1999年生まれ、神奈川県出身の26歳。耳がきこえにくいため、普段は補聴器をつけています。小学3年生のときにバレーボールを始めました。高校2年生から聴覚に障がいのある選手がプレーするデフバレーボールを始め、力強いスパイクを武器にアタッカーとして活躍。女子日本代表に選ばれました。2017年、トルコで行われたデフリンピックでは、高校生ながら金メダル獲得に貢献。去年、沖縄で開催された世界選手権で優勝を飾り、いよいよ11月15日に開幕の東京2025デフリンピックにも出場。副キャプテンとして金メダル奪回を目指します。
◾️小学3年生のとき、姉に誘われ本格的にバレーボールを始めた平岡選手。補聴器をつけてプレーをした。
「周りは聞こえる選手だったので、補聴器があればコミュニケーションが取れるのでつけたままでした」
◾️中学校では、バレーボールだけでなく、陸上の砲丸投げも掛け持ちしていた。
「姉が中学2年と3年のときに全国大会に行って。それを私が観戦、現地まで行って見に行ったんですけど。それを見て『私も全国大会に行きたい!』っていうのがきっかけで。走るのが苦手だったので、砲丸投げで陸上を掛け持ちでやったという感じですね」
「元々やっぱり、肩が強いっていうのが持ち味だったので。肩を鍛えて、たくさん飛ばして。でもそれをバレーに活かせていたかな、とは思います」
◾️高校2年生からデフバレーボールを始めた平岡選手。きっかけは?
「来年の夏にデフリンピックっていう聴覚障がい者のオリンピックがあるっていうのを、高校2年生の冬に監督から言われて、そこから初めて知りました」
「聴覚障がい者でも、オリンピックっていうのがあるんだっていうのをこの時知って、すごく嬉しくなりました」
◾️2017年、高校生のときに初めてデフバレーボール女子日本代表に選ばれた平岡選手。この年、7月にトルコで行われたデフスポーツ最大の祭典「第23回夏季デフリンピック」が、代表デビュー戦になった。
「国際大会というのも初めてですし、自分としてはやっぱり身長も低いし、相手の高さには勝てないと思っていたので、肩の持ち味を、高校でもブロックアウト、タッチ、とかすごい練習していたので、それをそのままトルコのときに活かせたかなって思います」
「ポジションはライトで、アタッカーで入りました。とにかくトスが来たら点数を取るだけという役割をやっていました」
◾️平岡選手は、初出場のデフリンピックで高校生ながら主力として活躍。日本は決勝でイタリアを下し、予選から全勝で金メダルに輝いた。
「自分はやっぱり6カ月前に招集されて、チーム内でもコミュニケーションもなかなか取れない状態でいたんですけど。やっぱり先輩方がすごい助けてくれて。手話はできなくても、身振りとか簡単な手話でコミュニケーション取っていましたね」
「ほんとに自分としては初めての国際大会で、結果がどうであろうが楽しんでできたらいいなって思ってたので、まさか金メダル取れちゃうとは思ってなかったので。すごいびっくりした感じでした」
「初めて出たときに金メダル取っちゃったんで。でも、次またチャンスがあるんなら、もう1回取りたいなっていう気持ちにはなりました」
◾️トルコ大会での金メダルから5年、2022年、ブラジルで行われた「第24回夏季デフリンピック」。コロナ禍のため1年延期で開催されたこの大会に、平岡選手は再び女子日本代表として出場。予選リーグ初戦からウクライナに2対3で敗戦。第2戦はメキシコ、第3戦はブラジルにいずれもストレートで勝って予選リーグ突破を決め、準々決勝もアメリカにストレートで勝ちベスト4にコマを進めた。ところが日本選手団にコロナ感染者が相次ぎ、日本は全競技での棄権を決定。デフバレーボール女子日本代表も、連覇を目前にして無念の棄権となった。
「日本選手団が全競技棄権になったのは、準決勝のトルコと当たる日の朝に言われて、もうほんとにみんな行く気満々でいたんですけど。最初に全競技の監督が集められて、そこで監督が先に散って。で、その後に『選手も集まって』みたいな、ちょっと暗い空気がすごいあって。『全競技棄権』って言われて。バスも全部キャンセルみたいなことを言われて。ちょっと、すごい、悔しい気持ちでした」
◾️2024年、沖縄で行われたデフバレーボール世界選手権で、女子日本代表は金メダルを獲得。2017年デフリンピック金メダル以来の大きな勲章となった。
「世界選手権はやっぱり、新しいチームでちゃんと試合できるのが世界選手権が初めてだったので。ブラジルでは途中棄権で、その悔しい結果も味わっているのも、同じメンバーでしたし、2021年からその世界選手権も同じ、ほぼ同じメンバーでやっていたので、その悔しい気持ちを世界選手権で出して『金メダル取ろう』というみんなの気持ちは一緒でした」
「自分としては、社会人になって環境が変わって。自分のリズムを作るのが難しい年からブラジルデフリンピックに行ってたので。そこからの3年間は反省というか、自分を見つめ直して。日本でやるからこそベストな状態で挑みたいな、という準備をしていけたと思うので。やっぱりそれが金メダルの結果に繋がったかなって思います」
◾️今年11月15日に開幕の「東京2025デフリンピック」。前回大会で途中棄権した女子代表は、日本での開催で金メダルを狙う。
「メンバーは世界選手権と全く同じで。ちょっと若い選手というか、高校生が2人、新しく入ってきたので14人になります」
「最後のラストスパートとして自分を追い込んで、ベストな状態で準備していきたいなって思っています」
◾️「東京2025デフリンピック」に向けて、代表副キャプテンの平岡選手に抱負を聞いてみた。
「やっぱり東京でやるからこそ、皆さんが間近で見られるいい機会だと思いますし。会場も全会場無料なので、ぜひ足を運んで見ていただきたいです。皆さんの応援がすごい力になるので、会場ではうちわとか、私たちはすごい視覚重視で周りの情報収集をしているので、その視覚的なうちわとかで、わかりやすく応援してくれたらすごい嬉しいなって思います」
◾️平岡選手にとって、デフバレーボールの魅力とは?
「デフバレーボールの魅力は、皆さんが見て、そこまで聞こえるバレーボールとは違うっていうところは気付かないと思うんですけど、デフならではのコミュニケーションの取り方とか視野の広さというのが、すごい皆さんに知っていただきたいなというので……」
「バレーボールってやっぱりボールを落としちゃいけないスポーツなので、ボールが浮いている時間でどんなコミュニケーションを取っているか、とか。どういう合図をしてる、とかっていうのを、現地で見てもらったらすごい面白いんじゃないかなって思いますね」
「子どもたち。やっぱり親御さんとかもすごい、聞こえない子を持つ親御さんはすごい心配というか。『将来どうなるんだろう?』とか、すごい心配される方がいるって聞くんですけど。聞こえなくてもできることはあるし、今バレーやってない子たち、聞こえる人でも、聞こえない人でも、どんな人でも、自分たちのプレーを見て『ああ、こんなに頑張ってるんだ』って勇気や希望を与えられたらいいなって思います」

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