恒例の様々な電気的な設備を点検をするニッポン放送全館停電も無事に今年も終了いたしました。
日曜日の夜中から月曜日の明け方までに行われる大切な作業であります。
もちろんエアコンも切れるので真っ暗中で共同通信からのニュースが送られてくるパソコンの画面(これだけは電源を落とせない)と非常灯の中でダウンコートを着込んで停電前に渡辺デスクがプリントアウトしてくれていたm番組宛のメールを読むのが恒例でした。
しかし今年はダウンを着るほどではないと思いましたが、その週末からは寒さが厳しくなりダウンのコートと、そして深夜の番組準備中に足元のセラミックヒーターの設置も始まりました。
人のいない深夜の社内はしんしんと冷え込むのでありました。
そのような季節の中で冬のツアーを続ける歌手の方々にはただ尊敬の気持ちしかありません。
気温の変動と乾燥の中、数日間のどの痛みに襲われ耳鼻咽喉科医に行ったところ感染性はないがろひどい副鼻腔炎ですとの診断でした。
「声がちょっと」「鼻声?」というメールは一切無視してなんとかごまかしてきた日々でありました。
そのような中で行われたのが今回の「ウルトラヒットの道標」のゲスト、小椋佳さんの収録でした。
詳しい内容などはヤフーニュースにも掲載して頂いたのでそちらをご覧ください。
小椋佳、ニッポン放送『上柳昌彦 あさぼらけ』に初登場 名曲の誕生秘話やヒット曲のオンエアも(CDJournal) – Yahoo!ニュース
小椋佳さんはセブンスターを一日40本いまでも吸うほどのヘビースモーカーで、タバコが吸える小椋さんの仕事場での収録が条件でした。
副鼻腔炎の中、タバコの煙はなかなか厳しいなと正直思いましたが、収録を終えた今は貴重なお話の数々を伺えて本当に良かったと思います。
名曲誕生の定番のお話、性格のまったく異なる父上と母上の話、
、台東区立黒門小学校のクラスメートだった奥様との結婚、バスケットボールやボート部に在籍したスポーツマンであった学生時代、ニッポン放送の玄関でギターを抱えて寺山修司さんの出待ちをした事、銀行員でありながら音楽活動がなぜできたのかという話などなど、予定をかなりオーバーしても話は尽きることはありませんでした。
今回わかったのは小椋佳さんは銀行マンとして相当に優秀な方だったという事でした。
銀行内の論文大会で賞金を稼いでいたことや、配属先の業績を必ず飛躍的に上げた話、新しい金融商品を次々に開発し大変な収益を上げた話などを伺えば、幹部候補生に繋がる海外勤務を断らければ場合によっては頭取になっていたかもしれないような方でした。
(断った理由は音楽の活動も忙しかぅたからとのこと)
ちなみに海外勤務を断って行った先は浜松支店でしたが、もちろん業績を上げてなおかつ浜松銘菓「うなぎパイ」のCMソング「うなぎのじゅもん」まで作ってしまいます。
時間の関係でどこが使われてどこが編集でカットされるかわかりませんが、12月8日㈪は5時台、火曜から金曜日は4時台と5時台で放送しますのでそうぞお聴きになってくださいませ。


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