「あさぼらけ」が始まった2016年の春に始まったのが乃木坂46新内眞衣さんの「ANN0」でした。
構成作家が古い付き合いの石川氏であったり、今私が所属している(株)ミックスゾーンの前身のエルファクトリーのOL兼アイドルだったので、エンディングはニッポン放送5階のベランダから
「上柳先輩(社歴的には私が後輩ですが)お先に失礼しま~す」といいながら私の番組につないでくれました。
そんなご縁もあって2022年月の「卒業セレモニー」では疑似結婚式の大役を仰せつかり東京国際フォーラムの舞台にも立ちました。

(まだマスク着用の頃でした)
都内某所で行われたリハーサルに石川氏と訪れ段取りの確認などをしたのですが、その際にメンバーの皆さんが何曲も歌い踊る姿をずっと眺めていました。
思い思いのジャージなどを着て全員が大きく名前の入ったビブスを着用していました。
休憩時間になると二人三人とそこここに人の輪が出来て、中には一人でジッとイスに座り中空を眺めている人もいました。
その時に「この集団は仲のいい友達の集団でもなく、勝利に向かうスポーツのチームとも違うものなのだ」と気が付いたのでした。
もちろんプライベートでは違うのでしょうが、リハの空間にはある種一人一人がライバルであり、この集団の中から何らかの形で突出しなければならないという厳しい現実を目の当たりにしたのです。
おそらくそのような中で新内さんの次のANNのパーソナリティーですと紹介されたのがビブスに「久保」と書かれた非常に華奢な控えめな感じの20歳の女性でした。
自分の娘と同い年という事も相まって、正直こりゃ大変そうだと思ったものです。
帰り道で作家石川氏に「どうして久保さんだったの」聞くと「新内さんとはまた違った雰囲気の人がいいのではということらしいス」との返事でしたが、あのANNの生放送でそれがどのように生かされていくのかはわかりませんでした。
そして、その後の久保史緒里さんの放送がどれほど素晴らしかったかは説明するまでもありません。
いつもあなたのそばにいて話しかけてくれるようなあのトークは天性のものなのでしょう。
そんな久保さんが、あの個性的な面々で構成される劇団☆新感線舞台に出演し、それを観た時に久保さんは舞台で大きく見え、そしてその伸びやかな歌声に心底たいしたものだと感心したものでした。
そしてその過酷な公演を長期間にわたってやり遂げたのでした。
私が勝手に思っているだけですが、あの体験が久保さんのその後に大きな影響を与えたのではなかろうかと思う次第です。
横浜アリーでの卒業コンサートはANNの生放送を挟んでの二日間。
横浜アリーナの一回目のライブの後、ラジオの生放送が終わりLFを出たのが午前3時半、リハのための集合時間は午前7時と聞きました。
30数曲を歌い踊り複雑なフォーメーションを見事にこなし、
涙は流しても泣き崩れることもなく自分の気持ちをきっちりと皆さんにお伝えして久保さんは幕の向こうに去って行きました。
今後の久保さんの人生に幸多からんことをと願うのみです。
宮城県大崎市で東日本大震災の際酒蔵がすべて倒壊した新澤酒造が見事に復活させた日本酒「伯楽星」をプレゼントしました。
落ち着いたら冷やしてゆっくりとお楽しみください。

ANN最終日「萩の月」をいただきました。

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