• 2017年08月14日

    先の大戦での海の男たち

     明日8月15日で、大東亜(太平洋)戦争が集結して72年となります。戦没者を追悼し、平和を祈念するこの日、日本武道館では政府主催の全国戦没者追悼式が行われます。正午には先の大戦へ思いをいたし、亡くなられた方に対し1分間の黙とうがあります。

     個人的な話ですが、母方の祖母が去年亡くなり、その遺品を整理している中で祖父が出征した際の戦記が出てきました。理系の学徒として兵に取られた祖父は、内地で教官として数学などを教えた後、戦況厳しいビルマ(現:ミャンマー)へと送られました。本当に、よくぞ戻ってきてくれたものだと思います。彼が戻らなければ、私はこの世にいなかったわけです。
     一方、父方の祖父は戦争についてあまり語りませんでしたが、赤紙一枚の工兵として満州に行っていたようです。その時に銃弾を浴びて負傷し変形した爪を見せてくれたことを覚えています。

     両祖父共に外地へと向かったのですが、任地まで運んだのが輸送船でした。輸送船を操っていたのは、軍属として徴用された船会社の社員やその後統合された船舶運営会の船員たち。海軍軍人ではありませんでした。
     彼らは戦線の拡大とともに輸送範囲を広げ、さらに戦況の悪化に伴って悲惨な運命をたどります。余り知られていませんが、その死亡率が陸軍20%、海軍16%に比べて何と43%。徴用された船員の実に半数近くが海に散って行ったのです。
     大戦初期には兵員や物資輸送で各地に向かい、各地から戦略物資を満載して日本本土へと向かった輸送船。当然、アメリカをはじめ連合国側はこのシーレーン攻撃に集中します。大東亜(太平洋)戦争では、開戦からわずか数時間で最初の撃沈船が生まれ、戦死者が発生しました。
     大戦中期以降は戦死による熟練船員の減少を補うために、各海員学校などで速成された14歳、15歳の少年船員も数多く徴用されました。十分な護衛も得られずに、易々と敵艦の餌食になり、14歳から19歳の少年船員1万9千人余を含む6万609人もの船員が犠牲となり、1万5518隻の船舶が撃沈されました。戦前、世界第3位の海運大国だった我が国は、その商用船舶の9割以上を消失、文字通り壊滅したのでした。
     これら、知られざる戦没船と殉職船員については、成山堂書店から『海なお深く―徴用された船員の悲劇―』という本が出ています。

    『海なお深く―徴用された船員の悲劇―』(成山堂書店)https://goo.gl/ZihPeq

     さて、戦前・戦中・戦後を通して船員を送り出し続けてきたのが海員学校。今は独立行政法人海技教育機構(JMETS)に統合され、机上、実技双方で未来の海運界を担う人材を育てています。私も何度も練習船や海技学校を取材していますが、彼ら実習生にとって一大関門となるのが遠洋航海。5隻の練習船がほとんど休みなく船員を育てているわけですが、そのうちの1隻、銀河丸が今月5日、横浜港新港5号岸壁からシンガポールへ向け出港しました。
     実習生164名を乗せて予定通り出港した銀河丸。出港早々台風5号の洗礼を浴びたということですが、それも実習のうち。実は彼らには、遠洋航海での所定の実習に加えて、今回特別な任務が与えられています。それが、先の大戦で犠牲となった戦没先輩船員への哀悼の意を表するとともに不戦の誓いを新たにする「船上慰霊式」。シンガポールまでの航海中に3か所の海域(いずれも南シナ海)で行うそうです。

    『練習船「銀河丸」が遠洋航海に出航しました』(JMETSホームページ)https://goo.gl/h7dvSx

     この「船上慰霊式」は(公財)日本殉職船員顕彰会と共同で行うもので、ご遺族から顕彰会に送られた手紙を預かり、献酒・献花とともに海上に手向けます。3度行う慰霊式は、第1回が11日(金)フィリピン西方海域、第2回が13日(日)ベトナム東方~南方海域、そして第3回が14日(月)マレーシア南東方海域でそれぞれ行われました。
     寄せられた手紙は合計51通。年配のご遺族の方からは「小さいうちに父を亡くしたのでこれまで父に手紙を書いたことが一度もなかったが、今回、初めて父に手紙を書く機会が得られて良かった。」といったの言葉も寄せられたそうです。殉職した船員の子どもの世代でも70代~80代なので、父へ宛てての手紙が多かったようですが、中には未亡人の方から顕彰会へ感謝の電話も寄せられたそうです。

    <この度はお世話になります。船長さんに伝えてほしいことがあります。
    「私は98 歳になりましたが、主人が戦死してからのこの70 年余りの間、ずっと南方の海に手紙
    を送りたいと思っていました。今回、その思いが叶い大変嬉しく思います。よろしくお願いい
    たします。」
    手紙には、
    「あなたに大変お世話になったこと感謝しています。あなたが一度目の遭難で無事に帰ってきて、
    再び海に出るときは、大変心配でした。それは、一度目の時に沢山の方が亡くなったのを知っ
    ていましたから。私はいま丈夫に暮らしています。いずれ、そちらでお会いできる日を楽しみ
    にしています。」と書いてありますとのことでした。>

     実習生たちが慰霊式を行う海は、南シナ海。今は平和な海ですが、年を追う毎にきな臭さが増す海域でもあります。今も昔も、日本にとって海運は生命線。しかしそれは、日本のみならず、中国も韓国も、アジア各国ともに変わりません。勇ましいことを言い、岩礁を埋め立てる前に、70年余り前にどんなことがあったのか?海の男たちがどういった運命をたどったのか?冷静に見つめられる日にしたいものです。

     銀河丸は17日にシンガポールに到着。22日にシンガポールを発ち、9月4日(月)に大阪港に到着する予定です。一路平安なる航海を祈ります。
  • 2017年08月07日

    ヒアリ対策に何をすべき?

     6月の半ばに兵庫県尼崎市で国内で初めて確認され、その後日本各地で発見報告が相次いでいるヒアリ。強い毒を持ち、最強のアリとも報道されていて、そのおどろおどろしい画像とともに大騒ぎになっています。刺されると強く激しい痛みや腫れを感じ、重度の場合数分から数十分後にアナフィラキシー症状を発症。呼吸困難や血圧の低下、意識障害などの症状が出て、海外では死亡例も報告されているようです。
     今のところ、海外からのコンテナなど荷物に紛れて入ってきているケースがほとんどで、国内で定着したかどうかは今後の推移を見守るという状況。従って、上陸はしてもそこから広がることを食い止めようと関係機関が躍起になっています。
     今日は横浜市が対策会議を開きました。

    『横浜港のヒアリで連絡会議 水際対策で連携を確認』(8月7日 NHK)https://goo.gl/rGwZFC
    <強い毒を持つ南米原産のヒアリが横浜港をはじめ、全国の港などで相次いで見つかっていることを受け、横浜市は7日、関係機関との連絡会議を立ち上げ、ヒアリの定着を防ぐための水際での対策に連携して取り組むことを確認しました。>

     行政だけに任せず、自分で動き出す人も多くいるようです。何しろ、「この小さなアリが人を死に至らしめることがある!」という部分が大きく報道され、これは駆除しなくてはならん!そうだ!殺虫剤だ!ということで、殺虫剤を製造・販売する会社や害虫駆除を専門とする会社の株価が上がっています。

    『ヒアリ駆除へ殺虫剤好調、出荷2倍増 フマキラー株価も上昇』(7月25日 産経新聞)https://goo.gl/1eu3Sw
    <南米原産の強毒アリ「ヒアリ」が日本各地の港湾などで確認され、定着が危惧される中、殺虫剤の出荷が伸びている。アース製薬やフマキラーは、今月に入り関連商品の出荷が2倍程度に増加。フマキラーの株価は上場来高値を更新するなど、投資家も熱い視線を注いでいる。>

     たしかに、近所のホームセンターに買い物に出かけても、入り口付近の目立つところに殺虫剤コーナーが大々的に展開されています。また、食品スーパーの入り口、野菜売り場の脇の目立つところにも殺虫剤。普段であれば考えられないような売り場展開がされているというのも、それだけ皆さん危機感をもってこのヒアリを見ているということですね。

     しかしながら、こうした殺虫剤のバカ売れに対して専門家に取材すると懸念を抱いている方が多くいました。というのも、こうした殺虫剤はヒアリをピンポイントで駆除するわけではなく、固有のクロアリなども一緒に駆除してしまいます。
     今のところ、ヒアリは基本的に居心地の良いコンテナの中に巣を作っていると考えられています。これがコンテナを出て国内で拡散するには、兵隊アリがいくらいてもダメで、ヒアリの女王アリが飛んでいって羽を落として卵を産み、新たにコロニーを組織していかなくてはいけません。ここがポイントで、女王アリが新たな拠点を見つけ、穴を掘って巣を作ろうとした時点で日本の固有種が女王アリを殺してしまえば拡散しません。羽を落とした直後の女王アリは守ってくれる兵隊アリがいないから丸裸も同然です。ということは、非常に弱く、固有種のクロアリでも十分に殺すことができます。
     クロアリは非常に縄張り意識が強く、自分の縄張りに異物が入ってきた場合には容赦なく殺します。ですから、今のようなヒアリの侵入初期には固有種であるクロアリを殺さずに大事にすることが非常に重要になります。ヒアリの女王アリは一つの巣の中に100匹~1000匹単位でいるということで、固有種に比べると多く、守る側としては固有のクロアリが一匹でも多く必要ということになるわけですね。

     ヒアリを警戒することは重要ですが、殺虫剤の乱用は全くの逆効果になる可能性があります。ヒアリを見つけたら、まずは行政へ連絡して対応してもらうこと。クロアリを見つけたら殺さずに応援してあげることが必要なようです。

    参考:環境省ヒアリ特設ページ
  • 2017年08月02日

    8月1日の発言についてお詫びと訂正

    今週火曜日放送の5時冒頭で紹介した、フィナンシャルタイムズと日経新聞の記事について、私が事実誤認して発言した部分があったので訂正します。
    まず番組で紹介したのは、IMFの筆頭副専務理事、デヴィッド・リプトン氏がFTのインタビューに答えたこちらの記事。

    『Abenomics a 'success',declares IMF』(6月19日 FINANCIAL TIMES)https://goo.gl/yZsBPt

    IMFの年次総会後にインタビューに答え、日本に対して「現時点での通貨・財政政策の立場に満足している(原文:We're comfortable with the present stance of monetary and fiscal policy)」と話しています。
    また、物価上昇率がこの4年ほとんど上昇せず、これを理由にアベノミクスが失敗であると日本国内で議論されていることを念頭に、政策の失敗という考えを否定し、「私はアベノミクスを成功したものとして考えなければならないと思う」(原文:Mr Lipton rejected any suggestion the policy had failed. "I think we should be considering Abenomics as something that has been successful,")と話しました。
    そのあと、財政政策の急激な引き締めを戒め、代わりにIMFとしては消費税を0.5%~1%刻みで定期的に上昇させる仕組みなども提案。
    昨今日本国内でも話題に上がる金融緩和の手じまい、いわゆる出口戦略についても否定しました。(原文:Mr Lipton also rejected any suggestion that the Bank of Japan should start plotting an exit from its monetary easing.)
    また、賃金上昇については、去年の年次審査報告書で、政府を含めてすべての雇用者に対し年間3%賃金を上げるべきだと提案していましたが、リプトン氏はそうした議論が「進んだ」と述べています。

    続けて、日経新聞のIMF年次審査報告書についての記事を紹介しました。

    『「アベノミクスは目標未達」 IMF年次審査報告書』(8月1日 日本経済新聞)https://goo.gl/5Mc8dH
    <国際通貨基金(IMF)は7月31日公表した日本経済の年次審査報告書で「アベノミクスは前進したが、目標には未達だ」と指摘し、日銀の金融緩和継続と政府の賃金引き上げ政策を求めた。財政政策は「中期的には健全化が必要」としつつも、短期的な財政刺激策が経済成長と物価の押し上げにつながるとの見方を示した。>

    この二つの記事に関する宮崎哲弥さんとの会話の中で、
    私は日経新聞の記事が上記FTのインタビュー記事を翻訳したものだと勘違いし、
    「日経新聞がFTの記事を誤訳した」という主旨の発言をしています。

    しかし、日経新聞の記事はFTのインタビュー記事を翻訳したものではなく、
    IMF年次審査報告書をベースに、別の内容を扱った記事です。
    従って、FTの記事にある"Success"を日経新聞が<未達>と誤訳して記事にしたわけではありません。
    お詫びして訂正いたします。
  • 2017年07月31日

    日報問題を次へ活かすために

     南スーダンに派遣されたPKO部隊が作成した日報にまつわる一連の問題について、先週金曜、特別防衛監察の結果が公表されました。

    『特別防衛監察「公開請求に対し違反行為」』(7月28日 NHK)https://goo.gl/ygtj1P
    <PKO部隊の日報をめぐる問題で特別防衛監察の結果について公表を行っている稲田防衛大臣は、会見の冒頭で、「特別防衛監察の結果が防衛監察から報告され、防衛省・自衛隊にとって大変厳しい、反省すべき結果が示されました。極めて遺憾です」と述べました。
    続いて、今回の特別防衛監察で認定された事実について説明を行っていて、この中では、去年7月と10月に行われた情報開示請求に対し、陸上自衛隊の司令部などは、存在している日報を開示していなかったとし、いずれも情報公開法の開示義務違反につながるものであり、自衛隊法の職務遂行義務違反にあたるとしています。>

     防衛省のHPには、7月31日時点ではアップが間に合っていませんが、産経新聞がこの特別防衛監察の全文を掲載しています。

    『【特別防衛監察全文(1)】』(7月28日 産経新聞)https://goo.gl/fP1R89

     この南スーダンPKO部隊の日報問題は、突き詰めれば情報公開請求に対する不手際ということで結論付けられています。それゆえ、今後の対策としては、
    <今後、海外に派遣される自衛隊の部隊が作成する日報のすべてを、統合幕僚監部の担当部署で一元的に管理し、情報公開請求に対しても一元的に対応するとしています。さらに、防衛省の行政文書管理規則を改正して日報の保存期間を10年間とし、その後、国立公文書館へ移管するとしています。>(前述のNHK記事)
    ということで、今後文書管理を強化する方向に向かうようです。

     さて、果たしてこれで一件落着となるのでしょうか?これで、今後こうした事件が起こらなくなるのでしょうか?私は、問題の根本に迫らずに表面、小手先の対策をしたがために今後に遺恨を残したように思います。そもそも、なぜこの問題が起きたかといえば、PKO派遣部隊の日報に"戦闘"という記載があり、戦闘が起きているような現場に部隊を派遣している政権の姿勢がPKO派遣5原則に違反し、突き詰めれば憲法9条違反ではないか!という報道が発端でした。本当にそうした記載があったかどうか、情報公開請求を行い、それが当初不開示とされたあたりから問題が大きくなって行き、その後日報をもみ消したのではないか、組織的に隠ぺいしたのではないかという具合に問題がスライドしていき、大臣の不安定な答弁も相まって大炎上してしまったわけですね。

     この経緯に2つの問題があります。

     まずは、他の諸国ならば"軍機"に当たるような部隊の動きをリアルタイムで把握できるような日報も、日本においては情報公開請求により開示を求めることが出来るということ。もちろん、情報公開法には部分開示の方法や妥当な理由ならば不開示も可能とされています。が、それも他の諸国のように門前払いのように拒否できるわけではなく、それ相応の理由を用意するか、機微に触れる部分を黒く塗りつぶして部分開示の形を取るか、いずれにせよ手がかかります。ある自衛隊関係者に話を聞くと、
    「近年情報公開請求が膨大になり、現場の部隊はその対応に四苦八苦している。内局の情報公開室は出せ出せとせっついてくるけれども、そもそも人が足りないところで一つ一つ文書を見て開示・不開示、部分開示なら黒塗り部分を判断しなければならない。これらは本来業務に支障無いよう、早出や残業で処理せざるをえない」
    と、現場の苦しさを明してくれました。
     情報公開は国民の知る権利に資するものですからメディアの人間としてそれに苦言を呈するようなことを言ったり書いたりすると批判を受けるかもしれませんが、ことが今回の日報のように安全保障に関わるものの場合、情報公開が隊員の命に関わったり、一般の日本国民の生命にも関わる可能性があります。ある意味、知る権利と生存権、自由権、幸福追求権がバッティングすることになるわけですね。
     今回の日報問題を批判していたのは主に今ある憲法を変えずに守って行こうという姿勢のリベラル派の皆さんでした。できれば、こうした憲法上の齟齬、バッティングにも目を配っていただければ幸いです。今回の原則公開、10年保存は海外での任務に関わる日報ですが、それが拡大されれば国土を守る上でも支障をきたす可能性がありますから。

     もう一つ、問題に感じるのは、そもそも日報に"戦闘"と書くことがどうして問題となるのか?ということ。現在、日本が国連PKOに参加するには、国内で独自に5つの原則を定義しています。

    『PKO政策Q&A』(外務省HP)https://goo.gl/fSGT2c
    <○参加5原則とは何ですか。
    わが国が国際平和協力法に基づき国連平和維持活動に参加する際の基本方針のことで、

    1 紛争当事者の間で停戦合意が成立していること
    2 国連平和維持隊が活動する地域の属する国及び紛争当事者が当該国連平和維持隊の活動及び当該平和維持隊への我が国の参加に同意していること。
    3 当該国連平和維持隊が特定の紛争当事者に偏ることなく、中立的立場を厳守すること。
    4 上記の原則のいずれかが満たされない状況が生じた場合には、我が国から参加した部隊は撤収することができること。
    5 武器の使用は、要員の生命等の防護のための必要最小限のものを基本。受入れ同意が安定的に維持されていることが確認されている場合、いわゆる安全確保業務及びいわゆる駆け付け警護の実施に当たり、自己保存型及び武器等防護を超える武器使用が可能。

    の5つを指し、それぞれ国際平和協力法の中に反映されています。>

     日報に"戦闘"と書くということは、この5原則のうちの1を満たさず、即座に撤収しない限り国際平和協力法違反だ!という政府批判を招くことになる。だから、"戦闘"と書いた日報は表に出すことは出来ないということになるのです。
     この5原則は、1990年代の初め、湾岸戦争後に作られました。当時の国連PKOは内戦終結後の平和構築が中心。ですから1の条件は容易に満たすことができました。
     一方、南スーダン派遣部隊が直面したのは、独立後に顕在化した内部での権力抗争に絡む"戦闘"。それにより多数の避難民が発生し、報道によれば自衛隊もいた宿営地にも逃げ込んでくる事態となりました。こうした事態にも、現在のPKOは「文民の保護」という目的で介入します。人道的な目的で派遣されているPKOですから、当然の行為です。日本の自衛隊はこの時どうしていたのか?宿営地の建物の中で伏せていました。なぜ?隊員たちが命惜しさにそうしていたわけでは決してありません。憲法9条の縛りに直面していたのです。

    <憲法9条 1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
    2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。>

     武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。だから、弾の1発も撃てない。撃てるのは基本的に自己防衛のためのみ。ずっとこう信じられてきました。それゆえ、海外に派遣された自衛隊要員は軍事衝突に直面した際には自分の身を守る以外に何もできないとされてきました。しかしながら、PKOは<正義と秩序を基調とする国際平和>を実現するための手段として国連が認めた活動のはず。<国権の発動たる戦争>とは違うものなのに、なぜ同じ憲法9条の縛りを受け入れなければならないのか...?

     今回の日報問題とは、本質的には憲法9条とPKO、憲法9条と国際貢献についての整理が付かないまま、現場の自衛官に押し付けた結果生まれたものだと私は思います。したがって、この9条との関係の整理を付けないまま文書管理の問題として片づけるならば、必ず再度問題化するでしょう。
     本来ならば、立法府はこうした関係の整理を議論し、必要ならば法改正して5原則を見直すべきなのですが、野党は政敵叩きでスキャンダルに油を注ぎ、与党は小手先の対処に終始しています。衆院安全保障委員会の閉会中審査も、こうしたPKO再定義のいいチャンスのハズ。立法府の矜持を見せてもらいたいものです。

    DSC_3931.JPG
    彼らが本国のことを気にせず、誇りを持って全力で任務に当たれる環境を作りたいものです。(南スーダン派遣施設隊隊旗返還式にて)
  • 2017年07月24日

    東京新聞よ、お前もか!

     政策と政局はまったく別物。政権の政策における方向性には大きな変化はないのですが、その説明の仕方の不味さ、報道のされ方などが相まって、内閣支持率が低下しています。

    『<内閣支持率>続落26% 「総裁3選」62%否定』(7月23日 毎日新聞)https://goo.gl/XgzfeT
    <毎日新聞は22、23両日、全国世論調査を実施した。安倍内閣の支持率は26%で、6月の前回調査から10ポイント減。不支持率は12ポイント増の56%だった。>

    『内閣支持率39%に続落 「政権におごり」65% 本社世論調査』(7月23日 日本経済新聞)https://goo.gl/SFgpHH
    <日本経済新聞社とテレビ東京による21~23日の世論調査で、安倍晋三内閣の支持率は39%となり、6月の前回調査から10ポイント下がった。不支持率は10ポイント上がって、2012年12月の第2次安倍政権発足以降で最高の52%となり、支持率と逆転した。>

     第2次安倍政権が発足して以来最大の支持率の落ち込み。しかも、2年前の安保法制審議の時のように政策的イシューによって支持率が低下したというよりは、失言・暴言やいわゆる"疑惑"とされるスキャンダラスなもので支持率が低下しています。もちろん、テロ等準備罪を創設する組織犯罪処罰法改正案に関する審議という政策面での対立もあったわけですが、どうも支持率低下の根本原因はスキャンダラスなものというイメージがありますよね。
     それゆえ守りに入る政権側には危機感を、そして攻める側の野党やメディアには高揚感を生んでいるわけですが、攻める側に功を焦るというかなりふり構わなさを少し感じることがあります。森友・加計といったホットな話題に対してはのめりこむように新事実!スクープ!と連発していますが、それで新たな情報が出てきて違法性なりが裏付けられればそれは権力の監視として素晴らしいことなのだろうと思います。事実はそうなっているとは言い難いわけですが...。
     問題はそこではなく、今まで冷静な議論をしてきた経済に関する報道でも、政権を批判するためにはなりふり構わなくなってきたところです。

     今まで東京新聞は、政権に懐疑的なその政治的な主張とは一線を画し一貫して消費税増税に対し批判をしてきました。同じように政権に批判的な朝日・毎日は消費増税に賛成ですが、庶民の生活に痛手ではないかという至極まっとうな理由で消費増税反対を掲げてきました。ある意味、経済面では成長重視、引き締め反対というような立場なのではないかと私は理解していたんですが、それでは政権批判にならないということなのか、最近怪しい記事が出てきました。

    『アベノミクス限界 「物価2%」6度目先送り 黒田日銀の任期中断念』(7月21日 東京新聞)https://goo.gl/xFU8L9
    <日銀は二十日、景気回復のために続けている大規模金融緩和策で、目標としていた前年比2%の物価上昇の達成時期をこれまでよりも一年遅い「二〇一九年度ごろ」に先送りした。>

     基本的に黒田日銀の物価目標の達成時期先送りという金融政策を伝える記事なんですが、ここに政権批判も盛り込もうとして迷走します。記事の2段目ですが、

    <度重なる達成時期の延期は、政府・日銀が進めるアベノミクスで、日銀が担う金融緩和の限界が示されたのと同じこと。一方で、支持率の下落が止まらない安倍内閣は、社会保障改革や財政再建に及び腰で、将来に対する国民の不安は消えない。アベノミクスが描いた企業収益の改善から賃金上昇、消費拡大へと続く経済の好循環の実現には、ほど遠い状態だ。>

     たしかに金融緩和は初期アベノミクスの3本の矢の1本目ですから、ここが上手くいっていないということは、アベノミクス全体の政策目標達成に向けてネガティブなのかもしれません。しかしながら、日銀総裁会見を伝える記事で、<一方で、支持率の下落が止まらない安倍内閣は、社会保障改革や財政再建に及び腰で、将来に対する国民の不安は消えない。>と、政府側の第2の矢(財政政策)や第3の矢(構造改革)について触れるのは、実は無関係なものが唐突に出てきていて違和感を感じます。
     その上、<社会保障改革や財政再建に及び腰>と政権を批判しています。これは、財政規律を重視する人たちが政権を批判するときに使う常套句。
    「社会保障改革をして将来を安心に、財政再建をして将来にツケを残さないために、消費税を増税して財源を手当てしましょう!」
    という主張を暗示させるキーワードが、社会保障改革、財政再建という単語です。

    「将来不安を解消するために今我々は痛みに耐えましょう!」「明日伸びんがために、今日縮むのであります!」「米百俵の精神で!」

     ああ、ここ20年何度も聞いたこの緊縮論法。借金は返すべきだという素朴な経済観に訴えかけるものなので、一見すると誰も反対できない大正論のようですが、増税によって経済が減速してしまって悪循環に陥るという論法です。これによって我が国はデフレスパイラルに完全にはまり込み、日本の大部分を占める庶民は立場の差こそあれ苦しみ抜きました。アベノミクスが初期にあれだけメディアから批判を受けたにも関わらず支持されたのは、この悪循環に20年苦しめられて「おかしいぞ?」と身を持って知った人々の根強い支持があったという面があったわけです。

     東京新聞は政治の面では政権批判をする一方、経済政策については是々非々の立場で臨むという姿勢を今までは示していました。それは、読者に寄り添うという姿勢なのだと私は感じ、正直尊敬していた部分もありました。

     ところが、ついにというべきか、緊縮の姿勢が東京新聞にも載るようになりました。これは社論の転換なのでしょうか?政権批判という大きな社論のために、消費税増税反対という今まで訴えてきた主張も取り下げてしまうのでしょうか?今回は筆が滑っただけと思いたいものですが、それにしては金融・経済の専門家に緊縮路線のコメントを求めているのが気になります...。
書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

■Twitter
「飯田浩司そこまで言うか!」

■会員制ファンクラブ(CAMPFIREファンクラブ)
「飯田浩司そこまで言うか!ONLINE」

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