表するのですが、この中で中国の膨張主義について詳細な分析がされているのです。月刊正論の9月号で最新の「米中経済安保調査委員会」について、産経新聞ワシントン駐在客員特派員で国際教養大学客員教授のジャーナリスト、古森義久氏が分析・報告しています。

    『中国の沖縄での秘密工作とは その5 米調査委員会が暴いた活動』(Japan In-depth)http://goo.gl/F2kQA8
    <要するに中国は自国の主権は尖閣諸島だけでなく、沖縄全体に及ぶと主張し、その領土拡張の野望は沖縄にも向けられている、というのだ。報告書の記述をみよう。

    「中国はまた沖縄の独立運動をも地元の親中国勢力をあおって支援するだけでなく、中国側工作員自身が運動に参加し、推進している」

    「中国の学者や軍人たちは『日本は沖縄の主権を有していない』という主張を各種論文などで表明してきた。同時に中国は日本側の沖縄県の尖閣諸島の施政権をも実際の侵入行動で否定し続けてきた。この動きも日本側の懸念や不安を増し、沖縄独立運動が勢いを増す効果を発揮する」>

     たしかに、政府に批判的な翁長沖縄県知事などは、尖閣の状況に不安を覚え、それを助長しているように見える政府に対し不信感を募らせています。
    「いまの状況で小競り合いが起きたら、石垣島の観光、100万人の観光客がちょっとしたいざこざから10万人に落ちる。風評被害ですら40万人落ちるわけですから。100万の人が10万に落ちる。ですから、尖閣でいざこざは起こしてほしくない。」と会見で述べています。(2015年5月20日・日本記者クラブでの会見)

     この報告書は陰謀論や噂の類で書かれているのではありません。議会の予算を使って調査分析をするわけですから当然です。中国の工作があるということも、そのインテリジェンス網の中で信ずるに足る証拠があるからこそ、報告者の自主的な記述として書かれているわけです。

     では、我々としてどう対応していけばいいのか?これも、同報告書の中にヒントがあります。かつて、日本は中国の工作をはねのけたことがありました。
    <「中国は日本を日米同盟から離反させ、中国に譲歩させるための戦術として経済的威圧を試みたが、ほとんど成功しなかった。日本へのレアアースの輸出禁止や中国市場での日本製品ボイコットなどは効果をあげず、日本は尖閣諸島問題でも譲歩をせず、逆に他のアジア諸国との安保協力を強め、アメリカからは尖閣防衛への支援の言明を得た」>

     あの漁船衝突事故の後、日本の中国駐在員の拘束、レアアース禁輸があり、国内でも大きく報道されました。義憤に駆られた日本人は決して中国の強引なやり方に音を上げず、正規ルートから抗議し、あるいはレアアースの調達先を変更し、しなやかにしたたかに対応し切り抜けました。中国は我々の世論の力をわかっています。それゆえ、無関心、慣れてしまうことが最も中国を利することになるのです。

     来週の『ザ・ボイス そこまで言うか』では、22(月)に元外交官・キャノングローバル戦略研究所研究主幹の宮家邦彦さんがいらっしゃいます。おそらく、コメンテーターの長谷川幸洋さんとの間でこの中国の出方、今後についての議論になるでしょう。日本と東アジアの今後を読み解くのに必聴の1時間半。ぜひお聞きください!
  • 2016年08月08日

    バラマキ?水ぶくれ?大盤振る舞い!?

     先週火曜、政府は経済対策を閣議決定しました。事業規模で28.1兆円と規模としては大きなものですが、その内訳を見ると財政投融資が6兆円規模、国と地方の財政支出、いわゆる真水が7.5兆円規模と言われています。景気の押し上げに直接効くと言われる真水の部分は7.5兆。足元の需給ギャップがざっくり10兆と言われていますから、真水だけでは足りない。財政投融資部分がどれだけ即座に効いてくるのか?財政措置の13.5兆以外の民間セクターがどれだけ投資や消費を積み増すかにかかっています。ということで、事業規模こそ大きいものの、内実はちょっと力不足なのではないか?とも思える内容なんですが、それでも大盤振る舞いし過ぎだと非難ごうごうです。

    『国の財政 ゆるんだままでは困る』(8月3日 毎日新聞)http://goo.gl/bk665R
    <政府は経済対策を閣議決定した。事業規模は28・1兆円とリーマン・ショック以降で3番目に大きい。閣議了解した2017年度予算案の概算要求基準も歳出上限を示さなかった。大盤振る舞いになりかねない。
     国の借金は1000兆円を超す。消費増税も延期した。財政をゆるんだままにする余裕はないはずだ。>
    <英国の欧州連合(EU)離脱問題に伴う市場の混乱が落ち着いた今、借金を増やしてまで大型対策を打つ必要があるのか。主要な使途は大型船用の港湾建設などインフラ整備だ。過去の経済対策でも公共事業は景気を一時的に押し上げただけだ。>

    『経済対策 見掛け倒しの水膨れ型』(8月3日 東京新聞)http://goo.gl/wg6sO8
    <国と地方の財政資金に加え、無駄な公共事業の温床だとして縮小してきた財政投融資を六兆円も投じ、規模を目いっぱい膨らませた印象である。>
    <国債の一種である財投債を発行して資金を集め、投融資する仕組みだが、一般会計の枠外なので基礎的財政収支には影響せず都合のいい「財布」だ。しかし、かつて郵貯や簡保の資金を原資に膨張し、無駄な公共事業が問題となって〇一年から改革を進めてきた経緯がある。忘れたのだろうか。>

     規模に対して文句をつけるだけでなく、だいたいセットで公共事業に対しての非難が付いてきます。「財政出動=公共事業=バラマキ=悪」という方程式。上に挙げたのは安倍政権に批判的な2紙の社説ですが、こと経済に関しては政治における論調とは関係なく、だいたいこんな感じの論理構成です。
    「財政出動は無駄が多いではないか!バラマキじゃないか!財政規律がまた緩む!安倍政権は第1の矢(金融緩和)、第2の矢(財政出動)よりも第3の矢(構造改革)を進めるべきだ!」
    誰でも社説が書けます(笑)。この論調だと、安倍政権が第1の矢の金融緩和のみならず、第2の矢の財政政策にも頼りっきりのような印象を与えます。実際、そういうイメージを持たれている方も多いと思うんですが、データを見ると違います。あの財務省が、こんなデータを出しています。

    『日本の財政関係資料(平成28年4月)』(財務省HP)http://goo.gl/fTJssi
    <公共事業関係費の総額については、平成9年度のピーク時(当初予算ベース)以降、基本的には減少を続け、平成28年度はピーク時と比較した場合には約▲4割低い水準となっています。>

     公共事業関係費のグラフを見ると一目瞭然。当初予算のみならず、補正予算を合わせても実は民主党政権下と同等かそれ以下の水準でしかありません。もちろん、民主党政権時代は東日本大震災が発災し、その復興予算が組まれたので、特に平成23年度、24年度の補正予算は大きく伸びているわけですが。一方、安倍政権下では毎年度当初予算はおよそ6兆円。補正で積み増しても6.3兆円近辺で推移しているのが分かります。これでどうして、公共事業に頼り切りということになるんでしょうか?

     さらに、上記社説の中には、「公共事業には一時的な景気浮揚効果しかない!」といった記述がありました。公共事業に対する批判の中には「関連する土建業しか儲からない!」といったものも常套句ですが、ホントにニュース見ているのか?と思います。伸びない公共事業費をやりくりしながら、厳選された公共事業が着実に実績を上げ、波及効果を生んでいることが報じられています。

    『北陸新幹線 経済波及効果421億円 観光・ビジネス予想上回る 開業1年 /富山』(毎日新聞 4月22日)http://goo.gl/kdtwph
    <昨年3月の北陸新幹線開業による県内の経済波及効果(速報値)が421億円に上ることが21日、明らかになった。観光客の増加や新たな企業立地などが主な要因。このうち特に、観光客やビジネス客などの増加に伴う経済波及効果が開業前の推計(118億円)を上回る154億円で、観光・ビジネス効果が予想以上に大きかったことがうかがえる。>

    『続く新幹線開業効果 在来線の昨年6月利用実績の2倍 1日7900人』(北海道新聞 7月20日)http://goo.gl/d6zOhd
    <北海道新幹線新青森―新函館北斗間の6月の利用実績が1日平均約7900人に上ったことが、19日分かった。大型連休で観光客の利用が多かった5月に比べても、4%ほど伸びたもようだ。在来線の昨年6月の利用実績は同約4300人で、新幹線の利用客は2倍近くになっており、開業効果が定着しつつある。>

     北陸新幹線も北海道新幹線も、「もはや新幹線を造る時代ではない!」なんて批判ばかりを浴びていた路線です。上に挙げた富山は新幹線の途中駅で、金沢や東京に客を奪われるストロー効果で衰退するなんてまことしやかに言われていました。北海道新幹線についても、札幌まで伸びない限り意味がない、厳しいと批判されていたのはついこの間、今年の初めのことでした。

     それが、双方ともにしっかりした経済効果を上げています。公共事業で土建業が儲かるだけでなく、作ったインフラを活用することで旅行客やビジネス客が増え、地域経済全体が潤うようになっています。「一時的な景気浮揚効果だけで、ただの無駄遣い」「儲かるのは一部業種」という公共事業悪玉論の根拠が根底から崩されているのです。日本全体としては景気がずっと足踏みしている中、インフラが整備されればまだまだ潜在的な需要が掘り起こされると、この2つの事例は証明しているのです。

     ところが、こうしたニュースは全国紙の経済面を飾ることはありません。地方面の片隅でベタ記事扱いか、あるいは県版には載っても全国ニュースでは無視されます。
     これでいいんでしょうか?批判をして終わりにするのではなく、検証を行わなくていいんでしょうか?ここ20年続いてきた公共事業悪玉論から、いい加減卒業しなくてはいけません。
  • 2016年08月01日

    これって追加緩和?

     先週末、日銀の金融政策決定会合があり、若干の政策変更がありました。メディアでは、「追加緩和決定!」と報じられています。

    『日銀が追加緩和、上場投信買い入れ6兆円に』(7月29日 日本経済新聞)http://goo.gl/6VMW0I
    <日銀は29日の金融政策決定会合で追加金融緩和を決めた。英国の欧州連合(EU)離脱決定で世界経済の不透明感が強まり、企業や家計にも悪影響が及びかねないためだ。現在は年3.3兆円の上場投資信託(ETF)の買い入れ額を6兆円に増やすことが柱で、金融機関のドル資金調達の支援策も強化した。政府が打ち出した28兆円規模の経済対策と連携し、国内景気の底上げに向けた相乗効果を狙う。>

     追加緩和というのでどれだけの規模かと思えば、年3.3兆だったETFの買い入れを6兆にすると。年80兆の金融緩和をすでにやっている中でプラス3兆ですから、これは微々たるもの。正直な話、これを追加緩和といっていいのかどうかという程のミクロな追加緩和です。期待していた市場は正直な反応を示しています。

    『NY円急伸、一時101円台 日銀の金融緩和に失望感』(7月30日 朝日新聞)http://goo.gl/nfvePw
    <29日のニューヨーク外国為替市場は、日本銀行が決めた追加の金融緩和に対する失望感が広がり、米景気に不透明感も強まったことから、円を買ってドルを売る流れが加速した。対ドルの円相場は一時1ドル=101円97銭まで値上がりし、約3週間ぶりの円高ドル安水準をつけた。>

     もともと黒田日銀の緩和手法というものは、良くも悪くも「サプライズ」が持ち味でした。「黒田バズーカ」と言われた2013年4月の「異次元の量的緩和」をはじめ、2014年10月の黒田バズーカ第2弾も、市場の裏をかくタイミングのサプライズと、大方の想定を超える規模のサプライズの組み合わせで効果を上げていました。それを考えると、今回の「ショボさ」が際立ちます。それだけでなく、こうした戦力の逐次投入はミスリードを生みやすく危険です。案の定、各紙社説でも批判されています。

    『社説 日銀の追加緩和 いよいよ手詰まりだ』(7月30日 毎日新聞)http://goo.gl/lvCIZ4

    『日銀追加緩和 通貨の番人はどこへ』(7月30日 中日新聞)http://goo.gl/v05Anl
    <日銀は上場投資信託(ETF)の購入額拡大という小粒な追加緩和を決めた。政府の期待には応えたが、金融政策の手詰まり感を露呈し、中央銀行としての信認も一段と失うことにはならないか。>

     毎日など社説の見出しから"手詰まり"と掲げていますし、中日も"手詰まり感"という言葉を使っています。実際には、黒田総裁が会見で語っているようにまだまだ緩和の余地があるはずです。国債一つとっても、現状日銀が保有する国債は全体の3分の1。ということは残りの3分の2は残っているわけですね。ところが、そもそも金融緩和の効果って怪しいんじゃない?という報道が多かったところに、こうした小出しの対応。人によっては「日銀ってこれしかできないんじゃないの?」と思ってしまいます。
     それに、ETFの3兆円程度の積み増しで追加緩和と言えるのか?好位的に捉えれば、株価の下支えによって資産効果が発生。個人消費に効くと言えないこともないんですが、それもタカが知れています。
     それでこんな誤解をされるくらいなら、追加緩和せずに9月にドカンとやった方が良かったのかもしれません。
  • 2016年07月25日

    IoTか移民か?

     近年、IoTという言葉がメディアを賑わせています。訳語として『モノのインターネット』という言葉が当てられていますが、今一つ分かったようなわからないような感じです。調べてみると、今までネットにつながっていなかった様々なモノにセンサーをつけてデータを取り、それをネットで流して蓄積し分析。分析結果を基にしてつながったモノを制御したりするものとのこと。

    『「IoT」とは何か、今さら聞けない基本中の基本』(4月19日 東洋経済オンライン)

     このセンサーを工場の機器に付けてデータを取れば、より効率的な運用ができるようになるかもしれません。さらに、データを蓄積・分析したうえでモノの制御を自動でやるようになれば、ロボット産業にも新たな時代が到来します。今までは与えられたプログラムを粛々とこなすのがロボットでしたが、これからは自律的に動くようになるわけです。

     というわけで、IoTの行きつく先のロボット産業。先日、ロボット産業にまつわるシンポジウムを見に行ってきました。都内の会議室に官業報の関係者200人以上が集まり、熱気をはらんでいました。
     そこで議論されていた中で、私なりにキーワードだなと感じたのは「サービス産業」と「人手不足」。これがIoTと出会った時に、この国は爆発的なイノベーションを生み出せるのではないかと希望を感じました。

     まず現状として、バーチャルデータを使ったIoTについては、すでにアメリカなどがずいぶんと先行していて、ここからキャッチアップして巻き返すのはもう難しいのではないかということ。たとえば、キーワード検索についてはご存知の通りGoogleが圧倒的なシェアを握っていて、ここから日の丸検索サイトがシェアを伸ばすのは難しいのは自明でしょう。
     一方で、リアルデータを使ったIoTにはまだまだチャンスがあるということが議論されました。健康分野であったり、工場の機器にセンサーをつけるといった想像しやすいIoT以外にも、サービス産業も未開の荒野であると紹介されました。この点について、メーカー側のパナソニックのロボティクス推進室長本間義康氏は、高齢化、労働力不足で第一次、第三次分野で伸びしろが大きいと指摘します。今後、5倍から7倍のニーズが生まれると想定しているようです。すでにトマトを自動で収穫するロボットや、病院で注射や薬品を自動搬送するロボットが実用段階に来ているとのことです。

     さて、これから伸びるとされている第一次、第三次産業に共通するのは、労働生産性の低さと人手不足が深刻化しているということです。もちろん、労働生産性そのものは、より少ない人数でより多く稼げば向上する数字だということは押さえておかなくてはいけません。従って、人を絞って人件費を減らすブラック企業的なやり方でも数字が良くなっていくので、この数字の向上だけを目指すのは非常に危険です。一方で、人手不足の深刻化は業界によってはすでに事業が立ちいかなくなるほど。そういった業界でIoT、ロボットを使った生産性の向上は非常に有効です。

     すでに、飲食・宿泊業界は介護・医療業界を抜いて日本で一番人手不足が深刻な業界となりました。そこでメディアでよく言われるのが、移民。人手不足の分野には海外から移民を入れて賄えばいいではないかという議論です。日本人ではなくわざわざ海外から移民を呼んでくるわけですから、経済の論理で言えば日本人よりも人件費が安くなくてはいけません。そうして人手不足が解消すれば経営者としては万々歳だと思いますが、労働者側としては雇用が奪われるだけでなく、賃金全体にも下押し圧力がかかります。人手不足の内はまだいいんですが、これが不景気になると移民と日本人が雇用を奪い合い、社会不安が高まります。今まさにヨーロッパで起こっていることがこれです。

     IoT、ロボットは人手不足を移民に頼らずに解消することができる政策です。経済産業省の関係者は、海外でIoTの事例を取材するときに必ず「この政策は雇用を奪う。そこを批判されることが多いのだが、その手当はどうするんだ?」と聞かれるそうで、現状人手不足の日本は、その心配がない分アドバンテージがあります。
     ちなみに、インダストリー4.0を掲げてIoTを引っ張っていると日本ではよく報じられるドイツは、現在この雇用の問題でスタック気味とのことです。移民の受け入れが回りまわって今後のドイツを左右するインダストリー4.0の足を引っ張っているわけですね。これは皮肉です。

     話を戻すと、まさにここが日本の希望であって、人手不足を逆手に取ってIoT、ロボット産業に投資を集中させることができれば景気浮揚に一役買うことができるわけです。第二次産業だけでなく、第一次、第三次産業まで裾野も広いわけですし、移民と違って資金が海外に出ずに国内で還流しますから、内需振興になるんですね。
     ここでキーとなるのが中小企業の資金繰り問題。どんなに効率化が出来て、世界最先端のロボットであっても、1000万も2000万もするものをおいそれとは入れられない。特に、サービス産業や農業では小規模なところも多いので、多額の投資をする資金的余裕がないケースが多く見られます。そこで現場のニーズをくみ取りながらスペックダウンした廉価版を作ったり、販売ではなくリースで安価にユーザーに提供したりする工夫が求められますんですね。前述のメーカー側、パナソニックの本間氏は、数が出ればコストは下げられると語っているのですが、ユーザー側はそのまとまった数を発注するのは資金面から至難の業。まさにニワトリが先か卵が先かという話になってきます。
     潜在的なニーズはあるのですから、最初の一押しがあれば動き出すのです。ここは、金融機関が本来の仕事をして、資金を融通すべきでしょう。マイナス金利で運用先がないと嘆くより、こうした潜在的な需要を掘り起こすべきなのではないでしょうか?

     いずれにせよ、人手不足をIoT、ロボットで解決すれば社会不安のリスクなく内需が浮揚します。安易に移民をいれて社会不安を呼び起こすよりも100倍ましなのではないでしょうか?
書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

■Twitter
「飯田浩司そこまで言うか!」

■会員制ファンクラブ(CAMPFIREファンクラブ)
「飯田浩司そこまで言うか!ONLINE」

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