2001年生まれ、福井県出身の24歳。先天性ミオパチーにより、生まれつき両足に機能障がいがあります。小学2年生から車いすバスケットボールを始め、15歳でU23日本代表に。2022年U23世界選手権で優勝し、日本車いすバスケットボール界初となる、世界大会での金メダル獲得に貢献しました。今年8月にドイツで行われた「ネイションズカップ ケルン」ではA代表として銅メダル獲得に貢献しています。
◾️最初のうちは自分の足で歩いていたが、病気の進行により、小学2年生からは車いすに乗るようになった。車いすバスケットボールを始めたのもその頃だった。
「面白そうだなっていうのが、普通に単純にありまして、そこから母親に伝えてから体験しに行って、車いすのスピード感だったりとかっていうのに惹かれて始めたっていう形になりますね」
◾️古崎選手は15歳のとき23歳以下の日本代表に選ばれた。当時、U23代表の中で最年少だった。
「(自分では)単純に経験させてもらってるじゃないのかなっていう風には思ってましたね」
「中学校3年生の時なんですけど。いや、まだそのときは、本当に日本代表っていうものがどれだけ責任があって、っていうのは全くなく。もう本当に、ただ自分ができることをやろう、っていう風には考えていましたね、当時は」
「細かいスキルだったりとか、相手を読むことが結構得意だったので、カットインとかを武器にシュートを決めよう、っていう風に思ってましたね」
◾️2022年、古崎選手はタイのプーケットで10日間開催されたU23世界選手権に出場した。古崎選手の役割は「シックスマン」。ベンチスタートで、ここぞという場面で試合の流れを変える重要な存在。このU23世界選手権には、鳥海連志選手のほか東京パラリンピックに出場した選手たちも参加していた。古崎選手はその中で「シックスマン」として活躍。初戦のトルコ戦では最大11点差からの逆転に成功した。
「最初に11点差が開いて、その次のフェーズで鳥海選手がスリーポイントを決めて。そこから流れを変えようっていうところで、その後に自分のシュートがあって。それをちゃんと決めきれた、っていうところが逆転の要因になったかなっていう風には思っているんですけど」
「3点で終わらせるんじゃなくて、プラス2の5点にして点差を縮めていく、っていう所ができたのが良かったんじゃないかなっていう風に思っていますね」
◾️決勝では再びトルコと対戦。日本は52対47で勝利。国際大会では、日本車いすバスケットボール史上初となる金メダルを獲得した。
「前回大会、カナダであった2017年の世界選手権では最年少で、ずっとベンチで先輩の姿を見ることしかできなかったんですけど。今回のプーケットでは、自分が主力としてチームを勝たせるためにやるべきことをやるだけだなっていう風に思っていて。それがしっかり果たせたので、もうほんとに、勝った瞬間はもう『本当によかったな』っていう風に思っていましたね」
◾️まさかの予選敗退で、2024年のパリパラリンピック出場を逃してしまった車いすバスケットボール日本代表。3年後のロス大会に向けて。目標は?
「代表としましては、とりあえずロスではメダルを獲得するっていうのを掲げてますし、ロスに行くまでの世界選手権でも世界のトップ5に入るっていう目標を立てています」
◾️今年8月、ドイツのケルンで行われた「ネイションズカップ ケルン」で、車いすバスケットボール日本代表は、強豪を相手に3位に入った。
「パリの銀のイギリスと、3位のドイツのチームも参加してまして。その中でドイツには最終戦で勝てたんですけど。日本が目指してるバスケットボール、『65点以上取って、60点以下で抑える』っていう」
「ディフェンスで本当に世界で勝てたんだ、っていう風に思ってますね」
◾️古崎選手は、子どもたちを相手に車いすバスケットボールの体験授業も行っている。
「入社して5年近くなるんですけど、会社の方針として地方創生に力を入れるっていうのも知っていたので。自分のことを知ってもらうのもそうですし、プラス、バスケットボールを知ってもらうっていうのもあって、そういう普及活動に力を入れるようになったっていう感じですね」
「福井県は小学校4年生が福祉の授業を取り入れているので、小学校4年生を対象にやってるっていう感じですね」
「まずは障害に対する理解度を示してもらうこともできましたし、車いすバスケットボールが楽しいものっていうことも知ってもらいましたし。車いすでもルールを変えたらスポーツができるんだよっていうことも知ってもらえて、ほんとに楽しくやってもらってるっていう感じですね」
「子どもは本当に学習能力がものすごく高くて。教えてなくても車いすを簡単に操作して、スピード出して、Uターンしたりだったりとか、っていうのをしてるので。本当にすごいなって毎回思いますね」
◾️古崎選手の夢は?
「バスケットボールプレーヤーとしては、日本代表に入ってパラリンピックでメダルを獲得するっていうのが、自分は夢でありますし。その夢を達成するのも、やっぱりずっと支えてくれてる母親のために、少しでも恩返しをするために、自分はその夢をずっと掲げてますし。その中でもプレイヤーとしても、まずは自分は日本で一番のアウトサイドシューターになるっていうのを今、目標にしてがんばっています」
◾️古崎選手にとって、車いすバスケットボールの魅力とは?
「車いすバスケットボールの魅力としましては、自分はもう本当に激しいプレーですね。会場を圧倒するような音だったりとか、っていうところが魅力かなという風に僕は思っています」
「やっぱり障がいを持っている方はたくさんいらっしゃると思うので、メディアの新聞だったりとか、それこそ今だとyoutubeだったりとかっていうので、そういうのを見て、少しでも興味を持つ子が少しでも出てきてくれたら嬉しいかなっていう風に思いますね」

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