竹内由恵のT-Times

  • TOP
  • ブログ一覧
  • 3月10日(木)放送 株式会社浜松建設 代表取締役 浜松 和夫
2022.03.17

3月10日(木)放送 株式会社浜松建設 代表取締役 浜松 和夫

株式会社浜松建設 代表取締役 浜松 和夫

浜松和夫さんは、1999年、株式会社浜松建設の社長に就任。
長崎県諫早市の本社近隣に、カフェや雑貨店、
アトリエなどと一体化したエリア「風の森」を運営し、
「自然のなかにある暮らしを求めて」がテーマの家づくりを展開。


竹内:今日は長崎県からいらっしゃったんですか?

浜松:そうなんです。遥々来ました。

竹内:ありがとうございます。長崎の諫早市っていうのはどんなところなんですか?

浜松:そうですね。空港から約30分位の所なんですけど、長崎県自体を考えると諫早が大体中心位になるんですよ。

竹内:そうなんですね。

浜松:だから、そこからだったら色んな所に行けるんで、諫早に置いたんですけどね?

竹内:アクセスが良い所なんですね。元々はお父様が材木店を営まれていて、そこから今は建設を主にされてるってことですね。

浜松:親が材木屋だったんですけど、材木を売ってるだけじゃ面白くなかったんで、一時間離れた所で建築屋をして、バレないかなと思ったら、直ぐばれて。

竹内:お父様には内緒でやってたって事ですか?

浜松:最初は内緒でやってたんですよ。結局工務店さんに物を売るんで、いきなりライバルになるんで、バレないかなと思ったらバレて、いきなり売上ゼロですよ。もうそのくらい大変でした。

竹内:売り上げゼロっていうのは、お父様が反対して協力してくれなかったって事ですか?

浜松:違うんですよ。大工さんが買ってくれなかったんですよ。ライバルになっちゃったんで。

竹内:そうだったんですね。凄い大変だったんですね。軌道に乗せるのが。

浜松:そうなんですよ。でも、材木屋も順調によく行ってたんですけど、雲仙普賢岳の災害があったんですよね。その災害がきっかけで建築屋をしたっていうのもありますね。自分が思うのは、やっぱり災害をプラスに考えて、もしそこで災害がなかったら今の自分は無いんじゃないかなと思ってます。

竹内:材木業って、どう言う事をするんですか?

浜松:材木業と言うのは、大工さんから家を建てる柱とか、持って来てって言われて、それを言われた通りに持って行くのが材木屋ですね。

竹内:じゃあ大工さん主導で、こう言う木が必要だからっていう感じなんですね。

浜松:そうですね。

竹内:じゃあ跡を継いだ後に、建設業に行こうと思ったんですが?それとも、その前から?

浜松:継いだ後です。材木屋を継いだ後に、建築の方に行ったんですね。

竹内:一気に方向転換しようって?全く違いますよね。木を売るって言うのと、建物を作るっていう知識が。それは勉強されたんですか?

浜松:それはもう我流ですよ。勉強してないです。

竹内:どうやってやったんですか?

浜松:やはり色んな本を見たりとか、変わった建物を見たりとかして感じてね。自分が思った材料を自由に使ってお客さんに喜んでもらうって言うのはいいかなと思って。

竹内:喜んだ顔が見たいって言うのがあったんですね。会社の人達は付いて来てくれましたか?

浜松:いやもうね、大変やったですけどね。

竹内:軌道に乗るまでは、どの位かかったと思いますか?

浜松:そうですね。やはり色々ありまして10年15年かかりましたね。

竹内:長いですね。本当に一から顧客を取って行ってって事ですよね。どうやって顧客を、本当に信用も無い所から取って行くんですか?

浜松:もう一軒一軒ですよ。一軒一軒喜ばれるね、家を作って、それを見学会したりとかして、集客をして、そのお客さんを満足させて、紹介をもらったりとかしながら、少しずつです。

竹内:会社は元々、材木業をやっていたから、建設の方に重きを置くとなると従業員を一から決めないといけないとかあったんですか?

浜松:そうですよ。一から集めましたよ。自分も、高校を卒業して東京の建設会社で働いててですね、そこで働いてた人が帰って来たりして、うちで雇ったりして、仲間を集めて最初はスタートしました。

竹内:15年経って、良い感じだなって思われたのは、どう言う所から感じました?

浜松:そうですね。建築をやって行く上で言うと、やっと軌道に乗って会社を立ち上げたんですよ。それから三年後に道路拡張で立ち退きになりまして、それからですね、自分が変わったのは。立ち退きなったら次は会社をどこに持って行くかってなるじゃないですか。諫早の森山ってちょっと山の中なんです。敢えて、山の中、荒れ果てたみかん畑に目を付けて、それが三千坪だったんです。ここに会社を持っていくぞって言ったんです。

竹内: それは、社長に就任してから何年目位になるんですか?

浜松:7、8年目位ですね。荒れ果てたみかん畑に会社を持って来るって言うのは、親父は猛反対ですよ。普通、会社を立ち上げるって、看板が目立つ所に行きません?

竹内:そうですよね、街中ですよね。

浜松:道路沿いのね。

竹内:アクセスの良い場所に行きますね。

浜松:自分は、敢えて会社には看板を上げないとかね、森の中に作るって言う発想でやったんですでよ。

竹内:なんでそっちに行ったんですか?

浜松:建設会社に誰も遊びに来ないと言うのもあるんですけど。道路沿いは、サボっとったらバレますよね。

竹内:そうですね。

浜松:一歩入った所であればね、バレないですよ。なんか居心地がいいじゃないですか。

竹内:自分達が?

浜松:そう。だからそう言う発想でみかん畑を開拓して木を植えたりして森を作ろうって言う発想になったんです。

竹内:面白いですね。それが風の森ですか?

浜松:そうです。

竹内:ご自身の会社を、森の中に隠して、更に広げて、街のような感じで、お店があったりとか?

浜松:10店舗もあるんです。

竹内:10店舗もあるんだ。諫早の人達が遊びに来られるような空間にしてるんですよね。それも考えた上で?

浜松:一応ですね。で、もう一つは、建設会社なんて、誰も遊び来ないんですね。お客さんが来て、ちょっとお茶飲みに行きましょうってなった時に、うちのカフェにと。かっこよくないですか?

竹内:それはかっこいいですね。

浜松:うちのカフェは、隠れ家で人気なんです。

竹内:一般の人も、もちろん遊びに来れるんですよね。元々そういう街作りをしようと思った上でなんですか?それとも、まず会社を移転して、そこから徐々に、そういえばカフェ作ってみよう、みたいな感じで広がっていったんですか?

浜松:カフェして、ガーデンショップして、雑貨屋さんしてね、色んな店舗が集まってきたんですよ。それを進めてたら色んな方がここで自分達も働きたいって来るんですよね。

竹内:確かに、そんな素敵な所で働けるならって思います。

浜松:最初からそうなった訳じゃなくて、そうやって仲間がどんどん来たんです。

竹内:従業員の方は、最初は何人ぐらいで?

浜松:最初は、15人位だったんですけど、全部社員に内緒ですから。一切言わないで作っちゃって。

竹内:面白いですね。危なっかしい社長ですよね。

浜松:いやもう社員に言ったら、方向定まらないんで、好きな事はまっすぐ行くって言う発想なんです。

竹内:面白い。本当にでも好きなんだなって言うのが伝わってくると言うか、夢が溢れてますね。更にこれから、こう言う事に取り組んで行きたいみたいな夢はあるんですか?

浜松:築6年のモデルハウスがあったんですよ。会社の前にね。そこをまた変えたいなと思って、モデルハウスを壊したんですよ。そこにホテルを作るって言って、『風の宿り』って。そこも380坪の土地に、一組限定のお洒落なホテルを作ったんですよ。

竹内:メチャクチャオシャレ。かなり広いホテルですよね。木の柱の感じとかも凄く見てるだけでリラックスできて。焚き火みたいなスペースもあるのかな?これが一組限定なんですか?

浜松:一組しか入れない。

竹内:一組しか入れないって、どう言う事ですか。結構一組にとってもプレッシャーな位、凄い立派なホテルですけど、なんで一組なんですか?

浜松:色々何組を入れるより、一組の人が楽しんでもらえる、ゆっくり時間を過ごすって言う事に着眼を置いて、作ったんですね。

竹内:収入的には、たくさんお客さん入れた方が良いですもんね。

浜松:いいんですよ。もうそれもあとの祭りですよ。もうやっちゃったんでしょうがない。

竹内:凄いですね。今度はもっと大きなホテルを作るとか、そう言う事を考えてらっしゃったりするんですか?

浜松:また考えてるんですよ実は。今度、大分にですね、天ヶ瀬温泉っていう、災害で大変だったんですけど、そこの山間に古民家を買いまして。築147年の旧家の良い古民家を買って、そこに蔵があったんです。そこにホテルとかワーケーションとかシェアオフィスをね。今これ工事中なんです。

竹内:今まさに取り組んでるところなんですね。素敵です。

最新番組ブログ
パーソナリティ
  • 竹内由恵
    竹内由恵