高田文夫のおもひでコロコロ

2026.05.21

第157回『いきなりアクスタ』

ジャーン!トートツ。
いきなりの新発売、だしぬけの品切れにはおどろいた事でしょう。
何ひとつ予告もなしに出た「文夫クングッズ」の数々。本当は私も意味がよく分らない。
若い人のあいだではアクスタなる物がはやってるときいていたうちのスタッフ。
勝手に私のアクスタを作ってきた。
アクスタって何の略だときいたら「アクセクするスタッフ」だとさ。オレはパワハラか。
「笑点展」では一之輔のアクスタだけが売り切れたとか。山積みにされたあの好楽のアクスタはどうするのだろう。
そしてもうひとつは色違いで松村のポーズ違い(ピーマン持ち)の豆皿2種。私と松村のAEDコンビのイラスト、ウラにはありがたい私のお言葉が。
買い方はニッポン放送のホームページに載っていると思うよ。多分。

6月17日(よみうりホール)での「文夫の部屋SP」でもロビー発売するんだとさ。
私の「月刊Takada」も1と2をサイン入りで。在庫一掃。こうなったら何だって叩き売っちゃう。
私ももうすぐ78才だからネ。
身辺整理、身ぎれいにしとかなくちゃ。

そう、年のせいかやたら人生を振り返ったりする仕事も多く「朝日新聞」(朝刊)では6月の終りから7月、およそ一ヶ月間毎日のように私が語り続ける。
「人生の履歴書」だったっけかな。詳しい事が分ったらお知らせする。

うえちゃん(上柳昌彦)の「あさぼらけ」にも5月29日と6月1日から5本(1週間)私がゲストでうえちゃん相手だから喋りやすくて何だか語っている。毎日人物を変えて好きな人のことばかり。
1  渥美清
2  フランク永井
3  立川談志
4  永六輔
5  三木のり平&古今亭志ん朝
みごとな東京のラインナップだろ。
「ビバリー」では語らないエピソードばかりだ。早起きの大人は喜ぶと思う。

そうそう嬉しくて情けないニュースだ。かつて私と大滝詠一が勝手に盛りあがっちゃって復刻版まで出したハチャメチャな日本語で歌う「東京ビートルズ」。
ビートルズの前に日本には「東京ビートルズ」というとんでもないバンドが居たのだ。
日本一のビートルズ博士ともいわれるあの大滝氏から「ビートルズと東京ビートルズ、生で両方見てきいているのは日本で高田さん只一人」と認定まで頂いている私だ。
その幻すぎる東京ビートルズが動き暴れる映像がNHKにあるというのだ。
出演して解説などを頼まれたがいかんせん恥ずかしく孫達から「お爺ちゃんこんなもの好きだったのか」と思われ証拠が残ったらまずいので丁重にお断りした。
ビートルズ来日から60年目に合わせNHK某番組で6月に放送予定だとか。
楽しみに見ることとする。
きっと大滝さんも喜ぶだろう。

まだ詳しい事は書けないが私が この目と耳で見てきいてきた(生き証人)戦後80年の笑芸史、喜劇史、演芸史を一気に語りかきおろし中なのだ。
まだまだ秘密だけどネ。きっと今の日本でエノケン、ロッパから爆問、ナイツまでかかわり、語れるのは私一人だと思うので乞御期待! 秋にはユルリとヴェールを脱ぐと思うよ。

思えば22才から社会に出てズ―――ッと働いてるな。オレは社交性だけはあったから20代から重宝がられてもうメチャクチャな売れっ子作家だったものな。
黒澤明監督は言った。
「実績と品性だけはお金で買えない」 
いい事言うなぁやっぱり。実績だけはあるしね。ビバリーだって37年。品性は芸界一。
なにしろ小さい時から芸能だけは人一倍見て接して来たからなぁ。見て来なかった奴はやっぱりダメだなぁ。

大ずもう見ていたらいつもの砂かぶり(東方)族に言われてる「芸人席」

14日(木) 私の高校の同級生・大石こと三笑亭夢太朗が嬉しそうに座っている。こいつも「爆弾犯の娘」の爆弾犯(梶原)と同級生だ。
15日(金)出た神田伯山。伯山は朝の9時から座っていたらしい。
16日(土)上から読んでも「竹丸負けた」 下から読んでも「竹丸負けた」でおなじみの桂竹丸。大学時代からいつも昇太に負けていた。それであっちは会長、こっちはこの位置。(この日巨人竹丸5勝目) となりには、ねずっち。TVを見ていたが一度もととのわなかった。

大ずもう中継がある時、2ヶ月間で2回はさすがの「笑点」も視聴率が取れない。この2回を我々は陰で「消化試合」と呼んでいる。最初にやる演芸コーナーもすてる気で一番弱い芸人を選ぶことになっている。この日はロケット団だった。アハハ、他意はない。

5月11日(月)「ビバリー昼ズ」ゲストはタブレット純。生放送中に「このあと散歩に出るけど」と言ったら「あいてます。“さんぽ会”という奴ですか」 そこへ松村もやってきていつものメンバーとさんぽ会。今回は展覧会めぐり。
SONY入口にて三人。化け物二人ひきつれ大丈夫なのか私。

「1964」。「銀座」の解説の所で「みゆき族」紹介。その中の私のような者が写っている。
VANのシャツ着てみゆき通りをウロウロ。高校一年(16)。78にもなるのに今でもVANのジャンパーを着ている。
典型的な東京の山の手の子だね。品がいい。

表参道へ出て私の好きな書店・山陽堂にて「コジヤジコ回文展」。
246から表参道、右側に以前は壁に谷内六郎の絵が飾ってあったといえば分るでしょ。なにしろ一番古い書店。新刊ばかり。
4Fまでのグルグル階段の所に回文が貼ってある。いっぱい。
私がのぞくと店中みんな喜んでくれた。山の手にもある下町人情。回文のカードを背に三人。
右は今度出る回文の絵本。

いくつか紹介しましょう。
上から読んでも下から読んでもというヤツです。「竹丸負けた」「談志が死んだ」そういうものです。

☆力士が思い込め、恋も押し切り
☆いらつくボスです、ボクつらい
☆この世 きっと良いよと 月夜の子
☆「役に立つから」とトラ飼った肉屋
☆死後すらダラダラ過ごし

そして最後は新宿京王デパートにて座布団を取って取られて60年「笑点特別展」

若き日の桂歌丸の写真を見る。「週刊ポスト」でとりあげた「笑点」歴代司会者イラスト
立川談志、前田武彦、三波伸介、三遊亭圓楽、桂歌丸、春風亭昇太。

そして下のアクスタは私が若き日ずっとくっついて「スターどっきり㊙報告」やら「三波伸介の凸凹大学校」やら沢山の台本を書いていたうちの座長・三波伸介。
みんなが使っている私を呼ぶ時の名前「高田センセー」というのは一番最初に三波さんが言い出したけしがANNで使い始めた。今では「高田」と「センセー」がセットである。

有楽町から青山、そして新宿。最後は神田の食堂でカンパーイ。
左 大きな松村邦洋、「笑点」PのK、白Tシャツは石和のババちゃん、お供上手わたなべ、私、そしてタブレット純、さんぽ会リーダー大塚のガラス屋高野クン。

5月22日

 

 

高田文夫

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    1948年渋谷区生まれ、世田谷育ち。日本大学芸術学部放送学科在学中は落語研究会に所属。卒業と同時に放送作家の道を歩む。「ビートたけしのオールナイトニッポン」「オレたちひょうきん族」「気分はパラダイス」など数々のヒット番組を生む。その一方で昭和58年に立川談志の立川流に入門、立川藤志楼を名乗り、'88年に真打昇進をはたす。1989年からスタートした「高田文夫のラジオビバリー昼ズ」は4半世紀以上経つも全くもって衰えを知らず。