1994年生まれ、兵庫県出身の31歳。2017年、現場作業中の事故で左足を切断、義足でスノーボードを始め、2021年「第7回全国障がい者スノーボード選手権」で初優勝。パラスノーボードクロスの次世代強化指定選手に選ばれ代表入りしました。また、スノーボードの練習風景と。義足を見せたファッションの写真を自身のインスタグラムに投稿し、1万人のフォロワーを獲得。3月に開幕するミラノ・コルティナ冬季パラリンピックにも出場を決め、メダル獲得を目指します。
◾️2017年、現場作業中の事故で左足が義足になった後田選手。義足でスポーツに取り組んでいる人たちの写真を見ていく中で、後田選手は、義足のスノーボーダーの写真を目にする。
「そもそもスノーボードっていう競技があることもそのときに初めて知った感じです。当時、たまたま2月にケガしたんですけど、会社の人たちとスノーボード行こうよってたまたま話をしてて。元々『してみたかったな、でも足なくなったから多分もうスノーボードは一生できないんやろな』って思ってた中で、スノーボードの体験会とか、スポーツがあるっていうのを知って……」
「あんまり僕は走るのも好きじゃないし、水泳もなあ……というので『スノーボードやってみたいな』っていう感じでした。完全な初心者ですね。完全に経験ゼロやったので」
「最初のうちは普通に楽しいな、ぐらいやったんですけど、その体験会にいた方に『若いし、チャンスあるよ』みたいな感じで言われて、ちょっと『じゃあ本気で目指してみようかな』っていう風に思っちゃったって感じです」
◾️後田選手は、2019年から本格的にスノーボードを始めた。
「やっぱり板を履くと、風を切る気持ちよさとか。独特のこの、自然と一体になってるというか。景色とかも含めてなんですけど、なんて言うんですかね、疾走感とか、解放感みたいなところが多いですかね」
◾️2020年、後田選手は、複数の選手が一斉に滑ってタイムを競う種目「パラスノーボードクロス」の次世代強化指定選手に選ばれた。
「次世代育成、っていう枠自体が元々なくて。それを初めて作ります、となって。僕は現地で、協会の人らの目の前で滑走技術を見せて、次世代に入れるかどうかっていうジャッジを受けたっていう感じです」
「最初の4年間は合宿であったりとか、指導者をつけてもらって練習をしたりとかっていう感じで活動していました」
◾️努力が実り、後田選手は晴れてパラスノーボード日本代表に選ばれた。
「今もそうなんですけど、常に『うまくなりたいな』みたいな『かっこよく滑れるようになりたいな』っていうのがずっと頭にあったので。当時は世界とか大会を意識してなかった気がします」
◾️ 2021年、後田選手は長野県・白馬乗鞍で行われた「第7回全国障がい者スノーボード選手権」の下腿障がい・一般男子の部に出場。初めての大会参加で初優勝を飾る。
「初めて大会のドキドキとか『この1本に全てをかけないといけない』みたいな状況での優勝やったんで、すごい嬉しかったのと、勝負事の面白さみたいなのに気づいた大会でした」
◾️2022年に行われた、北京・冬季パラリンピック。後田選手は、一緒に代表合宿で汗を流した選手たちが、晴れの大舞台に立つ姿を、日本で観戦していた。
「初めてしっかり応援というか、見たパラリンピックだったんですけど。やっぱり知ってる人が出てるっていうので、今までは遠い人たちをテレビで応援してる感覚やったのが、すごい身近な人が出ていて。すごい近いものに感じた、意識させられる大会ではありました」
◾️ミラノ・コルティナ冬季パラリンピックの代表になるためには、まずヨーロッパカップに出場して、規定のポイントを獲得し、ワールドカップに出場。そこで8位以内に入賞する必要がある。後田選手は2024、2025シーズンから国際大会に本格参戦。2024年11月に行われたヨーロッパカップのバンクドスラロームで、銅メダルを獲得した。
「これは結構自信になったというか。今まで国内で練習してただけで、国内では結構、日本のスキー場で行われている健常者の大会とかに参加はしていたんですけど、世界各国の、同じ障がいを持った人たちが集まる大会に出たのは初めてだったので。自分がどの辺の位置にいるかがわかってなかったんで、すごい指標になったというか、自信には繋がりました」
◾️後田選手はさらに海外遠征を重ね、2025年、カナダで行われた世界選手権に初出場。バンクドスラローム15位、スノーボードクロス11位という結果に終わった。
「2025年カナダの世界選手権では、やっぱりそれこそパラリンピックに出るようなフルメンバーが揃っていて、強豪選手がいっぱいいる中で、いい意味で、世界の壁を知ったというか。もっともっと練習しないといけないなっていう風に思わされた大会でした」
◾️そして、ミラノ・コルティナパラリンピック出場が内定する。
「正直びっくりというか。現実的なビジョンは30年なのかなって思っていたんで。まさかというか、すごくいい意味で、期待を裏切られたというか、って感じです」
「やっぱり出るからには8位入賞以上目指して、できるだけいい高い位置、いい位置に行きたいなっていう風には思っています」
◾️後田選手はインスタグラムに、スノーボードの練習風景と、あえて義足を見せたファッションの写真を投稿。大きな反響を呼び、現在1万人以上のフォロワーを獲得している。
「やっぱり当初、義足にする、切断するって決めたときに色々調べても、やっぱり海外ではすごい『義足ってかっこいいでしょ』っていうマインドとかがあったんですけど。やっぱり日本であんまりそういう風潮がないなっていうのを自分自身感じていて」
「当初はあんまり『義足』『障がい者』って思われたくないなとか、義足見せたくないなっていう風に思っていたんですけど。きっと多分この先もこういう人たちいっぱいいるんだろうなって思ったときに、誰も『義足かっこいいでしょ』っていう発信をしてないなら、服も好きやったんで、自分がそういう発信をして、1人でも『なんか義足ってかっこいいじゃん』っていう風に思ってもらえたらいいなっていうところから始めたって感じですかね」
「特段特別扱いしないというか、普通の健常者の方が短パン履きたいときに履いてるみたいな感覚で、気にしてないです」
「義足で歩いて、周りの反応、やっぱりなかなか見かけないのか、子どもたちが一番反応がわかりやすくて。『あれ、お兄さん足どうしたの?』とか『怪我したの?』みたいな。お温泉とかも行くんですけど、そういう風に喋りかけてもらって。なんか話のきっかけになって、顔を覚えてもらえたりとか」
「逆に個性として。特徴というか、みたいなものとして受け入れてもらってるのかなっていう風には思います」

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