高田文夫のおもひでコロコロ

2026.06.29

第159回『文夫の部屋』

いやぁ滞(とどこお)っちゃったな。
なに?これ6月12日以来なの?
まッ 6月中に2回書けたという事でお許し頂いて…。
この年令になって まだまだ忙しいんだもの。
6月25日 誕生日だというので「あらッお見限り。たまにはウチにいらして」だの
「ター様に会えないので淋しいと あの娘ハットトリック決めちゃいました」だの。
あの店あのお座敷からお誘いの嵐の中 エリを正して さぁ仕事。
若い頃から本当にもてたもんな。もてもてだった。
あの女優 あの歌手 あのアナウンサー あの女相撲 あの女校長
口説かれすぎたーーーーなんて夢を見た。
つかれてないか? 大丈夫か? オレ?

「爆笑問題カーボーイ」で太田クンにも たっぷり話してもらいましたが
78才「文夫の部屋」大爆笑 大カオスの内に大成功。
ニッポン放送そしてオープンハウスの皆様
本当にお世話になりました。
6月17日 有楽町よみうりホール
18時開演 「祝78歳 高田文夫 生誕祭」
78歳にもなって これだけ盛りあがってもらえる人物なんて そうそう居ないでしょ。
これもひとえに私の人格、人柄、ペースメーカーのお陰だな。

おなじみのふたり。
「私のハートはストップモーション」なコンビだ。
松村邦洋と私。

 

私が東京の笑いを託す三組。
左より爆笑問題、ナイツ、U字工事。
最強の布陣 これならチュニジアには勝てる。

 

怪人ロバート秋山。
手には「私は ちゃんとビバデミー賞もらってますから」

 

クリエイターズファイル。
「還暦ボディビルダー 浦添かつ美」を説明する。

 

怪人の所へ いよいよ変人奇人 我らが片岡鶴太郎登場。
お互い「初めまして」
秋山のクリエイターズファイルの誰よりも強烈なキャラのツルちゃん。
私の頭のおかしいマッチメイクに客席も狂ったように笑う。
78才にしてまだまだ 私の頭の中はさえているようだ。

 

私にのせられて思わず
「た―――まごの親父ゃピーヨコちゃんじゃ―
ピーピーピーヨコちゃんじゃ」

 

ヨガ暮らしを語る。
深夜11時には起床。
朝5時までヨガ。
それから種かなんか食べる朝食。

 

思わず飛び込んできた太田光。
「秋山何でここに居るんだよ。
我々と何の関係性もないだろ」

 

そしてトリネタは秋山による「鶴太郎の体ものまね」
披露した瞬間 大爆笑のステージ。
当のツルちゃんが一番嬉しそう。
爆笑も私も大笑い。
でかした秋山。
背中は土屋。

 

お客様と記念撮影。
本当に よくうけて良かった。
私のアクスタも完売。
松村との豆皿はまだあるそうです。

 

終わって楽屋に来た一同。
左より乾、山田雅人、城戸真亜子、私、東MAX、松本明子、フレンズのえみそん(人気シンガー、日芸の後輩にして私のおっかけ)。

 

すべて終わって銀座のどこかの居酒屋。これだけ集まって飲むというのも珍しい。
結局は松村の風俗の噺。
左寄り塙、益子、土屋、田中、私、太田、秋山、福田、松村。

 

そして宮藤官九郎(クドカン)からの差し入れに書かれていたのは
「祝78。ビバデミー賞そろそろ欲しいです!!宮藤官九郎」であった。

たしか阿部サダヲが3回受賞。秋山が1回。
このメモ公開でクドカンが来年とったら袖の下がみえみえか。
私は癒着(ゆちゃく)で出来ている。

 

<告知>
朝日新聞(朝刊)の超人気連載「人生の贈りもの」シリーズ。
だいたい1人の人が1ヵ月語りおろしてます。
お待たせしすぎたかもしれません。
6月29日より毎日 この私が約1ヵ月(土日はないので)語りつづけます。
天才少年時代 モテモテの青年時代 仕事ひと筋の中年時代 何がなんだか分からない後期高齢時代を語っておりますので 
よろしかったらお読み下さい。

このブログ連載 誰が読んでるか分りませんが すぐに次回書きます。

 

6月29日

 

高田文夫

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    高田 文夫

    1948年渋谷区生まれ、世田谷育ち。日本大学芸術学部放送学科在学中は落語研究会に所属。卒業と同時に放送作家の道を歩む。「ビートたけしのオールナイトニッポン」「オレたちひょうきん族」「気分はパラダイス」など数々のヒット番組を生む。その一方で昭和58年に立川談志の立川流に入門、立川藤志楼を名乗り、'88年に真打昇進をはたす。1989年からスタートした「高田文夫のラジオビバリー昼ズ」は4半世紀以上経つも全くもって衰えを知らず。